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第六十七話:海上護衛任務 その6

 残っていたコバンザメを仕留めた博孝達は、頭上で行われている空中戦を警戒した眼差しで見ていた。『いなづま』や『さみだれ』に向かって放たれる光弾は町田達が防いでいるが、いつ流れ弾が飛んでくるかわからない。

 しかし、その均衡も破られる。一個小隊を相手にしていた砂原の動きが突然鈍り、敵の攻撃を受けて水面へと落下したのだ。さらに、それを好機と見たのか上空から『砲撃』による光線が砂原が落下した場所へと降り注ぐ。


「教官!?」


 砂原が攻撃を受けて落下するという驚きの光景に、訓練生達から悲鳴が上がった。博孝も驚愕するが、今はそれどころではない。『狙撃』を発現し、可能な限りの弾速を以って光弾を発射。威力は『砲撃』に劣るが、弾速では『狙撃』の方が上である。

 『砲撃』が水面に着弾するよりも先に、博孝が放った光弾が到達する。博孝は空中で光弾を炸裂させると、『砲撃』の威力を多少なりとも削ぎ落とす。しかし、咄嗟に放った『狙撃』では多数の『砲撃』を誘爆させることはできない。光線が水面に着弾し、巨大な水しぶきを上げた。


「ヒ――ヒャハハハハハハハァッ! やった! やったぞ!」


 それを見て、フレスコが狂ったような笑い声を上げる。手応えはあった。これまでに戦ったことがある『ES能力者』ならば、確実に死んだ威力だ。

 博孝による邪魔が入ったが、訓練生レベルの妨害など大したものではない。『探知』で確認してみれば、海中に沈んだ砂原の『構成力』は非常に小さなものになっている。


「……教……官?」


 訓練生達から、呆然とした声が漏れた。砂原が敗北するなど、ましてや死ぬなど考えたこともない。彼ら、あるいは彼女らにとっては、砂原というのは手も足も出ないほどに強い存在だ。それでいて、強いだけではなかった。訓練は厳しいものの、それでもどこか優しさや配慮が感じられるものだったのである。

 尊敬し、慕っている教官。その砂原が海中に没したことに、訓練生は悲嘆の声を漏らす。

 博孝は周囲の訓練生から呆然とした声が上がるのを聞きつつ、『活性化』を併用しながら『探知』を行う。砂原は海中に落ちたまま姿を見せておらず、目視では状態がわからない。

 そう思っての『探知』だったが、博孝が感じ取ったのは非常に小さな『構成力』だった。常の砂原の『構成力』と比べれば非常に小さな――それでいて、まるで“圧縮”されたような『構成力』だった。


「っ!? 全員、何かに捕まれ!」


 砂原の『構成力』が、急激に膨れ上がる。それを感じ取った博孝は、傍にいたみらいを片手で抱き上げながら傍の手すりを掴んだ。



 ――次の瞬間、海面が爆発した。



 まるで大型の爆弾が炸裂したような、巨大な爆発。水面を五十メートルほど抉り、すり鉢状にしながら海水を吹き飛ばす。突然の爆発に海面が大きく波打ち、『いなづま』と『さみだれ』が大きく揺れる。

 『いなづま』は博孝の声が集音マイクを通して響いていたため大きな問題はないが、『さみだれ』からは訓練生のものと思わしき悲鳴が上がった。もっとも、船が突然大きく揺れたことに対する驚きではなく、まるで何かのトラウマを刺激されたような悲鳴だったが。

 そして、戦場に声が響く。


「やれやれ……一年程度前線から離れただけで、だいぶ鈍っているな。町田に対して、気が抜けているなどとは笑えん話だ」


 首の骨を鳴らしながら、砂原が姿を見せる。攻撃を受けた上半身はところどころ野戦服が破れているが、大きな出血もない。それでも内臓に多少の痛手を受けたのか、口内に溜まった血を乱雑に吐き出す。

 訓練校の教官として実戦から離れて、既に一年以上。鍛錬を怠ったつもりはなく、油断したつもりもなかったが、知らない内に実戦の勘が鈍っていたようだ。

 敵が予定外の攻撃をしてくるなど、いつものことだったはず。それだというのに間抜けにも一撃をもらった自分に、砂原は未熟の一言を思い浮かべる。

 体の周囲は白く輝く『構成力』で覆われており、『収束』を発現していることが窺えた。受けた傷を『治癒』で癒しながら、砂原はすり鉢状になった海面から空へと上がっていく。


