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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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エピローグ その3 戦いの痕

 ――清香との戦いが終わった。


 博孝がそれを実感したのは、清香が消え去ってから数分とせずに富士山を覆っていた虹色の光が消滅してからだった。


 地表から空へと向かって伸びていた虹色の光。渦を巻きながら立ち昇る幻想的とも言えるその光景は、清香の消滅を追うようにして消え去った。

 空気に溶けるよう、色を失って消えていく『構成力』。それを見送った博孝は清香に吹き飛ばされた左肩から先に『構成力』を集中すると、ゆっくりとした速度ながらも左腕が復元されていく。


「終わったわね……」


 そんな博孝に沙織が声をかけるが、さすがの沙織でも思うところがあるらしい。虚脱感と言うべきか、脱力感と言うべきか、普段と違って声に力がなかった。


「ああ……終わったな」


 応える博孝としてもそれは同様である。周囲で歓声を上げていた仲間達は我に返った清香の部下達を捕縛しており、博孝としてもそちらに加わるべきだと思うが体が動かない。

 清香が倒されたことで歓声を上げた仲間達だったが、即座に敵の捕縛を行う辺り油断とは程遠いようだ。


「あれ? 爺さんは?」


 いつの間にか『零戦』の隊長である藤堂が全体の指揮を執っており、源次郎の姿が見えなくなっている。周辺に『構成力』も存在せず、博孝が気を抜いた隙に姿を消してしまったようだ。


「長谷川中将閣下なら藤堂大佐に指揮権を委譲してから飛んで行ったぞ。戦いはここだけで起こってたわけじゃねえからな。日本全体の指揮を執るためにも首都の指揮所に戻るんだとさ」


 そんな言葉をかけてきたのは、即応部隊の中でも博孝達を除けば唯一健在だった斉藤である。『収束』を発現できる斉藤でも今回の戦いはさすがに厳しかったのか、体のあちらこちらに怪我を負っていた。


「斉藤中尉……」

「よくやった。隊長に鍛えられた“兄弟子”として鼻が高いぜ?」


 それでも博孝と沙織の勝利を祝い、笑みを浮かべながらそう言ってくる。それを聞いた博孝は肩の力を抜くと、苦笑を浮かべて首を横に振った。


「みんなの力がなければ死んでましたよ。特に、最後は相打ちに持っていけるかも微妙でしたしね」


 結果として勝利したのは博孝だったが、そこに至るまでの過程は博孝の独力で成し得たわけではない。仲間がいたからこそ清香の前に立つことができ、沙織がいたからこそ清香を仕留める好機を生み出すことができた。

 そして、今ここで博孝が斉藤を言葉を交わすことができるのも、最後の最後で里香が一撃を叩き込んだからだ。


 本来ならば清香にとっては痛痒にもならない里香の攻撃。『支援型』としては射撃系ES能力が得意な里香が全力で『構成力』を込めたとしても、その威力は高が知れている。

 だが、最も効果的なタイミングで、意識の間隙を突くように叩き込んだのだから話は別だ。痛みはなくとも清香の意識を引き、ほんの数瞬とはいえ清香の行動に遅滞を生み出した。それがあったからこそ、博孝は九死に一生を得ることができたのである。


 そんな博孝の言葉を聞いた斉藤は口の端を吊り上げると、博孝の背中を叩きながら眼下を指差した。


「そう思うのなら直接本人に言ってやれよ。お前が勝つことを信じて、最後の最後まで伏せてたんだ。途中で撃ち込まなかったのは大したもんだと思うぜ」

「そうですね……って、沙織?」


 清香を倒した余韻に浸っていた博孝と沙織だったが、斉藤の話を聞くなり沙織が急降下していく。それを見た博孝は後を追うべきか、それともこの場に残って事態の収拾に努めるか迷ったが、斉藤が追い払うように手を振る。


