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第七十一話:晴れのち雨 その3

 ハリドが振り上げたナイフが振り下ろされ――その途中で、真横へと軌道が変わる。


「っ!?」


 不意を突いた強襲。右手に『構成力』を集めて放った掌底がナイフとぶつかり合い、博孝はほんの少しだけ驚きの声を漏らした。

 出来得る限り最速に、出来得る限り強力な一撃を。そう決断し、『瞬速』で踏み込んで掌底を叩き込もうとしたのだが、ハリドの反応は博孝の予想を超えていた。


「ククッ、危ねぇなぁ……『瞬速』を使った不意打ちとは、やってくれるじゃねぇか」


 攻撃を防がれた博孝は、すぐさまハリドから距離を取る。そして油断なく構えを取ると、『構成力』を両手に集めて密度を増していく。『盾』を発現せずともハリドのナイフを防げる強度があり、使い勝手が良いのだ。


「……後輩を傷つけた上に、里香を攫って傷つけたんだ。不意打ちぐらいは当然だろ」


 本来ならば、不意打ちでハリドを殴り飛ばし、そのまま里香を抱きかかえて逃げるつもりだった。まともに戦う理由もなく、一撃離脱ならば危険性も少ない上に成功率も高い。そう思った博孝だったが、ハリドの実力や勘の良さは不意打ちに対応できるものだった。


「そうだなぁ、それぐらいは当然だろうさ。それにしても……ヒヒヒッ、良い感じに育ってきてるじゃねえか」


 博孝が発現していた『瞬速』は、完全に制御されていた。以前見た時のように、“着地”が乱雑になってもいない。それに加えて、両手に集中させている『構成力』の密度。ハリドが『武器化』で発現したナイフとぶつかり合っても傷一つついておらず、十分に実戦に耐え得るレベルだと見て取れた。

 頭の上からつま先までを舐めるように見つめ、ハリドは口の端を吊り上げる。


「良いねぇ……これなら十分に愉しめそうだ。滾ってきたぜ……」


 闘志と殺意で瞳をギラつかせるハリド。その視線を受けた博孝は、嫌そうに表情を歪めた。


「気色悪いこと言ってんじゃねぇよ。そんなに戦いたいなら、仲間同士で殺し合ってろ」

「おいおい、つれないこと言うなよ。こっちはお前さんと戦うのを、指折り数えて待ってたんだぜ?」


 博孝はハリドの軽口に合わせて言葉をぶつけ合うが、その間にも隙を探し続けている。隙を突いて里香を奪取し、そのまま逃走したい。だが、ハリドは博孝の狙いに気付いているのか、博孝が僅かに立ち位置を変えるのに合わせて自身も立ち位置を変えている。

 ハリドは里香と博孝の間に立ち、里香を回収できないよう動いている。博孝もハリドの思惑を読み取ると、内心で舌打ちをした。

 里香は全身から血を流しており、市原と比べても傷が重い。体のところどころにナイフが刺さっているのを見て、博孝の思考は沸騰しそうになる。しかし、血気に逸っては里香を助け出すこともできない。

 冷静になるように努め、ハリドの一挙動を観察する。それと同時に『活性化』を発現すると、里香を対象として『構成力』で包み込んだ。


『里香、聞こえるか? 意識があるなら、傷の治療をしてくれ』


 里香の体が薄緑色の『構成力』に包まれ、肉体や精神を強化していく。里香は返事をしようとするものの、苦痛が酷くて言葉にならなかった。


「へぇ……離れている相手にも効果があんのか。良い独自技能だな」


 博孝が行ったことに気づき、ハリドは獰猛な笑みを強くする。もしも里香に再度の攻撃を行おうとすれば、即座に割って入ろうと博孝は思った。だが、ハリドは博孝に背を向けることはせず、楽しげに笑うだけである。


