第一部
お久しぶりです。
伯方の塩の人です。
体育当番怖いです。
これからもよろしくお願いします。
【7月16日 午前11時 とある場所にて】
長きに渡ったこの戦いは、ここで終わる。
ただ、ただ過ぎる日常と裏腹に、俺は刀を以って、戦った。
キィーと電車の耳障りなブレーキが鳴り響く。
この電車に乗っている人間は二人…、運転士すら乗って居ない電車を後にする。
「さあ、行こうか」
俺の言葉に頷く少女。
俺は一本の、白い刀を握りしめる。
そう、俺らの最後の戦いが、始まろうとしていた。
【7月16日 午後1時 学校にて】
「最近さ、誰かに見られてる気がするんだ」
俺は男と二人、席をくっつけて昼食を摂っていた。
俺の隣に座っていた久城顕治は頭を抱えた。
「何だよ雅雪ぃぃぃ!!??お前まで暑さでおかしくなっちまったのかよ!?」
顕治は俺の肩を掴み、前後に揺さぶった。
「俺は正常だやめろ…」
雅雪…俺の名前だ。天羽雅雪と言う。
「って言うけど、本当に最近変な話題ばかり上がるよな」
「…ん?何かあったか?」
普段はギリギリまで寝ていたい主義の俺にとって、朝のニュースを見るという行為は無縁なのだ。
ある程度の常識は付けておきたいものだが。
「知らないか?世界の色んな所で、色んな人の頭がおかしくなっちまう、アレだよ」
どれだよ。
「おかしくなっちまう…って何だ?」
「簡単に言えば、キ・チ・ガ・イ。になっちまうことさ」
つい気になってしまった。
だがこいつの話は非常に理解し難いので、鞄からiPhoneを取り出した。
「ホントにおかしくなるらしいぜ。それも急に。前兆何て無いさ。急に家族に包丁持って襲いに行ったり、犯罪犯したり……」
俺は顕治の話を横耳に、そういえばこんな話聞いた事あるなと、昨日見ていたまとめサイトを開いた。
しばらくして、それに関する記事を見つけ、それに対して色んな書き込みがされていた。
「何だよこれ、ただの精神不安定な人って事じゃねえの?」
俺は少し残念な気分になった。
「いや所がさ、とある外国のエクソシストが邪気を感じたらしい」
悪魔でも取り憑いていたのか…?
日本で言うと幽霊…憑依?
「馬鹿馬鹿しいな。悪魔とか幽霊とか、居てたまるかっての」
「おいここでマジレスすんなよ…」
残念ながら俺をもう止められない。
「宗教的な言い回しになるが、俺は神様とか人間の死後の世界がある、って事は信じたりしている。それが天国か地獄がどうか知らないが。だが考えてみろよ?人間を作ったのが神様だとすると、俺達に与えた命も皆平等。命が一人に二つあること何て無い」
「まあ、そりゃそうだけど…。それがどう悪魔とか、幽霊とかに関係してくるんだ?」
「与えた命が皆平等なんだぜ?そうしたら成仏する命だって平等だよ。そこで行いが良くなければ地獄に成仏されるし。神様はそんな人じゃないのかな?」
顕治の口は空いていた。こいつ、聞いてなかっただろ。
「まあ、要するに俺はそういうの信じないの。ゆーれー」
話が大分それてしまった。
と、ここで昼休み終了のチャイムが校内に響き渡る。
「ま、お前が異常だって事は分かったよ。とっとと病院ゴーしようぜ!」
「…死ね」
放課後。教室を出る生徒と共に、俺も教室を出る。
すると、
「雅雪ー。一緒に帰ろうぜ」
「ん?ああ、顕治か。俺今日体育当番だわ。日誌出しに行かないと」
「うわ……体育日誌、綺麗な字で書かないと減点されるぞー」
「オッケーオッケー。先帰っててくれ」
「分かった、じゃあな」
俺は手を小さく振った。
一人で帰るのは久しぶりだな。
日誌出したら、ゆっくり帰ろう。
ゆっくりしすぎた。
俺は好きな音楽ゲームに新曲が追加されるということで、ゲームセンターに来ていた。
ぼっちゲーセン。やーいやーい。
と音ゲーガチ勢の俺に対してJKの目が向けられていた。
外に出ると、俺の汚れた心を洗い流してくれるように雨が降っていた。
雨が味方してくれるなんて…
俺は心が晴れた気がした。
「……………傘持ってねえよ!!」
どちらにしろ、使用していた傘は錆が付き始めていたのを思い出した。
俺は買った折りたたみ傘を取り出す。そして足を我が家の方向へ。
日没が遅い、夏と言うものの辺りはすっかり、暗闇に包まれていた。
……冷たい雨だ。寒気を感じ取れる。
…しばらく歩いた。普段通る道だ。何もおかしくない。
ただ、何かが変だった。その「何か」に、俺は不吉さを覚えていた。
雨が止んだ。黒い雲の隙間から、輝かしい月が見える。
月、綺麗だな。
しかしながら、やはり誰かに見られているような気がしてたまらない。
ストーカー?
