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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第七十五話:困難と決意

 里香も退院し、砂原も訓練校に戻ってきたことで訪れた“いつも通り”の日常。しかし、多くの訓練生が日常を過ごす中で、以前とは異なった様子の者もいる。


「あ……ひ、博孝君……」

「里香……」


 博孝と里香が教室で顔を合わせるなり、微妙な空気が二人の間を流れた。不仲というわけではない。互いに遠慮をしているような、様子を見ているような、奇妙な距離があるのである。


「……おにぃちゃん? おねぇちゃん?」


 その二人の間に座るみらいは、不安そうな顔で博孝と里香の顔を見た。手には市原からもらった『海の生き物図鑑』があったが、さすがに二人の空気を感じれば読む気もなくなる。おろおろとした様子のみらいを見て、博孝は作った笑顔を浮かべた。


「いや……なんでもない。大丈夫だぞみらい」

「う、うん……何でもないよ、みらいちゃん」


 二人から作った笑顔を向けられ、みらいは助けを求めるように周囲を見回した。その様子は、周囲から見ていた女子達からすれば『離婚間近の夫婦とその娘』のように見えて声をかけ辛い。


「なんっすか、アレ……」

「妙な空気ねぇ……」

「とりあえず、間に挟まれたみらいだけでも連れ出そうかしら?」


 博孝と里香の様子を見ていた恭介と沙織、そして傍にいた希美が困ったように言う。これで博孝と里香が喧嘩をしているのなら、仲直りさせれば良い。しかし、博孝と里香が喧嘩をした場合、一方的に負けるのは博孝だ。それ以前に、喧嘩になる前に土下座をして謝罪するに違いない。

 二人の間に険悪な雰囲気はなく、互いが互いを慮るが故のすれ違いだった。

 里香は、自身の力不足から何度も危機に陥らせた博孝に対して申し訳なく、慙愧の念に堪えない。

 博孝は、無力を嘆く里香の心情が理解できるために上手く声をかけられない。

 最初のうちは博孝が体を張ったギャグで笑わせようとしたのだが、里香から悲しげな微笑みを向けられて沈黙している。


(うーむ……この空気はどうしたもんかね……)


 ひとまずみらいの気を紛らわせようと、抱き上げてから膝の上に座らせる博孝。そしてなんとなく頭を撫でつつ、思考を巡らせる。


(里香が気にしていることはわかるけど、何と言ったものか……支援型の里香が気にすることはないよ? 里香がやってきた努力に対して喧嘩を売るようなもんだな。俺が守りたいから里香を守ったんだ? そんなことを言ったら、里香は余計に背負い込みそうだ……)


 みらいの頭に顎を乗せつつ、博孝は取り留めない思考に流されていく。みらいは博孝の膝の上に乗ったことで安堵したのか、その背を預けて目を閉じた。今にも眠りそうだが、これから午前の授業があるため、博孝は時折みらいの頬をつついて目を覚まさせる。


「あ、娘がお父さんを選んだっすよ」

「あらあら……でも、どちらかというと、膝に乗せてあやしているだけよねぇ」

「それじゃあわたしは里香を選びましょうか」

「そこの三人! さっきから聞こえてるぞ!」


 ヒソヒソと――というには大きな声で話す三人に、博孝からツッコミが飛んだ。それを聞いた恭介達は肩を竦めると、口を閉ざす。できることならば間を取り持ちたいが、今回の件については博孝と里香の間の問題だった。正確に言うならば、里香個人の問題である部分が大きいが。

 そうやって授業までの時間を過ごしていると、砂原が教室へと入ってくる。そして博孝と里香の間に漂う空気を一目で看破すると、みらいを膝に乗せて遠くを見ている博孝へと声をかけた。


「そこで妹を弄っている馬鹿兄。お前は昼休みに教官室へ来い」

「いきなりご挨拶ですね!?」


 馬鹿兄呼ばわりされて博孝は抗議するが、砂原の言いたいこともわかるため頷く。里香が呼ばれなかったのは、里香の心情に配慮したからだろう。砂原はそれ以上何も言わず、授業の開始を宣言するのだった。








