第二百九十八話:最終決戦 その25
――里香もそうだが、博孝も疑問に思ったことがある。
世界最古の『ES適合者』にして、第二次世界大戦にて日本を敗北から救った源次郎。その技量は比肩し得る者もほとんどおらず、半世紀以上もの間積み重ねてきた研鑽と経験は他の『ES能力者』に追いつかせるものではない。
博孝は源次郎の年齢を詳しく知っているわけではないが、今の年代から第二次世界大戦まで遡るだけで『ES能力者』として何年生きてきたかわかる。
簡単に考えるだけでも半世紀を超え、詳細に推測するならば七十年は経っているだろう。当時の源次郎が何歳かによるが、現時点で九十歳を超えて百歳に近いと考えれば、『ES能力者』として世界でも最高峰の技量を持つことは特段おかしなことではない。
だが、“今は”そうでも、『進化の種』に適合して『ES適合者』になったばかりの頃は別の話だ。
博孝も『ES能力者』ではなく『ES適合者』に分類される存在だが、最初から強かったわけではない。むしろ最初の半年は全くES能力が発現できず、訓練生としても落ちこぼれだったのである。
その経験を思えば、源次郎が第二次世界大戦で活躍したというのもおかしな話だった。
中学生の頃、一般の中学校で歴史を学んだ際もその辺りのことは詳しく触れていない。『ES能力者』に対して興味があった博孝は自分でも色々と調べていたが、『源次郎の活躍で日本は敗北を免れた』としか書かれていなかった。
現代よりも性能で劣る兵器で戦争をしている最中に、空戦が可能な『ES能力者』が乱入すれば間違いなく活躍するだろう。相手側に『ES能力者』が存在しなければ、それこそ単独で戦争を引っくり返すことも可能はなずである。
ただしそれは、源次郎のように空戦を可能とし、なおかつ高い技量を持っていればの話だ。その機動力と攻撃力、更には通常兵器が通用しない防御力があるからこそ敵を蹂躙できるのであり、並の陸戦『ES能力者』が一人加わった程度では大勢に影響を与えることができないだろう。
並の陸戦『ES能力者』でも一騎当千と呼べる活躍をするだろうが、火力を集中的に叩き込まれればそれで終わる。対『ES能力者』用武装が存在しなくとも、通常兵器の運用次第では撃破可能な程度の戦力でしかないのだ。
そんな状況でありながら、“世界で”初めての『ES適合者』として誕生した源次郎。その技量は陸を走破する戦車を破壊し、空を飛ぶ戦闘機を切り落とし、海を往く軍艦すらも両断した。
先達が存在せず、師事する相手もいない状況でそれほどの技量を得るとすれば、余程の天稟に恵まれたのだろう――が、“それだけ”では到達できない領域に源次郎は足を踏み入れている。
山本が先輩と呼ぶ辺り、源次郎は元々軍属だったのだろう。元々体を鍛え、元々戦うことを生業としていたのならば、『ES適合者』として高い資質を持っていても不思議ではない。
だが、仮にそうだとしてもその技量は高すぎた。世界で初めてとなる能力で、誰にも師事せず汎用技能を発現しただけでも驚嘆に値するだろうが、源次郎は空を飛び、軍艦を撃破するほどの攻撃力を見せている。
ありえるか、ありえないかで問われれば、博孝は即座にありえないと答えるだろう。
博孝はES訓練校という『ES能力者』を鍛えるために整備された環境に放り込まれ、『ES能力者』としても屈指の技量を持つ砂原に師事し、文字通り寝る間を惜しんで訓練に励み、なおかつ『活性化』による“上乗せ”があっても『飛行』を習得するまで二年近くかかった。
無論それで終わりではなく、砂原の教導の元に空戦技能の習得に励み、戦闘を行える練度まで高めたのである。今でこそ自由自在に飛び回れるが、砂原の教えがなければここまで到達していないはずだ。
博孝からすればこれ以上の師は存在しないと断言できる砂原の元で学んでも、それだけの時間がかかる。『飛行』を発現するだけでなく、“飛びながら戦える”練度まで鍛え上げるのは並大抵の道ではないのだ。
それほどに恵まれた環境で鍛えても一定以上の時間がかかる。訓練生の時点で『飛行』を発現する者は稀であっても皆無ではなく、僅かながら存在するとはいえ、事前の知識や先達の教導もなしに成せることではない。
――時間をかけて習得したのではないか?
