第二百八十三話:最終決戦 その10
ベールクトに対して最初の一撃を叩き込むことに成功したみらいだったが、そこに油断はない。眼下のベールクトを見下ろし、冷静に構えを取っていた。
そんなみらいとは対照的に、頬を殴り飛ばされて湖に叩き込まれたベールクトは怒りを露わにし、その『構成力』を増していく。怒りの度合いを示すように『構成力』が赤黒い光へと変換され、ベールクトの周囲を取り巻きながら頻繁に弾けていた。
その様は噴火直前の火山のようであり、みらいはベールクトに対する警戒を強める。湖に叩き込んだため全身ずぶ濡れだったはずだが、その熱量によって既に乾いているほどだ。
ベールクトはみらいに殴られた頬を撫でる。それに合わせて鈍い痛みが伝わってくるが、骨が折れたわけではないようだ。その程度で済んだのはみらいが手加減したわけではなく、ベールクトの頑丈さによるものである。
ただし、痛みがないわけではない。激しい怒りによって痛みを抑えているだけであり、みらいの打撃は十分に脅威と言えた。もしもみらいが殺すつもりだったならば、この程度の怪我では済まなかったかもしれないが。
「……今のは効きました」
怒りを滲ませて呟くベールクトに対し、みらいの返答はシンプルだ。
「“まずは”いっぱつ……」
ベールクトの状態などどうでも良いと、これから何度でも殴り、ベールクトの心が折れて戦闘不能になるまで追い込むと言わんばかりの宣言である。
「っ!」
それを聞いたベールクトは怒りの形相を浮かべ、みらいへ向かって一直線に飛びかかった。ベールクトとて戦う以上は痛みや傷を恐れないが、相手がみらいとなれば話は別だ。
もしも立ちふさがったのが他の者ならば、冷静さを保てた。だが、自身と同じ生まれでありながら周囲の者達に温かく育てられたみらいが相手では、平常心ではいられない。博孝の妹として育ったみらいが相手では、尚更に。
「あああああああああぁぁっ!」
全身に『火焔』の光を纏い、砲弾のように突き進む。先程殴られた痛みを返すようにみらいの顔面を狙って――いっそのこと、この一撃で仕留めるつもりで拳を繰り出した。
最初は『火焔』による射撃戦で削ろうと思ったが、みらいの“立ち回り”はベールクトが想像していた以上のものがある。それならば『火焔』による炎を纏い、接近戦で戦った方がみらいに痛手を与えられるだろう。
そう判断したベールクトの拳が、空を切る。それどころか視界が反転し、先ほど抜け出した湖が眼前に迫っていた。
「なっ!?」
一体何をされたのかと驚愕するベールクトだったが、慌てて急制動をかけて湖面に着水する前に停止する。停止した際の風圧だけで湖面が大きく揺らぐほどであり、体に纏っていた『火焔』によって水蒸気が立ち昇るほど水面ギリギリでの停止だった。
「すきあり」
それにベールクトが安堵する暇もなく、みらいは追撃を仕掛けた。突撃の勢いを利用した“投げ技”によって虚を突かれたベールクト目掛け、急降下した際の速度ごと拳を振り下ろす。
「危ないですわねっ!」
ベールクトは即座に真横へと回避するが、みらいとしてはそれで構わなかった。
回避されたことで空振りに終わった拳をそのまま湖面へと叩きつけ、鈍い轟音と共に水を周囲に撒き散らす。その一撃はみらいを中心にして瞬間的に巨大な水の壁を発生させ、みらいとベールクトを隔てた。
最初に殴られた時のように、水を目隠しにして攻撃を仕掛けてくるのだろう。咄嗟にそう判断して周囲を警戒するベールクトだったが、みらいはベールクトに攻撃を仕掛けず、自身が発生させた水の壁を全力で蹴り飛ばした。
みらいの身体能力で蹴り抜かれた巨大な水は爆弾の炸裂でも受けたように飛散し、ベールクトの顔面へと襲い掛かる。
先程は水に隠れたが、今度は水を利用した目潰しだ。『火焔』を纏っているベールクトには効果が薄いが、『火焔』に水が触れれば即座に水蒸気へと変わる。それによってベールクトは視界を塞がれてしまった。
「もういっぱつ」
