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勇が剣  作者: 亜新ゆらら
Rain3.力の在り方
16/23

4.こんな筈じゃなかった。は言い訳ですか

 

 



 なぜ私は、いつも肝心なときにいいえと言えないのだろうか。


 ウサギの耳がついた熊の頭が入った鍋を囲う輪の中に身を置きながら、ヘレナディアはそんな後悔に苛まれていた。


「なんだ、食わねぇのか? 嬢ちゃん」


 ぐるぐると頭の中で考えていると自然と箸は止まっていて、そんなヘレナディアに隣に座った大柄の男が不思議そうに声をかけてきた。


「ハクロウさん」


 赤い髪に褐色肌のその人は、酒場の屋根を壊してしまった最初の日に気絶したヘレナディアを宿屋のベッドまで運んでくれたのだと後から知った。


 多大なる迷惑をかけてしまったことを知って大変恐縮していたヘレナディアに、大したことじゃないと笑う様は豪快で、その姿に一瞬自分の師であるあの人を思い出した。


(剣王…最近全く姿を見ないけど、元気にしてるんだろうか)


 数ヶ月から一年ほど姿を見ないことは大して珍しいことではないが、全く一度も目にしないというのはあまりなかったため、どうしているのか気になった。


 気にしなくてもくたばってなどいないことは想像に難くないので、心配と言うほどの心配は別にしていないが。


 あの人になら、もしかしたらいまこの、不安に思う心の内を相談できたかもしれないと思うけれど、そんなときに限ってどこにもいない。


 だからこういう少々のことは気にしないという豪快な対応に触れると、懐かしさからほっとするというか、肩の力を抜けるというか、なんか安心するのだ。


「聞いたぜ? 嬢ちゃんの手柄なんだってな」


「え? あ…いや、別に手柄と言うほどのことはなにも……」


 なんのことかとハクロウを見ると、その視線は目の前の大きな鍋に向けられていた。


 その鍋に入っているのは、先ほどヘレナディア達が遭遇した魔物。の、頭部だった。


 いったいなぜそこに鎮座しているのかは知らないが、ヘレナディアがアスカに連れられて宿屋の屋上から酒場に降りてきた頃にはすでにこの場はその鍋を中心とした宴会状態だった。


 それにしても…。


 楽しそうに、そして美味しそうに鍋を囲む人たちを一度ぐるりと見渡して、鍋に視線を戻すも、どうしても自分には美味しそうに見えない。


 いや、たしかに味はいい。だけど、視覚的に美味を感じられないというか、半減されるというか、とにかく箸が進まなかった。


 そんな得体の知れないものを突っ込んだ鍋が美味しいなんて、意味が分からない。どうせ突っ込むなら皮を剥ぐだけでなく、その身も細かく刻んでおいてほしかった。


 そもそも鍋なんてものを囲む習慣のない自分は、この光景がもはや異次元だったのだ。


 決して広いとは言えない空間に多数の人が所狭しと在席している様は異様な光景で、まるで小さな池に放り込まれた大量の魚のようだと思った。


 別に特別に大声で叫んでいるとか、そういうわけではなくても、この人数が同時に会話をしているとそれはけっこうな騒音だった。おそらく、外まで響き渡っていることだろう。


 賑やかでやかましいこの空間に、最初に足を踏み入れたときはびっくりして声も出なかった。


 こんな空間に出会ったことのないヘレナディアが唖然として立ちすくんでいると、なぜか逆らう間もなく輪の中に引き込まれ鍋の真ん前に座らされてしまい今に至るというわけだ。