「お前もさっさと行ってこい。こっちの仕事は隊長の代行である俺の仕事だ」

「……わかりました」


 斉藤の厚意に甘え、博孝も地表に向かって急降下していく。斉藤はそんな博孝の姿を見送ると、虹色の光が消え去ったことで青さを取り戻した空を見上げた。


「結局、隊長の代わりは務めきれなかったね」


 そんな斉藤に対し、共に戦っていた町田が声をかけてくる。その声に意識を引かれた斉藤は町田を横目で見やると、ため息を吐きながら頭を掻いた。


「ったく……本当に頼もしい後輩達だ。隊長が負傷で動けなくなった時はどうなるかと思ったが、蓋を開けてみればこの結果……死者の人数を数えるのが億劫だがな」

「ここから先は俺達指揮官と“上”の仕事さ。中隊長の君は……いや、砂原先輩が倒れているから、君が即応部隊の隊長として動くかな?」


 戦いは終わったが、だからといってすぐに休めるわけではない。これから部下の被害を確認し、戦場となった富士山周辺の状況を確認し、自分達が所属する基地の被害を確認し、その上で大量に発生する書類を片付けなければならないのだ。


「――さあ、一緒に書類に埋もれようじゃないか」

「はっ倒すぞテメェ!?」


 笑顔で一緒に地獄へ落ちようと誘う町田に対し、斉藤はこの場で殴り倒してやろうかと思った。しかし殴り倒しても状況が変わることはなく、頭を抱えてしまう。


「階級は間宮大尉の方が上だからなんとか押し付けて……空戦として主戦場で戦ったのは俺だし、無理だよなぁ……大尉も大尉で陸戦部隊員の書類を処理するだろうし……」


 何とか書類地獄から逃げ出そうとするが、砂原不在時に空戦部隊の責任者を務めるのは斉藤だった。そのため逃げようがなく、これならば敵性『ES能力者』と殴り合っていた方がマシだと嘆息する。


「後処理ってのは嫌でも発生するもんさ……“後処理”ができる幸せを噛み締めようよ」

「……そうだな。ああ、そうだ。そいつはさぞ幸せだろうよ」


 書類に埋もれて苦しむことができるのも、『星外者』に勝利したからだ。それを理解する斉藤は愚痴を込めてため息を吐く。


「こっちはこういった面倒な仕事が嫌で昇進蹴ってたんだがなぁ……」

「これを機に部隊を持ったらどうだい? というか、被害によっては強制的に持たされるでしょ。君は面倒臭がるだけで大隊の指揮もできるんだからさ」

「だよなぁ……さすがに我が儘は言ってられねぇか」


 これほどの激戦だったのだ。どれほどの被害が発生し、今後どのような役割を求められるかは即座に計算できる。


「まあ、それは目先のゴタゴタを片付けてからだ。もしも昇進する羽目になったら部隊長の先輩として頼むぜ、戦友」

「心底嫌がってるねぇ……任されたよ、戦友」


 斉藤は拳を固めて町田の方へと突き出し、それを見た町田は拳を固めてぶつけるのだった。








 地表へと降り立った博孝は、数時間ぶりとなる地面の感触に思わず頬を緩ませる。清香が部下を自爆させたことによって更地となっており、土砂や木々が散乱しているが地面であることにかわりはない。


 携帯電話を取り出して時間を確認しようとしたが、清香との戦闘の余波によって半ばから圧し折れていた。

 『ES能力者』同士の戦闘に巻き込まれても攻撃が直撃しなければ動作に支障がないほどの頑丈性を持っていたのだが、さすがに『星外者』のような存在との戦闘は想定になかったのだろう。


 ため息を吐いて携帯電話をホルダーへと差し込むが、今度は腰に提げていたホルダーに限界がきたのかベルトが千切れてしまう。


「……お前らもよく頑張ってくれたな」


 『星外者』との戦いを乗り切った“戦友”だ。このまま捨てていくわけにもいかず、博孝は野戦服のポケットに携帯電話とホルダーを押し込む。

 そうして空を見上げてみれば、戦闘中は意識することのなかった太陽が見えた。太陽は中天を過ぎており、既に昼を過ぎているだろう。

 『いなづま』を飛び立ったのが午前五時を過ぎていたことを考えると、六時間以上戦闘を行っていたことになる。


「終わった、か」


 そんなことを呟きつつ先に降下した沙織の姿を探してみると、そう遠くない場所にいた。沙織の傍には里香の姿もあり――。


「……沙織の奴、一体何をやってんだ?」


 何故か里香を抱き締めている沙織の姿に、博孝は思わず頭を抱えたくなった。ご機嫌な様子で満面の笑顔を浮かべ、頬ずりしそうなほど強烈に里香を抱き締めている沙織。それに対する里香は、困った様子で抱き締められながらも視線を彷徨わせている。


