第四十九話:紛糾
軍人にとって、軍学校や新兵だった頃に扱かれた教官や上官というのはいつまで経っても頭が上がらないものだ。例え階級が上がり、教官や当時の上官よりも上の階級になったとしても、若年の頃に叩き込まれた恐怖は中々忘れることができない。
それは『ES能力者』にとっても同じであり、訓練校で教練を受けた教官でなくとも、正規部隊に配属されたばかりの頃に“お世話”になった上官というのは、いつまで経っても頭が上がらないものだ。
第五空戦部隊の隊長を務める町田空戦少佐は、ズキズキと痛みを訴える胃に辟易としつつ、そんなことを考えていた。
第七十一期訓練生が任務の最中に『ES寄生体』や『ES能力者』に襲われ、敵性『ES能力者』二名による“自爆”が敢行される。
これは各国でもほとんど例を見ない、大規模な訓練生襲撃事件と言えるだろう。
その際行われていた任務の現場監督者であり現場責任者でもある砂原は、訓練校の校長である大場と共に日本ES戦闘部隊監督部が置かれるビルに召喚された。
空戦一個小隊を護衛として貸し出していた町田も、部隊を預かる身としてこの場に召喚されたのである。陸戦一個小隊を貸し出していた、第二十陸戦部隊を率いる高尾陸戦中佐もいたが、町田同様顔色が悪い。
町田も高尾も、一報を受けた時は非常に憤った。貸し出した人員が全員負傷あるいは死亡、身柄を誘拐されたと思わしき者までいる。部下を預かる身として怒りを覚え、これには断固たる態度で対応しなければならないだろう。
その怒りが持続していたのは、貸し出した人員が何者かに操られ、砂原や訓練生を襲ったと聞くまでだった。
それらの情報が届いた時の心境を、なんと例えれば良いのだろうか。二人は互いに顔面を蒼白とさせ、頂点から落下するジェットコースターのように抱く感情を急転させた。
町田が貸し出した空戦小隊の足止めにより、砂原は一定時間足止めを受けている。砂原は空戦の身内を殺すまいと無力化に努めたため、小隊を片付けるのに時間がかかったようだ。
高尾が貸し出した陸戦小隊については、その行動によって訓練生の一人が人質に取られ、その命を危険に晒した。町田が聞いた話によると、人質は第一小隊の小隊長が死力を尽くして取り戻したそうだが、何の慰めにもならない。
敵性の『ES能力者』が自爆し、正規部隊の人員が訓練生に庇われるというおまけまでついてきたのだ。結果として二名が死亡したが、一名は命を取り留めている。高尾としては、悲しむべきか怒るべきか感謝するべきか迷うところだろう。
それらの事情もあって、町田と高尾の顔色は悪かった。下手をすれば、自分達が敵方との内通を疑われかねない。何者かによって操られていたと報告されているが、それも“演技”だったのではないかと疑われれば抗弁は難しかった。
今回砂原を召喚した目的は軍法会議――というほど堅苦しいものではない。『ES能力者』は通常の軍隊とは異なるため、その人事権や裁量権は“大半が”日本ES戦闘部隊監督部に委ねられている。
そう、大半なのだ。大半ということは嘴を挟むことが可能であり、今回の召喚については“上”が嬉々としながら人を送り込んできた。日本ES戦闘部隊監督部を通り越して砂原の出頭を命じ、今回の場を開催しようとしたのである。
それに気づいた源次郎は怒りを露わにして、日本ES戦闘部隊監督部が召喚したという形に落ち着けた。それでも“上”は査察と銘打って人員を送り込んできている。佐官クラスがほとんどだが、嫌がらせだろう。もっとも、佐官と言っても“普通”の人間、通常の陸軍の人間だ。
今回は現場責任者である砂原や関係者を召喚し、事態の詳細な報告を行うのが会議の目的である。通常の任務で発生した問題ならば砂原も責任を問われることになるが、今回は事情が複雑だった。そのため、事態の推移によって砂原が責任を負うか負わないかを判断することになるだろう。
召喚された砂原は、一言でいえば非常に不機嫌なオーラを発していた。一見無表情であり、周囲の人間はそれにほとんど気付いていないが、町田は砂原の心情が手に取るようにわかる。それがわかるからこそ、胃がさらなる悲鳴を上げるのだ。
何故なら町田は、かつて砂原の部下だった。
