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第四十四話:Bloody white day その1

 砂原から一本を取った翌日、博孝を含む各小隊長の生徒は早朝から教官室に集められていた。全生徒ではなく、小隊長だけで集まるということはこれまでになかったため、全員で顔を見合わせて首を傾げる。

 そして、小隊長が全員集まっていることを確認すると、砂原が真剣な顔で口を開いた。


「さて、諸君らに集まってもらった理由を説明しよう」


 生徒の疑問を察したのか、言い聞かせるような声色。小隊長達はひとまずは傾聴すべきだと背筋を伸ばす。


「来たる三月十四日、三回目の任務が行われる」


 だが、砂原から語られた言葉を聞き、僅かに動揺の声を漏らした。前回の任務から三ヶ月近くが経過しているが、とうとう任務の時がやってきたのか、と。


「今回の任務は、初回の任務同様に警戒区域での実習となる。『ES寄生体』の発生有無の確認や、場合によっては排除を行うことになる」


 初回の任務と同様の内容らしく、小隊長達は安堵の表情を浮かべた。しかし、博孝だけは表情を変えない。砂原の声色と様子から、それだけではないと思ったからだ。そもそも、この程度の内容を伝えるために小隊長だけを集める必要はないだろう。

 砂原は小隊長達の顔を見回すと、僅かに眉を寄せる。その顔は、話は最後まで聞けと言いたげだ。だが、すぐに表情を引き締めると、“本題”を口にする。


「なお、今回の任務では引率の『ES能力者』は同行しない。諸君ら単独で任務にあたることになる」


 その発言に、小隊長達の表情が凍りついた。任務も三回目になるとはいえ、訓練生だけで『ES寄生体』が出現する可能性がある警戒区域を警邏するのは嫌でも緊張する。ただ、博孝は『沙織が喜び勇んで『ES寄生体』狩りをしなきゃ良いけど』と別の意味で心配をした。“以前”に比べて落ち着いたものの、戦いを好む習性だけは変わっていないのだ。

 驚いた生徒達の顔を見て、砂原は意地悪く笑う。


「だが、これは表向きの話だ。この任務は、一小隊につき護衛の者が一人つく手筈になっている。非常時を除いて任務には手を出さないが、『隠形』を使って陰に潜みつつ同行する予定だ」

「つまり、本当のピンチの時にはお助けヒーローが飛び込んできてくれるってわけですか? でも、それ以外は全部自分達でどうにかしろと」


 博孝は周囲の小隊長が固まってしまったのを感じ取ると、軽口を叩くように質問する。それを聞いた砂原は、苦笑しながら首肯した。


「そういうことだ。『ES寄生体』との戦闘が発生しても、護衛は手を出さん。可能な限り、自力で排除する必要がある」


 砂原の説明を聞いて、博孝は納得する。

 訓練生に与えられる任務である以上、警戒区域の割り当ては『ES寄生体』の発生頻度が低い場所になるだろう。現地部隊による“掃除”がされているかはわからないが、同行する正規部隊の『ES能力者』なしで任務を遂行するというのは、訓練生達にとって非常に大きな経験になる。

 二回目の任務の時も小隊ごとに単独で行っていたが、あの時は正規部隊のおまけであり、最外縁部での警戒が割り振られた。しかし、今回は訓練生が主体となって警戒区域を警邏するのだ――陰からこっそりと、護衛の『ES能力者』がついてくるが。


「明日、全生徒に対して三回目の任務について説明をするが、今回は前回同様小隊単位で定められた警戒区域の警邏を行う。前回と異なるのは、『ES寄生体』の発生頻度が少々高めというだけだ。もっとも、それでも通常の警戒区域に比べれば遥かに低いがな」


 そう言って、砂原が今回の任務について締め括る。話が終わったと判断した博孝は、早速挙手をした。


「教官、今回の任務については理解しました。しかし、なんで先に俺達小隊長に話をしたんですか? 護衛云々の話は、小隊長だけにしか開示されないとか?」


 博孝がそう言うと、砂原は口の端を吊り上げる。


「よく気付いたな、その通りだ。任務によっては、指揮官にのみ情報が開示され、率いる部下には情報を開示することが禁止される場合がある。今回は、その訓練だと思え。諸君らには任務の有無に関して、明日までの情報の開示を禁じる。また、護衛の『ES能力者』がつくことは任務の終了まで黙っていろ。これを破れば……そうだな」


