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勇が剣  作者: 亜新ゆらら
Rain2.出会いとは、いかに。
10/23

4.罪状。

 

 

 

 

「―――それを信じろと?」


「えーと。まあ、そういうことになります、かね…?」


 だって事実だし。そう思いながらも、その一言は言えなかった。言えない雰囲気だった。


(いったい、私が何をした)


 町の宿屋らしい場所で目を覚ました数時間前、そこには一人の女の子が居た。


 いろいろ気を遣ってくれる彼女と会話をしていたら、そこにいきなり衛兵達がぞろぞろ現れたのだ。


 寝起きの頭で彼らの話を聞いていたのだが、よく分かっていないのにふんふんと頭を縦に振っていたからか、気がついたらここに座っていた。


 現在、そのときと同じ数の視線に晒されながら、なぜか尋問を受けている。


 なんかしただろうかと思考を巡らせてみても、やってしまったことと言えば、かなり盛大に屋根を壊した事くらいだった。


「ふざけんな! テメーが盗ったのは分かってんだよ! しらばっくれてんじゃねぇ」


 そういえば、あの家は大丈夫だったのだろうかと今さらながら不安になっていると、いきなり横から苛ついた様子で詰め寄られた。


 目の前にある机が力任せにたたきつけられて、僅かな振動と大きな音を響かせる。その音に思わずびくりと肩を揺らしてしまったけれど、まだ少年のような顔をしているその男の物言いに、ヘレナディアは苛立ちの方が勝っていた。


 そんな横暴な理由で、有無を言わさず連行したなんて冗談じゃないとぎゅっと眉をつり上げて反抗する。


「だから、知らないっつってんじゃん」


「じゃあなんで、テメーの荷物に紛失届の出てた持出禁止の書類が入ってるんだよ」


 いったいどうして確定的に自分が悪人になっているのか分からないヘレナディアには、他に返す言葉がなかった。


 たとえ目の前に、動かぬ証拠を突きつけられていようとも。


 話はこうだ。


 先刻、この国で大層大切な書類を何者かに盗まれてしまったらしい。


 そして、それをやったのがヘレナディアだと言ってきた。理由は、ヘレナディアの荷物の中から出てきたから、だそうだ。


 その書類は高価な魔道書以上の価値があるといい、そうそう庶民が触れられるような場所にあるはず無いとされていた。


 厳重に保管していて、目にすることも持ち出すことも容易に出来ない物…らしい。


 国宝級らしいその紙切れたちは、大の大人を大人気なくさせるだけの力はあるようで。ヘレナディアの持ち物から目当ての物が出てきた瞬間と言ったら、それはもう恐ろしかった。


 下手なことを言えば、その場で切り捨てられそうな雰囲気があったからだ。


 机を挟んだ向かいに座っているその人が周りを宥めてくれなかったら、それこそ本気であのままこの世とさよならすることになっていたかもしれない。


 とんだ濡れ衣だと反論したけれど、それを真実だと証明する術をヘレナディアは持ち合わせていなかった。


「それは…、知らないわよ」


 だから、否定し続けるしかできないのだ。


 この状況でなにを言っているんだと言われても仕方ないと自分でも分かるけれど、知らないものは知らない。少しだけ先ほどより力をなくした言葉が、同じように口から出るだけ。