最も可能性が高い話だが、それでも不可能だろう。戦闘機が戦争に投入されるようになってそれなりに経った時期ではあるが、ES能力を得たからといって人の身で空を飛ぼうと考え、それを実現に移すなど天才というよりも変人鬼才の類だ。
そもそも『飛行』には『構成力』の細かい制御能力が必要であり、源次郎が一人で編み出したと考えるのは現実味が乏しい。少なくとも『飛行』と攻撃系ES能力を編み出したと考えれば、現実味の乏しさは更に増す。
――実は源次郎は世界最古の『ES適合者』ではないのではないか。
源次郎にES能力に関して教えた者がいたのならば、『飛行』を使える可能性もあるだろう。問題は“その誰か”が何故『飛行』を使えたのかという疑問と、源次郎を鍛えるだけの技量を持つのならば大戦中にその名前が知れ渡っているはずだ、と即座に否定できることか。
自分の師に当たる者が存在するのならば、源次郎もそれを隠そうとはしないだろう。少なくとも世界最古にして世界最強などと呼ばれ、『武神』とあだ名されることに忌避感を示しそうである。
――“最初から”ES能力を扱えたのではないか。
博孝としてはありえないと思いたいが、『ES適合者』になった時点である程度ES能力を扱えた可能性。それは自身の努力を否定するようで複雑だが、そうでなければ源次郎が『飛行』を習得しているはずがない。
一ヶ月ほど昔の自分ならば、即座に否定しただろう。だが、今ではそれを可能とする存在を知り、現在進行形で殺し合っている最中だ。
清香の能力を使えば『ES適合者』を操ることも可能で、なおかつベールクトに対して見せたように、『星外者』として力を分け与えることでその力を引き出すこともできるだろう。
それは博孝の『活性化』のように何の代償もなしに行えることではないが、地球に来たばかりの清香ならば『構成力』にも余裕があったはずである。あるいは博孝の知らない何かがあるのかもしれないが――その“答え”が、目の前にあった。
「おいおい……二対一で戦ってるこっちが言えた義理じゃないが、それはさすがに反則すぎねえか?」
清香と並ぶようにして立つ源次郎の姿に、博孝は口元を小さく震わせながらも軽口を叩く。
「お爺様……」
沙織は悲しげに源次郎を呼ぶが、それに源次郎が答えることはなかった。右手に『斬鉄』を握り、沈黙を保つだけである。
「あらあら……最初から用意していた駒を使うことが反則だなんて心外ねぇ」
博孝と沙織の反応を見た清香は愉しげに答え、源次郎に視線を向けた。
「もっとも、コレを使うことになるとは思っていなかったわ。強いけどラプターほど使い勝手が良いわけじゃないしね」
「それなら使わなきゃいいだろうが……」
二対二で向き合いながらも、博孝はこの状況を打開する方法を思考していく。
――『零戦』の面々に任せる?
周囲の清香の部下達を抑えるだけで手一杯だろう。それに加え、これまでの戦闘で消耗した彼らでは源次郎の相手になるとは思えない。
――『活性化』で源次郎自身に洗脳を破ってもらう?
『空間操作』を扱える源次郎ならば可能かもしれないが、清香はラプターと部下数百人分のリソースを回していると言っていた。もしも源次郎の洗脳が解けなければ“敵”を強化しただけで終わるだろう。
――里香の手を借りる?
