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勇が剣  作者: 亜新ゆらら
Rain2.出会いとは、いかに。
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6.出会いとは、いかに。

 

 

 

 そうですかではさようならと、言えない気持ちがヘレナディアにはあった。


(いまここで変なことして動きづらくなるのは、困る)


 自分はまだ、ここに来た目的を果たしていない。


 それを果たすまでは、変に目を付けられてしまうと困る。非常に困る。


「…………わかった」


 苦いなんて言葉では足りないほど顔を渋らせながら、ヘレナディアは諦めたように頷いた。


 この際、面倒なことをそっちですべて片付けてくれるのだということで、無理矢理納得することに決めた。


 確かに、そこまで拒む理由がないと言えばないので、それでいいとしよう。


 それに、もしうまくいけばそれなりに得になることがないわけではない。いろいろな不備を差し引いても、ここは話に乗っかっておいた方がいいように思う。


 別に恩を売りつけるつもりはないけれど、多分これは。


(売っておいても、損にはならない)


 そう思い至ったら、痛かった頭が少しだけ軽くなった気がした。


「別に隠れてこそこそするつもりはないけど、私は自分のやりたいことをやるわ。あなたたちに気は遣わない。それと、この街にいるのはお祭りまでのあいだだけよ。それ以上はいられない。それでもいいなら、やるわ」


 言外に、仕方がないからという意味を込めてそう口にすると、特に思案する間もなくハイラはすぐに頷いた。


「決まりだな。他にはないか? あれば聞くぞ」


「…これは全然関係ないけど、私が壊しちゃった家……」


 実はずっと気になっていたことを、ヘレナディアは少し遠慮がちに口にした。


 結構盛大に壊れてしまったように思う。もし怪我をした人がいたりしたらどうしようと、じつはとても気になっていたのだ。


 本当なら一番に聞きたかったのだけれど、波のように押し寄せる剣幕と情報の量にそれどころではなかった自分が情けなかった。


「ああ、ヒューの酒場か? だったら心配ない。屋根がすっぽり抜けただけで営業に支障はないし、怪我をした奴らもいないそうだ」


「そう…」


 それを聞いてヘレナディアはほっと胸をなで下ろした。


 よかった。…いや、よくはないけど、怪我人がいないのは幸いだ。


「別に気にする必要はないぞ? そもそも壊れかけの屋上をほうっておくほうが悪いんだし、あの程度の落下物も避けられんようじゃあそこではやっていけないだろうからな」


 言葉半ばに肩をすくめるその顔からは、その言葉が本当に嘘偽りないものなのだと分かったけれど、こればかりはそうですかとヘレナディアは言わなかった。


「いや、でも壊したのわたしだし」


 正確には違うけれど、たとえイニルの所為にしたところでなんの解決にもならない。


 それにどうせ一週間もいるのだ。一週間あればあの程度の広さならばとりあえずなんとかなるだろう。そう思ったヘレナディアは、そのまま言葉を続けた。


「そんな理由で言い逃れなんかしないわ。ちゃんと直すから、出来ればあの辺で宿とってくれると嬉しいんだけど…」


 あと、修繕費も出してくれると嬉しい、と先ほどの話題を完全に無視した提案をそれとなく付け足すと、ハイラは聞き慣れない言葉を聞いたかのようにきょとんとした。


「直すって…どうやって直すんだ?」


「どうやってって…、普通に木材とモルタルで直すのよ」


 それ以外に何がある、と疑問に首を傾げるが、同じような仕草でハイラも疑問を露わにした。


「もるたるってなんだ?」


「え、えー…? …じゃあ、ここの建物ってなにでできてるの?」


 あの塗り固められていた壁はモルタル仕様だと思ったんだけど違ったのか。


「ここの建物は一部を除いて全部煉瓦だ」


「煉瓦? でも煉瓦だって目地にモルタル使うでしょ。…そういえば、ここの建物の壁見たけど継ぎ目なんかなかったわね」


 なんでだろうと問いかけると、これまたヘレナディアの常識外の話になった。


「ああ、もるたるって粘着剤のことか。一応はそういうのもあるが、建物を構築できるだけの強度がないんだ。だから、術で継ぎ目を結合してる。術でくっつけてるから見づらいだけで、継ぎ目はちゃんとあるぞ」