囁くように、みらいが言う。それが聞こえたベールクトは反射的に眼前で両腕を交差し、防御態勢を取った。“もう一発”と宣言したからには、先ほどと同じように顔面狙いだと思ったのだ。
しかし、ベールクトが防御すると読んでいたのか、みらいが繰り出したのは蹴りである。水を蹴り飛ばした勢いに乗り、独楽のように回転してから右の回し蹴りを放ち、ベールクトの脇腹にめり込ませた。
「がっ……ぐ、捕まえ……ました」
警戒していた顔面ではなく、意識が逸れた胴体への回し蹴り。それは肋骨を軋ませるほどに強烈なものだったが、ベールクトは辛うじて耐えた。そして即座に腕を回し、脇腹にめり込んだみらいの右足を抱え込む。
いくらみらいの打撃が強力でも、接触した状態ならばベールクトの方が有利である。例えみらいが防御を固めようとも、体が接触する距離で『火焔』を放てば燃やし尽くすことが可能だからだ。
そう判断したベールクトは即座に『構成力』を集中させようとしたが、みらいの方が一手速い。ベールクトに右足を抱え込まれると、自分から左足を伸ばしてベールクトの胴体を挟み込む。
「よい……しょっ!」
両足でベールクトを固定すると、みらいは気合いの声と共にその場で勢い良く後方へと回転する。それは『火焔』で焼かれるよりも早く、『構成力』を最大限『飛行』に回した強引かつ高速な回転だった。
ベールクトはみらいの行動が理解できずに一瞬忘我し――そのまま顔面から水面へと叩きつけられる。みらいが水面ギリギリで回転し、身長差もあったためにベールクトだけが着水する形になったのだ。
打撃などではないが、不意打ち気味に顔が水に浸かるという事態にベールクトは混乱した。“今の”ベールクトならば呼吸はそれほど重要ではないが、反射的に水を飲み込みそうになり、慌ててみらいの拘束から抜け出そうとする。
みらいは水中から脱出しようとするベールクトの動きに気付くと、自分から両足を開いて拘束を解除した。それに気付いたベールクトは、水面から顔を上げながらもみらいから距離を取ろうとする。
だが、顔全体が大量の水に濡れて一時的に視界が遮られたベールクトを見逃すほど、みらいは甘くない。距離を取ろうとするベールクトに追いすがり、固めた拳を腹部に叩き込んで強制的に息を吐き出させる。
水で視界を奪い、打撃で痛みを与え、更には呼吸ができないよう腹部を狙う。徹底的に“自分がされたら嫌なこと”を相手に強いたみらいだったが、ベールクトが抵抗するように『構成力』を集中させたのを感じ取り、即座に後方へと退いた。
その一瞬後、ベールクトを中心として『火焔』による爆発が巻き起こる。みらいが近づけないよう、周囲を無差別に巻き込んで焼き払ったのだ。
みらいは爆発の範囲から逃れており、頭を振って水気を払うベールクトを冷静に観察している。腹部を打たれたベールクトは数度咳き込んでいたが、呼吸を整えると燃えるような怒りを瞳に宿しながらみらいを睨み付けた。
「お姉様……わたしを舐めていますね?」
「……なんのこと?」
憎々しげに声を発するベールクトに対し、みらいは不思議そうに首を傾げる。ベールクトの問いかけは予想外だったのか、再度攻めるよりも言葉を交わすことを優先する。
「お姉様の攻撃からは殺気を感じません。わたしなど本気を出すまでもないと?」
みらいの攻撃は強力だが、ベールクトを殺し得るほどではない。加えて拳にも蹴りにも殺気が乗っておらず、あるのは『徹底的に叩きのめす』という“師匠”譲りの信条だけだ。
そんなみらいの戦い方に対し、ベールクトは手を抜いているのだと感じた。『天治会』で戦ってきたベールクトからすれば、本気で戦うということは敵を殺すことと同義である。
ベールクトからすればみらいの攻撃は強力だが“それだけ”であり、敵を殺すという意識が欠けていた。
「みらいはほんき。でも、あなたをころすつもりはない」
「わたしはお姉様を殺すつもりですが?」
みらいの言葉に表情を歪めるベールクトだが、みらいは相変わらず不思議そうな顔をするだけである。