 ふと叔父の仕業かとも思ったけれど、そんな訳ないと瞬時に否定できた。


 この町に入って一度かばんの中を見ている。そのときにはそんなもの無かったし、そんな他国の出禁書類など叔父が持っているわけがない。


 だから余計に分からなかった。


 しかし考えている内にだんだんと、こんな紙切れの束がそんなに大事なら、もっとちゃんと大切にしとかないからいけないんじゃないのかという思いが沸き起こってくる。


 本当に自分にはただの紙切れにしか見えないから、余計にそう思えて仕方が無かった。


 その価値観の違いの所為か、こちらと向こうの温度差がありすぎて話にならない空気に焦れたのか、苛立ちに満ちた舌打ちが聞こえた。


「――っ、ハイラさん! これじゃ埒があきませんよっ」


「まあまあ、落ち着けって。まだ決まったわけじゃないだろ」


「だけど…っ」


「いいから。…ルナ。おまえさ、ここはいいからリューを手伝ってやってきてくれ。あっちは今日中に終わらないかも知れないからなぁ」


「え、隊長をですか? …でも自分の管轄とは――って、ちょっとっ」


 いうのが早いか、ぐいぐいと扉の向こうへ押し出されそうになっている青年兵士くんを視界に入れながらも、ヘレナディアは極力知らないふりをする。


 なんでもいいから、早くこの場から解放されたい。


 完全に場の会話から隔離されたヘレナディアは特に口を挟むでもなく、ただただ口に出せないその思いで頭の中はいっぱいだった。


 この件については自分はなにも悪くないが、この、不審の詰まったちくちく刺さる視線に晒され続けると胃が痛くなってきそうなのだ。


「――やれやれ。あいつ相変わらず人の話聞かねぇなぁ。剣はまあまあなんだからもうちょっと頭がよけりゃ言うことねーのに。なぁ?」


 そう思うだろ? と椅子の背に凭れながら、ルナと呼ばれた青年を押しだし扉を閉めた別の兵士に、ハイラと呼ばれた目の前の男は笑いながら問いかけた。


「はあ…まあ、それがあいつの取り柄といいますか。賢いルナはちょっと想像できないといいますか…」


「ははっ、そりゃそーだ。だから揶揄うとおもしろいんだけどな」


「でしょう? だから、あのままでいてもらわないと困ります」


「…なかなか言うな。あんま虐めるなよ? あいつすぐ明後日の方に走って行きそうだからな」


「…どこかの誰かのおかげで、ストレスが絶えないんです。どこかで発散させないと、俺の方こそどこかに走って行きそうなので」


「おー、そりゃ大変だ。ストレスは溜めるな、早死にするぞ」


 これっぽっちも大変だと思っていない顔でそりゃいかんと忠告するハイラに、兵士は表情こそ変えなかったけれど苛立ちを感じさせる空気を纏いながら、あくまで平静に対応した。


「ご忠告どうも」


「…やだな、冗談だって。本気にすんなよ。最近ちゃんとまじめにやってるだろう? これでもちょっとは反省したんだよ」


「…それこそ冗談を。どうせ盗人が美人だとでも聞きつけてきたんでしょう」


 なにも問題はないだろうと主張するハイラに向かって、とうとう兵士は諦めたように大きなため息を零した。


 なんだろう、この、どこかで聞いたことがある感じは。


 どっちが上司でどっちが部下なのか分からないようなやりとりに、最早口を挟む気にもなれなくてじっと終わりを待っていたヘレナディアは、いきなり注意が自分に戻ってきて、思わず身構えてしまった。


「そりゃおまえ、ヒューの酒場ぶち壊したっていうじゃないか。一体どんな奴なのか興味あったんだよ。どうせ屈強な野郎だろうと思ったんだが、実は美人のお嬢ちゃんでしたなんて聞いたら、そんなの俺じゃなくても気になるぞ」


「…まあ、気持ちは分からなくもないですが。…ということは、あなたがここにいるのは、そのことを調べに来たわけじゃないということですね?」


「うん?」


 そのこと、と言いながら指さした先には、例の書類がある。


「ああ。これな」


 言葉半ばに苦笑いを浮かべたハイラは、何でもないことのように言ってのけた。


「これは擬態(ダミー)だ。盗られたところでなんの問題もねぇよ」


 ぎしりと音を立てて凭れていた椅子から背を離したハイラは、机の上に手を伸ばして見せた。


 分厚い本のように厚みのある紙の束に、手が触れるか触れないかの位置へ来ると青いような白いような光がその手を包み込んだ。


 パキンと割れるような小さな音が聞こえると同時に、薄い氷が崩れるように机の上にあった紙の束は、パラパラと砕け落ちて消えていった。


 目の前で起こったことに、ヘレナディアは間抜けともとれる顔で唖然とするしかなかった。


 熟々、魔法とは不思議なものだ。


 そんなことまで出来るのか、とこんな状況にもかかわらず感心しかけたけれど、今必要なのは感心ではなく自身の嫌疑を晴らすことである。


「やはりそうでしたか。少しおかしいとは思ってましたが…、納得しました」


「ダミーって、偽物…ってこと?」


 唯一納得したように頷いた扉の前の兵士は、その事実を予想していたのかさして驚いた様子はなかったけれど、ヘレナディアの後ろにいた二人の兵士は目の前の事実に僅かながら驚いた様子だった。