「なんだ……これ……」


 ゆっくりと、ゆっくりと砂原が上昇していく。しかし、遠く離れた博孝達が『探知』を発現せずとも感じる巨大な『構成力』は、周囲を威圧して余りある。肌がビリビリと震え、博孝達は呆然としながら砂原を見上げた。

 海面が爆発したのは、砂原が“全力”で『収束』を発現したからだろう。訓練生とは比べ物にならない巨大な『構成力』を発現した結果、周囲の海水が吹き飛んだのだ。



 ――『構成力』を全力で発現しただけで海面が吹き飛ぶという事態は、博孝達にとっても予想外だったが。



「あれが……『穿孔』」


 思わずといった様子で、博孝は砂原のあだ名を口にする。以前ラプターに襲われた時にその片鱗は見えたが、砂原が多くの『ES能力者』に恐れられている理由を博孝はようやく理解した。

 戦場の目が、全て砂原へと向いている。圧倒的な存在感を放つ砂原から目を離せず、全員が手を止める。


「……っ! う、撃て! 撃てえぇっ!」


 我に返ったのか、フレスコが部下に命令を下す。その命令を聞いた部下――町田達と交戦していた者も、砂原目がけて攻撃を行った。町田も脅威だが、今はそれよりも、砂原も仕留めなければならない。そうでなければ、一方的に蹂躙される。

 そんな緊迫感念に囚われ、砂原に向かって『砲撃』による光線が放たれた。残っていた敵の数は、八人。それぞれから光線を向けられた砂原は――獰猛に笑う。


「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!」


 獣のような咆哮。それと同時に『収束』が密度を増し、敵の『砲撃』を受け止め、完全に防ぎきる。


「ば、かな……」


 それを見たフレスコから、絶望の呟きが漏れた。二個小隊分の攻撃を防いだ砂原は、自分の体の調子を確かめるように首を回す。そして不意に、その姿が消えた。

 フレスコとその周囲にいた部下の体が、大きく吹き飛ぶ。まるで巨大な質量を持つ物体に激突されたように、一直線に吹き飛んで行く。だが、手当たり次第に敵を吹き飛ばした砂原は『瞬速』で追いつき、再度殴り飛ばす。

 その光景を船上から見ていた博孝は、ポツリと呟いた。


「……ピンボールみたいだ」


 敵の『ES能力者』は抵抗も許されずに空中で“弾かれ”、次々と繰り出される砂原の打撃に軌道を複雑に変えられる。しかし、嵐のような砂原の攻撃を受けてなお、フレスコは抵抗を試みた。

 繰り出された拳を辛うじて受け止め、大きく距離を取る。そして『防壁』を多層で発現しつつも、『干渉』を行った。『収束』の維持が不可能になれば、一番良い。それが無理でも、動きを妨げる。

 そう思ったフレスコの視線の先で、砂原は右手を弓のように引き絞る。『収束』で発現していた『構成力』が右手に集まり、眩い光を放ち始める。

 その『構成力』の密度を感じ取り、フレスコは狂乱しそうになりながらも防御を固めていく。多層の『防壁』による自身の防御に、『干渉』による相手の能力の減衰。それらを以ってすれば、並大抵の一撃は防ぎきれる。例え『穿孔』の一撃だろうと、防ぐ。

 だが、その判断が如何に甘いものだったかを、フレスコは己の身を以って味わうこととなる。

 空を翔けた砂原は、フレスコの防御を薄紙を破るように貫く。繰り出した右手は多層の『防壁』を穿ち、一瞬の拮抗も許さずに両断する。

 それを目前で目の当たりにすることになったフレスコは、驚愕から目を見開いた。その表情の変化を見た砂原は、つまらないものを見るように口を開く。


「なんだ、知らなかったのか?」


 さぞ、自信があったのだろう。事実、フレスコが展開した防御は並の『ES能力者』では突破できないだけの強度があった。誤算があるとすれば、砂原が“並”という括りには到底収まらない『ES能力者』だったという一点のみ。


「――俺は、『武神』の防御だろうと貫くぞ」


 その言葉を最後に、砂原が繰り出した掌底を受けてフレスコの意識は途絶えた。








 フレスコが砂原の手で意識を奪われたのを見て、部下達はフレスコが死んだものと判断した。多層の『防壁』をまとめて穿ち、無効化するような相手である。その一撃を受けては、生きてはいられまい。

 その判断のもと、残っていた『ES能力者』達は現場海域からの離脱を試みる。だが、素直に逃がすわけもないだろう。残った七人の内、二人が『構成力』を増幅させながら『いなづま』と『さみだれ』へと向かっていく。