「……今日は何の用だ? 俺としては、さっさと回れ右して帰ってほしいんだけど」

「冷てえなぁ……面倒な“ゴミ掃除”に付き合ってくれたんだ。その礼をしにきたんだよ。あとはまあ、“任務”かねぇ」


 ハリドの言葉が何を指すのかわからず、博孝は眉を寄せた。それでも話を途切れさせまいと、皮肉を投げ返す。


「礼だって言うのなら、菓子折りの一つでも持ってこいよ。人の後輩を傷つけた上に仲間を攫うなんざ、礼どころから迷惑千万って話だ」

「ヒヒッ、それもそうだなぁ」


 博孝の皮肉を軽くいなし、ハリドは笑い続ける。その間にも博孝とハリドは互いに牽制を交わし合っており、迂闊には動けなかった。

 時間が経つ分には、博孝としても困らない。里香に対して『活性化』を行いつつ、紫藤達に頼んだ救援を待つことができる。

 ハリドは博孝の狙いを見透かしているが、構えていたナイフを敢えて下ろす。それを見た博孝が怪訝そうな顔をするが、ハリドはそれに構わず問いかけた。


「やり合う前に、一つだけ聞いておく。お前さん、うちの組織に来るつもりはねえか?」

「……は?」


 思わず、博孝は間の抜けた声を漏らす。この状況で、勧誘紛いの言葉を口にするハリドが信じられなかった。


「俺としては殺し合っても良いし、一緒に暴れるのも楽しそうだし、どっちでも良いんだが、一応は“聞いておく必要”があってなぁ。『天治会』って言うんだが、このまま訓練生を続けてどっかの部隊に行くよりは、よっぽど楽しい人生が送れるぜ?」


 何を世迷言を、と博孝がハリドを睨み付けるが、ハリドの目は真剣である。到底嘘を吐いているようには見えず、博孝は思考を巡らせた。

 『天治会』という名前は、博孝も聞き覚えがある。国籍を問わず、反社会的な『ES能力者』達が集まって組織した集まりだ。その規模は大きく、各国の上層部にシンパがいるほどである。時折大規模な犯罪を行い、その度にニュースで名前が流れるほどだ。

 ハリドが『天治会』に所属していると聞き、そしてそんな組織に誘われたことに対して、博孝は顔をしかめた。


「寝言は寝て言え。誰がそんな組織に所属するか」

「お? 断るか? 組織としての統制は少し厳しいが、金の払いも良いし、好き勝手に振る舞える部分も多い。特に、お前さんの場合は独自技能保持者だ。簡単に幹部になれるぜ? そうなったら金も稼ぎ放題、女も抱き放題だ」


 セールストークのように語るハリドだが、博孝としてはそんな誘い文句に心が揺れることはない。


「もう一度言うぞ――寝言は寝て言え。金が稼ぎ放題? 金には困ってねえよ。女も抱き放題? 抱く女は自分で選んで、自分の手で捕まえるから意味があるんだろうが」


 断固として断る。そう態度で示す博孝を見て、ハリドは落胆する――などということはなく、楽しげに笑った。


「そうかい。それじゃあ仕方ねえ。殺し合おうか」


 下げたナイフを構え直し、ハリドが告げる。それを聞いた博孝は気を引き締め、僅かに重心を落とした。ハリドは博孝の構えを見て、口を開く。


「『天治会』の陸戦部隊所属、ハリドだ。この名前、冥土の土産に持っていきな」


 名乗りを上げるハリド。それを聞いた博孝は、隙を窺いながら応える。


「訓練校所属、河原崎博孝。そんな土産は叩き返して、今回の目的を吐かせてやる」


 ハリドの目的は、依然として不明。本当に博孝の勧誘だけが目的というわけでもないだろう。そして、それは今思考しても意味がないことだ。叩きのめしてから、ゆっくりと聞き出せば良いと博孝は判断する。

 言葉を交わし、視線が交わる。それと同時に博孝は『瞬速』を発現し、一足でハリドとの間にあった距離を潰した。里香と共に離脱する隙がないのなら、打倒するしかない。気絶させた上で防衛部隊に引き渡し、里香も救う。それしかない。