「ああ、そう…」


 また魔法か。と思っていると、それが顔に出てしまっていたようだ。苦く笑ったハイラは、仕方がないというように肩をすくめた。


「自分たちではそれしかできないからな。おまけに、魔道士ってのは軟弱なやつが多くてなぁ…。力仕事が苦手な人間が多いんだ」


「…困った人たちね」


「そうなんだよ。だから、必然的に多くのことを魔術に頼った生活になる」


「なるほど」


「だから、壊れた壁もちょちょいのちょいなんだ。君が特別気にする必要はないよ」


 そこまで言われて、壊した家のことは気にしなくていいと言ってくれているのだと気がついた。


 気を遣ってくれているのだと分かったけど、それでわかりましたといえるほどの厚かましさは、ヘレナディアにはなかった。


「…そうみたいね。でも、迷惑をかけたのは私だから。その尻ぬぐいを他の人にはさせられない。ちゃんと謝って、自分でなおす」


 だから、その強度不足の粘着剤と木材をくれ、となにを言おうと引き下がらないヘレナディアに、ハイラは苦笑した。


「…君は意外と頑固だねぇ。まあ、君の言う技術にも興味あるし、お言葉に甘えてお願いしようかな。あ、でも材料費は自分でなんとかしてね」


「ええー…」


「大丈夫大丈夫。木材なら近くに林があるからそこから採っていいし、粘着剤はこっちで用意するから」


 にこりと笑顔で言っているが、要は自分で採ってこいということか。


 いったいなにが大丈夫なのか知らないが、そう言ってひとつ伸びをしたハイラは椅子から立ち上がる。


「…にしても、あいつら遅ぇなあ」


 部屋に一つしかない窓から外を眺めながらそうぼやいて、うーんと考えるそぶりを見せたかと思えば意を決したようによし! と言って視線をヘレナディアに戻した。


「いつまでも待ってても仕方ないから、先に行っててくれるか?」


「? どこに」


「君の宿泊先。本当は案内もかねて一人付けようと思って呼んだんだけど、来ねぇし」


「え、なんで? べつにひとりでも平気だよ」


「…なに言ってんの?」


「え…」


 バカを言うなという台詞が、口ではなく目が語っているようだった。呆れたように半眼で言われたその言葉に、ヘレナディアは思わず固まった。


 またなのかとぎくりと強ばる顔に、少しの沈黙のあとハイラは、はあ…とあからさまなため息を吐く。


「この街は、どこも似たような作りで、初めての人間には迷わないやつがいないくらい複雑なんだ。一人で行けば、無駄な時間を費やすぞ」


 そして言葉最後に、にやりと嫌らしい笑みを浮かべてそう言った。


 その言葉にちょっとむっとして、一度もこの国に来たことがないなんてなんでそんなこと分かるんだと反論しかけて、やめた。


 すでにさんざん無知を晒したあとで田舎者丸出しなことがバレているのに、そこを突っ込んでみたところでまたばかな奴だと思われるのが落ちだ。


「…迷った方が、覚えれるでしょ」


 だからそんな負け惜しみみたいなことしか言えなかった。


 それに喉奥で笑うハイラには、気づかないふりをしておくことにする。


「じゃあ、悪いが一人で探してみてくれ。送っていってやりたいが、ちょっと時間がない」


「お気になさらず」


 そう言いながら、ヘレナディアも椅子から腰を上げる。


「君が目を覚ましたところが、ちょうど酒場の裏手側の宿なんだ。どっちもヒューが主人だし、君のことは伝えておいてもらったから安心していいよ。場所は、ここを出て真っ直ぐ行くとすぐ分かるだろう。護衛の人間にはそっちに行くように伝えておくから、まあよろしくしてやってくれ」


「はあ」


 護衛の件、忘れてなかったのかとちょっと残念に思ったヘレナディアは、ため息交じりの返事に落胆を込めた。


 いったいどうしてこんなことになったのだろうか。


(私はただ、この力をなんとかしたかっただけなのに…)