「それでも、みらいはあなたを“とめる”だけだよ?」
みらいからすれば、これは人生で初めての姉妹喧嘩だ。姉として妹の凶状を止めるために全力を出すが、殺すつもりなど毛頭ない。
地形を利用して間合いを詰め、ベールクトの感情を怒りに傾けて攻撃を単調にし、ついでに全力で殴ってもいるが、みらいからすればそれが本気である。
地形や状況の利用は里香から、敵の感情を煽って思考を誘導するのは博孝から、“拳で躾ける”のは砂原から学び、自身の血肉とした結果だ。現にベールクトは翻弄されており、有効打の一発も当てることができていない。
戦闘において、みらいの戦い方はある意味単純だ。博孝のように指揮を執る者がいないのならば、自身の身体能力と勘を活かした戦い方を取る。ただし、その戦い方はみらい一人で構築したものではない。
博孝の戦い方だけを真似たベールクトに対し、みらいは身近な者から貪欲に学んだ。それこそが両者の差であり、ベールクトが一度たりとてみらいに有効打を当てられない理由だった。
それはみらいが最初の一発を叩き込んだ時に学んだはずだったが、それだけで尽きるほどみらいの引き出しは狭くない。戦況は千差万別であり、その度に新たな戦法を選ぶみらいの全てを学び取るのはベールクトといえど不可能だった。
『ES能力者』は人によって得意な戦い方があり、各々が得手とするものが異なる。そのため戦いの組み立て方には個人の特徴があった。
ベールクトが真似た博孝は、砂原に“一から”鍛えられた『ES能力者』である。短所を潰した上で長所を伸ばすという教育方針のもとに鍛えられたが、その戦い方の基準になったのは砂原だ。
だが、みらいは違う。博孝と同様に砂原の手で鍛えられたが、それが全てではない。博孝や沙織、里香や恭介といった“他の要素”が濃密に加算されている。
『天治会』で一個の駒として動いていたベールクトには、そんな相手はいなかった。博孝の戦い方を真似ることで自身の戦闘スタイルとしたが、真似た以上のことはできない。
「わたしを止める……止められる? お姉様に? わたしが?」
みらいの言葉を反芻し、ベールクトは視線を下げた。
清香によって力を与えられ、博孝の戦法を覚えた自分が負ける。“よりにもよって”みらいに負ける。自身を殺すつもりもないみらいに、負けるというのか。
――それは、絶対に認められない。
「嫌です……絶対に嫌……それだけは絶対に……」
砂原や柳といった強者に敗れたのならば、まだ納得もできた。博孝が相手だったのならば、喜んで殺される。だが、みらいにだけは負けられない――負けたくない。
「そう……そうです。きっと“足りない”だけです。お兄様から学んだことがお姉様に劣るわけがない……」
ぶつぶつと呟くベールクト。『星外者』である清香に与えられた力により、ベールクトは『アンノウン』ではなく『星外者』に匹敵する。しかしそれはみらいも同様であり、劣勢ということは身体能力や『構成力』以外で劣っているということだ。
それ以外は必要がないと断じた博孝の戦い方が、みらいに劣っているということだ。
もしも博孝がみらいと戦えば、高い確率で博孝が勝利するだろう。博孝には接近戦に特化したみらいの攻撃を捌くだけの技術があり、みらいを倒せるだけの攻撃力も持っている。
そんな博孝の戦い方を真似したというのにみらいに勝てないということは――。
「ああ……そうか、そういうことですね……」
納得したくない、理解したくない感情を押さえ込んで思考するベールクトの脳裏で、一つの答えが導き出される。そしてその答えに至ったベールクトの口から、アハッ、という笑い声が漏れた。
「まだ足りない……わたしでは足りなかった。それだけのことでした……」
博孝の戦い方を真似するのならば、欠けているものがある。過去に博孝と交戦した時にも見ているはずだというのに失念していた自分を、ベールクトは嗤いたくなった。