 集中した『構成力』をそのままに、博孝は右の掌底を繰り出す。ハリドは『瞬速』で接近してきた博孝を見て獰猛に笑い、繰り出された掌底を手に持つナイフで迎え撃つ。

 掌底とナイフが激突し、僅かな拮抗。ハリドは足の位置を変えながら体を捻り、ナイフで掌底を逸らして博孝の体勢を崩そうとする。しかし、博孝はすぐさま手を引くと、ハリドの動きに合わせて左の掌底を叩き込もうとした。

 ハリドはナイフを振るって掌底を受け流すと、反撃と言わんばかりにナイフを突き出す。博孝はナイフの側面を叩くことで弾くと、体捌きを駆使して懐に潜り込もうとする。


「おっと!」


 潜り込む――と見せかけての『狙撃』。だが、ハリドは至近距離から放たれた光弾に反応すると、首を傾けて回避する。それでも僅かに頬を掠めるが、その程度の傷で戦意が萎えることなどない。むしろ、手傷を負わされたことで歓喜の情が強くなっていく。


「良いねぇ! 最高だぜお前! 今からでも遅くねえ、俺と一緒に『天治会』で暴れようぜ! なあっ!?」


 縦横無尽にナイフを振るいつつ、嬉しそうに叫ぶハリド。博孝はそれに答えることはなく、振るわれるナイフを両手で捌いていく。

 両手に纏った『構成力』がナイフとぶつかり合う度に削れ、宙に光の軌跡を残す。

 博孝の繰り出す掌底がハリドを掠め、『防殻』を抉って『構成力』を散らせる。

 それは、一進一退の攻防だった。互いに有効打は当たらず、手傷と呼ぶには小さい傷だけが体に増えていく。

 ハリドと渡り合っていた博孝は、眼前の戦いに集中しながらも『探知』を発現して周囲の気配を探っていた。ハリドとは過去に二回戦ったことがあるが、その両方で遠距離からの攻撃を受けている。そのため博孝はハリドと戦いながらも周囲の警戒を怠らず、『射撃』や『狙撃』が放たれることを意識し続けた。


「おいおい、戦いながら考えごとか? つれないねえっ!」

「ちっ!」


 博孝の意識の隙間を縫うようにして、最短距離で突きが放たれる。博孝は首を傾けて刺突を回避すると、その腕を取りながらハリドの足を払おうとした。しかし、ハリドは軽く跳躍することで博孝の足払いを避けると、取られた腕で博孝を逆に掴み、落下する勢いを乗せてナイフを振り下ろす。

 腕を掴まれた博孝は、空中に『盾』を発現することでナイフを受け止めた。それと同時に膝蹴りを腹部に叩き込もうとするが、ハリドはすぐさま後退して回避する。ハリドは砂煙を上げながら姿勢を制御すると、前傾姿勢になりながら笑う。


「初めて会った時と比べれば、雲泥の差じゃねえか。“アイツ”が気にするのもわかる気がするぜ」

「アイツ?」

「ヒヒヒッ、こっちの話だよ」


 疑問を呈する博孝に、笑って答えるハリド。力尽くでも吐かせてやると博孝は意気込み――ハリドの姿が消えた。


「っ!?」


 背後への着地音に、肌に突き刺さる殺気。博孝は咄嗟に横へ飛び、ハリドが首を落とそうと振るったナイフを回避する。それでも僅かに首を掠めたのか、博孝の首筋から一筋の血が流れた。


「テメェ……」

「自分が出来ることを相手が出来ないなんて道理はねえだろう? まあ、制御が難しくて嫌いなんだけどな」


 僅かに驚いた博孝に、ハリドは手の中でナイフを弄びながら答える。それもそうだと納得した博孝は首筋に手を当てると、『接合』で傷を塞ぐ。かすり傷のため、数秒もかからずに傷口を塞げるのだ。

 だが、ハリドが『瞬速』を発現できるとなると、里香を連れて逃げ出すというのは完全に無理になった。里香を抱きかかえて『瞬速』を発現しても、ハリドなら追いつくだろう。里香を抱えた分だけ不自由になることを考えれば、博孝が一気に不利になる。


