第六十三話:海上護衛任務 その2
「……おにぃちゃん、ほんとにこれにのるの?」
『いなづま』に乗り込む直前、みらいが博孝の袖を引きながらそんなことを呟いた。その瞳に浮かぶのは、不安だろうか。博孝は『おや?』と片眉を上げると、腰を折って視線の高さをみらいに合わせる。
「そうだぞー。この船に乗って任務を行うんだ」
事前に説明をしていた博孝だが、みらいにとって船に乗るというのも初めての経験だ。初めて乗った船が軍船というのは経験としてどうなのだろうか、と思う部分があるものの、乗らなければ始まらない。
「……ちゃんと、うく?」
「おう、ちゃんと浮くぞ。浮くどころか、一般道路を走る車ぐらいの速度は出る」
初めて見た軍船に、ちゃんと浮くのかと不安に思っているようだ。船を見てこの調子では、飛行機に乗ろうとすれば大騒ぎをしそうである。
「はっはっは、可愛らしいお嬢さんだ。妹さんかね?」
博孝とみらいのやり取りを見て、博孝達を先導していた『いなづま』の艦長――鈴木中佐は朗らかに笑う。海軍服を微塵の乱れもなく着込み、四十代半ばの年齢であることを悟らせる風貌には高位の士官とは思えない穏やかさが漂っている。指揮官でありながら自身の肉体を鍛えることを怠っていないのか、ピンと伸びた背筋と厚みのある外見が歴戦の猛者であることを窺わせた。
博孝は宥めるようにみらいの頭を撫でると、申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ございません中佐殿。妹はその、船に乗ったことがないもので……」
『ES能力者』とは所属が異なるといえ、相手は高位の軍人である。訓練生である博孝としては、畏まらざるを得ない。だが、対する鈴木は笑みを崩さなかった。
「ああ、そこまで畏まらなくても良い。諸君らは訓練生だが、同時に学生でもあるからなぁ。軍船に乗るのも初めてなのだろう?」
どうやら鈴木は気さくなタイプらしく、博孝は内心で安堵する。
「普通の船なら乗ったことはありますけど、さすがに軍船に乗るとなると緊張もしますよ。大きいし、格好良いしで……」
鈴木の厚意に乗って、博孝も失礼にならない程度に気さくに接することにした。その言葉を聞いた鈴木は、楽しげに頷く。
「そうかそうか、格好良いか。だが、“女性”を相手に使う褒め言葉としては、少しばかり相応しくないな」
女性と聞いて、博孝も相好を崩した。艦船が女性のように扱われるのは、博孝とて知っている。そのため、鈴木の言葉に対してニヤリと笑った。
「これは失礼を。しかし、中佐殿も隅に置けませんね。こんな美人と毎日を共に過ごせるなんて、男冥利に尽きるのでは?」
「羨ましいだろう? この船は良い船だぞ。就航して十年ほど経っているが、その辺の船にも『ES寄生体』にも負けん。少しばかりじゃじゃ馬なところがあるが、船足も早い」
博孝の言葉を聞いた鈴木は、博孝と似たような笑みを返す。そして右手を前に出したため、博孝は迷わずその手を握って握手を交わした。
「どうだね、訓練校を卒業したら海上護衛専門の部隊にくるかね? うちの基地でも部隊でも、なんならこの船でも良い。話が合いそうだ、歓迎するぞ」
「卒業後の進路はまだわかりませんが……これから四日間、お世話になります」
「諸君らの着任を歓迎する」
鈴木は表情を引き締めてそう言うが、すぐに表情を穏やかなものへと戻す。そして、博孝の袖を握ったままのみらいに近寄ると、腰を折って視線の高さを合わせ、安心させるように微笑んだ。
「安心したまえお嬢さん。これでも船に乗って二十年。『ES寄生体』も何体も沈めておる。諸君らの任務としては退屈かもしれんが、安全に、無事にこの港へ戻ってくることを約束しよう」
「……ん。おせわに、なります」