砂原は訓練校の教官職に就くまでは『零戦』に所属していたが、最初から『零戦』に所属していたというわけではない。
訓練校卒業後は第二十三陸戦部隊に所属し、『飛行』を発現してからは第五空戦部隊に所属していた。源次郎から『零戦』へ抜擢されるまでは第五空戦部隊でその腕を振るい、多くの敵性『ES能力者』や『ES寄生体』を仕留めている。
町田は訓練校を卒業後、第二十三陸戦部隊へ所属することになった。その時町田の上官として存在したのが砂原であり――訓練校を卒業したての町田は、砂原に散々扱かれた。
訓練校での訓練が児戯と思えるほどの訓練が施され、何度も死ぬかと思ったものだ。
正規部隊員になったからといって、訓練がなくなるわけではない。任務と休暇以外は、常に訓練が行われている。これは部隊員の練度を最低でも維持し、可能ならば高めるためだ。この点、砂原は訓練に非常に熱心だった。
砂原は訓練時に辣腕を振るい、町田を鍛えに鍛え抜いた。無論、鍛えられたのは他の同僚も一緒である。そのため、町田とその同僚は砂原に対して頭が上がらない者が多い。
施された訓練によって成長し、これまで生きてこられたことには感謝している。しかし、それとこれとは別だ。感謝はしているが、辛い目にあったことに違いはない。
砂原が『飛行』を発現して第五空戦部隊に異動になった時、町田は思った。これで砂原が施す訓練から抜け出すことができた、と。その日は同僚達とバーに繰り出し、朝まで飲み明かし、家に帰ってからは枕を高くして眠ったものだ。
砂原の名誉のために言うなら、砂原は決して周囲から嫌われていたわけではない。
真面目な性格ながらも冗談も口にし、何事にも実直で、情にも厚く、自分を磨くことを怠らなかった。部下や仲間のことを大切に思い、部下が任務で命を落とした時は静かに涙を流して自身の無力を嘆くような人物である。
それらのことを知るが故に、町田を含めたその周囲は砂原のことが嫌いではなかった。むしろ、尊敬をしていた。ただ、嫌いではなかったが苦手だったのである。
三年後、町田は『飛行』を発現して第五空戦部隊に配属されることになった。そして、上官の席に再び砂原がいた。
町田の顔を見た砂原は、楽しげに笑って言うのだ。『気心の知れた者が部下になって大変喜ばしい。これからも“よろしく頼む”』と。
次の休日、町田は“元”同僚達を捕まえて朝から晩まで飲み明かした。その時に元同僚達から向けられた同情の眼差しが、とても辛かった。
第五空戦部隊に配属されてからも、やはりというべきか砂原による訓練が行われた。時に血反吐を吐き、小便に血が混じるような訓練が行われたのである。
当時の町田は『飛行』を発現したばかりだったため、空戦のイロハを叩き込む役として砂原が選ばれたのだ。噂では、かつての部下ということで砂原が嬉々として立候補したとも聞いたが。
砂原が『武神』の目に留まって『零戦』に異動した時は、心の底から安堵した。そして町田は努力を重ね、第五空戦大隊の隊長へと就任。それが砂原の訓練による成果だということに気付いてはいたが、どうにも素直に感謝ができなかった。
そうやって町田を心身共に鍛え抜いた砂原は、『零戦』で大暴れしていた。異動してすぐに敵の空戦一個中隊を出会い頭に叩き落としたと聞いた時など、自分のことではないのに胃と頭がキリキリと痛んだ。
砂原が教官職に就いたと聞いた時、町田は入校する訓練生を、『ES能力者』としての後輩を、本気で心配した。勢い余って一回の訓練で二、三人ぐらいは死んでしまうのではないかと、心の底から心配したのだ。
しかし、そんな町田の心配とは裏腹に、砂原が訓練生達を厳しくも温かく鍛えているという話を聞いた時は非常に安堵したものである。それでも、かつての同僚達と最初の一ヶ月で何人の訓練生が逃げ出そうとして捕まるかを賭けていたのは内緒だ。ゼロ人に賭けた者は一人もいなかったため、賭け自体は流れてしまったが。
――そんな砂原が、不機嫌そうなオーラを発している。
それだけで、町田の胃は悲鳴を上げた。目が合えば、それだけで無意識のうちに立ち上がって最敬礼してしまいそうだ。しかし、今の町田は空戦少佐。つまりは、直属ではないものの砂原の上官である。間違っても、そんな真似はできない。