 昼休みになると、博孝は砂原に言われた通り教官室へと顔を出していた。食事を取るべきだが、今は里香の方が優先である。そのため購買でゼリータイプの飲料だけ購入し、教官室に向かう途中で一気飲みする。


「河原崎です。入室いたします」


 そんな声をかけてから、博孝は教官室へと足を踏み入れる。教官室の中では砂原が椅子に腰かけており、机の上には紙コップに入ったコーヒーが置かれていた。


「きたか、河原崎。まあ座れ」


 砂原に促され、博孝は素直に椅子に座る。立ち話で済まないということなのだろう。それを察して、博孝は砂原が入れたコーヒーに口をつける。


「あちち……それで、里香の件ですよね?」

「そうだ。しかし、その前に……」


 砂原は博孝へ視線を向けると、一度咳払いをした。そして僅かに視線を逸らしつつ、博孝に問う。


「お前の体調はどうだ? どこか、おかしなところはないか?」


 里香もだが、博孝もケアをする必要があった。交戦した敵を、初めて殺したのである。その衝撃は大きいだろうと判断し、砂原は博孝に不調の有無を問う。視線を逸らしたのは、改まって確認するのが恥ずかしかったのかもしれない。

 有事ならばともかく、平時は生徒に厳しい鬼教官だ。それでも生徒を、教え子を思い遣る気持ちは強く、砂原は博孝の様子を確認する。


「おかしなところですか……」


 そう言いつつ、博孝は僅かに首を捻った。


「この前ハリドと戦ってから、やけに『構成力』がみなぎっている感じがしますね。あんなことがあった後なんで自主訓練でも全力は出してないんですが、『構成力』の“上限”が上がった気がします」


 それは、訓練校に戻ってからすぐに気付いたことだった。いつも通り自主訓練を行おうとした時、『構成力』の量が増えているように感じたのである。もっとも、これについては違和感が強かったために誰もいない場所で試した。もしも『構成力』の制御に失敗すれば目も当てられないからである。『飛行』も不完全ながら発現することができ、まずは砂原に報告をしようと思っていた。


「ほう……死線を乗り越えたことで、大きく成長したか?」


 死地を乗り越えた『ES能力者』が大きく成長するのは、それほど珍しいことではない。百の訓練よりも、一の実戦の方が重要なのだ。


「どうなんでしょう? 『飛行』も実戦の中でコツを掴めましたけど、ホバークラフトみたいな動きしかできませんし」


 自分の体に何が起きたかがわからず、博孝は“事件”以降全力を出していない。万が一を考えると全力を出せず、砂原が戻ってくるまで待っていた。


「そうか。その辺は午後の実技で確認しよう。体調に変化は? 食事はきちんと取れているか?」

「教官を相手に全力で戦えとか言わないでくださいよ? 体調はぼちぼちです。食事は……」


 そう言いつつ、博孝は先ほど飲み干したゼリー飲料を思い出す。ゼリー飲料だろうと、食事に違いはないだろう。


「まあ、問題ないです。昼飯は教官との話の時間を考えて、ゼリー飲料で済ませてしまいましたけど」

「食欲はあるんだな?」

「ありますよ」


 砂原の質問に対して、博孝は“いつも通り”の様子で答える。砂原は事の真偽を問うように博孝の目を覗き込むが、博孝の視線が揺れることもない。本当なのか演技なのかはわからないが、傍目には健康に見えた。


「……そうか。だが、変調があればすぐに伝えろ。いいな?」

「了解です」


 頷く博孝に、砂原は念押しをするように鋭い視線を向ける。しかし、博孝は疾しいところなど微塵もないと言わんばかりの態度だったため、ひとまず信じることにした。

 そんな博孝を見ながら、砂原は思考する。『天治会』の目的が“どこ”にあるのか、博孝が目的なのか、それとも別の狙いがあるのか。

 三回目の任務の時は、まだ理由が思いつく。同時に発生した『ES寄生体』に、敵性の『ES能力者』による襲撃。その間に行われた、陸戦部隊の人員――清香の誘拐。それに加えて、陸戦部隊にも二名の死者を出している。

