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第四十三話:模擬戦 その2

 バレンタインデーでの騒動も終わり、月日が流れた三月の上旬。

 訓練校に入校して一年近く経ち、第七十一期訓練生達は『ES能力者』として少しは形になりつつあった。もっとも、当然ながらほとんどの訓練生は正規部隊に配属されている『ES能力者』には及ばない。それでも、一部の者はその頭角を現し、特定の分野では正規部隊員に迫る実力を持ちつつあった。

 『ES能力者』と一口に言っても、その練度はピンキリである。三年間の訓練校生活で汎用技能の全てを習得できない者もいれば、特殊技能を習得して正規部隊員顔負けの実力を有する者もいる。特に優れた者では、『飛行』を発現する者もいた。

 訓練校の方針としては、『ES能力者』の基本中の基本である『防殻』、基本である『射撃』、『盾』、『接合』を“実戦”で使える程度まで習熟されるのが最優先だ。実戦で使えるというのは、訓練で使えることとはまったく意味が異なる。どんな極限状態でも、訓練通りの効果を発揮できるレベルまで習熟するということだ。これは、技術だけでなく精神的な能力も含まれる。

 それに加えて体術や必要な知識、小隊としての動き方の習得、実地で任務を行うことによる経験値の蓄積が行われる。

 第七十一期訓練生は例年の訓練生に比べても優秀な方であり、入校して一年程度だというのに特殊技能を習得する生徒が数名いた。沙織の『武器化』や『防壁』、博孝の『通話』や『探知』である。みらいも出会った当初から『固形化』を使用しているが、これは例外だ。

 訓練生を鍛える教官自身の実力が、他の教官に比べてもずば抜けているというのも理由の一つだろう。強い者が教え上手とは限らないが、砂原は万能型の上に努力を重ねてきた人間だ。

 攻撃型、防御型、支援型を問わず、満足のいく教えを施すことができる。それに加えて体術や知識も非常に優れており、融通が利く部分もある。実戦経験も豊富なため、机上の空論ではなく現場目線でのアドバイスも可能だ。

 訓練生を鍛えるにあたって、訓練校ではマニュアルも用意されていた。だが、砂原は杓子定規にマニュアルに従うことをせず、生徒一人一人に見合った成長過程を描いて接している。

 訓練校では『ES能力者』として、軍人として、“一定の水準”に成長させることが指導の基本である。

 “上”の頭が固い連中は、口を揃えて言うのだ。

 “通常”の軍隊と同じように、一つの部隊が一定の力を出せるようにすれば良い、個人の突出した力はいらない、と。

 それを聞いた砂原は、鼻で笑い飛ばしている。『ES能力者』は、通常の軍隊などではない。そもそも、軍隊という括りに当てはめること自体が間違っている。

 砂原本人、かつては単独で敵の空戦中隊を屠ったような男だ。斥候の過程で不意の遭遇戦を行う羽目になり、中隊一つを叩き潰すことになった。『ES能力者』というのは、それほどまでに優劣の差が出る“生き物”なのだ。

 それに、砂原は常々思う。生徒の力を伸ばせるのなら、限界まで伸ばしておくべきだと。そうすれば、生徒達は自力で危機を潜り抜け、無事に生きて帰ってこられるのだ。

 軍内部には、『ES能力者』だけでなく通常の兵士も遊戯盤の駒のように思っている者もいる。それはある意味では正しいのだが、砂原個人としては否定したい。

 駒と言っても、砂原が鍛えているのは子供なのだ。それも、まだ成人すらしていない子供なのだ。訓練校を卒業しても、そのほとんどは二十歳にも満たない子供なのだ。

 だからこそ、砂原は生徒を――教え子達を鍛え上げる。自身の持つ力の全てを以って、教え子たちを鍛え上げる。


「さて……本日の実技訓練についてだが」


 整列した生徒達を見回し、砂原は口元を引き結ぶ。いつもならばES能力を交えた体術の強化や、小隊での模擬戦を行うところだ。だが、今日は違う。準備運動と軽い組手を行いはしたが、ここからが本番だ。

 そろそろ『ES能力者』として“慣れ”が出始めたので、一つ変わった趣向を凝らそうと思ったのだ。


「諸君らも、『ES能力者』として少しは見られるようになった。尻に殻がついたヒヨコどころか、まだ殻すら割れていないが、訓練生として順調に成長していると言えるだろう」


