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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百九十一話:最終決戦 その18

 富士山上空で繰り広げられる激戦。その下では上空とは違った意味での激戦が繰り広げられていた。


「味方の重傷者はこっちに回せ! この場で治療する!」

「敵兵を回収してきました! 息のある者が六人、死亡者は四人です!」

「負傷者は助かるようなら治せ! ただし暴れないよう注意しろ!」


 当初は地上にて伏せていた陸戦部隊員達だったが、その多くが様子を窺う余裕もなくなっていた。それは敵味方問わず、上空の戦いで多くの負傷者や死亡者が発生しているからである。

 里香からの要請で近隣の陸戦部隊から応援が到着していたが、そのほとんどが負傷者の搬送や治療、さらには遺体の確認などを行っていた。


 即応部隊の面々は上空の戦いに援護を行うべく待機していたが、千人近い空戦の『ES能力者』達がぶつかり合っているため、戦域のどこにいても負傷者や遺体が降ってくるのである。


「晴れ時々血の雨、ところにより『ES能力者』……今更ですけど、訓練校を卒業して一年足らずで投入される戦いじゃないですよね、コレ……」

「無駄口を叩く暇があったら周囲を警戒」


 里香の護衛として傍に控えていた市原が思わず呟き、紫藤が淡々とツッコミを入れた。二宮と三場は他の場所で待機しているが、今頃は同じような感想を抱いているだろうと市原は思う。


 そんな二人を従えた里香は数秒走っては足を止めて周囲を見回し、足元や周囲の木々を確認してから再び走り出す。

 市原と紫藤の雑談を止めないのは、清香が自分達にまで意識を回す余裕がないと判断したからだ。それでも里香自身は声を発さず、ハンドサインだけで二人に指示を出して動き回る。


 そうやって無言で走り回る里香に対し、市原も紫藤も何も言わない。里香が意味のないことをするとは思えず、周囲を警戒するのが自分達の役割だと判断していた。


(岡島先輩は何をしてると思う?)

(……わたしがわかるわけない)


 ただし、いくら里香に対する“信頼”があるとはいえ、気になるものは気になる。市原と紫藤はアイコンタクトで確かめ合うが、答えが出てくることはなかった。

 当初予定されていた援護射撃に関しては、『零戦』が到着したことで一度も行われていない。開戦当初から山林に伏せている陸戦部隊の面々はその多くが死傷者の対処に追われているが、それでも半数近くは『構成力』を抑え、呼吸すら殺して伏せたままだ。


 戦況から攻撃の判断を行う里香は上空の様子に注意を払いながらも走り回っており、攻撃を指示する気配がない。それでも陸戦の面々が辛抱強く伏せ続けているのは、里香の判断を信頼しているからである。

 上空で繰り広げられる戦いを黙って見ているのは精神的に辛いものがあったが、空を飛べない以上は援護に徹するしかない。渡辺率いる第一陸戦部隊のように空戦が相手だろうと互角に渡り合える技量もなく、攻撃の指示を今か今かと待ち続けるのだ。


「……あった」


 そうやって走り回っていると、足を止めた里香が不意に呟く。市原と紫藤も足を止めて周囲に敵が潜んでいないことを確認すると、里香が視線を向けている場所を注視した。


「……基地ですか?」


 “ソレ”を見た市原は、怪訝そうな声で呟く。視線の先にあったのは平時ならば厳重な防備が敷かれている基地――富士駐屯地だ。しかし今ではところどころが崩壊しており、軍事基地として機能するとは思えなかった。

 もしかするとこの基地を利用して対空戦を挑むのか、などと考えた市原と紫藤だったが、里香は周囲を見回して現在位置を正確に記憶すると再び走り出す。市原と紫藤は慌てて里香を追ったが、さすがに納得できず口を開いた。


「お、岡島先輩? あの場所に何があったんですか?」


 里香の背中を守るように追従する市原の疑問に、里香は肩越しに視線を向ける。その視線にはどこか剣呑な輝きが宿っており、質問をした市原は思わず回れ右をしてこの場から逃げ出したくなった。

