第三百話:最終決戦 その27
迫り来る鋼の刃。『ES能力者』が相手だろうと両断し得る『斬鉄』を、源次郎という至高の使い手が振るうことでその一閃は必殺と化している。
源次郎と斬り合う中で体勢を崩した沙織は、刃が身に迫るその光景をコマ送りのように知覚した。そして、コンマ秒単位で死が迫っているのを理解しながら高速で思考を回転させる。
回避は不可能で、耐えきるのは無謀。いくら『活性化』による強化があったとしても、源次郎が放つ横薙ぎの斬撃は耐えられるものではない。右手に握った『穿刃』は無事だが防御には間に合わず、中途半端な形で源次郎へ向かって振るっている途中だった。
このままでは死ぬ。それを理解した沙織の心中に浮かんだのは、絶望や今もなお清香と戦っている博孝への謝罪――では、ない。
(斬られるのなら――“その間”に斬る!)
例え眼前に死が迫ろうとも沙織は揺らがない。崩れた体勢に構わず、右手で振るった『穿刃』へと力を込めた。源次郎の刃は確実に自身を胴切りにするだろうが、それを対価に源次郎を仕留めようと即座に決意したのである。
源次郎を倒せれば、あとは博孝がどうにかしてくれる。本当は二人で切り抜けたかったが、源次郎が操られるという予定外の事態を片付けられるのならば、自分の命を賭けるには十分だ。
博孝はきっと怒るだろう。悲しみもするだろう。沙織の判断を許さないかもしれない。だが、最後には理解してくれると思っている。故に沙織は迷いなく、『穿刃』を宙に奔らせた。
やはりと言うべきか源次郎の方が僅かに速く、沙織の刃が届くのは斬られた後になるだろう。それでも沙織からすれば十分であり、斬られてから数秒意識があれば上等だ。
残念なことがあるとすれば博孝が、自分が惚れた男が清香に勝つところを見れないことか。そして、“これから”共に歩いていけなくなることが――。
「…………?」
数秒経っても体に痛みが走らなかったことに、沙織は思わず疑問を覚えた。あまりにも綺麗に斬られたため、痛みを感じる暇もなかったのだろうか。相打ち覚悟で斬りかかったが、右手に握る『穿刃』越しに伝わってくる感触も予想より弱い。
そして何が起きたのか、眼前の光景を理解しようとする。だが、“それ”は瞬時に理解できないほど沙織にとっては衝撃的だった。
戦闘中にも関わらず思考が鈍化し、目の前の光景を脳が受け入れない。何故そうなっているのかと、どうしてなのかと、思わず『穿刃』が手から零れ落ちてしまいそうになるほどの衝撃である。
「お父……様……?」
その答えは、眼前にあった。
本来ならば沙織がその身に受けたであろう源次郎の斬撃。それを己が身を盾として受け止める俊樹の姿が目に映り――“何故”俊樹が自分を庇っているのか理解できない。
もしも庇ったのが博孝だったならば、沙織はここまで呆然とすることもなかった。敵を倒した恭介やみらいが駆け付けて飛び込んできたとしても、これほど虚を突かれることはない。あるいは源次郎が清香の洗脳に抗い、その凶刃を止めたとしても納得ができる。
しかし、沙織からすれば、俊樹が身を呈して沙織を庇った眼前の光景が理解できず。
「まったく……自分の父親ながら嫌になる、馬鹿みたいな切れ味だ……これでも防御の硬さにはそれなりに自信があったんだが、な。それに……」
肩越しに振り返って沙織の表情を見るなり、自嘲するように俊樹が笑ったことで余計に混乱を深めた。
「お前に……そんな顔をされるのは……まあ、自業自得なんだろうな……」
苦笑、納得、諦観。様々な感情を混ぜて笑う俊樹の口から血が溢れ、その体に半ばまで埋没する『斬鉄』を更なる鮮血で染めていく。
言葉通り、俊樹は自身の防御にそれなりの自信があった。『防壁』を発現し、『盾』で補強し、『防殻』を纏い、その上で切れ味を少しでも鈍らせるべく『斬鉄』の鍔近くで刃を受け止めようとした。