 砂原の言葉に、生徒達は僅かにざわめく。砂原が褒め言葉を口にするなど、滅多にあることではない。今しがた砂原が言った言葉が褒め言葉に感じる程度には、褒めるということをしないのだ。


「今日の実技訓練は、模擬戦を行おうと思う」

「……あの、教官? 模擬戦と言っても、嫌な予感しかしないんですけど。相手は……」


 挙手をして、博孝が尋ねた。砂原の表情を見ると、嫌な予感しかしない。まさかと思いつつ、砂原の言葉を待つ。砂原は生徒達の顔を見回すと、獰猛に笑う。


「そろそろ諸君らも全力で、死力を尽くして、死に物狂いで戦ってみるべきだろう。相手は――俺だ」


 入校したての時のように――全生徒対砂原での模擬戦である。

 笑みを浮かべる砂原に、生徒達はこの場から逃げ出したくなった。なにせ、『ES能力者』になった当初に調子に乗り、博孝と里香を除いて全員が気絶させられたのである。沙織は善戦したほうだが、それでも圧倒的な差があった。なにより、砂原の発言が怖い。何故模擬戦で全力で、死力を尽くして、死に物狂いで戦わないといけないのだろうか。

 しかし、である。“あの時”とは異なり、今の生徒達に慢心はない。『ES能力者』としての“慣れ”はあるが、慢心しているわけではないのだ。加えて、一年程度とはいえ『ES能力者』として訓練を重ねてきた。『防殻』も満足に発現できなかった“あの時”とは違う。


 ――さすがに、今回は勝機があるだろう。


(って、思う奴が何人かいるんだろうなぁ……)


 砂原の言葉を聞き、博孝はため息を吐いた。

 砂原の実力を知る博孝としては、相変わらず勝ち目が見えない。さすがに『収束』を使ってくることはないと思いたいが、もしも使われれば完全に勝ち目がなくなる。そこまで大人げないことはしないだろう――と、思いたかった。


「諸君らも成長しているからな。さすがに今回は一撃当てたら欲しいものをくれてやるとは言えん。だが、食堂で晩飯ぐらいは奢ってやろう。一人でも有効打を当てることができたら、諸君らの勝ちだ。全員に晩飯を奢ろう」


 砂原がそう言うと、生徒達から歓声が上がった。その間に、博孝は里香と目線を交わし、頷き合う。


「教官、模擬戦を開始する前に準備の時間が欲しいんですが」

「じ、十分で良いので……」


 博孝と里香が挙手をして言うと、砂原は面白そうに目を細めた。


「準備の時間か。実戦でそんなものはない、と言いたいところだが、折角だ。時間をくれてやろう。十分だな?」

「あざーっす! よし、全員ちょっとこっちに来い! 作戦会議しようぜ!」


 博孝が手を叩きながら言うと、他の小隊長達は目配せを交わし、小隊員と一緒についていく。相手は砂原なのだ。一致団結して立ち向かわなければ、初めての模擬戦の二の舞になる。

 砂原から距離を取り、博孝はクラスメート達を円形に集まらせる。その中心に近い部分に各小隊長を集め、生徒全員に聞こえる程度の声量で博孝は話し始める。


「最初に聞いておくけど……普通に戦って教官に勝てると思う奴、挙手」


 博孝が問うと、何人かの生徒が手を挙げた。それを見た博孝は、怒りの形相を浮かべる。


「アホか! 白昼夢を見てんじゃねぇ! 現実を直視しろ!」


 怒声を浴びせると、その生徒は驚きながら手を下げた。


「で、でもよ……さすがに勝てるんじゃないか? 一年程度とはいえ、最初に模擬戦をした時と比べれば俺達もES能力が扱えるようになってるし……」

「みらいちゃんを入れたら、こっちは三十三人。ほとんど大隊規模よ? さすがに押し切れると思うけど」


 『ES能力者』は四人一小隊が九つ、十二人一中隊が三つ、三十六人で一大隊だ。それを踏まえれば、一対大隊という構図になる。聞くだけならば、負けるとは思わないだろう。

 だが、砂原が空戦の一個中隊を叩き潰したことを知っている博孝としては、何人かの生徒の予想は蜂蜜よりも甘い幻想であり、みらいお手製の謎物体(ダークマター)よりも辛い現実が見えているのだ。


