5.人生の通りすがり 1
「いやぁ、お見舞いに来たんだけど、なんか面白そうなことやってたからつい…」
抓られた頬をさすりながら、ハイラは困ったように眉尻を下げた。それでも消えないへらへらした顔は、もうこの人の真顔なんだと思うことにする。
ナツを挟んだまま硬直するヘレナディアに、特にアクションを起こすわけでもなくそのままの体制でニコニコするハイラに向かって、ぎゅっと頬を抓ったのは他でもないナツ本人だった。
一矢報いたことでスッキリしたのか、解放された後はカウンター席に戻って本を読んでいる。しかしその顔は、少しだけふてたようにしかめられていた。
それを見越してカウンターの中に戻ったヒュージアを横目に、ヘレナディアは目の前に座るハイラに視線を戻す。
「お見舞い?」
「怪我したって聞いたから、心配したんだよ」
いいながら笑みを消したハイラの顔は、申し訳なさそうに沈んでいた。
その言葉を聞いたヘレナディアは、あることを思い出す。
「そうだった忘れてた! ルナの怪我、大丈夫だったの?」
怪我と聞いて、一番に頭に浮かんだのは彼のことだった。
昨日医務室で別れたきりで、その後怪我の具合はどうなのか聞こうと思っていたのに。
「でも、だったらここじゃないわよ。彼なら騎士団の医務室だって…」
言いながら、行くなら一緒について行こうと椅子から腰を上げかける。
そこでふと目に入ったハイラの顔が、その先の言葉をヘレナディアの喉奥にはり付けた。
困惑とも愕然とも取れる顔で固まっているハイラに、ことりと首を傾げる。
「………」
じっとこちらを見つめたまま、なにも言わないハイラにいつもの戯けたような雰囲気は感じられなくて、ヘレナディアは上げかけた腰を再び椅子に戻した。
なにかおかしなことを言っただろうかと不安になったヘレナディアが、ハイラをうかがい見ると、少しして彼は、重く、長いため息をついた。
その顔はちょっとだけ怒っているように見える。
「あのさ…、そうじゃないだろ」
苛ついたような、呆れたようなその声音に、ヘレナディアは思わず身構える。
「怪我をしたのは君だろう。それなのに、他人の心配なんかしてるんじゃない」
「え…」
「ルナなんかいいんだよ、ほっといても。あいつは、言ってみたらそれが仕事だ。民を外敵から守るのが騎士の勤めだろう? …でも、君は違うよな」
「……!」
ぎくりと、少しだけ肩が跳ねた。
違うとは、どういう意味か。
「君は守られる側だろう。君は客人で、なにより女の子だ。…もっと自分のこと一番に考えてよ」
ため息交じりの言葉尻は、もはや懇願だった。眉を寄せるその顔を見て、呆気にとられたヘレナディアは言葉を失った。
申し訳なさそうにしてくれて悪いが、想像していた意味の言葉ではなかったことにほっとしていた。それに。
「……」
よく分からなかった。というのが一番だった。
どうしてハイラがそんな顔をする必要があるのか。自分が勝手にやったことで、彼がそんなことを気にする必要なんかないだろうに。
それに自分の怪我は治療してもらったし、昨晩はかなり痛かったけどその痛みが嘘のように今はなにも感じない。大したことはないだろう。
それを伝えようと口を開きかけたところで、またしても大きなため息が聞こえてきた。
「ほんとはそんなこと言いに来たんじゃないんだよ。…君のおかげで、ひとつ問題が解決した。そこを君に望んでたわけじゃないけど…結果として助かった。そのことにはお礼を言いたいけど、君がそんなだから。素直に喜べない」
いつまでも沈んだまま浮かない顔をしているハイラに、ヘレナディアは思わず吹き出していた。