いやだが、俺はそんなにモテない。
と、肩に重みを感じた。
感触が人の手だ。
「はい……?」
後ろを振り返った。そして、言葉を失った。
さっきまで気配も無かったはずだ。しかしここに今、見知らぬ、髪の長い女性が立っている。
しかもその女性………目が真っ赤に染まっていた。
「うあっ……あああ……ああああああああああああ……………」
俺の目の前は真っ暗に染まった。
以後、俺の記憶は無かったようだ。
【7月16日 午後11時 自宅にて】
目が覚めた。朝が来たのだ。
いや、どうやら朝じゃないようだ。iPhoneを開いて時間を確認する。「11:18」と画面に表示されている。
あれ…?いつから寝てたんだ、俺…)
いつ学校から帰って、ベッドの中に潜り込んだのかさえ覚えていない。
学校から帰って…?
学校から家に着くまでの記憶が全くと言っていいほど、無い。
とりあえず喉を潤したい。そう思い、俺は階段を降りる。
『……う…………す……か……?』
……?
ノイズ混じりの女声が聞こえる。
テレビが付けっ放しだったのだろうか。
振り返る━━━━
「お、お前…誰だ……!?」
そこには自分と同じ年齢であろう、少女が不満気そうな顔をして立っていた。
「どこから入って来たんだ!」
「……助けてあげたって言うのに、その態度は酷いです…」
「助、けた?」
言葉が詰まる。精神病患者なのだろうか、意味のわからない発言をする。
精神病患者…!?
「あんた例のアレか…!キチガイ!!」
「違いますっ!!」
いつ発狂して、台所にある包丁を手に取るか分からない。
いや待て!よく見ると可愛い!!
包丁持って、キチガイ……ヤンデレか!?
「ヤンデレ………ん…?…!?…あ、あんた!体が透けてる…!?」
何故気付かなかったのか、自分の不幸を呪う。こいつは間違えなくかキチガイだ。
「あの…」
「クソっ…!どうすれば…」
いやまさか幽霊…!?フラグ回収が十分あり得る話だ。
そもそも体が透けてるのって幽霊なのか!?
……だが、何か仕掛けない事に変わりはない。
これだと言わんばかりに、リビングにある塩を手にする。
「……喰らえっ…頼む!」
幽霊に思いっきり塩を掴んで投げた。
「きゃっ…」
塩にまみれた女を見下すが、
(これはどういうプレイだ……塩プレイ……?)
駄目だ、こっちこそキチガイになってしまう。
だが肝心の効果は…
「……嘘だ、ろ……伯方の塩なのに…」
「いやそういう問題じゃ…」
何一つ変化は無かったのだ。
(こいつ、日本の幽霊じゃないのか)
「だったら十字…」
「いい加減にしてもらえます!?酷いですよ!」
怒らせて…しまっ、た……。
もう終わりなのかもしれない。
「……殺すなら、殺せ…」
諦めた。伯方の塩が効かないし、十字架も手元に無い。逃げる、と言っても確実にやられるだろう。
(ここまでの人生、楽しかったな)
幽霊は少しずつ俺に向かってくる。
(皆、今までありがとう…)
幽霊の手が俺に…
(あ、後顕治の下駄箱に腐ったみかん入れたの俺な…)
「こらっ!人の話聞きなさい!」
頬をつねられた。
「痛い痛い痛い!!何するんだ!?」
「命の恩人に伯方の塩かけるなんて酷いって、言ってるじゃないですか!?さっきから!」
「知るか!…って、命の恩人についてよく、分からない」
俺に何かあったのか、不安でもあった。
少女は、うん〜…と唸る。
「えっとですね…帰り、何があったか覚えてます?」
「いや、全くだ。学校からさっき起きるまで、な。」
「じゃあ、そこからですね。雅雪さんは、体育当番のため、一人で帰宅していた。」
ちょっと待て、なんで俺の名前を。
聞きたかったが、更に面倒な説明が増えそうなので我慢した。
「その帰り道で、さっきから言っている幽霊に襲われた。」
「襲われた……俺が…」
「そうです。多少は思い出せたでしょうか?」
多少どころじゃない、全て思い出せた。
最も、思い出したく無かった。
「……こんな所で立ち話はアレだし、俺の部屋へ行こう」
「お邪魔させてもらいますね」
「単刀直入に言えば、狙われてるんですよ。何らかの理由で雅雪さんが幽霊に。」
「お、おう…?」
長らく説明され、結末はこれだった。「俺」は幽霊に欲しがられている。必要とされている、のかもしれない。
「とにかく夜の外は危険です、絶対に出ないでくださいね!」
「だがちょっと待て、幽霊なんて存在してたまるかよ」
「でも雅雪君はその幽霊に、やられたのですよ?」
だがその幽霊はこの少女にも該当する。
「じゃあ、あんたも俺を…」
少女は首を振った。
「じゃあ……じゃあ…お前何だよ!?誰なんだよ!?何のために俺を助けたんだよ…」
混乱して、今にでも狂ってしまいそうだ。
「まあ…そうなっちゃいますよね」
「あ?何って?」
小さな声を聞き取れなかった。何と言ったのだろう。
「雅雪君」
改まって、少女は俺の名前を呼ぶ。
「んだよ…」
「あなたは疲れています!今日は寝ましょう!」
少女は俺に指差した。
「おい、お前何を言って…うっ……!」
体の魂が抜けたように、俺はフローリングに顔面から倒れた。
一体彼女は何なのか。増しては、俺が一体何なのか。
疑問は募り、やがて暗闇に飲まれて行く。
俺は夢であると願い、ゆっくりと眠りに着いた。