複数の防御系ES能力による防御は頑強であり、それに加えて俊樹は『武器化』によって発現した刀で『斬鉄』を受け止めようとしたのである。
だが、源次郎の斬撃は俊樹の“全て”を上回る。発現した刀を軽々と両断し、『防壁』を斬り裂き、『盾』を砕き、最後の砦である『防殻』すらも貫き、俊樹の体に刃を到達させた。
それでも俊樹が即死しなかったのは、体の半ばで『斬鉄』が止まったからだろう。俊樹の防御を斬り裂いたことで威力を削がれたのか、それとも息子を殺すまいとする源次郎の抵抗がそれを成したのか。
もっとも、『斬鉄』の刃は俊樹の横腹を斬り裂き、内臓を傷つけ、背骨まで到達している。熟練の『ES能力者』である俊樹でも耐え難い激痛をもたらし――死んでいないのならば上等だと俊樹は思った。
俊樹が『斬鉄』を受け止めたことにより、沙織が繰り出した『穿刃』の刃は源次郎まで到達していた。しかし体勢の悪さからそれほど威力が乗っておらず、源次郎が防御に回した左腕を切り落とすだけで精一杯だった。
沙織は絶好の好機にも関わらず動けない。源次郎も力を込めればそのまま俊樹を胴切りにできるはずだというのに、動こうとしない。
「止められず、庇い切れず、救えず……なんとも……情けない……」
口から流れ出る血を吐き出し、それから囁くように呟く俊樹。それは誰に対して向けられた言葉だったのか、痛みを堪えて浮かべていた苦笑が僅かに深まる。
指揮を部下に任せて飛び込むなど、軍人失格だろう。いくら清香を倒すのに沙織の力が必要だとはいえ、俊樹は己の取った行動があまりにもおかしくて笑いすら湧き上がってくる。
まったくもって度し難い。あれほど“恐れていた”己の娘が死の淵に瀕した途端、何もかも捨て去って己の身を盾にするなど、父親を気取るには十年遅いだろう。
俊樹とてそれは理解している――が、十年と言わず今この時、沙織を守るために間に合ったのならばそれで良かった。
源次郎が沙織を殺すこともなく、逆に沙織が源次郎を殺すこともなく、止めることができたのだから。
「とは、いえ……これは、少し……まずい……か……」
源次郎が動きを止め、沙織は動けず、俊樹は半死半生だ。全力で防御したにも関わらず、たった一撃で瀕死に追いやられてしまった。
清香の『干渉』によって俊樹はES能力の発現が制限されている感覚があるが、その状況でこれほどの威力で斬り合っていた沙織と源次郎を怒れば良いのか、恐れれば良いのか。
――どちらも言える資格がないと、理解しているが。
「……沙織」
喋ろうとするのを邪魔する口内の血を飲み下し、俊樹は静かに声をかける。沙織からの応答はなかったが、俊樹には視界の端で『穿刃』が僅かに震えたのが見えた。
それを見た俊樹は一度口を開いたものの、何も言わずに口を閉ざし、数秒経ってから再度口を開く。
「いや……長谷川曹長。貴官は河原崎少尉のところへ向かいたまえ。こちらはなんとかする」
一度は娘の名を呼んだものの、その名前を呼ぶことに戸惑いを覚えて事務的に言い渡す。
清香を倒すには沙織の協力が必要であり、この場で源次郎の相手を続けさせるよりも博孝の方へ向かわせた方が良いと判断したのだ。今は一分一秒が惜しく、清香を倒すことができれば源次郎も解放されるかもしれない。
もしも沙織がこの場から離れた場合、源次郎を抑えるのは俊樹の役目になるだろう。だが、いくら源次郎が動きを止めているとはいえ、動き出せば一分ももたない。ましてや重傷を負っている俊樹では足止めすら不可能と思われた。
沙織が源次郎の左腕を切り落とし、俊樹が万全の状態で、なおかつ清香の『干渉』がなければ多少は“戦い”になるのだが。
「お、お父様……」
ようやく事態を飲み込んだ沙織が震える声で俊樹を呼ぶ――が、俊樹は源次郎へと視線を向け、『構成力』を集中させ始めた。
「……今は任務中だ。己の成すべきことを成したまえ」