 蛇に睨まれた蛙のように顔を引き攣らせる市原。そんな市原の反応を見た里香は視線を正面に向けると、自分を落ち着かせるようにため息を吐く。


「わたしと博孝君はね、あの場所に捕まっていたの。“それだけ”言えばわかるよね?」


 それ以上説明する気はない。言外にそう告げる里香に対して市原は無言で何度も頷き、紫藤はそんな市原に対して折りたたんだ肘を叩き込む。


「わたし達は余計なことを言わなくていい……先輩の指示に従うだけでしょ?」

「そ、そうでした……」


 恐縮した様子で視線を彷徨わせる市原。里香は市原の態度に対して再度ため息を吐くと、自分に対して言い含めるように話し出す。


「あの時はずっと意識があったわけじゃないから、基地の場所を正確に覚えてなかったの。地図上で確認したし、ここに来る時上空からも見たけど、自分の目で場所を確認しないといけないしね?」


 言葉にした通り富士駐屯地に関しては場所を地図で確認し、上空からも見ていた。だが、地上で木々に囲まれながら探すとなると話は別である。おおよその場所は見当がついていたが、到着にかける時間が予想よりも多くなってしまった。


(いや、確認して何がしたいかが気になるんですが……岡島先輩がすることですし、紫藤の言う通り指示に従うだけで良さそうですね)


 自身や博孝が捕まっていた時のことを思い出したのか雰囲気が一変した里香の様子に、市原は言葉に出さずとも疑問を覚える。


 市原にとって先輩である第七十一期卒業生は、歴代の中でも特に優秀だ。その中でも博孝や沙織、恭介やみらいの四人は戦闘方面の技量が突出している。

 しかし眼前を走る里香は戦闘よりも指揮や作戦立案の面で秀でており、博孝達以上に“何を仕出かすか”予測がつかなかった。直接戦闘能力はそれほど高くないが、親しい博孝達だけでなく同期全員が里香に対して強く出られない辺りも怖い。


(市原君達で“コレ”なら、そろそろ動かないと伏せてる人達が痺れを切らすかも……)


 そんなことを考えている市原の様子を察しつつ、里香は富士駐屯地の周りを走ることで地形を把握していく。それと同時に時折空を見上げ、戦況の推移を確認した。


 『零戦』の到着によって状況は好転し、博孝達も敵陣を突破して清香の元へとたどり着いている。博孝と沙織は清香を相手に戦い始めているが、その戦いは一進一退というべき様相を呈していた。

 清香に近づこうとする博孝と沙織に対し、清香は『盾』や『防壁』を発現することで対抗。博孝達がそれらを破る間に新たな『盾』や『防壁』を発現し、それと合わせて遠距離攻撃を仕掛けている。


 問題は清香の発現する『盾』や『防壁』が通常のES能力ではなく、空間を操作して生み出したまったくの別物だという点だろう。『活性化』による上乗せ含め、博孝が『収束』を、沙織が『穿刃』を用いることでなんとか突破可能な強度というのも厄介な話である。

 また、清香から放たれる『射撃』は空間を押し固めた弾丸であり、博孝も沙織も回避するか相殺するか、あるいは打ち払うことでしか対処できていない。普通に防御すればその防御ごと抉られると見切っているからだ。


 その攻撃力と防御力を前にして、博孝も沙織も攻めあぐねている。怪我の一つも負っていないのは喜ばしいが、それは清香も同様だ。このままでは時間が過ぎる一方であり、時間の経過は自分達の不利につがなると里香は考えている。


(やっぱり……さっきよりも強くなってる)


 清香が背後に庇う虹色の光。その“規模と強さ”が大きくなっていることを感覚から読み取った里香は内心で呟くと、これまで得られた情報を頭の中で片っ端から整理していく。


 感覚という曖昧なものだが、この場において里香は博孝や沙織に次いで清香が放つ威圧感に対して敏感だ。距離があろうと『星外者』が放つ『構成力』を感じ取れるのは、清香に操られた経験があればこそである。

 それに加えて、五年近くも博孝の傍にいたのだ。『活性化』によって少しずつ“変化”していく博孝の気配と比べれば、清香が放つ気配は強烈過ぎて見落しようがない。


「…………っ」


 ギリ、と歯を噛み締め、里香は遠くに見える清香を注視する。その威圧感、技量は敵に回すと非常に厄介だ。里香からすれば『ES能力者』を操る能力が特に厄介であり、その運用方法次第では容易に戦況を引っくり返せるだろうと考えている。