みらいはそう言って頭を下げ――何かに思い当たったのか、それとも博孝を真似たのか、敬礼をする。それを見た鈴木は微笑ましいものを見たように笑うと、海軍式の答礼を返すのだった。
『ES寄生体』が海洋に出没するようになってからというものの、人類はそれまでの海戦で培ったノウハウの大部分が通用しなくなったことを痛感せざるを得なかった。なにせ、相手は人間が操る艦船ではない。相手が人間が操る艦船ならばいくらでも手は打てるが、『ES寄生体』というのは多様性があり過ぎる。
とある『ES寄生体』に通用した戦術が、他の『ES寄生体』には通用しないというのもよくある話だ。しかし、海に存在する生物の種類全てに合わせて対策を練るのは、まったくもって現実的ではない。同じ種類の生き物でも、個体ごとに大きな差があることも稀ではないのである。
それらの事情から、人類が求める艦船には様々な条件があった。
大艦巨砲主義は浪漫ではあるのだが、平時に運用するには向いていない上に、相手は海中にいることがほとんどだ。また、第二次大戦で廃れてしまった部分もあり、大砲よりは機関銃のような弾幕を張れる武器が有効とされている。
大戦中に大艦巨砲の申し子である戦艦に取って代わった航空母艦も、有効な手段ではない。船体の大きさも然ることながら、運用する艦載機のコストや突発的な遭遇戦での即応性に問題があった。
相手は海中を移動する『ES寄生体』であり、対艦戦闘を考慮する必要がなければ巨大な船体は足かせになる。実際には各国間の面子や対艦戦闘も考慮している部分があるのだが、『ES寄生体』を相手にする場合に最も優先されるのは対潜戦闘だった。
『ES寄生体』といえど、『ES能力者』のように自在にES能力を操る個体は少ない。『防殻』や『射撃』を行う個体は散見されるが、難易度の高いES能力を操る個体となると希少に過ぎた。もしも海洋に住む『ES寄生体』が『飛行』などを発現できれば、世界中がパニックになるだろう。空を飛ぶ巨大な魚など、笑い話にもならない。
海洋に出没する『ES寄生体』は、ほとんどの場合巨体を持つ。初めて海洋で発見された巨大タコもそうだが、百メートル近い巨体を持つものも珍しくはない。だが、その巨体に比して防御力は高くない。『防殻』を発現する個体もいるが、通常兵器でも辛うじて撃退可能な防御力しか持たないのだ。
それらの情報から、各国は対潜能力に特化した軍船を製造し始めた。その頃には空を飛べる『ES寄生体』も発見されていたことから、対空能力にも注意をしている。また、早期に『ES寄生体』を発見する必要もあるため、ソナーやレーダーの類の発達も目覚ましかった。
続いて優先されたのは、船足の速さである。『ES寄生体』と遭遇した時の対処手段も重要だが、如何に素早く海洋を渡るかというのも重要な要素だった。目的地までにかかる時間を減らすことも、危険な水域から脱出することも、全ては船足の速さが物を言う。
この点については、軍船だけでなく一般の貨物船等にも適用されることになる。貨物船は多くの物資を運べるが、船足が遅い。だが、悠長に海洋を渡るのは自殺行為だ。
多くの造船所や技術者は、求められる軍船のスペックに頭を悩ませた。船足が速く、対空対潜に優れ、護衛艦として数も必要。それらの要求に、当時の技術者達は苦労の連続だった。
しかし、相次いで『ES寄生体』が原因の海難事故が発生し、各国も軍船の重要性を再認識。一時期は国家プロジェクト扱いも受け、豊富な資金と素材をもとに試行錯誤を重ねた。
その結果多くの軍船が誕生し、それらの技術は民間の貨物船等にも流用されることとなる。中には最大船速で100ノットを目指す計画もあったが、様々な技術的障害と運用の難解さから頓挫していた。
