プロローグ
あなたは異世界というものを信じるだろうか……。
異世界は小説や漫画に出てくる架空の世界という認識で、本当に信じている人などごく僅かかもしれない。
だが、信じないが憧れる人は多いのではなかろうか。
ー あの主人公みたいに女の子達にモテたい
ー 自分も異世界で無双したい
この作品の主人公……鈴木和哉もまた、その思いを抱く人の中の一人であった……。
「あーやっと授業終わった。森田、このあとボウリング行こうぜ」
放課後の教室。
俺こと鈴木和哉は、内定も決まり一安心の高校三年生。
残りの学校生活を楽しく過ごせるこの時期だが、和哉には一つの悩みがあった。
それは……
「ごめん、俺この後彼女とデートの約束があるからまた今度な。お前も早く彼女つくれよ?」
そう……俺の悩みというのは、彼女がいないことだ。
しかも、生まれてこのかた一度も出来たことがない。
「そんな簡単に出来たら苦労しんわ!」
俺の言ったことに笑いながら教室を出ていく、親友の森田結貴。
どうして俺には彼女が出来ないのか……。
外見はそこまで悪くはない。(主観的だが)
性格も、まぁ男友達が沢山いるくらいには良い。
男友達が……だが。
俺は女子と話すと上がってしまうのだ。
そのせいで中学の時、部活で女子の割合がほとんどだったにも関わらず、ろくに話せていない。
高校ではアルバイトをして上がり症も解消したが、今度は出会いがないときた。
ここまでくると、神の悪戯なんじゃないかと思うほどだ。
俺はそんな状況に溜め息しか出ない。
「帰るか」
準備をして教室を出る。
もう何回も通ってきた見慣れた道を自転車で走っていくと十分もしないうちに家に着く。
「ただいまー」
静寂とした部屋に俺の声が響き渡る。
誰もいないのかと疑問に思いながら靴を脱ぎリビングに行く。
テーブルには紙が一枚……
『 和哉へ
お隣さんとご飯食べに行ってくるから夜まで帰らないかも。
夜ご飯は何かあるもの食べて。』
どうやら母は出掛けてるようだ。
ちなみに父は仕事だ。
俺は自分の部屋に行き、部屋着に着替えテレビの電源を点ける。
『超人気! 新人アイドル大橋美樹の一日に密着』
アイドルの特集番組がやっているそうだ。
「へぇー、この人俺と歳が同じなのか。すげぇな」
自分と歳が変わらないのに住む世界が違うことに驚く。
そうしてテレビを観ていると少し眠気を感じる。
「少し寝るか」
誰が聞いてる訳でもなく俺は呟く。
テレビの電源を消して、ベッドに横になる。
疲れていたのか数分もしないうちに意識は途切れた。
ー そこは何もない白い空間だった。
「ここはどこだ、夢の中なのか」
「違うぞ」
突然後ろから声が聞こえた。
振り向くとそこには男がいた。
俺よりも少し背が高い、黒髪碧眼の男。
年齢は二十代後半といったところか。
「あなたは?」
「俺か? 俺は神をやっているブライだ」
「は?」
何を言ってるんだこの人は。
馬鹿なのか。
「何を言っているんだこの人は、みたいな顔だな」
エスパーか!
「神なのはほんとだぞ。だがお前らの世界の神ではない」
「待ってください、ってことはもう一つ別の世界があるってことですか?」
「あぁそうだ」
「まじかよ……」
俺とは違う世界、つまり異世界が実在するってことだ。
創作だけの存在かと思っていたのに、実際にあるなんて。
まだ嘘という可能性もあるが、この空間や神と名乗る男が言っているので信憑性は高いか。
「ん? 待てよ。お前らってどういうことですか?」
「おう、そういえば本題をまだ言っていなかったな。お前がここにいる理由は俺の世界に行ってもらうからだ」
「えっ!?」
「お前らっていうのは、お前の他にあと一人いるからだ。そいつはさっき送ったぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください、なんで異世界に行かなきゃいけないんですか!?」
極々当然の質問にブライはこう言った。
「そんなもん、退屈だからに決まってんだろ。他の世界の人間が急に別の世界に送られたらどうなるかを見てみたいんだよ」
「え……」
退屈と言ったかこの人は。人の人生をなんだと思ってるんだ。
「そんな理由で異世界に飛ばされてたまるか!」
「うるせーな。もう送るぞ。もう一人が寂しがってるかもしれないだろ?」
男がそう言うと、俺の体が薄く光を帯びる。
「嘘だろ!? せめて最後に一つだけ答えてください!」
「ん、何だ?」
「俺を選んだ理由は何ですか!?もしかしたら俺には凄い力が眠っているとか!」
ブライは急に真顔になり……
「いや、適当に選んだ」
「な、なんだってーー」
光となって消えていく中、その言葉だけが取り残される。
目が覚めるとそこは森の中だった。
どうやら本当に異世界に飛ばされたようだ。
「あんたがもう一人?」
声のする方を見るとそこには、漆のように黒い長い髪とそれに負けじと黒い眼をした少女が岩に腰を掛けている。
というかどこかで見たことのある顔だ。
「何よ、そんなジロジロ見て。やめてよね」
「君もあの神に異世界に飛ばされたのかい?」
「そうよ」
「そうか、それは不運だったね」
「不運とかそんなんで片づけていい問題じゃないでしょ!」
少女は怒りを露わにする。
「確かにな。まぁ、とりあえず自己紹介をしようか。俺の名前は鈴木和哉。君は?」
「はぁ? 私のこと知らないの!?」
「えっ、どこかで会った?」
「あんたなんかと会ってないわよ。トップアイドルの大橋美樹よ!」
「え、君が!?」
そうだ、どこかで見たことあると思ったらテレビでか。
「そうよ!あ、サイン欲しいって言っても駄目だから」
「いや、いらねぇよ」
普通にいらない。
俺はアイドルに興味ないし、ましてやこの異世界にはこいつのサインなんて何も価値がないだろう。
「どうしてよ! 私のサインなのよ!? このトップアイドル大橋美樹のサインなのよ!?」
「しつこいなー。俺はアイドルに興味ないんだよ」
「なっ!じゃあ興味持ちなさいよ!」
どんだけ自分勝手な考えなんだよ
「そんなことより、テレビでの大橋美樹との違いがありすぎるんだが」
そう、テレビでは誰にでも優しく笑顔で振るまえる大橋美樹って言っていたんだが。
「そんなのキャラに決まってんじゃない。実際にあんなアイドルいないわよ」
「裏と表の差が激しすぎるだろ!」
俺はこれからこんなやつとこの先一緒なのか。
早速不安になってきた。
俺の異世界生活、どうなるんだ……。