 敵側も二名の『ES能力者』が自爆で果てているが、それも訓練生レベル。正規部隊員二名と軍内部の情報に比べれば、十分にお釣りが返ってくるだろう。

 しかし、今回の件については完全に相手の目的が不明だった。博孝に対して何かしらの目的があるのかもしれないが、その目的も見えない。


(訓練校周辺における、有事の際の戦力確認か? 『ES寄生体』発生による騒動を起こし、その際にこちら側がどれほどの速度で戦力を展開するかを探るための威力偵察というのも考え得る。だが、そうなると河原崎が仕留めたハリドは“余分”だ)


 博孝が仕留めたハリドは、人格を考慮しなければ正規の陸戦部隊でも中隊長程度にはなれる技量を持っていた。訓練生が多いとはいえ、ハリドの手によって多くの『ES能力者』が命を落としている。正規部隊と訓練生の被害数を合計すれば、両手の指では足りないだろう。

 ハリド自身、戦闘能力も“それなり”に高いが、なにより生存能力が高い。もしも日本の『ES能力者』だったならば、他国への潜伏および密偵の類に最適だ。

 それだけの人材を簡単に捨て駒にしたのは、一体何故か。砂原としては考えたくないことだが、『天治会』にはハリドを捨て駒にできるたけの戦力が集まっているのか。あるいは、ハリドを切り捨てる必要があったのか。

 海上護衛任務で空戦一個中隊を投入したのも驚きだが、そちらについては博孝がハリドから興味深いことを聞いていた。なんでも、“ゴミ掃除”に付き合ってくれた礼を言いに来たらしい。

 フレスコのような私怨に走るタイプは、たしかに組織にとって荷物になる。任務などを放棄し、私情を優先して突撃されては堪らない。その点では“ゴミ掃除”という言葉にも納得できた。

 フレスコの配下も、連携の練度から考えると長年フレスコに付き従った者達なのだろう。フレスコともまとめて処理するために、砂原達を利用した可能性もある。その上、砂原や町田、他にも砂原が連れてきた『ES能力者』、それに加えて『いなづま』等の軍船の能力も測れるとなれば、捨て駒としてフレスコ達を投入したことにもある程度は納得ができた。


(そしてフレスコ達に目が向いたところで、護衛した船団に“本命”のハリドや丸山少尉を紛れ込ませておく、というところか……)


 コーヒーを飲みながら、砂原は思考を巡らせていく。博孝は砂原の考え事を妨げることはせず、砂原と同様にコーヒーを飲む。

 今回の“事件”で博孝の取った行動は、間違いだったとは言えない。単独でハリドを追ったのは減点だが、負傷した市原の治療と護衛に一人ずつ残した判断は妥当だ。単身で里香の奪還に“赴かざるを得ない”状況に陥った以上、博孝の立場からすれば他の選択肢がなかった。

 もしも里香が誘拐され、情報を抜き取られる――あるいは殺されるとなれば、博孝もじっとしているわけにはいかなかっただろう。

 訓練校内部の情報というのは、清香によって抜き取られたであろう『ES能力者』の軍内部の情報と比べれば軽いかもしれない。しかし、訓練校の防衛に当たっている『ES能力者』の配置や戦力が漏えいすれば、その影響は大きかった。

 それらの点を踏まえれば、博孝が一人で行動したのも仕方がないと言える。感情面でもそうだが、一介の訓練生が周囲にいた正規部隊員に“懇願”しても人員を割いてもらえたかどうか。

 砂原ならば、その名声と階級を使えば即座に一個小隊程度は組織できる。だが、博孝が声を上げたところで従う者はいない。その間に里香は攫われ、ハリドは逃げきったに違いない。

 そこまで考えた砂原は、静かに頭を振った。今は敵のことよりも、教え子のことを考えなくてはならない。


「それで、岡島についてだが……何故悩んでいるか、お前にはわかっているか?」


 ようやくと言うべきか、博孝にとっては本命の話が出てきた。それを聞いた博孝はコーヒーが入った紙コップを机に置くと、困ったように頬を掻く。


「俺が言うのもなんですけど、自分の無力を嘆いて……でしょうね」


 苦笑するように、深い共感を覚えるように、博孝は言う。博孝とて、自身の無力を嘆いてきた人間だ。

 訓練校に入校してから半年間。他の生徒達が『構成力』を操り、次々にES能力を覚えていく中、ただ一人『構成力』を操れずに体術や集中力だけを鍛えてきた。落ち込むことは何度もあったが、落ち込む姿はなるべく見せないようにしてきた。そんな博孝だからこそ、里香の心情は人一倍理解できる。


