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第七話:入校 その4

 入校日の翌日、博孝は食堂に来て朝食を取っていた。

 前日あれほど動いたのに筋肉痛もなく、むしろ調子は良いぐらいである。銃弾を受けた額も痛くなく、後遺症もまったくなかった。


「おはよーっす」

「おー、おはよう」


 そうやって朝食を食べていると、トレーを持った恭介が近寄ってくる。トレーには博孝と同じく、ご飯に味噌汁、鮭の塩焼きに納豆、香の物にお茶という和食の朝食の見本とでも言うべき料理が並んでいた。

 しかもこの朝食が、やたらと美味いのである。博孝などは、下品でない程度の速度で箸を進ませている。


「いやぁ、ここの料理を食べられるだけで『ES能力者』になった甲斐があるわ」

「まったくっすよ。有名な料理人でも雇っているんっすかね?」


 『ES能力者』の訓練校が雇う料理人となれば、それなりに高給を約束されるだろう。人数もそれほど多くなく、一日三食と考えればあまり大変ではないのかと博孝は思った。


「でも、ここの支払いは携帯でやってるっすけど、いくらぐらいまでなら使えるんすかね……」

「んん? えっと、たしか支給される給料とかを調べる機能があったような……」


 携帯の説明書は深く読み込んでいないため確証はないが、それでも博孝は自身の携帯を操作していく。


「っと、あったあった……ぶふっ!?」


 そして、自分に対して振り込まれている金銭の額を確認して、思わず博孝はお茶を噴いてしまった。


「な、なんだこれ!? 一、十、百、千、万、十万……なあ恭介、俺の目の錯覚かな? なんか、支度金って名目で五十万円振り込まれているみたいなんだけど……」

「や、いやっ、目の錯覚じゃないっす! こっちも同じっす! やばいっす! これで大量にゲームが買えるっすよ!?」


 震える手で携帯を見せてみれば、恭介も同じように自分の携帯を見せてくる。そして互いに間違いがないことを確認すると、ため息にも似た息を吐いた。


「給料がもらえるって聞いたけど、支度金だけでこんな金額をもらえるなんてな……」

「金って、あるところにはあるんっすね……」


 金銭感覚が狂いそうだと、博孝は思った。しかし、訓練生でしかない博孝達でさえこれほどの額がもらえるのだ。卒業したらどれほどになるのか、その給料に見合うだけの仕事をさせられるのかと、嬉しいような怖いような気持ちになる。


「とりあえず貯金しておこう」

「俺はゲーム買うっす。知ってるっすか? 売店にゲームは売ってないっすけど、注文すれば取り寄せてくれるそうっすよ」


 自分で注文できないのが難点だが、と嘆く恭介。さすがに訓練校の寮まで配達してくれるような業者はいないらしく、売店経由で注文しなければならないらしい。


「なにはともあれ、食費だけで全部なくなるような額じゃないみたいで安心だ」

「家賃や光熱費も全て国持ちらしいっすからね……食費と、あとは遊興費に使うぐらいっすか」


 具だくさんの味噌汁を飲みつつ、互いに現状を呟く。博孝達の声が聞こえたのか、周囲では自身の携帯を操作して、博孝達と同じようなリアクションを取っているクラスメートの姿がちらほらあった。


「ないよりはあったほうが良いけどさ」

「そうっすね。俺もあったほうが良いと思うっすよ」


 ダラダラと、適当な話をしながら二人は食事を進めていく。『ES能力者』として訓練校に入って二日目、博孝と恭介が出会って二日目でもあるが、まるで長年の付き合いがある友人のようなやりとりだった。


「そういえば、今日は座学中心らしいっすね」

「昨日みたいなドッキリがなければ、なんでもいいよ……」


 さすがに、いきなり拳銃で撃たれるのは勘弁だった。

 周囲のクラスメート達も、一晩経って落ち着いたのか暗い表情をしている者はいない。砲丸でキャッチボールをした後は跳躍力や瞬発力、反射神経などを測定したのだが、この結果がまた人間離れしていたのである。

 跳躍すれば五メートルは跳び、反復横跳びでは目で追えない速度で移動、反射神経では再び拳銃を向けられ、『撃たれてから避けろ』と言われた。


「最後は絶対、おかしいっすよね……」

「でも、本当に避けた奴もいたじゃん。ほら、長谷川とか」

「長谷川さん以外、全員直撃したじゃないっすか」


 跳躍力と瞬発力については納得も出来たが、最後に拳銃で撃たれたのだけはいただけない。博孝も目で弾丸を追うことはできたのだが、体がついていかなかったのだ。その点、顔色一つ変えず弾丸を避けてみせた沙織には驚かされたのである。