 『飛行』を発現できる『ES能力者』による自爆だ。例え相手が軍艦といえど、塵一つ残さずに爆散させる威力がある。成功すれば良いが、失敗しても良い。その間に残りの五人は離脱できる。彼らは、そんな“楽観”を抱いた。


「どこへ行こうというのだね?」

「わざわざ潜水艦まで引っ張り出してきたんだ。このまま帰れるとでも?」


 死地から脱出に気を取られたからか、彼らは反応が遅れる。いつの間にか砂原と町田によって前後を塞がれており、動揺している間に町田の部下が包囲網を敷く。完全に包囲され、逃げ出すのは難しい。そもそも、逃げ出そうにも砂原と町田の隙を突けるとは思えなかった。


「い、良いのか? あの二人は自爆前提で船に向かっている。このままだと、船に乗っている者は全員吹き飛ぶぞ!?」


 何故自爆を敢行しようとする者を放っているのか。それが理解できずに、あるいは隙を作り出そうと叫ぶ。しかし、砂原も町田も表情は変わらない。


「ふむ……どうやら、増援はないようだな」


 『探知』で四方十キロを確認し、砂原が呟く。それを聞くと、町田は楽しげに笑った。


「では、あの二名の処理は?」

「“あいつら”に任せよう」


 そんな言葉を交わす二人。しかし、『構成力』を増大させながら飛来してくる『ES能力者』を見ていた訓練生達は、大きく動揺していた。


「ひ、博孝! 相手が突っ込んでくるっすよ!」

「ちっ! 全員迎撃用意! 相手は自爆目的だ! 空中で打ち落とす!」


 自爆を目的に突っ込んでくる『ES能力者』を無力化するには、その命を奪うのが安全かつ確実だ。しかし、『飛行』を発現できるレベルの『ES能力者』の防御を打ち抜くのは難しい。それでもなんとか迎撃をしようとする博孝だったが、不意に、その肩に背後から手を置かれた。


「っ!?」


 気配はなかった。戦闘中ということで発現していた『探知』にも、『構成力』の反応はなかった。それでも突然背後を取られたという事態を受けて、博孝は反射的に右手に『構成力』を集め、背後へと振り抜く。


「おっと! 元気が良いなぁ。さすがは砂原先輩の教え子だ」


 しかし、振るった右手はいとも容易く受け止められた。博孝が振り返ってみると、そこには何度か食堂で見かけた水兵が立っている。その顔を見た博孝は、驚いた後に頭を下げた。


「すいません。“敵”かと思いました」

「坊主、俺が敵だったら背後を取られた時点で死んでるぞ? 生きてるってことは、味方ってことさ。まあ、雑談はあとだ。“アレ”は俺に任せろ」


 そう言うなり、その水兵は『構成力』を体に纏う。それまでは『隠形』で『構成力』の隠蔽に徹していたのだろう。博孝や里香では、『探知』を発現しても『構成力』を感じ取れなかったのだ。

 水兵は『構成力』を身に纏うなり、そのまま『収束』を発現する。その巨大な『構成力』を感じ取ったのか、恭介は尻餅をついてしまった。水兵は恭介の様子に笑うと、甲板を蹴りつけて空へと飛翔する。


「だ、誰っすかあの人!?」

「慌てんなよ恭介。多分……いや、確実に味方だ。教官が手配してたんだろ」

「や、やっぱりそうだったんだ……」


 博孝の言葉を聞き、里香も納得したように頷く。士官である町田が士官食堂を利用していないという時点で疑問を持っていたが、博孝達が食堂で食事を取るタイミングに合わせて毎回町田も姿を見せていた。訓練生と話してみたいと言っていたが、それは水兵に気付かれにくくするためだったのだろう。

 そもそも、熟練の『ES能力者』である町田が頻繁に食事を取っていることがおかしかった。砂原などは船団の護衛をするために飛び回っていたというのに、町田よりも食事や休息を取る頻度が遥かに少ない。

 博孝が視線を動かしてみると、『さみだれ』からも一人の『ES能力者』が飛び立ち、自爆のために向かっていた敵の『ES能力者』の相手をしている。その『ES能力者』も『収束』を発現しており、砂原と関わりがあることを悟らせた。


「つまり……どういうことっすか?」


 考えることを放棄したのか、恭介が首を傾げる。みらいも首を傾げており、それを見た博孝は大きなため息を吐き出した。


「今回の任務は、これまで以上に安全に配慮してたってことだよ……」


 そんな答えを返して、博孝は砂原達が敵を拿捕する姿を見上げるのだった。








「教官、今回敵が襲ってくるってわかってたんですか?」


 『いなづま』に下り、鈴木への報告を行った砂原に博孝はそんな質問を投げた。今まで戦闘を行っていたからか、砂原の肉体からは立ち昇るような殺気が溢れている。その気配に威圧されるものの、博孝としては非常に気にかかる部分だったので尋ねたのだ。


