閑話:未だ知らぬ、その感情の名は その1
感情というものは複雑怪奇である。
その時々によって様々な変化を見せるが、どんな人間だろうと感情の全てを制御することは非常に困難だ。
ふとした拍子に形を変えていく感情。それは『ES能力者』にとって重要なものであり、戦闘能力に直結することもあるため感情の制御には殊更気を遣う。熟練の『ES能力者』ほどそれが顕著であり、強い『ES能力者』の多くはどんな状況でも自制を忘れない。
『ES適性検査』を初めて受けるのが十五歳というのも、ある程度情緒が育っているからという側面があった。肉体的に成長期を迎え、一般常識や善悪を学んでいるからこそ『ES能力者』になっても大きな問題にはならない。
ES訓練校にて厳しい訓練を課されるのも、肉体だけでなく精神を鍛える必要があればこそだ。彼ら、あるいは彼女らはES能力だけでなく感情を制御する術を学び、将来どんな状況だろうと自制を忘れずにいることが期待される。
これは感情によって『構成力』が増減する『ES能力者』が軍人として行動するにあたり、発揮し得る能力を平均的に見る必要があるからだ。その時々によって発揮できる能力に差があり過ぎるのでは、運用する側としても非常に困るからである。
そういった面から考えれば、『ES能力者』という存在は“兵器”としてそれほど優れていないと言えるだろう。いくら単体でも強力な力を発揮すると言っても、引き金を引けば弾丸を発射する銃器のように安定した運用ができないのだから。
しかし、中には例外も存在する。
一つは、生まれや育ちによって元々感情の制御が上手い、あるいは感情の動きが少ない者。
一つは、非常に前向きでどんな状況だろうと能力をプラス方向に伸ばせる者。
そして最後の一つ――本来育っているべき感情がまったく育っていない者。
河原崎みらいは生まれの特殊さによって三番目に該当し、感情面があまり育っていない。書類上はともかく“実年齢”を考えれば仕方がないのだが、その思考や行動は幼い子どもと大差なかった。
それでも軍務に服することができるほど自制心が強いのは、教官を務めた砂原の手腕に因るものか、あるいは博孝を筆頭とした周囲の助けがあったからか。みらいが幼くとも素直で真っ直ぐに成長しているのは、ある意味では奇跡的とすら呼べたかもしれない。
置かれた環境と周囲の助け、さらにはみらい本人の気質。それらに加えて『ES能力者』として潜り抜けてきた幾多の戦いが様々な成長を促し、『河原崎みらい』という一個の存在を確立してきた。
最初の頃は赤子のように幼かったみらいの精神も成長し、本人が戸惑う程に多くの感情を手に入れもした。
それは喜怒哀楽であり、博孝や“両親”に対する家族愛であり、ベールクト――美鈴という名前を得た妹に対する姉妹愛であり、砂原に対する師弟愛であり、初めて得た友人である楓との友情であり、沙織や里香に対する安心感など様々だ。
だが――しかし、である。
『星外者』の脅威が去り、即応部隊が解体され、次なる戦いに向けて周囲が慌ただしく動く中で、みらいは“未知の感情”を持て余していた。
その感情を形容する言葉を、みらいは知らない。甘やかで温かで、それでいてほんの少しだけ胸が締め付けられるような、その感情の名を。
平和とは次の戦争への準備期間である。永遠に続く平和など有り得ず、戦いがない時にどれだけの準備を行えたかが“次の戦い”に大きく影響するものだ。
『星外者』の撃退に成功した日本の『ES能力者』達もそれをよく理解しており、次の戦いに備えて可能な限り訓練に励んでいる。
その中でも対『星外者』戦で中核を担った者達――博孝を筆頭とした即応部隊の面々は『零戦』の中隊長達に師事しており、将来現れるであろう『星外者』への対抗策として己を鍛えていた。
