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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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閑話:それは遠い日々の記憶

 ――東京某所。


 “その場所”は、住宅地から離れた山の麓に存在していた。


 広さは大きめの公園程度で、ところどころに様々な種類の木が植えられている。それらの木々は季節によってその装いを変え、春には満開の花びらを、夏には青々とした葉を、秋には色鮮やかな紅葉を、冬には寒さを堪えるかのような枝ぶりを見せてくれるだろう。

 だが、それらの光景を実際に見る者はほとんどいない。木々は手入れこそ行き届いているものの、その場所に人が訪れることは少ないからだ。


 理由は単純である。


 その場所は公園のように誰でも訪れることができるわけではなく、公的には軍事施設として扱われているからだ。


 上空から見下ろせば四角形の形で周囲をコンクリート製の壁に囲われ、侵入者を拒むように壁の上に張り巡らされた有刺鉄線が鈍い輝きを放っている。さすがに『ES能力者』こそいないが銃器を携えた歩哨の姿もあり、常人が忍び込むには難易度が高過ぎるだろう。

 そもそも、忍び込んだとしても大したものがあるわけではない。重要な人物が匿われているわけでもなければ機密情報もなく、精々その場所を管理する兵士達の詰め所があるぐらいだ。


 あとは季節によってはそれなりに見応えがある木々の彩りと――立ち並ぶ墓石の群れが存在するだけである。


 そう――その場所は、端的に言えば墓地だった。


 それもただの墓地ではない。日本の中でも非常に数が少ない、日本に生まれた『ES能力者』が葬られる共同墓地だ。


「…………」


 そして、そんな共同墓地の中を無言のままに一人で歩く男性の姿があった。


 休日にも関わらずきちんと野戦服を着こみ、襟元には陸戦中尉の階級章が光を放っている。左手には柄杓が入った水桶を提げ、右手には紙で包まれた菊の花束が握られている。

 共同墓地では碁盤の目のように等間隔にコンクリートが敷かれており、その男性はコツコツと軍靴を鳴らしながら歩を進めていく。


 その男性をよく知る者が見れば首を傾げるような、ゆっくりとした足取りである。何かを噛み締めるような、粘性の高い水の中を歩くような、酷くゆっくりとしたその動きはどこか影が感じられた。


 男性――砂原はゆっくりと、しかし一度も足を止めることはなく目的の場所へと辿り着く。


 砂原は共同墓地の中でもやや端寄りの一角で足を止め、ふと、何かに気付いたように顔を上げた。

 そこにあったのは一本の木だ。青々とした葉が生い茂っているが、春には満開の花を咲かせる桜が植えられている。


「……桜、か」


 ぽつり、と砂原が呟く。


 砂原が目的としていた場所のすぐ傍に桜の木が植えてあるのは、偶然ではない。桜の木の周囲に建てられた墓石――そこに眠る者達への手向けとして植えられているのだ。


 ただし、この場所に眠っているのかと言われればそれも語弊がある。桜の木から視線を移し、傍にある墓石を見た砂原は“それ”をよく知っている。

 墓石には本来納骨室に納めるべき遺骨がない。あるのは生前本人が使用していた文具や訓練着だけで、髪の毛の一本すら墓に納められてはいなかった。


 『ES能力者』は非常に希少で、その遺体も非常に貴重である。『ES能力者』を研究する上では遺体だろうと重要な研究対象であり、遺骨を墓に入れることさえできなかった。


 下手すると他国のスパイが墓を暴き、盗み出すことさえあり得るほどに。


 ――少なくとも、砂原がかつて生きていた時代はそうだった。


 砂原は水桶を地面に下ろすと、墓石の前に立つ。汚れているなら掃除しようと考えていたが、定期的に手入れがされているのか目立つ汚れは見当たらなかった。桜の木の周囲には他にも墓石が見えたが、それらも綺麗に手入れがされている。


 共同墓地を管理している兵士達が手入れをしているのもあるだろうが、墓地に眠る者の家族ならば民間人でも共同墓地を訪れることができる。申請こそ必要だが定期的に共同墓地を訪れている者がいるのだろう。


 砂原は四つほど墓石を回って菊の花を供えると、今度は懐から線香の束とライターを取り出し、火を点けて供える。そしてそれぞれの墓石に対して両手を合わせ、数分にも渡る黙祷を捧げた。


 そうして黙祷を終えた砂原が目を開けると、不意に墓石に刻まれた文字が視界に入る。


 名前や命日だけではなく、『第一期訓練生』という文字を見て砂原は深くため息を吐いた。


 ここに眠るのは、砂原と訓練校で同期だった者達である。日本で初めて造られたES訓練校におけるその一期生にして、在学中に命を落とした者達四名の墓石がこの場にはあった。

