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第七十六話:変化

 午後、博孝達はグラウンドに集まって実技訓練を行っていた。水上での護衛任務が終わったため、プールを利用した訓練の頻度は大きく下がっている。その代わりに、陸上での戦闘訓練が多く行われるようになっていた。

 軽い準備運動に、体術のみでの組手。ES能力を使用した組手に、小隊ごとの連携訓練。そして最後に、小隊同士の模擬戦を行うのがいつもの訓練パターンだ。もちろん、訓練生の成長具合に合わせて内容が濃い物へと変わっている。

 組手も一対一ではなく、一対二。あるいは一対多数といった複数の相手を想定して行うことがあった。だが、博孝は砂原から一対一での組手を命じられている。“異常”がないかを確認するためであり、組手の相手に選ばれたのは恭介だった。

 博孝や沙織との自主訓練に混ざり続けることによって、恭介の技量も大きく向上している。男子の中では博孝に次ぐ技量があり、それが原因で博孝と組手を行うことが多くなっていた。


「今日こそは勝たせてもらうっすよ!」

「はっはっは! 返り討ちにしてくれるわ!」


 互いに笑い合い――表情を真剣なものに変えてから構えを取る。恭介は両拳を構えてステップを踏み、博孝は腰を落として両手を前へと出す。そして互いに目で合図をすると、組手を開始した。

 先手を取ったのは、恭介だった。身軽な動きで博孝へと接近すると、まずは挨拶とでも言わんばかりに拳を放つ。『ES能力者』の身体能力で放たれる拳は立派な凶器であり――博孝にとっては、まだまだ捌きやすい部類の攻撃だった。

 放たれた拳を掌で包み、勢いを逸らし、拳を受け流す。時には手首で弾き、受け止めることもしない。


「さすがっすね!」


 恭介が拳を放つ速度を上げる。時折フェイントを交え、最小限の動きで前蹴りも飛ぶ。


「っと! 恭介こそ!」


 前蹴りは半身開くことで回避し、博孝も反撃に移る。恭介が放った拳の、“引き手”に合わせて前へと踏み込んだ。大きく踏み込み、右手で掌底を放つ。恭介は左拳を解いて掌底を受け止めると、そのまま力を入れて握り込んだ。


「もらったっすよ!」


 握った手を引き、博孝の体勢を崩した上での膝蹴り。博孝は側頭部を狙った膝蹴りを視界の隅に捉えると、手を引かれた勢いに乗って地を蹴る。そして体を捻りつつ膝蹴りを回避すると、空振りした膝蹴りに被せるようにして回し蹴りを放った。


「おおっ!?」


 曲芸のような動きで行われた反撃に、恭介は慌てて防御をする。右腕を掲げて回し蹴りを受け止めるが、大きく弾かれた。それでも体勢を整えて博孝を見据え――首筋に、氷を差し込まれたような感覚を覚える。

 体勢を立て直した時には、既に博孝が懐へと潜り込んでいた。右手を弓のように引き絞り、冷徹な目で恭介を見据え、そのまま踏み込んで掌底を繰り出し――。


「そこまでだ」


 恭介の腹部に掌底が突き刺さる直前で、砂原に腕を掴まれた。博孝はハッとした様子で表情を戻すと、険しい顔をしている砂原を見上げる。


「……教官」

「武倉、負傷はしていないな?」


 博孝の声に答えず、砂原は恭介へと確認を行った。それを聞くと、恭介は力が抜けたように尻餅をつく。


「だ、大丈夫っす。でも、最後の掌底はヤバかったっすね。なんというか、訓練以上の気迫を感じたっすよ」


 土を払い、空気を変えるように笑いながら恭介は立ち上がるが、博孝と砂原の空気は重い。博孝は複雑そうに自分の右手を見つめており、そんな博孝に対して砂原は険しい視線を向けていた。


「河原崎、今のは何のつもりだ? 殺気が乗っていたぞ?」


 どこか冷たい声色で砂原が問う。その言葉を聞いた恭介は、驚いたように博孝を見た。確かに博孝から常にない気迫を感じたが、それは殺気だったのかと驚く。ラプターから受けた威圧感に比べれば微々たるものだったが、それでも恭介が頬を引きつらせるほどだった。