動きを止めたままの源次郎の右手を両手で握り締め、逃げられないようにしながらそっけなく言い放つ。それと同時に、こんな状況でそれだけしか言えない自分が腹立たしくもあるが、それも含めて自業自得なのだと俊樹は自嘲する。
沙織が動けば源次郎も動き出しそうな気配があるが、俊樹が抑え込んでいれば沙織の方が先に源次郎を仕留められるかもしれない。だが、だからといって沙織に源次郎を殺させるわけにもいかないだろう。
俊樹からすれば沙織の精神性は瞠目に値するものがある。大抵の者は相手が源次郎というだけで戦意を喪失するが、沙織はその逆だった。むしろ戦意を滾らせ、嬉々として戦っていたのである。
しかし、いくら沙織が源次郎と戦えるからといって、本当に殺せたかどうか。迷わず相打ちを狙いにいった沙織ならばそのまま源次郎を殺せたかもしれないが、俊樹としては身を盾にしてでも阻止したかった。
『ES能力者』として、一人の軍人として考えるならば、清香に操られた源次郎を相打ちとはいえ仕留められるのは止めるべきではない。だが、一人の人間として考えた時、止めるべきだと強く思ったのである。
俊樹は自分が良き父親であったなどとは口が裂けても言えない。むしろ最低の部類に属すると思っており――“だからこそ”沙織と源次郎を殺し合わせるわけにはいかなかった。
俊樹に代わって家族としての愛情を注いだのは源次郎で、沙織はその愛情を精神的な支えにしていた。それは一般的な家庭で与えられる愛情と比べて希薄なものだったが、沙織にとって貴重で掛け替えのないものだったことに違いはない。
現在はそれほど囚われていないとしても沙織が源次郎を敬愛し、源次郎が沙織を孫として可愛がっていることは疑いようがないのだ。
それならば、沙織に源次郎を殺させるわけにはいかない。俊樹が庇ったことで源次郎は左腕を切り落とされ、沙織自身は無傷であり、このまま戦えば結末は沙織の勝利で終わるだろう。
だが、もしも沙織が源次郎を殺せば、その精神的な影響はどれほどになるか。沙織ならば大丈夫かもしれないが、その影響は清香と戦う際に大きな枷となるかもしれなかった。
それが“言い訳”だと、俊樹も理解している。沙織に祖父である源次郎を殺させたくないという単純な理由に、戦術的戦略的な要素を付け足して自分を納得させようとしているだけだ。
それまで清香が支配していた戦場の空気に“変化”が起こっており、己の身を盾にしてでも沙織を博孝の元へ向かわせるべきだ。父親として、『ES能力者』として、様々な感情を混ぜながらもそう判断したのだ。
そんな俊樹の感情に気付いたのか、気付かなかったのか。沙織は僅かに迷ったものの『穿刃』を引き、後方へと飛ぶ。
「……ご武運を」
それだけを言い残し、沙織は博孝と合流するべく動く。俊樹は沙織が残した呟きを拾うと、血が溢れ出る口元を笑みの形に変えた。
「“こっち”には、いらんよ……俺の分まで……持っていくと良い」
聞こえることはないとわかっていても、言葉にせずにはいられない。武運を祈るぐらいならば、その祈った分も含めて全て持っていけば良いのだ。
――ここから先は、武運など必要ないのだから。
俊樹は源次郎の右腕を掴んだまま、『構成力』の集中を強めていく。全身から白い光を溢れさせ、その輝きを増していく。
俊樹は一流の域に在る『ES能力者』だが、至近距離で源次郎を仕留めきる技量はない。源次郎は沙織の斬撃によって左腕を失っているが、それでも万全の状態の俊樹を上回るだろう。
故に、俊樹が選択したのは破滅の一手。全ての『ES能力者』が発現し得るものの、意図しなければ引き起こせない一手――自爆だ。
殺せずとも、至近距離で自爆すれば源次郎は戦闘の継続が困難になるだろう。その高い攻撃力に比べると、源次郎の防御力は常識から外れていない。
それなりに巨大な『構成力』を持つ俊樹の自爆ならば、仕留めることはできずとも深手を負わせることはできるのだ。今ならば左腕を失っている分、戦闘不能にまで追い込める可能性が高い。
