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第九十四話:六度目の任務

 第七十一期訓練生の進路調査面談から一ヶ月が過ぎた十月の終わり。第七十一期訓練生が日々を過ごす校舎の近くに、新たな建造物が誕生していた。

 高さは地上二十メートル、地下に三十メートル掘り進み、地下の着地場所まで五十メートルの高さを稼いだ建造物である。鉄骨とコンクリートを用いて作られたその建造物は、試験的に導入された『飛行』の訓練施設だ。


「おー……中々立派なもんっすねぇ」


 地上から二十メートル――体育館の屋根と同じ高さで建造されたのは、外部からの攻撃を警戒してのことだろう。“飛び込み台”を見上げながら、恭介はそんなことを思う。そんな恭介の周囲には、夜間の自主訓練を行うために外へ出ていた生徒達の姿もあった。全員が一様に飛び込み台を見上げ、感嘆の息を吐いている。

 ここ二週間ほどで造られた飛び込み台の数は、三つ。『飛行』の訓練をするために建てられたものであり、以前、博孝が源次郎に対して作成を依頼したものだ。

 ハリドを倒したことに対する褒賞として博孝が希望したものだが、『飛行』の訓練施設を訓練校に建てることによって『飛行』を発現できる者が増えるかどうか、という実験的な側面がある。第七十一期訓練生はそのテストケースというわけだ。

 飛び込み台から飛び下りた先――地面には二十五メートルのプールサイズの穴が開き、土の面をコンクリートや鋼材で補強し、夜間でも使用できるよう照明設備も設置されている。細長い飛び込み台が長方形に開いた穴の傍に設置され、訓練を行う者は飛び込み台から飛び降りる仕組みだ。

 特筆すべき点は、飛び込み台にも長方形の穴にも階段や梯子の類がないことだろう。飛び込み台に登る際、穴の底から登る際は、『盾』を足場にして登る必要がある。『飛行』の訓練だけでなく、『盾』を頻繁に使用することで『構成力』の量と操作技術を鍛えることができるのだ。

 博孝から褒賞代わりに作成を希望され、源次郎が山本と協力して関係各所に話を通して予算を確保し、実際に飛び込み台が完成するまでかかった期間は約三ヶ月。“お役所仕事”の存在を考えれば、十分に早いのだろう。

 しかし、飛び込み台の製作希望を出した当人――博孝がその飛び込み台を使うことはない。恭介達が飛び込み台を囲んで誰が最初に使うかを話している中、博孝はその頭上で夜空に身を躍らせていた。


「もっと機敏に動け! その程度では亀に抜かれるぞ!」

「無茶言いますね!? っとぉっ!?」


 罵声と共に光弾が飛来し、博孝は『飛行』を中断することで自由落下して回避する。そして即座に『飛行』を発現し直すと、五十メートルほど離れた位置で空中に浮かんでいる砂原へと突貫した。だが、博孝が接近してきたのを目視するなり砂原は姿を消す。『瞬速』を使ったわけでもなく、『飛行』のみを使用した純粋な移動だ。もっとも、夜間ということもあって博孝が一瞬姿を見失う程の速度だったが。

 “右斜め下”から殺気を感じ、博孝は咄嗟に体を加速させて前へと逃げる。その速度は、砂原からすれば確かに亀のようなものだろう。それでも可能な限り速度を上げ、砂原の攻撃から逃れようとする。


「甘いぞ戯けが!」


 だが、避けたはずの攻撃が“左斜め上”から直撃し、博孝の体は弾丸のように地面へと落下した。左頬を抉るような掌底を受けた博孝は、その痛みを無視しながら『飛行』の制御に注力する。

 集中力が途切れて『飛行』の発現まで途切れれば、重力に加えて砂原から受けた掌底の威力を合わせた勢いで地面へと落下することになる。砂原から『飛行』を使用した空戦技能を学び始めて何度も体験したことだが、高所から地面に叩きつけられるのは地味に痛く、恐怖を覚えるのだ。