だが、博孝達が置かれた立場は複雑である。ただ単純に訓練に励んでいれば良いというわけではなく、今後を見据えた立ち回りが求められていた。次代を担う『ES能力者』として、『星外者』を倒した英雄として、相応の役割が存在するのだ。
特に博孝はそれが顕著であり、『星外者』にも通用する己の力を磨き上げつつも様々な場面で駆り出されている。執務に会議に交渉に、挙句の果てには“英雄”としてメディアへの出演と多忙を極めていた。
それは『星外者』との戦いで目立った活躍を見せた者全てに共通することである。
「まあ、それでも俺にできることはそんなにないわけっすけど……」
首都近郊に存在する、『ES能力者』用の軍事基地。対『星外者』戦で活躍した者達が今後のための修行場として与えられたその場所で、恭介は一人呟いていた。
即応部隊の時のように『ES能力者』が訓練を行えるだけのスペースがあり、なおかつ首都に近いという立地条件。これは“もしも”の際に首都防衛の戦力として考えられているからであり――それ以上に、今後を見据えると首都に近い方が都合が良いからだ。
普段ならば朝から晩まで厳しい訓練に励む恭介だったが、今日は非番という名の待機任務である。そのため食堂で朝食を摂り、その後はのんびりとコーヒーを飲んでいたのだが、やることがないため暇を持て余していた。
いくら『ES能力者』が頑丈だといっても、訓練ばかりでは体はともかく精神がもたない。中には睡眠時間を全て削って自主訓練に励める変わり種もいる――それも恭介のごく身近なところに複数いるが、恭介自身はそこまでぶっ飛んでいなかった。
それでも昨今の情勢を鑑みれば外出して遊び呆ける気にもなれず、今日は大人しく自主訓練でもしようかと考えている。そもそも今日の非番も予定外のことであり、親友である博孝を始めとして複数の仲間が仕事で外出しているのだ。
ここでいう仕事とは、『ES能力者』に与えられる任務のことではない。“今後”を見据えて定期的に開催されている『星外者』対策の会議に呼ばれ、首都へと赴いているのだ。
源次郎を筆頭に、『零戦』で中隊長を務めていた藤堂や宇喜多、春日という日本の『ES能力者』の中でもトップクラスの人員に加え、陸戦や空戦から主だった部隊の代表者が招かれ、対『星外者』戦での要となる博孝と沙織、さらには参謀として里香が参加しているのである。
それだけの面子ならば現在利用している軍事基地で会議を行えば良いが、会議に参加するのは『ES能力者』だけではない。対ES戦闘部隊を始めとした陸軍や海軍、空軍の将官クラスが多数参加し、挙句の果てに国政を司る政治家も複数参加するという、恭介からすれば参加拒否したくなる定例会議だ。
『星外者』と戦ったことで受けた被害の復興状況、『ES寄生体』の出現頻度やその戦闘結果、今期の『ES適性検査』の結果、ES訓練校における訓練生の状況など、話し合いの内容は多岐に及ぶ。
今後『星外者』と戦うにあたり、全軍が一致団結する必要があると判断されたが故に多くの将官が参加しているが、場合によっては殴り合い蹴り合いの大乱闘に発展することもある――主に陸軍と海軍がぶつかり合っているとは、恭介が博孝から聞いた話である。
そういった訳で、恭介は会議に参加することなく待機任務に回っているのだ。博孝達や『零戦』の面々がいない以上、仮に『星外者』が現れたとしてもそれと押し留める戦力として。
もちろん、基地に残っている戦力は恭介だけではない。いくら恭介が防戦に優れた『ES能力者』とはいえ、『星外者』が相手となると『活性化』抜きではそれこそ時間稼ぎしかできないだろう。それ故に会議など苦手な面々が基地に残されているのだ。
「きょーすけ、おはよー」
