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勇が剣  作者: 亜新ゆらら
Rain3.力の在り方
19/23

7.人生の通りすがり 3


 

 

 

 

 おまけに、血筋が問題だという。


 と言うことは、自分は本当に「よそ者」ということなんだろうか。


「……」


 なんだか頭が痛くなってきた。もうこうなったら考えることをやめて当初の予定通り、押さえ込んで出てこないようにする方に方向転換しようかと思い直しそうになる。


「とりあえず最初の目標はクリアだろうし、別に急がなくてもいいんじゃないの?」


 魔術に適した魔力じゃない。その事実が分かっただけで今は十分だろうと、アスカはそう言った。


「最初の目標?」


「ああ。魔力の流れる感覚が掴めれば、勝手にその手を離れることはほとんど無くなる。意識的にやってだが、ちゃんとおさえて一定の場所に留めておくことはできてるし、合格だろ。これで無意識にそれが出来るようになれば、完封することも可能だ」


「あ…」


 焦らなくてもいいと諭されて、当初の目的を思い出したヘレナディアはそうだったと少しだけ眉間を開いた。


 そっか、とりあえずこれで大丈夫なのか。


 及第点をもらったことで、少しだけ肩が楽になった気がした。


「んじゃ、腹も減ったし、今日はこの辺にしとくか」


 ヘレナディアがほっと胸をなで下ろしていると、初めと同じようにアスカは地面に向かって手をかざす。その手をぎゅっと握って少し引っ張ると、さあっと風が吹くように辺りの緑が消えていった。


「…ほんとに幻だったんだ…」


 踏んだ草も、触った木にも感触は確かにあって偽物だと思えなかった。けれどこうして塵が舞うように消えていくところを見ると、認めざるを得ない。


「これも、魔術?」


 周りをさらさらと流れる粒のようなものを触ってみようと、流れるそれが開いた手の上を通る時そっと握ってみる。けれど次に手を開いた時、そこにはなにも無かった。


「ん? …いや、これは違う」


「それじゃあ…――」


 魔法か、と紡ごうとして、顔を上げたヘレナディアは言葉を失った。


 朝日が射すみたいに、彼の周りにだけ光が溢れているように見えたから。


 けれどそれは陽の光などではないことはすぐに分かった。きらきらと光るそれは淡い緑色を湛えて不規則に動いていたからだ。


 ふよふよ漂う光は大きかったり小さかったりしていて、どれも吸い寄せられるようにアスカの周りに集まってる。その光に彼が手を添えると、光はまるでうれしさを表すみたいにより一層発光してみせた。


 その不思議な光景にぽかんとしていると、一つふたつと光がヘレナディアに寄ってくる。


『めがみさま』


『めがみさま?』


「え…」


 初めの声を筆頭に、小さな、女の子のような細い声がいくつか聞こえてきた。


 さまよっている光が動く度に声の聞こえ方が変わっていることに、声の主はこの光なのでは、と驚いたままそんなことを思う。じっと目をこらしてみると、光の中に小さな人型が見えた。少女のような姿形のそれは、一様にかわいらしい見た目をしていた。


 初めて見た。なのに、それがみんなが精霊と呼んでるものだと分かった。


 分かったというか、ずっと前から知っていたような生まれたときから刷り込まれていたような不思議な感覚だった。懐かしいような、物珍しいような、そんなよく分からない感情が湧いてくる。