 先程も後方に下がった味方が操られ、福井が一個小隊を率いることで辛うじて事態を収拾したばかりだ。その代償に福井達は地表へと落下しており、他の部隊の者達に回収されて後送されている。


 清香が『ES能力者』を操る際にはいくつか条件があるようだが、里香は自身の予測が正しければ更に危険な事態が起こり得ると考えていた。そして、その“タイムリミット”もそう遠くないことだと。


 ――ならば、それよりも先に清香を仕留めれば良いだけの話だ。


 里香は彼我の戦力差を計算し、“手札”をどう使えば清香を打倒できるか考えていく。ここに至るまである程度の目星をつけてはいたが、実際に戦いの推移を確認するといくつか修正を加える必要がありそうだった。


 無論、里香の力では清香を仕留めることはできない。それだけの力があれば博孝や沙織と共に殴り込んだだろうが、生憎と里香にそんな力はなかった。

 それ故に、勝てる見込みのある仲間のために勝てる状況を作り出す。そう決断した里香は自身の護衛を務める紫藤に視線を向けると、紫藤もその視線に気付いて首を傾げる。


「……なんですか?」

「ううん。紫藤さんにも頑張ってもらおうと思って」


 その発言に目を瞬かせる紫藤だったが、里香は何も言わずに視線を逸らす。


『こちら岡島陸戦少尉です。皆さん、準備は良いですか?』

『遅いくらいだ少尉。こちらはいつでも撃てる』

『こっちもだ。待てって言われる犬の気持ちがよくわかったよ』


 “状況”を確認し終わった。そう判断した里香は『通話』を発現すると、即応部隊や応援部隊の面々へ声をかける。すると即座に返答があり、里香は思わず苦笑した。


『“躾け”が行き届いているのは良いことです。皆さんも状況は把握していると思いますが、空の戦いに割って入るのは困難。そのため、援護に徹したいと思います』

『援護というと?』


 他の面々と同じように伏せている間宮が、疑問を込めて尋ねる。その疑問を受けた里香は空を見上げて清香を見据えると、苦笑を消して小さく微笑んだ。


『みなさんが撃つのは『射撃』だけですが、威力は最小限に、数は最大限に……“まずは”それでいきましょう』


 そんな里香の指示を受けた面々は疑問符を浮かべたものの、すぐさま疑問を打ち消して了解の声を返すのだった。








 地上から放たれた幾多もの光弾。それに気付いた博孝はその真意を図りかねた。


 これまで様子見に徹していた里香が救援のために一斉射撃を命じたのだろうか。そう考える博孝だったが、いくら拮抗状態とはいえ“横槍”を入れるにはタイミングがおかしい。

 清香との戦いは好機と呼べるほど優勢を確保しておらず、窮地と呼べるほど劣勢になっているわけでもなかった。例え地上からの観測だろうと、里香が攻撃のタイミングを間違えるとは思えない。

 あるいは戦局を動かそうとしているのかもしれないが、地上からの攻撃によって清香の意識と防御が多少なり逸らされるとしても、それでどうにかなるほど生易しい相手ではないのだ。


 地上に伏せていた陸戦部隊が一点に攻撃を撃ち込んだとしても、清香の防御を一枚破壊できるかどうか。それほどに清香の防御は硬く、警戒されることを考慮すれば最高のタイミングで最大の火力を叩き込むのがベストだろう。


 ――それとも、里香からすれば今こそ動くべきだと判断するに足る“何か”があったのか?


 そこまで考えた博孝は里香を信じて動き出す。“これ”は攻撃ではなく援護だと、現状を有利にするためのものだと判断して飛び出した。


 飛来する光弾の数は多いものの、込められた『構成力』は非常に少ない。それは威力よりも数を重視した結果だろう。威力を求めなければ複数の光弾を発現することも容易であり、この場においては清香本人を狙うよりも有用な効果を発揮する。

 地上から放たれた光弾は清香が張り巡らせた『盾』や『防壁』に命中すると、そのまま炸裂して小規模の爆発を起こす。その程度の威力では清香の防御を脅かすことなどできないが、『構成力』の爆発こそが里香の狙いだった。


 清香が発現した力場は目視が難しく、博孝も沙織も感覚を頼りにしている。だが、地上から放たれた光弾が炸裂することにより、“どこ”に“どの程度の大きさ”の力場が発生しているか容易に目視できるのだ。