海洋で初めて『ES寄生体』が発見されてから、六十年弱。その間に培われた技術は惜しみなく投入され続け、今でも日進月歩の発展を遂げている。
そんな話を楽しげに語ったのは、博孝達訓練生をガンルームに案内した鈴木だった。本来ガンルームは若手の士官や候補生が利用する部屋だが、せっかくなのでと鈴木が案内をしているのである。
ガンルームは、船の中とは思えないほどにしっかりとした部屋だった。白を基調としたテーブルや椅子が置かれ、清潔感が溢れている。
艦長自ら案内を行っていて良いものかと不安に思うが、それを博孝が尋ねると鈴木は笑った。
「船の操艦は操舵手が行うものだよ。それに、今の時代は機械に任せる部分も多くてな。平時に儂がやることなど、艦橋か艦長室でふんぞり返るぐらいだ。実際に舵を握って船を動かす時代でもない」
それで良いのか、と博孝は思った。しかし、『平時に』ということは、『有事』の際は違うのだろう。博孝は頷くと、仲間達と物珍しそうに周囲の様子を確認する。博孝達が鈴木から説明を受けていると、ガンルームに町田が姿を見せた。その背後には野戦服を着込んだ『ES能力者』が続いており、訓練生だけでなく鈴木が一緒にいるのを見て驚いている。
「訓練生の諸君、ここにいたか」
「おや少佐、どうしたのかね?」
まだまだ話し足りないのか、鈴木は町田の姿を見て片眉を上げる。それを見た町田は、思わず苦笑してしまった。
「そろそろ出港でしょう? 訓練生の引率は小官が務めます。他の人員にも紹介しなければならないので」
「そうか……もう少し話したかったのだがなぁ」
残念そうに呟く鈴木は、本当に船が好きなのだろう。放っておくと、船に留まらず武装の説明まで行いそうである。そんな鈴木の様子に苦笑を深め、町田は博孝達へ視線を移す。
「先ほども挨拶をしたが、町田空戦少佐だ。攻撃型の『ES能力者』で、ES能力の等級は二級特殊。今回の任務では諸君らの監督を行う」
二級特殊と聞いて、博孝達は感嘆の声を漏らす。二級特殊技能が使えるということは、『ES能力者』の分類としては砂原と同レベルということだ。そのことに驚いていると、他の『ES能力者』も紹介を行っていく。
陸戦部隊員が三名に、空戦部隊員が一名。陸戦部隊員は四級特殊技能まで扱うことができ、海上護衛任務を専門としているだけあって屈強な雰囲気を漂わせていた。各自の紹介を聞いた博孝達は、それぞれ姿勢を正しながら紹介を行う。
訓練生の場合は何ができるかが重要なため、町田達に比べて詳細な紹介が必要である。
「初めまして。第七十一期訓練生で、第一小隊を預かる河原崎博孝です。万能型で、ES能力は汎用技能全てと『探知』と『通話』、それと『狙撃』に『瞬速』が使えます」
「長谷川沙織です。攻撃型で、『武器化』が得意です。汎用技能全部、それと『固形化』と『防壁』、『瞬速』が使えます」
「お、岡島里香、です。支援型で、汎用技能全部と、『探知』と『通話』が使えます」
「武倉恭介っす! 防御型で、汎用技能と『防壁』が使えるっす!」
第一小隊が自己紹介をすると、博孝はみらいを促す。みらいは見知らぬ『ES能力者』を前にして警戒していたが、博孝に促されて口を開いた。
「……かわらざきみらい、です」
それだけを言って頭を下げるみらい。その短い挨拶を聞いた町田は、何かに思い至ったように目を見開いた。
「君のことは砂原軍曹から聞いている。ES能力の詳細については話さなくても良い」
どうやら砂原が手を回しているらしく、博孝は僅かに安堵した。町田の背後にいた『ES能力者』達は、みらいの外見を見て動揺したような声を漏らしている。『ES適性検査』を行える年齢には見えない上に、日本人には見えない。白い肌に、白色にすら見える色素が薄い銀髪だ。気にするなというほうが無理だろう。