その中の一人、みらいが食堂に姿を見せた。非番とはいえしっかりと野戦服を着ており、いついかなる時でも対応できるようにしている。
みらいは博孝同様、単独でも『星外者』と戦うことができる。そこに恭介が前衛として加われば、同数の『星外者』でも時間を稼ぐこともできるだろう。そう判断され、また、会議などには向いていないという事情から恭介共々基地に残っているのだ。
みらいは朝食が乗ったトレーを両手に持ち、パタパタと恭介の元へと駆け寄る。そしてトレーをテーブルの上に置くと、ソファー席に座っていた恭介の隣にちょこんと腰かけた。
「きょーすけ」
「ん? なんっすかみらいちゃん」
「んふー……なんでもないっ」
博孝達がいないというのに、朝からずいぶんとご機嫌である。ニコニコと笑いながら朝食に手をつけるみらいの姿に、恭介はコーヒーを片手に口の端を釣り上げた。
みらいとは訓練生の頃からの付き合いだが、かつては能面のように表情を変えることがなかった少女がずいぶんと情緒豊かになったものである。妹分として可愛がっている少女の成長を垣間見、恭介は嬉しく思った。
(あのみらいちゃんもずいぶんと子供らしくなって……そりゃ五年もありゃ変わるよなぁ。今じゃお姉ちゃんだし……)
朝食を美味しそうに頬張るみらいの姿を見て和んでいた恭介だったが、気になることがあった。
「みらいちゃん、ベールクト……じゃない、美鈴ちゃんはどうしたんすか?」
この基地に残った戦力の内、みらいとは別に『星外者』と単独で戦える人物。博孝とみらいの妹にして、元『天治会』のメンバーという複雑な過去を持つ少女の姿が見えないことが気にかかり、恭介は尋ねていた。
美鈴という名を与えられた少女は、その“立場”から会議などには参加できない。そのため美鈴を止められるみらいと共に留守番をしているのだが、普段ならば呼ばずともみらいと一緒にいるはずだった。
「ん? あそこにいるよ?」
そう言ってみらいが指差したのは、食堂の入口である。そこには入口から半分だけ体を覗かせ、食堂の内部を窺う美鈴の姿があり。
「ギギギ……」
「ヒィッ!? なんか女の子がしちゃ駄目な顔と声がっ!?」
凄まじい形相で何故か睨んでいる美鈴に気付いた恭介が悲鳴を上げた。
『天治会』に所属していた頃は黒いゴシックドレスという、戦闘に不向きな格好をしていた美鈴。そんな美鈴も今ではしっかりと野戦服を着込んでいるのだが、野戦服を着込んだ銀髪の美少女が睨み付けてくるというのは恐怖でしかない。
それもただ睨むのではなく歯ぎしりでもしそうな、長年の怨敵を見つけたような怒りと恨みが混ざった凶相だった。美人が怒ると怖いものだが、そもそも女性がして良い顔ではなかった。
「み、美鈴ちゃん? そんなところで何してるっすか?」
「貴方に美鈴ちゃんなんて呼ばれる筋合いはありませんわ!」
「い、いや、河原崎さんとか呼ぶのもなんか変な感じだし、呼び捨ては余計に駄目な気がするし……」
かつて交戦した際に焼かれたこともあり、恭介は美鈴を苦手に思っている。殺されかけたことに対する怒りもあるが、『星外者』という絶対者がいた美鈴の立場を思えばまだ呑み込める程度の怒りだ。
博孝が義妹として受け入れ、みらいも実の妹として受け入れている現状、恭介としては無駄に騒ぐつもりはなかった――が、さすがに美鈴の反応が過敏すぎて対応に困る。
「みすず、めっ!」
敵愾心を露わにする美鈴に対し、みらいが叱責の声を上げた。それは叱責と呼ぶには可愛らしいものだったが、当の美鈴は雷にでも撃たれたように体を震わせる。
「お、お姉様? わたしはですね、お姉様のことを思ってですね?」
「めっ!」
「うぅ……」
しょぼん、と形容するしかない様子で身を縮こまらせる美鈴。それはまるで飼い主に叱られた子犬のような有様であり、ベールクト時代の美鈴を知る恭介としては乾いた笑いが漏れそうだった。