「そんなわけないだろう。だが、過去三回の任務で何かしらの問題があったのだ。今回も“何か”があると判断してもおかしくはあるまい」

「その“何か”に備えるために、町田少佐だけでなく他の人も引っ張ってきたと?」


 密かに『いなづま』と『さみだれ』に『ES能力者』が乗っていたということは、『いかづち』や『あけぼの』にも乗っているのだろう。それも、砂原がわざわざ選んで連れてきた精鋭が。


「そうだ。少しばかり長谷川中将閣下に無理を言ってな。俺の個人的な伝手を使わせてもらった」

「なるほど……」


 砂原の肯定の言葉を聞き、博孝は頷く。今回の任務について、砂原は余程慎重を期していたらしい。


「質問はそれだけか? それならば、お前も食堂で休んでおけ。疲れただろう。あと一時間もすれば大阪港に着く。さすがに、これ以上訓練生に見張りを行わせるわけにはいかんしな」


 砂原にそう言われ、博孝は質問を切り上げて食堂に向かう。

 現在、『いなづま』と『さみだれ』は船団を追って移動の最中である。『いかづち』と『あけぼの』に向かっていた『ES寄生体』は問題なく排除されたらしく、戦域から離脱して大阪港へ向かっていた。

 さすがに『ES寄生体』は回収が不可能だったが、拿捕した『ES能力者』達は意識を奪った上で拘束し、町田達が監視を行っている。

 町田や他の者が仕留めた――殺した『ES能力者』については、回収可能な者の死体を回収してボディバッグに詰め、訓練生達の目につかない場所へと保管されていた。

 訓練生達はサメやコバンザメの『ES寄生体』の戦いに気を取られていたが、今回の戦いでは死人が出ている。襲撃してきた十二人の内、半数はその命を絶たれていた。

 その事実に気づきつつも、博孝は平静を装う。普通の人間ではなく、『ES能力者』なのだ。人死にというのは、いくらでも溢れている。今回の任務とて、下手をすれば自分達の方から死人が出ていたのだ。

 食堂に到着すると、訓練生の多くは疲れたように机に突っ伏している。食堂には助けに入った水兵の姿もあり、博孝はそちらへと足を向けた。


「どうも、お疲れ様です。見張りの方は大丈夫なんですか?」

「おう、お前もお疲れさん。見張りは町田に任せてるよ。あいつが見張れば問題もないだろう」


 コーヒーを片手に笑いかける水兵に、博孝は苦笑を返す。町田を呼び捨てにしている以上は、余程親しいのか、階級が同格以上ということだろう。


「それにしても、お前とあっちの大人しそうな嬢ちゃんには冷や冷やさせられたな。『構成力』はきちんと隠していたつもりなんだが、漏れてたか?」


 水兵は不思議そうな顔をしながら尋ねる。その問いを受けた博孝は、思わず苦笑を深めた。


「確証があったわけじゃないんですよ。『構成力』も感じませんでしたし。ただ、普通の水兵にしては雰囲気が鋭かったのと……」


 そこまで言って、博孝は苦笑を普通の笑みに変える。


「どことなく、教官と似た雰囲気を感じたので」


 博孝が水兵に気付いたのは、水兵が持つ雰囲気と町田の反応がおかしかったからだ。里香も同様の感想を持っていたため、少なくとも“ただの水兵”とは考えられなかった。さすがに、砂原と同様に『収束』を扱う『ES能力者』とは思わなかったが。


「うーむ……砂原先輩と似ていると言われると、褒められている気がしないんだがなぁ」


 博孝の言葉を聞くと、水兵は苦いものを噛んだような顔で呟く。それを見た博孝は、笑みを深めてしまった。


「今回の任務は、教官に呼ばれて参加することになったんですか?」

「先輩っつーか、町田から連絡が回ってきてな。それで手を貸すことになった」


 隠すほどのことでもないのか、水兵は簡単に説明を行う。だが、博孝としては内心で首を傾げてしまった。


(教官から直接じゃなくて、町田少佐経由? 教官の性格からすると、協力者には直接足を運んで頼みそうなものだけど……)