「……無意識、ですかね」


 右手を開いては閉じ、閉じては開くという動作を繰り返しながら博孝は言う。当然のことではあるが、博孝に恭介を殺す気などなかった。それでも組手が白熱する内に、“自然と”ハリドを殺した時のような動きをしていたのだ。

 動揺したような博孝の声を聞き、砂原は小さく嘆息する。そして博孝の頭を乱雑に撫でると、優しい声色で言い含める。


「落ち着け。ここは戦場でもなければ、相手はお前を殺す気もない。行っているのは訓練だ。いいな?」


 ES能力を使っているわけではないので、掌底だけで『ES能力者』を殺すのは難しい。それでも博孝が放とうとした一撃は、直撃すれば肋骨の数本は圧し折っていただろう。下手をすると、内臓を破裂させた可能性もある。博孝は深呼吸をして精神を落ち着けると、恭介に頭を下げた。


「悪い、恭介。ちょっと熱が入ったみたいだ」

「いや、訓練っすからね。熱が入るのは良いことっすよ」


 気にしていないと言わんばかりに手を振る恭介。恭介も博孝の心情を慮っており、怪我を負いかけても責めることはしなかった。むしろ、気遣わしそうに博孝を見る。


「いつもより動きが鋭い上に、こっちの攻撃も冷静に見切ってたっすよね。前からそんな感じだったけど、今日はさらに磨きがかかってる感じっすよ」

「むぅ……実戦を経て、腕が上がったんだろうか……」


 恭介の賛辞を受け、博孝は複雑そうに呟く。いくら組手とはいえ、殺気を抱いたつもりなどなかった。それでも攻撃に殺気が乗った辺り、自分では意識できないレベルの変調もあるのだろう。


「さすがに、このまま組手をさせるわけにもいかんか……相手に無駄な怪我を負わせてしまう」


 組手というからには、怪我をすることもある。打撲はザラで、時折骨折する者もいた。それでも砂原からすれば丁度良いらしく、支援型の治療実習に切り替わることもある。だが、博孝が放った掌底は組手の域を超えていた。

 そのため組手の相手を自分で務めようかと思う砂原だが、恭介がそれを止める。


「続けて俺がやるっすよ。教官には、みんなの指導があるじゃないっすか。それに……」


 戦意を高め、拳を打ち合わせながら恭介は笑う。


「博孝が殺気を出すなら好都合っす。より実戦に近い組手ができるっすからね。俺としては大歓迎っすよ」


 以前ハリドと戦った際、恭介はハリドからぶつけられる殺気に大きく動揺した。緊張からいつも通りの動きができず、博孝に庇われることになったのだ。しかし、ハリドを倒した博孝ならば、組手の相手としては申し分ない。殺気を向けるなら、望むところだ。


 恭介とて――強くなりたいと思っているのだから。


 その言葉を聞いた博孝は、安堵したように肩の力を抜く。そして笑みを浮かべると、楽しげに言った。


「恭介、沙織みたいな思考になってるぞ?」

「うげっ……沙織っちと同じ扱いを受けるのは勘弁してほしいっすね」


 そう言って笑い合う二人。その様子を見ていた砂原は、思わず苦笑した。教官である自分が手を打つよりも先に、仲間同士で解決に導いているのだ。博孝も、恭介の言葉に嘘がないと感じたのだろう。楽しそうに、嬉しそうに笑っている。


「そうだな……まあ、訓練で死ぬ思いをした方が実戦でも動揺しないか。それなら河原崎、お前は自分の殺気を制御できるようにしろ。武倉がその実験台になってくれるそうだ。河原崎は殺す気で戦い、武倉は死ぬ気で抗う……なるほど、良い訓練になるな」

「教官が恐ろしいことを言ってるっすよ!?」

「落ち着け恭介! いつものことだ!」


 砂原の発言に博孝と恭介は戦慄するが、砂原としては本当に博孝が恭介を殺すようなことはないと思っている。友人が協力してくれると言っているのだ。博孝ならば、死ぬ気で自分の殺気を制御するだろう。