「ああもう、やっぱりあなたは最高よ里香!」

「えっとね、うん、わかったからね? できれば離してほしいなぁって……」


 手放しで称賛する沙織だが、その賛辞を向けられた里香は必死に逃げ道を探している様子だった。沙織をこのまま放っておけばそのまま押し倒しそうな勢いであり、里香としてはすぐに逃げたいが邪険にするのも気が咎めるらしい。


「あっ……ひ、博孝君」


 博孝が歩み寄ると、それに気付いた里香が助かったと言わんばかりに表情を輝かせる。このまま『ごゆっくり』などと言って立ち去ろうかと思った博孝だったが、さすがにそれは薄情に過ぎるだろう。


 ――抱き締めて称賛したくなる沙織の気持ちも、博孝にはわかるのだから。


「最後の最後で美味しいところを持っていかれたなぁ……助かったよ、里香」


 気さくに、それでいて命を助けられた感謝を込めて博孝は笑った。もしも里香の援護がなければ良くて清香と相打ち、悪ければ相打ちにすら持ち込めなかったのだ。今もこうやって笑いかけることができるのは、里香のおかげとも言える。


「でも……そのためにわたしは……」


 しかし、博孝の感謝の言葉を受けた里香はどこか気まずそうに視線を逸らした。


 里香が“死んだ振り”をして潜伏したのは、清香の能力が想定の中でも最悪の部類だったからである。また、あの状況で動けば清香がどのような行動に出るかを里香は推測しており、その推測通りに清香は動いた。


 その結果が操られていた『ES能力者』の一斉自爆であり、周囲の惨状だ。


 鬱蒼と生い茂っていた木々は根っこから吹き飛ばされ、土石と木々が混じり合って折り重なっている。富士山が無事だったのが不思議なほどであり――自爆に巻き込まれた味方の数は如何ほどだろうか。


 里香自身、清香の攻撃に晒されてボロボロである。富士駐屯地の地下にあった『星外者』の施設に飛び込んだものの、攻撃の全てを回避できたわけではない。

 博孝と沙織が降りてくるまでに最低限の治療を施したものの、体のあちらこちらが悲鳴を上げている。折れた骨をつなぎ、傷口を塞いで出血を止めたものの“それだけ”だ。本来ならば即座に『ES能力者』用の病院へ運び込まれる怪我である。


 そのような状況でありながら、里香が考えるのは今回の戦いで発生した被害に関してだ。日本各地で発生した被害に関してはさすがにどうしようもないが、富士山周辺で起こった戦闘に関してはもっと被害を抑えられたのでは、という思いがあった。

 ただしその場合、博孝を救う最後の一撃が実現しなかっただろうが。


「それは里香の責任じゃないわ。武運拙く死んでしまったのも、自爆に巻き込まれたのも、全てはあの女が原因なんだし――“これ以上”を求めるのは傲慢ってものよ」


 そんな里香の言葉を聞いた沙織は、鮮やかに切って捨てる。全員が成すべきことを成してもこの結果だと、これこそが辿り着ける最善だったと、そう断言した。


「……うん。そうだよね……」

「ええ、そうよ」


 里香の呟きに対し、沙織は即座に同意する。そんな二人のやり取りを聞いていた博孝は、心情的には里香に近かった。もっと上手くやれていればと、後悔がないとは言えないのだ。


「沙織の言う通りだ。必要な犠牲だったなんて言うつもりはないけど、もう一度戦ったとしても今回よりも犠牲を減らせる気もしない……それでも俺達は『星外者』に勝ったんだ」


 それでも、もう一度同じことをやれと言われても実現できるかわからない。だからこそ博孝は戦いの中で散った者達に対して哀悼の感情を抱きつつも、下を向かない。その代わりに雲が消え去った青空を見上げ、噛み締めるようにして言葉を絞り出す。


