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第七十二話:晴れのち雨 その4

 訓練校から博孝の護衛を行っていた分隊は、午後になると二人組の『ES能力者』に声を掛けられた。男女二人組であり、胸には四級特殊技能を保持することを示す赤いバッジが太陽の光を反射している。


「第七十一期訓練生、河原崎博孝君の護衛の方ですか?」


 そんな言葉をかけられ、分隊の二人は警戒しながら距離を取った。声をかけてきたのは女性だが、その警戒を解すように柔和な笑みを浮かべている。


「警戒の必要はありません。わたしはこの街の防衛部隊の者です。護衛任務を引き継ぐよう命令を受けております」


 そう言って、女性は腰ホルダーから携帯電話を取り出す。分隊の一人がその内容を確認すると、『ヒトヨンマルマルに河原崎博孝の護衛任務を引き継ぐべし』という旨の文言が連なっていた。


「……たしかに。しかし、引継ぎ用の人員まで用意されているとは……」

「それだけあの少年が“大事”なんでしょう。それでは、これまでの護衛お疲れ様でした」


 余計な詮索は無用と言わんばかりの態度に、分隊員は姿勢を正す。携帯電話に記載されていた階級は、彼らよりも上だったのだ。


「はっ。それでは失礼いたします、“少尉殿”」


 “上”からの命令ならば、仕方がない。砂原よりもさらに上、分隊員からすれば雲上人のような階級者からの命令だった。そのため敬礼を男女に向けて、彼らは撤収を行う。


「やれやれ……折角街まで来たんだ。どこかで一杯引っ掛けていくか?」

「昼間から酒は駄目だよ。まずは、砂原軍曹に任務引き継ぎの完了報告をしないと」


 そう言って、護衛の男性は砂原へと通話機能で発信する。しかし、報告や会議を行っているのか、それとも特別な施設にでもいるのか、電話がつながらなかった。


「軍曹殿か? たしか、今日はあちこち飛び回るって言ってたぞ。なんでも、つい最近の任務で『天治会』の『ES能力者』を捕まえたから、尋問部にも行くってよ」

「うへぇ……尋問部か。お世話になりたくない部署だなぁ。それなら仕方ない。電文で完了報告を送ろう。電文に気付けば、軍曹殿から連絡があるだろうし」

「ちゃんと暗号化しろよ?」

「わかってるって。『後続の分隊に任務の引き継ぎ完了』、と」


 電文を送信し、男性は任務から解放されたことで安堵の息を吐く。ちょうど小腹も空いてきたところだ。どこか手ごろな店で食事を――そう思った時、街のいたるところに設置されたスピーカーから警報音が鳴り響く。


「おい、これ……」

「『ES寄生体』警報? 珍しいな。街の近くまで接近を許したのか?」


 そんな言葉を交わしながら、彼らは指示に従って『ES寄生体』の迎撃に向かう。だが、その途中で人だかりを見つけて足を止めた。


「『構成力』? おい、ちょっと道を開けてくれ! というか、警報が出てるんだ! 今すぐ避難しろ!」


 『構成力』が固まっていることに疑問を覚え、人だかりを掻き分けていく。そして何があるのかと思ってみれば、血を流す市原にそれを泣きながら治療する二宮、周囲を警戒しているものの、集まってきた一般人を誘導できずに困っている紫藤の姿があった。


「君達は……」


 尾行をしていた彼らからすれば、紫藤達は見覚えがある相手である。紫藤は駆けつけた『ES能力者』に警戒の眼差しを向け、二宮達を庇うように立ちはだかった。しかし、相手が街まで車で運んでくれた人物だと気付くと、警戒を解く。


