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第六話:入校 その3

 手早く服を着替えた博孝は、未だに落ち込んだ様子の恭介と共にグラウンドへと向かっていた。

 砂原の言った通り、更衣室にはネームプレートがつけられたロッカーが置いてあり、そこに服や靴が入っていたのだ。サイズはES適性検査を受けた際に調べたのか、見事にピッタリである。

 白い無地の半袖シャツに、紺色の半ズボン。シャツの胸の部分には名前が刺繍(ししゅう)されており、生地は頑丈なものが使用されていた。靴は真っ白だが、こちらも頑丈な素材が使われている。


「……で、俺が希美さんに拒否られて泣いてる間に、博孝は女の子をお姫様抱っこして更衣室まで運んだわけっすかー。ふーん、いいっすねー」

「はっはっは、羨ましかろう?」

「羨ましいっすよマジで! ……で、で、で? 誰をお姫様抱っこしたんっすか?」


 博孝の脇腹を肘で突きつつ、恭介が尋ねる。


「岡島さんだよ。ほら、俺の隣の席の子」

「あー……ん? んん? そ、そんな子いたっすか?」

「覚えてないのかよ……」


 自己紹介の時に何を聞いていたんだ、と博孝は怪訝そうな顔をする。すると、恭介は胸を張った。


「希美さんを見たら、他の女子の自己紹介を見事に忘れてたっすよ! あ、でも長谷川さんはさすがに覚えてるっす」

「そいつはなんとも」


 恭介にとっては中々に衝撃的だったらしい。

 そうやって博孝と恭介がグラウンドに到着すると、すでに到着していた他のクラスメートに混じって整列する。女子生徒も博孝達男子生徒と同じように白の半袖に紺の半ズボンだったが、それを見た博孝はため息を吐いた。


「なあ、恭介君」

「なんっすか、博孝君」

「女子がブルマだったら、と思わないかね?」

「うっわ! オヤジっすよオヤジ! その発想はオヤジっす!」

「お、オヤジちゃうわ!? 俺は健全な男子としてだな!」


 博孝がそう言うと、恭介は真顔になる。


「いや、さすがに引くっすわ」

「……よし、ちょっと教官に申請して、拳で決着つけようぜ」

「暴力反対っすよ!?」


 拳を鳴らしながら近づくと、恭介は焦ったように身を引く。


「ならボクシングごっこしようぜ。お前サンドバックな」

「なんっすかそのバイオレンスなごっこ遊びは!?」


 博孝がシャドーボクシングをすると、恭介はさらに後ろへと下がる。しかし、遠目に砂原の姿が見えたので、二人はすぐさま直立不動の体勢を取った。


(って、岡島さんと松下さんがまだきてない……あ、出て来た)


 慌てたように里香と希美が校舎から出てくる。そして砂原の姿を見つけると、さらに慌てながらグラウンドへと走ってきた。

 それでもなんとか砂原の到着よりも先に列に並ぶと、安心したように息を吐く。里香は博孝と視線が合うと、複雑そうな顔をしたあとに頭を下げた。博孝はそれに苦笑をすると、すぐに意識を切り替えて砂原へ視線を向ける。

 恭介共々マークされてしまったのか、騒いでいるとすぐに拳骨が飛んできそうだったのだ。先ほどと同じように兵士を三人引きつれた砂原は、黙って整列している生徒達を見て満足そうに頷く。


「それでは、授業の続きだ。今度はまあ、体力測定のようなものだ。いきなり銃で撃ったりはしないから、安心しろ」


 そう言う砂原は、どこか楽しそうですらあった。


(もしかして、新入生を驚かすのが好きなのか……)


 さすがに加虐趣味ではないだろうと博孝が思った瞬間、それを読んだかのように砂原の視線が博孝へ向く。


「そうだな……それではそこで余裕そうな顔をしている河原崎。それと武倉。前に出ろ」

「はい、教官! なんで俺と恭介なんですか」

「はい、教官! さすがにさっきみたいなことは勘弁してほしいっす!」

「返事をすれば良いってもんじゃないぞ。あと、お前らは元気が良いからな」


 そんな、理由になっていないことを口にして、砂原はグラウンドへ視線を向ける。


「このグラウンドは直線が約四百メートル。カーブの部分を含めれば、一周で千五百メートルほどある」


 言われて、博孝もグラウンドに視線を向けた。この無駄に広いグラウンドで、一体何をすると言うのか。


「喜べ、好きなだけその元気を発散させてやる」

「と、言うと?」

「一周走ってこい。最初から最後まで全力でな」

「げっ!? 俺、長距離走は苦手っすよ……」


 博孝と恭介はげんなりとした顔をするが、砂原はそれに取り合わない。何を言っても撤回されそうになく、博孝と恭介は嫌々ながらスタートラインに立った。


「せめて準備運動ぐらいは……」

「“必要ない”。まあ、お前らなら余裕だろう。ほら、スタートしろ。全力疾走だ。手を抜いたら指導だ」

「酷いっすよ! ええい、ちくしょおおおおおお!」


 叫びながらスタートを切った恭介に続いて、博孝も地面を蹴る。千五百メートルも全力疾走することは無理だが、砂原には何か意図があるのだろう。そう信じて、博孝はスタートから全力で走る。


(……お?)