「ああ……そうだ、勝ったんだよ」


 何人の仲間が死んだのか、まだわからない。この戦場に駆け付けた者のほとんどが負傷し、逆に元気な者を探す方が難しいだろう。左腕を吹き飛ばされたものの、既に元通りに復元しつつある博孝の方が元気なぐらいだ。


「そう、だね……うん、勝ったんだよね」


 博孝の態度と言葉に思うところがあったのか、里香は大きく息を吐いた。


 今回の戦いでどれほどの犠牲が出たのかわかるのは、もうしばらく後のことだろう。それならば、今はその被害を少しでも減らすことに尽力すべきだ。

 一度のため息で意識を切り替えた里香は、“これから”のことについて思考を巡らせながら沙織の拘束から抜け出す。その変化を察したのか、沙織も素直に引き下がった。


「それじゃあ次は戦後処理の時間だね。博孝君、まだ体力に余裕はあるよね?」

「その聞き方はちょいと怖いんだけど……何をすればいいんだ?」


 正直なところ清香との戦いで疲れ果てていたが、もう一度『星外者』クラスの敵と戦ってこいと言われない限りは大丈夫だろう。全身全霊を尽くして戦った博孝だったが、『ES能力者』“だった”頃と比べると体力の底が抜けているように感じられた。

 そんな博孝の様子に気付いているのか、里香は意識して明るく告げる。


「みんなと合流して、怪我人の様子を確認して……そのあとはわたしと一緒に、倒れるまで治療しよ?」

「倒れるまで『活性化』を使えってことですねわかりたくないです」


 指を組み、上目遣いで見ながら倒れるまで働けと告げてくる里香に対し、博孝は両手を上げて降参を示す。

 即応部隊にて軍医を務める里香にとっては、これからの“戦い”こそが本番だ。里香自身怪我を負っていたが、既に治療に差し支えがない程度までは治している。あとは博孝の協力があれば助けられる仲間の数も増えるだろう。


「はぁ……死ぬことなく戦いを乗り切ったけど、治療で死にそうだよ」


 それがわかるからこそ、博孝も苦笑一つで自分を納得させた。勝利の余韻に浸るのも、思う存分体を休めるのも、まだまだ先になりそうである。








 富士駐屯地から移動すること三キロ。一斉自爆の影響が少なかったのか、多少家屋が損壊した程度で済んだ住宅街。

 住民は避難済みのため閑散としてるが、清香との戦いで人的被害が出なかったと思えば避難の素早さがありがたい話だった。

 そんな住宅街の一角に存在する学校では、負傷や疲労の度合いが軽かった面々が集まって怪我人の収容や治療に当たっていた。緊急事態ということで体育館を開放し、次々に負傷者を運び込んでは治療を行っていく。


 その場に駆け付けた博孝達だったが、まずは軍医である里香が状況を確認するために飛び出していった。

 沙織は治療系ES能力が苦手なため周辺の安全確認を買って出ており、博孝は周囲の怪我人や治療を行う『ES能力者』に対して『活性化』を発現しつつ、即応部隊の面々が運び込まれていないかと周囲を見回す。


「あっ」

「おっ」


 そして、治療を受けた後らしき恭介と目が合った。戦闘で疲れていたらしく、邪魔にならないよう体育館の隅で座り込んでいた恭介は、博孝の姿を見るなり立ち上がって指を鳴らす。


「なんっすかその格好。ずいぶんとイカしたファッションっすね」

「そっちこそ。数時間も離れてないのにずいぶんと男ぶりが上がったじゃねえの」


 左腕と一緒に野戦服の袖まで吹き飛ばされた博孝だが、肉体を復元しても野戦服まで修復されるわけではない。全身ボロボロだが左腕だけ肩から先が丸ごと露出しており、奇抜と言えば奇抜な服装になっている。

 そんな博孝の格好に言及した恭介だったが、ラプターとの戦いによって博孝に負けないぐらいボロボロだった。


 治療を行う『ES能力者』の『構成力』を節約するためか、小さい傷はガーゼを当てて包帯を巻くだけで済ませてある。そのため体のいたるところに包帯が巻かれており、博孝も恭介も互いの格好を見て笑い合った。