――源次郎が至近距離からの自爆を許せば、だが。
「……な、に?」
するりと、気が付いた瞬間には源次郎が『斬鉄』の刃を引き抜いて距離を取っていた。意識を逸らした覚えはなく、ほんの瞬きの合間に源次郎は俊樹の拘束から脱していたのだ。
「は……我が父ながら、どんな腕だ……」
源次郎の右手を握っていたはずの両手も解かれており、俊樹の意識の間隙を突いて抜け出すその技量に、俊樹は知らず引き攣った笑みを浮かべる。
俊樹も『ES能力者』として長い時を生きてきたが、源次郎が持つ技量は根本的に桁外れのようだった。
脇腹を斬り裂き、内臓まで達していたはずの『斬鉄』を俊樹が痛みを感じるよりも早く、ごく自然に引き抜くその技量。それも源次郎は右手一本で、俊樹の拘束を瞬時に脱出するという神業まで披露してみせた。
源次郎を逃がさないよう両手を使って拘束していた俊樹は、源次郎に対しても当然ながら注意を払っていた。それだというのに源次郎は自然と、それが当たり前だと言わんばかりに抜け出したのである。
俊樹は脇腹に手を当てて強引に出血を抑えるが、『斬鉄』が引き抜かれたことで余計に痛覚が刺激されたのか、意識が飛びそうなほどの激痛が全身を駆け巡った。全身から冷や汗が噴き出し、気を抜けば意識が遠のきそうである。
それでも『構成力』の集中を途切れさせなかったのは、これが“最期”だと覚悟したからだろう。距離を取ったものの動こうとしない源次郎を睨み付け、俊樹は痛みの感情すら『構成力』に変えて集中させていく。
「はっ……ぐ、ぅ……ま、まさか、最期に戦う相手が、父親になるとは、な……」
そう呟くものの、“戦い”にはならないだろう。痛みを堪え、呟きに合わせて皮肉げに笑うものの、源次郎から返ってくる言葉はなかった。ゆっくりとした動作で『斬鉄』を持ち上げ、上段に構える。
俊樹が『構成力』を集中するのに合わせ、『斬鉄』が白い輝きを放ち出す。斬られた源次郎の左腕からは夥しい量の血が溢れていたが、源次郎がそれに構う様子はなかった。
源次郎が失血死するよりも、俊樹が斬られる方が早い。それは覆しようのない事実であり、俊樹が自爆するよりも源次郎が『斬鉄』を振り下ろす方が圧倒的に速いだろう。かといって、今の状態で自爆しても源次郎が戦闘不能になるほどの威力は出せない。
自分の命を賭けて自爆しようにも、源次郎が斬り捨てる方が早い。『構成力』を集中させ続けるものの、自爆の兆候を見せた瞬間自分が斬り捨てられる未来を幻視して俊樹は笑いたくなった。
源次郎の息子として『ES能力者』に“なってしまった”ことに絶望し、惰性のままに生きてきた。それでも一流の域に手が届いたのは生まれ持っての才能だろうが、今この時においてはそれだけでは足りない。
――全てが自業自得か。
博孝の元へと向かわせた沙織にも、嘘を吐いた形になってしまう。源次郎のことはどうにかすると言ったが、斬られて終わりそうだ。
俊樹は激痛に耐えながらも源次郎を睨み付けると、口の端から零れた血を拭ってから口を開く。
「これで……最期、なら……一つ言わせろ、クソ親父……」
口調を取り繕わず、『斬鉄』を構える源次郎へと声をかける。事ここに至っては、“壁”を感じさせる言葉をぶつける意味はないのだから。
「アンタの……息子っていうだけで、俺の人生は散々だった……ガキの頃から検査検査検査……『ES能力者』になっちまって、からは……『武神』の息子だからって……色眼鏡で見られて……」
清香に操られている以上、この言葉が聞こえているかわからない。それでも呪詛のように言葉をぶつけるのは、これが最後の機会だからだ。
血と共に言葉を吐き出す俊樹に対し、源次郎は動かない。『斬鉄』に『構成力』を集中させるだけである。