『いいにおい。めがみさまとおなじにおい』


『だれ?』


『だーれ?』


 誰に問いかけているのか、不思議そうに言いながら沢山の光が興味津々に目の前を飛び回る。


「わ、うわわ…っ」


 次第に視界が真っ白になるほど光に囲まれて、思わず手で払ってしまった。


『きゃあ』


『きゃー』


 払われた光は散布したと思ったら、一瞬後には吸い寄せられるように戻ってきた。おかしそうに楽しそうに叫ぶ声を振りまきながら。


 手で払う前より沢山の光にわっと群がられて、だんだん頭が痛くなってくる。なんとなく胃もむかむかしてきた気がする。


 なにがなにやら分からなくて混乱していると、ぐいっと肩を引き寄せられた。


「あーもう、これだから風精霊シルフィは…散れ散れ」


 腕に抱いたヘレナディアの代わりに群がる光を手で払うアスカに、きゃーきゃー言いながらその光達は飛び回った。


『どうして?』


『なんでなんで?』


『みえるにんげん、めずらしい』


『いいにおい、めずらしい』


「目ぇ回してんだろ。おまえら存在自体が魔力で出来てんだから、慣れないやつは魔力酔いするって何回言や分かんだよ」


「ほえー…」


 気持ち悪さとぐるぐる回る視界に、そうか、これが魔力酔いというものかとヘレナディアは人ごとのように納得していた。


 うう、と呻きながら視界に入ってきた光を反射的に払うとバチッと静電気のような衝撃が走った。


『きゃあっ、いたーい!』


「…っ?」


 その声にぱっと顔を上げると、小さな精霊はこれまた小さな自分の手の甲をさすっていた。よく見るとそこは赤く腫れているようだった。


 いたいいたいと言って喚く女の子の姿に、ヘレナディアは自分が触ったせいだと思って焦った。


「ご、ごめ…――」


「いい薬だろ。これに懲りたら、人をからかって遊ぶのもほどほどにしとけよ」


 慌てて謝ろうと口を開いたところに、盗るように言葉を重ねられる。それと同時に掴まれていた肩をさらにぐっと引き寄せられた。


 なんだろうと視線を上げると、アスカはいたいいたいと喚いていた――と思われる――光を指で引っつまんで鬱陶しそうな目をその光に向けていた。


『なによっ、いいにおいだからちょっとかまってあげようとおもっただけじゃない。ふんだっ』


 未だにふよふよ漂っていた光達も、そういってアスカの手からするりと抜けて去って行った光に続き、あっという間もなく消えていった。


 嵐のように騒いではあっという間に去って行ったそれらに、ぽかんとする。


 なんだったんだ、いったい。


「あーうるせぇ。これだから幻術魔法は…」


 はー、と長い息を吐いて、アスカは腕の中でぽかんとしているヘレナディアに脱力するように僅かに寄りかかる。


「………」


「なんだ、どうした?」


「…いや、なんかもう、どこからなにを聞いたらいいか……」


 精霊が去った後、ヘレナディアの回っていた視界は驚くほど早く平静を取り戻していた。なんだか空気がスッキリしている気がして、あんなに気持ち悪かったのが嘘のように今は何ともなかった。


「幻術魔法は風精霊シルフィの傘下だからな。仕方ねぇって分かってるけど、ほんと後始末に困る。精霊ってのはイタズラばっかりするろくでもないのが多いからな」


 特にシルフィはその筆頭だからな。注意しろよと言われて、なんだか不思議な感じがした。


「えっと…精霊とは、なんぞ……?」


 ことりと首を傾げて、疑問を口にするヘレナディアは自分の思考に気を取られて、その胸に抱き寄せられたままであることを忘れていた。


「この間説明したろ。忘れたのか?」


「いやいや、でも精霊ってもっと、なんというか…うやうやしいというか神聖というか、なんつーかそういう感じのものだと……」


(思ってたんだが、違うのか?)


 彼の言葉を聞くと、まるで扱いがぞんざいで、とてもそのような存在には聞こえなかった。


「…ああ。いつの時代のこと言ってんのかだいたい想像はつくけど、見えるんならその認識はさっさと捨てておいた方が身のためだぞ」


「え…と、」


「そりゃ大昔はそうだったのかもな。でも今じゃああいうのがほとんどだから、あんまり相手にしない方がいいぞ。構ってると必要以上に魔力を摂られるから、行きすぎると目ぇ回すだけじゃ済まなくなるよ?」


「……気をつけます」


 先ほどの気持ち悪さを思い出して、一も二もなくヘレナディアは頷いた。


 どうやら自分の認識は果てしなく流れに乗り遅れたものだったらしい。


 相変わらず覆り続ける自身の常識に、最早なにを信じたらいいのか分からなくなったヘレナディアは、とりあえず自分の感覚を信じることにした。


「でも、そんな話しはじめて聞いたんだけど」


 ふと湧いた疑問にぱっと顔を上げる。そこでようやく今の自分の体制を思い出した。


「そりゃ、精霊が形として見える奴なんかいまは皆無だからな。見えなきゃたいして害はないんだし、伝え継ぐ必要がないんじゃねぇの?」


「そ、そう…。それもそうね。…………えっと、とりあえず放してもらえませんか、ね…」


 普通に返事を返されるけれど、この距離感は全然普通じゃない。そのことに抗議するも、なぜ、と言いたげな顔をされた。


 どういうことだ。


 それとも自分が不慣れなだけで、そういう距離の触れあいは普通なのか。…いや、多分違う。


 きっとこの人は他人との距離感がそもそも近い人なのだ。そうだ、そうに違いない。


 日頃見ていた彼からしてそんなことはないという事実は、この時ヘレナディアは考え至らなかった。


 じっと思案するような目で凝視されると、気まずさにその目を見返すことが出来なくてふらふらと視線が泳ぐ。


 消えたと思った気まずさが舞い戻ってきて、動揺に徐々に鼓動が早くなる。密着している部分から相手に伝わるんじゃないかと思うと、変に焦りが生まれてきた。


 なぜだろう、なんとなく動揺していることを悟られたくない。


 弱みを見せたくない、とまでは行かないがただ助けてくれただけなのに、その結果がその腕に抱き締められるというだけなのに、動悸がするなんて知られたくなかった。


 ただ単純に恥ずかしいからというだけだったけれど、これも偏に自分の経験の浅さを物語っているようで切なかった。


 しかし、なぜと言ったアスカの口元にはにやにやといやらしい笑みが浮かんでいて、分かっていてやっているということにヘレナディアは自分の思考に取り憑かれて気付かなかった。