 そしてすぐに、違和感を覚えた。地面を蹴って進むスピードが、やけに速い。それに加えて、百メートルを通過した時点で息切れもしなかった。


(……おおっ!?)


 自分の体を不思議に思いつつ、全力疾走を続ける。僅かに先を走る恭介を見てみれば、恭介も驚いているようだった。

 そしてそのまま千五百メートルを走り切り、二人は砂原達の元へと戻ってくる。


「で、どうだった?」


 口の端を吊り上げながら尋ねる砂原。博孝と恭介は互いに顔を見合わせると、勢い込んで口を開く。


「全然余裕でした!」

「いつもならすぐにバテるのに、息切れもしなかったっす!」

「そうだろう。あと、これを見てみろ」


 そう言って、砂原はいつの間に取り出したのか、ストップウォッチを見せてくる。それを受け取った博孝は、思わず目を疑った。


「二分!?」

「え? ちょ、マジっすか!?」


 百メートルを十秒で走れても、仮にそのペースを保てたとしても、千五百メートル走るのに百五十秒―――二分半はかかる。博孝と恭介はストップウォッチを二度三度と見直すと、呆けたような表情で砂原へと返した。


「細工も何もしていない。お前らがスタートをすると同時に計り始めたぞ」

「はぁ……これは、なんとも……」


 自身が出した記録に、博孝はなんとかそれだけを口に出した。ES適性検査の後、碌に体を動かす機会がなかった。そのため、自身の体の変化に気付かなかったのだ。

 砂原に促されて列に戻る二人。砂原はそれを見た後、他の生徒達に向けて言葉を向ける。


「今見た通り、諸君らはこの程度の運動ならば息一つ乱さないだろう。多少の個人差はあるが、千五百メートル走ぐらいなら差は出ないはずだ。まずはそれを体感してもらおう」


 走ってこい。砂原がそう言うと、生徒達は弾かれたように走り出す。博孝と恭介もそれに続こうとしたが、それよりも先に砂原から次の指示が下った。


「お前らは倉庫に行って、赤色のカゴを持って来い」


 砂原が校舎の傍に建てられた倉庫を指差しながらそう言うと、博孝と恭介は断れないだろうと判断して頷く。そして駆け足というよりは全力疾走をして倉庫まで行くと、本当に疲れていないことに驚きながら倉庫へと入った。


「赤いカゴ……赤いカゴ……」


 倉庫の金属製の扉を開けてみると、中には器具が整頓して置かれていた。博孝は周囲を見回すと、恭介が先に気付いたのか声を上げる。


「お、これじゃないっすか?」

「たしかに、赤いのはこれしかない、けど……」


 赤いカゴは確かにあった。しかし、博孝が想像していたようなプラスチックのカゴではなく、金属製である。


「中身は……砲丸!?」


 思わず驚愕の声を上げた。金属製のカゴの中には、砲丸投げに使うような金属製の玉が敷き詰められている。


「え? なに? これ持っていくの?」

「二人でも持ち上がるんっすかねぇ……」


 籠の中には五十個近い砲丸が入っており、重量は一個六キログラム。合計で三百キログラムもある。男子二人で持てるような重さとは思えなかった。


「……まあ、教官のことだから意図があるんだろ。んじゃ、そっち持って」

「仕方ないっすねぇ……」


 二人でカゴを掴むと、『一、二、三!』と声を掛け合って持ち上げようとする。博孝はどうせ持ち上がらないだろうと考えていたのだが、その考えに反し、カゴはあっさりと持ち上がった。


「……あれ?」

「……あっさりと持ち上がったっすね」

「……そっち、重いか?」

「……重いは重いっすけど、きつくはないっす」


 互いに疑問符を浮かべながらも、二人は倉庫から出る。そしてグラウンドを走り終わったクラスメート達がいる場所に戻ると、砂原の傍に赤いカゴを下ろした。


「ご苦労。言いたいことはあるだろうが、説明は全員に行う」

「……了解です、教官」


 機先を制してそう言われ、博孝と恭介は整列に向かう。砂原は生徒全員が走り終わったことを確認すると、満足そうな様子で口を開く。


「諸君、自分の体について、少しは理解できたか? それでは、次はもっと理解を深めようと思う」


 言いつつ、砂原はカゴに手を入れて砲丸を取り出す。そして手の上で弄びながら、笑みの種類を変えた。


「今度はこれだ。これは男子高校生用の砲丸で、重量は六キロ。大きさは十二センチのものを用意している。これで―――」


 にこやかに、砂原は告げる。


「―――キャッチボールを行う」


(笑顔で言うことじゃねえええええええええ!?)