「何があった?」

「敵性の『ES能力者』に襲われて、クラスメートが負傷した……です。一期上の先輩が攫われて、それをもう一人の先輩が追いかけいてます」


 簡潔に答える紫藤だが、それを聞いた分隊員は目を見開いてしまう。


「敵性の『ES能力者』!? 護衛は!?」

「護衛?」


 意味がわからないと言わんばかりに首を傾げる紫藤。それを見た分隊員は、嫌な予感を覚えつつも尋ねる。


「……男女二人組の『ES能力者』だ。彼らは助けてくれなかったのか?」

「そんな人達は見ていない……です」


 その答えを聞き、分隊員は大きく舌打ちした。どうやら、面倒な事態に陥っているらしい。


「そっちの子の容態は?」

「脇腹に刺し傷。峠は越えていると思います」

「そうか……少し待て。回収の人員を手配する」


 『通話』を発現し、付近の防衛部隊へ呼びかける。そして重傷者とそれを守る訓練生がいること、さらに敵性の『ES能力者』が街に潜んでいる可能性があること、最後に訓練生が誘拐され、それを追っている訓練生がいることを伝える。


「まったく……無鉄砲な奴だな!」


 訓練生でありながら敵性の『ES能力者』を追った博孝に対し、男性は呆れを込めて言い放つ。それと同時に分隊を組んでいる同僚とアイコンタクトを取ると、博孝が向かったという方角へと走り出した。『ES寄生体』の排除に必要な人員は足りているらしく、それよりも博孝と里香の救助を優先したのだ。

 紫藤はそれについていこうとしたが、市原と二宮を放置していくわけにもいかない。そのためその場に留まると、唇を噛んだ。博孝が率いる第一小隊に負けた時も思ったことだが、自身の無力さが歯痒くて仕方ない。

 そんな紫藤の感情など知るはずもなく、護衛の分隊は市街地を疾走していく。そして、遠くから大きな『構成力』を感じて眉を寄せた。


「この『構成力』……でかいな。相手は相当やるぞ」

「応援が欲しいところだけど、仕方ないね」


 爆発するような『構成力』を感じ取り、分隊は警戒を強める。だが、もう一つの『構成力』が徐々に膨れ上がっていくのを感じて、駆ける速度を速めた。


「おい……あの訓練生、敵わないからって自爆する気か!?」


 彼らは、膨れ上がる『構成力』の持ち主を博孝だと思った。仲間を誘拐した『ES能力者』を追いかけたは良いが、敵わないため一矢報いるために自爆しようとしている、と。

 だが、その膨らんでいた構成力が突然消えたことで、彼らは博孝の死を覚悟した。自爆をしようとして集めた『構成力』が消える原因など、一つしかない。

 せめて誘拐犯は捕まえる。それが博孝の供養にもなるだろうと判断し――彼らは、驚愕することになる。

 それほど激しい戦いの痕はないが、道路脇の木を背にして息絶えた『ES能力者』。その顔に、彼らは見覚えがあった。それもそのはず、つい先ほど任務を引き継いだ相手だったのである。


「どういう……っ!?」


 驚愕していると、その驚愕を狙うようにして光弾が飛来した。二人は散開して回避すると、光弾が放たれた方向へと視線を向ける。光弾を放ったのは博孝であり、そのすぐ傍には血まみれの里香が横たわっていた。


(くそっ……新手か?)


 ハリドを仕留めた後、博孝は里香の治療を行っていた。体に刺さったナイフは『射撃』を受けた衝撃で抜けており、多くの出血を里香に強いている。その上『射撃』を受けた部分は服が破れ、その下の皮膚も多くの裂傷を負っていた。

 それを見た博孝は、全力で『活性化』を発現しながら治療を行った。効果を増した『接合』で大きな傷口を防ぎ、流れ出る血液を止めようとする。しかし、必死に治療を行っている途中で『探知』が『構成力』を捉えた。それも、一直線に自分達の方へと向かってくる。