「それでは、会議を開始する」
居並ぶ人員の中でも、最も高位かつ有名な『武神』、長谷川源次郎が会議の開始を宣言する。それを聞いた『ES能力者』達は無意識の内に背筋を正し、静かに会議の進行を待つ。
気楽な顔をしているのは、“上”から送り込まれた佐官達ぐらいだ。彼らの今日の仕事は、この場をかき乱し、難癖をつけることである。他にもどんな指示を受けているかわからず、町田は余計なことはしてくれるなよ、と居るともしれぬ神に祈った。
「砂原軍曹、今回の一件について報告を頼む」
「はっ」
源次郎に促され、砂原は硬い声で答える。その声を聞いた源次郎は、砂原の様子を察して小さく苦笑した。
(相変わらず部下思いな奴だ……いや、この場合は教え子思いと言うべきか。“上”から送り込まれてきた小童共が、無駄に騒がなければ良いのだがな)
砂原が怒りを抱いている理由を察して、源次郎は内心でそう呟く。訓練生が――“教え子”が傷つけられたことに大きな怒りを抱いているのだろう。会議には訓練校の校長である大場も参加しているが、こちらも気付いているのか砂原を心配そうに見ている。
砂原は、今回の任務で起こったことを居並ぶ参加者達へ報告していく。それぞれ情報を受け取っているが、認識を統一しておく必要があるのだ。そのため、配られた報告書に目を通しながら砂原の報告に耳を傾ける。
『ES寄生体』の同時発生や敵性の『ES能力者』の襲撃と自爆。
陸戦と空戦の小隊員が操られ、砂原や第一小隊を襲ったこと。
天治会のラプターと名乗る『ES能力者』と第一小隊が交戦したこと。
負傷者や死亡者、行方不明者の数。
これらの情報を、砂原は報告していく。
淡々と、ただひたすらに、淡々と。
「――以上であります」
砂原が報告を終えると、源次郎が頷いて口を開く。
「そして今回手配した陸戦小隊の『ES能力者』四名についてだが、死亡が確認されたのは二名。一名は重体ながらも命を取り留めた。残り一人は行方不明だ」
源次郎がそう言うと、“上”から派遣されてきた大佐が疑問を呈す。
「行方不明? その者の素性は?」
大佐は真面目に考えているのか、その表情は真剣である。そのため、第二十陸戦部隊の隊長である高尾も真剣に答えた。
「名前は丸山清香であります。階級は陸戦少尉で支援型。『ES能力者』としては十五年目だったのですが……」
「少尉か……まずいな。その辺の新兵ならばともかく、他国に漏れたらまずい情報を握っている可能性がある」
「情報を奪取するために誘拐されたのか、“別の理由”か……」
尉官が誘拐された可能性が高いと聞いて、会議室の中は俄かにざわめく。任務で使用する符丁や暗号は、すぐに変更する必要があるだろう。
だが、清香が知っている可能性がある軍事情報――日本が抱える『ES能力者』の数や部隊数、独自技能保持者等の“正確”な情報も漏れた可能性がある。
符丁や暗号は変更すればどうにでもなるが、後者の情報の流出は避けたい事態だ。どれだけの数の『ES能力者』を保有するかなどは、国にとっても重要な機密事項である。
そのうち、“上”から派遣されてきた中佐が砂原に視線を向けた。こちらは先ほどの大佐と違い、欲に濁った目をしている。
「軍曹! 重要な情報が漏れた可能性が高いというのに、貴様は一体何をしていたんだ! 暢気にお茶でも飲んでいたのか!?」
「はっ、申し訳ございません! 小官の不徳の致すところであります!」
腰を折り、頭を下げる砂原。そのやり取りを聞いた町田は、『お前はちゃんと話を聞いていたのか』と中佐を罵倒したくなった。
砂原が異常に気付いてすぐに指示を出したからこそ、訓練生達に大きな被害が出ていない。第一小隊から重体者が二名出ているが、今回ほどの規模の事件で未熟な訓練生が大勢死んでいないというだけで称賛すべきことなのだ。
「謝って済む問題だと思うのか! 今回の一件で、どれだけの迷惑がかかると思っている!」
頭を下げた砂原を見て、中佐は怒りを露わにして机を叩く。しかし、今回の一件で漏れる情報は、いわば『ES能力者』側の情報だ。怒りの形相に変わった彼らが指揮する通常の軍隊とは所属が異なる。符丁も暗号も、彼らが持つものとは異なるのだ。