 砂原は彼ら、彼女らの生前の姿を思い出すように目を細めながら、周囲の墓石を見回す。続いて慣れた仕草で懐から煙草を取り出すと、火を点けて紫煙を吸い込んだ。


「長い……ああ、長い月日が経ったが、やっと平和な時が訪れたぞ」


 そして、万感の想いを吐くようにして紫煙を吐き出すのだった。








 ES訓練校が設立されたのは、今から四十年近い時を遡った頃の話である。


 第二次世界大戦時に現れ、それ以降数を増やし始めた『ES能力者』に対して専門的な教育を施すことを目的として設立されたものだ。


 現在でこそ四桁を超える数の『ES能力者』が存在する日本だが、いきなり数が増えたわけではない。“その段階”に至るまで長い年月を要したのは当然のことだろう。


 後年『武神』とあだ名されるようになる長谷川源次郎により、世界中に名を広めた『ES能力者』。


 その戦闘能力の高さと既存の兵器では殺傷し難い頑丈さ、更には当時の戦闘機を遥かに上回る速度で空を飛び回る身軽さから、世界各国が血眼になって『進化の種』を探していた時代でもある。


 日本において『進化の種』に適合する者を見つけるべく『ES適性検査』が義務付けられたのは砂原が幼少の頃で、当時白黒のテレビでニュースが流れていたのを砂原も覚えている。


 徐々に見つかり始める『進化の種』と、『ES適合者』。そしてごく僅かながらも『ES適合者』の子供にES能力の発現が認められ、両者を併せて『ES能力者』という呼称が広く浸透し始めたのもこの頃だ。

 同時に『ES寄生体』が猛威を奮い、源次郎や藤堂といったES訓練校が設立されるよりも前に『ES能力者』になった者が休む暇もなく日本中を飛び回った暗黒の時代でもある。


 砂原が『ES能力者』になったのは十五歳の頃。『ES適性検査』によって『進化の種』に適合し、完成したばかりのES訓練校に放り込まれることとなった。

 だが、ES訓練校といっても設立当初は手探りの連続だった。何故ならば『ES能力者』に関する研究も大きくは進んでおらず、訓練のノウハウに関しても揃っていたとは言い難かったからだ。


 ES訓練校が設立される以前は『ES能力者』が見つかれば即座に部隊に放り込み、任務を遂行しながら先達が教育を施していた。しかしこの教育方法は死傷率が高く、一人前と呼べる技量に育つ者はごく僅かだった。


 少しずつ増えていく『ES寄生体』と、それに対処する源次郎達『ES能力者』。その処理能力はギリギリで、突然部隊に放り込まれた新兵に満足のいく教導を行う余裕はなかったのである。


 当時はそれを不思議に思わなかった砂原ではあるが、今ならば“ギリギリ”だった理由も理解できる。『星外者』が手を回し、『ES能力者』達が常に追い込まれる状況を作っていたのだろう、と。


 そのような暗黒時代とも呼べる年代に『ES能力者』になった砂原だったが、あと一年早く生まれていればES訓練校に入ることもなく、早々に実戦で命を落としていただろう。


 現在――博孝達の世代のように訓練校における教育内容が充実していたわけではないが、それでも訓練校で己を鍛えることができたのは非常に大きかった。


 当時は博孝達のように半年に一度、新たな訓練生が入校してくることもない。一年に一度、それも一個中隊が組めるかどうかという数が入校してくるばかりだった。

 砂原が入校した際も同期は十人を僅かに超える程度で、辛うじて一個中隊が組める人数でしかなかった。


 そんな砂原たちを鍛える教官に関しても、常に『ES能力者』が担当するわけではない。任務の合間を縫って『ES能力者』が顔を出すこともあるが、基本的に陸軍から出向した軍人が教官を担当していた。


 『ES能力者』としてES能力を身に着けるよりも先に、走り込んで体力をつけ、体の動かし方を学び、少ない割合ながらも座学に精を出す。

 そうして軍事教練を施しつつ、ES能力の発現に関して自身で“コツ”を掴めれば次のステップに進む。ただし現代でこそ汎用技能として分類される『射撃』や『接合』、『盾』や『防殻』も、教官となる『ES能力者』がいなければ習得が難しい技能だった。


