第六十話:自主訓練 その2
どうも、作者の池崎数也です。
活動報告にて軽く触れていましたが、作中にて登場する階級を全体的に修正しています。
自衛隊および軍隊の階級を混ぜて使っていましたが、今後は軍隊の階級に統一しようと思います。それに加え、『ES能力者』については能力に応じて階級の前に『陸戦』もしくは『空戦』をつけます。
例:砂原軍曹→砂原空戦軍曹(自分で名乗る時は砂原空戦軍曹、他人が呼ぶ時は砂原軍曹)
これまで掲載した分についても修正を行っていますが、もしも修正漏れがありましたらご指摘いただけると幸いに思います。
七月上旬。砂原は、訓練生に関する報告と陳情のために日本ES戦闘部隊監督部に足を運んでいた。
訓練校から『飛行』で移動し、日本の『ES能力者』の統括である源次郎へ会いに来たのだ。源次郎が使用している部屋へ足を向けると、護衛として配置されている『ES能力者』が敬礼をしながら口を開く。
「職務につき、誰何させていただきます。官姓名および御用向きを」
畏まった様子で尋ねてきたのは、陸戦のバッジをつけた伍長だった。砂原は答礼しつつ、手短に答える。
「ES訓練校教官、砂原浩二空戦軍曹だ。中将閣下には来訪する旨を伝えてある」
「はっ、ご協力いただきありがとうございます。少々お待ちください」
キビキビとした動作で取次に向かう伍長。その動きは砂原としても満足できるものであり、以前『多少気を引き締めた方が良い』と源次郎に進言した結果なのだろう。書類仕事で鬱憤の溜まった源次郎相手に扱かれたとのだと思えば、多少同情もするが。
「軍曹殿、どうぞ」
源次郎から許可を得たのだろう。伍長が駆け足で戻り、砂原を促す。砂原は伍長に礼を言うと、源次郎が詰める部屋へと足を踏み入れた。
「直接顔を合わせるのは久しぶりになるか。軍曹、変わりはないようだな」
砂原が部屋に入るなり、源次郎が声をかけてくる。それまで書類仕事をしていたのか、机の上には書類が山のように置かれていた。源次郎は来客用のソファーの対面に座り、着席を促してくる。
口振りからすると、上官と部下という関係よりは気安い雰囲気だった。どうやら、源次郎は機嫌が良いらしい。
「はっ、閣下におかれましてもお変わりなく」
さぞ、気合いを入れて部下を扱き倒したのだろう。源次郎は書類仕事をするよりも、前線で戦う方が性に合っているのだ。訓練で部下達を“叩き直す”のは、楽しいに違いない。
「今日は第七十一期訓練生に関する報告と、陳情があるのだったな?」
源次郎に促されて砂原が着席すると、早速話を振られる。室内には源次郎と砂原しかおらず、他の耳目は払ってあった。どこに“ネズミ”がいるかわからないからである。
「訓練生については、報告書の内容と大差はありません。水上戦闘についても慣熟が進んでおり、次回の任務には一定の水準まで達します」
現在水上および水中での訓練を継続して行っているが、砂原が目標にしているレベルまでは達していない。精々七、八割程度だ。しかし、期日までには予定の水準まで達する。仮に達しなければ、達するように生徒達に“叩き込む”だけだ。
そのため、砂原の中では生徒達が一定の水準まで達するのは確定事項である。
「河原崎みらい君については? 第七十二期の生徒と模擬戦を行い、少々精神的に不安定になっていると報告があったが」
「今では落ち着いています。しかし、河原崎博孝訓練生の報告によれば、まだ不安定な部分が見られるとのことです」
「そうか……みらい君は人工の『ES能力者』として、生まれも育ちも“普通”の子供とは異なる。軍曹も注意しておけ」
「了解であります」
源次郎の言葉に頷き、砂原は他にも報告すべき点を報告していく。沙織に関する報告を行った際、僅かに源次郎の眉尻が下がったが、砂原はそれを指摘せずに見なかったことにした。
「次に、先ほどの河原崎みらいに関係することで陳情したいことがあります」
「ほう……なにかね?」
砂原からの陳情と聞いて、源次郎は目を光らせる。