 さきほどから見知らぬ人までハクロウと同じように声をかけていく。そんなやりとりが後を絶たなくて、それもなんだか妙な気分だった。


「……」


 びっくりしたし、やかましいけど、…でも悪くない。


 そう思ったヘレナディアの自然と綻ぶ顔に、ハクロウだけが物珍しそうな顔で凝視していた。


 視線を感じたヘレナディアがふと横を見ると、ばちりと視線がかみ合う。


「…なに?」


「んー、惜しい」


 なんでそんなに凝視されているんだろうかと怯みながらも、なんだと首を傾げる。するとそんなヘレナディアにずいっと顔を寄せてきた。


「惜しい!」


「な、なにが…?」


「嬢ちゃん、もし他の当てがまだないなら、うちに来い」


「は??」


「最近じゃ男しか集まんなくてむさっ苦しいと思ってたんだよ。嬢ちゃんくらい剣も魔術も達者なら言うことなしだ。どうだ?」


「いや、どうだ? …と言われても」


 満面の笑みで薦められても話が全く見えなくて、困惑する。


「ダメですよ、(ボス)。そんな可愛い子を引き入れちゃ。危ないです」


 困惑していると、後ろを通りかかった青年が助け船を出してくれた。


 その言葉を聞いて、ハクロウが言っている言葉の意味を理解したヘレナディアは別の意味で言葉を失った。


「えー、大丈夫だって。ブラスカ。みんなが目の色代えて狙ってた獲物をすっと来て横取りする根性に、こっちがいくら罠張っても掛かんなかったもんに一発で遭遇する運がありゃ、なんの問題もねぇ」


 助け船を出してくれた銀髪の青年――ブラスカと呼ばれた彼は、ハクロウのその言葉にげんなりしたように肩を落とした。


「そういう意味じゃないんだけど…」


「それに、めずらしい剣技を使うらしいじゃん? 興味あんだよな」


 にやりと笑んだ口元から覗く犬歯が、その表情をいっそうやんちゃに見せる。楽しそうに、そしてすこし意地悪さを醸したその笑顔は、先ほどまで一緒にいた人を彷彿とさせた。


「オレは魔術のことはてんで分かんねぇけど、剣技に関しちゃまあまあ詳しいんだ。見てみたい。どこで習ったんだ?」


 ヘレナディアの顔を掬い見るようにして言ったハクロウに、数秒考えたヘレナディアは当たり障りのない答えを選んだ。


「独学です」


 ほとんど、という言葉は飲み込んで、それだけ口にする。


 けれどその言葉は嘘ではなかった。彼は、剣王は本当に剣技というようなたいそうなものを教えてくれたことは一度もなかった。


 やることといったら、実践あるのみと称して魔物相手に剣を振らされたりその出来が悪ければ修練として素振りを百回とか、身になっているのかどうか分からないことをさせられただけだ。見て覚えるしかなかったために、自分が使うものが剣技なんていうきちんとしたものだと言える自信がない。


 そのおかげで三人の人間の無事を確保できたんだとしたら、まあそれはそれでいいだろう。


 だからきっと自分には、彼の興味にそうものなど持ち合わせていない。そう意味を込めて言うと、ハクロウはきょとんとした顔で数回瞬いただけで、素直にその言葉を受け入れた。


「ふーん…。ま、そんならそれでいいけど。で? それはそれとして、うちの集団(ギルド)に付いてくれねぇ?」


「いまの話の流れでどうしてそうなる…」


 全くもって分からない。


 そう思っていたのはブラスカも同じのようで、ヘレナディアと視線がかみ合うとしょうがないなというように肩をすくめた。そしてそれ以来、もうだめだと思ったのか黙って食事を再開した。…助けてはくれないらしい。


 この酒場はこうしたギルドの情報拠点として開放している場所のひとつのようで、そのためこんな感じで、多くの人が一堂に会することが多いのだという。


 そういう集団や場所があるのは知っていたけれど、ヘレナディアの偏った知識による想像はけっこう明後日の方向に向いていたと悟った。


(もっと無法地帯なのかと思ってた)


 傍若無人が服を着て歩いているような人ばかりの集まりかと思っていたけれど、それはただの偏見だったようだ。


 彼らは街の治安を守ったり、宝探しを主体に旅をしたり、魔物を退治して賞金を稼いだり。中にはなにを生業としているのか分からないものもあるらしいが、そういう人たちは大抵その日の食い扶持を稼ぐために、賞金目当てと称して魔物退治なんかをやっているという。


 ヘレナディアが吹っ飛ばしたあの熊擬きの魔物も、その中の一体だったらしい。


 ノゥイは何かの亜種だと言っていたけれど、必要以上に凶暴なうえにあの大きさでなかなか足が掴めず、退治に苦労していたのだという。


 目的の達成が芳しくなければ、かかっている懸賞金の額も上がっていく仕組みになっているようで、本日ヘレナディアが――というかアスカが――吹っ飛んでいた魔物の頭を詰め所に差し出すと、一瞬にして空気がざわついた。