「そうだ。その上、岡島は他者を思い遣れる優しい子だ。今日お前だけをここに呼んだのは、そんな岡島のことを慮ってのことだ」

「教官や俺から何かを言うことはできても、それは里香のためにならない……そういうことですか?」


 博孝が問うと、砂原はその通りだと頷く。

 砂原は教官として、里香の相談に乗ることはできる。鍛えてほしいと言われれば、いくらでも鍛える。励まそうと思えば、万言を尽くして励ませる。だが、それでは里香の心までは救えない。

 博孝はクラスメートとして、友人として、仲間として、里香を励ますことはできる。だが、博孝は里香が思いつめた切っ掛け――言葉を飾らずに言えば元凶だ。博孝が気にするなと言っても、里香の心には届かないだろう。

 初めての任務で里香を庇って落ち込ませた時のように、無理矢理連れ回して元気づけることも難しい。こんな状況でデートなどできず、なにより“あの時”とは状況が異なる。

 里香は博孝に何度も庇われ、その身や命を守られてきた。その度に里香は落ち込み、心を痛めてきたのだろう。博孝と沙織の自主訓練に参加したのも、少しでも強くなって博孝が立つ場所に追いつこうとしたからだ。



 ――その差は縮まらず、広がるばかりだったが。



「里香が、自分で立ち上がるのを待つしかないと?」

「手助けはできるだろう。だが、最終的にどんな決断をするかは岡島次第だ」


 自分を守るために何度も傷つき、他者の命すら奪った博孝。その事実に、里香の心は折れかけているのだろう。これまで重ねてきた努力もハリドに否定され、絶望しているのかもしれない。

 博孝に対する負い目、申し訳なさ。自身に対する無力感、不甲斐なさ。博孝に庇われる度に蓄積されたその感情が、今回の件で溢れてしまったのだ。

 そこで博孝は、砂原に一つ質問をすることにした。自分よりも人生経験が豊富な砂原ならば、的確な答えをくれるだろうと判断して、その問いを投げかける。


「教官……俺としては、女の子を守るのは男として当然だと思っているんですが、“守られる側”からすれば迷惑にもなるんですかね?」

「ん? どういう意味だ?」


 博孝の問いの意味が理解できず、砂原は問い返す。博孝は頭を掻くと、困ったように言う。


「さっきの話を否定しますし、俺にも上手く説明できないですけど……例えば、俺が“里香の彼氏”だったりすれば、里香を守っても里香は傷つかないんですかね?」


 その博孝の質問を聞いた時、砂原は小さく噴き出してしまった。噴き出した砂原を見て、博孝は口を尖らせる。


「きょうかーん、俺、真面目に聞いたつもりなんですかど……」

「はっはっは……悪い悪い。つまりお前が言いたいのは、『庇われても良い理由』を作れば良いのではないか、ということか?」

「そういうことです。まあ、里香のためにならないし、駄目だろうとは思うんですが」


 里香が庇われたことを気にするのなら、庇われるに足る理由を作れば良い。そう思った博孝だが、それは逆に里香を苦しめることになるとも思う。


「河原崎、それは対等な関係ではない。それは岡島を仲間ではなく、庇護対象にしているだけだぞ?」

「……ですよね」


 博孝の若者らしい言葉に笑った砂原だが、きっちりと切り捨てる。

 『恋人を“庇う”ために戦う』と聞けば、一聴する限りは美談だろう。庇う側としても、恋人を庇うという大義名分ができる。



 ――しかし、庇われる側はどう思うか?