清香に攫われ、操られたことで『星外者』の『構成力』を感じ取ることができる里香ならば、清香の洗脳も“治療”出来る可能性があった。ただし、清香はそれを見越したように地上の里香を攻撃している。
「ちっ……」
隠しきれない苛立ちから舌打ちを漏らす博孝。地上の『構成力』を探ってみるが、馴染み深い里香の『構成力』は感じ取れない。先程行われた大量の自爆によって探りにくいが、博孝が里香の『構成力』を見逃すはずがなかった。
つまり、里香は――。
「すぅ……はぁ……」
博孝は意識して深呼吸をすると、怒りの感情をギリギリのところで抑え込む。正直なところ怒りに任せて突撃したいが、相手は清香だけではないのだ。
清香だけならばまだ押し切れる自信があった。それだというのに、今では清香の前に源次郎が立ち塞がっている。
(さぁて、どうするか……)
一気に不利になった戦況を前にして急速に乾いていく唇を軽く舐め、内心で作戦を練っていく。しかし現状では作戦と呼べるほど高度なモノは練れず、まずは時間を稼ごうと口を開いた。
「……まさか、その人まで操れるなんてな。最初から用意していたって言ってたけど、ずいぶんと周到な“仕込み”じゃないか」
博孝はそんな話を振りつつ、『探知』で周囲の味方の位置を確認する。しかし予想通りと言うべきか、突然源次郎が抜けた混乱で清香の部下達に押し込まれており、『零戦』の奮戦で辛うじて拮抗しているような状態だった。
これでは戦力を抽出して源次郎にぶつけることはできないだろう。
「『活性化』を使える貴方でさえ操れたのよ? まあ、あの時は発現前だったから簡単だったけれどね」
博孝の意図に気付いていないのか、それとも気付いた上での余裕なのか。源次郎を従えた清香は笑みを浮かべながら答える。
「操られている自覚があれば自力で解除できたかもしれないんだろうが……そうだよな、そっちの爺さんは『ES能力者』の“お披露目”に使う必要があったんだ。首輪の一つもつけてるよな」
そんな清香に対し、博孝は興味を惹くよう言葉を選ぶ。それを聞いた清香は小さく微笑むと、満足そうに頷く。
「お披露目、ね……上手いことを言うわね」
「だってそうだろ? 世界初の『ES能力者』だ。ド派手に登場しないと世間様は注目してくれないもんな?」
挑発するように言いつつ源次郎にも視線を向ける博孝だが、源次郎からの反応はない。『斬鉄』を右手に握り締めたまま、無言でその場に浮いている。
清香は博孝の視線が源次郎に向けられたことに気付くと、源次郎の肩に手を置いて笑った。
「鋭いわね……まあ、“コレ”にはその辺のことを気付かないようにさせていたから、気付かなくても仕方ないんだけど」
博孝の発言を認め、清香は笑みを深める。博孝はそんな清香の反応を視界に収めつつ、下手したら今すぐ斬りかかりかねない沙織を手で制した。
「『ES能力者』が現れる前の歴史は中学校と訓練校で学んだが……第二次世界大戦の時に日本の劣勢を覆せるぐらいの戦力となると、並の空戦が一人いただけじゃ厳しい。爺さんには力を与える代わりにその辺の記憶を縛ったわけか」
源次郎の気性ならば、即座に裏切って『星外者』へ斬りかかりかねない。清香達からすれば撃退は容易だったのだろうが、折角与えた力が無駄になるのだ。それを防ぐためにも『星外者』にとって都合が悪い部分は“忘れさせた”に違いない。
当時の軍部も日本の劣勢を覆せるとなれば、『星外者』やES能力に関して口をつぐんだだろう。口外すれば『星外者』が日本を滅ぼしにかかる可能性もあり、また、それを可能とする戦力があることを源次郎が証明してしまった。
『星外者』自身が手を下す、あるいは敵対国に力を分け与えることで、劣勢だった日本は更なる苦境に立たされただろう。
『星外者』からすれば劣勢な日本を滅ぼすために力を与えるよりも、劣勢の日本が源次郎単独で戦況を引っくり返す方が派手だから、という程度の理由で日本を最初の“サンプル”に選んだ可能性もある。
だが、その程度ならば博孝や里香よりも先に気付いた者もいただろう。いくら清香が『ES能力者』を操れるとはいえ、世界全土を監視することなど不可能なはずだ。
そんな博孝の疑問を見抜いたのか、清香は口元に手を当てて笑う。
「貴方の考えが手に取るようにわかるわ……ええ、そうよ? 『ES能力者』なら操って、そうでないなら“選ばせた”だけ」
「……選ばせた、ね。どうにも物騒な選択肢に聞こえるよ」
「そんなことはないわ」
清香の言葉に博孝が反吐が出るといわんばかりに言うと、清香はそれを否定するように首を横に振った。
「わたし達に従うか、不審死するか。そんな選択をしてもらっただけ」
――生きる選択肢がある分、優しいでしょう?