「わ、わたしも無理だと思う……だから、作戦を立てないと」


 博孝の隣に立った里香が、博孝の言葉を補足するように言う。その距離が以前よりも若干博孝に近く見えるのは、気のせいか。


「作戦か……で、どうする?」


 第六小隊の小隊長を務める中村が、真剣な顔になった。第四小隊の小隊長である希美も、それに従う姿勢を示す。


「河原崎君の考えは?」


 希美が促したことで、他の小隊長も真剣に博孝を見た。博孝はふざけることが多いが、第一小隊をまとめる小隊長としての腕は周知のものである。博孝が率いる第一小隊に勝つことが出来ず、策を持って当たってもそれを打ち破ってくるのだ。故に、真剣な場での博孝に対する信頼は高い。普段は、『騒がないと死んでしまう病気にかかった可哀想な奴』と思われているが。


「まず、今回の教官はES能力を容赦なく使ってくるだろう。前回みたいに体術オンリーとは思えねぇ」

 言いつつ、博孝はグラウンドに座って砂の上に指を走らせていく。

「だが、最初はこっちの様子見に徹するはずだ。俺達がどれだけ成長しているかを確かめ、その上で叩き潰すはず」


 砂原を示す丸印と、博孝達を示す丸印が地面に描かれる。里香も博孝の隣に座りこむと、小隊分の八つの丸印を描く。


「せ、接近戦は無謀だと思う。でも、“わたし達”に有利な点があるとすれば、それは数の多さ」

「そうだ。だから、この“数”を活かす」


 博孝は里香が描いた八つの丸印を指差し、時に移動させながら説明を続けた。


「いいか? 作戦はこうだ――」


 十分間、質疑応答を交えながらも博孝達は作戦をまとめる。

 そんな博孝達を、砂原はどこか楽しそうな顔で眺めていたのだった。








『十分経ったな。そろそろ、模擬戦を開始するとしよう』


 砂原から『通話』で声が響く。それを聞いた博孝達は表情を引き締めると、第一、第二小隊を中心にして横一列に並んだ。


「さーて、それじゃあ頑張るっすよ“大隊長”」


 緊張を解すように、恭介が笑う。それを聞いた博孝は、余裕を示すように笑い返した。


「大隊長か……良い響きだな。負けたら敗戦の責任取らされるけどな!」


 周囲の緊張も解すように、博孝は言う。それを聞いた何人かが小さく笑い、砂原という強敵を前にした割には適度に力が抜けた。


「大丈夫よ、博孝」


 そんな博孝に、傍に立っていた沙織が声をかける。博孝が首を傾げると、沙織は微笑んでみせた。


「わたしが、あなたを負けさせないわ」

「……ああ。期待してるぜ沙織」


 戦闘の前だというのに、少しだけ博孝の胃が痛んだ。博孝はそれでも気を取り直すと、五十メートルほど離れた位置にいる砂原に視線を向ける。

 生徒を一瞥した砂原は、片手に光弾を生み出す。そしてそれを宙に向かって撃ち出し――空中で弾けた瞬間、それが模擬戦開始の合図となった。


「“全員”『射撃』準備!」


 開始と同時に、博孝は声を張り上げる。それと同時に自身も『射撃』で光弾を発現した。

 生徒のほとんどは『射撃』を習得している。そのため、開始三秒と経たずに空中に百を超える数の光弾が出現した。


「――撃て!」


 博孝の合図と共に、宙を斬り裂いて光弾の雨が砂原へと殺到する。


 ――初手に、全火力を叩きつける。


 博孝が取ったのは単純で、だからこそ効果が高い手だった。あらかじめ手加減は不要と言い聞かせているため、全員可能な限りの『構成力』を込めて光弾を発射する。

 砂原は僅かに驚いたような表情を浮かべ――その姿が、光弾の雨に飲み込まれた。光弾はほとんど狙いを外さずに砂原に命中すると、大きな爆音と輝きを発生させる。地面に着弾した光弾が、砂煙を巻き上げる。