ヘレナディアが悪いと言っているようで、それは行き場のない気持ちの責任転嫁にしか聞こえない。
「笑い事じゃないよ。一歩間違ったら生きてないよ、それわかってる?」
「…ふふ、だって。それに関して、どうしてあなたがお礼を言うの? なりゆきでそうなっちゃっただけだし、べつにあなたが気にすることじゃないのに」
「気にするに決まってるでしょ。だからひとりで彷徨くなって言ったのに…」
(ありゃ、そこもばれてるのか)
じろりと妬ましげに睨められて、ちょっとだけ頬が引きつったような笑みが零れた。そういえば、通行証がない代わりに方陣がその役割をしているんだとかなんとか言っていたと思い出す。
もしかしなくても、剣を取り上げたのもそういう理由からだったのだろうか。
言っただけでは聞き入れないと思われたのだと悟って、更に苦笑いが零れる。あの短い間でそこまで見抜かれたのだと知って、もう言葉もなかった。
人を見る目があるというのは、どうやら嘘じゃないようだ。
「それより、ルナの様子を見に行くなら私も一緒に行く。案内してよ」
「だから、ルナのことは別にいいんだってばっ」
「いやいや、そういうわけには…」
「――あいつなら、今日も元気に鍛錬場にいたぞ」
「え…、あ」
第三者のいきなりの声に振り返ると、欠伸を噛みながら項を掻くアスカがいた。
彼が開けた扉が、ぱたんと音を立てて閉まる。聞こえてきたその声は何でも無いことのように言っているけれど、それを知っているということは彼がルナの様子を見てきたのだということが分かってその事実にほっとした。
「もうすっかりぴんぴんしてる。なんの心配もいらねぇよ」
けれどその声の主を悟ったハイラは、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、ここぞとばかりにむっとした顔を作る。
「だいたい、おまえがもっとちゃんとしてないからいけないんだろうがっ」
「…なんの話だ…?」
いきなり罵倒されたアスカは、はっきりしない目で眉間を寄せる。その顔はヘレナディアに向いていて、無言で説明を求められていた。
「えーと、」
しかしなにをどう言っていいのか分からなかったヘレナディアが、言えることはなにもない。困り顔でへらりと笑うと、ひょいっと片方の眉を持ち上げられた。
そのまま表情を動かさずに黙り込んだアスカだったけれど、未だ何か言っているハイラを無視して同じテーブル席に座った。
そうして動かさない表情の下では、なにやら考え事をしているのだと分かってきたヘレナディアは、説明する言葉を探すのをやめた。
そして、無言で差し出された手のひらに首をひねる。
「なに?」
「手を出せ」
なぜ、と思いながらも素直に言われた方の手を差し出す。
「…だれが拳をだせと言った」
すっと持ち上げてみせた手の形が不満だったのか、胡乱な目を向けられた。
呆れたようなその言葉と共に、アスカは上を向けていた自身の手のひらを返して、差し出したこぶしを上から握った。そしてそのままくるりとひっくり返される。そこでようやく、何がしたいのか理解した。
昨日の傷の具合を確認しようとしてくれているのだと分かって、素直に袖を捲って腕を出す。
その腕は、ある程度魔術で治癒してくれた後に、自己再生力に有効だからとなにやら貼り付けた上に包帯を巻かれていた。昨日のままの状態であるその腕を取って、巻かれていた包帯を外されると、そこには昨日の出血量が嘘のような細やかな傷跡しか残っていなかった。
その再生力に唖然としていると、同じように驚いて訝しむ声で言われる。
「おまえ、ほんとに人間か?」
「な…っ」
…っんて失礼なことを…!