 もしも里香が『庇われるのが当然』と考える人間だったならば、こんな問題は起きていない。博孝に守られ、それに感謝して、めでたしめでたしだ。

 しかし、里香はそんな性格ではなかった。博孝に庇われ、博孝が傷つくことに心を痛める、心優しい少女だった。そして、博孝が傷つかないようにと奮起し、自身の力量を上げようとする努力家でもある。その努力が、悲しいほどに実らないとしても、だ。

 自分の無力を嘆いているところに、『俺がお前を庇うのは当然だ』などと言われればどう思うか。そんなことをすれば、さらに里香の心を傷つけるだけだろう。


「むぅ……結局、手助けをしながら里香が自分で立ち上がるのを待つしかないのか……」


 極力暗くならないように博孝は言うが、その声色には悔しさが含まれている。そんな博孝を見て、砂原は釘を刺せたと判断した。

 放っておけば、博孝は里香のことを思い遣って馬鹿なことをしそうだ。だが、今回ばかりは博孝が動くのは下策である。何度も庇われた相手から気にするなと言われても、本当に気にしないような性格を里香はしていない。

 腕を組んで悩む博孝に、砂原は“本題”を話し終えて一息ついた。しかし、砂原にはもう一件用がある。それでもすぐには話さず、悩む博孝の気分を変えてやろうと、自分の気分転換も兼ねてからかうことにした。コーヒーを飲む博孝に対し、僅かに口の端を吊り上げて問う。


「ところで河原崎、岡島の恋人になれば岡島が気にしなくなるのかと聞いたが……お前、岡島のことが好きなのか?」


 不意打ちのような質問。その質問を聞いた博孝は飲んでいたコーヒーを鼻から噴き出し、大きく咽る。机の上に置かれていたティッシュで顔を拭くと、恨みがましい目で砂原を見た。


「……教官からその手の話を振られたことに、激しく戦慄するのですが……というか、今、俺がコーヒーを飲んだ瞬間を狙いましたよね?」

「お前がどう思っているかは知らんが、俺とて木石ではない。で、どうなんだ?」


 予想外の質問に、博孝は疑わしそうに砂原を見る。もしかすると、砂原に化けた別の誰かではないか。


「もしかして、精巧なロボット? やっぱり『変身』ってES能力があって、誰かが化けてる? いや、でも、教官は結婚して子供いるし、こういった話題を振るのも自然……か?」


 そう言ってぶつぶつと呟く博孝だが、砂原が笑顔を浮かべて拳を握りしめたことで中断する。なんとなくではあるが、かつてない威力で殴られると思ったのだ。

 慌てて取り繕い、一度咳払いをしてから答える。


「好きかと聞かれれば、もちろん好きですよ。ただ、異性として好きなのかと聞かれると……んー、どうなんでしょう? 異性としても好きな気もしますし、そうでもない気も……守ってあげたいとは思うんですが」


 首を傾げる博孝。それを見た砂原は、『岡島も報われないな』と内心で苦笑する。里香が博孝を意識しているのは、砂原から見れば明白だ。好きな相手に庇われ、傷つき、他者の命まで奪わせたことで、里香の心はこれまで以上に傷ついているのだろう。

 他者の心情の機微に聡い博孝がそれに気づいていないとも思えず、砂原は若者らしい恋愛模様に微笑ましいものを感じ――。


「――でも、俺と“そういう仲”になれば、同じような事件に巻き込まれる危険性があるんですよね?」


 淡々と、数字を読み上げるように博孝が言う。コーヒーを飲み直し、どこか冷たさを感じる声で言う。


「今回のハリドの行動で確信しましたけど、『天治会』は俺を狙ってますよね? 以前襲ってきた男……そういえば、名前も聞いてないや」

「あの男? ラプターのことか?」


 博孝ならば知っておくべきだろうと判断し、砂原はラプターの名前を教える。


「ラプターって言うんですね……ラプターも、妙なことを言ってましたし。なんというか、俺の力を調べているような感じだったんですよ」


 コーヒーを飲みながら語る博孝に、砂原も同意した。博孝から事情を聞いた際、砂原も同じことを思っている。しかし、今回のハリドの行動で確信が持てた。


「俺が独自技能を持っているからなのか、他にも理由があるのか……その辺は向こうの都合なんでわかりませんが、任務に出る度に俺の周辺で何かしらの問題が起きてます。ここまでくれば、偶然ではなく必然でしょう」