 そのことを思い出しつつ、ひとまず朝食を食べ終えた博孝達は、食堂横にある水場で歯を磨いてから売店へ向かう。

 授業の開始は九時からとなっており、当面は一日中ES能力に関する座学や実技。それらが落ち着いてくれば一般教養の授業も入ってくる。

 博孝達は授業を受ける以上、ノートや筆記用具が必要だろうと判断した。そして食堂ほどは広くないが、それでも教室と同じ程度には大きい売店に入る。中には筆記用具だけでなく生活品や日用品、お菓子や飲み物、さらには衣服や雑誌なども売られており、コンビニの品揃えをさらに充実させたような有様だった。

 二人はノートを五冊に筆箱、シャーペンや赤ペン、そしてそれらを入れるための鞄も購入する。


「あの金額を見なければ、こうも気軽には買えないっすよね」

「まったくだ」


 それぞれ携帯電話から引き落としを行い、その場で鞄に買ったものを詰め込む。そして教室へと向かい、時間ギリギリに滑り込むことに成功した。

 教室の中はクラスメートがほとんど揃っており、博孝と恭介も自分の席に着く。博孝はとりあえず鞄を開けて買ったばかりのノートや筆箱を取り出し―――そこでふと、隣の席の里香と目が合った。


「あ、おはよう岡島さん」

「っ……お、おは……おはよう……」


 昨日のことが尾を引いているのか、里香はすぐに目を逸らしてしまう。それを見た博孝は、『よしきた』と言わんばかりに立ち上がった。


「よし、俺は有言実行の男です! 昨日言った通り、土下座して御寛恕(ごかんじょ)を請いましょうや!」

「えっ? ちょ、ちょっと、やめてっ。ひ、必要ないから」

「なに? 土下座ではご不満ですと? では仕方ない。我が最終奥義、土下(どげ)()を―――」


 そう言いつつ博孝が床に五体投地をしようとした瞬間、いつの間に教室に来ていたのか、砂原のありがたい“ご指導”によって謝罪は強制的に終了させられるのだった。








「全員揃っているな。それでは授業を行う」


 何事もなかったかのように話を開始する砂原。博孝はズキズキと痛む頭を押さえつつ、ノートを広げる。


(下手すると、頭蓋骨が拳の形に変形しているんじゃなかろうか……)


 さすがに悪ふざけが過ぎたと、少しばかり反省する。里香はというと、博孝から意識を外して砂原の話に集中しているようだった。


「さて、昨日は諸君らに『ES能力者』となって初めての体力測定だったわけだが……最初に言っておこう。ES能力と身体能力はまた別物である、と」


 砂原がそう言うと、クラスがざわめく。『ES能力者』になったからこそ、あれほどの身体能力を得られたと思っているのだ。それがES能力とは関係ないと言われれば、疑問も湧くのだろう。

 生徒の反応を予想していたのか、砂原は特に気にした様子もなく話を続ける。


「それでは、ES能力とは何か? 諸君らには、まずそこから学んでもらう」


 そう言って、砂原は生徒に背を向けて黒板に向かう。


「ES能力と密接に関係するものとして、『構成力』と呼ばれるものがある。これは、『ES能力者』を『ES能力者』たらしめているものだ。すべての『ES能力者』が持ち、これを持つかどうかで相手が『ES能力者』かどうかも判断できる」


 『構成力』と黒板に書かれ、それを見た博孝もノートに書き写す。


「では『構成力』とは何か? これは文字通り、構成する力だ。『ES能力者』を構成するための力であり、ES能力を扱うための源となる」


 黒板に人型の絵を付け足し、砂原が人型の絵に重ねるようにして『構成力』と書く。


「諸君らの体には既に『構成力』が宿っているが、これはまだまだ脆弱なものだ。しかし、時を経るごとに強くなっていく。また、ES能力を使った訓練を行うことでも『構成力』の向上が認められている。諸君らはこれからこの『構成力』の制御、利用の手段を学んでいくわけだ。例えば―――」