(遠距離攻撃が飛んでこない……ハリド一人なのか? でも、『隠形』で隠れていたら、俺だと見つけられない……)


 負傷を覚悟すれば、ハリドの隙をついて里香を奪還して逃げることはできるだろう。しかし、負傷して動きが鈍ったところを狙い撃たれれば、回避できる可能性は低い。それ以前に、負傷すればハリドに押し負ける。


(それなら……)


 博孝は里香への『活性化』を継続したままで、自身へも『活性化』を発現する。それも、全力でだ。救援を待つために時間を稼ぎたいところだが、そんな素振りを見せるとハリドは僅かに意識を里香へ向ける。まるで、手を抜けば里香を殺すと言わんばかりに。


(全力で倒す!)


 『活性化』によって博孝の『構成力』が増し、ハリドはそれを肌で感じ取って口の端を吊り上げる。


「まだ本気じゃなかったか! 良いぞ! 全力で来い!」


 何が楽しいのかと、博孝は本気で聞きたかった。どうしてそこまで戦うことに喜悦を見出しているのかと、心底不思議だった。だが、それは博孝には理解できない境地なのだろう。訓練ならばともかく、“殺し合い”を楽しむことなどできはしない。

 博孝とハリドの姿が掻き消え、互いの中間地点で激突する。博孝が繰り出した右の掌底はハリドに受け止められ、ハリドが振るった右のナイフは博孝に受け止められた。

 組み合った形になるが、博孝にとっては膠着状態ではない。体の周囲に『射撃』で光弾を十発ほど発現すると、眼前のハリドへと一気に叩きつける。だが、ハリドも大人しく光弾を食らうような技量ではなかった。

 食らえば痛手を受けそうな光弾だけに的を絞り、最小限の動きで避け、掠める程度のものは敢えて受ける。掠めるといっても、博孝が『活性化』を発現した上で叩き込む全力の光弾だ。ハリドの『防殻』を貫通し、当たった場所を抉って血が噴き出す。


「接近戦ができる上に、遠距離攻撃も得意か! 良いねぇ! 楽しいねぇ!」


 しかし、ハリドは楽しそうに、嬉しそうに哄笑するだけだ。それどころか、自身の体から流れる血を使って目潰しを敢行するほどである。腕を振るい、流れる血を博孝の目を狙って飛ばす。まさか自分の血で目潰しを行ってくるとは思わず、博孝は慌てて体を捻って回避した。


「ヒヒッ! あめぇっ!」


 無理矢理回避したことで体勢を崩した博孝の脇腹に、ハリドの前蹴りが突き刺さる。博孝は咄嗟に腕を挟んで防御したが、それでも足が地面から離れ、大きく吹き飛ばされた。

 防御に使った左腕は、折れてはいない。それでも痺れるような痛みがあり、博孝は歯を噛み締める。

 ハリドの接近戦の技量は、今の博孝からすれば驚嘆するほどではない。互角か、ハリドの方が少し上という程度だ。しかし、戦い方が上手い。余程戦闘経験が豊富なのだろう。その上戦闘に対する恐怖を感じていないのか、攻撃を食らっても怯むこともなく、戦意を高めるだけだ。


「つっ! これだから戦闘狂は!」

「おいおいそんなに褒めんなよ! 照れるだろうがよぉっ!」


 蹴り飛ばされた博孝は毒づくが、『瞬速』を発現して追撃を仕掛けるハリドにとっては褒め言葉だ。

 ハリドは、『ES能力者』とは“そういう生き物”だと思っている。人知を超える身体能力に、多彩なES能力。著しく遅れる加齢に、各種法則を無視する性能。それらを駆使するとすれば、行き着く先は世界平和などではない。

 それは血で血を洗う闘争であり、ハリドにとっては楽しい楽しい殺し合いだ。

 殺気を剥き出しにして襲いかかるハリドに、博孝は徐々に防戦一方に追い込まれている。里香に対しても『活性化』を行っているため、いつもに比べて消耗が激しいのだ。それでもハリドの攻撃を的確に捌き続け、重傷を負うこともない。