それは理解しているだろうが、それでも彼らは砂原を糾弾する。日本ES戦闘部隊監督部と“上”は、潜在的に仲が悪い。
超常の力を操る『ES能力者』を要する日本ES戦闘部隊監督部と、それを下に置いて支配しようとする“上”は、ことあるごとに衝突していた。
「大体、『ES能力者』が操られていただと? そんなES能力があるとは聞いていない! 町田少佐、貴官の部下は本当に操られていたと言うのか!?」
今度は町田に追及の矢が飛んでくる。それを受け止めた町田は、怒りを感じつつも冷静に答える。
「砂原軍曹の報告にあった通りでしょう。小官は負傷した部下に会いに行きましたが、当時のことを覚えていませんでした。訓練生の護衛の任務に就き、気付いたら病院にいたと」
町田は部下が負傷――砂原によって叩きのめされたと聞いて、すぐに会いに行った。そして、その時部下は何故自分が病院にいるかも知らなかったのである。
訓練生の救出に向かおうとする『穿孔』を足止めして、いくつもの打撃を受けた上に両腕を圧し折られて上空から叩き落とされたと聞いた時は、顔面を真っ青にしていたほどだ。丁寧に、抵抗ができないよう、人体を破壊されたのだから当然だろうが。
それらを淡々と答えると、町田の隣に座っていた高尾も同意するように頷く。ただ、こちらは町田よりも怒りが込められていた。
「小官の部下は二名が死亡、一名が行方不明、一名はようやく峠を越えたばかりです。生き延びた者に話を聞くことができましたが、何故自分が病院にいるかもわかっていませんでした。それとも――小官の部下が命を賭けてまで周囲を謀ったと仰るつもりか?」
高尾の怒りを表すように、『構成力』が漏れ出して僅かに空間が揺らぐ。陸戦部隊の人間とはいえ、隊長を務めるほどの『ES能力者』である。その威圧感は、並の人間に耐えられるものではない。
「ふ、ふんっ! その可能性がゼロではない以上、断言はできますまい!」
「なんだと……」
さすがに頭にきたのか、高尾は腰を浮かしかけた。だが、それを制するように源次郎が口を開く。
「落ち着きたまえ高尾中佐。それとそちらもだ。軽率な発言は控えてもらおう」
高尾は、源次郎の言葉を聞いて椅子に腰を下ろす。だが、腕を組んで憮然とした表情だけは崩さなかった。
「『ES能力者』を操るとなれば、私とて知識にないES能力だ。だが、可能性はそれこそゼロではない。どこかの国が抱え込んでいる独自技能保持者による仕業と思う方が自然だろう」
「そうは仰いましても……“我々”にとっては、『ES能力者』が操られるなど寝耳に水の上に恐ろしい出来事ですからな。そう簡単には信じられません」
さすがに源次郎に対しては強く出られないのか、僅かに声のトーンが落ち着いたものに変わった。
“おそらく”『ES能力者』を操るES能力があるのだろう。しかし、その全容は全く不明。どうやって操るのか、どの程度まで操れるのか、その期間はどれほどなのか、操るための条件はないのか。それらはまったくわからない。
わからない上に推測も難しいことに時間を割くことはせず、今度は今回の一件についての責任追及へと移る。
「しかし、これほどの大事件となると、現場責任者である砂原軍曹の教官職の解任は免れんな」
「たしかに。これほどの大事件だ。“本来”ならば上官等も処分の対象になるだろうが、軍曹は訓練校の所属だ。責任の所在となると、操られた小隊が所属していた部隊についても……」
そこまで言って、町田と高尾に視線が送られた。その視線を受けた二人は、視線を投げ返すように睨む。睨まれた中佐達は、それとなく視線を外して別方向から文句をつけることにした。
「それにしても、この報告書にある訓練生も酷いものだ。自爆を許すぐらいなら、その場で相手を殺してしまえば良いものを。それに、体を張って爆発を抑えこむぐらいの気概はないものか。まったくもって情けない」
「仰る通りですな。天治会のラプターという者も、差し違えてでも仕留めるぐらいはできんのか」
ふんぞり返って椅子に座り、報告書を手で叩く中佐達の言葉を聞いた町田は、怒りを忘れてぎょっとした。敵性の『ES能力者』と対峙した第一小隊のことを言っているのだろう。ならば、町田としては一つのことしか思えない。
――こいつらは一体何を言っているんだ?