 一度言葉を切り、砂原が振り返る。そして瞬きの間もなくその体が薄い白色の光に覆われた。


「これは『ES能力者』としての基本中の基本、汎用技能の『防殻(ぼうかく)』という。『構成力』で身を覆うことで防御力を向上させる技能だ。しかし、基本中の基本だからと言って侮れないぞ? 『ES能力者』の技量を見たければ『防殻』を見ろとまで言われる技能だ」


 汎用技能と『防殻』という言葉が黒板に追加される。しかしチョークはそこで止まらず、新たに『射撃』、『盾』、『接合』という単語が加えられた。


「汎用技能はこの四つを指す。『ES能力者』としては基本の技能だが、これができない者もいる。『射撃』は文字通り、『構成力』を使った射撃技能だ。『盾』もそのままだな。『構成力』を使って防御用の盾を生み出す。『接合』は支援用の技能で、傷口などの“接合”を行う技能だ」


 四つの単語を並べ、砂原は一度チョークを下ろす。


「我が国の『ES能力者』では、これらの技能がすべて使えて半人前、といったところか。これらの技能に加えて五年も“生存”すれば一人前。ただし、得手不得手があるためこれらの技能が使えない者もいる」


 そう言って、砂原は実際に『射撃』として白く発色する『構成力』を飛ばし、空中に半透明の板を生み出し、最後は手の平を淡く光らせた。


「『接合』は実際に怪我をしている者がいればわかりやすいんだが……武倉、少し怪我をしてみないか?」

「冗談じゃないっすよ!? マジで勘弁してほしいっす!」


 視線を向けられた恭介が、机ごと後ろに下がる。そして今度は自分に視線が向きそうだったので、博孝はノートで顔を隠した。


「仕方ない……それで、だ。これらの技能は『構成力』を使って発現するのだが、注意点……いや、必ず守らなければならないことがある」


 そこまで言うと、砂原は至極真面目な、一種の鬼気さを感じさせるほどに真剣な表情を浮かべる。


「『ES能力者』の死因は、九割が『ES能力者』同士での戦いだ。だが、それ以外にも死因となる事象がある」


 突然出てきた“死因”という不吉な言葉に、クラスメートの誰かが音を立てて唾を飲み込む。


「それが、『構成力』の枯渇および暴走だ。ES能力を使い過ぎて『構成力』が尽きた場合、『ES能力者』は死ぬ。そしてもう一つ、『構成力』が暴走した場合だが……」


 壇上に置かれた砂原の手が、拳の形に握られる。


「これは、使用するES能力の制御に失敗した場合に起こり得る。過去に何件か発生したが、周囲を巻き込んでの自爆だ。酷いものでは、山一つを吹き飛ばしたこともある。また、非常に稀なパターンだが、自我を失って手当たり次第に周囲の者へ襲いかかることもあった」


 過去にその光景を見たことがあるのか、砂原の目が何かを回顧するように細められた。砂原の年齢を聞いたことはなかったが、外見年齢だけを見れば二十代半ば。『ES能力者』になれば加齢が遅くなるため、それを加味すればおおよその年齢が割り出せた。


(『ES能力者』になって三十年ぐらい、かな……)


 その間に何があったのか、博孝には知る術もない。だが、少なくとも『ES能力者』として生きることは、平和な世界とかけ離れている。

 砂原は一度だけ目を瞑ると、すぐに開いて生徒達を見回した。


「諸君らにES能力の制御や利用を学ばせる意味は、わかるな?」

「はいっ!」


 問いに、揃った声が返る。それを聞いた砂原は嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに微笑む。


「よろしい。では次に、汎用技能よりも上の技能について説明しよう」


 再度黒板に向かい、砂原が何事かを書き込んでいく。汎用技能の隣に“特殊技能”と書き込まれ、さらにその下に五段の表が書かれた。


「汎用技能の上、それを特殊技能と言う。この技能について五つの等級に分けられており、一級から五級となっている。一級に近づくほど難しく、五級に近づくほど簡単だ。だが、汎用技能よりも難しいことに違いはない」