 反射的に、博孝は光弾を放っていた。里香の治療も終わっておらず、『構成力』の残量も少ない。故に先手を取って――と思ったところで、博孝は追撃の手を止めた。


 向かってきた二人の顔には、見覚えがある。警戒は怠らないが、それでも口を開く。


「救援が来た、と認識して良いですか?」

「いきなり攻撃されるとは思わなかったけどね」


 そう言いつつ、相手も警戒したように距離を取っている。その視線は息絶えたハリドにも向いており、視線の動きに気付いた博孝は誤解が生じていると判断した。


「突然攻撃してしまい、申し訳ございません。木の場所にいるのは、『天治会』のハリドという男です。里香……こっちの訓練生が誘拐されたため、追いかけて仕留めました」

「……本当に、君が仕留めたのかい?」

「はい。あなた方は敵の増援かと思い、攻撃してしまいました」


 血に染まった右手を掲げてみせると、彼らは小さく息を呑む。『天治会』の『ES能力者』を訓練生が倒したと聞き、信じられなかったのだ。それでも敵意がないことを示すように両手を上げると、緊張感を解すように笑ってみせる。


「味方の誤認は褒められないけど、被害もない。それに、君の状態を見れば先ほどの攻撃も仕方ないさ」


 訓練生が敵性の『ES能力者』と戦い、その命を奪い、仲間の治療をしているところに『ES能力者』が駆けつけたのだ。敵だと思っても仕方がない。それでもすぐさま自制し、状況の理解に努めた点は大きく評価するべきだろう。


「その女の子の傷は?」

「……かなり深いです。このままだと、出血多量で危険です」


 そんな言葉を返しつつ、博孝は里香の治療を継続する。その間も護衛の二人に対して一定の警戒心を払っており、例え不意打ちを受けても対応できると思われた。そんな博孝の様子に、彼らは同じ『ES能力者』として感心する。

 素質が良いのか、余程良質の鍛錬を重ねているのか、あるいは、その両方か。それでも今は感心している場合ではない。訓練生よりは十分な治療を行えるため、博孝と共に里香の治療に当たる。もう一人は周囲の警戒をしつつ、ハリドの遺体を確認した。


「こいつは……すげぇな」


 どうやって仕留めたのかと思えば、心臓を一突きだ。博孝の右腕が血に染まっていることから、素手で成し得たのだと推察する。

 正規部隊員の中にも、敵性の『ES能力者』と交戦した経験がある者は少ない。手にかけたことがある者となると、さらに少なくなるだろう。特に、支援型の『ES能力者』は能力的にほとんど殺人の経験がない。『ES寄生体』を倒したことがある者すら稀だ。

 それを、訓練生の段階で成し遂げたという偉業。もしくは、異常と言い換えても良い。


「さすがはあの『穿孔』殿の教え子と言うべき、か。納得できる……か?」


 疑問を飲み込み、男性はハリドの遺体を検分する。里香も治療を行うために搬送する必要もあるが、博孝も事情を聴取しなければならないだろう。訓練校の防衛が主任務である彼らも、博孝の護衛として立ち会う必要がある。そして、訓練生の監督を行っている砂原には、聴取に参加する“義務”がある。

 砂原への報告を行いつつ、彼は事態の深刻さにため息を吐くのだった。








 里香は『ES能力者』用の病院へ搬送されることになり、駆け付けた救急車に乗せられて運ばれていった。博孝はそれに付き添いたかったが、この場で起こったことに対する事情聴取を受ける必要がある。

 苦痛の色がだいぶ薄くなった里香の顔を名残惜しそうに見送ると、博孝は駆けつけた街の防衛部隊に拘束された。拘束といっても物理的なものではなく、現場検証と状況説明を求められたのである。

 街の近くに発生した『ES寄生体』は既に排除されており、警報も解除された。それでも警戒を怠ることができず、休暇中だった人員も動員して警戒に当たっているらしい。そんな慌ただしい状態の中、博孝は現場検証のために駆け付けた一個小隊と顔を合わせていた。