『ES寄生体』が相手ならばともかく、相手は『ES能力者』。それも、最初に交戦した四人のうち二人は正規部隊員並の技量を有していたという。
訓練校に入校して一年程度の『ES能力者』が、誰一人として欠員を出さずに切り抜けた。この一事だけで称賛すべきことなのだ。しかも、操られたと思わしき陸戦部隊の人間に小隊員が囚われた時など、町田としては称賛の言葉しか出ない方法で救出している。
小隊長は独自技能保持者とはいえ、四級特殊技能の中でも発現が難しい『瞬速』を成功させているのだ。高尾などは、部隊に報告書を持ち帰って部下に見せれば、卒業後に自分達の部隊へ引きずり込むよううるさく言われること間違いない。
源次郎の孫も、攻撃型の『ES能力者』として高い資質と実力があるようだ。こちらも、卒業後は引く手数多だろう。
高尾としては貸し出した部下の半数が死亡し、一名が行方不明。生き残った一人も重体という厳しい状況だが、訓練生を責める気持ちは微塵もない。自分達の防御を削ってでも救おうとしてくれたのだ。訓練生が、正規部隊の人員を救おうとしたのだ。操られ、自分達を危機に陥れた者達を救おうとしたのである。それを考えれば、死亡した部下を悼む気持ちはあれど、訓練生が原因などと思うことはできない。
そして、報告にあったラプターの存在。これには町田としても驚愕するしかない。
(あそこでふんぞり返っているアホ共は、現実が見えてないのか? どう見ても、訓練生の手に負える相手じゃないだろ。そもそも砂原先輩……っと、砂原軍曹と同等の技量を持つ相手だぞ? 差し違えることすら不可能だ。俺でさえ、おそらく不可能だというのに……)
どう考えても、訓練生に求めるレベルではない。砂原と、『穿孔』と同程度の技量を持つ相手なのだ。確実に仕留めるには、『零戦』から一個中隊でも投入して叩き潰すしかないだろう。あるいは、源次郎が出るぐらいしかない。
普通の人間からすれば、『ES能力者』は等しく万能の力を持つスーパーマンに見えているのか。訓練生に熟練の『ES能力者』が仕留められると、本気で思っているのか。
今回の参加目的が日本ES戦闘部隊監督部に対する嫌がらせのため、わざとこんなことを言っているのだろう。もしも本気で言っているとすれば、時折『ES能力者』が通常の軍隊の上官の指揮下に入る可能性をなくすため、全ての『ES能力者』を日本ES戦闘部隊監督部直轄にするべきだと町田が上申を決意するほどだ。
だが、そんな町田の心境を他所に、“上”から送り込まれた中佐は不満げに言う。
「砂原軍曹の教官としての指導力も疑われるな。まったく、訓練生の敢闘精神が欠如すること甚だしい! もっとまともな教練を施したらどうだ? んん? 兵隊としてはともかく、教官としては向いていないのではないかね?」
「……はっ、申し訳ございません」
やめてくれと、町田は心の底から思った。砂原が発する不穏な気配に何故気付かないのかと、離れた席に座る中佐達を罵倒したくなった。
お前は今、火薬が剥き出しになって転がっている火薬庫で火遊びをしているんだと止めたくなった。なんで火薬庫の中で松明を両手に持って踊るんだ、馬鹿なのかと殴って止めたくなった。
町田も十五歳の時に『ES能力者』になったため、普通の人間が営む一般社会には疎いところがある。
もしかすると、通常の軍隊では偉くなるためには命知らずになる必要があるのかもしれない。もしくは、相手の感情など考慮せずに自分の意見を押し付ける厚かましさが必要なのかもしれない。
ないとは思っているが、もしも砂原が自制を失って暴れれば、この場で止めることができるのは源次郎だけだ。しかし、その源次郎は砂原の様子を見て目を細めているだけである。
「たかが『ES寄生体』とテロリスト如きを相手にして、軽傷者十一名、重傷者四名、重体者二名の計十七名。これでは『ES能力者』の、ひいては日本の将来が危ぶまれる」