 そう言いつつ、砂原は五段の表をさらに縦に三つに分ける。


「ES能力は用途によってさらに細かく区分される。攻撃系、防御系、支援系といった具合にな。まあ、今のところは各級の代表的な技能さえ覚えていれば良いだろう」


 砂原が書き込むのに合わせて、博孝達生徒もノートを取っていく。これらの情報が、これからの一生を左右するのだ。全員が真剣になる。


「まずは知識として覚えろ。実際に体で覚えるのは汎用技能を覚えてからだ……しかし、代表的なものぐらいは教えておくか」


 ふむと頷き、砂原が右手をかざす。すると、右手に棒状の光が出現した。


「まずは『固形化』だ。これは『構成力』を圧縮して利用する技能だな。武器状に変えたり、楯状に変えたりすることで使用する。武器状に変化させることが出来れば四級特殊技能の『武器化』だ。熟練者は手から離したり、投げたりすることも可能で、こっちは五級特殊技能の『狙撃』に該当する。汎用技能の『射撃』に比べれば、威力も射程も段違いだ。支援系の五級特殊技能である『癒手(いしゅ)』は怪我人がいないからお預けだが……」


 今度は博孝へと視線が向いたので、博孝はそれよりも早く顔を背ける。砂原はそれで諦めたのか、再度口を開いた。


「五級特殊技能の半分ほどは自身の手足の延長で発動する。それを体から離す、形状を変化させる等ができれば四級特殊技能に該当すると思え。では、次に『防壁』だ」


 言うなり、砂原の周囲一メートルほどを覆うようにして膜状の白い光が出現する。厚みはそれほど感じられないが、それを見た博孝は鉄の壁を前にしたような錯覚に陥った。しかしすぐに消すと、砂原が説明に入る。


「今のが『防壁』だ。これは自身の防御に使用する。『防壁』と『防殻』を二重に展開することで、防御力は飛躍的に上昇する。自分以外を対象として『防壁』を張れれば四級特殊技能の『防護』に該当する」


 次々に黒板に文字が付け足され、博孝達は砂原の話を聞きながらも必死に書き写していく。砂原は生徒達がノートに書き写すのを待ってから、次の説明を行う。


「あとは有名な特殊技能として『飛行』がある。これは三級特殊技能に分類され―――」

「ひ、飛行!? マジで!? って、三級ってめっちゃ難易度高そうじゃないですか!」


 飛行という単語に、思わず博孝は大きな声を上げながら立ち上がってしまった。それを見た砂原は、楽しげに笑う。


「そうか河原崎、『接合』や『癒手』の実演が見られなかったことがそんなに残念だったのか。よし、俺も鬼ではない。お前の願いを叶えてやろう」

「やっ、今のは条件反射と言いますかぴぎゃっ!?」


 砂原が人差し指を向けると同時に、右頬に痛みが走る。博孝は自身の右頬に恐る恐る触れて見ると、僅かに血が流れていた。咄嗟に抗議しようとする博孝だったが、砂原の『授業の邪魔をするな』と言わんばかりに鋭い視線を受けて硬直した。


「そのまま立っていろ。そして動くな」

「サーイエッサー! 了解であります教官!」


 ぴしっと敬礼をして、そこから両腕を後ろに回して『休め』の体勢を作る。砂原はやれやれとため息を吐くと、今度は博孝に向けて右手をかざした。それと同時に博孝の右頬が白い光に覆われ、瞬く間に傷を癒す。


「今のが『接合』だ。切り傷を“接合”する汎用技能で、支援系の『ES能力者』の場合は『防殻』のあとはこれを覚えることになる……座っていいぞ」

「了解ですサー! 大変失礼いたしました!」

「……時と場合を弁えれば多少は目を瞑るが、今は非常に重要な知識を教えている。ここを押さえておかなければ、お前だけでなく他の者も危険に遭わせるぞ」

「……すいませんでした」


 たしなめるような声色で言われて、博孝は素直に頭を下げた。それを見た砂原は苦笑を浮かべた。


「素直でよろしい。さて、授業の途中だったな。三級特殊技能の『飛行』については、『構成力』を使って空を飛ぶ。もっとも、この技能は熟練の『ES能力者』でも難しい。訓練校卒業時……いや、訓練生レベルでは三年に一人、二人、使える者が出れば良いぐらいだ。卒業後も長い期間修練を重ねてようやく飛べるかどうか、だな。わが国では『ES能力者』全体の一割程度しか使えない技能だ。それでも、他国に比べれば高い水準だがな」


 その話を聞いた博孝は、己の目標の難しさに眉を寄せた。訓練生レベルで三年に一人か二人も出れば良い方というのは、一期ごとの生徒が三年訓練を行って一人二人という意味ではないのだろう。本当に、三年に一人か二人。つまり、六期分の『ES能力者』のうち一人か二人しか『飛行』を使える者がいないということだ。