「訓練生に対して、常駐のカウンセラーが必要かと思います。それも、可能ならば『ES能力者』のカウンセラーが」
「カウンセラーか……『ES能力者』は通常の人間とは異なる。それを思えば、カウンセリングを受ける側と同じく、『ES能力者』のカウンセラーが必要だな。まあ、これは以前から問題になっていたことか」
砂原の陳情に対して、源次郎は深く頷いた。
『ES能力者』は、平和な時世においては異質な存在だ。発生する『ES寄生体』の排除に、他国の敵性『ES能力者』との戦闘。それらは、多くの『ES能力者』にも少なくない負担をかけている。
戦いで負った傷については、『ES能力者』に限っては問題なく治る。“普通”の人間ならば復帰できないような傷を受けても、短期間で回復するのだ。しかし、精神面についてはその限りではない。いくら『ES能力者』といえど、見えない傷を治すのは不可能だ。
その点については、実のところ前々から問題視されていた。だが、ES抗議団体や反『ES能力者』と言える勢力の頑強な抵抗により、遅々として改善が進んでいない。
『ES能力者』は重要な国防の盾だが、一般人の中には『ES能力者』が同じ“人間”だと思っていない者もいる。同じように話し、同じように感情を持ち、同じように生きていると思わない者がいるのだ。
確かに『ES能力者』は普通の人間とは言えないが、血を流し、感情を発露する“人間”である。そんな『ES能力者』を一個の兵器として扱い、感情などを考慮しない者達。それらの横槍によって、『ES能力者』向けのカウンセラーは非常に少ない。カウンセラーとして活躍する『ES能力者』となると、その数はゼロに等しい。
カウンセラーとして働く暇があれば、『ES能力者』として戦えということだ。
「しかし、『ES能力者』がカウンセラーとして働くのは難しい。ただでさえ、我が国の『ES能力者』は不足気味だ」
源次郎も砂原の陳情は必要なことだと理解しているが、なによりも手が足りない。
日本の『ES能力者』の数は、国土の広さに対して少ないというわけではない。質も高く、空戦部隊の割合も他国に比べれば優越している。
しかしながら、『ES能力者』というのは多岐に渡って任務に従事しているのだ。航空機や艦船、要人の護衛に、陸海空で発生する『ES寄生体』の対処。国内に入り込んだ敵性の『ES能力者』の排除に、違法研究施設の制圧等。陸海空軍が協力をしているとはいえ、どう足掻いても人手が足りない。
「陸戦の方では、実戦経験が不足している者もいます。そこから抽出が可能ではないでしょうか?」
「賛同はできん。カウンセリングを行うというのなら、様々な患者がいるだろう。実戦経験が不足している者では、対応できない部分がある」
砂原の提案に、源次郎は首を横に振る。人員を抽出することは可能かもしれないが、抽出した人員がカウンセラーに向いている保証はない。かといって、優秀な実働部隊から人員を引き抜くわけにもいかなかった。
そこまでくると、今度は部隊の質の偏重が気にかかる。実戦経験豊富な『ES能力者』というのは、意外と少ない。『ES寄生体』と何十回と戦ったことがあっても、敵性の『ES能力者』と戦ったことがないという者は珍しくなかった。
『ES世界大戦』を戦い抜いた者ならば、まさに実戦経験が豊富と言えるだろう。しかし、『ES世界大戦』以前から生存している『ES能力者』となると、各部隊でも部隊長か中隊長クラス。おいそれと引き抜けるはずもない。かといって、『ES世界大戦』以降に生まれた『ES能力者』は、対『ES能力者』の戦闘経験が不足している。
もちろん、普段から模擬戦を行って訓練はしていた。だが、訓練と実戦――殺し合いには、天と地ほどの差がある。
「やはり、難しいですか……」
砂原は表情を曇らせるが、砂原とて『ES能力者』を取り巻く現状は理解していた。源次郎はしばらく思案するが、希望に沿える回答はできない。