 全弾とは言わないが、八割は命中しただろう。少なくとも、博孝が食らえば耐えきれる自信がない。全力で『活性化』を使って防御しても、爆発四散は間違いなしだ。


「やったか!?」

「やめるっすよ博孝! それはやれてないフラグっす!」


 思わず声を上げる博孝に、恭介がツッコミを入れた。だが、博孝もこれで勝負がついたとは思っていない。


「三から五、六から八の小隊は『射撃』の次弾を発現しつつ右翼と左翼に展開! 鶴翼の陣を敷け!」


 ノリノリで指示を出す博孝。各小隊は博孝の指示に従い、砂原を待ち受けるために鶴翼の陣を敷く。一ヶ所に集まっていた場合、接近した砂原によって蹂躙される危険性があるのだ。博孝が鶴翼の陣の中央部で砂原の挙動を注視していると、砂煙が風に流されていく。

 そして、傷どころか砂埃一つ身に浴びていない砂原が姿を見せた。その体には『防殻』らしきものをまとっているが、放たれる圧迫感は『防殻』の比ではない。


 そう――砂原は『収束』を使っていた。


「お、大人げねぇー!?」


 その事実に気付いた博孝は、思わず叫んでいた。さすがに使わないだろうと思っていたが、真っ先に使用したのだ。


「何を言う。全力で、死力を尽くして、死に物狂いで、と言ったぞ? これはもちろん、俺にも適用される」

「やめてください死人が出ます!」


 砂原が死に物狂いで襲いかかってきたら、逃げられる気すらしない。

 実際には、『防壁』では全生徒の一斉『射撃』を防げるかわからなかったために『収束』を発現したのだ。だが、常に発現していれば砂原の勝利は揺るがないため、すぐに『防殻』に切り替える。


「ひ、博孝君!」

『ちっ! 右翼、左翼は各自距離を取りながら時間差をつけて『射撃』を撃て! 足は極力止めるな! 射線には気をつけろよ! フレンドリーファイアした奴はあとで飯奢りな!』

『第六リーダー了解! それにしても、無傷はさすがに堪えるな!』

『第四リーダー了解! 教官ですもの』


 砂原に悟られないよう、博孝は『通話』で指示を行う。各小隊は足を止めず、砂原を挟みこんだ陣形で『射撃』を敢行した。しかし、砂原が『防壁』を発現して防御すると、その鉄壁を揺らがすこともできない。


『『射撃』は継続! 教官のことだ――』


「ふむ……まずは指揮官を潰すか」


『――こっちにくるぞ!』


 それまで無造作に『射撃』を防御していた砂原が、僅かに前傾姿勢を取った。そして、その姿が一瞬で掻き消える。


「沙織!」

「ええ!」


 博孝の声に、沙織が応えた。何もない空間に向かって大太刀を振り下ろし――甲高い音と共に大太刀が空中で停止する。そこには足を止めた砂原の姿があり、大太刀は砂原の右の手の平で受け止められていた。


「『防殻』があるとはいえ、素手で止めるか普通!?」


 驚愕しながら、博孝は恭介やみらい、第二小隊の攻撃型と共に前面へ出る。指揮をしている者が前に出るのは悪手だが、砂原を相手にして接近戦を可能とする者は少ない。

 卑怯という言葉など放り出し、博孝達は四方八方から砂原へ襲いかかる。だが、砂原はそれを足捌きや体捌き、時には受け流すことで回避し、一撃たりとも有効打を許さない。


「み、みんなっ! 方円陣に移行!」


 博孝達が砂原の足止めをしている間に、里香が指揮を代行して声を張り上げる。大声を出すのが恥ずかしいのか、その頬は僅かに赤く染まっていた。

 元々、方円陣は“外”の敵に対する陣形である。だが、今は陣の中心に砂原が存在し、それを博孝達が足止めしていた。

 周囲を囲んだのを確認し、博孝と沙織を残して砂原に接近戦を挑んでいた者が離脱する。その際、みらいが置き土産とばかりに『固形化』で発現した棒を砂原に叩きつけ、その膂力を以って僅かに体勢を崩させた。


「ぬっ!?」


 みらいの体躯に見合わぬ打撃の重さに、砂原は眉を寄せる。防御は固めていたが、初めて戦った時以上の威力だった。博孝から常日頃『活性化』を受け、ES能力が安定した結果なのだろう。