「こ、のっ!」


 姿勢を制御し、勢いを減速。地上から五メートルの高さで踏みとどまり、博孝は再び空へと上がる。そんな博孝の姿を見た砂原は、活きの良い獲物を見つけた猛禽類のように獰猛に笑った。


「そうだ! だいぶ姿勢の制御が上手くなっているぞ! 次は――これだ!」


 重力に逆らうようにして上昇してくる博孝目がけ、砂原は『射撃』で発現した三十発の光弾を射出する。

 微妙に時間差をつけ、避けにくくした光弾の雨。博孝はその軌道を見つつ、加速を中断せずに体を捻った。直線的に迫る光弾に対して博孝が行ったのは、曲線的なバレルロールだ。空中で側転するように体を動かし、上空へ向かいながら螺子のように回転する軌道を取る。

 降り注ぐ光弾と、光弾を回避するべく曲線を描きながら上昇する博孝自身の体。一瞬で距離が縮まり、博孝は必死に光弾の雨を回避していく。博孝が回避した光弾は地上へと降り注ぎ、自主訓練を行っていた生徒達が悲鳴を上げながら防御した。砂原からすれば、他の生徒に対する訓練にもなるため一石二鳥なのだろう。

 光弾を回避した博孝が視線を向けた先に、砂原の姿はない。光弾に気を取られている間に移動したのか、それとも別の技法を駆使したのか、博孝が目視で発見することはできなかった。

 『飛行』を発現している間、博孝は『防殻』しか発現することができない。砂原などは平気でいくつものES能力を併用することが可能だが、『飛行』を発現して間もない博孝では『防殻』を発現するだけで精一杯だった。それ以上のES能力を使用するためには、『活性化』を併用するしか手がない。しかし、『活性化』ばかりを使っていては博孝本人の能力の向上には程遠い。

 それ故に、博孝は『探知』を発現せずに目視と感覚だけで砂原の気配を探る。博孝は集中力を研ぎ澄ませて周囲を警戒し――今度は頭上から殺気を感じた。


「上……っ!?」


 咄嗟に頭上を見上げた博孝だが、視界の下端に砂原の姿が映る。いつの間に移動したのか、体の正面、僅か数メートル程度の距離に砂原が接近していた。


「殺気を探ることに囚われるな! 騙されるな! 殺気を使ったフェイントなど、殺し合いの中では挨拶程度に思え!」


 そんな指導の声と共に、砂原の掌底が博孝の腹部に突き刺さる。『防殻』があるため肋骨が圧し折れたり、内臓が破裂したりはしないが、それでも胃の中身が逆流しそうになった。

 痛みと衝撃で集中力が途切れた博孝は、『飛行』を維持できずに落下していく。それを見た砂原は、不機嫌そうに手を振り下ろした。


「その程度で『飛行』を中断するな! 多少攻撃を受けた程度で『飛行』を中断していれば、相手にとっては良い的だぞ!」


 言葉と同時に、再び三十発の光弾が射出される。それも、博孝の落下速度を見越して足元以外の全方向から命中する軌道だった。


「ちょっ、マジで勘弁っ!」


 『盾』では防ぎ切れず、『射撃』では撃ち落しきれない。そう判断した博孝は、咄嗟に『活性化』を併用しながら『防壁』を発現した。『防殻』と『盾』しか防御手段がなかった博孝だが、空中での戦闘では必須ということで砂原から“叩き込まれて”必死に覚えたES能力である。

 全方位を『構成力』の壁で覆い、降り注ぐ光弾を防御する。轟音と衝撃で『防壁』が揺れるが、『活性化』を併用して強化した『防壁』は破壊されることなく光弾の雨を防ぎ切った。