 博孝と沙織は清香に近づこうと直線的に動き、清香が発現した力場を破壊しながら動いていたが、目視できるのならばその手間も省ける。


(なるほど……こいつは助かる“援護”射撃だ)


 光弾の爆発によって浮かび上がった『盾』や『防壁』の隙間へと飛び込み、掻い潜り、博孝は一気に清香との距離を詰めていく。沙織もそれに続いて清香との距離を潰し、『穿刃』が届く距離まで近づこうとした。


 清香の防御を打ち破るのではなく、目視しにくいという特性を潰す。仮に博孝や沙織に命中したとしても、威力は最小限のため『防殻』だけで防ぎきることが可能だ。清香の防御を無視して接近できる利点と比べれば、欠点にすらならない。

 その上、一斉射撃の後は富士山周辺に分散させた兵力が交互に『射撃』を放ち、清香から捕捉されるのを避ける徹底振りだった。


 撃ってはその場を離れ、他の者が撃つ間に新たな射撃ポイントを確保して再度『射撃』を撃つ。そうすることで反撃のリスクを減らし、なおかつ距離が離れているため清香の攻撃を回避するだけの時間も稼げる。

 もしも清香が全周囲を覆うように力場を展開すれば話は別だろうが、それはそれで博孝にとって好機となる。男の『星外者』の時は不安定な精神が影響して破れなかったが、今ならば破れるという確信があるのだ。

 そうなれば清香の『構成力』を浪費させることができるだろう。春日や恭介のように精緻に防御を展開できるとも思えず、このまま回避されることを承知で『盾』や『防壁』を発現するか、全周囲を防御して『構成力』を大きく消耗するかの二択だ。


「わたしを狙うでもなく、防御を破壊するでもなく、味方が有利になるよう動く……なるほど、あなたへの人質ではなく殺しておけば良かったわね」


 清香もそれを察したのか、どこか暗い感情を滲ませながら呟く。その呟きは里香に対して向けられたものだろうが、進路を遮るように発現された『盾』を回避しながら博孝は笑った。


「それは最高の褒め言葉だろうよ!」


 里香の戦術に倣うようにして『射撃』による光弾を発現すると、清香へと放って“道”を探す。それを見た清香は博孝が潜り込もうとした隙間を『盾』で塞ぎ。


「っ!?」


 正面に捉えた博孝と沙織ではなく側面、斜め下から顔面目がけて飛んできた光弾を左手で弾き飛ばした。


(この距離で“隙間”を抜いてくる精度……紫藤か!)


 地上から飛来する光弾によって浮き彫りになる清香の防御。その僅かな隙間を貫いて高速で飛来した光弾は威力が高く、直撃すれば負傷はせずとも清香の態勢を崩す程度の威力があった。

 清香の『盾』や『防壁』を目視できるようにするだけでなく、本当の意味で援護射撃をするのも里香の目的だったのだろう。また、この状況で針の穴を通すように『狙撃』を撃ち込んでくる後輩に対し、博孝は誇らしい気持ちを抱く。


「おらあああぁっ!」


 清香が僅かに気を取られた間に、博孝は気合いと共に『盾』を強引に破壊する。そしてそのまま清香へと接近しながら掌底を手刀に変え、清香の首を狙って振りかぶった。

 『収束』に『活性化』を重ねたその一閃は、沙織の『穿刃』並の切れ味を発揮するだろう。相手が『ES能力者』ならば心臓を狙うが、『星外者』が相手となれば心臓を潰すだけでは“足りない”と博孝は思っている。


 男の『星外者』はラプターの手によって命を落としたが、博孝からすれば首を刎ね飛ばし、残った体を粉々に吹き飛ばしても生き返ってきそうな不気味さを清香に感じていた。

 本当に自分の攻撃が通じるのか――などという不安を感じる“余裕”は後回しだ。自身の間合いに敵がいる。その状況であれば体が動いてくれる。


「シィッ!」


 鋭い呼気と共に放たれた手刀は空気を切り裂き、空間すらも断裂させながら清香の首へと迫る。それを見た清香はさすがに危険だと判断したのか、体ごと真横に回転して手刀を回避した。