 他にも多くのES能力を習得する必要がある以上、『飛行』の習得には長い時間がかかりそうだった。


「そして最後に、汎用技能にも特殊技能にも該当しない、独自技能というものがある。これは世界的にも確認数が少なく、先天的な才能を必要とするものだ。今のところ同一の独自技能を持った『ES能力者』は確認されていない、本当に“独自の技能”だな。有名なところでは、ロシアに『猛毒』、アメリカに『溶解』の独自技能を持つ『ES能力者』が確認されている。他にもいるだろうが、ある程度の情報が出ているのはその二つぐらいだ」


 黒板の端に、今度は独自技能という言葉が追加された。


「『猛毒』は『ES能力者』に対しても有効な毒を生み出す技能だ。『ES能力者』は基本的に毒物も効かん。しかし、『猛毒』は例外だ。通常の治療方法では解毒もできない。攻撃が掠っただけでも死ぬから注意しろ。『溶解』はそのままだな。相手が『ES能力者』だろうがES能力で張った『防壁』だろうが、問答無用で溶かす」


 『猛毒』に『溶解』。毒殺や溶けて死ぬのは勘弁してほしい、と博孝は心の底から思う。そんな死に方は絶対に嫌だった。


「これらの独自技能を持つ者と遭遇した場合、可能ならばすぐ逃げろ。相手が使うのは独自技能だけでなく、通常の『ES能力者』と同じようにも戦える。生半可な敵ではない」


 最後にそう締め括り、砂原は指についたチョークの粉を払う。


「では、各種技能の説明はこれぐらいにしておこう。あとは必要な時に説明する。何か質問はあるか?」


 ノートを取り終わった生徒達を見回しながら、砂原が尋ねる。すると、博孝の隣から手が上がった。


「岡島か。なんだ?」

「え、と……その、さっき河原崎君の怪我を治した時、汎用技能の『接合』なのに、離れた場所から……手で触れずに治しました……それも、は、汎用技能に入るんですか? 特殊技能ではなく?」


 つっかえつっかえながらも質問を口にする里香。それを聞いた砂原は小さく笑う。


「良い着眼点だ。技能によっては手で触れる必要があるが……岡島の言う通り、『接合』は手で触れながら使うものだ。五級特殊技能の『癒手』もな。こちらは『接合』よりも遥かに強力だが」

「で、では……さっきのは?」

「さっきのは四級特殊技能の『治癒』だ。これは対象がある程度離れていても問題なく使用できる。遠距離版の『癒手』だと思え」

「はぁ……」


 里香は砂原の回答に納得半分、疑問半分で頷く。砂原はそんな里香の疑問を読み取ったのか、意地悪げに笑った。


「さて、何故俺が『接合』と偽って『治癒』を使ったか……何を伝えようとしているか、わかる者はいるか? ああ、岡島は答えるな。お前はもう、答えがわかっているだろうからな」


 そう言われて、里香は俯く。本当に答えがわかっているのだろうかと博孝は思ったが、俯いた里香の顔には一種の確信が宿っていた。

 そんな里香の様子を見た砂原は内心でその評価を上げつつ、他の生徒達を見回す。


(さすがに、俺の頬の傷が『接合』では治りきらないから、それを誤魔化すために使ったなんてオチはないだろうしなぁ……)


 手加減を間違って、思ったよりも深い傷を負わせたということはなさそうだ。博孝はそう判断した。そもそも、国の今後を左右するかもしれない『ES能力者』の卵の教育を任せられるような人物である。手加減などお手の物だろう。

 そうやって博孝が思考していると、希美が手を上げる。


「松下か。答えがわかったか?」

「教官が『接合』を使えないため、『治癒』を使った……とか」

「なるほど、面白い回答だ。俺が最初に『接合』の実演をしようとした時から、『治癒』を使っていたということだな?」

「はい。それなら話が合うかな、と」

「ふむ……想定していた答えと合ってはいないが、良い発言だ。これも覚えておくべきことだが、『接合』が使えないのに『療手』が使える、『射撃』が出来ないのに『狙撃』はできる……そういった“基本を飛ばす”ようなことはほぼ不可能だ」


 砂原の言葉に、希美が小首をかしげる。


「ほぼ、ということは不可能ではないですね?」

「そうだ。極めて稀なケースだが、その技能しか使えないような者もいた。『狙撃』しか使えない、『治癒』しか使えない、といった状態だな。だから松下の言った答えは合っているが、レアケース過ぎる。今回の答えではない」