「そうしょげた顔をするな。“上”にも話を通してみる。山本元帥閣下ならば、話を通しやすいからな」
山本元帥閣下――その名前を聞き、砂原は僅かに表情を明るくした。
山本忠一元帥陸軍大将。源次郎とは古くからの付き合い――それこそ“人間”だった頃からの付き合いであり、『ES能力者』を統括する源次郎の上官に当たる人物である。親『ES能力者』の筆頭で、軍部にも多大な影響力を持つ人物だ。
「よろしくお願いいたします」
そう言いつつ、砂原は頭を下げる。少なくとも、悪い方向には転ばないだろう。
「陳情は以上か?」
頭を下げた砂原に源次郎が問うと、砂原は顔を上げた。そして、“もう一件”の陳情を口にする。
「第七十一期訓練生の次回の任務についてですが、人員の手配についてご協力をいただきたく」
「人員の手配? 第七十一期訓練生の次回の任務は、艦船の護衛任務の見学だろう。任務を担当する陸戦だけでなく、空戦からも人員を手配予定だったはずだが?」
第七十一期訓練生が四回目に行う任務は、艦船の護衛任務だ。貨物船や軍船等、海の上を航行する艦船の護衛任務について学ぶだけである。さすがに訓練生に任せられる任務ではないため、次回の任務では現場の空気を味わう程度だ。『ES寄生体』に遭遇し、余裕があれば手伝い程度は行うかもしれないが、主体は艦船護衛任務を行う陸戦部隊の方だった。
「また“何か”起きると言うのかね?」
しかし、源次郎は砂原が意味もなくこんなことを言うとは思っていない。故に尋ねると、砂原は苦い物を噛んだように眉を寄せた。
「過去に行った三回の任務では、毎回何かしらの“問題”が起こっています。偶然も、三度続けば必然でしょう。備えるに越したことはありません」
「なるほどな……」
砂原の言葉を聞き、源次郎は口元を吊り上げる。砂原の言うことはもっともだ。そして、砂原がわざわざ源次郎と顔を合わせたタイミングで言ってきた“意味”についても、過不足なく理解した。
「“適当”に対応したまえ。人員の手配については、軍曹に一任する。人員を手配する部隊の状況にもよるだろうが、極力優先させるよう許可を出そう」
「はっ、ありがとうございます」
訓練生の育成というのは非常に手間がかかるが、怠れば将来的に大きな不利益になる。
いくら『ES能力者』が人外の力を持つとはいえ、鍛えなければその価値は激減だ。鍛えられていない『ES能力者』ならば、歩兵の一個中隊もいれば容易く屠れる。重火器で囲んで遊んでやれば、すぐに息絶えるだろう。
それを思えば、多少の骨折りは許容範囲内だ。源次郎としても、協力することに否やはない。
源次郎の許可を得られた砂原は、報告が以上であることを伝えると退室する。そして、頭の中で“協力者”の選定を行いながら帰路に着くのだった。
暦の上では夏となり、夜間でもそれなりの気温になる七月。真夏とは呼べないが、それでも寝る時はエアコンが必要となるほどの暑さだ。
博孝達第一小隊は、その日も夜間の訓練を行っていた。周囲には幾人かのクラスメート達の姿も見えるが、それぞれ蒸し暑さに汗を流しながら集中して訓練に励んでいる。
夜間の暑さは日中に比べるとマシだが、いくら『ES能力者』でも夏場に動き回れば汗もかく。“普通”の人間だった頃に比べれば快適だが、それでも暑いものは暑かった。
「先輩方、お疲れ様です! お邪魔だとは思いますが、本日もご指導賜りたいと思い参上しました!」
そして、より一層暑さを感じさせる声が響く。博孝が視線を向けると、市原率いる第七十二期訓練生の第一小隊メンバーが駆けてきた。
市原達が殴り込みをかけ、博孝達によって撃退された一件。それ以降、市原達は第七十一期訓練生が行う自主訓練に顔を見せるようになっていた。さすがに毎日というわけではないが、それでも二日と開けずに通い詰めてくる。自分達で自主訓練を行い、その上で博孝達に“指導”を求めに来るのだ。
「おー、市原達か。相変わらず元気だなぁ」