けっこうマジな顔で言われて、さすがに黙っていられなかった。でも、次に続いた言葉にその反論は口から出ることをやめてしまう。
「いやいや、ふつうあの傷は一日で治んねぇだろ。ちょっとだけど骨までいってたんだぞ。それが見ろ」
すっと腕に落ちた視線を追って、ヘレナディアも自身の腕に視線を落とす。
三本あった傷の内、一番大きかった傷以外はどこにあったのかすら思い出せないほど跡形もなかった。一番大きかったものも、肉がくっついた時に出来る隆起が僅かに残っているだけだ。これならあと数日もすれば、この傷もすっかり消えてしまうことだろう。
「あなたが貼ったあの紙切れみたいなのが効いたんじゃないの?」
そうとしか考えられない。
ヘレナディアだって、あの傷が一日で治ったなんて眉唾だとしか思えなかった。さすがに昨日は、痛みで何度か眠りから浮上したくらいだったのだ。
けれどもいつの間にかなんにも感じなくなっていたから、さっきハイラに言われるまで傷の存在すら忘れてしまっていた。
「んなわけないだろ。あれ自体に傷を治す力なんてない。言ったろ? 再生力の手助けをするだけの代物だって。だから、この傷を治したのは明らかにおまえの力だってこと。ただそれがただの自己再生力なのか、無意識にでも使った術のせいなのかは分からんけどな」
「…そ、んなことを言われても…」
どっちにしたって、そんなの自分じゃ分からないことだ。
なんだか責められているような気分になったヘレナディアは、眉尻を下げる。
それ以上の言葉を言えなくて、困ったように俯いていると傷口の名残をするりと柔く撫でられた。
「…!?」
その感触に背中がぞわりとして反射的に腕を引いた。けれど手首を握る力は思っていたよりもずっと強くて、びくともしなかった。
身を引いたのが分かっているはずなのに、そんなことは歯牙にもかけずに検分するように指の腹で撫でられる。
ほとんど治っているとはいえ傷を負った部分が敏感になっているのか、触られた部分から背中に向かって這うようにざわざわとした感覚が走った。その感覚にいよいよ耐えられなくなって混乱気味にやめろと言いかけたとき、いつの間にやらアスカの後ろからヘレナディアの腕を見ていたハイラがひとつ息を吐いた。
「これなら傷跡も残んないね。なんであれ、よかったよ」
ほっとしたように、そう呟く。
「いやー、ほんとに、ご両親に頭下げに行かないといけないかと本気で考えてたんだからね」
「いや、だからそういうのは別に…」
何ともないといったヘレナディアの言葉が嘘偽りないと分かってほっとしたのか、いつもの戯けた態度に戻ったハイラに、なんとなく胸をなで下ろしたヘレナディアは腕を掴む力が緩むのを感じて透かさずその手を引き戻した。
なんだかまだざわざわした感覚が抜けないような気がして、必要以上に捲っていた袖を引っ張って戻す。
「動かしてて、別に違和感とかないな?」
「え、うん。平気」
アスカの言葉にヘレナディアが頷いて肯定すると、彼はほんの少しだけ表情を緩めた。
もしかして、心配してくれたんだろうか。…とてもそうは見えなかったが。
けれど、今のはヘレナディアが見ても分かるほど安堵の表情だった。
「……」
彼の表情はあまり動かない。そう思っていたけれど、よくよく観察してみるとその動止があまり大きくないだけのようだった。
面倒くさそうな気怠げな顔に、少しだけ嘲ているように見える意地の悪い瞳。その顔が常と言えるほど多いけれど、親しい人間にはそうじゃない顔を見せるときもあるらしい。
でも基本的にはいつも一定で変わらないその表情は、不真面目そうに怠そうで、何かを楽しんでいるようには見えないのだ。でもそれはいつものことだという。
楽しいことがあると普通に笑うけど、どことなく他人行儀というか、どこか人ごとな笑顔なんだと、あるとき酒場に食事に来ていた老人はヘレナディアにそう教えてくれた。
それは、そこにあるものに対してなにも感じていないのと同じことなんじゃないだろうか。