「どうしたどうした! 息が上がってんぞ!」

「っ……くそっ!」


 ナイフを振るい続けるハリドは、疲れなど知らないと言わんばかりに暴れ回る。頸椎、心臓、肺、肝臓、腎臓。博孝の急所を狙い、命を奪おうと攻め立てる。

 ハリドが発現している『防殻』はその感情を表すように輝きを増し、ハリドの表情も、歓喜を表すように三日月の形に口がつり上がっていた。

 溢れ出る殺気に、一秒経つ間に五度は振るわれるナイフ。目減りしていく『構成力』に、体に増えつつある裂傷。

 少しずつ死の足音が近づいてくるのが聞こえ――それでも何故か、博孝は恐怖を覚えない。

 敗北すれば、里香も死ぬ。そのことは酷く恐ろしい。だが、自身の命を失うことに対する恐怖が、どうしてか湧いてこない。

 それが故に、博孝は死の危機に瀕しても冷静にハリドの攻撃を捌き続ける。ハリドの攻撃を冷静に見切り、捌き、防御していく。


「……お前、一体“何”だ?」


 そんな博孝を見て、ハリドは怪訝そうな声を漏らした。顔を合わせる度に感じる、『ES能力者』としての大きな成長。そしてそれ以上に、死の淵に立っても揺らがない心。

 どんな訓練を行えば、訓練生がここまで戦えるようになるのか。正確に言うならば、何故ここまで恐怖を“感じないように”できるのか。

 ハリドはナイフを振るいながら博孝を観察し、小さく吐き捨てる。


「チッ……そういうことかよ。“アイツ”は気に食わねぇと思ったが、こんなところにまで手を伸ばしてんのか」


 そんな言葉を、博孝は隙だと判断して踏み込んでいく。戦い続けても途切れない集中力を以って、掌に集めた『構成力』を叩き込もうとする。ハリドはまともに受け止めるのも危険と判断して、すぐさま後方へと下がった。


『博孝……君』


 追撃に移ろうとする博孝に、里香からの『通話』が届く。それを聞いた博孝は、呼吸を整えながらハリドの隙を窺う。


『里香、喋れるようになったのか。傷はどうだ?』

『い、痛い……けど、なんとか――』


「今は戦闘中だぜ?」


 博孝と里香が『通話』を発現していることに気付いたのか、ハリドが手を振るう。すると、三つの光弾が発射されて里香へと着弾した。


「テメェッ!」

「怒んなよ色男。死んじゃいねえよ……まだ、な」


 怒りを剥き出しにする博孝に、楽しげに答えるハリド。里香はハリドが放った光弾を受けて人形のように吹き飛び、地面へと横たわっている。


「このままだと……まあ、あと十分もてば良い方かねぇ。ヒヒヒッ、どうするよ? あんまり“余所見”をするなら、もう一発――っ!?」


 『射撃』で光弾を発現したハリドは、思わず息を呑んだ。僅かに離れた位置にいる博孝からこれまで以上の『構成力』が膨れ上がり、爆発するような殺気が溢れ出る。

 『ES能力者』が保有する『構成力』は、感情や体調に左右される部分があった。激しい喜怒哀楽の感情に合わせて『構成力』が一時的に増大するのはよくあることであり、ハリドも戦闘の昂揚で『構成力』を増大させている。

 博孝が感じたのはハリドに対する激しい怒りであり、『活性化』の効果も相まって巨大な『構成力』を発現させた。


「……良い、ねぇ」


 爆発するような『構成力』を発現した博孝を見て、ハリドはポツリと呟く。驚きの感情は既になく、好敵手に巡り合えた歓喜と昂揚で表情が明るく彩られていく。

 初めて戦った時は、生意気にも手傷を負わされたと思った。

 二回目に戦った時は、思わぬ成長に驚きもした。

 そして今回は――。


「おい……おいおいおい! まだ『構成力』が上がるのか! 最高だぞお前! くそったれな任務だと思ったが、感謝するしかねぇなああああああああぁっ!」


 目を輝かせ、ナイフを構えて地を蹴る。怒りを瞳に宿した博孝も地を蹴り、ハリドを迎え撃つ。

 繰り出される掌底と、『構成力』で編まれたナイフ。しかし、先ほどは拮抗したナイフが弾かれ、半ばから圧し折れる。それでもハリドは即座にナイフを作り直すと、博孝の命を刈り取るべく一直線に奔らせる。