「まともに戦っていたのは、ほとんど護衛の『ES能力者』だ。中には訓練生を庇って負傷した者もいる。一年かけて訓練を行い、これがその結果では金の無駄というものだ」
源次郎が止めないため、“上”から派遣されてきた佐官達は口々に好き放題言う。町田は怒るよりも、呆れの感情を強く覚えた。隣に座る長尾も同じようで、こちらは表情にも出している。
“上”のガス抜きをする必要があるとはいえ、これは如何なものか。町田と長尾は源次郎に視線を送るが、源次郎はそれに応えない。もうしばらくは様子を見ろということなのだろう。
「これならば、紛争地帯に放り込んで自爆でもさせた方が余程有効に使えるのではないか?」
「敵対的な国家の首都にでも潜り込ませて自爆させれば、それだけで大打撃を与えられますな。訓練生を一人育成する費用と比べても、素晴らしい対費用効果だ」
だが、そんな暴言を聞いて、とうとう砂原の堪忍袋の緒が切れた。
「――教え子を侮辱するのはやめていただきたい」
静かに言い放ち――同時に、砂原の体から『構成力』が炎のように揺らめく。砂原は忍耐強いが、さすがに今の暴言は目に余ったのだろう。
表情は平静のものだが、声には確かな怒りが込められている。開いた目の奥には、燃えるような怒気が煮えたぎっていた。中佐達がこれ以上暴言を吐けば、砂原は自分を自制できる自信がなかった。
砂原の様子を見て黙り込んだ中佐達を前に、砂原はゆっくりと語り出す。
「小官の教え子の一人は、敵性の『ES能力者』を前にして上手く戦えなかった自分を責めておりました」
それは、恭介のことだった。普段は明るい恭介だが、今回の一件は悔し涙を流すほどに重くのしかかっている。
「小官の教え子の一人は、陸戦部隊の者を守れなかったことを悔いておりました」
それは、博孝のことだった。自分達の防御を削ってまで助けようとした者が、一人しか救えなかったのだ。博孝は普段通りの態度を装おうとしていたが、儚くも失敗している。
「小官の教え子達は、全員が自分に可能なことを可能な限り行いました」
それは、第七十一期訓練生達のことだった。彼ら、あるいは彼女らは、自分達にできることをやった。それは教官として、砂原は断言できる。恭介のように震えていた者もいたが、それでも、自分にできることをやろうと足掻いていたのだ。
だからこそ、砂原に言えるのは一つだけである。
「――教え子を侮辱するのなら、それよりも先に小官の力が至らなかったことを笑っていただこう」
周囲を睥睨し、笑ってみせろと砂原は言う。中佐達はそんな砂原に気圧されて沈黙するが、時を置いてから慌てたように口を開く。
「お、大口を叩くな軍曹! それならば、貴官は自分の力不足が今回の一件を招いたと認めるのだな!?」
唾を飛ばして叫ぶ中佐を見て、町田はさすがに我慢ができずに口を挟もうとした。暴論も良いところだ。砂原の怠慢で招いた事態ならば裁かれて然るべきだが、今回の件では“他”の要素が強すぎる。
町田が口を開く――よりも先に、源次郎が机を叩いた。
「静まれ」
次いでかけられた声に、会議室に沈黙が訪れる。“上”から派遣された者も、階級が上の『武神』相手に噛み付くことはできなかった。
「今回の件については、“外部”の要素が強すぎる。予想できることを見落としたというのなら、それはたしかに砂原軍曹の責になるだろう。しかし、他の『ES能力者』を操るなど、“俺”にも予想できなかったことだ。それだというのに、砂原軍曹一人に責任を負わせるわけにもいかんだろう」
口を開いた源次郎からは、僅かな怒りが感じられる。『武神』の怒りを感じ取った中佐達は、さすがに委縮して下を向いた。
「それに、だ。砂原軍曹が責任を負って教官職を辞めたとしよう。そうなると、新しく教官職に就く者を用意する必要がある。さて、そこでだ……」
