第三部
私の永遠に治らない中二病を治して下さい。
【7月16日 午後1時 とある場所にて】
『良かったのか?本当にこれで』
魂は俺に話しかける。
俺はこの時までずっと走り続けて来た。
友達を失い、仲間を失い━━━━。
そして恋人をも、失った。
あの時が、俺の戦いの始まりでは無かった。
俺の戦いはずっと、もっと前から始まっていたのだ。
【7月17日 午後9時 住宅街にて】
そういえば俺、この辺りで意識無くなったんだっけな。
俺はコンビニからの帰宅途中であった。
ここ一体、犯罪は少ない物の街灯が少なく、薄暗い。
あれが幽霊だったのか、俺には分からない。
ただ、あいつに襲われたんだ俺は。
もしかして、その時に俺は━━━━。
…いや、考えては駄目だ。
まず俺は幽霊が見えるどころか、霊感すら無い。
突然見えるようになった、とかいう事例があるのかどうか知らないが、あれは幻覚、と捉えることもできる。
出来るだけ良い方向に思考を変えよう。
とにかく散々な事だけは避けたい。
幽霊何か居てたまるかよ。
道なりを歩き、俺は立ち止まる。
そうすると目の前に居る人がこちらに向かってくるのが見て取れる。
「……クソッ!!」
俺は進行方向を変え、走り出した。
何もかもが敵に見える。
アレはきっと幽霊だ。
俺を狙ってるんだ。
もう一度、後ろを振り返る。
「…ゆ、うれ………い……?」
そいつは俺を見るなり、こちらに走ってきた。
俺は無造作にそいつに背を向けた。
そして、走る。逃げる。
待て、逃げるたってどこに?
幽霊はあいつ一体なのか!?
幽霊の足は速かった。
「ぐぅあぁっ!」
襟元を掴まれ、俺は地面に叩きつけられる。
幽霊と思われる人物の顔は、人間の顔とは思えなかった。
こいつは……幽霊だ!
「てめッ!!離せッ!!」
俺は必死にもがく。
離れない。
「何で俺を狙うんだッ!?何故だ!何のために!!」
必死に叫ぶ。
幽霊は問いかけに、答えない。
ただ必死に生きることだけを考えていた。
幽霊は顔を近づけ、ニタリと笑う。
こいつ…!!何するつもりだ!?
幽霊は俺を右手で押さえつけたまま、左腕を突き出した。
握り締めていた左手が開いたと思った瞬間、空間に黒色の歪んだ空間が新たに形成される。
まるでそれは、異世界へ繋がるゲートの様な物だった。
「何だよそれ…!おい!」
俺は幽霊に引きづられ、その空間に引き寄せられて行く。
何が起こっているのか分からない。
この先何が起こるか分からない。
「誰か居ないのか!?」
必死に叫ぶ。
助ける人何て居ないだろう、助ける事もできないだろう。
だが、その予想を遥かに上回った奴が居た。
「…あっ……!」
聞いたことのある声が、した。
「雅雪君!今助けますね!」
俺が絶望し始めた時にかけられた言葉、助ける。
その言葉は俺に希望を与えた。
もしかしたら助かるかもしれない。
女の声と共に、正面から『黒い影』がこちらに向かって来る。
この暗所では姿諸共、輪郭すら確認できない。
「伏せてて下さいね」
俺は彼女の指示通り、伏せようと思ったが、既に幽霊の手によって押さえつけられている俺に手は打てなかった。
「…魂消滅の弓よ……」
彼女は青白く発光する弓を構えた。
「………昨日の、女…?」
矢を限界まで引き…
「てやっ!」
放つ。
矢は地面と並行に、真っ直ぐ俺の上を通過した。
一瞬だけだったが、暖かい光だった。
その矢は幽霊を貫かなかった。
幽霊はその矢の光に溶け込むように、実体が消えていった。
同時に俺の拘束は解け、自由の身になった。
「雅雪くぅぅぅん!!!」
「ゴハァッ!」
少女は俺の腹にタックルをかましてきやがった。
さらに急所にジャストミートしたようだ。かなり痛い。
もしかして今の抱きついたとかそういうのか?にしては乱暴な女だ…
「怪我、無いですよね…?」
そう言って少女は、俺の身体の至る部分を触る。
俺がまだ高校1年生という事を考えて欲しい。そうやって触るのはちょっと…
俺は先の質問に応答する。
「まあ、一先ず大丈夫そう。身体の方はな」
そう、身体の方は大丈夫なのだ。
肝心なのは『精神的』な方だ。
俺は一瞬でも、今回の幽霊の襲撃により死期を感じた。
この女に害は無さそうだし、何しろ助けて貰った事が大きい。今は安心できそうだ。
「…あの、ありがと、な?何だか、助けて貰ったんだよな、俺」
「えへっ…」と、この暗闇とは相対的な明るい笑みを浮かべる彼女。
とても可愛いが。可愛いが…
「なあ、さっきのアレ…。何だ?」
「アレって……弓矢の事でしょうか…?」
それだ。あの幽霊を成仏した、アレだ。
まず幽霊が幽霊を成仏するなんて聞いたことのない話なんだが…
「あの幽霊…?は成仏できたのか?」
彼女は頷く。
「その成仏について、少し話があります、雅雪君。こんな時間で悪いんですが、ちょっと付いて来て貰えますか?」
俺は彼女の言葉に、表情を曇らせた。
助けて貰ったとは言え、相手は俺を狙う、幽霊。
これに付いて行ったらどうなるだろう?
『ハメられた』
というオチが予想される。
結局、結末は変わらないのか…
「雅雪君…」
「ん……んんん…!?」
少女の両腕は俺の肩に回され、俺の顔の横に、彼女の頭があった。
要するに今、抱きつかれてる。
夜とは言えど、住宅街の、ど真ん中で。
「…おまえぇ……幽霊じゃねえええだろ……」
隣にある頭、もとい髪の毛からはとてつもなく、良い匂いがする。
そして、何よりも、くっついた身体から感じる体温。
回された腕からも感じ取る事ができるし、真っ正面からも感じ取る事できる。
む、胸が当たってぇ…
外見的に俺と同年代か、一個下か…それくらいの年齢層だ。
体格的にも、だ。
「…私は雅雪君、貴方を助けに来たんです。貴方に生きて欲しくて、来たんです」
んな事言われてもな…。
名前も知らない女からそんな事言われてもな…。
「大切な話があるんです…」
しかも相手は得体の知れない幽霊だ。
そう簡単に近づけない。
「雅雪君………一緒に、来て?」
「んあああ!!分かった分かった!付いてきゃいいんだろ!?付いてきゃ!?だからまず離れろ!」
「きゃっ!?」
俺は無理矢理、彼女を引っぺがした。
「はあ…はあ……」
身体が火照っている。
これ以上、あの状態で居ると自制心が抑えきれなさそうだった。
ここでは流石に不味い。仕方の無い選択であった。
「はよ、連れてけ…!」
ああ、もう俺どうなっちまうんだろうな…
「わっかりました!行きましょう!」