 なんでそんな騒動になっているのか全く分からなかったヘレナディアがその賞金を受け取ったとき、騒がしさの理由を知った。


(そりゃあんだけあったらな…)


 何かの間違いじゃないかと思うくらいの金貨の山を受け取って、途方に暮れてしまったくらいだ。


 少なくとも二、三年は遊んで暮らせそうな金額に言葉を失っていると、詰め所の受付嬢はほっとした顔をしてヘレナディアにお礼を言った。


 聞けば、あの魔物のせいで死者も出てしまっていたのだという。


 そうしてつり上げられた賞金を目当てに躍起になる人たちは後を絶たなくて、それでも誰ひとりとして首を取れなかったものを、ぽっと出の人間が獲ってしまったのだ。横取りといわれても仕方のない状況だった。


 現に、さっきからハクロウと同じように揶揄していく人が後を絶たない。


 それでも多くの人はからかい混じりに声をかけていくだけで、本気で言っている人はほとんどいなかった。そんなことよりも、街の人たちに多くの被害が及ぶ前になんとかなったことを純粋に喜んでいるようだった。


 言葉や決まりがなくても、そんなふうに自然に互いが互いを助けている環境がすごいと思う。当たり前にそれが出来ることが、良い場所だと感じる。


(……いいな)


 楽しそうに鍋を囲む人たちを見て、言葉では言い表せない気持ちが胸に広がった。


 そんな風に、互いを認め合っている環境がうらやましい。


 ここでは誰も、旅人を疎まないし快く迎えてくれる。宿屋に帰ってきたときに、おかえりと言ってくれたときは、なんだか胸がむず痒かった。


 彼らと一緒に働けるなら、確かに楽しいかもしれない。


「………」


 少し目を伏せたヘレナディアは、今、自分の心に感じるものに気づかないふりをしようかどうか一瞬迷ってしまった。


 ここには、自分が望んでいたものがあることに気づいてしまったから。


 なにも考えずにこのまま頷けば、それが手に入るような気がしたから。


「………機会があったら、そう…しようかな」


(でも、それは掴んじゃいけない)


 少なくとも今は。


 視線がかみ合った時にハクロウとブラスカに、小さくぽつりと呟いて寂しそうに目を細めて微笑んだヘレナディアに、二人は言葉を失ったように目を見張ったまま固まった。


「………」


「………」


「…(ボス)、やっぱりこの子ダメです。危ないです」


「あー……、うん。オレもいまちょっと思った」


「…?」


 独り言のつもりで呟いた小さい声は、どうやら二人の耳に届いていたようでリアクションを返されたけれど、それはいまいちヘレナディアには意味の分からないものだった。


 確かにちょっと心惹かれる誘いではあったけれど、今考えないといけないことはそれじゃない。


「……」


 少ししてから誰からも声をかけられなくなったヘレナディアは、先刻聞いた話を反芻していた。


 すっと視線を落として、手のひらを見つめる。


 ――身に覚えがあるだろう。


 そう言って、口にしなかった心の中までのぞき込むような、なにもかもを見通しているかのような鋭い目で見据えられたときは言葉が出なかった。


 熊の首が飛んだときも、手にしたコップが割れたときも。そうだというのだろうか。


 何かの本で読んだ記憶がある。この世のすべてのものには、精霊が宿っているのだと。


 生きているものもそうでないものにも、目に見えなくてもすべてのものには命が宿っていて、そこに寄り添う精霊がいる。精霊が離れるとすべてのものは命を終えて、また繰り返すのが、この世界を作った神様が決めたルールなのだと。


 絵本から出てきたおとぎ話だとばかり思っていたけれど、もしかしたらそれは今現実に在ることなのかもしれないとアスカの話を聞いていて思った。


 思い返せば一緒にいた兵士の数人が、熊の首を飛ばして騒ぎになった翌日風邪を引いて倒れたと言っていた。ガラスのコップにも、その中に入っていた水にも、精霊という名の命が宿っていたのだとしたら。


(…それらを、食べてたから壊れちゃったってこと…?)