「よし、これで」


「――油断したな?」


 地面に落下するまでに、『防壁』を解除して『飛行』を発現できる。そう思った博孝の真後ろからそんな声が聞こえ、『防壁』が一撃で破られた。砂原の放った貫手が博孝の『防壁』を容易く貫通し、引き裂き、霧散させる。

 怖気が走るような声に振り向いた博孝が最後に見たのは、自身へと掌底を振り下ろす砂原の姿だった。








 博孝が気絶から目を覚ますと、心配そうな里香の顔が真っ先に飛び込んできた。里香は博孝に対してかざしていた両手を引っ込めると、口を開く。


「博孝君、大丈夫? 意識はしっかりしてる?」

「……ああ。教官に殴り飛ばされてから記憶がないけど、大丈夫っぽい」


 そう答えると、里香は安心したように両手に宿らせていた白い光を消した。汎用技能の『接合』ではなく、五級特殊技能の『療手』だ。

 必要に追われて『防壁』を発現した博孝と同様に、里香も『療手』を発現することに成功していた。

 進路調査の面談から今日まで、日々の実技訓練で砂原の手で量産される大量の犠牲者(せいと)達を癒すことにより、発現することに成功したのだ。その効果は『接合』よりも強力で、骨折程度ならば短時間で治すことができる。

 意識を取り戻した博孝が周囲を見回すと、何故か恭介が隣で横たわっていた。虚空に向けて白目を剥いており、陸上に打ち揚げられて干乾びた魚を連想させる有様である。それを見た博孝は頬を引きつらせ、里香に問う。


「ところで、なんで恭介が気絶してるんだ?」


 つい先ほどまで、建築された飛び込み台の傍にいたはずだ。それが何故、気絶する羽目になっているのか。それを問うた博孝に対し、里香は苦笑しながら説明をする。

 博孝が砂原の掌底で吹き飛ばされた時、恭介は飛び込み台の上に立っていた。五十メートルもの高さから飛び降りるということで、他の生徒達の腰が引けてしまったのである。

 それを見た恭介は、『それじゃあ、俺が手本を見せるっすよ』と言い残して飛び込み台に登った。近くに希美がいたため、良いところを見せようとしたのだろう。そしていざ飛び降りようとした瞬間、斜め方向に吹き飛んできた博孝が命中。そのまま博孝と共に落下し、コンクリートの壁に打ち付けられながら穴の底まで落下していったのだ。


「周囲に意識が向いていなかった武倉が悪い」


 気絶した博孝と恭介を引き上げた砂原は、開口一番にそう言ったらしい。そんな話を里香から聞いた博孝は、引きつった笑みを浮かべた。


「は、はははっ……それは恭介に悪いことをしたなぁ」


 自分のクッションになって気絶した親友の姿に、博孝はそう呟くだけで精一杯だ。そんな博孝の言葉に里香は苦笑し、恭介にも『療手』をかけ始める。気絶しているだけのため、すぐに目を覚ますだろう。


「繰り返して言うが、武倉の落ち度だ。これが河原崎兄でなく敵の攻撃だったら、今頃命を落としているぞ」


 博孝が目を覚ましたことに気付いたのか、砂原が手厳しい言葉を口にしながら近づいてくる。博孝は地面に座ったままで砂原を見上げ、砂原はそんな博孝に対して訓練の総評を告げた。


「『飛行』を使った空中の移動はそれなりに様になってきているが、まだまだだな。前後左右の動きがほとんどで、動きが読みやすい。もっと動きに多様性を持たせろ」


 淡々と告げる砂原だが、博孝からすれば耳の痛い話だった。『飛行』を発現した場合、地上とは異なる機動を可能とする。地上ならば前後左右の移動に、跳躍を加えた程度だ。しかし、空中では事情が異なる。

 前後左右に上下が加わり、斜め上や斜め下への移動も可能になるのだ。十六年間地上を自分の足で駆けてきた博孝としては、“空中”というのは中々慣れる場所ではない。それでも弱音にしかならないため口にはせず、代わりの言葉を博孝は口にする。