市原達を叩きのめした結果、妙に懐かれた感がある。先輩としては、後輩に慕われるのは悪い気分ではない。そのため、博孝は市原達の来訪を歓迎していた。
周囲のクラスメート達も市原達を見慣れたのか、思い思いに声をかけている。ただし、みらいだけはこの場にいない。
元々夜間は眠気に負けて眠っていることが多かったが、夜間の自主訓練に市原が顔を見せるため、部屋に引っ込んでいるのだ。そのため、みらいは夕方から寝る前までしか自主訓練に参加していない。
「あ、河原崎先輩! お疲れ様です!」
博孝の姿を見つけて、市原達が駆け寄ってくる。先頭を走る市原やその後ろに続く三場は両手にビニール袋を提げており、ビニール袋の口からペットボトルが顔を覗かせていた。無料で指導を受けるのは気が引けるらしく、時折差し入れとして飲み物やお菓子を持ってくるのだ。
「こっちの訓練にもなるし、そんな物は持ってこなくて良いんだぞ? むしろ先輩に奢らせろ」
「いえいえ、自分達の分もありますから。それに、いくら先輩方が自分の訓練にもなると仰ってくださっても、ペースが落ちることに変わりはないでしょう? その迷惑料だと思ってください」
「迷惑だと思いつつも押しかける……うーん、俺には中々できないっすねぇ」
話を聞いていた恭介が苦笑するが、その声色に含むものはない。純粋に、市原達の精神的な強さを評価しているのだろう。
過信を悔い改め、敗北した相手に教えを乞うのは難しい。特に、それまで『ES能力者』として大きな挫折をしていないならなおさらだ。
「あら、今日も来たの?」
「こ、こんばんは」
博孝達の様子に気づいたのか、組手をしていた沙織と里香も歩み寄ってくる。市原は歩み寄ってきた里香の姿に目を輝かせると、ビニール袋からペットボトルのスポーツドリンクを取り出した。
「お疲れ様です、岡島先輩。こちらをどうぞ」
「え? い、いや、そんな……悪いから」
里香に駆け寄り、スポーツドリンクを差し出す市原。それを見た里香は、手を振りながら一歩後ろへ下がる。しかし、それで退くような市原ではなかった。
「スポーツドリンクはお嫌いですか? それなら紅茶もありますよ」
笑顔でスポーツドリンクを引っ込めると、今度は紅茶を取り出す。里香は困ったように微笑むと、首を横に振った。
「えっと……あの、ね? 自分で買った分があるから……」
「しかし、一本では足りないのでは? 『ES能力者』とはいえ、水分補給は大事ですよ。特に、夏場は汗をかきますから」
断ろうとする里香に、飲み物を渡そうとする市原。その様子を見て二宮の眉がつり上がり、三場は苦笑する。紫藤にいたっては、そんな周囲の状況を意に介さず、マイペースに博孝に話しかけていた。
「河原崎先輩。『狙撃』の訓練をしたい」
「紫藤か。なんだよ、今日も俺と訓練をしたいのか?」
そうやって尋ねると、紫藤は素直に頷く。紫藤が自主訓練に顔を見せた場合、ほぼ確実に博孝に訓練の相手を求めてくる。どうやら最初に行った模擬戦での印象が強いらしく、博孝には『射撃』で複数の光弾を撃つ際のコツや、逆にその対処法について熱心に学んでいるのだ。
今日は『射撃』よりも『狙撃』の訓練がしたいらしく、紫藤の目がいつもに比べて輝いて見える。博孝も紫藤から『狙撃』について学んでいるため、紫藤の提案を聞いてすぐに了承する。
「んじゃ、俺は『狙撃』を避けながら接近する訓練をするか。距離は……とりあえず百メートルぐらい離そう」
「わかった」
博孝の指示を聞き、紫藤はすぐさま走り出す。それを見た恭介は、三場へと話を振った。
「それじゃあ、三場はこっちで俺と訓練をするっすか?」
「お願いします」
三場は主に恭介に教えを乞うている。同じ防御型の『ES能力者』として、恭介の方が数枚上手なのだ。性格的にも合うのか、先輩の自主訓練に混ざるという、三場にとっては精神的に緊張する事態を前にしても落ち着いていられる。
「仕方ないわね。それじゃあ二宮はこっちにきなさい。今のアンタの接近戦の腕じゃあ頼りないから、わたしが鍛えてあげるわ――実戦で」