 砂原は顎に手を当て、視線を宙に飛ばす。その動作に嫌な予感を覚えた博孝は、密かに冷や汗を流した。


「情報の漏えいは重罪だからな。それを守れんような奴は、徹底的に鍛え直さねばなるまい。任務以降の実技訓練で、徹底的に、骨の髄まで、情報の大事さを“物理的に”叩き込んでやろう。ああ、これは連帯責任ということで、漏らした者が率いる小隊全員でだ」

『はっ、了解であります!』


 つい最近、砂原によって暴虐の嵐に巻き込まれた生徒達は、一糸乱れぬ動きで敬礼をする。模擬戦の時は一対クラス全員だったが、一対小隊となるとその凄惨さは跳ね上がるだろう。

 本来、情報の漏えいというのは重罪である。砂原が“指導”を行うだけではすまないが、今回は漏えいしても害のない情報だ。もっとも、謹慎や減俸といった処罰と、砂原による熱烈指導(おしおき)のどちらが危険かは明白だが。

 それを理解する小隊長達は、絶対に情報を漏らすまいと誓う。砂原のことだ、模擬戦闘で小隊ごとボコボコにして、その後は『治癒』なりで回復させて再度模擬戦闘を行うに違いない。そして、それが何度も続くのだ。無間地獄の如しである。割に合わないことこの上ない。


「話は以上だ。これで解散とする……ああ、河原崎は残れ」

「うぇっ!? 俺、何かしましたっけ!?」


 いきなりこの場に残るよう言われ、博孝は悲鳴を上げた。それを聞いた他の小隊長達は、博孝の肩を叩きながら退室する。


「じゃあな、強く生きろよ」

「骨は拾ってやるからな」

「縁起でもないこと言ってんじゃねえよ!」


 笑顔で縁起でもないことを口走るクラスメートに言葉を返し、博孝はため息を吐いた。砂原に視線を向けてみると、砂原の表情は真剣なものに変わっている。

 博孝は今回の任務内容と、先ほど砂原から説明された事柄を頭の隅で整理し、砂原と同様に真剣な表情に変わる。


「今回の任務について……というか、みらいについてですか?」


 ジャブ代わりに言うと、砂原は同意するように頷く。


「その通りだ。河原崎妹については、今回第一小隊に同行させる。まさか訓練校に置いていくわけにもいかないしな」

「ですね。俺が訓練校にいない間に『構成力』を暴走させたら、止める手段がないですから」


 第七十一期訓練生は、現在のところみらいを入れると三十三名である。小隊が八つあるが、一人余る計算だ。そうなると、戸籍上は兄である博孝が小隊長を務め、みらいの事情をある程度は知っている第一小隊に加えるしかない。砂原と共に指揮所にいるのも手だが、博孝がすぐに戻れない状況で『構成力』の暴走を起こせば止められないだろう。


「それと、お前自身についてだ。長谷川との戦闘によって、独自技能についての情報が“外部”にも漏れている可能性がある」

「……申し訳ないです」


 素直に謝罪する博孝。“その件”については、何も言い訳ができない。


「気にするな、とは言わん。だが、あの件以降長谷川にも変化があった。それを踏まえれば、全てがマイナスというわけではない」

「俺としては、変化どころか変貌って感じなんですが……」


 疲れたように博孝が言うと、砂原は小さく笑う。博孝の心情が理解できるほどには、砂原にとっても沙織の変化は劇的だったのだ。


「あの長谷川が、あれほど丸くなるとは思わなかった。何かしたのか?」

「してないです! 断じて! 否! 天地神明に誓って何もしてません! むしろ沙織の行動に戸惑うばかりで……あいたたた、胃が痛くなってきた……」


 精神的な不調を訴えるためか、博孝の胃が痛みを発した。『ES能力者』といえど、ストレスは感じるのである。

 砂原はそんな博孝を見てもう一度笑うと、表情を厳しいものに引き締める。


「それで、ここからが本題だ。今度の任務についてだが、第一小隊には護衛として陸戦の一個小隊がつく。もちろん、有事の際以外は他の小隊同様に隠密行動に徹するがな」

「小隊を一つ、ですか……」


 砂原の口振りに険しいものを感じ取り、博孝は姿勢を正す。他の小隊には一人の『ES能力者』しか割り振られないというのに、第一小隊のみ四人の『ES能力者』が護衛につくという、その理由。博孝は、すぐにその理由に思い至った。