「つまり、『天治会』の『ES能力者』が君の後輩……市原訓練生を負傷させた。その後、岡島訓練生を誘拐。街に来ていた君はそれに気づき、二宮訓練生と紫藤訓練生に市原訓練生の救護と護衛を命令。君は『ES能力者』を追い、交戦。そして殺害した、と」


 淡々と、どこか高圧的に確認を取られる。おそらく、『ES寄生体』との戦闘で気が立っているのだろう。しかし、博孝と同様の感想を抱いたのか、傍にいた伍長が頭を叩く。


「馬鹿野郎、訓練生相手に何を苛立ってんだ」

「しかし小隊長、訓練生が敵性の『ES能力者』を仕留めたんですよ。信じられませんって」


 口を尖らせる男性――上等兵の男性に、伍長が再度拳を振り下ろす。


「アホかお前。『ES能力者』を見た目で判断してんじゃねえ! そんなんじゃ簡単に命を落とすぞ! もう一度訓練校に入って訓練し直すか!?」


 上等兵の言葉を聞き、説教をする伍長。それを聞いた上等兵は渋々引き下がる。博孝は伍長の顔を確認すると、小さく声を上げた。


「あっ……以前、訓練校まで聴取に来た方ですよね?」

「おう。よく覚えてたな」


 その伍長の顔には、博孝も見覚えがあった。初めてハリドに襲われた際、訓練校まで事情の聴取に来た伍長である。


「仏さんは……“あの時”お前さんが戦った相手だな?」

「そうです。“あの時”戦った相手です」

「そうか。相手の動機はわかるか?」


 伍長に問われ、博孝はどう答えたものかと悩む。それでも答えられるべきことは答えようと、ハリドが口にしていたことを伝えることにした。


「詳細はわかりませんが、任務と言っていました」

「任務か……『天治会』ってのはテロリストみたいなものだって聞いてるが、組織的な動きをしているんだな……」


 伍長は博孝から聞いたことを調書にまとめ、逐一間違いがないかを確認する。その間、他の人員は周囲の警戒や破壊痕の確認を行っていた。だが、博孝の護衛についていた分隊員の内、片方の男性が疑問の声を上げる。


「ところで、相手は一人だけだったのかい? 俺達に虚偽の任務引き継ぎを持ちかけてきたのは、男女の二人組だったんだが」


 男性の質問に、博孝は首を横に振る。


「『探知』を発現しながら戦いましたけど、周囲にいたのはハリド一人だけでしたよ?」

「お前、敵性の『ES能力者』と戦いながら周囲の警戒も行ってたのかよ……」


 『探知』を発現しながら周囲の警戒も行っていた博孝だが、ハリド以外に敵の『構成力』を感知することはなかった。それを伝えると、伍長が呆れたように言う。


「いやぁ……以前戦った時は、遠距離から『射撃』や『狙撃』が飛んできたもので」


 質問に博孝が答えると、不意に上空から巨大な『構成力』が迫っているのを感じ取った。その『構成力』の規模の大きさに、周囲にいた『ES能力者』達は警戒するように見回す。しかし、博孝だけは『構成力』の“巨大さ”に覚えがあったため、安心したように空を見上げた。


「アレは多分、教官ですよ」


 博孝がそう言うと、それを肯定するように上空から砂原が下りてくる。その身に宿る怒りを体現したような『構成力』を纏っているが、博孝の姿を確認すると、安堵からか僅かに表情を和らげた。

 護衛につけた者から報告を受け、フレスコの後始末を尋問部へ押し付けて飛んできたのである。フレスコがどうやって死んだのかは気にかかったが、それよりも教え子の方が重要だった。


「河原崎、無事だったか」

「なんとかってところですね。ただ、後輩の市原が脇腹を刺されて重傷。里香は……背中と脇腹、それに太ももに大きな刺し傷。それと『防殻』を発現していない状態で『射撃』が三発直撃して、大きな裂傷があります。可能な限り治療を施し、今は病院へ搬送中です」