博孝はどうしたものかと悩むが、動くよりも先に町田が背後の『ES能力者』達へ振り返った。
「貴様ら、詮索をするな。ここにいるのは、貴様らの後輩である訓練生だ。それ以上でもそれ以下でもない」
冷たい声色で命じるその姿は、初めて博孝が見た時に感じた違和感がない。あの時は体調が悪かったのか、と不思議に思うが、町田が振り返った時には声に含まれていたような冷たさは感じられなかった。
「そちらは? 他の訓練生よりも年上に見えるが……」
町田が視線を向けたのは、希美が率いる第四小隊だ。
「第四小隊を率いる松下希美です。支援型で、汎用技能が全部使えます。年齢が他の子よりも上なのは、“二回目”の適性検査で引っ掛かったからですね」
視線を受けた希美が一礼し、自己紹介を行う。しかし、その後に自身の頬に手を当てると、困ったように、それでいて抗議するように言う。
「ですが少佐殿、女性に年齢のことを尋ねるだなんて……」
「あ、いやっ、これはすまない! 配慮が足りなかったようだ!」
慌てて謝罪する町田。外見だけを見るならば、町田と希美はそれほど離れているようには見えない。希美が落ち着いているというのもあるのだが、『ES能力者』は外見の加齢が緩やかなのも原因だろう。
町田は女性に対して年齢の質問をぶつけるというタブーを犯したことで冷や汗を流し、空気を変えるように残りの訓練生の紹介も聞いていく。そして、全員の紹介が終わると含みがあるような口振りで話し始めた。
「それにしても、第七十一期の生徒達は優秀だね。訓練校に入って、まだ一年と半年程度だろう? 最低でも汎用技能を身に付けているっていうのも驚きだけど、河原崎君と長谷川君は『瞬速』まで使えるのか」
口調が非常に柔らかくなっているのは、それが町田の地なのだろう。希美との会話で、上官らしさもどこかに落としてしまったようだ。
「教官の教えが良いもので」
冗談でもお世辞でもなく、博孝は本気で答える。教官が砂原でなければ、今と同じように成長していたかわからない。博孝以外の生徒もその言葉に同意すると、強く頷いた。
「へ、へぇ……砂原軍曹は慕われてるんだねぇ」
何故か頬を引きつらせ、胃を押さえる町田。その動作を見た博孝は、思わず里香と顔を見合わせた。
『さっきも胃を押さえてたよな?』
『う、うん。教官のことが苦手なのかな?』
『通話』で内緒話を行うが、答えは出ない。まさか正面から『教官と何かあったんですか?』と斬り込む訳にもいかなかった。
町田は博孝と里香の疑問の視線に気づいたのか、咳払いをして表情を改める。
「それでは、これから諸君らが行う任務について説明を行う。護衛任務といっても、まずは護衛対象の船団と合流する必要がある」
町田がそう言うと、船全体に伝わる大きさで汽笛が鳴り響き、僅かな振動が伝わる。『いなづま』が動き出したようで、みらいなどは驚いたように博孝の腰にしがみ付いた。
「船が動き出したな。これから大阪港に向かい、貨物船を拾って護送する。この『いなづま』は、護送船団の左前方が護衛位置だ。四隻の軍船で護送船団の四方を囲み、護衛を行っていく」
背後に控える『ES能力者』ではなく、佐官である町田が説明を行う。それで良いのかと博孝は思うが、町田の性格なのか、それとも別の理由があるのか、町田は説明を続けていく。
「護衛と言っても、『ES寄生体』が出現しなければ戦闘も発生しない。『いなづま』に限らず、護衛艦には様々な探知用の装備が搭載されている。乗船している『ES能力者』も常に『探知』を使って『構成力』の反応を探すが……河原崎君に岡島君、君達は『探知』が使えると言っていたが、その『探知』可能範囲は?」
「俺は最大で六百メートルです」
「わ、わたしは最大で七百メートルです」
『探知』を覚えたのは博孝の方が早かったが、支援型である里香の方が適性は高い。そのため、『探知』可能な範囲は里香に軍配が上がる。