そう思ったヘレナディアの気持ちが顔に出ていたのか、老人はすこしだけ悲しそうな顔で頷き『彼はいまも退屈そうだ』と、そう言った。
そうしてヘレナディアは老人の言葉に納得した。
そうか、退屈なのだ。
いつもふとしたときに見つけた、なにも映していないような、あるいは目の前の景色が突然色をなくしたかのような眼をしたときの、あの顔。
つまらないんじゃない。ただ心が揺さぶられないだけ。あるいは、たとえ揺れても長続きしないのか。
その気持ちは、ヘレナディアにもちょっとだけ分かる気がした。
誰かの、何かの所為ではないことでも、どうしようもない気持ちになることが自分にもある。
毎日毎日同じ日々で、似たような時間が流れていく。そこにのめり込める何かさえないなら、毎日は退屈以外の何物でも無いだろう。
老人が言うように彼の行動のほとんどが個としての喜悦を感じないのなら、彼自身は一体どこにいるんだろう。
退屈を覚える彼だけが彼の『本当』なのだとしたら、それはどうやって一日を乗り越えているんだろうか。
「ま、そんだけ治ってたら問題ないだろうけど、あと数日は無理なことするなよ」
「う、うん。…ありがと」
くしゃりと少し強めに頭を撫でられて、はっと我に返る。
(…そうだ、そんなこと私が気にすることじゃない)
今はここにいて、その間お世話になってるだけでここを去ったら関わりが無くなる。言ってみたら人生の通りすがりのようなものだ。
彼にとってもそれは同じことで、ヘレナディアが居ようがいまいが退屈な日々に変わりなんかないだろう。それは彼自身が何かを見つけることでしか、解決する方法はないのだから。
むしろヘレナディアのせいで、余計な手間が増えたと思っているかもしれない。
そりゃそうだ。いらない仕事が増えたんだから。
それは当たり前なことで、自分にはどうすることも出来ないのに、どうしてか。
彼にとって自分は『人生の通りすがり』でしかないことに、どうしてだか曇った気持ちになった。
*****
さわさわと優しい風が細く背の高い木々を揺らす空気の中、すっと宙に片手をかざしたヘレナディアが集中するのはその手のひらの先にある一点だけ。
一定で変わらない空気が一瞬だけ揺れたのを感じ取れたのは、しんと静まりかえった空間だったから。空気が揺れた次の瞬間、かざした手の先、離れた場所にある一本の太い丸太がまるで膨らんだ風船が割れるようにパンッと音を立ててはじけ飛んだ。
ただの木くずになったそれが地面に落ちると、まるでガラスが散るようにぱきんと音を立てて消えていく。
魔術で作られた模造品が消えるのを見て、かざしていた手を下ろす。
そうして手を下ろしたヘレナディアは、そのまま視線を下げて自身の足下を見る。そこには、茶色に枯れ果てた草が自分を囲むようにたたずんでいた。
「はぁー、だから違うって。なんで要領分かっててそっちの力使うんだよ」
本気で呆れたため息をつかれるのは、これで二十回目だった。
「………そんなこと言われても…」
意識してやっているわけじゃないことをそんなに責められても、困る。
それでも彼の手を煩わせているのは自分であることに変わりなく、文句を言える声は小さく儚かった。
今ヘレナディアは昨日とは違う森の中で、アスカの監修のもと魔術の操作訓練の最中だった。
今いる森はどちらかというと林のようで、昨日のように大きな物ではない。そして何より違うのは、綺麗な泉も動物の姿もなにもないことだった。
最初この場所は、今の見た目と全く違っていた。黒く枯れた木々に枯れた草花。葉のない木々の隙間からは、向こう側の大地が見通せるほど所々折れた木々は細くやせ細っていて、その数はとてもまばらだった。
荒れ果てた場所に連れてこられたヘレナディアは、ここでどうするんだと首を傾げた。
なにもない荒野同然じゃないかと疑問するヘレナディアに、アスカは得意げに笑って言った。
「まあ見てろって」
木々の並ぶ場所のちょうど中心辺りに足を運び、風が吹くと土埃しか舞わないその場所で、アスカは片手のひらを地面に向けてかざす。すると、不思議な光が地面に描かれていった。