外見だけを見れば明らかに美鈴の方が姉のようだったが、こうして見るとみらいの方がしっかりと姉として振る舞っている。みらいも成長したのだなぁ、と恭介は感心半分、兄心半分で頷いた。
「よしっ……へんなかおしてないでこっちにおいで。いっしょにごはんたべよ?」
「……はい」
みらいに誘われれば断れないのか、美鈴は朝食を受け取って恭介達の元へと近づいていく。その間も恭介を睨むようにして見ていたが、当の恭介としては美鈴が何故ここまで敵意を見せているのかわからない。
(俺、何か恨まれるようなことしたっけ……女の子ってわかんないもんっすねぇ)
恭介は内心で首を傾げる。付き合いが浅いのも理由の一つだろうが、美鈴の反応の過敏さは恭介にとって理解不能な領域だった。
敵対していた頃に撃墜した、などというわかりやすい理由があれば納得できるのだが、むしろ恭介は撃墜された立場である。そうなるとみらいが自分に構ってくれないことを拗ねているのかもしれないが、みらいが身近な人物に甘えるのはいつものことだ。
(うーん……)
女心は複雑怪奇で男には理解が難しい代物である。いくら考えても答えは出ないと判断し、恭介は思考を打ち切った。
正直なところ、恭介は自分が女性の扱いが得意だとは思っていない。優花とそれなりに“仲良く”やってはいるが、生まれや育ちが特殊過ぎる美鈴が相手では何の参考にもならないだろう。
恭介はコーヒーを啜りつつも、さり気なく美鈴を盗み見る。
(姉妹なんだから当然っちゃ当然だけど、みらいちゃんに似てるよな……)
みらいと同じく、銀髪に赤い瞳が印象的な美鈴。みらいが十歳ほど肉体年齢を重ねればそうなるであろうメリハリのついた体付きは、清純さと色気が混在している。
戦闘時ならばともかく、平時に落ち着いて観察してみると美鈴は美人という言葉がとても似合う少女だった。それでいてみらいと同じように子供らしいところがあり、それがまた美鈴の魅力を引き出している。
美鈴に似ている女性を恭介の身の回りで例えるならば、沙織が一番近いだろうか。しかしながら沙織は美人ではあるものの美鈴ほど可愛いげがあるわけではなく、刀刃を以ってコミュニケーションを図る困った性格だ。
沙織と里香を足して二で割れば丁度美鈴のようになるのではないか――そこまで考えた恭介は、女性を値踏みするなど失礼だと思い直して頭を振った。
美鈴は“基”となった遺伝子の影響か、あるいは生まれながらにして『ES能力者』だからか、はたまた神の悪戯か。外見の美しさだけでいうなら周囲でも一番かもしれない。
一度殺されかけた身としては、いくら美人でも異性としての好意には結びつかなかったが。
「? きょーすけ、どしたの?」
箸の扱いに苦戦しながら鯖の塩焼き定食と格闘する美鈴を見ていた恭介だったが、“見ていたこと”をみらいに気付かれた。そのため即座に視線を外すと、自然体を装ってコーヒーカップをテーブルに置く。
「いや……箸が使いにくいのなら、フォークとスプーンでもいいんじゃないかって思っただけっすよ」
箸が使えない外国人というのはそれほど珍しいものではない。中には日本人以上に箸の扱いに長けている外国人もいるだろうが、美鈴が使えなくても何の問題はないだろう。
「お兄様もお姉様も使えるのだから、わたしも使えるようになるべきですわ。そう、お二人の恥にならないように!」
(恥って……)
博孝もみらいもそんなことは気にしないと恭介は思う――が、自分がそれを口にしても反発するだけだろうと判断して口を閉ざした。
なお、美鈴が褒め称えたみらいは箸とは別にスプーンとフォークを用意しており、箸で摘まみにくいものはそちらで食べている。
「…………」
「みらいちゃん? 俺の顔に何かついてるっすか?」