「それだと警戒網には使えないか……訓練生としては大したものだけど、せめて二キロは『探知』できないとね」
博孝と里香の発言を聞いた町田はそう言うが、内心では安堵してもいた。砂原が手塩にかけて育てている訓練生であるが、さすがに、そこまで規格外な存在には育っていないようだ。例年の訓練生に比べれば非常に優秀だが、それでも常識的な範疇に収まっている。
『里香、町田少佐が遠い目をしてるぞ……なんだろうな?』
『な、なんだろうね?』
どこか遠くを見つめる町田に、博孝と里香は再び内緒話を行う。最低でも二キロは『探知』範囲が必要と言われたことには驚くが、その基準に達していないことで落胆させたのだろうか、と僅かに不安を抱いた。ところどころで口調が崩れる町田だが、訓練生達の視線を気にしているのか、気を引き締め直す。
「訓練を続ければ、『探知』が可能な範囲も広がる。これからも精進したまえ」
意識してなのか、固い口調で話す町田。再度の咳払いを行い、話を戻す。
「今回は護衛艦ごとに配置された『ES能力者』に加え、各護衛官の上空をうちの部隊員が飛んでいる。そして、船団の上空を砂原軍曹が警戒する予定だ」
正直に言えば、砂原が『探知』を行えば他の『ES能力者』は休んでいても問題ないんだよなぁ、と町田は内心で呟いた。砂原の『探知』は、十キロもの範囲をカバーする。空戦部隊を率いる町田でも、八キロが限界だ。それでも十分だが、砂原が上空を飛ぶだけで船団を丸ごとカバーできる。それに加えて、各種のソナーやレーダーもある。『ES寄生体』程度ならば、見落とすことはありえない布陣だ。
「警戒を行いながら、太平洋まで出る。そこで合衆国からの貨物船を引き受け、同時にこちらの貨物船を引き渡す。あとは引き返して大阪港まで連れて戻るだけだ」
貨物船を護衛しているのは、護衛艦と言いながらも軍艦である。対『ES寄生体』を想定して設計されているが、その能力から対艦戦闘どころか対地戦闘も可能だ。積んでいるミサイルを発射すれば、それだけで街の一つや二つは火の海にできる。
それらの事情から、友好条約を結んでいる国同士では互いに貨物船の護衛を行い、公海上で引き渡す手法を取っている。余程の事情もなしに直接相手の国まで護衛艦で乗り込むと、大問題になるのだ。
「諸君らは、今回の任務では護衛艦や搭乗している『ES能力者』の役割について実地研修として学ぶ。何か質問は?」
町田が尋ねると、博孝が挙手をした。
「どれほどの可能性があるかわかりませんが、『ES寄生体』と遭遇した場合は?」
これから何が行われるかもわかったが、有事の際はどうすれば良いのか。それを疑問に思って尋ねる博孝だが、町田は何故か視線を彷徨わせた。
「やる気があるのは良いことだ。しかし、基本的に訓練生が迎撃を行うことはない。だが、もしも余裕があれば手伝ってもらうこともあり得る。全員『射撃』が使えるのなら、十分な砲台になるしな」
要約すれば、邪魔にならない程度に艦内を見学し、現場の空気に慣れろということらしい。博孝達が納得すると、町田の背後にいた『ES能力者』達はそれぞれ持ち場へと駆けていく。
「それでは、任務中に諸君らが宿泊する部屋に案内しよう。ついてきたまえ」
佐官がわざわざ案内を買って出るという事態を前に、博孝達は動揺した。いくらなんでも腰が低いのでは、と思わざるを得ない。佐官であり一部隊の隊長である町田は、基本的に階級が下の者を“使う側”の立場だ。それこそ、先ほどまでガンルームにいた『ES能力者』の誰かに命じれば良い。
「ありがたいですけど……良いんですか?」
「ん? ああ、私は空戦二個小隊におまけとしてついてきた形だからね。暇……とは言わないけど、それなりに手が空いているのさ」