「俺もですけど……みらいも攫われる危険性があると?」

「そういうことだ。河原崎妹については、お前以上に情報の拡散が推測される。“上”の一部に、良からぬ虫が潜り込んでいるという噂もあるしな」


 噂と言いつつも、砂原は確信している。どんな組織でも、一枚岩ではない。そもそも、人工の『ES能力者』の開発自体に“上”の一部が噛んでいたのだ。


「そして、今回の任務には第五空戦部隊からも一個小隊借りてきた。こちらは、今回の任務の警戒区域の各地に配置する。有事の際には、一分とかからずに到着可能だ。俺の古巣から引っ張ってこられれば一番良かったが、それでも腕は保証できる。陸戦部隊が足止めし、その間に空戦部隊が飛んでくる。文字通りにな」

「それはまた、至れり尽くせりですね」


 陸戦と空戦の一小隊が密かに護衛につくと聞いて、博孝は安堵の息を吐いた。みらいが誘拐されるなど、我慢できることではない。博孝自身も危険だが、博孝としてはみらいの安全の方が大事だった。


「お前の小隊なら、有事の際に多少の時間を稼ぐことも可能だろう。だが、有事の際は脱出を最優先しろ」

「了解です。教官レベルの相手が出てきたら、勝ち目なんてありませんからね」


 冗談めかして博孝は言う。しかし、その言葉に込められた感情は本物だ。勝つどころか逃げることすら困難に違いない。砂原は博孝がきちんと理解したことを確認すると、僅かに視線を逸らした。戸惑うように、言い難そうに、視線を彷徨わせる。


「当然のことながら、今回のことは口外禁止だ。情報が漏えいしていても、仕掛けてくるかもわからん。お前は以前の任務と同様に、自分の成すべきことを成せ。だが、万が一の際は……」


 そこまで言って、砂原は口を閉ざした。首を横に振り、躊躇いを振り切る。


「……いや、なんでもない。長谷川の手綱は握りやすくなっただろうし、実地研修としてしっかり学んでこい」

「や、たしかに手綱は握りやすくなったといいますか、オオカミがチワワに化けたといいますか……とりあえず、了解です」


 砂原の様子を不思議に思いながらも、博孝は了解の意を示す。そして、一礼してから退室する。

 博孝がいなくなった教官室で、砂原は一人呟いた。


「さすがに、万が一の際は河原崎兄妹の身を最優先にしろ……などとは言えんな」


 砂原にとっては、教え子全員が大事なのだ。そのため校長である大場にも無理を言って、空戦の小隊を引っ張ってきたほどである。


「いずれはそういった“現実”も教えなければならんか……」


 窓の外を見て、砂原はため息を吐くのだった。








 翌日、砂原の口から三月十四日に任務が行われることが通知された。

 それを聞いた生徒達は驚きの声を上げ――任務内容を聞いて驚愕する。なにせ、引率の『ES能力者』なしでの任務だ。いくら『ES寄生体』の発生頻度が低い場所の警邏とはいえ、嫌でも緊張が高まる。

 事前に話を聞いていた小隊長達は取り乱さなかったが、その表情には緊張の色があった。

任務と聞いて、沙織の反応はどうだろうかと博孝は疑問に思う。以前の沙織ならば、任務と聞けば目を輝かせていたのだ。そして、任務の内容を聞いて不満そうな顔をしていた。

 博孝が沙織に視線を向けると、その視線に気づいたのか、沙織は微笑みながら砂原に見えないよう小さく手を振る。


(あ、やばい、また胃がキリキリとしてきた……)


 沙織の反応を見た博孝は、突然痛み出した胃を押さえた。二ヶ月近く経っても、未だに慣れない。早く慣れなければとは思うものの、入校から培ってきた沙織への認識が悲鳴を上げるのだ。