「楽しそうね? わたしも混ぜてほしいわ」


 そうやって話をしていると、どこかワクワクした様子で沙織が声をかけてきた。獰猛な気配を漂わせており、博孝に対して肉食獣のような目を向けている。


「博孝が戻ってきてから、ずっと思っていたのよ。今の博孝と戦ったら、すごく楽しそうだなって」


 非常に楽しそうに、非常に物騒なことを口走る沙織。その発言を聞いた博孝と恭介は、共に身を引いた。


「うわ……沙織っち、それはさすがに引くっすよ……」

「やめろ馬鹿野郎。その手の発言はハリドを連想するからやめてくださいお願いします」


 博孝と恭介から引かれ、沙織は不満そうに口を尖らせる。


「だって、恭介ばかり組手をしていてズルいわ。博孝、ES能力を使った組手はわたしとやりましょう? 大丈夫、博孝が殺す気できても、わたしは全力で迎え撃つだけだから」


 “以前”に比べればだいぶ大人しくなった沙織だが、戦いとなると気分が高揚してしまうのは変わらない。その姿勢にハリドと似たものを感じて、博孝としては敬遠したかった。だが、砂原が逃げ道を塞ぐ。


「ES能力を使用した組手は、実力的に長谷川が相手として丁度良いだろうな。俺が許可する。河原崎と長谷川なら、どちらかが加減を誤っても死なんだろう」

「ちょっ! マジですか!? 見てくださいよあの顔! 生肉を前にしたライオンみたいですよ!?」


 砂原が相手をすれば一番安全だが、博孝の場合は仲間と組手をした方が自制が働くだろう。それは博孝の精神を安定させることにつながり、自覚を促すこともできる。


「まあ、致命的な場合は俺が即座に割って入る。安心して組手をしろ」


 そう言って締め括る砂原に、博孝は肩を落とした。沙織に視線を向けてみると、満面の笑みを浮かべて『武器化』で発現した大太刀で素振りをしている。


「頑張るっすよ、博孝」


 同情するように恭介が肩を叩くが、博孝としては笑い返すこともできない。それでも気を取り直し、『防殻』を発現した上で『構成力』を両手に集めた。


(ほう……たしかに、『構成力』の発現規模が上がっているな。死地に追い込まれたことで一皮剥けたか……やはり、訓練よりも実戦の方が成長が速いな)


 博孝が発現した『構成力』を見て、砂原は内心で呟く。倍増とは言わないが、目に見えて『構成力』が増していた。その増えた『構成力』の量こそが、博孝が言う“違和感”の正体なのだろう。

 発現された博孝の『構成力』を見て、沙織は楽しげに、嬉しげに笑う。


「力強い『構成力』……やっぱり、博孝は最高ね」

「やめてくれ……マジでそういうことを言わないでくれ……」


 沙織の発言と、ハリドの姿が重なる。ハリドを戦闘狂だと博孝は思ったが、沙織も大概だ。博孝が発現した『構成力』の規模に喜び、自身も『構成力』を高めていく。

 博孝が感情の爆発で技量を高めるタイプならば、沙織はそれに加えて相手の強さに呼応して自身の技量を高めるタイプだ。

 普段は小隊長として冷静さを心がける博孝は、大きく感情を爆発させることが少ない。その分一時的に発揮できる力が大きいのかもしれないが、対する沙織は真逆だ。じわじわと、相手の力量に合わせて技量を高めてく。その上、感情に任せて『構成力』を増大させるのだ。敵としてみれば、これほど厄介な敵もいない。

 一度の激突、一度の斬り合い、一度の撃ち合い。その度に相手の良い部分を盗み、自身の動きを最適化させ、技量を高める。大きな差があると一撃で負ける可能性もあるが、実力が伯仲している相手ならば問題はない。

 それに加えて、博孝は沙織にとって大事な仲間だ。自分のために源次郎に抗議し、自分の誤りを正してくれた人物だ。入校した当時は見下した感情があったものの、今ではそんなものはない。むしろ、尊敬してもいる。


「さあ――始めましょう」


 そんな博孝との、ES能力を用いた組手だ。沙織としては、心が躍って仕方がない。大太刀は峰を返すが、全力で殴れば簡単に骨を折れるだけの威力がある。しかし、博孝ならば防御なり回避なりをするという“信頼”が沙織にはあった。