 けれど、彼らと違って未だにことの始まりからあまりよく理解していないヘレナディアには、平静を心がけないと混乱しそうだった。


 なんでそんなものを自分が持っていたのかはもちろんだけれど、分かっていたならどうして、いちいちこんなところまで連行されたのか。


 それとも、やっぱりあれか。実は本題はこの件ではなく、他の部分にあったりするのだろうか。


 だとしたら自分にはなにも言えない。けど、一応主張する理由はある。


(いやでも実際に壊したのは間違いないし…)


 奇妙な葛藤で心の中がもよもよしたけれど、直接聞くのもなんとなく怖かったヘレナディアは、そのことはあえて口にしなかった。


 先延ばしにしていいことではないと分かっているが、とりあえず気がかりな部分と嫌疑を先に払っておきたかった。


「ああ、そうだ。…と、自己紹介もせずに失礼した。俺はハイラだ。んで、そっちの長いのはディーン」


 長いの、と言われて無意識に扉の前にいた兵士を見る。


 最初に見たときから、長身だなと思っていたヘレナディアが彼に視線を向けると、ディーンと呼ばれた彼は丁寧に頭を下げてくれた。


「以後お見知りおきを」


「あ、どうも…」


「で、左がオルフェ」


 二人のやりとりを見ながらハイラが次に視線を移したのは、ヘレナディアの背後だった。


「…っす」


「そっちがバライアだ」


「はじめまして」


「どうも…、レナと申します」


 意外にも丁寧に挨拶をされて、釣られるように会釈を返す。


 最初からなんとなく思っていたことだけれど、どの顔も一様に若い。


 若いといっても自分よりは年上だろうけれど、オルフェとバライアに限って言わせれば、見た目だけなら自分よりずっと年下に見える。


 検問のところにいた隊長さんも若い顔だったし、そういうものなのかもしれない。


 だとしたら、自分のところの騎士達が年寄りすぎるということか。


 年寄りと言っても老兵にはほど遠いけれど、いま目の前の彼らから言わせればそんなので大丈夫かと思われても仕方ないかもしれない。


 他国とはそもそもの規模が違うし形ばかりの騎士団だと分かってはいるが、王都や近辺の町の警護の主体は彼らなのだし、そろそろそういった若い人間も必要なのかもしれない。


 まあ、それもあの人がどこまでちゃんと考えているのか知らないけれど。


「おまえら、もう戻っていいぞ。ご苦労だったな」


 ヘレナディアがひとり別のことを考え耽っている姿を横目に、ハイラはヘレナディアの後ろに控えていた若兵士二人に声をかけた。


「え、もういいんっすか?」


「ああ。…おまえら、水秦祭の警備すんのは今年が初めてだったな」


「ええ、まあ。俺は士官学校から上がったばかりですし」


「そうか。…よし、特別に、祭りの初日に有給をくれてやろう」


 オルフェの言葉に一つ頷いて、ハイラはにやりと笑みを零した。


 今日の代わりだと言って降りてきた休日に、オルフェの目は輝いた。それは、飼い主を前にしっぽを振っている犬のように。


「え、いいんすか? じゃあお言葉に甘えて…」


「ちょっと! 真に受けないで、いいわけないでしょう。ハイラ様も、この人手の足らないときになに言ってるんですか。こんなのでも、いないと困ります」


 思わずよそ事を考えていたヘレナディアの耳に届いた声に、あれ、と首を傾げる。


「あの、バライアさんって…」


 ぽつりと疑問を口にすると、なにか? とヘレナディアを振り返ったバライアが首を傾げた。


 一瞬後にヘレナディアがなにを言いたかったのか分かったのか、戯けたように微笑んで見せる。


「女の兵士が珍しいですか?」


「え、いや、そういうわけでは…」


 ない。が、その先を言っていいものか迷ったヘレナディアは口籠もるしか出来なかった。


 だって、顔を見ていたにもかかわらず、男だと認識していた。なんて、失礼極まりない。


 ただ単純に驚いただけだった。


 第一、他人をとやかく言えるような行いをしていない。


 けれど誤解をさせたままではそれもそれで失礼だと思ったヘレナディアは、心の内を正直に口にする。


 けれど、それは予想に反していたのかバライアはきょとんとした顔をした。


 その顔はどこをどう見ても女の人なのに、自分は一体なにを見ていたのだろうか。


「す、すみません…」


 短い髪に、意志の強そうな切れ長の目。気の強さを表しているような笑みは、それだけで自信に満ちているようにも見える。


 男勝りな見た目だけれど、決して男には見えない。というか、さっき声も聞いたはずなのだが。


「ほらみろ。剣ばっかり握ってると、どんどんそうなっていくぞ? たまには休みとって恋人との時間作っとけ?」


 くつくつと愉快そうに喉奥で笑うハイラを一瞥したバライアは、とても冷静だった。おそらく、いつものことなのだろう。