自主訓練をすると言ってこの場から脱出すべきか。そんなことを考え始めた恭介だったが、じっと見つめてくるみらいに疑問を覚えて首を傾げる。
「きょーすけ、おてほん!」
「お手本? ああ、実際に箸を使ってみろってことっすね」
何が楽しいのか、笑顔で箸を差し出してくるみらいに恭介は苦笑を浮かべた。それでも箸を受け取ると、みらいはキラキラとした眼差しで自分が食べていた鯖の味噌煮定食を恭介の方へと押しやる。
「あー……」
そして、エサを待つ雛鳥のように口を開けた。どうやら食べさせてほしいようだ。
それをはしたないとたしなめるべきか恭介は悩んだが、可愛い妹分のワガママである。苦笑一つで済ませ、おかずを箸で摘まむ。
「みらいちゃんは甘えん坊っすねぇ。はい、あーん」
「あーん……んっ、おいしい」
満面の笑みを浮かべたみらいは、心底から嬉しそうだった。恭介はそんなみらいの姿に相好を崩すが、二人のやり取りを見ていた美鈴は限界まで目を見開く。
「キ――」
「キ?」
目を見開いたままで小さく声を漏らす美鈴に、恭介が不思議そうな顔をする。その間もみらいが『あーん』の続きをするよう促しているが、美鈴は恭介を睨みながらキ、キ、キと威嚇のような声を漏らし続けた。
「あの、美鈴ちゃん? どうかした――」
「キシャアアアアアアアアァァッ! お、お姉様から離れなさあああぁぁいっ!」
美鈴は堪忍袋の緒が切れて恭介に飛びかかろうとする――が、さすがにそれはまずいのでギリギリのところで自重し、震える指先を恭介に突きつけた。
美鈴としても、自分の立場は理解している。色々と事情があったとはいえ、『天治会』に所属していた自分の立場は非常に脆いものだ。何か問題を起こせば自分だけでなく、監督責任を負う博孝にまで迷惑がかかる。
だからこそ美鈴は暴れこそしないが、強烈な不満を発することだけは止められなかった。
「キシャアって……」
それに対する恭介は、微塵も気圧されることなく頭を掻いた。女の子として出してはいけない奇声を出してしまった美鈴だが、その姿は恭介からすれば親友の姿に重なって見える。
「うーん……外見はみらいちゃんそっくりなのに、性格は博孝に似てるっすねぇ」
「褒めても許しません! さあ、お姉様から離れてください!」
外見はみらいにそっくりだが、性格は博孝に似ている。それを褒め言葉だと受け取った美鈴に恭介は苦笑を深めると、みらいの行動に関して己の見解を述べた。
「いやほら、今日は博孝に沙織っち、岡島さんがいないっすからね。最近はいつも忙しいし、今日も会議で外出してるし、甘える相手が他にいないだけっすよ」
恭介からすれば、みらいがこうやって誰かに甘えるのは珍しいことではない。それこそ訓練生時代などはクラスメート全員から可愛がられる妹分だったのだ。一部の男子生徒がみらいに近づくと、博孝もしくは周囲の女子生徒に強制排除されていたが。
「お姉様を誑かして……いっそのこと……でも、それだとお兄様にも迷惑を……ぐ、ぐぬぬぬ……」
「やべえ、話を聞いてねえ! 変なところまで博孝に似てやがる!」
ぶつぶつと物騒なことを呟く美鈴の姿に恭介は驚愕の声を漏らした。博孝の場合は素か演技かわからないが、場のノリに合わせて物騒なことを仕出かす一面がある。美鈴にもその片鱗が見える辺り、兄妹らしいとも言えた。
「きょーすけ、つぎっ! つぎっ!」
美鈴を止める立場にあるみらいといえば、『あーん』の続きを求めて口を開けている。美鈴が本気で凶行に及ばないと信じているからだろうが、その辺りのマイペースさもまた、博孝の兄妹らしいと言えた。
さてどうしたものか、と頭を悩ませる恭介。待機任務という名の非番で時間はあるが、この場に留まっていると美鈴が限界を迎えて飛びかかってきそうだ。
(いやいや、さすがにそれは……ん?)