「というか教官、殺気でフェイントかけられると滅茶苦茶対応しにくいんですが。殺気を感じた方向とは逆方向から攻撃されると、防御も難しいですよ」

「慣れろ」

「身も蓋もねえっ!?」


 ばっさりと切り捨てられ、博孝は悲鳴を上げた。

 進路調査の面談でも空戦技能について叩き込むと言われたが、それは空中での機動に関してだけではない。適切な移動方法に、効果的な戦闘方法。様々なシチュエーションに対する対応方法など、多岐に渡る。

 その中でも最近の砂原が重視して教え込んでいるのは、防御的な空戦技能についてだった。敵の攻撃の回避や防御、それに加えて攻撃を察知する訓練である。

 砂原は博孝に対して“フェイント”の殺気をぶつけ、察知した博孝が反応するのとは逆の方向から攻撃を仕掛けることが多い。“本命”の攻撃に気付けるよう、実践を交えて指導しているのだ。

 実際にそれを受ける博孝としては、難しいどころの話ではない。悲鳴を上げた博孝に対し、砂原は鼻で笑う。


「そんなことでは、あの二人に追い抜かれるぞ?」


 顎で示され、博孝はそちらに視線を向ける。すると、そこには地上一メートルほどの高さに浮かび、組手を行っている沙織とみらいの姿があった。

 二人とも『飛行』を発現し、自分の体を宙に浮かべることに成功している。現在は空中での動きを学ぶため、浮いたままで組手を行い、空中での体の動かし方を習得している最中だった。そして、遠くない内に恭介も加わる予定である。

 現在は博孝の方が訓練課程でリードしているが、それもいつまで続くかわからない。そのため、博孝は降参と言わんばかりに両手を上げる。


「わかってますって。でも、毎日のように稽古をつけてもらって大丈夫ですか?」


 教官も忙しいのでは、と心配そうに表情を変える博孝だが、そんな博孝に対して砂原は軽く拳骨を落とした。


「余計な心配をするな。家の方にも頻繁に帰っている」


 砂原が前線から退いて教官職に就いたのは、家族を慮ってのことだ。『零戦』にいた頃は任務に長期間拘束されることが頻繁にあり、その上で危険性も高い。せめて娘が幼い頃は極力傍にいられるように、と望んでいることを知っている生徒は博孝しかいない。

 もっとも、砂原の家族が住む第二指定都市までは車で数時間かかるが、『飛行』を使えば短時間で到着する。そのため、博孝が心配する以上の頻度で砂原は“自宅”に帰ることができていた。

 教官という立場上、訓練校の敷地内にある住居に泊まることもある。しかし、『飛行』の使用許可も源次郎から下りており、一週間の半分ほどは“自宅”に泊まることが可能だった。


「そうですか……」


 余計な気を回したな、と内心で呟く博孝。そんな博孝の考えを読み取った砂原は、苦笑を浮かべる。


「今の俺は第七十一期訓練生の教官だぞ? 家族のことも大事だが、“教え子”を鍛え抜くことが責務だ。それに、俺の教え子達は日中の訓練だけでなく、放課後や休日まで自主訓練に費やす熱心な者ばかりだからな。今のご時世では珍しく、鍛える側としても張り合いがあるというものだ」


 『ES能力者』になったばかりの者達を、自分の手で鍛え上げていく。それは芸術家が自分の作品を作り上げていくような、充足感と達成感を砂原に覚えさせた。

 それに加えて、『ES能力者』が訓練に没頭できるのは訓練校での三年間しかない。卒業後は正規部隊に配属され、任務を行う傍らで訓練を行う必要がある。成長の度合いで言えば、訓練校での訓練が占めるウエイトは非常に大きい。実戦でしか得られない“経験値”もあるが、現状では実戦そのものが少ない。正規部隊員でも『ES寄生体』と戦ったことがある者は多くなく、敵性の『ES能力者』と戦ったことがある者は更に少なくなる。