 『天治会』の動きを見れば、『ES寄生体』すらも操っているように見える。その上で敵性の『ES能力者』まで投入されれば、偶然などと言えるはずもない。

 そこまで考えた博孝は、深々とため息を吐いた。


「せっかく『ES能力者』になれて、その上『飛行』の発現まで手が届くところまできたのになぁ……困った話ですよ」


 他人事のように言う博孝だが、僅かに腕が震えている。それでも拳を握り締めると、決然とした瞳で砂原を見た。


「教官、俺ってこのまま訓練生を続けられるんですか?」


 このまま訓練校にいたら、これ以上の迷惑がかかるのではないか。里香の悩みとて、博孝という存在に巻き込まれただけかもしれない。むしろ、その可能性が高い。

 そんな博孝の言葉を聞いて、砂原は腕を組む。その顔は、どこか不機嫌そうだ。

 危険があるというのなら、どこかの部隊に放り出してはどうか。そんな提案をする博孝に、砂原は首を横に振った。


「“上”からは、今後も河原崎の錬成に努めよと言われている。例え危険性を訴えても、訓練生として扱える内はそのままだろう。それに、訓練校の中ならば“外”よりは安全だ」


 訓練校で教練を受けている途中で“卒業”させるなど、例外にもほどがある。もしも博孝が砂原でも鍛えられないほどに『ES能力者』として完成しているなら話は別だが、今の博孝はまだまだヒヨっ子だ。目を見張る成長をしてはいるが、砂原ほどの腕があれば一分もあれば殺せる。


「そうですよね……やっぱり、今できるのは強くなることだけですか……」


 今のままでは、自分の命すら守れない。それならば、強くなるしかない。『天治会』が何を考えているかは不明だが、敵の魔の手を跳ね除けられるぐらいには、強くならなければならない。


「そういうわけで、好きな子が出来ても今のままじゃ告白も出来ないなー、と。誰かが告白してくれたら嬉しいですけど、それに応えるのも難しいです。俺としては、好きな子とのんびりデートとかしたいんですけど、外出する度に襲われたら洒落になりません」


 そこまで言って、博孝の口調が強い決意のこもったものに変わる。


「だから――俺はまず、好きな子をきちんと“守れる”ようになりたいと思います」


 庇うのではなく、守る。誰が相手だろうと、自分の身を盾にせずとも、守りたい相手を守れるようになりたいと思う。

 敵に襲われようとも返り討ちにし、守った相手に『こんなのは大したことじゃない』と笑って言えるようになりたい。



 ――その台詞を言う相手は、まだ決まっていないが。



 博孝の話を聞いた砂原は、納得するように頷いた。“普通”の人間や、一般の『ES能力者』ならばある程度は自由に恋愛できるだろう。しかし、博孝が置かれた状況はそれを許さない。しかし、それを打破する方法があった。


「なるほど。それはつまり――誰が相手だろうと守れるぐらいに鍛えてほしいということだな?」

「そうです」


 博孝自身が強くなれば、それで問題は解決する。誰が相手だろうと、守りたい相手を守れるようになれば良い。そのレベルまで成長するには時間も、才能も、努力も必要だ。

 だが、幸いと言うべきか博孝は訓練生である。鍛えるための時間は、まだまだある。才能も、独自技能という折り紙つきだ。努力ならば、第七十一期訓練生の中でも博孝に比肩するのは沙織ぐらいしかいない。

 卒業まで、一年と半年以上ある。その間に砂原が鍛えれば、卒業する頃には一端の『ES能力者』になるだろう。


「いや……一端の『ES能力者』など生温い。俺を超えるぐらいの気概を持ってもらうか。才能を見れば、いくらでも伸びしろがある」

「あの、教官? なんでそんなに目を爛々と輝かせているんですか? というか、一体どんな経緯で教官を超えることになったんですか? 鍛えてもらえるのは嬉しいんですが……」


 獰猛に笑う砂原を見て、博孝は決断を誤ったかと思った。しかし、砂原がこれまで以上に力を入れて鍛えてくれるというのなら、成長も早まる。


「なに、不完全とはいえ『飛行』も発現できるようになったのだろう? それならば今後は空中戦の仕方も教え込まないとな。『構成力』の集中も形になっているし、『収束』を教えても良い。お前なら、二、三年もあればモノにしそうだしな」