 どこまでのものに作用する力なのか知らないが、そう考えたら辻褄が合う気がした。


 もしそうなら、壊れる寸前の僅かな灯火さえも残さず奪っていく容赦のない力が、怖いと思った。


 まだこの力がそうだと決まったわけじゃない、と思うのはちょっと無理がある気がして、見つめていた手のひらを軽く握る。


(ただ周りに知られない内に、押さえ込めるならそれでいいって思ってたけど…)


 そんな簡単な話じゃないのかもしれない。


 もし、次にこの力が獲物として狙ったのがそのとき側にいる人間だったら。そう考えたら、背筋が冷えた。


 これは悠長なことを言っている場合じゃない。


 そう考えるなら、これはチャンスかもしれなかった。


 確かなことは分からないけど、きっと彼が提案してくれたことは知っておいて損はないことだ。


 この力が良くないものなのは間違いない気がして、それなら自分で一人悩むより教えてくれるという人に、素直に黙って、教えを請うていた方がいいに決まってる。


(…だって、そのために来たんだ)


 魔道士が首を傾げるこの力がなんなのか。


 私も知りたかった。





****





「う゛ぁー…、もう無理……」


 テーブルにおいて読んでいた本の上に、ばたりと突っ伏する。


 意味の分からない文字の羅列に、集中力が切れるとついて行けないヘレナディアは、本を読み始めて一時間で根を上げた。


「じゃ、とりあえずこれだけ読んどいて」


 そう言ってアスカが置いていった十冊程度の本は、どれもこれも文字の意味から調べないと理解できないものばかりで、時間ばかりが掛かってちっとも進まないことにいらいらする。


 本を読むのは好きだけど、ちがう。そうじゃない。


 本を読む過程に必要な、意味の確認が多すぎると読んでいる気にならないから、全然楽しくない。


 屋根の修繕作業が一段落して、すこし休憩でもしたらどうかと言われて酒場のテーブルの上に用意してくれた食事を前に、どうせならこの時間を使って勉強しようと本を広げるも、全く進まない上に全く頭に入ってこない。


「う゛ー……、頭がいたい。ほんとにみんな学校でこんなのちゃんと習ってんの? ちゃんと頭に入ってんの? 絶対入ってないでしょ。抜けてるでしょ。必要? ほんとに必要??」


 やりたくないと言い訳が止まらない。


 しかも、少しだけど読んだ中身は魔道の歴史っぽい内容だったから、余計にやる気が出ない。一番苦手な分野を、なにも知らない今この初っ端に持ってくるとか、軽いいじめだと思う。


「まあまあ。気にしすぎちゃだめだよ、なんとかなるなるー」


 ふて腐れていると、お茶を持ってきてくれた宿屋と酒場の店主をしているヒュージアが、朗らかに微笑んで慰めてくれる。


「…まだ一時間しか経ってない。根を上げるの、はやい…」


 目の前に座る少女は、無表情で辛辣に鞭を打ってくれる。


「ぐ…、そ、そうだね…。ナツちゃん、わざわざつきあってくれてるんだもんね。ごめん…」


 分からない事は彼女に聞いたらいいと、本を持ってきたアスカが紹介してくれた少女にちょっと侮蔑な顔を向けられながら謝罪をするも、どうしてもその鞭では気持ちは上を向かなかった。


 彼女はその年十歳でちゃんとした魔術師だという。例によって、ぶち壊した天井の瓦礫に打った頭を診てくれたのも、彼女だった。


 見たことのない綺麗な眼をしている彼女は、喋るのが苦手のようでひとりで本をよく読んでいた。そのおかげか年の割に大人びた雰囲気を持っていて、おまけにとても賢い。


 しかし、自分の半分ほどの年の子に諭されても、だめなものはだめだった。


「…でも、やる気でないっ!」


 この時ヘレナディアは気がついた。


 あんなに叩かれて、ヘコみながらも剣の修行は飽きずに行えていた理由を。


 ああだこうだと言うのではなく「さあやってみろ」だったからだと気づくと、こういう理屈が先に来ることは自分は不向きなのかもしれなかった。


「そりゃ、『こうやって頭で想像してそれが目の前に起きてるイメージで出来ます』とか言われてもさっぱり分かんないけど、それでひたすらうなってる方がまだマシな気がする…」