「……おにぃちゃん、だいじょぶ? ぽんぽん、いたい?」

「そんな赤ちゃん言葉、どこで覚えてきたんだ……大丈夫だよみらい。心配してくれてありがとうな」


 博孝がそう言うと、みらいは納得したのか視線を砂原に向ける。その隣では、里香が苦笑を浮かべていた。

 砂原は任務を行う警戒区域の場所や携行品、注意事項などを説明していく。生徒達はそれを真剣に聞き、メモを取っていく。里香などは、綺麗な字でわかりやすくノートにまとめていた。

 そんな里香の横顔をなんとなく眺めつつ、博孝は思考を深める。他の小隊長には知らされていないことを砂原から知らされたが、それを小隊員に話すわけにはいかない。“何か”があるかもしれないが、何もないかもしれない。むしろ、可能性としては後者の方が高いだろう。


(でも、過去二回の任務では両方とも“問題”が発生したしな……)


 初回の任務では『ES寄生体』に襲われ、沙織が命令を無視したこともあって博孝が瀕死の重傷を負った。二回目の任務では、みらいが突然襲ってきた。今のところ、確率的には百パーセントの割合で問題が発生している。

 博孝が今回の任務について思いを馳せていると、不意に影が差す。それを疑問に思った博孝が顔を上げると、そこには砂原が真顔で立っていた。


「任務の説明の最中だというのに、ずいぶんと余裕だな。任務の説明よりも、岡島の横顔を見る方が大事なのか?」


 威圧感がある声で砂原が問うと、博孝は顔色を真っ青にする。任務について考えていたのだが、視線の向ける先が悪かった。砂原の言葉で注目を浴びたのが恥ずかしかったのか、里香は頬を赤らめて下を向いてしまう。


「いえ、これは、そのですね! 今回の任務について思索をしていたら、ついうっかり里香の横顔を見つめる形になったといいますか」


 砂原に納得してもらえるとは思えなかったが、それでも理由を説明する博孝。すると、そんな博孝に対して助け舟――ではなく、謎の流れ弾が飛んできた。


「大丈夫よ博孝。わたしもたまに、里香の横顔を見つめることがあるから」

「いきなり何言ってんの!? 間違っても笑顔で言うことじゃないよ!?」


 予想だにしない方向から予想だにしない言葉を言われ、博孝はツッコミを入れる。砂原はそんな博孝を見てため息を吐くと、その頭に拳骨を振り下ろした。


「考え事をするなとは言わんが、周囲からどう見られるかにも注意しろ。特に、お前は小隊長とはいえ指揮官だ。部下がいる前で妙な行動を取れば、すぐに信頼を失うぞ」

「……了解です」


 頭をさすりながら、博孝は頷く。気が抜けていたわけではないのだが、周囲に対する意識が欠けていた。そのことを反省し、視線を砂原に向ける。


(しかし、沙織の発言が気になるな……里香の横顔を見つめてどうするんだ?)


 きっと、同性の仲間であり友人でもある里香のことが気になったのだろう。そう自分に言い聞かせ、博孝は砂原の話に意識を向けるのだった








 三月十四日になり、第七十一期訓練生達は任務地までバスで移動を行うことになった。バスは通路を挟んで座席が二つ並んでおり、小隊ごとに乗り込む。だが、第一小隊は五人のため、一人だけ一列後ろの座席に座ることになってしまった。


「わたしは里香の隣に座るわ。あ、通路を挟んだ席には博孝が座ってくれると嬉しいわね」

「……おにぃちゃんの、となり」

「つまり俺が後ろに座るわけっすね」


 民主的な数の暴力によって座席が決定し、恭介は肩を落とす。それでも博孝の真後ろの座席に座るため、話しにくいということはない。補助座席があれば利用したのだが、移動用のバスには設置されていなかった。

 そんなやり取りを終え、他の小隊が乗り込むとバスが発進する。今回の任務地には、一時間程度で到着予定である。

 バスが発進して三十分。バスの中は、初回の任務の時のようにとても静かなものだった。なにせ、今回は初回の任務のように指導担当の現場部隊員がつくわけでもなく、二回目の時のように正規部隊のおまけ扱いではない。