それは『活性化』のように真似できないものではない。体術や空戦技能、射撃戦のように真似できたものでもない。その扱いの難しさから、ベールクトが無意識の内に排除していたものだ。
「あは……あはははははっ!」
“足りないもの”を発見した喜びから、ベールクトは哄笑を上げる。それに合わせて全身から赤黒い『構成力』が立ち昇り、ベールクトの右手へと集中していく。
発現した『火焔』を身に纏うだけならば、これまでも無意識の内にできた。しかし、意識して高密度に集中させたことはない。
博孝が会得しているES能力の内、『活性化』以外でベールクトが会得していないもの。その中でも今の博孝にとっては最も頼りにしている武器であり、ベールクトでは扱い切れないもの。
「そうですよね……お兄様なら、コレを使いますよね!」
周囲に赤黒い光を撒き散らしながら、ベールクトが吠える。その右手に見えるのは、ベールクトが持つ赤黒い『構成力』を集中させたことで発現したES能力――『収束』だ。
ただし、その『収束』は本家本元である砂原や、砂原から教授された博孝とは異なる。『収束』を発現するのに重要なのは、莫大な『構成力』を圧縮する際に緻密な『構成力』の操作能力を求められることだ。
発現の際に『構成力』の操作を誤れば、そのまま破裂して自身を傷つけかねない。発現した個所から『構成力』を霧散させず、それでいて可能な限りの密度で押し固めるというある種のセンスも必要だ。
その点、ベールクトは自身の持つ莫大な『構成力』で強引に解決した。押し固めた『構成力』が霧散するよりも先に『構成力』を注ぎ足し、『収束』と呼べるレベルで『構成力』の集中を成し遂げている。
――漏れ出る『構成力』がベールクトの右手を焼いていなければ、それは完璧な『収束』と呼べただろう。
ベールクトの制御から漏れた『火焔』による赤黒い『構成力』は、少しずつベールクトの右手を焼いていく。持ち前の頑丈さによって即座に焼け焦げることはないが、『火焔』の炎が自身の防御能力を超えているのだ。
だが、その痛みすらベールクトには愛おしい。博孝が得意とする『収束』を忘れていたことも、笑顔で笑い飛ばせる。
「さあ……第二ラウンドといきましょうか?」
ある種の狂気を感じさせるベールクトの笑顔に、みらいは無言で拳を構え直すのだった。
不意打ちを仕掛けてきたラプターの相手を恭介に任せた博孝だったが、迫り来る敵兵を捌きながらも奇妙な違和感を覚えていた。
あともう少しで清香のところまで到達する。距離にすれば百メートル程度と、空戦の『ES能力者』ならば一息で詰められる距離だ。何百もの『ES能力者』が壁のように布陣していなければ、接近戦と呼べるほどに清香との距離がなくなっている。
しかし、突撃を仕掛けた時と比べて進行速度が落ちていた。敵の密度が増しているというのもあるだろうが、それ以上に敵兵の動きが鋭くなっているのだ。
それまでは最小でも分隊単位で動かしていたが、今では一人ひとりが生きているかのように複雑な行動を取っている。沙織を庇うように前面へと出ていた博孝だが、敵兵を減らすどころか攻撃を捌くだけで手一杯になっていた。
「チィッ! 何があった!?」
それは博孝に随行していた柳も感じ取ったのだろう。舌打ちをしながら『柳刃』を振るうが敵兵は防御を固めて受け止め、血を流しながらも反撃として零距離で『狙撃』を放つ。
柳は『武器化』によって生み出した刀を盾にして光弾を受け止めるが、柳の身を守る代わりに刀身が半ばから折れて飛んだ。それに気付いた俊樹が援護として『狙撃』を放つが、柳と対峙していた敵兵は即座に後退して光弾を回避する。
まるで“普通の”『ES能力者』のような動きだ、と博孝は思った。それまではどこか機械的な、操り人形らしい動き方だったのである。そこに人の、繰り手である清香の意思が加わったように思えた。
(力を隠していた? いや、それにしては突然過ぎる。敵の数が減ったことで清香の操作に余裕ができた……それもない、か?)