それはまるで生きているみたいに、彼を中心に四方に伸びていくと林を覆うほどに広がっていく。
よくみると文字のように見えるそれは、先日ハイラたちに聞いた方術というやつだろうか。
そう思って見ていると、光は一層強くなって辺りの木々に映り込むとそれらは仄かな光を発しだす。すると、一瞬のうちに姿を変え始めた。
土と石だけだった地面には草が生えて、枯れていた細い木は葉を付けていく。黒く力なさそうだった木は、生気を取り戻したかのように蘇る。心なしか明るくなったようにも見えた。
光に包まれたそれらが変化を終えると、役目を終えた光はまるで落ちるように消えていった。
そこには初めの荒れ果てた姿はどこにもなく、美しい緑で包まれていた。
いままで何かをしているところを見たことがなかったから特になんとも思っていなかったけれど、もしかしたらこの人は結構どころかかなりすごい魔道士なんだろうか。
傭兵をしていると言っていたけれど、こんなことまで出来る傭兵ってその辺にごろごろいたりするんだろうか。
一瞬、と言っても過言ではない時間で起きた大きすぎる変化とともに、ヘレナディアがそう感じて唖然としていると、一つ息を吐いたアスカは事も無げに言う。
「よし。そんじゃ、やるか」
腰に手を当てて辺りを見回し、満足げに一つ頷くとそう言ってヘレナディアに向き直る。
いったいなにを。その疑問がぽかんとしていた顔に出ていたのか、細く伸びた木の根元に腰を落としながらくれた説明では、本気かと自分の耳を疑った。
ヘレナディアのその反応に、なにがおかしかったのか知らないがくつくつと喉の奥で笑いながら、彼はこんなことをのたまった。
「本読んだって出来るようになるとは限らねぇからな。原理が分かってりゃ、あとは追々でいいさ。…まあ、一から十まで本読んで勉強すんのが好きってんなら別だけどな」
暗にそうじゃないだろ、と言われた気がして複雑な感じがしたが、間違っていないので口を噤んでおいた。
しかし、じゃあなぜあんなにいっぺんに本を渡したのか。アスカの言い分に納得しかけた時そのことに気づいたけれど、反論の機を逃した疑問がヘレナディアの口から出ることはなかった。
そうして幻の命を吹き込まれたこの場所で、見舞いに来たといったハイラを捨て置いて魔術の訓練することになったのだ。
「びっくりするくらいコツ掴むのが早かったわりに、そっから先が全然進まねぇのな。普通逆だと思うが」
腕を組んでそういうアスカは、なにをする訳でもなく片膝を立ててずっとそこに座っている。
笑いを含んだその言葉からは、本気で呆れているわけではないと分かったけれど、今ヘレナディアの中にはそんな自分に対する罪悪感しかなかったために、ちょっとやそっとじゃ持ち上がらないほど落ち込んでいた。
一通り説明してもらってから二、三回やってみると、出そうと思うときに力を出せるようにはなった。なんとなくだけれど、どうすれば魔力が集まるのか、どうすればその手から離れるのかも分かるようになったと思う。けれどどうしてもその力は、あの『命を吸い取る力』になってしまう。
一番簡単だという風を操って刃にする魔術を教えてもらったにもかかわらず、だ。
何度やっても、幻術でよみがえった草木を枯らしてしまう。延いてはそれを魔力で蘇らせてくれているアスカにも、いらない負担を負ってもらっているわけで。
それでも呆れたため息をつきながらもおかしそうに笑って、煩わしそうな態度は一瞬も見せないアスカは以外と面倒見がいいのかもしれない。…そんな余計なことを考えてしまう程度には、平行線を辿っていた。
「なんでー…」
自分ではちゃんとやっているつもりなのだ。力が手から離れるその瞬間を、掴める程度には魔力の流れが分かるようになれたにもかかわらず、そこから先が全く上達しない。
「……なあ、ちょっと」
「…なに」
腕を組んでなにやら考え込んでいたアスカは、情けなさにヘコんでろくな返事を返さないヘレナディアを立ち上がって手招きする。