 任務も三回目ということで、今回は正規部隊が担当する警戒区域の一部を任されることになるのだ。もっとも、訓練校に入って一年程度が経つとはいえ、未熟だということに変わりはない。そのため、割り振られる警戒区域は『ES寄生体』の発生頻度が最も低い場所を割り振られていた。

 だが、それらの情報を知っても一部の生徒を除き、生徒達の緊張の色は拭えない。初回の任務では博孝達だけでなく、他の小隊も『ES寄生体』に遭遇している。もしも今回『ES寄生体』に遭遇した場合、生徒達が独力で打倒する必要があるのだ。

 実際は、生徒達に気付かれないよう『隠形』を発現できる『ES能力者』が護衛につくことになっているのだが、それは小隊長以外知らされていない。現場の空気と、可能ならば実戦を生徒達に積ませるための措置だ。それでも、“裏事情”を知る小隊長でさえ緊張している。博孝が口にしたように、ピンチの時にしか助けてくれないからだ。

 生徒達は待ち受ける任務に対する緊張感で口数を減らし、バスの車内は重苦しい空気に包まれている。生徒達の中で緊張していないのは、里香に肩を寄せて幸せそうに微笑んでいる沙織と、窓の外の景色に興味を示すみらいだけだ。

 里香は緊張で身を固めており、恭介は緊張を紛らわせるためにグミを噛んでいる。博孝も一抹の不安を感じ、口を閉ざしていた。初めての任務の時はほとんど緊張しなかったが、今回は砂原から“裏事情の裏”まで聞かされている。