 博孝の動きは、ここにきて限界を超えた。体の奥底から溢れ出るような『構成力』によって『防殻』は厚みと強度を増し、両手に集めた『構成力』はその威力を増す。限界を超えたことで肉体が悲鳴を上げるが、“そんなもの”には構っていられない。

 ハリドが振り下ろしたナイフを前に、博孝は不完全な『飛行』を発現。重力を無視すると、『構成力』を操作して横に“滑る”ようにしてナイフを回避する。

 驚愕から、ハリドの目が見開かれた。それでもハリドは、ナイフを振り下ろしていた途中で体を動かし、博孝の間合いから逃れようとする。



 ――だが、間に合わない。



 博孝の『構成力』を集めた掌底が脇腹へと突き刺さり、肋骨をまとめて圧し折りながら吹き飛ぶ。それを好機と見た博孝は『瞬速』を発現すると、吹き飛んだハリドに一瞬で追いつき、再度掌底を繰り出す。

 掌底はハリドの腹部にめり込み、折れた肋骨を巻き込んで内臓を傷つける。


「があああああああぁっ!?」


 痛みからの絶叫。されど、ハリドの目から戦意が消えない。自身の腹部にめり込んだ博孝の右腕を取ると、残った片手で博孝の肩口を狙ってナイフを振り下ろす。

 博孝は前に踏み込むことでナイフを避けると、ハリドの腹部にめり込ませた右手に集めていた『構成力』を使い、零距離で『狙撃』を発現した。

 多くの『構成力』を練り込んだ光弾が、掌から発射される。その光弾はハリドの腹部を貫き、体を後方へと吹き飛ばし、ハリドを道路脇に生えた木へと叩きつけた。


「これ……なら……どうだ?」


 残心を取り、博孝はハリドの様子を窺う。荒い息を吐き出し、呼吸を整えながら構えを取り続ける。自身の右手がハリドの血で染まっていることに眉を寄せるが、油断はしない。

 木に叩きつけられたハリドは未だに意識を失っていないのか、顔を上げて博孝を見る。しかし、その姿にはすでに戦う力が残されていないようだった。


「……俺の、勝ちだ」


 歩み寄りながら博孝が言うと、ハリドは口から血を流しながら凄惨に笑う。


「ヒヒッ……まさか、ここまでやるとは思わなかったぜぇ……」


 痛みを感じていないのか、それとも堪えているだけなのか、ハリドの表情からは苦痛の色が見られない。それを見た博孝は、気を抜かないままで声をかけた。


「そのままだと死ぬぞ? 傷を塞げよ」


 このまま死なれても困る。ハリドには、何の目的があって襲ってきたかを吐いてもらう必要があるのだ。そのため少しは傷を塞げと告げる博孝に、ハリドは不思議そうな顔をした。