笑顔でそう言い放つ清香に、博孝は深々とため息を吐く。
「あー……なるほどな。室町大将も“そのクチ”か」
「ええ。ただ、あの男は選んだ上でわたしに交渉を持ちかけてくる度胸があったけどね。色々と愉快な男よ? この国を守るため、なんてお題目のために、同じように国を守ろうとする“同類”を殺せるんだから」
先程から笑顔を浮かべている清香だが、時折本当に楽しげな気配を発する。それが何を基準としているのか博孝にはわからなかったが、清香の隣に立つ源次郎の気配が変貌したことで思考を打ち切った。
それまで沈黙していたが、清香の言葉は源次郎にとって看過できなかったのだろう。その体から濃密な殺気を放ち、ゆっくりとしか言えない速度ながらも『斬鉄』を清香に向かって振るう。
「おっと……驚いたわね。この状態でわたしに逆らえるなんて、さすがは『武神』と言ったところかしら」
しかし、あまりにも遅すぎる刃は清香に悠々と回避され、ついでとばかりにそんな感想を向けられた。源次郎は再度『斬鉄』を振るうがやはり遅く、清香は笑いながら回避する。
回避しつつも博孝と沙織の間に源次郎を挟み、攻撃を躊躇させるように立ち回っているのはさすがというべきだろう。清香は博孝と沙織が動かないことに唇を尖らせると、源次郎に手を向けて笑う。
「でも、今は大人しくしててね? すぐに自分の孫を相手に思う存分武器を振らせてあげるから」
「ぐっ……ぬ……」
清香が右手を向けると、僅かに呻き声を上げて源次郎の動きが止まった。その間に攻撃を仕掛けようとした博孝だったが、清香の意識は博孝を捉えて離さない。
そうしているうちに清香も源次郎の“掌握”を完了したのか、僅かとはいえ抵抗をしていた源次郎が完全に動きを止め、次いで博孝と沙織へ向き直って『斬鉄』を構えた。
「ここまで育っていたのは少し予想外だったわ。コレを動かすとこっちの存在が露見しかねないから、なるべく操らないようにしてたのよね」
源次郎を完全に指揮下に置いたと確信し、清香はそんなことを言う。
たしかに源次郎が何者かに操られるようなことがあれば、日本のみならず世界各国から疑問の目を向けられただろう。そうなれば『星外者』の存在に気付くことはなくとも、『武神』を操れる存在がいることに気付かれる可能性が高い。
無論、それを隠す、あるいはなすりつけるための役割も『天治会』にはあったのだろうが。
「待たせたわね。それじゃあ戦いを再開しましょうか」
待った覚えはないが、今の状況で微塵も油断を見せない清香に対する警戒心が博孝の中で数段高くなる。源次郎を従えたからと油断するようならば、付け入る隙もあったのである。
清香は隙を窺う博孝に微笑みを一つ向け、そこから沙織へと視線を移して笑みの種類を酷薄なものへと変えた。
「もっとも、あなたは尊敬する祖父を相手に戦えるのかしらね?」
数の上では二対二と互角だが、博孝と源次郎では相性が悪い。沙織が『無銘』を折られる前は素手で渡り合うこともできたが、相手が源次郎で、なおかつ振るわれるのが『斬鉄』となれば『収束』を発現した右手ごと斬られるかもしれない。
そもそも素手と『斬鉄』では間合いが違うため、博孝が戦おうとすれば余計に不利になるのだ。
その点沙織ならば『斬鉄』と同様に柳が鍛え上げた『穿刃』を持っているため、源次郎が相手でも互角に打ち合うことができるだろう。
『斬鉄』は大太刀のため間合いで劣るが、『活性化』を併用して作られた『穿刃』は強度で勝る。あとは両者の技量が問題になるが、清香に操られた源次郎が能力の全てを発揮できるとは思えず、沙織でも“勝負”になるだろう。
問題があるとすれば、沙織は源次郎と戦えるのか。