 しかし、このままではいけないと思った。博孝は、こんなお通夜のような空気は大嫌いだった。自身の緊張を打ち消すためにも、何かを話すべきだろうと判断する。

 そう考えた博孝はポツリと、それでいて車内全体に響く声で、感慨深そうに言葉を吐き出す。



「――俺、この任務が終わったら、バレンタインにもらったチョコのお返しを渡すんだ」



 次の瞬間、恭介が食べていたグミを思いっきり噴き出し、座席からはみ出ていた博孝の後頭部に直撃させた。


「ちょっ! 博孝、それは死亡フラグってやつっすよ!?」

「もしくは……俺、この任務が終わったら、好きなあの子に告白するんだ……でも可」

「やめるっすよ! 余計に死亡フラグが強力になった感じがするっす!」

「俺、故郷に恋人を残してるんですよ……この任務から帰ったら、プロポーズしようかなって」

「駄目っす! それは完全に死ぬ流れっす!」


 突然始まる、博孝と恭介の漫才染みたやり取り。それを聞いた他の生徒も噴き出し、博孝に視線と歓声を向ける。


「というかお前、チョコをもらってたのかよ! 相手は誰だ?」

「ああ……次にバスで帰る時、お前はその座席に座ってないのか……」

「もし死んだら、みらいちゃんは俺が引き取って育てるから安心しろ」

「って、最後の奴どこだ!? 先生怒らないから手を挙げなさい!」


 博孝の言葉に乗って、次々に声を出す生徒達。中には聞き逃せない言葉が混じっていたが、博孝が立ち上がって周囲を見回すと声はなくなる。


「え? 河原崎君チョコもらったの?」

「相手は? ねえ、相手は?」


 続いて、女子からも声が上がった。先ほど恭介から入ったツッコミよりも、博孝の発言の方が気になったらしい。それでも、女子の大半はその視線を里香へと向けたのだが。


「まー、相手は決まってるけどねー」

「いやいや、もしかすると長谷川さんかも」

「みらいちゃんじゃない?」

「希美さんはクラス全員にチョコを配ってたわよね」

「全員からもらいましたが何か――って、男子連中! 飴玉投げるんじゃねぇ! 食べ物粗末にすんな!」


 肯定した瞬間に男子から袋に入った飴玉が飛んできたので、全てキャッチしてからみらいに差し出す。すると、みらいは目を輝かせて飴玉を口に放り込んだ。


「いつもらったんだよ……お前、あの日は夕方に帰ってきただろ?」


 中村が不思議そうに尋ねる。その表情には少しばかり嫉妬の色があり、それを見た博孝はニヤリと笑った。


「全員、個別に手渡しでくれたぜ? んん? なにかなその顔は? 俺がチョコをもらったら何か不都合があるのかな?」

「くっそ、マジでうぜぇ……」


 博孝の言葉を聞いた中村は、青筋を立てながら呟く。沙織がチョコレートを渡した相手を知っている博孝としては、憐れみと共に合掌するだけだ。

 そして、今日は三月十四日。世間一般でいうホワイトデーである。バレンタインデーのお返しを渡す日なのだ。

 博孝も渡す物自体は購入しているが、任務から戻ってから渡そうと考えている。前日に渡すのはひどく味気ない。これは他の男子生徒も同じ心境だろう。

 そうやってクラスの雰囲気を温めながら、博孝達は任務地に到着するのだった。








 今回の任務地は、人里から大きく離れた山の中だった。『ES能力者』用の駐屯施設が用意されているものの、初回の任務の時のように現地の部隊員が出迎えを行うわけではない。

 警戒区域の範囲は広く、八つの小隊はバラバラになって警邏を行うこととなる。警邏のルート自体は事前に説明されており、地図もあるため道に迷うということはない。

 小隊同士の距離は一キロ程度離れているが、『ES寄生体』が生息していればその痕跡を発見するのは容易なため、見落とす可能性は低かった。陰から護衛する『ES能力者』は『隠形』だけでなく『探知』も得意としているため、『ES寄生体』を見落とす可能性はさらに下がる。もっとも、余程のことがない限り護衛は手を出さないため、生徒達が気付かなければ不意打ちを受けるだけだが。

 博孝は『探知』を使って周囲の『構成力』を確認するが、自分達以外の『構成力』を感じ取ることはできなかった。試しに『活性化』を併用して探ってみるが、それでも見つからない。『隠形』によって完全に隠れているのだろう。

 頭上を見上げてみると、僅かに雲がかかっているものの雨や雪が降る心配はなさそうだ。山の天気は変わりやすいため絶対ではないが、このままいけば天気が崩れることはないだろう。

 砂原が生徒達の前に立つと、腕に巻いた時計に視線を落とす。


「時計を合わせろ。任務開始はヒトマルマルマル。山に入って三十分が経過したら、五分刻みで第一小隊から順番に報告を行え。任務の終了はヒトナナマルマルだ。時間がきたら帰還しろ」


 午前十時から任務を開始し、午後五時に任務が終了。開始から三十分が経てば、第一小隊から砂原に対して報告を行い、その五分後に第二小隊が報告を行う。小隊の数は八のため、博孝が率いる第一小隊は最初の三十分以降は四十分ごとに報告を行う必要があった。生徒達は各自時計を合わせると、頷き合う。

 砂原は指揮を執るため、訓練生が移動するための護衛についていた『ES能力者』や兵士と共にこの場に残る。

 時計の短針が、十の位置を指す。それを確認した生徒達は、頷き合ってそれぞれの持ち場へ向かった。博孝が率いる第一小隊も移動を始め、博孝を先頭にして歩き出す。


「俺達だけで警戒区域を回るなんて、緊張するっすねぇ」

「……きょーすけ、がんば」

「あの……みらいちゃんも頑張ろうね?」


 背後からそんな声が響くのを聞きつつ、博孝は思考を巡らせる。今回の任務では、『ES寄生体』の生息有無を確認し、可能ならばその“排除”を行う。博孝が『探知』を使えるため接近する『構成力』には気づくことが可能だが、用心はしておくべきだろう。


「……よし、森の中では沙織が先頭で、その後ろが恭介。真ん中はみらいで、その後ろが里香。最後尾に俺がつく」


 索敵能力が高い博孝が最後尾につき、前方には戦闘力に長ける沙織と防御型の恭介。“重要度”が高いみらいは中心に配置し、里香はバックアップだ。拓けた場所ではみらいを中心に置き、その周囲四方向を残りのメンバーで囲む。