睨みつけるように見ながら、源次郎は言葉を続ける。
「――諸君らは、砂原軍曹以上の人物を用意できるのかね?」
今回の件は、砂原とラプターが対峙しても戦闘は起きなかった。しかし、砂原以外の教官が相手だった場合、対峙することすらできなかった可能性が高い。足止めとして差し向けられた空戦小隊の相手をするので手一杯で、下手をすれば撃墜されていただろう。
今後同じような事件が発生した時、それに対応できるだけの実力を持った者が必要だ。砂原で駄目だと言うのなら、砂原“以上”の実力を持つ者が必要になる。
「用意できると言うのなら、砂原軍曹を教官職から解くのも妥当だろう。だが、砂原軍曹を、『穿孔』を超えると私が判断できる者を……諸君らは用意できるかね? できないというのなら、砂原軍曹を教官職から解くわけにはいかん」
源次郎の意図を悟った町田は、源次郎の言葉に同意するように頷く。
「小官は長谷川中将閣下に同意いたします。小隊を派遣した者として、責任を問われれば素直に負いましょう。そして、砂原軍曹以上に腕が立つ者となると、それこそ長谷川中将閣下にでも教官職を譲るしかないでしょうな」
町田が諧謔を込めて言うと、源次郎は楽しそうに笑う。
「ほほう、それはそれで楽しそうだな町田少佐。私としては、それでも良いが?」
「おやめください中将閣下。そんなことをすれば国の防衛網が機能しなくなりますし……なにより、訓練生がもたんでしょう」
高尾も同調して、笑みを含めながら言った。
「砂原君に責任があると言うのなら、それは訓練校の校長である私の責任でもあります。私は、砂原君が教官を続けることを望みます」
最後に、それまで黙っていた大場が締め括る。『ES能力者』と訓練校側の意見としては、砂原が教官職を続行することで意見を統一。“上”から派遣された者達は、それを少しでもかき乱そうとする。しかし、それを制して源次郎が言う。
「諸君らの飼い主に伝えたまえ。今回の件は“借り”一つということにする、とな」
それを聞いた中佐達は、思わず顔を見合わせた。日本ES戦闘部隊監督部に対して“貸し”が一つ作れるなら、上出来と言えるだろう。故に、すぐさま笑顔を浮かべて撤退することにした。
「そうですか……いや、長谷川中将閣下がそう仰るのなら、我々に言えることはないですな」
「それでは、砂原軍曹の処分については一任いたします」
一任とはよく言ったものだと町田は思う。『ES能力者』に対する処罰等を決定するのは、日本ES戦闘部隊監督部なのだ。自分達を上に置きたいのだろうが、その態度は非常に鼻についた。
中佐達は会議の終了を悟ると、席を立って速やかに退室していく。そして会議室に残ったのが『ES能力者』と大場だけになると、砂原は頭を下げた。
「情けをかけていただき、言葉もありません」
「なに、軍曹以上の適任がいないというだけの話だ。だが、処分なしというわけにもいかん。第七十一期生……いや、今後訓練生が任務を行うに当たっての改善案と、その実施計画を作成して提出しろ。その出来で処分を決める」
厳しく突き放すように源次郎が言うが、それは実質のお咎めなしである。他の期の訓練生ならばともかく、第七十一期訓練生には“爆弾”が多い。それに対処できる人員として砂原を配置するのは、自国の今後にも有益な効果をもたらすだろう。
「高尾中佐殿、町田少佐殿。この度はお二人にも御迷惑をおかけいたしまして、申し開きのしようもございません」
高尾と町田に対しても、砂原は真摯に頭を下げる。その謝罪を受けた二人は、思わず恐縮した。
確かに階級は砂原の方が下だが、『ES能力者』としての経歴には大きな開きがある。砂原が出世に貪欲だったならば、今頃源次郎の片腕として『零戦』を率いて、佐官に名を連ねていてもおかしくないのだ。そのため、下にも置かない態度で接する。