 里香と市原の被害状況を伝える際、博孝の表情が僅かに歪んだ。砂原はそれに気づくが、博孝の右半身――特に右腕が血まみれになっているのを見て、眉を寄せる。


「敵の『ES能力者』を……仕留めたんだな?」


 護衛から報告は受けたが、信じられない気持ちが大きい。それでも博孝の姿を見れば、信じざるを得ない。

 里香を守るために、取り戻すために、死力を尽くしたのだろう。今は傷口が塞がっているが、服のあちこちが刃物で切られた痕がある。


「……ええ」


 頷く博孝からは、初めて殺人を犯した『ES能力者』が時折陥る不安定さがない。未だに戦闘の高揚感が抜けていないのか、それともそれほど精神的なショックを受けていないのか。多少の動揺は見られるが、砂原がよく知る博孝そのままだった。


「そうか……よく、生き残った」


 それを、『心が強い』と判じて良いか砂原は迷う。それでも博孝の、教え子の無事を祝い――最後に怒りを発露した。


「だが、単独で敵性の『ES能力者』を追うとは何事か! 相手の力量がわからんような間抜けではないだろう! 相手が複数だった場合、お前だけでなく岡島も死んでいたのだぞ!?」

「はっ、申し訳ございません!」


 怒声を浴びせる砂原に、頭を下げて謝罪する博孝。その剣幕に、周囲にいた『ES能力者』達は恐れ戦く。つい今しがた、教え子の無事を喜んだ人物とは思えない行動だった。しかし、怒声を向けられた博孝は、砂原が怒る意味を理解しているがために素直に頭を下げる。

 砂原はそんな博孝の態度を見て、大きく息を吐いた。どうやら、博孝は本当に平常心を失っていないらしい。ここで博孝が恐慌でも起こせば、『戦闘を行って精神的に疲弊した訓練生』という名目で現場検証を切り上げ、病院に叩き込めたのだが。

 対する博孝は、砂原が向けてくる気遣いに内心で感謝した。状況的に仕方がないとはいえ、単独行動は褒められた行動ではない。その上、博孝は『ES寄生体』の警報を無視して行動した。

 敵性の『ES能力者』に攫われた仲間を救うため――などと言えば聞こえは良い。しかし、訓練生が勝手に独断専行したことに違いはないのだ。今回は博孝がハリドを上回ったために問題を“揉み消せる”が、博孝が敗北していれば訓練生二名を失う事態になっていた。それも、片方は独自技能保持者である。


「ぐ、軍曹殿? 相手は訓練生ですし、その辺に……」


 状況を見守っていた伍長が、恐る恐ると口を挟んだ。その瞳には砂原に対する畏怖と、博孝に対する同情が混ざっている。それに気づいた砂原は、一度咳払いをして博孝と視線を合わせた。

 先ほどよりも声に安堵を滲ませ、心の底から博孝の無事を喜ぶ。


「そうだな。しかし……本当によく無事だった。敵性の『ES能力者』を倒すなど、大したものだぞ。さすがは俺の“教え子”だ」


 そう言って、砂原はやや乱暴に博孝の頭を撫でる。突然頭を撫でられた博孝は、驚愕したような目で砂原を見た。もう少し怒りの言葉をもらうと思ったが、これ以上の“お説教”はしないらしい。

 砂原は博孝からの視線に照れたのか、逃げるように視線を逸らす。それでも表情を引き締めると、伍長へ鋭い視線を向けた。


「伍長、今回の件は見通しが甘かった俺の危機管理不足だ。河原崎訓練生は独断専行をしたが、それも仲間を思ってのこと。敵性の『ES能力者』を仕留めて事態を収拾したことで、功罪相半ばする。“上”への報告にも、その点は斟酌してやってほしい」


 報告書を偽れとは言わないが、それでも博孝に罰がいかないように砂原は頭を下げて頼む。今回の件で、おそらくは砂原に再度の糾弾が向かうだろう。“前回”は回避できたが、今度こそ教官職を解かれる可能性が高い。“上”が大喜びで難癖をつけてきそうだ。