「…なにが楽しいんですか? 大きなお世話です。だいたい、それは立派なセクハラですよ」


「えぇ、これだけで?」


「それだけでです」


「えー…、つまらん世の中になったんだなぁ」


「つまるつまらないじゃなくて、モラルの問題でしょう」


「単純に心配しただけなんだが…?」


「それが大きなお世話なのです」


 おお、なるほどと本気で感心している男に向かって大きなため息を零したバライアは、呆れた顔を隠しもしないで続ける。


「そんなことよりも、いい加減ルナにちゃんと教えてあげてください」


 見ていられませんと言ったバライアの顔は彼方に向けた同情の色も見てとれたけれど、彼女のそんな顔色など知ったことではないというように、言葉を投げられた男は戯けて見せた。


「なにをだ?」


「…わざとだと分かっていても、見ているこっちは心臓が痛いんです。まあ、気付かない方もどうかと思いますが…」


 素知らぬ顔で疑問を返すハイラの言葉を軽く流して、バライアは言い切る。


 呆れとも、諦めともとれるそのため息には、初対面のヘレナディアには計り知れない気持ちが込められているのだろう。妙に疲れ切った空気を醸していた。


「だっておもしれーんだもん」


「……いい加減、気の毒に思えてなりません。かわいそうです」


 けらけら笑うハイラに、そのころころと変わる表情を見てよく笑う人だなと感心していると、さっき以上に疲れた顔のバライアはこれ以上無駄だと思ったのか、それだけ言うと問答を諦めたように扉に手をかけた。


「では、今日はこれで失礼します。行くわよ、オルフェ」


「お? おう。じゃあまたな、レナちゃん」


 八重歯が印象的な彼が満面の笑みで別れの挨拶をくれたけれど、一瞬それが自分に向けられていると気付かなかった。あ、自分か、と遅れて認識したヘレナディアは、どこか気持ちを余所においてきたような反応しか出来なかった。


「え、あ、はい。また…」


 またなんてあるのか。


 またこの展開…なんてことなら、それは果てしなく遠慮したい。


 そんなことが一瞬頭をよぎったけど、変に突っ込んで聞くのもおかしい気がして一つ頷いて見送るだけにする。


 というか、なんかおかしい。


 今の自分は、そんなに丁寧に接してもらえる立場にあったのか。


「――さてと」


 ぱたりと扉が閉まって少し間を置いた後言葉を発したハイラに、一瞬にして空気が変わった気がした。


 その声のトーンに、思わず身構える。


「ああ、そんなに構えなくていい。別に取って食おうってわけじゃないからな。あ、それとも、それらしく尋問とかした方がいいか? ご希望なら添えてみるが…」


「いえ、結構です」


「そうか? んじゃ、本題な」


 穏やかに口元を緩めている顔は、とても罪人を前に話をする顔には見えなくて、必要以上に戸惑う。


 ふざけ顔でされた提案を思わずぴしゃりとはね除けてしまったけれど、それを気にしている様子もなく、それならと話を進め始めた。


 いまいち掴みきれない態度に、ちらりと視線を向けるも、そこに責めているような空気は微塵もなかった。


 そのことに余計に戸惑う。


「これをどこで見つけた?」


 これ、と言いながらかざした手のひらには、先ほど砕け散ったはずの紙の束があった。


 あった、というより見える、という表現の方が正しいかもしれない。手のひらの上でふよふよと漂うそれは、ただの映像のようだった。


 先ほど机に鎮座していた立体的なものにはほど遠い見た目のそれを、じっと見つめる。


 しかし、どれだけ記憶を探ってみてもあんなもの手にした記憶がない。


「知りません」


 だから、そういうしかなかった。


「…と、いうより、空っぽのはりぼてだということも、あの瞬間まで気付いてませんでした」


「…だろうな。まあ、今のはただの確認だ。気にしないでくれ」


「? …あの、さっきからどうも…なんというか、疑われている気がしないんですが…」


 こんな事を聞く方がどうかしていると自分でも分かっていたけれど、聞かずにはいられなかった。


 どういうことでしょうかと控えめに尋ねると、すこし首をひねりながらも答えをくれた。


「…さっきの擬態は、術で作った模造だ。見た目だけで、中身は空っぽのな」


「はあ」


 知ってます。驚くほど簡単に砕けて消えていったのをこの目で見ていた。


「模造魔術ってのは便利でな。触った人間の魔力が移るから、他人が触ったら分かるんだ。だいたいなら、そいつがどんなやつかも分かる。…まあ万能ではないがな」


「…はあ。…でもそれって、魔力を持ってない相手だと効果を成さないのでは?」


 自分がその力を持ってるか否かなんて、今の状態では分からないじゃないかと言うと、ちょっと不思議な面持ちで瞬いた後なにかに納得したように一つ頷いて、詳しく説明してくれた。


