0.虹鳥
空から、虹が降ってきた。
初めの印象は、まさにそれだった。
視界の端をきらりと光ったそれを確かめたくて、自分の背丈をゆうに超す窓を開け放って手を伸ばした。
「わ、ぁ……っ、と、ぁ…わ、わわ…っ!」
虹彩の軌跡を振りまきながら落ちてくるそれを掴もうと必死になりすぎて、自分の限界点を超えてしまっていることに気付かなかった。
あとちょっと…、そう思ってほんの少しだけ身を乗り出した瞬間、窓枠を掴んでいた手が滑ってしまった。
どうしよう。ここは三階だ。
…三階と言っても、ごくごく一般的な民家の三階ではなくて…。
大きなお城の三階は、落ちたら痛いでは済まないかもしれない。
けれど、落ちたら痛いとか、死ぬかもしれないとか、そんなこと目の前の虹色の正体を認識した瞬間吹き飛んだ。
(……鳥!)
「……っ」
それは、空を自由に翔るはずの鳥だった。
自分よりもずっと小さい存在が自分と同じ速さで落ちたら、確実に死んでしまう。
鳥が落ちる。その不可解な現状に疑問を感じるよりも先に、手が動いていた。
あ、と思った時にはもう遅くて。
目一杯伸ばした手は鳥を掴むことに成功したけど、言うまでもなく身体は真っ逆さまに落下した。
襲い来る痛みを覚悟して目を瞑った瞬間、ひゅっと攫うような風が身体を撫ぜる。
その風は暖かい春の匂いがした。ここにはないはずの、自然な暖かい緑の香り。
風に匂いなんかないはずなのに、あの時は確かにそう思ったのだ。
それを最後に、私の意識はなくなった。