「というか、なんで左腕だけ剥き出しになってるんすか?」

「丸々吹っ飛ばされてなぁ。そのあと自力で生やしたからこうなった」

「トカゲっすか!? っていうか、滅茶苦茶聞き逃せないこと言ってる!?」


 博孝は『万能型』らしく治療系ES能力も問題なく使える。しかし恭介が知る限り『修復』や『復元』といった高難易度な能力は習得しておらず、自力で治すことは不可能だったはずだ。

 恭介は博孝の身に何が起きたのかを察し、深く追求することはしない。その代わり、どこか誇らしげに笑った。


「本当に『星外者』を倒した、かぁ……最後の場にいられなかったのはダチとして、仲間として残念っすよ」


 称賛するような声で心底嬉しそうに、それでいてどこか悔しそうに恭介が言う。博孝はそんな恭介に対して何か言おうとしたが、それを遮るように恭介はヒラヒラと手を振った。


「でもまぁ、こっちもちゃんと止めたっすよ」

「ああ……助かったよ」


 恭介と柳がラプターの相手を引き受けたからこそ、博孝達は清香との戦いに集中できたのだ。ラプターを倒した結果、その代わりに源次郎が操られたのは博孝としても勘弁してほしかったが。


「柳さんは?」

「治療系のES能力は苦手だっていうんで、負傷者の捜索の方に回ってるっす。使ってた刀が粉々に砕け散ったし、体力も『構成力』も限界が近いはずなんすけどね……」


 そう言って肩を竦める恭介だったが、その口元に苦笑を浮かべて言葉を続ける。


「でも、博孝も大概っすね。体は大丈夫っすか?」


 恭介と会話をする間も周囲の味方に対して『活性化』を発現する博孝。そんな博孝を見て、無茶はやめるよう遠回しに促す。


「大丈夫大丈夫。これから倒れるまで里香に扱き使われるだけだから」

「さすが岡島さんっすね……容赦ねえや」

「まったくだ。ゲームとかじゃあボスキャラを倒したらあとはのんびり、なんてのが相場だと思ったんだがなぁ」


 現実はこんなものか、と博孝と恭介は笑い合う。


 “これから”のことを考えると色々と頭が痛くなる博孝だったが、まずは目先の負傷者を助けなければならないのだ。特に博孝や里香などは多くの負傷者を助けることができるため、少なくとも数日は働きっぱなしになるだろう。

 それを思えば、こうやって恭介と話している時間は修羅場前の貴重な休憩時間とも言える。これまでの戦いが敵を倒すためのものだとすれば、今から行うのは味方を救うための戦いになるのだ。


 その事実を前にした博孝は倒れている暇もないと苦笑するが、不意にその視線がずらされた。見知った『構成力』が二つ、この建物に近づいてきたからである。


「この『構成力』は……みらいちゃんっすか」


 恭介も気付いたのか、博孝と同じようにその視線を体育館の入口へと向けた。ベールクトの『構成力』にはそこまで馴染みがないのか反応はなく、博孝もわざわざ言うことはしない。

 そうやって博孝と恭介が視線を向けていると、体育館の入口にみらいが姿を見せた。だが、まるで何かを引き摺るようにして博孝達に背中を向けており、中々体育館の中へと入って来ようとしない。

 それを不審に思った恭介が腰を浮かしかけるが、苦笑を浮かべた博孝がそれを押し留めて歩き出した。


「ほら、はやく。おにぃちゃんもいるよ」

「だ、だからです! 一体どんな顔をして会えば良いのか……」

「むりやりでもつれてく。なぐってでもつれてく」

「過激ですね!? お姉様はもっと純真な方だと思ったのですが!?」


 そして聞こえる、騒がしい声。そのやり取りを聞いた博孝は苦笑を深め、体育館の中へと引き摺り込もうとするみらいとそれに抵抗するベールクトに対し、声をかけた。


「そりゃ隊長の教育が良かったんだろうさ。もしくは沙織を真似たとか」

「ぴぃっ!?」


 自分の行いを棚に上げた博孝が声をかけてみると、ベールクトがその場で飛び上がりながら可愛らしい声を上げる。


 みらいもベールクトもボロボロで、血で体を汚していた。それでも二人の間に険悪な雰囲気は微塵もなく、みらいとベールクトの戦いがどんな結末を迎えたか察するのは容易だった。