 答えには合っていなかったため、希美は口を閉ざす。すると、今度は違う場所で手が上がった。


「……はい」

「長谷川か。答えがわかったか?」


 手を上げた人物に、何人かの生徒がぎょっとしたような視線を向ける。昨日出会ったばかりだが、授業中に発現するような人物には見えなかったのだ。


「『ES能力者』が相手だった場合、使用する技能を見れば相手の力量がわかるから……ですか?」


 その回答に、生徒の大半がクエスチョンマークを浮かべた。だが、里香はその答えを聞いて小さく頷き、博孝は『それがあったか!?』と頭を抱えている。


「正解だ。それを理解させるために、一芝居打たせてもらった」


 そして、沙織の答えを肯定するように砂原が頷く。


「長谷川が言った通り、相手が使った技能によって、大体は相手の力量を測ることができる。相手が空を飛んでいれば最低でも『飛行』が使える三級特殊技能以上の『ES能力者』。逆に『射撃』や『防殻』しか使ってこなければ汎用技能しか使えない『ES能力者』。前者は強敵だが、後者は訓練生レベルか、精々卒業したてのひよっこ……もっとも、それも過信はできないがな。相手を惑わせるために、わざと簡単なES技能しか使わない者もいる。それでも、思考することは重要だ」


 砂原の言葉を聞いた博孝は、すぐさまノートに書き取る。そしてついでとばかりに赤線を引き、『重要』という言葉も付け足した。


「でも教官、『ES能力者』って専用のバッジをつけるんじゃないんっすか?」

「たしかに『ES能力者』はその技能階級や所属を示すためのバッジをつけるが、もしも相手がそれを守っていなければ? 実際、特殊な部隊の場合は自身の技量を悟らせるようなものは極力排除することが多い……国際法でも『ES能力者』は専用のバッジをつけるよう定義されているが、な」


 裏事情とでも言うべきことをさらりと告げる砂原に、生徒達はどういったリアクションを取ったものかと困ったように顔を見合わせる。それを見た砂原は、喋り過ぎたかと頭を掻いた。卒業後に部隊に配属されれば自然と知ることだが、『ES能力者』になりたての“子ども”は深く知らなくても良い。

 場の方向を変えるべく、砂原は話を続ける。


「では、相手の技量がわからない、それを示す物もない場合だが、その場合は交戦しながら見極めるしかない。この場合は相手が使う技能や防御力を観察するのが有効だな。先ほども言ったが、『ES能力者』の技量を見たければ『防殻』を見ろ、だ。『構成力』の量は個々人で大きく異なる。全力で攻撃しても、まったく傷つかないといった場合は交戦を切り上げて逃げの一手を打つことも重要だ」


 逃げ切れるかは別の話だが、と最後に付け足される。


「汎用技能でも、『射撃』などは自身の体から離れた場所への攻撃になる。しかし、『狙撃』に比べれば威力や弾速、射程は大きく異なる。十キロ単位で離れた距離から攻撃されれば、それは『狙撃』だと判断して良いだろう。反対に、百メートル程度離れたぐらいでは『射撃』か『狙撃』かは判断しにくい。弾速で判断するしかないが、ある程度射撃系の技能に習熟していないとわからないからな」


 まさか、被弾してその威力で判断するわけにもいかない。下手をすれば、その一撃で死ぬのだ。


「実戦では様々な状況が発生する。今日話したことは、その内のほんのごく一部だ。今後は戦訓を元にした話もしていくが……今の段階でも言えることは一つだ」


 砂原は、自身の頭を指差す。


「常に思考しろ。その結果、相手の技量がわかれば逃げられるかもしれないし、有効な攻撃方法が思いつくかもしれん。相手が接近戦が得意なら遠距離から攻撃し、逆に遠距離戦が得意なら距離が離れていることを利用して離脱もしやすい。もしも防御が得意な相手なら、無理に戦わずに退くのも手だ。それらを判断するために、思考を放棄するな」


 そう言って、砂原は時計を確認する。


「そろそろ昼休憩の時間だな……よし、それでは午前の授業はここまでとする。午後は着替えてグラウンドに集合だ。では、解散!」


 授業の終了を宣言する砂原。

 それを聞いた博孝達は、ノートに記載漏れがないことを確認してから席を立つのだった。


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