「魔力ってのは、べつに魔法を使える奴だけが持ってるってわけじゃない。大小はあるが、だいたいの人間はみんな持っているもんだ。要は、それを使えるか使えないかの差だな。そこは持ち合わせの力と才能としか言えないが…、一人一人の顔が違うのと同じように、魔力も一人一人違うんだ。あの擬態は、それを判別できる仕様だったってわけ」


 だから、君はそれを触ってないことは分かっていた。そう締めくくって説明してくれたけれど。


「…私の魔力を見たわけじゃないのに、わかるの…?」


 そんなものが目に見えることすら分からないヘレナディアにとっては、ハイラのくれる答えは疑問しか呼んでこなかった。


「ああ、わかる。特に君のは。…変わった色をしてる」


「色…。魔力は色でみえるの?」


「うーん、たぶん君の言ってる色っていうのとはちょっと違うと思うけど…こればっかりは感覚でしかないから、うまく説明できない。まあ、そういう術も存在するんだって事だよ」


「ふーん…すごいのね」


 まさに未知の世界だ。普通に生活していたら、自分には一生縁のないことだっただろう。


 自分の両手を開いて見つめてみたところで、自分の目にはなにも見えないからにわかには信じがたい。けれど、魔力やそれに伴う術について大した知識のない自分には、彼の言うことを疑う余地はなかった。


 本当に何でも出来るんだなぁと感心を通り越して少しだけ畏怖を感じていると、目の前の男はおかしそうに吹き出した。


「君はいったいどこの田舎から出てきたんだ? べつにこの町じゃなくても常識だぞ」


「はあ、…常識、ですか」


 自分の常識とは180度くらい違う。というか、魔法云々に関する知識は常識の範囲内なのか。初めて知った。


「ああ。まあ、模造魔術は普通の術とはちょっと違うからな。知らないのも分かるが…」


 言いながら思案げに顎に手をやるハイラは、観察するようにじっとヘレナディアから視線を外さなかった。


 薄い笑みを貼り付けたまま座視されるのはすごく気まずい思いでいっぱいだったけれど、なんとなく視線を外したら負けだと思ったヘレナディアはぐっとこらえる。


 なるべく平静を装いながらじっと相手の出方を待つも、その時間は必要以上に長く感じるのはどうしてか。


「―――…ま、なんでもいいがな。…初めは君もグルなのかと思ったんだ。君の魔力が付いてないのはカモフラージュかと思ってた」


「……まあ、そうでしょうね」


「驚かないのか?」


 まさか肯定されると思っていなかったのか、少しだけ驚きに眉を持ち上げる男の顔を見ながら、おかしな疑問を持つんだなと思った。


「別に…。さっきの状況で、疑わない方がどうかと思いますけど。逆に信じているなんて言われる方が驚きます」


「……なるほど。まあ、そうだな」


「じゃあ逆に聞きますけど、どうして私の言葉を信じてくれるんです?」


 自分にとっては、そっちの方が不思議だ。


 それが彼のやり方なのかもしれないが、初めからこの男には疑惑や敵意を向けられていたように思えなかった。


 魔力がどうとかなんて、所詮後付けの理由だろう。そんなものやろうと思えばどうとでもなる。


「…君はいつもそうなのか?」


 ヘレナディアが投げかけた疑問を、ついた片肘に顎を支えて聞いていたハイラはほんの少し首を傾げて、独り言のようにぽつりと呟いた。


 そう? そう、とは、なんだ。


 質問の意味が分からなくて、追いかけるように首を傾げる。それを見て、一体なにに納得したのか知らないが『…そうか』と一言いうだけで自己完結したようだった。


 自分の意見を最優先させるその態度に呆れた目を向けると、なぜか相反した破顔を向けられた。


 なにが楽しいのか知らないけれど、よく笑う人だなぁと感心した。


 その顔に取り分け悪意は感じなくて、小さく嘆息する。考え始めるとそれしか見えなくなるタイプなのかもしれない。


(…なんでもいいけど)