「今回の件については、軍曹に大きな過失はないでしょう。他の『ES能力者』を操るなど、想像もしておりませんでしたからな」
高尾は穏やかに首を横に振るが、その顔には憂いの色があった。ほぼ一個小隊分の部下を失ったのである。その心痛は、砂原にも理解できた。そのため、砂原は黙って再度一礼する。
町田は砂原に頭を下げられる状況が落ち着かないのか、視線をあちこちに彷徨わせた。
「いや、その……頭を上げてください砂原先輩。正直、薄気味悪いです……」
ポロリと、口から本音が零れる町田。それを聞いた砂原は、瞳をぎらつかせる。
「感心しませんな、町田少佐殿。階級が下の者にそのような口を利かれては、軍規が緩みます。お気を付けください」
「は、はっ! っと、しまった……」
砂原の言葉を受け、町田は反射的に敬礼をしていた。しかし、それに気づいてバツが悪そうにする。源次郎などは、その様子を見て楽しそうに笑っていた。
「砂原軍曹、そう町田少佐を苛めてやるな。町田少佐も、砂原軍曹がかつての上官だったとはいえ、今は君の方が上官だ。しっかりしたまえ」
「は……申し訳ございません」
町田は体を小さくして謝罪する。源次郎はそれにもう一度笑うと、今度は表情を引き締めて高尾を見た。
「高尾中佐。貴官の部下については残念だった……遺族には十分な手当てを支払うことを、私の名で保証する」
「はっ、ありがとうございます長谷川中将閣下。しかし、部下が命を落とすなど……いつまで経っても慣れませんな」
源次郎の言葉に頷いた高尾だったが、その表情は暗さを増すばかりだ。
「……まったくですな」
高尾の心からの言葉に、砂原も深く同意する。今回、砂原は危うく二人の教え子を失うところだった。いや、それどころか、運が悪ければもっと多くの教え子が命を落としていただろう。
過去に何人もの部下や同僚が命を落とすところを見てきたが、部下ではなく教え子が命を落としかけたという事実は、それまでと違った種類の苦しさがあった。その苦しさは、今でも砂原の心胆を冷やしている。
(今回の一件を踏まえれば、次回の任務が行われるまで訓練の期間が多く取れるだろう。おそらくは半年程度だが……その間に、可能な限り生徒達を鍛えねばな)
これほどの大事件があったのならば、当面は訓練生の任務が行われることはないと砂原は見ていた。後日源次郎と調整する必要があるが、“上”からの牽制をかわしつつ事を進めなければならない。
(これ以上失態を重ねれば、教官職を辞することにもなりかねん。俺もよりいっそう気を引き締めねばな……)
静かに決意をする砂原を見て、その内心が手に取るようにわかった町田はため息を吐く。
どうか、訓練生達が無事に卒業できるようにと町田は祈るのだった。
主要人物ではなく、他者の視点ベースでの話など。
気付いたら、ヒロインどころか女性が一人も出ていませんでした……なんだこの男臭い空間は……。
ちなみに町田少佐は砂原が以前言っていた、『収束』を受け継いだ部下の一人だったりします。今後登場するかは……
ご感想やご指摘、評価をいただきありがとうございます。
そして、プロローグを含めれば今回の話で五十話になりました。物語としては百五十話~二百話ぐらいで完結させられればと思っています。前作でも似たようなことを言って、見事に失敗しましたが。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。今後も拙作にお付き合いいただけると嬉しく思います。
引き続きご感想やご指摘、評価等をいただけると、作者は歓喜します。
おっさんばかり出すなと言われれば、もう少し自重いたします。
だがそれがいい、という方がいれば、自重しない可能性が上がります。
忌憚のないご意見ご感想、お待ちしています。




