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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百七十三話:出撃準備

 体がやけに軽い。

 自分の状態を冷静に把握するべく『いなづま』の甲板で軽く体を動かしていた博孝は、己の体を見下ろしながらそんなことを内心で呟いた。


 砂原達に救出されてから『いなづま』に戻り、砂原の治療を終えてから一眠り。目を覚ましてからは砂原が意識と取り戻したということで話を聞き、そこからさらに一眠り。

 睡眠時間は“普段”と比べれば遥かに長いが、それだけでここまで体が楽になるのは不思議だった。清香に囚われてからはロクに体を動かせていないため体が鈍りそうだったが、『活性化』の発現によって溜まった疲労が抜けたことで体がとても軽く感じる。


 だが、清香に命じられて数日の間発現し続けた『活性化』による影響は、その程度で抜けるほど生易しいものではない。少なくとも、これまでの経験から考えると明らかに異常な回復速度だ。


「うーむ……体力の底を突き破ったと思ったら、底が丸ごとなくなっちまったか?」


 体に異常はない。気を抜けば意識を失いそうになるほど疲労した状態で半日眠り、起きてからは気がかりだった砂原から発破をかけられて精神的に回復し、再度睡眠を取ったことで万全の状態まで持ち直したのか。


「そうだとしたらなんていう隊長マジック……精神的な“しこり”がなくなったからぐっすり眠れたのかねぇ」


 博孝と里香を救出し、逃がすために『星外者』と戦って死に掛けた砂原。恩師が自分のせいで死に掛けたという精神的負担は酷いものだったが、本人から許されただけでここまで心安らぐものだろうか。

 敵に攫われたという点では里香も博孝と同じだったが、里香はそれを極力表に出さず、今も鈴木を相手に今後の作戦に関して詰めているところだ。それが博孝に出来るかと言われれば首を横に振るしかなく、今は戦いに備えて心身の状態を整えることしかできない。


「なんにせよ、博孝が回復したのならわたしは嬉しいわ」


 そんな博孝の傍では、柳から譲り受けた『穿刃』を振り回す沙織の姿があった。いくら驚くほど手に馴染むとはいえ、実際に振るって重心を体に覚え込ませなければならない。戦いの前に時間があるということで、今は『穿刃』の“クセ”を確認しているところだ。

 なるべく博孝の傍にいて心身ともに支えようという気持ちもあったが、それはわざわざ言葉にすることでもないだろう。博孝もそれを察しており、ストレッチをしながら笑う。


「沙織が傍にいてくれたから、ゆっくり休めたんだろうな」

「そう? 折角だから膝枕でもすれば良かったかしら? ああ、でも……」


 『穿刃』を鞘に納めながら、沙織は笑う。


「膝枕って、高さがあって首に負担がかかるんですって?」

「……あ、愛情があれば大丈夫じゃないですかね?」


 沙織の笑顔がやけに輝いて見えたのは、きっと錯覚だろう。膝枕に関してベールクトと行った会話を沙織が知るはずもない――ないのだが、あの場で行った博孝とベールクトの会話は里香に全て聞かれていたのだ。


「博孝が眠っている間にね、里香が何度か様子を見に来てくれたのよ」

「ほ、ほほう……里香さんは何か言っていましたでしょうか?」

「別に? 脈拍とか顔色を確認して、あとはちょっと“雑談”をしたぐらいよ?」


(その雑談の内容って一体……)


 さすがにそこまで踏み込んで聞くことができず、博孝は視線を逸らす。清香達に捕まっている間のことを沙織が尋ねるのは特におかしくないが、あの時の博孝は精神的に参っていた。その時の会話を全て聞かれていたというのは、博孝としても気恥ずかしい。


「ところで、ベールクトって子についてだけど……」


(っ!?)


 博孝の逡巡に構わず、正面から踏み込んでくる沙織。なんとか驚きを声に出さず、内心だけで押し留めた博孝だったが、額に冷や汗が浮かび始める。


「わたしは言葉を交わしたことがないんだけど、どんな子だったの?」

「どんな子……あー、戦ってた時はちょっとアレな子だったけど、落ち着いて話してみたら割と普通? 顔もみらいに似てるし、性格と行動もけっこう似てるかなぁ……」

「そう……でも、柳さんに斬られたのよね?」


 博孝の説明に頷いた沙織だったが、確認するように尋ねた。それを聞いた博孝は表情を引き締め、頷いてみせる。


「意識が朦朧としてたけど、それは確かだ。生きているかは……」


 あの柳に斬られたのならば、生存は絶望的だろう。ベールクトは“元々”敵だったが、博孝としては悼む気持ちがある。


「もし……もしもよ? その子が生きていたらどうするの?」

「……正直なところ、ベールクトは清香と違って十分わかり合えると思ってる。あいつは生まれた後の環境が酷過ぎた……でも、みらいと同じぐらい純粋で優しい部分があるんだ」


 清香が生きている以上、ベールクトの行動はどうしても制限されてしまう。そもそも博孝の考えでは生きている可能性も極僅かであり、生きていたとしても助けられるかわからない。


「清香を倒せればベールクトは解放される……かもしれない。生きているかわからないけど、もしも生きているとしたら救ってやりたいと思う」

「そう……」


 博孝の返答に、沙織は目を伏せた。博孝が眠っている間、清香に囚われている間に何が起きたかを里香から聞いている。その話によればベールクトは博孝が相手ならば心を開いており、環境のせいで博孝もベールクトに対して依存に近い感情があったようだ。