 全身から戦意を振り撒きながら、今後の博孝の成長過程を想像する砂原。しばらくは初めて殺人を犯した博孝の精神状態を考慮する必要があるが、問題がなければ徹底的に鍛えてやろうと思う。


「えーっと、お手柔らかにお願いします」


 砂原の目が本気だったため、博孝は諦めてそう言った。今の状態の砂原に鍛えられたら、三日も持たずに死にそうだ。


「わかった。死なない程度に鍛えてやる」

「わかってない!?」


 どうやら、砂原は全力を以って鍛えるつもりらしい。ラプターに襲われて以降、強くなりたいと思っていた博孝にしてみれば嬉しい話ではあるのだが、命の危機を感じてやまない。

 砂原は一度深呼吸をすると、気を落ち着ける。そして、今度は面倒そうな表情を浮かべた。


「それと、これは俺としてはどうでも良いことなんだが……今度の休日、“上”がお前の表彰を行いたいらしい」

「はい? 表彰ですか?」


 本命以外のもう一件。砂原にとっては非常にどうでも良い、できれば拒否したかった案件の説明に移った。


「ハリドは指名手配をされていたからな。それに、ハリドを倒したことで、お前は日本の『ES能力者』における最年少の敵性『ES能力者』撃破記録を更新した。その辺りの表彰をするつもりらしい」


 先程までの上機嫌はどこに行ったのか、砂原は吐き捨てるように言う。それを聞いた博孝は、困ったように頬を掻いた。


「最年少記録ですか……あまり嬉しくないんですが」


 言い換えれば、博孝の若さで敵性の『ES能力者』を殺した証明だ。それを表彰すると言われても、嬉しさなど微塵も湧かない。


「俺も馬鹿な話だと思う。それに加えて、“上”は勲章の授与やメディアへの露出を考えていたがな。その辺りは長谷川中将閣下に握り潰していただいた」

「メディアへの露出って……なんですかソレ。俺にテレビにでも出ろと?」

「そんなところだ。独自技能保持者……それも訓練生を目立たせてどうするのかと、中将閣下から抗議をしていただいた。だが、“上”はそれが不満だったらしくてな。都内でお前の表彰を行うことまでは防げなかった」


 疲れたように、呆れたように砂原は言う。それでもすぐに表情と取り繕うと、追加で付け足した。


「それと、これはあとで本人たちに伝えようと思っているんだが、この前の任務で『いなづま』を救ったということで、お前の妹や長谷川も表彰の対象になっている。これには鈴木少佐からも推薦が出ていてな」

「ああ……そういえば、コバンザメの『ES寄生体』を倒しましたね」


 ハリドを倒したことに比べれば、『ES寄生体』の一体や二体は記憶に残らない。博孝は思い出したように頷いた。


「まったくもって馬鹿げた話だ。訓練校から出す危険性も考えろというに……」


 どうやら砂原は非常に不満らしく、常にない言い草だった。それを聞いた博孝は、苦笑しながら尋ねる。


「都内って言われても、ここからだと遠いですよ? 一日で戻ってこれるんですか?」

「軍用ヘリを使う。俺もついていくが、護衛として町田少佐の部隊を借りることになった。移動時の危険性は少ないだろう」


 移動にヘリコプターを使うと言われ、博孝は『みらいが喜ぶかな?』と場違いな感想を抱いた。次の休みということは、三日後である。船の次はヘリコプターに乗れると聞けば、みらいは大喜びしそうだ。


「顔や名前を映すのは許可せんが、どうせニュースでも流れるだろう。自慢したければ、クラスメートに自慢しても良いぞ?」

「いや、別に良いですよ。自慢するようなことじゃないですし」


 心の底からそう言って、博孝はコーヒーを飲み干す。砂原も話すべきことを話し終えたのか、話を打ち切るように手を叩いた。


「さて、それでは午後の実技でお前の“違和感”とやらを見てやろう。話はこれで終わりだ」

「了解です、教官」


 砂原に敬礼を向けてから、博孝は教官室を後にする。そしてクラスメート達が集まる食堂へ足を向け――そのまま、“トイレ”へと駆け込むのだった。


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