何か理由を作ってこの場から離れようと考え始めた恭介だったが、非番ということで持ち歩いていた私用の携帯電話が着信を告げた。そのため携帯電話を取り出して発信者の名前を確認すると、そこには『優花ちゃん』という文字が表示されている。
「おっと、電話が……ちょいと失礼」
恭介は助かったと安堵しながらみらいに箸を返すと、通話ボタンを押しながら席を立つ。
「もしもし? 優花ちゃんっすか?」
『あー……うん、そう。電話がつながったってことは非番だろうけど、今って大丈夫?』
憎からず思っている優花からの電話に声を弾ませる恭介だったが、そんな恭介とは対照的に優花の声はどこか暗い。
ひそひそと、声を落として都合を尋ねる優花に首を傾げる恭介だったが、優花と話すためならば次の瞬間に『星外者』が襲いかかってきたとしても殴り飛ばす心境だった。
『その、ね? “例の件”なんだけど……』
だが、優花の話を聞いて浮ついていた気持ちがすとんと地に落ちる。
例の件――それは『星外者』と戦う直前に優花が恭介個人に対して応援の言葉をかけたことを指すが、無事に戦いを乗り切った現在では厄介な問題へと変貌していた。
人気絶頂と言って良いアイドルが個人を応援する。それだけならば大きな問題にならないかもしれないが、そこに様々な要素を付け足すと凶悪な爆弾へと進化するのだ。
――『ES寄生体』などが大暴れして危険な状況で。
――ラブソングとも呼べる歌を歌った後で。
――ラジオという誰でも聞ける公共の電波に乗せて。
――“大切な人”だと明言した上で。
――恭介を応援したのだ。
その結果、何が起こったか。『星外者』との戦いが終わったことを報道各社が報じた後に、何が起こったか。平和が訪れたと思えた直後に、何が起こったか。
恭介の脳裏に、ここ最近の記憶が走馬灯のように流れていく。
外出しようと基地を出た瞬間、エサを見つけたピラニアの如く集まってくるマスコミの群れ。その様相はさながらゾンビか、あるいは清香に操られた『ES能力者』の軍団か。
『星外者』すらも凌駕しそうな熱量と共にマイクを突き出してくる彼ら、あるいは彼女らの姿は、激戦を乗り越えた恭介ですら腰が引けてしまうほどだ。
中には基地の壁を乗り越えようとして捕縛される者もいた。下手すれば射殺されかねないというのに、捕縛に向かった兵士へマイクを向けて質問攻めにしようとする強者も現れたほどである。
それは休日だけに留まらず、任務で出撃する際にも変わらない。恭介達は空戦の『ES能力者』だというのに、報道ヘリまで引っ張り出して追いかけてくるのだ。
さすがに危険かつ機密に抵触しかねないということで源次郎から厳重な抗議が行われたが、自重という言葉を頭の中から削除したように向かってくるのである。
先の戦いで昇進して少尉になったからこそ知らされたことだが、『星外者』を倒した博孝達の情報を少しでも得るべく他国のスパイがマスコミに紛れ込んでいたと聞いた時は、恭介も呆れるべきか驚くべきか悩んでしまったが。
『マネージャーが言うには、またあちこちでマスコミが動いてるらしくて……恭介? 聞いてる?』
「あ、ああ……ちゃんと聞いてるっすよ」
今この時も、基地の周辺ではマスコミが陣取っているだろう。『星外者』を倒したことで“護国の盾”として名を上げた『ES能力者』が、マスコミとはいえ無力な人間を強制的に排除できないと判断して。
彼らほどの熱意があれば、『ES能力者』になっても大成しそうだ。そんな意味もない仮定を脳内で握り潰し、恭介は優花との会話に集中する。
「動いてるって、どんな風にっすか?」
『特番を組むとかで、わたしの方に出演依頼が……あと、あちこちの基地に取材に行ってるみたい』
優花からもたらされた情報に、恭介は思わず頭を抱えてしまった。
「少しは落ち着いたと思ったのに、裏じゃあそんなことを考えてたんすね……了解っす。岡島さんに頼んで上の方に話を通しておくっすよ」
『なんでそこで里香ちゃん? 恭介出世したんでしょ? 偉い人に直接言えないの?』