「少しは大人しくなったと思っても、すぐにこれだ……」


 博孝はため息を吐き、それでも沙織の動きに合わせて両手を構える。『構成力』を両手に集め、大太刀への対抗手段にする。

 合図もなく、両者の姿が消えた。互いに発現した『瞬速』で踏み込み、掌底と大太刀がぶつかり合う。


「ちっ!」

「さすがっ!」


 僅かな拮抗の後、組手は乱打戦へと移行する。大太刀を振るって近づけまいとする沙織に、掌底を放ちながら接近しようとする博孝。組手とは思えない気迫と様子に、周囲の訓練生達も思わず手を止めるほどだ。

 博孝は掌底を放ちつつ、時折光弾も放つ。基本的に『射撃』を放ち、沙織の目が弾速に慣れた頃合いを見計らって『狙撃』を放った。だが、沙織はそれを読んでいたように回避する。

 沙織はぶつかり合うごとに『構成力』を高め、口の端を吊り上げていく。



 ――明らかに、博孝が強くなっている。



 殺しを経験したためか、それとも死地を潜り抜けたためか。博孝の動きは、今まで沙織が見たことのある博孝のものよりも数段上だ。元々博孝は接近戦が得意だったが、今では沙織と互角に渡り合っている。総合力で見れば、後塵を拝しているだろう。その上、博孝は“全力”ではない。

 その成長力、その技量。それらを体感する沙織は、僅かな悔しさと共に大きな歓喜を得る。例え追い越されても、追い抜けば良い話だ。その相手が砂原のような教官ではなく、同期の博孝であることが沙織には嬉しい。


「ふふふっ! 楽しくなってきたわ!」


 笑みを浮かべ、沙織の『構成力』が跳ね上がる。手に持っていた大太刀が白く発光し始め、『構成力』の輝きを強くしていく。帯電でもしているように『構成力』が弾け、密度を増していく。


「っ!?」


 振り下ろされた大太刀を見て、博孝は咄嗟に『飛行』を発現して真横に滑ることで回避する。いつもならば防御するなり受け流すなりするのだが、沙織が振り下ろした大太刀を防御するのは危険だと悟ったのだ。

 博孝に回避された大太刀が、地面を切り裂く。峰を向けていても地面が切り裂かれたその現象を見て、博孝は思わず叫んだ。


「殺す気か!? 当たったら死ぬわ!」


 殺気は感じなかったが、命中したらタダでは済まなかっただろう。沙織は沙織で、博孝が不完全ながらも『飛行』を発現したのを見て目を丸くしている。


「当たってないから問題はないでしょ。それよりも、いつの間に『飛行』を覚えたの?」

「実戦でコツを掴んだんだよ!」


 そう言いつつ、博孝は『飛行』を発現したままで地面を滑るようにして動く。足を動かさずに真横にスライドする博孝を見て、沙織は喜色を濃くした。


「そんな動きもできるのね……ますます気分が高揚してきたわ!」


 上限だと思った沙織の『構成力』が、さらに高まった。博孝と違って一時的なものだろうが、みらい並の『構成力』を発現した沙織に対して博孝は防戦一方になる。


(たしかに精神状態は『構成力』にも影響するけど、ここまでとは……)


 『飛行』と『瞬速』を駆使して回避に努め、沙織の隙を窺う。『飛行』で空を飛べれば容易に逃げられるのだが、今はまだほんの僅かにしか浮けない。それでも博孝は回避と防御を続け、虎視眈々と沙織に隙が出来るのを待つ。


(――今だ!)


 沙織が振るう大太刀の太刀筋を見極め、紙一重で回避し、隙とも呼べない小さな隙を頼りに踏み込む。今の沙織を相手にしては、博孝としても寸止めする余裕はない。それでも沙織を殺す気などなく、訓練の範疇に留まる威力の掌底を繰り出した。

 狙いは、沙織の腹部。しかし、沙織は体を捻ることで博孝の掌底を服の上で滑らせ、僅かなダメージと引き換えに博孝の腕を取る。投げ技かと警戒する博孝だが、ここで沙織は博孝の予想を裏切る行動に出た。