これまでは清香の敵兵を操る力に上限があると見込んで動いてきた。操作する数が増えれば増えるだけ、敵兵には簡単な行動しか取らせることができないのだと。
それに加えて『ES能力者』が減れば減るだけ、“タイムリミット”が近づいてしまう。清香が守る虹色の光は大地や海、死した『ES能力者』や『ES寄生体』などが持つ『構成力』が原因だろうが、清香の指揮がその冴えを取り戻すほど敵兵を倒したわけではない。
その剣腕を以って暴れる柳、その統率を以って敵を屠る俊樹や渡辺、清香の指揮を乱すために周囲の敵兵を削る斉藤や町田。博孝や沙織も敵兵を仕留めているが、それでも清香が従える敵兵の五分の一も削っていない。
既に同数以上の敵兵を倒していると言えば聞こえは良いが、清香のもとにはまだ何百もの敵兵が存在するのだ。その一人ひとりを正確に、精緻に操って動かすのはいくら『星外者』である清香でも困難だと思えた。
次々と襲い掛かってくる敵兵。博孝は繰り出される拳や蹴り、射撃系ES能力を『収束』を発現した右手一本で何とか捌きつつ、表情が見えるまで接近した清香の様子を窺う。
相変わらず虹色の光の前から動こうとしておらず、表情に大きな変化はなかったが、その瞳には何かしらの感情が加わっているように思えた。
それは余裕であり、焦燥でもある。捕まって何度も顔を合わせた博孝でさえほんの僅かしか読み取れないが、清香としても気を割くべき“何か”が起きたようだ。
(恭介がラプターを止めたから……なんてのは理由じゃないか。兵士をここまで細かく動かせるのなら、最初からそうしていたはずだし……)
伏せていたラプターの強襲を恭介が止めたことが原因かと思ったが、ここまで精緻に兵士を動かせるのならば最初からそうするべきだと思った。そうすれば伏せたラプターを温存することができ、博孝や沙織を不意打ちで仕留められる可能性も上がっただろう。
そう考えれば、清香にとって好ましからざる事態――“この場以外”で操っていた兵士に何かが起きたと考えるのが妥当か。
敵の攻勢を凌ぎつつもそれが何なのかと思考を進める博孝だったが、“答え”の候補は多くない。平気で自爆してくる『ES能力者』の群れと戦い、それでもなお勝利を得られる者は非常に限られていた。
(沙織の爺さんか『零戦』か……その両方?)
他の場所で操っていた兵士が死んだからこそ、この場にいる兵士を操る余裕ができた。問題はそれを成したのが誰かという点だが、博孝に思い当たるのは源次郎や『零戦』の面々だけである。
『いなづま』の艦長である鈴木からの情報で、藤堂率いる『零戦』の第一空戦中隊が一個連隊の『ES能力者』と交戦したと聞いている。他の場所でも同様の戦いが起きていたならば、藤堂や宇喜多、春日達が清香の配下を仕留め終わったと考えるべきだ。
この状況で源次郎や『零戦』の面々が姿を見せていなかったのも、足止めがあったのだろう。清香の指揮の冴えからそう読み取った博孝は、襲い掛かってくる敵兵の拳を掻い潜り、カウンターとして敵の胴体を右手で貫いてから獰猛に笑った。
『ずいぶんと“調子”が良くなったじゃないか、清香さん』
挑発するように、何らかの反応を期待して博孝が声をかける。その間も敵兵が群がるように襲い掛かってくるが、清香が沈黙を選ぶのならそれで問題はない。今までの清香とのやり取りから考えるに、こういった軽口に答えないというのは重要な情報だからだ。
部下の操作に集中しているからか、あるいは軽口を叩くだけの余裕がなくなったのか。
部下に自爆をさせずに正攻法で、連携を以って博孝達を仕留めようとしているのは、自爆では確実性がないからだろう。攻勢に出た博孝達だったが、自爆を警戒して常に退路を確保している。
もしも柳達の対処が間に合わないほどに大量の部下を自爆させるとしても、『構成力』を集中している間に効果範囲外へと逃げることが可能だ。その場合は再び距離を詰めるのに難儀するだろうが、敵兵が減っている分、難易度は下がる。
源次郎や『零戦』が敗北し、それまで部下達の操作に回していたリソースが必要なくなったという可能性もある。だが、それならばこれまで通り拙い指揮を執り、博孝達が勝利を確信して突っ込んできた時の“対策”にした方が良いはずだ。
それらのことを踏まえると源次郎か『零戦』、あるいはその両方が敵を排除し、この場に向かってきていると考えられる。多少は消耗しているだろうが、現有の戦力に源次郎や『零戦』が加われば鬼に金棒と言える。
はっきりとした勝機が見えた。博孝のその確信と共に、戦いはさらに加速していくのだった。