 そう。たったそれだけのためにここに来た。はずだった。


 なのになぜ。


 …いや、終わったことをとやかく言うのはやめよう。


 それでいいと納得したのは自分だ。文句をいうのは女々しすぎるし、なんの解決にもならない。


 とりあえず変なボロを出さない限り、自分がどこの誰かなんて分からないだろうからそこは問題ないだろう。


 せっかくだから観光も兼ねて、いろいろ見てまわろうと前向きに考えながら、ヘレナディアは促されるままに部屋を出ようと扉に手をかけた。


「――――ッ!!」


 取っ手をひねって、扉を引こうと力を込めた瞬間、ゴツッ! という凄まじい音と寸分違わぬ勢いで前頭部に衝撃が走った。


「あ、(わり)ぃ」


「…っっ」


 自分の取っ手を引く力と外側から扉を押す力の相乗効果は、思ったよりずっとすごかった。


 ふらぁ、と後ろに倒れそうになる身体を気力で踏ん張って、逆に妙にゆっくりした動作で蹲る。涙の滲む目をぎゅっと瞑って、痛みを抑えようと直撃した額を両手できつく押さえてみたが、全然効果なんかなかった。


「大丈夫か?」


 直撃した額が上げる悲鳴に、声にならない声を上げながら蹲るヘレナディアにそう言ったのは、外側から扉を開けた人間だった。


「………だいじょうぶ、です…」


 たぶん。


 あまりの痛みにすぐに返事をすることが出来なかったけれど、じっと答えを待つ相手に心の中でそう一言付け足して顔を上げる。


「………」


 この時、はじめて彼の顔を見た感想は、まぶしい、だった。


 いままで会話をしていたハイラよりもずっと整った顔をしていたけれど、それ以上に目を引く髪の色が印象的な人だった。


 涙が滲むほどの痛みも一瞬忘れてしまうほど、ぱっと見ただけで魅入られたみたいに目が離せなくなったのは、後にも先にも彼がはじめてだった。


 それほど、綺麗な色だと思った。


 光が当たったら白く見えるほどの金の髪に、少し長めの前髪に被る黒曜石のような真っ黒い瞳が綺麗だなと思って見ていると、なぜかじっとかみ合う視線に最初に疑問を感じたのはヘレナディアの方だった。


「…え、と…。なにかついてます…?」


 自分以上に食い入るように見られていることに気まずさを覚えたヘレナディアがそう口にすると、相手ははっとしたように少しだけその黒い瞳を動かした。


「…でこが腫れてる」


 そして、大して表情を動かすことなくあろうことかそんなことを言った。


(なんだその言いぐさは!)


「あなたのせいでしょうが」


 その人ごとのような態度に少しむっとしたヘレナディアは、名も知らぬ相手に食ってかかるような態度を取ってしまった。


「そうだな。悪かった。ほら、見せてみろ」


 本当に悪いと思っているのか疑問に感じてしまうほど薄い謝罪を口にした男は、蹲るヘレナディアと視線を合わせるように膝を折る。そして、敵か味方か判断する前の猫のように警戒するヘレナディアの前髪を、左手で掻き上げた。


「っ…いたい」


「…だろうな」


 髪を掻き上げられる時に触れた、僅かな擦れさえも痛かった。それを素直に表現すると、彼は特に驚くこともなく頷いた。


 だから、誰のせいだと思っているのか。


 あの一瞬、目の前が真っ白になってなにも見えなくなった。


 よく割れなかったものだと思うくらい、あの瞬間の痛みはすごかった。だって、角が当たった。角が。


「……っ?」


 心の中で悪態をついていると、髪を掻き上げた左手を外すとそのまま額に伸びてくる。


 それに反射的にきゅっと目を閉じると、ふいに暖かいなにかが額を覆った。


 感じた事のない感覚を不思議に思うも目を開ける勇気はなくて、その不思議な暖かさが消えるまで目を瞑っていた。


「ほら。これで大丈夫だろ」


「え……、あ…」


 数秒も経たないうちに、その言葉と共に添えられていた手は静かに離れていった。それと同時に、いつまでも触れていたいようなふわりとした暖かいその空気も消えていった。


 ふいに額の痛みがなくなっていることに気がついて、自ら額を触ってみる。けれどそこには腫れている様子も、じんじんする鈍い痛みも存在しなかった。


 少し遅れて、彼が魔法で癒やしてくれたのだと分かった。


「ありがとう」


「どういたしまして。次から気をつけろよ」


「……あなたがね」


 ぽんぽんと頭を撫でながらそんなことを言われるとは思わなくて、脱力した。


 気をつけるもなにもただの偶然が重なっただけだが、全面的に自分のせいにされてしまった心はそう言い返さずにはいられなかったようだ。ため息と共に、気がついたら言葉が口をついてでていた。