不思議そうな優花の声。それは純粋な疑問のようだったが、恭介は思わず苦笑してしまう。
「それが一番“確実”だから……っすかねぇ。博孝でも良いけど、滅茶苦茶忙しいし。岡島さんなら確実だし」
『なんで確実って二回言ったの!? 里香ちゃんに頼んだら何が起きるの!?』
「アッハッハ、そこは触れないが吉っすよ……わざわざありがとうな。助かるし、嬉しいよ」
それまでの雰囲気を変え、恭介は心底から感謝の言葉を告げる。
優花も忙しいだろうに、こうやって暇を見ては電話をかけてくれる。恭介も可能な限り連絡を取るようにしているが、疎遠になることなく縁が続いているのは嬉しいことだった。
『ES能力者』全体の頭を悩ませているマスコミ関係の話を、“内部”から聞くことができるというのも大きい。だが、恭介としては優花と話せることが職務抜きに嬉しかった。
『っ!?』
「優花ちゃん?」
電話越しに息を飲んだことがわかり、恭介は疑問の声を投げかける。
『か、勘違いしないでよねっ!? 今のは……そ、そう! アンタだけじゃなくみらいちゃん達も大変だと思ったから教えたんだから!』
「ああ……それでも十分、すっげー嬉しい」
それが照れ隠しだということは、恭介でも理解ができた。そのため微笑みながら再度感謝の言葉を告げると、電話口から『あー』やら『うー』やら意味のない言葉が響く。
『……ねえ』
「ん?」
しかしそれもやがて治まり、優花から届いたのは深い感情が込められた呼びかけだった。
『次……うん、次はいつ会える?』
そして続いた言葉には、大きな熱が込められていた。焦がれるような、求めるような、甘さと切なさを含んだ声だった。
その声色に心臓が高鳴り――恭介は自然と笑っていた。
「優花ちゃんが望むなら、いつでも」
『……ばか。そんな格好つけたこと言ってると期待しちゃうわよ?』
「ははっ。ま、もうしばらくすれば自由に外出できるようになると思うから……っと?」
優花が自分に会いたいと思ってくれている。その事実に喜びを覚えた恭介だったが、視界の端に映ったみらいの表情を見て眉を寄せてしまう。
「むー……」
一体如何なる理由があるのか、そこには頬を膨らませたみらいの姿があった。
どうもお久しぶりです、作者の池崎数也です。
前回のエイプリルフールネタから五ヶ月弱が経過し、更新の間が空きまして申し訳ございません。
新作(長編)を書いたり、新作の息抜きにさらに新作(中編)を書いたりしていました。
しかし感想欄を覗いたら閑話でもいいから、というコメントが多かったので息抜きのさらに息抜きがてら書いております。三年以上書いていたおかげか、新作と違って書きやすいのがなんとも言えません。
おかしい……みらいに関するネタは一話でさらっと書き上げるつもりだったのに……
ミルクパンさんよりレビューをいただきました。ありがとうございました。これにてレビューが30件目と大台に突入です。
本編完結後でも新たに読み始める方がいらっしゃるらしく、感想数や評価ポイントが増えているのは作者としても嬉しい限りです。
いつの間にやらジャンルのタグについて説明文が変わっていたので、拙作のジャンルを『アクション』から『ローファンタジー』に変更してみました。説明文を読む限り、現代ファンタジーはローファンタジーに含めても良いようなので。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。
新作の方もそろそろ掲載したいと思いつつ、中々踏み切れませんで。しかしながらなるべく早く掲載を始めたいと思っています。
新作は異世界転生ファンタジーで、チートで(作者基準)、ハーレムで(作者基準)、気楽に読める(といいなぁという作者の願望)話になると思います。
ある程度書き溜めができたら掲載したいと思います。もしかすると中編の方を先に載せるかもしれませんが。
長い間平和の守護者を書いていた影響か、書き溜めている新作の現段階ではヒロイン不在で男性キャラが多いですが。