 時折訪れる『ES能力者』から話を聞き、実際にES能力を使ってもらい、少しずつ『ES能力者』として成長していく。


 それが砂原達、第一期訓練生の日常だった。


 ――試験として実戦に臨み、四人の死者を出すまでの日常だった。








 不意に、砂原の意識が現実へと戻る。


 懐かしむようにして記憶を辿っていた砂原だったが、近づいてくる『構成力』に気付いたからだ。


「――おぅ、こりゃまた珍しい奴がいやがる」


 そして、足音を立てながら近づいてきた人物が無遠慮な声を投げかけてくる。


「……宇喜多か」


 砂原が視線を向けた先。そこには肩に担ぐようにして菊の花束を持ち、言葉通り物珍しそうな視線を向けてくる宇喜多の姿があった。


 今では『暴力医師』などと呼ばれる『ES能力者』であり、同時に、砂原と同期の『ES能力者』でもある。


「どうしてここにいる、と問うのは野暮か」

「ああ、そいつは野暮だな。任務ならともかく、同期の命日に手が空いてんだ。花の一つも手向けにゃ寝覚めが悪くて仕方ねえ」

「……お前は今、“特別な任務”の真っ最中だと思うのだが?」

「おいおい、サボってるわけじゃねえぞ? ミニ砂原……っと、河原崎の坊主達を扱いてる間、手が空けばあちこち応援に行かされるんでな。今日はその帰りだっての」


 宇喜多はそう言って菊の花を墓前に供えると、両手を合わせて目を閉じる。そして一分ほど経ってから目を開け、砂原に倣うようにして煙草を咥えた。


「で? そっちこそどうしたよ? 今はたしか……第三陸戦部隊に行ってただろ? 部下を扱きすぎて過労死させたから逃げてきたのか?」

「お前は俺をなんだと思っている……死ぬ一歩手前までは追い込むが、“それ”を超えさせるわけがないだろう?」

「そういうところだぞお前。だから言ってんだよ」


 砂原が差し出したライターで煙草に火を点けた宇喜多は呆れたように笑う。しかしそんな宇喜多の言葉を向けられた砂原は視線を落とした。


「訓練校で加減を見極められるようなったというのもあるが……もう、以前のようにはいかなくてな。部下を追い込むのも一苦労だ」


 そう言って砂原は携帯灰皿に煙草の吸殻を押し付け、自身の右手をじっと見る。


 肉体的には何の問題もない――が、『構成力』は相変わらず激減したままだ。


 これまで『ES能力者』として何十年も戦い、数え切れないほどの死線を潜り抜けてきた。その経験があるからこそ第三陸戦部隊でも“それなり”に働けているが、以前のように万全で戦うことは不可能になっている。


 部下の教導に関しても以前のような無理は利かず、それこそ博孝達を鍛え上げた時のように一クラス相手に砂原一人で戦うような真似もできなくなった。


 砂原の代名詞とも言える『収束』に関しても、『構成力』が激減したことで以前のように扱えてはいない。


 そうやって自身の右手を見る砂原に対し、宇喜多はため息を吐くようにして紫煙を吐き出した。


「だろうな……まぁ、なんだ、お前の『収束』はほれ、アレだ。制御はともかく、まともに使うならどうしても『構成力』が必要になるからな……だからまぁ、仕方ねえんじゃねえの?」


 そして宇喜多は、どこか慰めるような、励ますような言葉を口にする。


「……お前がそんなことを言うなど、珍しいこともあるものだな」


 明日は季節外れの雪が降るか、と半ば本気で呟く砂原。


 そんな砂原の呟きが聞こえた宇喜多は思わず頬を引きつらせる。


「おいこらテメェ。落ち込んでると思って人が励ましてやればなんて言い草だこの野郎。表に出ろ……ああいや、ここは表だし“みんな”が見てるからな。墓地から出ろ」

「くくっ……その言い方だと、墓場から誰かが蘇ってきそうだな」


 何回――初めて出会った頃から数えれば何十、何百、それこそ何千回にも及びそうな軽口の叩き合い。


 それを“いつも通り”繰り返した砂原は、新たな煙草に火を点けてから僅かに目を伏せた。


 思い返してみれば、宇喜多とは言葉だけでなく拳を交えて幾度も喧嘩をしたものだった。訓練生の頃に遡ってみても、下手すれば毎日のように拳をぶつけ合っていたような気がする。

 砂原も既に五十歳を超え、『ES能力者』としても三十年以上の時を生きていた。それでもこうして顔を合わせれば軽口を叩き合い、分別がついた大人になっても拳を交えた殴り合いに発展しそうになる同期(ゆうじん)に対し、砂原はぽつりと零す。