「妻は……“俺の立場”だけが必要な、政略結婚で……娘はアンタの……後を追って……今では、こんな馬鹿みたいな殺し合いで、アンタと斬り合って……」
痛みと出血で意識が混濁してきたのか、俊樹は途切れ途切れで言葉を吐き出す。源次郎は相変わらず動かないが、『構成力』を溜めているだけなのか、俊樹の言葉に耳を傾けているのかもわからない。
俊樹はそんな源次郎を睨み付けていたが、その瞳には複雑な感情の色があった。源次郎に対する恨み、怒り――そして、親子としての情があった。
源次郎を忌避したのも自分ならば、娘である沙織を突き放したのも自分。そんな自分が言えた義理ではないと理解しつつも、俊樹は言わずにはいられない。
「こんな時に、敵に操られやがって……そのザマのどこが『武神』だ……何が最強の『ES能力者』だ……それで――」
――本当に俺の父親か。
最後の呟きに込められていたのは、源次郎に対する幻滅だ。俊樹の人生を強制的に修羅場へと叩き込んだ原因だが、それでも恨み辛み以外の感情があったのだ。
血を吐きながら言い放つ俊樹。そんな俊樹の言葉が聞こえたのか、僅かとはいえ源次郎に動きがあった。
「……くそっ」
それは、振り上げた『斬鉄』に更なる『構成力』を集中させるという返答である。
それを見た俊樹は思わず吐き捨てたが、自爆するよりも先に斬られるという結果は変わらないだろう。むしろ、源次郎の斬撃の威力が高まったことで粉々に吹き飛ぶかもしれない。
斬られても源次郎を斬ろうとした沙織のように、斬られても自爆できればと俊樹は思う。しかし、『星外者』に近い性質を持つ沙織と純粋な『ES能力者』の俊樹では“前提”が異なるのだ。
(ああ……駄目、か)
源次郎に斬られるという未来が、数秒後の現実となる。それを悟った俊樹は思わず内心で呟いた。
沙織を博孝の元へ向かわせたものの、結局は時間を稼ぐことすらできなかった。源次郎を止めることもできず、斬られて果てるだけだ。
それでも、せめてもの抵抗として源次郎から目を離さない。最期の時まで決して逸らさない。
“それだけ”しかできない自分に、最早俊樹は笑い声も出てこなかった。源次郎が上段に構えていた『斬鉄』が眩い光を放ち、俊樹に向かって振り下ろされ。
「――なんとも情けないことだ」
そんな、俊樹にとって聞き慣れた声が響いた。同時に、俊樹は周囲の“何か”が音を置き去りにして割断される感覚を覚える。
それはまるで、金属が破断したような甲高い音。源次郎が『斬鉄』を振り下ろしてから僅かな間を置いて響いたその音は、俊樹の耳朶を叩くと共に清香の『干渉』による束縛すらも斬り裂く。
たった一閃、されど一閃。源次郎が放った斬撃は衝撃となって縦横無尽に迸り、周囲を覆っていた清香の『干渉』を両断すると、そのまま霧散させた。
そして、振り下ろした『斬鉄』を持ち上げて肩に担ぎ、切断された左腕に『治癒』を発現しながら不機嫌そうに眉を寄せる。
「孫と斬り合い、息子が身を呈し、それでようやく抜け出せるとはな……」
「父……上……?」
理性を取り戻した源次郎の言葉に、俊樹は呆然とした様子で声をかけた。
その声を拾った源次郎は相変わらず不機嫌そうに顔を歪めていたが、それは清香に操られた自分自身に対する苛立ちからきたものである。俊樹の言葉に対してはバツが悪そうに、視線を逸らしながらため息を吐いた。
「……すまんな、俊樹。今“目が覚めた”ところだ」
意識を塗り潰され、思った通りに体が動かせず、沙織と斬り合うだけでなく俊樹を殺すところだった。それでも辛うじて殺さずに済んだのは、源次郎も抵抗していたからである。本当に“辛うじて”としか言えないところが、源次郎としては歯痒くあったが。
清香に操られながらも、源次郎には僅かと云えど意識があった。体を意思通りに動かせないままで沙織と斬り合い、俊樹にとどめを刺そうとする光景を、テレビの画面越しのような意識の中で眺めていたのである。