 何か理由があったのだろうとは思うが、博孝にはわからない。頼みに行かなかったのか、それとも“行けなかった”のか。疑問には思うが、聞いても砂原は答えないだろう。


「船に乗って美味しい食事と休暇を取らないかって言われてな。まあ、良い骨休めになった」


 そんな博孝に対して、水兵は楽しそうに言う。どうやら、四日間の間のほとんどは個室でのんびりと過ごし、食事も海軍自慢の料理のため満足だったようだ。本当の水兵のように業務に加わる必要はなかったため、日頃の疲れを癒していたらしい。

 もしかすると有給扱いか任務に出たことになるのだろうか、などと思いつつ、博孝は相槌を打った。


「その休暇中に、『ES能力者』と戦うことになったんですか……」

「あの程度の相手なら、休暇の延長だよ。さすがに先輩ぐらいの腕を持つ奴が相手にいたら、割に合わないどころの話じゃないけどな」


 博孝の言葉に再度笑うと、水兵はコーヒーを飲み干して立ち上がる。


「さて、町田に差し入れでもしてくるかな。それじゃあな、坊主。観察力といい戦闘中の指揮といい、中々有望だぜ。訓練生のうちに、先輩にしっかりと鍛えてもらえよ」


 からっとした笑みを残し、水兵は歩き去っていく。その背中を見送りながら、博孝は頬を掻いた。


「たしかに、もっと鍛えてもらった方が良いか」


 砂原の“本気”を目の当たりにすれば、自身の未熟さが嫌でも浮き彫りになる。『ES能力者』としての年季に差があるというのは、ただの言い訳だろう。今すぐ追いつくのは不可能でも、追いかけるのは誰でもできる。

 博孝は今後の訓練にはより一層の力を注ごうと決意し、静かに拳を握りしめた。








 その後、大阪港まで辿り着いた『いなづま』と『さみだれ』は、無事を知らせると共にちょっとした騒ぎに巻き込まれた。海洋で『ES寄生体』と遭遇することはそれほど珍しくないが、敵性の『ES能力者』――それも、『天治会』の『ES能力者』に襲われたとなると話は異なる。

 本来の予定ならば、出港した際に利用した基地に戻り、そのあとは訓練校に戻るだけだ。しかし、事情聴取ということで拘束されることとなる。

 各護衛艦の主だった階級を持つ者や、町田を始めとした正規部隊員。訓練生の教官である砂原に、訓練生からも小隊長に就いている者が事情聴取を受けることとなった。

 事情聴取といっても、堅苦しいものではない。戦った相手や交戦状況、自身が取った行動などを聞かれ、それに答えるだけだ。

 事情聴取により、訓練生達は翌日まで拘束されることとなった。それによって訓練校へ帰還するのが一日遅れたが、任務後は休暇を与えられる予定になっていたため大きな影響はない。

 翌日には現場検証のために軍船や調査官が派遣されることとなったが、こちらについては鈴木や町田が同行するだけで訓練生に関係はない。

 訓練生達は訓練校に戻ると、それぞれ自分達が体験した出来事を共有し合った。直接『ES能力者』と砂原達の戦いを見ていた博孝達はともかく、『いかづち』や『あけぼの』に乗船していた生徒は事の顛末が気になって仕方ない。

 砂原からも特に止められていなかったため、博孝達は何が起こったか――特に、本気になった砂原が如何に凄まじかったかを語っていく。その話を聞いた生徒は頬を引きつらせ、今後の訓練について深い憂慮を覚えたが、それも一つの笑い話だろう。

 戦闘に巻き込まれたものの訓練生達には負傷者もなく、また一つ大きな経験を積めた。本来は水上での護衛任務について実地で学ぶだけだったが、実際に『ES寄生体』との戦闘まで行ったのだ。この点については、訓練生にとっても大きな糧となった。

 その点については、引率である砂原や引っ張り出された町田達にとっても満足と言える結果だろう。砂原は敵の攻撃を受けたが、自力で治療を行い、大阪港に到着する頃には完治していたほどだ。

 三回目の任務の件で声高に不満の声を上げていた“上”も、軍船や貨物船に被害を出さずに『ES寄生体』を退け、『天治会』の空戦一個中隊の半数を撃破、半数を拿捕した功績には沈黙せざるを得ない。




 こうして、四回目の任務は無事に終わった――かに、思われた。







どうも、作者の池崎数也です。

ここ数話で主人公達の影が薄くなっていますが、次話以降では元に戻る予定です。少しばかり砂原が目立っている気がしたので、その補足ということで一つ。


毎度のことですが、ご感想やご指摘、評価をいただきありがとうございます。特に、ご感想の方は楽しく読ませていただいております。

ご感想やご指摘、評価等をいただけると作者のやる気がますますアップいたします。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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