油断はしていないが、砂原が空に上がっているというだけで町田はある種の安心感を抱いている。少なくとも、自分が警戒するよりは余程成果があるだろう、と。そんな町田の内心を知らない博孝達は、困惑しながら追従するのだった。
同時刻、砂原は大阪港まで向かう軍船四隻の上空を飛んでいた。その周囲では町田が連れてきた空戦一個小隊が飛んでおり、砂原を中心にして警戒態勢を敷いている。
『伍長、『飛行』に乱れがあるぞ。もっと体勢を安定させたまえ。着艦すれば休めるが、こういった任務では長時間飛び続ける。飛行体勢には注意しろ』
『は、はっ! も、申し訳ございません!』
町田に簡単な指導を頼まれた砂原は、目についた部分を指摘ながら『飛行』を行っている。だが、周囲を囲んで飛ぶ小隊員達の顔色は悪い。体調が悪いというわけではないが、全員が極度の緊張を顔に浮かべているのだ。
何故そんなに緊張しているのかと砂原は内心で首を傾げるが、周囲を飛ぶ小隊員達からすれば緊張せざるを得ない。なにせ、“あの”『穿孔』と一緒に飛んでいるのだ。悪い意味ではなく、良い意味で小隊員達は緊張する。
名声では『武神』に及ばないが、『ES世界大戦』でその名を馳せた『穿孔』の名は有名だった。砂原自身はそれほど頓着していないが、周囲を飛ぶ小隊員からすれば委縮するには十分な名前である。
その上、彼らは第五空戦部隊だ。三回目の任務の際、砂原が叩き落とした空戦小隊が所属する部隊に所属しているのである。実際に砂原に叩き落とされた小隊員は操られていたものの、砂原と交戦した記録が残っていた。
一個小隊を相手に単身で渡り合い、手加減した状態で四人全員を“物理的”に抵抗が出来ないよう丁寧に畳んだ。その記録を確認した彼らは、戦慄する。さらに、追い打ちとして隊長である町田が呟いたのだ。
『上官としては、部下が殺されなかったことを喜ぶべきか、部下が足止めをして訓練生が負傷したことを悔むべきか、悩むなぁ……あの人が殺す気だったら、足止めも何秒程度可能だったかわからないし』
そんな言葉を聞いてしまったために、小隊員達は一切の緊張を解くことができない。階級としても砂原の方が上というのもあるのだが、砂原が発現している『構成力』の規模を感じ取るだけで恐ろしかった。
緊張が一向に解けない小隊員達を見て、砂原は内心でため息を吐く。
(どうやら、町田は部下の教育が甘いようだな……この任務が終わったら絞ってやるか)
教え子の方が余程度胸がある。そんな愚痴を零しながら、砂原は周辺の警戒を行うのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
文章量が少なくて申し訳ございません。それに加えて、説明部分が多いです。現実と異なる部分を描写したかったため、説明が増えました。
ただ、読者の方から頂いた感想で気になった部分があったので、少しばかり補足説明など。
拙作に名前が登場している船については、実在するものから名前をお借りしています。ただし、その所属については現実とは異なっています。理由としましては、拙作の中では現実と比べると多くの軍船が作られており、それに伴って所属も変更になっているからです。
現実では『いなづま』と『さみだれ』は同じ基地に所属していますが、『いかづち』は横須賀、『あけぼの』は佐世保に所属しています。しかし艦番号順ではこの四隻は連番になっているため、同じ基地の所属としました。
名前は伏せましたが、博孝達が出港したのは『いなづま』と『さみだれ』が所属している基地だったりします。
次話以降では話が転がせると思いますので、今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。