「『探知』を使うから、『ES寄生体』の接近には気づけると思う。もしもの場合、沙織は深追いはせずにこちらの態勢が整うのを待つこと。恭介は沙織の防御に回ってくれ」

「わかったわ」

「了解っす」


 沙織は文句も言わずに頷く。深追いをするなと言っておけば、それをしっかりと守るだろう。以前の沙織なら不安があったが、今の沙織なら信頼できた。


「背面からの攻撃には俺が対処する。その時は里香が俺のサポートに回ってくれ」

「う、うん」


 博孝がそう言うと、里香はしっかりと頷いた。里香は第一小隊の中で最も戦闘力が劣るが、それでも頭の巡りは博孝よりも上だ。有事の際には的確な行動を取るだろう。


「……おにぃちゃん、わたしは?」


 みらいが手を上げ、その存在を示す。自分にはどんな役割が割り振られるのかと、どこかワクワクとした雰囲気が感じられた。


「みらいは……前後のどちらにも対応できる位置だからな。動くときには、俺の方から指示を出すよ」

「……ん」


 博孝の言葉を聞き、みらいは小さく頷く。しかし、博孝が僅かに言いよどんだことに疑問を覚えたのか、里香が眉を寄せた。博孝は里香に疑問が持たれたことに気付くと、口元に指を当ててウインクを一つ飛ばす。それを見て、里香は納得したように表情を緩めた。

 そして、第一小隊は山の中に入っていく。定期的に陸戦部隊が見回っているためか、足元の草が踏み分けられ、獣道よりはマシな道ができている。

 踏み込んだ山の中は木々が生い茂り、時折鳥類が飛び立つ音や鳴き声が響く。みらいを除く小隊員は周囲に気を配りつつ、『ES寄生体』について何か痕跡がないかを確認。みらいは任務というよりも森の中を散歩しているような足取りであり、博孝の苦笑を誘った。

 沙織を先頭にして、『探知』を発現した博孝が最後尾で歩いていく。砂原からの指示通り、定期的にトランシーバー機能で報告をしながらだ。


(しかし、本当に気配がわからねぇ……正規部隊の人ってすげぇな)


 周囲を常に『探知』で索敵している博孝は、興味本位で護衛についている『ES能力者』の位置を探ろうとした。だが、余程『隠形』に長けているのか、微塵も『構成力』を感じ取ることができない。

 そうなると、視覚や聴覚、あるいは嗅覚で見つけなければならないのだが、これについても博孝には読み取れなかった。視覚については周囲を木々に囲まれているため、発見が難しい。嗅覚についても、博孝の鼻は普通の鼻である。犬のように優れた嗅覚を持ってはいない。そして、護衛も博孝達に気付かれないよう風向きには注意しているだろう。護衛を発見する可能性として一番高いのは聴覚だが、居場所を知らせるような不手際は起こさないと思われた。


(生徒は任務に集中しろってことなのかねぇ……)


 博孝は内心だけで苦笑すると、手に持った地図に視線を落とす。

 森に入ると、博孝達は警戒しながら進んでいく。しかし、何事も起きずに二時間の時間が経ち、太陽が中天へと上り詰めた。

 時刻は正午に近づき、そろそろ昼食を取る必要がある。任務を開始してから山を一つ越えており、もう少し進めば休憩を取るのに丁度良い、拓けた場所があるはずだった。その近くには小川が通っており、森の中で食事を取るよりは上等だろう。


野戦食(レーション)も美味しいっていえば美味しいんだけど、場所ぐらいは選んで食べたいしな)


 そんなことを考えつつ、博孝は索敵を続ける。今のところ『構成力』の反応もなければ、『ES寄生体』が生息する痕跡もない。『ES寄生体』は大半が巨大な体躯を持つため、その痕跡を探すのは容易なのだ。