その束縛から脱出できたのは、源次郎の精神力に因る部分が大きい。何十年と戦い抜いてきた頑強な精神は清香による完全な支配を拒み、その上で沙織や俊樹からの“助力”もあった。
源次郎の左腕を切り落とした沙織に、身を呈して沙織を庇った俊樹。更には俊樹が自らの命と引き換えに源次郎を止めようとしたのだ。
清香に対する怒りと家族への情は、清香の洗脳を強引に振りほどくには十分であり。
「沙織にも後で謝罪せねばならんな。それに、今ので限界……か」
空間ごと清香の『干渉』を切り裂いた代償は大きかった。『射撃』などの『構成力』の塊を斬るのではなく、清香が広範囲に張り巡らせた『干渉』を破壊したのである。源次郎は継戦が困難なほどに『構成力』を消耗しており、言葉にした通り自身の限界を悟った。
沙織に斬られた左腕は『治癒』によって最低限の止血を施したが、それすらも今の源次郎にとっては負担が大きい。結果的に技量で押さえ込む形になったが、博孝の『活性化』を受けた上で『穿刃』を振るう沙織と斬り合うのは源次郎に消耗を強いていた。
清香に操られた挙句、孫と息子に止められて限界を迎えたのだ。源次郎としては不覚と言う他ない。それでもこの場の指揮官として源次郎に退くことは許されず、呆然とした様子の俊樹に声をかけた。
「謝罪は改めてさせてもらおう。この戦いが終わった後に、ゆっくりとな」
そう言って源次郎は自分の左肩に視線を向けると、苦笑しながら俊樹を促す。
「それと……すまんが肩を貸してくれ。指揮を執らねばならんが、片腕がない上に『構成力』も限界だ。そろそろ落ちかねん」
見栄を張ることもなく、素直に助けを求める源次郎。その言葉を聞いた俊樹はしばし呆然とした後、源次郎が意識を取り戻したことで勝手に緩みそうになる頬を堪えつつ言う。
「こっちも腹を斬られて限界なんだぞ、クソ親父……あと、こっちも色々と言いたいことがあるんだから覚悟しとけよ」
常に階級や立場を意識していた俊樹だったが、この時ばかりは態度を偽ることもなく文句をつける。そんな俊樹の発言を受けた源次郎は驚いたように目を見開くが、俊樹の表情を見て相好を崩した。
「そうか……ならば覚悟しておこう。だが、今は……」
俊樹の物言いに好ましいものを感じながら源次郎は視線を移す。その視線の先にあったのは、清香へと立ち向かう博孝と沙織の姿だ。
清香が操る『ES能力者』と源次郎の部下達の戦いも続いているが、戦況は優勢へと傾いている。源次郎が継続して全体の指揮を執る必要があるが、清香さえ倒せればあとはどうとでもなるだろう。
「彼らの……いや、新しい時代の幕開けか。見届けることしかできない我が身が恨めしいな」
そして、源次郎は博孝と沙織の勝利を疑っていない。清香に操られた源次郎は敵の強大さを理解していたが、博孝と沙織ならば乗り越えられる。
それを確信した源次郎は眩しいものを見るように目を細め、遠くで清香との戦いを繰り広げる博孝と沙織の姿を見守るのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
更新の間が空きまして申し訳ございません。書いたり消したりを繰り返していました。
本編が300話に到達したので定番のキャラ割合を……と言いたいところですが、前回(250話)から新キャラの登場がなく、割合の変化がありませんでした。
話数的にこれが最後の機会だったので、この物語は最終的に男性キャラが全体の7割、そしておじ様キャラが全体の5割を占める形となりました。
登場キャラの半分がおじ様……これも拙作のカラーではありますが、いざ確定すると……。
残すところ本編があと一話(多分)、エピローグは分割して数話という形で完結するかと思います。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