「なるほど。レナちゃんは座学より実践のほうが頭に入るタイプなんだね」


「…説明書見ないで機械を壊すタイプ…ってこと?」


「失礼な。こう見えて機械は壊したことないから。説明書見なくても!」


「…威張ること…?」


「威張りたい…っ」


「…でも、そういう人は、魔術、向いてないと思う」


「ぐ……」


 少し張っていた胸にぐさっと突き刺さったその一言に、なにも言えなかった。


 うすうす分かっていたことではあるが、そうか、やっぱりそうか。


 理屈だけを見れば、すべての人間が魔術を扱えるという話だったけれど、やっぱり、得手不得手はあるらしい。どんなにがんばっても、光さえ灯せない人もいるそうだ。


 突きつけられた事実に、再び机に倒れ込んだヘレナディアは、覚悟を決めた。


 こんな歴史の流れや現象の理由を学んでいる時点で根を上げているようでは、とうてい先なんか見えないし。


「………よし」


 苦痛なのは最初だけだと割り切って、もらった食事を平らげる。


 望んだのは自分だし、うだうだと文句を言っていても始まらない。ある程度愚痴をこぼしてスッキリしたヘレナディアは、もらったお茶を飲みながら再び本に視線を落とした。


「…大丈夫。レナは、魔道士に向いてる…」


「うんうん。僕もそう思うよ」


 しばらく無言の時間が過ぎたかと思ったら、唐突に言われた言葉に本から顔を上げる。


「…なにを根拠に…」


「…疑わない、から。精霊がいること、それらが世界を作ってるってこと、嘘じゃないって分かってるから。…それを信じない人は、だめ。でも、そうじゃない、から。…それに、精霊達はあなたのこと、好き。不思議なくらい。そういうの、分かる…」


「え…」


 思いがけない言葉に思わずぽかんとしていると、うんうんと相づちを打っていたヒュージアが笑顔で言った。


「まあ、それらを差し引いても、『嫌でもがんばる』って姿勢が何事も大事だからね」


 ヒュージアの言葉に、ナツはひとつ大きく頷いた。


「…分かれば、けっこう簡単。そんなすぐに、出来ることじゃないだけ」


 言葉を発するのがあまり得意ではないという彼女が、がんばってしゃべってまで慰めてくれているのだと気がついて、ヘレナディアはちょっとだけ照れくさい気持ちに頬を染めた。


「…そっか。ありがと」


 照れ笑いを浮かべてナツの頭を撫でると、彼女も吊られたように頬を染めた。照れくさくなったのか、ぷいっとそっぽ向いて「別に…」と言ったまま自身が持っている本に視線を落としてしまった。その反応に、思わず目を見張る。


 これは。


「かわいい…」


「…でしょう?」


 ぼそりと呟いたヘレナディアの言葉に、ヒュージアはにこりと小さく相づちを打った。


「…!? なに、するの…っ」


 思わず衝動のまま、がばっと勢いよく少女に抱きつくとあまり動かないその表情に僅かに驚きを浮かべると、悲鳴のような声を上げた。


 やばい、これは可愛い。可愛すぎる。


 もし妹がいたらこんな感じなのだろうか。いや、妹じゃないからこそ感じられるかわいさも存在して然る。


 放せと身をよじるナツを無視してぎゅううっと抱き締め続けるヘレナディアは、はたと気がつく。


(もしかして、カナンさんもこんな気持ちだったのかも…)


 そう思って少し頭で考えるも。


(いや、ねぇな…)


 即座に否定した。


 自分には、情けないことにこのようなかわいらしさは無い。


 その思考に少ししらけたヘレナディアが腕の力を緩めた途端に、にゅっと横から二本の腕が伸びてきた。


「なになに、楽しそう。俺もまぜてー」


 ナツを抱き締めているヘレナディアごと、伸びてきた第三者の腕に抱き締められる。


 え、なに、と二人して唖然としていると貼りついてきた人はにこにこと笑みを浮かべてそんなことを言った。


「……なにしてるの、ハイラさん…」


「え?」


 いや、え? じゃないでしょ。え? じゃ。


 毒の無い顔でにこにこ笑ったってだめよ、という心の声がヘレナディアの異物を見るような表情に浮かんでいたのか、ハイラは不満そうに眉を寄せた。


「えー、いいじゃん。俺も混ぜてよー」


「………」


「………ぅにゅ…」


 いやだから、なにが「いいじゃん」なのか意味が分からない。


 言葉を失って間抜けにも口が半開きのまま固まるヘレナディアと、にこにこ笑うハイラに挟まれたナツが苦しさに変な悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

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