「え? あの、長谷川先輩? なんで大太刀を発現しているんですか? 実戦って……え?」
後輩の面倒を見る博孝と恭介を見て、沙織も二宮に声をかけた。以前の沙織ならば考えられないことだが、博孝に『後輩に指導を行うことで自分の力を見直すことにつながる』と説得され、消極的ながらも面倒を見ているのだ。しかし、その指導方法は博孝や恭介とは異なる。
『武器化』で大太刀を発現すると、片手で持って引きずるように歩く。そして恐怖を煽るようにゆっくりと二宮に近づき、こともなげに言う。
「人間、ギリギリまで追い込まれた時にこそ成長すると思うのよ」
「答えになってません!?」
「というわけで、接近戦で相手の攻撃を避ける訓練ね。可能なら攻撃してきなさい。でも、下手な攻撃をしたらそのまま叩き斬るから」
「会話にもなってませんよ!? お願いですから会話をしましょう!?」
市原に怒りの形相を向けていた二宮は、一転して追い詰められたウサギのように怯えた顔をする。沙織が接近戦について教えてくれるのは良いが、その方法は少々過激だ。
理論や理屈を無視して体に叩き込むような教え方は、一体誰に似たのか。あるいは、沙織にとって最も効率が良いのかもしれない。
「それでは岡島先輩、俺に治療系のES能力についてご教授いただけますか? もしくは、俺の組手に付き合っていただけますか?」
二宮が上げる悲鳴をさらりと聞き流し、市原は里香へ治療系のES能力について教えを乞う。
攻撃型の『ES能力者』である市原は支援系のES能力が苦手だが、苦手だからと放置するわけにもいかない。小隊長として、支援系のES能力も鍛えておきたいのだ。もっとも、“他の意図”がないかと言われれば、多少は含まれているのだが。
「あ……えっと、その……う、うん」
市原の勢いに押されて、里香は承諾する。助けを求めるように周囲を見回すが、自主訓練ということで集中しているのか、周囲の助けはない。それでも先輩として、あるいは自分が身に付けた技術を見直すため、里香は市原との訓練を行うのだった。
『紫藤、直接相手を狙うんじゃない。相手の“移動先”を狙うんだ。いくら『狙撃』でも、着弾までタイムラグがある。だから、相手が移動するであろう場所を狙え』
『通話』でそう言いつつ、博孝は空中に発現した『盾』を足場にして不規則な動きで紫藤に接近していく。足場といっても、馬鹿正直に足元だけに発現するわけではない。『ES能力者』としての身体能力を活用し、体の真横や頭上に発現した足場を蹴り、時には上下逆さまになりながら紫藤へと接近する。
博孝が行うのは、実際に戦いながらの指導だ。これは、博孝にとっては戦闘機動を取りつつも『通話』で指示を出す訓練になる。放たれる光弾をかわして接近しつつ、紫藤に対して声をかけることで、“実戦”でもスムーズに小隊員へ指示を行うための訓練だ。
対する紫藤は、不規則に移動する博孝に狙いを定められず、『狙撃』で発現した光弾を放ってはアドバイスを受けるということを繰り返していた。しかし、博孝はアドバイスをするごとにその動きを不規則に変化させ、紫藤の放つ光弾をことごとく避けていく。
『狙撃』ならば、博孝も“実戦”の中で何度も苦しめられてきた。敵性の『ES能力者』――ハリドに襲われた際、援護をしていた『ES能力者』から放たれる『射撃』は『盾』で防ぐのも難しく、『射撃』で誘爆させるか必死に避けるしかなかったのだ。
それに比べれば、紫藤の『狙撃』は少々“お上品”に過ぎる。木々の合間を縫い、仲間を狙って撃たれることに比べれば、グラウンドの上で放たれる紫藤の『狙撃』は回避が容易い。
さすがに複数の光弾を撃たれれば回避が難しくなるだろうが、紫藤は『狙撃』で複数の光弾を操ることに向いていないのか、放たれる光弾は常に一発だけだ。『狙撃』は『射撃』と異なり、一発の射程距離と威力に特化している部分があるため、仕方ないとも言えるが。