「死ぬ? 傷を塞げ? お前、何言ってんだ?」


 心底不思議そうに、ハリドが問う。その問いを受けた博孝は、視線を鋭くした。


「お前には、色々と吐いてもらう必要があるんだ。そのまま死なせねえよ」


 怒りは継続しているが、情報も欲しい。博孝にとって気になることを、ハリドは何度も口にしていたのだ。


「ヒ――ヒヒヒヒヒッ! ヒャハハハハハハハハハァッ! おいおい、笑わせるなよ! せっかく殺し合ったんだ! しっかり殺してもらわなきゃ締まらねぇ!」


 口から血を吐きながら、ハリドは笑い声を上げた。笑う度に血が飛び散り、地面を朱に染めていく。


「……死ぬぞ?」

「死ぬんじゃねえ。お前に殺されるんだよ!」


 そう言い放つと、ハリドは『構成力』を集中させ始める。起き上がって抵抗するかと思った博孝だが、ハリドは動かない。一点に、自身の体に『構成力』を集中させるだけだ。


「――っ! お前!」


 ハリドが自爆しようとしているのを悟り、博孝は焦りの声をぶつけた。それを見たハリドは、とても愉快そうに笑う。


「さあて、どうする? 自慢じゃねえが、俺ぐらいの『構成力』があればこの辺一帯は吹き飛ぶぜ。以前自爆させたガキの比じゃねえ。街の方まで届くし、あっちで倒れているお嬢ちゃんも死ぬだろうなぁ」


 ニタニタと、焦りと苦悶を浮かべる博孝を愉しそうに眺めるハリド。その間にも『構成力』は集まっており、規模を増していく。

 自爆を行おうとする『ES能力者』を無力化する手段は、一つだけだ。前回の任務で、博孝もそれを目の当たりにしている。

 自身の『構成力』が制御できなったみらいが自爆しそうになった時と異なり、自分の意思で『構成力』を使って自爆しようとする『ES能力者』は、その意思――命を断てば自爆を防ぐことができる。


「……殺せって言うんだな?」


 ハリドからすれば、命を賭けて殺し合った末の結末だ。その問いに対する答えは自明のものであり、一つしかない。


「これまで多くの『ES能力者』を殺してきたんだ。俺だって、殺されもするってもんだろ」


 笑うハリドに、苦悶する博孝。『ES能力者』として“いずれは”そういった機会があると覚悟していても、いざ眼前にその機会が訪れるとなると苦悩する。


「……くそったれ」


 それでも、悪態一つ吐き出しただけで博孝は覚悟を決めた。放っておいても命に執着せず、自爆を敢行しようとする相手だ。殺すしか、ない。


「良いねぇ……ヒヒッ、良い顔だ。その苦悶する顔……そそるぜぇ」

「ちっ……野郎に言われても嬉しかねぇよ」


 一歩一歩を確かめるように距離を詰め、博孝は右手に『構成力』を集中させていく。『射撃』や『狙撃』を使っても良いが、自分で奪う命だ。



 ――それならば、自身の手で。



 せめて楽にと、残っている『構成力』を掻き集める。輝きを増す博孝の右手を見て、ハリドは目を細めた。


「俺に勝てた“ご褒美”だ……身の回りには気を付けな。どこに“誰が”いるか、わからねぇぜ」


 血を吐きながらそんな言葉を投げかけるハリド。博孝は咄嗟に周囲の警戒を行うが、『構成力』も人の気配もない。


「ヒ……ヒヒッ、まあ、これから大変だろうからよ……精々、死なないようにするんだなぁ」


 それ以上は語ることもないのか、ハリドは口をつぐむ。そんなハリドを見て、博孝は右手を振り上げた。

 三回戦ったが、厄介な相手だったと思う。仲間を傷つけたことに、怒りも覚える。しかし、自身の命に執着せずに殺し合いに身を投じたその姿には、後悔の欠片も見られなかった。

 博孝は、ある種の敬意を以って右手を振り下ろす。それを見て、ハリドは笑いながら言う。


「あばよ――クソ餓鬼。地獄で待ってるぜ」


「じゃあな――クソ野郎。冥福を祈っとくよ」


 振り下ろした掌底が、ハリドの心臓を貫く。その衝撃でハリドの体が震え、徐々に弛緩していく。

 僅かに時間が経つと、ハリドの瞳から完全に光が消える。集めていた『構成力』も霧散して、ハリドの体の周囲を舞った。

 博孝が右手を引き抜くと、心臓を破壊された傷口から静かに血が流れ出す。博孝はハリドに対して数秒間だけ瞑目すると、里香の容態を確認するために身を起こした。

 そして、いつの間にか天気が崩れて雲が集まり、今にも泣き出しそうな空を見上げる。


「……ああ、まったく……ちくしょうめ……」


 右肩から下を朱に染めて、博孝は小さく呟くのだった。


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