 博孝の腕を取った沙織は、そのまま力任せに博孝を引き寄せる。そして正面から抱き着く形で腕を回し――そのまま、足を払って真横へと回転した。


「うげっ!?」


 受け身が取れない形で地面に叩きつけられ、その上、沙織は博孝の臍の上に座っている。所謂マウントポジションを取ると、沙織は口元に笑みを浮かべながら博孝の首筋に大太刀を突きつけた。


「わたしの勝ちね」

「……勝てると思ったんだけどなぁ」


 不完全とはいえ『飛行』を発現できれば、沙織にも容易く勝てるのではないか。油断したわけではないが、少しは動揺するだろうという判断は見事に覆された。それどころか、博孝が不完全とはいえ『飛行』を発現したことに喜び、戦意を昂らせるほどである。

 沙織は大太刀を消すと、今度は博孝の胸に手を置いた。そして、朗らかに笑う。


「どう? 例え博孝が人を殺そうが、その身に殺気を纏おうが、わたしが受け止めてあげるわ。だから、博孝もわたしが相手の時は全力を出していいのよ?」


 慈しむように、沙織は言う。その言葉を聞いた博孝は、僅かに息を呑んでから視線を逸らした。発現した『構成力』こそ全力だったものの、間違っても沙織を手にかけまいと自制した部分が大きい。沙織はその博孝の葛藤を見抜いた上で、言うのだ。



 ――例え“本気”だろうと、自分が受け止めてみせる、と



 沙織からの気遣いに、博孝は大きく息を吐く。相手を殺すまいと意識しすぎて、動きに違和感があったようだ。

 博孝の上から退くと、沙織は手を差し出して博孝を引き起こす。そして微笑みながら拳を握ると、博孝の胸を叩いた。


「わたしも、すぐに『飛行』を覚えてみせるわ。追い抜かれたのなら、すぐに追い抜いてみせる。だから、これからも一緒に強くなっていきましょう?」


 沙織も、博孝のことを気遣っていたのだ。それを思い知った博孝は、同じように微笑んで頷く。


「ああ。俺も、沙織に負けないよう頑張るよ」


 そう言って、二人で笑い合う。それを見ていた砂原は、組手に割り込む必要がなかったことに安堵した。


(河原崎は、自制しようと思えば自制できるか。あとはどう折り合いをつけていくかだが……あの様子なら、それほど心配する必要もないか)


 殺気を抑えることに注意が向き過ぎていたが、それでも十分すぎるほどだ。不完全ながらも『飛行』を発現できており、動き自体も問題はない。これから集中的に鍛えていけば、大きく技量を伸ばすだろう。

 そして、沙織の思わぬ行動と発言に、砂原は内心だけで苦笑する。


(しかし、長谷川も大きく成長しているな……技量もそうだが、精神面の向上が著しい。あれぐらいの腕があれば、河原崎が相手だろうと大怪我することもあるまい。当面は河原崎の組手の相手は長谷川に務めさせるか……武倉でも良いが、防御力はともかく攻撃の面がな)


 そんな評価を行っていると、砂原の視界に里香の姿が映った。里香は博孝と沙織を――特に沙織を見ており、その瞳には強い羨望の色が見て取れる。そして、自己を卑下するような負の感情も見えて、砂原は眉を寄せた。


(岡島のことも注意しておかんとな……)


 それだけを思うと、砂原は生徒達の監督に戻るのだった。








 三日後、博孝と沙織、みらいはグラウンドに集合していた。訓練生の制服を身に纏い、荷物を持つこともなく談笑している。


「……へりこぷたー、ほんとにとぶの?」

「おう、ちゃんと飛ぶぞ。しかも、船や車よりも速いんだ」


 みらいが疑問を呈し、それに博孝が答えた。現在、首都で行われる表彰式へ参加するために移動用のヘリを待っているのである。しかし、みらいからすれば空を飛ぶ乗り物というのは船以上に信じ難いものだった。


「……おちない?」

「余程のことがないと落ちないって。それに、軍用ヘリならパイロットもその道のプロだ。安心して良いぞ」


 博孝はそう言うが、みらいは落ち着かないのか博孝の腰にしがみ付いている。沙織にしがみ付かないのは、単純に関係の深さの違いだろう。それでもみらいが沙織を嫌っているなどということはなく、沙織がみらいの気を紛らわせようと抱き上げれば素直に抱かれる。