そこまで考えた博孝は、“狙いやすいよう”にと動きを直線的なものに変える。
不完全な『飛行』を発現しつつ、思い切り足場の『盾』を蹴りつけて跳躍。紫藤に向かって水平に、一直線に突っ込んでいく。
「そこ!」
弾丸のように空中を突き進む博孝を見て、紫藤は光弾を放った。接近する博孝と、放つ弾丸のスピード。それらを合わせれば、今から『盾』を発現して左右や上下に逃げることはできない。
紫藤はそう判断し――博孝は、紫藤が光弾を放つと同時に空中に『盾』を発現して手で叩き、体を回転させる。
「っ!?」
放った光弾は、体を捻じるようにして回転した博孝の顔の横を通過していく。光弾が掠めかけても顔色一つ変えない博孝に驚愕した紫藤は、完全に隙を晒してしまった。
「これで詰み、と」
一気に距離を詰め、『盾』を足場に着地した博孝が紫藤の眼前で掌底を止める。紫藤は目の前で止められた掌底に息を呑むと、静かに吐き出す。
「……あそこで回転するなんて、ずるい」
「ずるくないっての。俺はまっすぐ突っ込んできたのに、当てられない紫藤が悪い」
必中を確信して放った光弾がかわされ、紫藤は拗ねたように口を尖らせる。ほとんど年齢が変わらないが、どこか幼い仕草で抗議する紫藤に博孝は苦笑した。
「紫藤の集中力は大したもんだけど、相手が三次元的な動きをしていると命中率が格段に下がるな。陸戦の『ES能力者』でも、今みたいに工夫次第で空戦の真似事ができるんだ。相手が地面に足をつけているなら“横”の動きがほとんどだけど、こうやって“縦”の動きが加わると狙いにくくなるだろ?」
博孝が尋ねると、紫藤は何度も頷く。同期の訓練生には、博孝のように『盾』を足場にして空戦紛いの機動を行う者はいない。しかし、周囲を見回してみれば博孝達第一小隊だけでなく、他のクラスメート達も『盾』を足場にして自主訓練を行っている。
「お前らも、もう少し授業が進めばこの技術は必須になるからな。今のままだと、『狙撃』だけじゃあ対応が難しくなるぞ?」
『狙撃』が使えるのに『射撃』を使うのはどうかと思う紫藤だが、『狙撃』がライフルならば『射撃』はマシンガンのようなものだ。用途を考え、自分を納得させる。
「先輩、もう一回お願いします。今度は『射撃』の練習がしたい」
そのため、紫藤は『射撃』での訓練を申し出る。その言葉を聞いた博孝は、微笑ましいものを見るようにして笑った。
「オッケー。それじゃあ、五十メートルぐらい離れて撃ち合うか」
そう言うなり互いに距離を取り、『射撃』で光弾を発現する。紫藤は五つほど光弾を発現し――博孝は、同じ数だけ光弾を発現した。『活性化』を併用せずとも十発ぐらいなら余裕を持って発現できるのだが、訓練ということで紫藤に合わせていた。
訓練のため、互いに威力は抑えている。例え命中しても、痛みはあまりない。精々、軽く殴られた程度だ。
あとは、互いに光弾を放つだけである。相手の光弾に当たらないように動き、それと並行して相手を狙う。博孝は紫藤が“誤射”をしないよう注意しつつ、紫藤から放たれる光弾を迎撃する。時折紫藤の隙を突くように光弾を放つが、基本的には紫藤が放つ光弾を撃ち落すだけだ。
そうやって訓練を行うことしばし。集中力を途切れさせた紫藤に光弾を撃ち込み、訓練に勝利した博孝は休憩を取っていた。それを見て、他の面子も休憩を取り始める。
しかしそこで、先ほどの紫藤との訓練に意識を向けていたのか、市原が輝くような目で博孝を見てきた。
「やっぱり河原崎先輩はすごいですね。紫藤に声を掛けながらあんなに動けるなんて……やっぱり才能ですか? 入校してからずっとこんな感じだったんでしょう?」
スポーツドリンクを飲みながらその言葉を聞いた博孝は、思わず口の中身を噴き出しそうになる。同期でないため知らないのは当然だが、その認識には大きな差異があった。同じように水分補給をしていた恭介などは、博孝以上にツボにハマったらしく、スポーツドリンクを地面に向かって噴射している。