 博孝の手刀も速いが、清香の動きもまた速い。博孝が放った手刀は清香の髪を僅かに斬って散らしたが、手応えはほとんどなかった。


「あら……女性の髪を切るなんて男としてどうなのかしら?」

「性別云々言いたいならまずは地球人になってから言え!」


 真横に回転して回避したため天地が逆さまになっている清香が軽く言い放ち、博孝は『構成力』を込めた回し蹴りを放ちながら返答する。

 『活性化』によって高めた『構成力』を集中した蹴りは『収束』ほどではないが、それでも十分な威力を発揮した。相変わらず余裕の態度を崩さないが、折り畳んだ腕で固めた防御ごと清香を大きく蹴り飛ばす。


「沙織!」

「任せて」


 そして、蹴り飛ばした先で『穿刃』を構えていた沙織が問答無用で刃先を突き込んだ。『穿刃』の切先はそのまま清香の腹部へと突き刺さり――険しい顔へと変わった沙織は即座に『穿刃』を引き抜いて後方へと飛ぶ。


「……奇妙な手応えね」

「奇遇だな。俺も蹴り飛ばした時にそう思ったよ」


 手刀を回避された博孝だったが、放った蹴りは清香の腕骨や肋骨を圧し折るに足る威力だった。沙織が行った『穿刃』による刺突も、そのまま胴体を貫くつもりだったのである。

 しかし沙織は嫌な予感を覚えて即座に退き、博孝と合流して態勢を立て直すことを優先した。


 『穿刃』を突き刺した際に伝わってきた手応えは、明らかに人間のものではない。清香は『星外者』であり、人間でないとわかっていても沙織に躊躇させる手応えだった。

 硬いというよりも、気持ち悪い。清香が発現した『盾』や『防壁』は頑丈なだけだったが、『穿刃』を握る沙織が感じたのは大きな違和感だ。


 清香が発現する『盾』や『防壁』よりも清香自身が頑丈というのは、まだ納得ができる。だが、人の姿をしている以上は斬った際に様々な手応えがあるはずなのだ。

 皮を裂き、肉を斬り、骨を断つ。本来はあるはずの手応えが欠片も存在せず、あるのは鋼鉄に刃先をめり込ませたような硬質な手応えのみ。


 男の『星外者』と戦った時、沙織は最後の激突で右腕を半ばまで切断した。その時は博孝を救うべく死力を振り絞り、無我夢中だったため明確な手応えは覚えておらず――それでも、清香の方が異質な硬さだということは理解できる。

 柳が博孝の協力の元で鍛え上げた『穿刃』は刺突に向いた刀だが、“今のまま”突き刺すのは危険だと感じ取っていた。沙織がつけた傷は既に塞がっており、その回復力も脅威だと言える。


「ふふふ……さっきもだけど、傷をつけられるのはいつ以来かしらね。それに、わたしの髪を切ったのは貴方が初めてよ」


 多少不格好に斬られた髪を指でいじりつつ、清香は艶然と微笑む。


「そりゃ光栄なことで……」


 どこか楽しげな清香の言葉に答えながらも、博孝は手刀を掌底に変えて清香に対して突き出し、構えを取る。沙織は『穿刃』を納刀して腰を落とすと、清香を睨みつけた。


「次は髪と言わず、首を落とすわ」


 そう宣言し、沙織の体から莫大な『構成力』が立ち昇る。

 『活性化』と“怒り”によって増大した『構成力』は、周囲の空間を揺らがせながらも鞘の内側に集中。『穿刃』を白く輝かせつつも放たれる時を待って力を溜め続ける。


 清香を警戒して僅かに距離を取ったとはいえ、彼我の距離は十メートルも離れていない。この距離ならば『空間操作』を用いた斬撃も必中であり、その威力は必殺のものになるだろう。


 空間を、大気を揺らしながら『構成力』を溜め続ける沙織に対し、清香は笑みを深めて言い放つ。


「――失敗したら、“また”河原崎君を失うかもね?」


 男の『星外者』に敗れた時のことを言っているのだろう。そしてそれは、沙織にとって特大の爆弾だった。


 空中で踏み込み、抜く手も見せずに抜刀。刹那と呼ぶには速すぎる沙織の一閃は空間を断ち切り、宣言通り清香の首元へと不可視の斬撃を叩きつける。


 ――そして、清香の首が宙を舞った。


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