「――…君がそういうタイプだから。かな?」


「…なにが?」


「なんで信じたかって聞かれて、考えたんだけどそれくらいしか思いつかなかった」


 そう続けられて、先ほどの自分の質問に対する答えなのだと分かったけれど、自分の知りたかった答えはそこにはなかった。


 つまり、ただの勘ということか。


 喜ぶべきことなんだろうが、単なる勘だと言われてしまえばそれはそれでなんだか複雑な気分だった。


「こう見えても、人を見る目はあるほうなんだ。…君は利口そうだし、目先の利益に目が眩むタイプにも見えない。冷静に、その先がどうなるかを考えれる頭を持ってるように見えたんだけど…」


 そうして迷うように一度言葉を句切って、少しの沈黙のあと彼は思わない言葉をくれた。


「なにより、そういうことを進んでするような人間には見えなかった。勘と言われりゃそうでしかないが、案外間違ってないと思うぞ。なあ?」


 思いがけないその言葉にきょとんと目を見張ると、それを見たハイラはにやりと笑みを作って扉の前に立つ男に同意を求めた。


 ただ黙って話を聞いていた――だろう――ディーンは、いきなり同意を求められて戸惑うのかと思いきや少し考えた後、ちらりとヘレナディアに視線をよこして『そうですね』と至って冷静に頷いた。


「悪事を働くには、その容姿は少々…分が悪いかと」


「え…」


「人目を引く容姿をされている方は、そういったことにはあまり向いていないと思います」


 あまり動かない表情で、じっと向けられる視線がなにを見ているのか気がついてああなるほど、と納得した。


 どうやらこの頭はこの国でも珍しい色をしているらしい。


 確かに、身体的特徴がある人間を好きこのんで実行犯になど選ばないというその言葉には、素直に納得できた。


「…それは、光栄なことね」


 でも、疑われていないことへの安心感よりも、特別な理由もなく信用してくれていたことに感じた照れくささの方が遙かに強くて、どう言葉を返していいか分からなかった。そんな風に言ってもらえたことは、一度も無かったから。


 疑うよりも先に信じてもらえることがあるなんて知らなかった。


 よそ者だろうとなんであろうと、そんなことは関係なく一人の人間として見てくれたという事実が。


 そのことが、思った以上に嬉しかった。


「……」


 当たり前だと言われればそうかもしれないが、今までもらったことのない言葉に、どう反応していいか分からなかった。ましてや初対面の人間にとくれば、なおさらだ。


 だから、そんな素っ気ないことしか言えなかった。


 素直にありがとうと言えばいいものを、なぜこうも可愛げの無いことしか言えないのか。


 しかし、一度口から出た言葉は無かったことにはならない。訂正するのも変だと思うと、口を噤む以外になにも思いつかなかった。


 ここへ来て間々感じる自分の対人スキルの低さにヘコんでいると、そんなことはまるで気にしていない彼らは好きなように会話を続ける。


「―――でだ。こっちとしては、やっと見つけた尻尾を掴んでおきたいんだ。手伝ってくれる人がいると、めちゃくちゃ助かるんだけど…どうだろう?」


「………ん? なんの話…?」


 地に埋まるほどずずんとヘコんでいたから、なにを話していたのか全く聞いていなかった。


 どうだろうという問いかけが自分に向けられているんだと遅れて気がついたヘレナディアは、一体なにが? と首をひねる。


 するとハイラはディーンと顔を見合わせると、一つ頷いて初めから説明してくれた。


 話によると、どうやらこういった騒ぎは今回が初めてというわけじゃないらしい。原因を突き止めるのと、犯人を炙り出す手伝いをして欲しい。というものだった。


 はじめは怪しい人間が町を彷徨いている程度だった。けれど、そんな人間が増え始めたと同時に、小さな不審な火種が相次いで頭を擡げたという。


 ものが盗まれたり、壊されていたり。不審火が多発したり、減るはずのない泉の水が減っていたり。


 一つ一つは他愛もないことだったけれど、祭りで多くが浮き足立っているからという理由だけでは説明できないその数に違和感は拭えなかった。そこで不審に思った彼らはそれとなく調べを進めていたけれど、特にこれといった尻尾を掴むことが出来ずにいるのだという。

 

 

 

 

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