 そうやって第一小隊が周囲を警戒しながら進んでいると、不意にみらいが足を止めた。そして、踵を返して博孝の元へと移動すると、その袖を引く。


「……おにぃちゃん、おしっこ」

「え? あー……」


 どうやら、生理現象が発生したらしい。みらいが隊列を崩したため、前方を歩いていた沙織と恭介も足を止めた。里香は僅かに頬を赤くすると、みらいを自分の方へ引き寄せる。


「み、みらいちゃんっ、女の子がそんなこと言ったらダメ! こういう時は、『お花を摘みたい』って言うの!」

「ちょっと古い気が……みらいちゃん、そういうことは博孝じゃなくて、岡島さんに言った方が良いっすよ?」


 里香がみらいに対して慌てたように教え込むと、恭介もそれに同意する。みらいは不思議そうに首を傾げていたが、里香の言葉を理解したのか、無表情で博孝に告げる。


「……おにぃちゃん、おはなつんでくる」


 抑揚のない声で言われ、博孝は苦笑しながら頷いた。すると、今度は里香が博孝の袖を引く。


「博孝君、ちょっと……」

「ああ、うん。えーっと……里香一人だと不安だな。沙織もついていってくれ」


 みらいを一人にするわけにもいかず、博孝は里香と沙織についていくよう指示を出す。沙織はその指示を聞いて、先ほどのみらいと同じように不思議そうな顔をしながら傍の藪を指差した。 


「すぐそこの藪の中でしちゃえば良いのに」

「お前はどこに羞恥心を置き忘れたんだよ!?」


 沙織のあまりの物言いに、博孝はすぐさまツッコミを入れる。里香はみらいの手を引くと、頬を赤らめたままで博孝に視線を向けた。


「それでその、博孝君は『探知』を使ってるんだよね?」

「ああ。周囲の索敵が必要だしな」

「す、少しの間で良いから、『探知』を中止してくれる?」


 控えめに、しかしどこか意思の強さを感じさせる声で里香は言う。それを聞いた博孝は、先の二人に倣って不思議そうな顔をした。


「い、色々と恥ずかしいのっ!」


 頬どころか顔全体を真っ赤にして、里香が叫ぶ。それを聞いた博孝は、僅かに考えて合点がいった。女心というやつだろう、と博孝は首肯する。沙織がついているため、何かあっても滅多なことにはならないはずだ。

 里香に手を引かれたみらいと、周囲を警戒する沙織が森の中に姿を消す。それを見送った博孝と恭介は、背中合わせになって周囲に警戒の目を向けた。


「“おにぃちゃん”は大変っすねぇ」

「いやまったく。みらいは初めての任務だからなぁ。その辺に気が回ってなかったわ」


 みらいは外見相応の幼さを持つ。その辺りに気が回らなかったのは、博孝としては痛かった。そんな博孝の様子を察して、恭介は笑いながら冗談混じりに言う。


「覗きに行くっすか?」

「――埋めるぞ」


 本気の声だった。恭介は、慌てて手を振る。


「じょ、冗談っすよ冗談! 嫌だなぁ、冗談に決まってるっす!」

「そっか……もしも恭介が小っちゃい女の子が好きな上に、アブノーマルな性癖まであったら、俺は今後の友達付き合いを見直すところだったよ。その前に里香と協力してボコって埋めるけどな!」

「そこまで言うっすか!? あと、俺は小っちゃいのよりも大きい方が好きっす! ボンキュッボンが最高っす!」


 博孝から疑惑の眼差しを向けられ、恭介は必死に否定する。全力で否定しておかなければ、博孝にネタとして使われそうだ。



「――そうか、気が合うな坊主」



 そして、その声が頭上から響いたのは突然だった。


「っ!?」


 博孝は反射的に動き、背面にいた恭介を蹴り飛ばしつつ自分もその場を離脱。

 その数瞬後、それまで博孝達が立っていた場所に、一人の男が降り立った。


「おっとっと、そっちの坊主に共感して、ついつい声が出ちまったぜ」

「お前は……」


 眼前の男の姿を見て、博孝は思わず声を漏らす。何故なら、目の前の男には見覚えがあった。男も、その声を聞いて博孝に視線を向ける。そして、博孝の顔を視界に収めて口の端を裂けるほどに吊り上げた。


「よう……会いたかったぜぇ、クソ坊主」



 ――そう言って、かつて博孝と里香を襲ったナイフ使いの『ES能力者』は獰猛に笑うのだった。




前回のあとがきの補足など


砂原「死ぬがよい」→某シューティングゲームのラスボスの台詞より


「I love you」ではありませんので、悪しからずご了承のほどよろしくお願いいたします。

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