 思わず、心中で叫ぶ博孝。周囲の顔色を窺えば、ほとんどが博孝と同じ気持ちなのだろう。引きつった顔をしている。


「まずは二人組を組め。距離は……そうだな、まずは三十メートルもあれば良い。ほら、動け」


 動けと言われて、博孝達は顔を見合わせながらも動く。博孝は恭介と組み、とりあえずは砲丸を確保した。


「これ、投げる方も大変っすけど、受ける方はすっげー怖いんじゃないっすかね」

「同感。あ、俺が先に投げるな」

「ひどっ!? お、俺が先に投げるっすよ!」


 砲丸を奪い取ろうとする恭介から逃げ、博孝は砂原に言われた通り三十メートルほど離れる。手に持った砲丸は、博孝が思っていたよりもずっと軽く感じられる。見た目を無視すれば、ソフトボールを握っているような気分だった。


「よーし、いくぞー」

「手加減するっすよ! 絶対に手加減するっすよ!」

「おし、それは全力で来いってことだな!」


 恭介の期待に応えて、博孝はワインドアップ。大きく振りかぶり、思いっきり踏み込みながら砲丸を投げる。


「ちょっと!? なんでそんな本気でげふううぅぅっ!?」


 結果、砲丸は真っ直ぐに飛び、恭介の腹部に命中して吹き飛ばしたのであった。

 博孝は砲丸を投げた右手を見て、口を半開きにする。

 まさか、本当にソフトボールの感覚で投げられるとは思わなかったのだ。それも、明らかにソフトボールを投げる時よりも球速があった。


「これが……『ES能力者』か……」


 まさに、人ではない。世界記録など、あっさりと塗り替えられる。博孝はそのことに僅かな戦慄を覚え―――恭介が全力で投げた砲丸が命中して吹き飛んだ。


「へへっ! お返しっすよ!」


 見れば、砲丸を投げ終わった体勢で恭介が笑っている。それを見た博孝は、衝撃だけで痛みがないことを確認してすぐに立ち上がった。


「こんにゃろう……こっちもお返しだ!」


 砲丸を拾い上げて投げる。しかし、今度は上手くキャッチされてしまった。そしてすぐさま返球される砲丸をキャッチして、再度投げる。そうやって砲丸をキャッチボールしつつ距離を取るが、五十メートルほど離れても問題なくキャッチボールが続けられた。

 周囲の生徒達も、博孝達ほど遊んではいないが自身の投げた砲丸が面白いように飛んで行くのを見て驚いている。女子の細腕でも砲丸がそれなりの速度で飛んで行くのは、傍から見れば恐ろしいことこの上なかったが。

 博孝達がそうやって自身の力を確認していると、砂原から集合がかかる。それを聞いた博孝達は慌てて整列し直すと、砂原の言葉を待った。


「さて、これで簡単ながら諸君らの体力、腕力は理解できたと思う。ちなみにこの砲丸だが、俺は一キロメートルぐらいなら投げられるぞ」


 冗談混じりにそう言う砂原だが、事実なのだろう。目は笑っていない。そのことに再度博孝は戦慄するが、これこそが『ES能力者』なのだ。国防の要となる、人ならざる者。

 そのことに少しばかり恐ろしくなる。博孝が周囲をそれとなく見てみると、博孝と同じ気持ちなのか複雑な顔をする者が多くいた。それは特に、女子に多いようである。沙織はまったく気にしていないのか平然としているが、それはあくまで例外だろう。


(よく考えてみたら、『空を飛ぶ』ってのは一体どうやれば実現するんだ……)


 長距離を疲れずに走るのも、砲丸を投げるのも、まあ、良い。そう思えた博孝だが、空を飛ぶとなればまったく別の話だ。走るのも投げるのも、これまでの“人間”としての性能の延長線上にあるが、人間に空は飛べない。そんな風に、できてはいない。

 思わず悩みこんでしまうが、答えがすぐに出るはずもない。博孝は思考を切り替えると、砂原の話に意識を向けた。


「あとは跳躍力、瞬発力、反射神経などの確認も行う。気を抜くなよ?」


 釘を刺すように告げる砂原に、各自返事をする。

 ここまでくれば、再度世界記録を上回ってもそう驚くこともない。

 今は『ES能力者』としての力を確認するべきだと、博孝は集中することにしたのだった。


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[一言] 今更だけど、岡島さんをお姫様抱っこする時に軽さに気づいてそう
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