 それならば、少しでも博孝への罰則を軽くしてやりたい。学生という立場もあるが、それ以上に『ES能力者』なのだ。訓練生と云えど、罰則が適用される可能性がある。

 だが、砂原から頭を下げられた伍長は戸惑うだけだ。


「いや、その……危機管理不足と仰られても、今回の件は突発的過ぎるのでは? 軍曹殿に咎があるようには思えませんが……」


 伍長からすれば、突発的に発生した事件に対処した訓練生の責任を、その教官が取る必要があるのかと疑問に思う。たしかに教官は訓練生の監督責任があるが、事情を聴取した限りでは大きな罰があるとは考えられない。それどころか、訓練生の身でありながら敵性の『ES能力者』を倒し、里香を助けたことを称賛すべきだろう。


「色々と“事情”があってな」


 それだけを言うに留め、砂原は博孝の護衛を頼んだ分隊へと視線を向ける。砂原の視線を向けられた分隊は、直立不動の体勢を取って体を硬直させた。敵に騙され、博孝の護衛から離れてしまったことが今回の事件の一因である。

 『穿孔』に睨まれた彼らは、命の危険さえ感じていた。さすがに本当に殺されることはないだろうが、気分的には俎上の鯉である。


「貴官らには、あとで詳細な報告をしてもらおうか」

「はっ!」


 周囲に耳目がある状態で聞こうとは思わない。そのため砂原はそれだけを言うと、再度伍長に視線を向けた。


「伍長、現場検証はいつ終わる? 河原崎は訓練生だ。ケアも含めて、病院に運んでやりたいのだが」

「あー……聞くべきことは聞いたので、連れて行って問題ないです。情報が必要な時は、訓練校まで伺いますので」

「そうか……感謝する」


 職責を考慮した上で、可能な限りの配慮をしてくれたのだろう。砂原は謝意を伝えると、伍長達が分乗してきていた車の使用許可を受ける。そして護衛の二人と博孝を乗せると、里香や市原が搬送された病院へと向かうのだった。








 病院に到着すると、砂原は博孝を連れて受付へと向かう。しかし、その途中で二宮と紫藤が椅子に腰かけているのを見て、声を上げた。


「二宮、紫藤。二人も無事だったのか」

「え? あ、河原崎先輩……ひっ!?」


 博孝の声を聞いた二宮が顔を上げるが、博孝の姿を見て引きつったような悲鳴を上げる。紫藤が悲鳴を上げるようなことはなかったが、驚いたように博孝を見ていた。


「先輩……血まみれ」

「あー……こいつは返り血だ。俺の血じゃないって」


 そう言って軽く振ってみるが、乾燥して黒くなった血がぽろぽろと地面に落ちる。傍目から見れば、さぞ凄惨な光景だろうと博孝は思った。しかし、それにしても二宮の反応は度が過ぎているように思える。

 その疑問を視線に乗せると、紫藤は二宮の背中を撫でながら答えた。


「倒れた市原を見てから、ずっとこんな感じ」


 簡潔な回答だが、博孝としてはそれだけで納得できる。二宮は市原が負った重傷を見て、ショックを受けたのだろう。それを察した博孝は、さり気なく右腕を二宮の視線から隠した。


「市原の容態は?」

「集中治療室に入ってるけど、問題はない。先輩の処置が良かった」

「そっか。それは良かった……それで、里香の容態は知らないか?」


 博孝が問うと、紫藤は僅かに視線を泳がせる。


「さっき、運び込まれた。今は集中治療室」


 どこか暗い調子で話す紫藤に、博孝は集中治療室の方へと歩き出そうとした。しかし、それを見た砂原に首根っこを掴まれる。


「岡島のことが心配なのはわかるが、お前も治療を受けろ」

「……そうでした。傷は自分で塞ぎましたけど、返り血を落として、着替えももらわないといけないですね」


 砂原に止められ、博孝は素直に頷く。もう少し駄々をこねると思っていた砂原は、そんな博孝の様子に片眉を上げた。市原や里香の容態を確認した時も、博孝は平静である。むしろ、平静過ぎた。