 そのため、砂原は受け持った教え子達に可能な限りの知識と技術を教え込んでいく。正規部隊に配属されてから苦労しないよう、傷つかないよう、命を落とさないように。

 砂原からすれば、余程下手なことをしない限り訓練で命を落とすことはないのだ。その辺りの加減は、正規部隊にいた頃に部下を“鍛え抜く”過程で十分に知っている。それ故に、実戦よりも厳しい訓練を生徒に課すことで生存能力を増すのは砂原としては朝飯前であり、教官として当然の責務だと思っていた。

 博孝とそんな話をしていた砂原は、何かに気付いたように視線を逸らした。そして、飛び込み台の前で尻込みをしている生徒達へと視線を向ける。


「今夜の教練は終わりだ。お前も長谷川と妹の訓練に混ざってこい」

「教官は何をするんです?」


 博孝が問うと、砂原は背を向けて歩き出した。飛び込み台を誰が最初に使うか――まるで最初の犠牲者を誰にするかで揉めている生徒達へと、歩を進めていく。


「俺は向こうの生徒の尻を蹴り飛ばす。たかだか五十メートル程度の高さなど、『ES能力者』にとっては階段程度の高さでしかないと教え込んでやろう」


 さらりと恐ろしいことを口にしつつ、砂原は生徒達を背後から掴んで長方形の穴へと投げ入れていく。飛び込み台の上に登っていた者は容赦なく蹴り落とし、“重力の味”を教え始めた。

 博孝は砂原が引き起こす惨状からそっと目を逸らし、耳に届く生徒達の悲鳴から意識を外すと、里香が行っている恭介の治療を手伝うことにした。沙織とみらいの組手に参加するのは、恭介の治療が終わってからでも問題ない。

 自分にそう言い聞かせ、博孝は離れた場所から上がる多くの悲鳴を聞かなかったことにした。








 数日後、朝が訪れるなりルーチンワークのように教室に集合した博孝達第七十一期訓練生は、いつもとは異なる事態に遭遇していた。

 いつもならば、砂原による『ES能力者』の歴史や関連する法律、あるいはES能力や戦術などに関する授業が行われる。一般科目に関する授業もあるが、こちらは“オマケ”に近い。だが、その日は“いつも”とは大きく異なっていた。

 教室に姿を見せた砂原は、片手に段ボールを持っていた。中には何かしらの冊子が入っており、教壇に置くと重い音が響く。生徒達はそんな砂原の様子に首を傾げつつ、砂原が口を開くのを待った。


「さて……全員揃っているな。今日は授業の前に諸君に話しておくことがある」


 砂原が前振りをしてから話を始めるというのは、意外と少ない。基本的に軍人気質であるため、授業や訓練の際には無駄を省く傾向があった。

 それを知る生徒達は、一体何事かと静まり返る。時期的なことを考えると、次の任務に関してだろうか。それとも別件だろうか。生徒達は心中でそんなことを考えながら砂原の言葉を待つ。


「最近の実技訓練では、護衛に関して実体験を通すことで体得してきた。そうだな?」


 砂原から話を振られ、生徒達は一斉に頷く。自主訓練では飛び込み台が人気になりつつあるが、日中に行われる実技訓練は全くの別物だ。一ヶ月ほど前から始まった護衛訓練が継続して行われ、分隊や小隊、中隊での護衛方法について学んでいる。組手やES能力の訓練、小隊ごとの連携訓練も継続しているが、以前よりも比重が軽くなっている。

 砂原は護衛する側だけでなく、護衛を“襲う側”についても生徒に担当させていた。それによって襲う側の心理を学び、自分達が護衛する際の判断に役立てるのだ。

 自分ならばどうやって相手を襲うか、その際に利用する適切な地形はどこかという、相手の側に立った思考力を養う訓練である。その際、襲う側として博孝と沙織が猛威を振るったのだが、それは余談だ。