「今だ!」


 博孝は『防殻』に隠して『活性化』を行うと、沙織を抱きかかえて『瞬速』を実行。わざと空けておいた場所へ避難し――里香が叫んだ。


「い、今っ!」


 再度放たれる、『射撃』の雨。先ほどとは異なり、今度は全方位からの一斉射撃だ。それも、フレンドリーファイアを避けるために斜め上からの撃ち込みである。砂原が体勢を崩した瞬間に『瞬速』で避難したため、中心部にいた砂原に『収束』を行う暇はないと博孝は思った。

 失敗前提の『瞬速』だったため、着地に失敗して沙織を抱きかかえたままで地面を転がる羽目になったが、博孝はすぐさま飛び起きる。そして離脱の際に抱き締めていた沙織を離すと、沙織は真剣な眼差しで『射撃』が着弾した砂原へ視線を向けた。


「どう思う?」


 博孝も砂原が立っていた場所を見ると、真剣に尋ねた。すると、沙織は一つ頷く。


「博孝って、意外と筋肉質なのね。抱き締められてビックリしたわ」

「その発言にビックリだよ!?」


 まさかの発言に、博孝は目を剥いて驚いた。沙織なりの冗談なのだろうと、博孝は思いたかった。沙織はそんな博孝に向かって微笑むと、表情を引き締めて砂原のいた場所を見る。


「無理、ね。わたし達の攻撃手段じゃ、“ほとんど”防御が抜けないわ」

「……だよな」


 最初から真剣にそう言ってほしかった。博孝はそう思ったものの、戦闘中にあっても沙織が余裕を持っていることを嬉しく思う。以前ならば率先して砂原に挑んだだろうが、今の沙織は博孝の指示にきちんと従い、自分の成すべきことを成している。

 再び巻き上がった砂煙が視界を遮っているが、博孝はその砂煙が不自然に揺らぐのを見て取った。


「っ!? 全員散開!」


 悪寒を感じ、博孝はすぐさま指示を出す。生徒達はそれに従って散開する――よりも早く、砂煙を打ち破りながら光弾が飛来した。


「防御型は『盾』を張れ!」


 『探知』で光弾に気付いていた博孝が、すぐに指示を出す。防御型の生徒達はそれに従って『盾』を空中に発現する。


「なっ!?」

「打ち破られた!?」


 しかし、砂原が放った光弾を防ぐには足りない。生徒達が張った『盾』を易々と撃ち抜くと、数名の生徒を吹き飛ばす。


「全員退け! 回収できるなら被弾した奴を回収! 支援型が回復を――」


 博孝は一度距離を取ろうとするが、砂煙の中から出てきた砂原を見て声を失う。博孝が予想した通り、砂原は『収束』を使って防御していなかった。その代わり、三重に発現した『防壁』で生徒の『射撃』を防いでいたのである。

 『収束』よりも『防壁』を三重に発現する方が時間がかかる。その点を考えると、多少体勢を崩した程度では何の影響もなかったのだろう。

 さらに、その『防壁』の周辺には二十を超える光弾が浮かんで待機しており、発射の時を今か今かと待っていた。


「さて――何人耐えるか?」


 砂原から放たれる、数多の光弾。それは生徒の『射撃』と比べると、高速かつ強力。狙いも正確であり、距離を取ろうとした生徒達を容赦なく狙い撃つ。


「防ぐな! 避けろ!」


 並の防御では防げないと看破し、博孝は回避を命じる。だが、放たれた光弾を避けられる者は少ない。しかも、砂原の周辺に浮かぶ光弾は撃ってもその数を減らすことなく、次々に追加されていく。

 先程博孝達が行った一斉『射撃』がショットガンによる面制圧なら、砂原が行っているのはライフルによる狙撃である。しかも、ライフルなのにマシンガン並の連射性能を持つという規格外振りだ。事実、砂原が使っているのは『射撃』ではなく『狙撃』だった。生徒達の中でも習得している者がいない、五級特殊技能である。


「くっそ! どこのラスボスだ!? 遠距離戦でもここまで強いのかよ!?」


 次々と『狙撃』に被弾する生徒が出る中で、博孝は必死に回避を行っていた。博孝が指揮を執っているからか、それとも別の理由があるのか。生徒が減るごとに博孝を狙う光弾の数が増えていく。

 博孝はそれらを回避し、『射撃』で弾幕を張って相殺し、『活性化』を使った『盾』で防御する。すでに、各小隊は小隊として機能していない。第一小隊でさえ、散り散りになっていた。博孝が近くにいると、砂原の光弾が多く割り振られるのである。そのため、博孝は小隊から離脱していた。