 それに特になにを言うでもなく、ヘレナディアの頭をもう一度くしゃりと撫でて立ち上がった男に向かって、ハイラは口を開く。


「おせーよ。待ちくたびれちゃったじゃんよ」


 窓辺に背を預けたまま文句を口にするハイラに、鼻からため息を零しながらも彼の表情は動かなかった。


 その会話を横に聞きながら、ヘレナディアも曲げていた膝を伸ばして立ち上がる。


「しょうがねぇだろ。これでも早く着いた方だ、文句言うなよ」


「あっそ」


 彼がそう答えることが分かっていたのか、ハイラは特に気にせずそれだけ口にするとヘレナディアに視線を向けて男に向かって話を続ける。


「レナちゃんだ。例の件で手伝ってくれることになったから、面倒みてやって」


「…よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げて挨拶をする間も、じっと観察するような視線を向けられていた。


 そのことを不思議に思いながらも、相手の返事を待っていると僅かな沈黙の後一つ頷いて彼はヘレナディアの言葉を受け入れた。


「アスカだ。普段は、…傭兵のようなことをしている」


「…?」


 一瞬言いよどんだあと、少し迷ったように彼はそう言った。


 アスカと名乗ったその人は、冷静になった今こうして見てもとても目を引く容姿をしていた。


 それは真正面からじっと見ていると、意味もなく気恥ずかしさに思わず視線を外してしまうほどに。


 長身に女性が好みそうな端整な顔は、ちょっとやそっと目にかかるようなレベルではなかったし、低すぎない音程の声も、聞いていてとても心地がいい音だった。


 格好からして魔道士のように見えるが、先ほどハイラが言っていたような貧弱さは微塵も感じない体格をしていて、それはローブを羽織っているよりも剣を持ち歩く姿の方がしっくりくるほどだった。


 おそらく彼は、ハイラの言う対象の中では例外にあたるのだろう。


 多少言葉が悪いようだけれどそれは彼の印象をマイナスにはしておらず、むしろ、見た目だけでは少し高圧的で話しかけづらい雰囲気をうまく払拭しているようにも見える。


 顔がいいとそんなところまでプラスに捉えられることが、なんだか不思議で、ちょっとうらやましいと思ってしまった。


 自分なんて、髪の色一つで悪噂が湧くのに。いったいこの差はなんなんだ。


 そう思うと、うらやましいを通り越して妬ましさを覚えてくる。


 若い顔立ちの割に自信を感じさせる雰囲気は、彼がいろんな事を経験してきたんだろうということが容易に想像できて、その空気も彼に目が行ってしまう一つの理由かもしれなかった。


「………」


 なんとなく、自分は人見知りなんだろうなという自己分析がここへ来て出来たヘレナディアは、思った。


 この人にはあまり関わりたくないと。


 なにがどうというわけではない。ただ直感でそう感じた。


 悪質だから関わりたくないという部類のものではなくて、むしろその逆で。


 このときはそれがどういった感情なのか分からなかったけれど、多分自分は、魅入られそうな部分を相手の中に見つけてしまうのが怖かったのだ。


 ほぼゼロの対人スキルでは、悪いものより良いものの選別の方がずっと難しかった。


 だからできるだけ関わり合いになりたくなかったのだと。


「――じゃ、いくか。この街に来たことは?」


「…ないです」


 しかしそんなヘレナディアの心の内など知るわけもなく、項を掻きながらアスカは今入ってきたばかりの扉に手をかけながら言った。それに首を横に振ると、彼はにやりと笑みを作ってみせた。


「じゃ、案内してやるよ」


 その楽しそうとも取れるし、意地の悪そうにも取れる表情に虚を衝かれて、ヘレナディアは目を見張った。


 面倒くさそうな空気を纏って首を掻いていたくせに、そんな風に笑うとは思わなかったから。


 おかげで、監視役を代えてくれと進言しそびれてしまったヘレナディアはハイラに指摘されるまで、間抜けにもその場に突っ立ったままだった。

 

 思えば、この時すでに自分は、彼に捕らわれていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

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