4.彩
ヘレナディアの髪は、この国ではとても珍しい色をしていた。
ヴェルディグリ色のそれは、光が当たると色が透けて白緑色に変わる。きらきらと光に反射する髪の色を、好きだと思ったことは一度もない。
みんなと違って、どうして自分だけこんな色なんだと子供の頃はよく泣いていたように思う。
目の前を過ぎていく沢山の人たちはみんなが黒い髪をしていて、それがとても羨ましくて髪を染めてみたこともあるけれど、何故か数日もしないうちに毛先まできれいに元の色に戻ってしまっていた。
父親とも母親とも違う色は町中にいろんな噂を呼び込んだ。
やれ汚いだの銅錆の色だの、果てには不貞の罰だと言われたこともあった。確かに銅錆には似ていると自分でも思ったが、錆色と言われて良い気がするわけがない。
でも何より嫌だったのは、そんな噂を気にかけて癪に障っている自分だった。
だから、絶対に目立たないようになんかしてやるもんかと思ったヘレナディアは、それ以来髪を短く切ったことがない。
本当にくだらない意地だが、当時はそれでも必死だったのだ。心ない言葉になんか負けたくなかった。
年を重ねるごとにそんなことどうでもよくなっていったものの、それでも噂をする人たちの瞳に敢えて晒して歩くのは、一種の嫌がらせかも知れなかった。
なにも言わない人たちも、陰ではなんて言っているかなんて分からない。
クロノやサクラたちの向けてくれる言葉と笑顔を信じていないわけではないけれど、もし他の人たちと同じように思っているんだと知ったら、きっと傷つく。
気にしていないからといって、傷ついていないわけではないのだ。
それを認めるのは嫌だったけれど、それでも折れた幼心のあの日、二度と生えてくるなと念じながらバリカンで自ら丸坊主にした記憶もある。
バリカンでは完全に頭皮から消えるわけではないのに、今思うと阿呆すぎて笑えてしまう。
あれは確か、メイドの一人が周りの目を盗んで声をかけてきた時だった。
気味の悪い色だから切った方がいいと言って、あの女…せっかく可愛く母が結ってくれたその髪を、引き千切る勢いで引っ張って鋏を入れたのだ。
結局髪を切られただけで大事には至らなかったけれど、あの時の女の顔の歪み様を見て初めてそれほど気味の悪いものなのだということを自覚した。
その時はまだ三つか四つほどで、あまりの恐怖にしばらく放心していたような気がする。我に返ったら返ったで、まだ大人の言うことを素直に信じていた年頃だ。無い方がいいんだと思い込んで、泣きながらバリカンを握った記憶がある。
刈り終えても手を放さなかったため執事に拘束され、放せと暴れる自分の頭を見て母はなんと言ったんだっただろうか。
………笑っていた、ような気がする。
よく笑う人だった記憶があるけど、あの時は一際盛大に笑っていたように思う。周りもどう手を出していいの分からず、唖然としていたようだった。
そして馬鹿みたいに笑った後、あなたの髪は神様がくれた特別なものなのよと優しく微笑んでくれた。
さんざん笑った後でなにをいうかと思うが、唯一自分の髪を褒めてくれたのが母だった。
母の顔と言えば、その時の馬鹿みたいに笑う顔くらいしか記憶にない。
あまりよく覚えていないけれど、多分それから程なくして母は他界したように思う。
それからは母が生きていたときにはあまり聞こえなかった、異端の色だという噂話がよく耳に届くようになった。それを気遣って綺麗な色だと言ってくれる者もいたけれど、明け透けな機嫌取りだと分かってしまったため、いつしかその言葉も信じなくなっていった。
仕舞いには可愛げの無い子供だと、メイドたちは悪態ばかりついていた気がする。
今思えば、確かに可愛げがない子供だった。必死に慰めてみてもうんともすんとも言わない子供など、出来れば構いたくないと思っても仕方ないだろう。
それなりに分別が付くようになってからは、あまり攻撃的にならないようにしようと愛想笑いも覚えた。
淑やかに振る舞ってにこりと微笑むと大抵の人は許してくれるし、文句も引っ込める。いい子にしていれば、心に波打つ物もないのだと信じていた。
けれどもう少し年を取って、そこに見える顔の意味が分かるようになってしまってからは、それさえも煩わしく思い始めてしまった。権威に目がくらみ、人を利用してやろうと意企するあざとい顔ばかりだ。
そういう風にばかり当たっていたら、人を信じようと思う気持ちが段々無くなってきている気がして、そんな自分が怖かった。
本当はちゃんと素直に、くれるものを信じたいのに。
素直さのかけらもない自分に溜息を付いてみても、解決なんかしなかった。