『何人残ってる!?』


 博孝は逃げ回りつつ、生徒に向けて『通話』を飛ばす。


『第二小隊、残りは一人だ!』

『第四小隊は残り二人。第三小隊は全滅!』

『第五小隊は俺だけ――ぐあああっ!?』

『第六小隊はわたしだけ。第七、第八は全滅』


 途中で悲鳴が上がったのは、砂原の放つ光弾に被弾したのだろう。砂原も手加減はしているのか、何人か血を流しているものの気絶しているだけだ。


『博孝、こっちは無事よ。里香も恭介もみらいも無事』

『沙織っちが光弾を叩き斬ってるから無事っすけど、そろそろやばいっす!』

『……ん。げんき』


 走りながら視線を巡らせると、里香を背に庇った沙織が大太刀で光弾を叩き斬っていた。いくら『狙撃』と言えど、四級特殊技能の『武器化』が相手ならば立ち向かえるらしい。その沙織の隣では、沙織の手が回らない光弾をみらいが叩き落としていた。恭介が『盾』を使って威力を減衰し、みらいが弾くという作業を行っている。


『残り九人……教官め、はしゃぎ過ぎだろ!』

『ど、どうするの?』


 沙織に守られた里香が、作戦の提示を求めた。里香自身も思考を巡らせ、可能な手を模索している。


『……正直、手がない。あの弾幕を掻い潜って接近するのは無理だ』

『うん……“掻い潜る”のは無理』


 里香の言葉に、博孝は内心で頷く。余力がある内に勝負に出る必要があるだろう。そして、今回の勝利条件は砂原に一撃でも当てることだ。しかし、砂原の防御手段を貫ける者は“ほとんど”いない。


 そう――“ほとんど”なのだ。


 博孝は『瞬速』を使い、着地に失敗して地面に転がりながらも第一小隊の傍に移動する。それを見た砂原は眉を寄せ、光弾の半数を第一小隊に向ける。

 すぐさま立ち上がった博孝は、小隊員達に目配せすると一気に駆け出した。


「一点突破! いくぞ恭介!」

「こうなったら、死なば諸共っすよ!」


 博孝と恭介が駆け出し、降り注ぐ『狙撃』を必死に防いでいく。その後ろに里香とみらいが続き、沙織は最後尾を追走した。それを見た他の生き残りの生徒も、砂原に向かっていく。

 砂原に向かって一直線に突き進み、博孝は『射撃』で砂原の光弾を誘爆させ、恭介とみらいは協力して光弾を弾く。里香は砂原目がけて光弾を放つが、里香の攻撃力では防御を抜くことはできない。それでも視界を塞ごうと、砂原の顔を目がけて光弾を放つ。

 博孝達が接近している間に、他の生徒達は全員倒れ伏していた。先ほどまで残っていた生徒も、被弾して意識を失ったらしい。それを確認した砂原は、口元を吊り上げる。


「中々頑張るじゃないか。では、これはどうだ?」


 砂原が手をかざすと、『構成力』が一点に集まっていく。それを見た博孝は、頬が引きつるのを感じた。


「まさか――」

「そう。これが『砲撃』だ」


 言葉と同時に、巨大な閃光が放たれる。人間一人を軽く飲み込むほどの、巨大な閃光だ。当然ながら手加減はしているのだろうが、それでも『防殻』を撃ち抜いて気絶させる威力はある。『盾』で防ぐには、『砲撃』の規模は巨大すぎる。『盾』ごと飲み込まれるだろう。


「防御型――舐めんなああああっ!」


 全力で『防殻』と『盾』を発現した恭介が前面へ駆け出し、僅かでも威力の減衰を試みる。里香とみらいもそれに続き――耐えきれずに三人を吹き飛ばした。しかし、三人の力により、『砲撃』は消滅する。

 残った博孝は沙織の前に立つと、砂原との距離を詰めようとした。


「では、次だ」


 そう言って放たれる、二発目の『砲撃』。博孝は心中で『本気で大人げねぇ!』と叫ぶと、可能な限り多くの『盾』を発現して防御態勢を取る。沙織も『防壁』を発現し、砂原の『砲撃』を防ごうとした。