「あー……誤解があるようだから言っておくけど、俺がES能力の訓練にかけた“日数”は下手すりゃお前らより短いぞ?」
誤解は解いておこうと、説明を始める博孝。しかし、その言葉を聞いた市原達は『またまた御冗談を』と笑って取り合わない。
「博孝、嘘は言ってないっすけど、本当のことも言ってないじゃないっすか」
そこで、ようやく復活した恭介が助け舟を出した。それを聞いた市原は首を傾げ、二宮達も疑問符を浮かべている。
「どういうことですか?」
「そのままの意味っす。“日数”じゃなくて“時間”で計算したら、博孝よりもES能力の訓練をしている同期は沙織っちぐらいっすよ」
恭介はそんな説明を行うが、市原達は困惑を深めるだけだ。そのため、博孝は苦笑しながら話し始める。
「俺はな、入校してから半年近くES能力が使えなかったんだ」
「……嘘でしょう?」
博孝の言葉を聞いて、市原は嘘だと思った。その話が本当ならば、博孝がES能力を発現したのは市原達が入校したのとほぼ同時期である。それだというのに大きな差がついているのは、一体どういうことなのか。
「いやいや、これが本当でな。『構成力』も感知できず、『防殻』も発現できず、何のES能力も使えないまま初めて任務に行ったんだよ。それで、そこで一度死に掛けてな。それ以来、『構成力』を感知できるようになったんだ」
『活性化』のことは話せないため、大事な部分はぼかす。だが、市原達は相変わらず疑い深い顔をしている。市原などは、眉に唾をつけそうな様子だ。
「俺達をからかっているんですよね? 俺達がまた調子に乗らないよう、戒めてくれているんですよね?」
市原は騙されてなるものかと言わんばかりに疑ってかかるが、博孝は苦笑するだけである。恭介や里香も苦笑し、沙織だけは『そういえばそうだった』手を打ち合わせていた。沙織だけは、博孝がES能力を使えない頃から体術の自主訓練を一緒に行うことがあったため、今まで忘れていたのだろう。
「嘘じゃないんだな、これが。入校してから半年間はES能力の訓練ができなかったから、集中力と体術ばっかり磨いてたんだよ」
思い返してみれば、あの頃の博孝は毎日『構成力』を感じ取ろうと躍起になっていた。体術を磨く傍ら、瞑想のように集中し、ひたすら自分の中にあるであろう『構成力』に意識を向けていたのだ。
その頃の自主訓練によって高い集中力を得られたのは嬉しい誤算だが、当時の博孝にとって、周囲のクラスメートに置いていかれるのは中々に堪えるものがあった。
「それでもなんとかES能力が使えるようになって……そういえば、ES能力が使えるようになってからは、毎日のように徹夜してたからなぁ。昼間の実技訓練が終わったら、夜はぶっ通しで自主訓練してたし」
元々徹夜で自主訓練に励むことがあった博孝だが、ES能力を発現してからはその傾向が強くなった。みらいの“治療”を行い始めた頃はさすがに控えていたが、今では元通りである。
だが、毎日徹夜で自主訓練をしていたと聞き、市原達は頬を引きつらせる。
「寝なかったんですか?」
「寝なかったな」
「眠くならなかったんですか?」
「テンションが上がって、それどころじゃなかった」
『ES能力者』になれたものの、ES能力が使えなかったのだ。半年間という期間を経てES能力が使えるようになったものの、その時の歓喜は博孝の人生の中でも指折りのものだった。
「ああ……そういえば、奇声を上げながらグラウンドを走り回ってたことがあったわね」
「やめて! あの頃のことをほじくり返すのはやめて!」
沙織が思い出したように呟き、それを聞いた博孝は頭を抱える。テンションが上がっていたとはいえ、羽目を外し過ぎたのだ。その時のことを思い出すと、博孝としても悶えるしかない。それでも表情を取り繕うと、咳払いをしてから市原達に目を向ける。
「まあ、努力をすれば少しは成長も早まるって話だ。わかったな?」
博孝が確認を取るが、市原達にできたのは頬を引きつらせながら頷くことだけだった。