「だが……すまんな。今の俺ではお前の相手は務まらん」

「……けっ。そんなことを言いながら、いざとなれば『収束』使ってカウンターを叩きこんでくるだろうが」


 砂原の言葉に、宇喜多は視線を逸らす。いつも通りに遊びに誘ったというのに断られてしまった子供のような、拗ねた声色だった。


 そんな宇喜多の様子に砂原は苦笑を零すと、その視線を傍の墓石へと向けて話を変える。


「まだ感傷に浸るべきではないと思っているが……一応とはいえ、平和な時代になって初めての命日だ。普段は中々来れないが、今日ぐらいは“みんな”にも報告が必要だと思ってな」

「中々来れないっつっても来ようと思えば何度でも来れただろうが。俺は月命日でもたまに来るが、ここでお前と会ったのは……あー、今日を入れて三回か? この薄情者め。アイツらも寂しがるぞ」

「……そうだったか?」

「そうだよこの野郎。お前が美由紀ちゃんと結婚した時と、楓ちゃんが生まれた時の報告ぐらいでしか顔を合わせてねえぞこの野郎」


 宇喜多の言葉に砂原は視線を逸らす。言われてみればたしかに、ここ数年はこの場所を訪れていなかった。


 決して同期の者達を忘れたわけではない。ただ、自慢の教え子ながらも長いES訓練校の歴史の中でも類を見ないほど問題が多かった博孝達の教導や即応部隊での任務に追われ、この場所を訪れる暇がなかっただけなのだ。


 ――『零戦』の中隊長として忙しい日々を送っていた宇喜多が相手では、それも言い訳だが。


 視線を逸らす砂原に対して宇喜多は何も言わず、墓石を見る。そして砂原が口にした言葉を舌の上で転がした。


「一応とはいえ平和になったから、ねぇ……いつまで続くのかはわからねぇが、まあ、平和になった……か」

「ああ……」


 含みを滲ませた宇喜多の声に、砂原は言葉少なく頷きを返す。


 地球上から争いがなくなったわけでもなく、『星外者』が再び現れるまでの仮初の平和ではあるが、それがどれだけ尊いものかを二人はよく知っていた。


「“あの頃”は平和と呼ぶにゃあ血生臭い時代だったし、大変でもあった……が、まあ、なんだ。楽しくもあったな」


 宇喜多の声色に滲んでいたのは懐古と寂寥の情。普段の宇喜多らしからぬ声色だったが、砂原は特に言及することなく頷いた。


「そうだな……ああ、そうだ。辛いこともあったが楽しかったとも」


 かけられた言葉にそう返して、砂原は記憶を辿るように目を細める。


 砂原が思い返すのは遠い、遠い、何十年もの月日が経過したことで遠くなってしまった在りし日の記憶。


 それは、『穿孔』と呼ばれることになる男が未熟だった頃の物語。


 様々な出会いと別れを経験した、激動の時代。


 弱くて、甘くて、未熟で――だからこそ輝いてもいた、青春の時代の日々の記憶。








そして盛大に何も始まりません。(3年ぶり2回目)


どうもお久しぶりです、作者の池崎数也です。


今日は4月1日……エイプリルフールということで、お蔵入りしたネタをちょっと吐き出してみました。


前回(3年前)は本編の未来に関する話だったので、今回は過去に関する話です。


ES訓練校が設立され、その第一期訓練生として入校した砂原達。

現代(博孝達)と違って訓練も試行錯誤の連続で、満足できるとは言えない環境。

それでも思春期の子供らしく時に笑い合い、時に励まし合い、時にぶつかり合い、時に恋愛したり、少しずつ成長していく物語――を実際に描く前振りという名のエイプリルフールネタです。


砂原が主役で、今回は出ませんでしたが宇喜多以外でも同期の一人である柳を交えて本編から四十年近く前の世界を描いた、砂原が訓練生だった頃の物語です。

博孝達の世代ほど山あり谷ありとは言えないですが、砂原が『今』に至るまでの過程の物語――というネタでした。


訓練生の時代を経て正規部隊に配属され、町田を始めとした部下を扱きながら『収束』を編み出して、『零戦』に配属されて『ES世界大戦』を戦い抜き、結婚したり子供が生まれたりして、そして『現在』である『平和の守護者』本編に至る――そんな砂原の物語のプロローグ的な物語でした。


前回更新した際にはたくさんのご感想をいただき、ありがとうございました。

返信はできていませんが、全て目を通させていただいています。

本編が完結して三年以上経っていますし久しぶりの更新でしたが、相変わらず温かいご感想の数々をいただき、作者としても嬉しい限りです。

拙作をお読みいただき、改めて感謝申し上げます。

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