 ――だが、足りない。


 博孝と沙織も『砲撃』に飲み込まれ、一緒に吹き飛ばされる。博孝と沙織は“折り重なるようにして”地面に倒れ込んだ。だが、二人とも『防殻』は消えていない。


(こんなものか……)


 博孝と沙織が倒れたのを見て、砂原は内心で呟く。

 第七十一期訓練生達は、予想よりも健闘した。『収束』を使うつもりはなかったが、真っ先に使うことになるとは思わなかったのだ。

 容赦の欠片もない、全火力を集中させた先制攻撃だったが、砂原としては評価が高い。個の力が足りなければ、それを集めて使えば良いのだ。初めて模擬戦闘を行った時と比べて、遥かに“戦闘”になっている。


「どうした? もう終わりか?」


 そんなことを考えていた砂原の周囲には、教え子である第七十一期訓練生達が死屍累々の様子で横たわっていた。きちんと手加減をしているため、死んでいる者はいない。多少血を流している者もいるが、殺してしまうようなヘマはしていなかった。

 生徒一人ひとりの防御力を見極め、それをギリギリで上回る威力で攻撃を叩き込んだだけだ。酷くても、裂傷と打撲程度である。

 『ES能力者』として一年近い修練を重ねたといっても、砂原からみれば卵に入ったヒヨコだ。自分の殻を破り、その足で立ちそうな者もいるが、砂原にとっては等しく弱者。

 そんな教え子達を、卒業までにどれほど鍛えることができるか。それが、最近の砂原の悩みだった。


「ま……だまだぁっ!」


 地面に倒れていた博孝の体が、勢いよく跳ね上がる。それと同時に沙織も起き上がり、『武器化』で大太刀を発現して斬りかかった。


「ほう、まだ立ち向かう元気があったか」


 感心したように言うが、砂原に油断はない。殺してない以上、起き上がる可能性は当然のようにあるのだ。『防殻』も消えてない以上、博孝と沙織が起き上がるのはわかっていた。

 『活性化』を使用して耐えていたのか、博孝の動きは鋭いままだ。沙織は博孝の背中に続き、砂原から大太刀が“見えない”よう後ろ手に構えている。

 博孝は残った『構成力』を全て叩き込む気持ちで『射撃』を発現し、砂原に向けて発射すると同時に自身も跳びかかる。


「――甘い」


 博孝の『射撃』を難なく弾いた砂原が、博孝の鳩尾に固めた拳をめり込ませた。博孝の『防殻』を貫き、そのまま体も貫通するのではないかと思うほどの衝撃が博孝を襲う。

 生身の人間だった頃に、勢いをつけた鉄球が直撃すればこのぐらいの痛みになるのではないか。そんなことを思いつつ、空中で拳をくらった博孝は歯を食いしばって砂原の腕を取る。

 そして自分の体で砂原の視界を塞ぎ。


「博孝!」


 沙織の声を聞き、空中に『盾』を発現して蹴りつけ、その場から離脱した。

 博孝の体が砂原の視界から消えると同時、大太刀を突き出す沙織の姿が砂原の視界に映る。

 第七十一期訓練生の中で砂原の防御を貫くことができる者がいるとすれば、それは沙織しかいない。

 沙織は砂原の肩を狙って大太刀を突き出し――砂原が発現した『盾』によって阻まれる。甲高い音を立て、『盾』の半ばまで刃先を埋めながらも、空中で大太刀が停止した。もしも相手が博孝だったならば、『盾』は容易に貫通しただろう。

 動きを止めた沙織を見て、砂原は沙織の意識を奪うべく動こうとする。


「――まだ!」


 沙織は右手を離してもう一振り大太刀を発現し、砂原の胴を薙ぐ。しかし、その程度の斬撃は砂原には届かない。『防殻』だけで防ぎきれる威力だ――普通ならば。


「っ!?」


 大太刀の刃が、砂原の『防殻』にめり込む。それに気づいた砂原は、瞬時にその場を『瞬速』で離脱しようとした。だが、それよりも沙織の動きの方が速い。渾身の気合いを込めて、沙織は大太刀を振り抜く。