「おにぃちゃん!」


 博孝の姿に気付いたみらいは、表情を輝かせながら博孝の胸へと飛び込む。博孝はそんなみらいを抱き留めると、苦笑を穏やかな笑みへと変えた。


「おっとっと……よくやってくれた、いや、“頑張った”な、みらい」

「んふー……みらい、おねえちゃんだもん」


 誇らしげに、自慢するように告げるみらい。甘えるように抱き着いてきたその姿は到底姉らしくなかったが、博孝はそこに触れず、所在なさげに視線を彷徨わせているベールクトへと声をかけた。


「それにベルも……ずいぶんと派手な姉妹喧嘩だったみたいだな?」

「その……あの、お兄様……」


 博孝の言葉にどう返せば良いかわからず、ベールクトは顔を俯かせてしまう。


 清香に操られていた部分があるとはいえ、ベールクトは『天治会』の『ES能力者』だ。みらいとは“姉妹喧嘩”によってわだかまりをなくしたものの、正気を取り戻してみるとどんな顔をすれば良いかわからない。

 みらいが止めたとはいえ、ベールクトは敵だったのだ。『天治会』の先兵として動いていた時期もあるため、何かしらの罰を受ける必要もあるだろう。


 ベールクト自身それを理解している。故に、膝を折って博孝にこれまでのことを謝罪しようと覚悟を固め――。


「悪かったな、ベル。できれば俺が助けてやりたかったんだが、あの女を倒すだけで精一杯だったよ」


 そう言って頭を下げた博孝に機先を制され、動きを止めてしまった。ベールクトは博孝の謝罪の言葉が理解できず、数度瞬きをしながら今しがた告げられた言葉を噛み砕く。


「な、にを……何を謝ることがあるというんです!? あ、あの女を倒した……それが、どれだけのことで……わたしは、お姉様が来てくれただけで、その……」


 声を震わせて言い募るベールクトだったが、徐々に弱々しい声へと変わっていく。そんなベールクトを見たみらいは博孝から離れると、ベールクトの傍へと歩み寄って手を伸ばした。

 今にも泣きそうなベールクトをあやすよう、背伸びをして頭を撫でる。爪先立ちになってベールクトの頭を撫でるその姿は外見通り子どものように見え、それでいてみらいが言うように姉らしくも見えた。


 みらいに頭を撫でられたベールクトは恥ずかしそうに頬を朱に染めたが、どことなく嬉しそうに見える。これならばベールクトの精神的な問題は解決したと見て間違いないだろう。


「……博孝君」


 感慨深くみらいとベールクトを眺めていた博孝だったが、背後からかけられた里香の呼びかけに意識を戻す。どうやら短い休息が終わったらしく、これからは殺し合いとは別種の戦場に飛び込まなければならないのだ。


「ああ、わかってる……みらい」


 博孝の呼びかけに、みらいはベールクトを撫でる手を止めずに視線だけ向ける。

 怪我のほとんどは自分で治療したのか、みらいは元気そうである。だが、『探知』を使わずともみらいの『構成力』が底を尽きかけていることを見抜いた博孝は、治療ではなく別の役割を任せることにした。


「みらいはベルについててくれ。もう暴れることはないだろうけど、監視って形にしとかないと色々まずいからな」

「……ん。わかった」


 監視という言葉に不満そうなみらいだったが、ベールクトの立場は理解しているのだろう。文句を言うこともなく引き下がり、撫でていた手を引っ込めてベールクトの手を握る。


「これでどこにもいかない」

「そうだな、そりゃ良い案だ……それじゃあ頼んだ」


 今は時間が許さないが、修羅場を乗り切ればゆっくりと話すこともできるだろう。それを励みに、今回の戦いの“全て”を終わらせるべく博孝は歩き出す。


「あのっ、お兄様……わたしが言うのも変な話ですが、その……が、頑張ってくださいね?」


 そして、博孝の背中にそんな言葉が飛んできた。それを聞いた博孝は口の端を吊り上げると、笑って答える。


「おう! “兄ちゃん”はもうひと頑張りしてくるからな!」


 その言葉を最後に、博孝は意識を完全に切り替えるのだった。


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