「以前、プールを使って水中および水上での戦闘方法を教えたことがあったな」

「まさか、次回の任務は護衛任務ですか?」


 挙手をして博孝が尋ねた。砂原は当然の質問だと思いつつ、首を横に振った。


「本来ならば、護衛任務を体験するのが一番だ。しかし、護衛任務というのは要人に対して行われることが多い。それを訓練生に行わせるというのは、現実的ではない」

「まあ……そうですよね」


 砂原に否定されたものの、それはそうだろうと納得する博孝。

 護衛任務――それも、『ES能力者』を投入する護衛となれば、重大な案件となるだろう。普通の護衛ならば、警察やSPに担当させれば良い。しかし、『ES能力者』が護衛に就く場合は大きく事情が異なる。

 余程高位の要人を護衛する場合か、あるいは襲撃してくる相手が敵性の『ES能力者』である場合。もしくは『ES寄生体』が頻繁に出現する地域への来訪など、普通の護衛では護衛対象を守れない場合がほとんどだ。

 訓練の一環として比較的立場が低い要人を護衛するのも“アリ”だろうが、訓練生が行うには問題がある。守れなかった時のことを考えれば、容易には実施できない。


「それならば、どうやって実際の護衛任務を学ぶか……岡島、答えてみろ」


 自分の名字を呼ばれ、里香は僅かに首を傾げた。

 生徒に護衛任務を行わせるわけにはいかないが、実際の護衛任務について学ぶ必要がある。それは現在の実技訓練で行っている模擬的なものではなく、より実践的なものが必要となるだろう。

 どうすればそれを可能とするか。それを考えた里香は、すぐに答えを出す。


「自分達が護衛を行うのではなく、護衛される側になる……ですか?」

「正解だ」


 里香の答えを聞き、砂原はニヤリと笑った。

 護衛を行うのは無理でも、護衛を受ける立場に立てば護衛者の動きなどを知ることができる。実際に護衛を行うわけではないため、実践には及ばないだろう。それでも普段から訓練で護衛について学んでいるのならば、十分に得るものがある。


「自分達が護衛をされると言われても……護衛任務を専門的に担当する正規部隊を呼んで、直接指導を受けるんですか?」


 再度挙手して博孝が尋ねた。それならば、普段砂原が行っている実技訓練とそれほど変わらない。そう思っての質問だったが、砂原はその問いに答えなかった。その代わりに、教壇に置いていた段ボールから冊子を取り出して配り始める。


「予定では、十二月の上旬に次回の任務が行われる」


 淡々と話しつつ、冊子を配り終える砂原。生徒達は何も書かれていない背表紙を上にして配られた冊子に困惑しつつ、砂原の言葉に耳を傾けた。十二月の上旬ということは、まだ一ヶ月以上先である。それほど先の予定を砂原が事前に説明したのは、海上護衛任務の時ぐらいだ。


「だが、十二月に行われるのは任務であって任務ではない。諸君らは護衛される立場であり、正規部隊員が行う護衛方法を見て学び、その上で『ES能力者』として様々な知見を得ることとなるだろう」


 回りくどい言い方だ。それを珍しく思いつつ、博孝は配られた冊子を引っくり返す。冊子は紙を二つ折りにして束ね、両端をホチキスで綴じることで作成されていた。その手作り感に眉を寄せつつ、博孝は冊子の表面に書かれた文字を目で追い――驚愕に目を見開いた。


「次回の任務は……」


 だが、博孝が驚愕の声を上げるよりも早く、砂原が続けた言葉によって生徒達は歓声に沸くこととなる。



「――護衛任務の実地研修を兼ねた“修学旅行”だ」











作中に登場した飛び込み台については、読者の方からいただいたご感想を元に、考えていた案から改造しています。

高くすると危険なら、地面に穴を掘れば良い……正直、その発想はありませんでした。ご指摘を下さったお二方、ありがとうございました。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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