 ――砂原の体が浮き、大きく弾かれる。


 宙に浮いた砂原の視線の先で、博孝が悪戯っぽく舌を出した。

 砂原の『砲撃』を受けて倒れた時、博孝は沙織と折り重なるようにして倒れた。その際、密かに沙織に対して『活性化』を行っていたのである。

 『活性化』で生じる薄緑色の『構成力』を隠すために二人とも『防殻』を発現したままだったが、砂原から容赦なく追い打ちが行われたら負けていた。しかし、これは実戦ではなく模擬戦である。砂原の性格から、追い打ちはないと博孝は判断して実行に移した。

 その結果が、沙織に一太刀受けた砂原の姿である。沙織の振るった大太刀は『防殻』を斬り裂き、僅かとはいえ砂原の脇腹に傷をつけている。毛ほどながらも、一筋の切り傷が砂原の脇腹に刻まれていた。

 博孝は地面に着地すると、沙織と手を打ち合わせた。


「やったな!」

「やったわね!」


 喜ぶ博孝に、沙織も笑顔で応える。博孝は砂原から受けた拳が鈍い痛みをもたらしていたが、それを隠して喜びの声を上げた。

 ES訓練校に入校して一年弱。第七十一期訓練生全員で戦い、初めて砂原に一撃を入れた瞬間だった。

 砂原は戦闘服が斬られ、脇腹に一筋の傷がついていることを確認する。そして、驚きに目を見開いた。


(今回も無傷で終わると思ったが……してやられたか)


 博孝は『活性化』を使っていたが、それは他のES能力に紛れ込ませていたため、周囲から見ただけではわからない。その点からも、砂原としては認めざるを得ない。独自技能を周囲の目から隠しきった上で、砂原に一撃を入れたのだ。

 密かに沙織に対して『活性化』を行い、博孝が可能な限り砂原の視界を塞ぎ、身体能力やES能力を強化した沙織が一撃を入れる。

 生徒全員での攻撃で砂原の防御が破れなかった場合に、至近距離で砂原の『防殻』を破り得る唯一の手段。綱渡りの部分があったとはいえ、博孝と沙織はそれを成し遂げた。

 常に『収束』を発現していれば、沙織といえど砂原の防御を抜くことはできない。だが、それでも今回は死力を尽くして砂原の『防殻』を破っている。

 これが本当の戦闘だったら、生徒達はなす術もなく負けただろう。作戦を立てる暇もなく、一方的に蹂躙されたに違いない。砂原が受けた傷も、『接合』を発現しながら一撫ですれば完治する程度の傷だ。

それでも――今回は生徒達の勝ちだった。


「おーい! みんな起きろ! 勝ったぞ!」

「里香、起きて。勝ったわよ」


 喜び、気絶した生徒を起こす博孝。沙織は里香のもとへ駆け寄り、『接合』を行いながら優しく揺り起こす。

 目を覚ました生徒達は博孝の言葉を聞き、博孝と同じように歓喜の声を上げた。そして、互いの健闘を称えるかのように肩を叩き合う。支援型の生徒は傷を負った生徒の手当てに回り、傷を癒し始めた。

 そんな生徒達を見て、砂原は静かに笑みを浮かべる。


(なるほど……“全員”成長しているんだな)


 博孝や沙織のように訓練生としては優秀な力を持たない者も、きちんと成長している。それが確認できて、砂原は満たされるような感情を覚える。しかし、ここで満足するわけにはいかない。

 生徒達はまだまだ未熟な存在であり、それを少しでも高めていくのが砂原の役目なのだ。今回は一撃を食らうことになったが、次回があれば負けるわけにはいかない。今度は“本気”で、容赦なく叩き潰す必要があるだろう。

 そう思いながらも、砂原は喜ぶ生徒達を見て充足感を覚えた。相手が大隊規模だったとはいえ、言い訳はすまい。


「今回は諸君らの勝ちだな。よし、それでは約束通り、今日の夕食は俺が奢ろう」


 砂原が笑みを浮かべてそう告げると、生徒達は歓声を上げるのだった。


どうも、作者の池崎数也です。

ご感想や評価をいただき、ありがとうございます。大変嬉しく思っています。

少し前回の話で気になる部分があったため、以下に補足など。


第四十二話の補足

「月が綺麗ですね」→「I love you」 (夏目漱石)

「私、死んでもいいわ」→「I love you」 (二葉亭四迷)


いただいたご感想の中でもご指摘があったため、一応補足をさせていただきます。




今回の補足

Q.今回の話を台詞一つで例えると?

A.砂原「死ぬがよい」


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