 そしてそんなヘレナディアを見て、アスカは彼女を引き寄せているのとは逆の腕を使って更に距離を詰める。


「…え? きゃ…っ」


 抱き込むようにその動いた手はヘレナディアの後頭部に差し込まれた。そしてそのまま肩口に顔をうずめられる。


 今度こそ本当に抱き締められたことに、頭の中が真っ白になったヘレナディアは硬直した。


 なんでだ、どういうことだ。


 自分はこの人の恋人でもなんでもないのに、どうしていきなりこんなことになっているんだ。


 そりゃ世の中には、別に恋人でなくとも平気で近い触れあいが出来る人だっているだろうし、そんな別に個人的な趣味に文句を言うつもりなんかないけれど、でもだからといってどうして自分がこんな風に抱き寄せられているのか全然さっぱり分からない。


 そんな風にぐるぐる考えていると、ふいにアスカの金色の髪がふわりと風に揺れて頬をくすぐった。その感触に、急に今の状態を現実として認識したヘレナディアは、とりあえず離れて欲しくて間に挟まれている腕に力を込めて押しやろうと試みる。


 まあ案の定というか、ぴくりとも動きませんでしたが。


 いつも飄々としているくせに、おまけにそこまで屈強そうに見えないのに。思っていた以上に重たい身体と強い力に、彼が男の人なんだと改めて認識した。


「あの、ちょっと…なに。なんなの…!?」


 そう思ったらなんだか妙に落ち着かない気持ちになった。


「なにって…なんとなく…?」


「な…」


 なんとなく、だと!?


 その言葉に、なぜかかちんときた。


「そ…そんな理由で抱き寄せていいのは恋人だけです…!!」


「恋人だったら、別に理由なんかいらないんじゃないの?」


「え。………そうか、な」


 ……うん、そうかも。


 冷静な切り返しに、ストンと落ちるように我に返ると確かにアスカのいっていることは的外れじゃないどころか正論な気がしてきた。


 しかし、今のが理由か? 理由と言えるほどたいしたものだったか?


 言い返す言葉を失ったヘレナディアが思わず惑っていると、おかしそうに笑ったアスカは少し顎を引いて額だけをその肩に乗せるとぽんとヘレナディアの頭を上からやんわり抑えた。


「おまえ、大事に育てられたんだなぁ」


 そして、感心したようにそう呟いた。


「そう、かな?」


「ああ。今時貴族だってそんなこと言わねぇよ。おまえ、素直なんだな」


 肩口に額を乗せたままのアスカの顔はヘレナディアからは見えなかったけれど、その顔はからかうような意地の悪いものではなく穏やかに笑う顔だった。


 ヘレナディアはと言うと、その素直な褒め言葉に普通に照れてしまっていた。どちらかというとただ引きこもりの中で育ったから構え方が古いだけじゃないかと思うけれど、他人から見ればそう見えるのかとすこし面映ゆかった。


 アスカはヘレナディアを素直だといったけれど、そういう率直な褒め言葉を普通に吐ける彼の方が素直なのではないだろうかと思ったけれどでもそんなことは言えなくて。言い詰まったヘレナディアは、気恥ずかしさに下がりそうになる視線を押しとどめたけどそれは不自然にふらふら揺らめいていた。


 けれどニヤリと笑んだアスカの次の言葉に、心の中で前言撤回する。


「精霊の見る目だけは変わらず確かだな。あんた、やっぱりいい匂いがする」


「……!」


 ヘレナディアの肩から顔を上げ視線がかみ合うと、アスカはそんなことを艶がった。


 その言葉にさっきの挙動は自分の匂いを嗅いでいたものだと分かって、ヘレナディアは今度こそ本当に絶句した。


 言葉を失った代わりに、今度は無意識に手が上がる。その手がアスカの頬めがけて振り下ろされる寸前にあ、と自分の挙動に気がついたけれどあえて知らないふりをした。


 むしろその手を開いていたことに自分を褒めたい。本当は拳でいきたかったくらいだ。


 バシンっと高らかな音を立てて頬を張る前に見えた顔に、思わず一瞬躊躇いそうになったことが拳でいけなかった要因かもしれない。


 きっと、彼の周りにいた彼にご執心だろう女性達がその顔を見たら、それこそ言葉を失っていただろう。思わず無駄に口内を満たす唾をごくりと嚥下するほど、その顔は艶然としたものだった。


 つくづく、顔のいい人間というのは得をする。


 そう思わずにいられなかった。





*****





 最低だ。あり得ない。


 そう憤慨しながらヘレナディアは、後ろを振り返りもせずにずんずんと進める足を止めなかった。


 怒っているのは先ほどのアスカの行動にだった。


 平手程度では収まらない。まったく、無断で人の匂いを嗅ぐなんてどういう教育を受けて育ったのだ。


 …いや、許可を取ればいいのかといえばそういう問題ではないが事後に報告するのが一番いけない。なぜなら、回避のしようがないからだ。


 そして一番気に入らないのは、そんなアスカの行動に動悸が止まらない自分にだった。


 ふざけている。まったく怪しからない。


 そしてなにがおかしいのか張られた頬を気にもせず、にやにやした笑みを絶やさないアスカのその態度もヘレナディアの琴線に触れていた。




 しかし、そんなヘレナディアのお冠も街の有様を見て露と消えてしまうことになるのだった。


 

 

  

 

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