「みらい、よく考えてみなさい――わたし達『ES能力者』だって、空を飛べるのよ?」

「……そうだった」

「それで納得するのかよ!?」


 人間――『ES能力者』とて空を飛ぶのだ。その非現実さに比べれば、機械が空を飛ぶぐらいは常識の範疇だろう。


「三人とも、集まっているな」


 そうやって話をしていると、砂原が姿を見せる。授業の時に着ている野戦服を着ており、それを見た博孝は首を傾げた。


「教官、その格好で式典に出るんですか?」


 博孝達の教官ということで、砂原も表彰式に出る。しかし、さすがに野戦服で参加するのはどうかと思った。


「空戦部隊員用の礼装はこっちだ。さすがの俺でも、野戦服で式典に出ようとは思わんさ」


 苦笑しながら手に持ったバッグを見せる砂原。砂原ならば野戦服だろうと様になるため、そのまま参加しても大丈夫ではないかと博孝は思ったが、それは口に出さない。


「む……来たようだな」


 そう言って砂原が顔を上げると、遠目にヘリコプターの機影が見えた。濃い緑色と黄土色で迷彩柄に塗られた機体に、四枚ブレードのメインローター。後部には八枚ブレードのテールローターが設置されており、胴体の左右にはミサイルポッド、胴体の下にはチェーンガンが見えた。周囲には護衛の空戦部隊員が随伴しており、それを見た博孝は目を細める。


「軍用ヘリとは聞きましたけど、滅茶苦茶武装してますね。あと、そんなに人が乗れないような……」

「空を飛ぶ『ES寄生体』もいるからな。ヘリボーンに使うには搭乗可能な人数が少ないが、三人程度ならば乗せられる」


 博孝と砂原がそんな会話をしていると、ヘリコプターがグラウンドへとゆっくり降りてくる。そして周囲の砂塵を巻き上げながら着陸すると、周囲を護衛していた空戦部隊員も地面へと下りた。

 寮にいた生徒達も興味を惹かれたのか、自室の窓から顔を覗かせたり、近くまで歩み寄ったりする者もいる。だが、ヘリコプターに設置されたミサイルポッドやチェーンガンを見て、及び腰になっていた。

 博孝達は砂原に促され、ヘリコプターへと乗り込んでいく。砂原は護衛を務めるため、『飛行』を発現してついていくつもりだ。さすがに今回は町田が率いているわけではないが、空戦部隊員は砂原の傍で直立不動の体勢を取っている。その姿は、完全に砂原を上位者として認識していることを窺わせた。

 ヘリコプターに乗り込むと、座席に座ってシートベルトを着用する。ヘリコプターの内部は四人程度ならば乗り込める構造になっており、博孝はみらいと向かい合う形で座った。

 一度は落ち着いたみらいだが、ヘリコプターに乗ると少しばかり恐怖を覚えたらしい。プルプルと震えながら、博孝に問う。


「……もうとんだ?」

「まだ離陸すらしてないぞ……」


 震える声で問われた博孝は、苦笑しながら答える。沙織などは泰然とした様子で座っており、みらいとの対比が激しい。

 少し待つと、ヘリコプターが起動を始める。ヘリコプターの内部に振動が伝わり、それに合わせてみらいの震えも大きくなっていく。博孝はシートベルトを引っ張って前のめりになると、手を伸ばしてみらいの頭を撫でて落ち着かせようと試みた。


「……もうとんだ?」

「今から飛ぶよ。そんなに怯えなくても大丈夫だ。お兄ちゃんもいるからな」


 そう言って頭を撫で続けると、みらいの震えが僅かに治まる。その様子に博孝は小さく笑い、離陸する際の振動に身を任せるのだった。








どうも、作者の池崎数也です。

作中の補足など。

・登場したヘリコプターについて

『いなづま』等の軍船同様、現実のヘリコプターよりも強化されています。

砂原がヘリボーンには利用できないと言っていますが、実際には四人は乗れるため『ES能力者』の一個小隊程度ならば移動させることが可能です。

航続距離は800キロメートル、巡航速度は280キロメートル毎時。武装は短射程空対空ミサイルに、25mmのチェーンガンを搭載しています。

イメージは、某国産観測ヘリコプターです。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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