清香は博孝と源次郎の相性の悪さを見抜き、沙織と源次郎が戦わざるを得ない状況へと持ち込んだ。しかし沙織と源次郎は孫と祖父の間柄であり、沙織も源次郎を慕っている。
いくら源次郎が清香に操られているとはいえ、それだけで肉親の情を無視できるとは思えない。そうなれば、清香の洗脳に対する抵抗で能力が完全に使えない源次郎でも沙織を殺せるだろう。
これまでの“経験”から清香はそう計算し。
「シィッ!」
沙織は迷わず、源次郎の首を狙って『穿刃』を振るった。
「っ!」
そんな沙織の動きに呼応し、源次郎も動く。反応が一瞬遅れたが横薙ぎに振るわれる『穿刃』に『斬鉄』を叩きつけて弾き飛ばす――ことができず、鍔迫り合いに持ち込まれた。
「残念です……お爺様」
その状態で沙織が口を開く。言葉通り残念そうに、悲しそうに。
「こうなったら、わたしはわたしの目標を達するのがお爺様への手向けになるでしょう……“あの時”笑って、さすがは俺の孫だと喜んでくれたお爺様を信じます」
そう言って紡ぐのは、かつて沙織が源次郎に対して“目標”を告げた日の思い出だ。
――いつか源次郎を超える。
――まずは一発殴ってみせる。
そんな目標を立てた沙織に対し、源次郎は笑ってみせた。それでこそ俺の孫だと、喜んでみせたのだ。
「できるなら、お爺様を超えるのはお爺様が正気の時に成し遂げたかった。でも、これ以上お爺様の誇りを穢させるぐらいなら」
鍔迫り合いでは源次郎に分があると見た沙織は後方へと退くと、『穿刃』を突きつけながら言い放つ。
「――わたしが斬ります」
清香に利用されるなど、源次郎は望まないだろう。ならば沙織はかつての誓いを守り、源次郎を超える。
「ああ、もう……」
そんな沙織の言葉に、博孝は頭を抱えたくなった。“だからこそ”沙織の動きを制していたのだが、ここにくれば最早是非もない。
「もう一度言うぞ、『星外者』。お前馬鹿だろ……なんで沙織の相手に爺さんを当てるんだ。そりゃ喜んでとは言わんけど、一度割り切れば殺し合うに決まってるだろ」
沙織がその誓いを立てる場にいた博孝としては、他に道がないとわかれば沙織が迷わず源次郎を仕留めにかかってもおかしくはないと思っていた。驚愕することまでは止めれないが。
「理解……できないわね。一応、人間についてそれなりに学んだつもりだったし、この二人は良き祖父と孫だったはず」
「安心しろ、俺もこの二人に関してはそこまで理解できてない」
いくら清香が人間に関して学んだとしても、人間は千差万別だ。その中でも沙織と源次郎の関係性は特殊だろうと博孝は思っている。
清香のアテが外れたのは博孝としても笑ってやりたい気分があったが、それ以上に怒りの方が強かった。
「なんというか、さっきも言ったがアンタに対しては言いたいことがありすぎて逆に何も言えねぇ。本当にさ、ここまでくれば何を言えば良いかわかんねぇよ」
何十年、下手すれば百年近い時間をかけてここまで“計画”を進めてきた周到さを称賛すれば良いのか。あるいはその『ES能力者』の及ばない強さを恐れれば良いのか。
博孝個人で言えば勝手に人の感情を操ったことを怒れば良いのか、沙織と源次郎を噛み合わせるこの状況を作ったことを嘆けば良いのか、里香を手にかけたことを恨めば良いのか。
人間を理解したようで、ところどころ理解できていないその感性を笑えば良いのか。
「二対二……大いに結構だ。『武神』まで引っ張り出したってことは、“それ以上”の切り札はもうないだろ?」
ここまでくれば、どれだけ壁が高かろうと一緒だ。相手に源次郎が加わろうとも、実力的にも心情的にもこれが最後の切り札だと博孝は断言できる。
博孝は全力で『活性化』を発現すると、自身と沙織に対して等分に振り分けた。出し惜しみをする必要も、その余裕もない。
こうして“前哨戦”は終わり――最後の戦いが幕を上げた。