 それでも砂原は、戦いの緊張感や殺人による衝撃が原因だろうと判断する。砂原も似たような経験があり、こういう時はしっかりと休ませるべきなのだ。今は平静を保てているが、時間を置けば緊張が途切れ、深い後悔を抱くこともある。


「今お前にできることは、体を休めることだけだ。休めないと言うのなら、俺が強制的に“眠らせて”やるぞ?」

「いや、それはさすがに勘弁してください」


 砂原の冗談に真顔で答え、博孝は里香が運ばれた集中治療室へ一度だけ視線を向けた。

 『活性化』を発現し続けたため、致命傷ではない。それでも出血が多く、治療には数日の時間が必要となるだろう。死なずに済んだのは、里香の運が良かったから――などではない。今回の事件に巻き込まれた時点で、運が悪かった。

 ハリドの言葉を思い出し、博孝は遠くを見るように目を細める。


「俺の事情に、里香や市原を巻き込んだのか……」


 明らかに、ハリドの狙いは博孝に向けられていた。博孝が追いかけてくることを見越し、里香を誘拐し、市原も傷つけた。“任務”とやらの詳細は不明だが、どうせロクなものではないと博孝は思う。そこまで考えた博孝は、砂原に視線を向けた。


「そういえば、教官には報告がまだでしたね。今回の件についてですが――」


 そこまで言った時、博孝は笑顔の砂原に肩を掴まれる。そして徐々に力が強くなり、肩が悲鳴を上げた。


「お前は俺の話を聞いていたか? お前は今、休むんだ。報告はその後で良い」

「あだだだだっ! 痛いです教官!」


 悲鳴を上げる博孝を見て、砂原は内心で怪訝に思う。今の博孝は、ふざけたわけでもなく、真剣に砂原に報告を行おうとしていた。休めと命令したにも関わらず、だ。表面上は落ち着いているが、それでも心のどこかで動揺しているのだろう。

 そう判断した砂原は、無理矢理にでも休ませようと博孝を引きずっていくのだった。








 博孝を無理矢理病室に叩き込んだ砂原は、護衛につけていた分隊を引き連れて防音が整った部屋へと移動する。そして状況を報告させ、何が起きたのかを把握していく。

 だが、その報告の中で一点見逃せないことがあった。


「……伍長。すまんが、今の部分をもう一度報告してくれ」


 その報告を聞いた時、砂原は我が耳を疑った。そのため、護衛を依頼した男性――伍長に再度の報告を頼む。伍長は何故砂原が険しい顔をしているのかがわからず、今しがた行った報告を繰り返した。


「男女二名の『ES能力者』が我々に接触し、任務の引き継ぎを行いました。我々は女の方と会話し、相手の階級や任務の引き継ぎ確認も行っております。男の方は河原崎訓練生が交戦した『天治会』のハリド。女の方が――」


 伍長の声が、部屋の中に響く。それはどこか寒々しい印象を持って、砂原に伝わった。




「――丸山清香陸戦少尉です」








どうも、作者の池崎数也です。

毎度ご感想やご指摘、評価等をいただきありがとうございます。

いただいたご感想は楽しく読ませていただいております。

前話を更新して一気に感想数が増えたのを見て、作者のやる気もうなぎ上りです。

ご感想やご指摘、評価等はいつでもお待ちしております。作者の貴重な原動力になります。


現在、八十万字もかかっていますが物語的には三分の一を超えました。

これからは物語がさらに加速していきますので、今後もお付き合いいただけると幸いに思います。

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うーん、主人公の心理的ななんか状況が少し不安だな、 オリジナルのが影響してるんかな
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