 清香の元から解放された今、博孝が“本来は”敵であるベールクトを気遣う理由はないはずである。

 それでも確認をしておかなければならない。そう判断した里香は、その役割を沙織に頼んだ。あの場にいた里香が尋ねるよりも、沙織が尋ねた方が本音を出しやすいと判断したのである。


 柳はベールクトを斬った際、しっかりとした手応えがあった。それは何十、何百と『ES能力者』を斬ってきた柳からすれば、仕留めたと思えるほどの手応えだったのである。

 だが、柳は『アンノウン』を斬った経験が少ない。独自技能を操るベールクトは『アンノウン』と同等以上の存在であり、確実に仕留めている保証はなかった。


 そこで里香は事前に博孝の意思を確認しようと思ったのである。もしもベールクトが生きていた場合、博孝の戦意が鈍る可能性があった。そのため、事前に話をすることで少しでも負担を和らげようと考えたのだ。


「わかったわ……でも、その子ばかりに構っていたらみらいが拗ねるだろうから、ほどほどにしなさいね?」

「……生きていると思うのか?」

「実際に見たわけじゃないから、わたしからは何とも言えないわ。でも、里香はその可能性があると思っている……それなら心の準備はしておくべきでしょう?」


 里香がそう判断したのならば、十分にあり得ると沙織は思っていた。加えて、沙織としても気になることがある。


「一応、その子も博孝を“支えた”……それならわたしが斬る理由はないわ。生きて会えることを祈るだけよ。みらいの妹っていうのなら、話してみたいしね」

「わかったよ……あとで里香にもお礼を言っとかないとな」


 沙織が何故わざわざこんな話をしてくるのか。その目的と理由を察した博孝は小さく苦笑する。


(里香に対しては借りが積み重なる一方だ……)


 博孝はそう思うが、里香の考えには一部異なる。純粋に博孝とベールクトの関係性を考慮した部分もあるが、清香が率いる敵勢と戦う際にベールクトがいるかいないかで状況が変わると思ったのだ。


 ベールクトが操る『火焔』は多対一に向いている。フェンサーが使用した『猛毒』のように非常に攻撃に特化した能力であり、かつては博孝も恭介も大怪我を負ったほどだ。

 ただでさえ戦力差があるというのに、そこにベールクトまで加わっては堪らない。しかし、博孝が相手ならばベールクトの攻撃を中断させ、仲間に引き込めるかもしれないという打算があった。


 柳に斬られたため生きていない可能性の方が高いが、里香はどうにも嫌な予感が拭えない。

 ベールクトが出てくれば、博孝とみらいは平静ではいられないだろう。ベールクトも博孝とみらいに対して執着しているため、何も起きずに済むとは思えなかった。


 博孝の話を聞くと、清香はかつて『支援型』の『ES能力者』として博孝の前に現れたらしい。それならば、ベールクトが死にかけていても治療を施して戦線復帰させるかもしれない。

 むしろ、自分ならそうする。必ずそうする。ベールクトを復帰させるだけで、清香に有効な攻撃手段を持つ博孝とみらいの行動を縛れるのだ。里香はそう考え、沙織経由で博孝に話させた。


 ベールクトは死んでいるかもしれないが、もしも生きていれば必ず敵として立ちふさがる。そうなった時にどんな選択をするのか、事前に考えて覚悟を決めておけというのだ。

 みらいに対しては、里香の方から話をするつもりである。もしも博孝が話をしてベールクトを庇うような発言をすれば、みらいにも影響が出かねない。普段の博孝ならば大丈夫だろうが、今の博孝には可能な限り負担をかけたくないという里香の判断だった。

 最大の目標は清香の撃破だが、それだけで済むほど今回の戦いは小さい規模ではない。どこで何が影響を及ぼすか、警戒しておくに越したことはないだろう。


「沙織の方はどうだ? 『星外者』に重傷を負わされたって聞いたけど……」


 実際に戦いになってみないとわからない。そう判断した博孝は、元気に『穿刃』を振り回す沙織へ話を振る。男の『星外者』に挑み、酷い怪我を負っていたはずなのだが――。


「博孝の顔を見たら元気になったわ」

「あ、そ、そうか……」


 微笑みながら答える沙織に、動揺して言葉に詰まる博孝。『星外者』に敗れてから既に五日近くが経っており、沙織は万全に戦える状態まで回復していた。

 博孝の顔を見て元気になったというのは、沙織なりの冗談なのだろうか。そんなことを考える博孝だったが、精神状態が大きな影響を及ぼす『ES能力者』ならば、多少は影響があってもおかしくはないだろう。


 ただし、面と向かって言われると気恥ずかしいものがあったが。


「んー……」


 照れた様子の博孝を見て、沙織は不思議そうに顔を覗き込む。


「な、なんだ?」

「今の博孝の方が“素”なんだなぁ、と思って……以前の博孝と比べると、感情が出やすい感じがするわ」

「……そうか?」


 自分の変化はわかりにくい。博孝は沙織の言葉に首を傾げるが、沙織は何度も頷いた。


「以前もそうだったけど、今の博孝も素敵よ? わたしの言葉で照れてくれるあたり、ちょっと可愛いかも」

「勘弁してください……」


 両手を上げて降参する博孝だが、沙織が言うのならばそうなのか、と納得する。清香に恐怖心を縛られていたことで、他の感情にも多少は影響があったのかもしれない。


「前はわたしばっかり照れていたから、ずるいと思ってたのよ」

「……沙織が照れる機会って、あまりなかったと思うんだけど」

「それは多分、博孝が気付いていなかっただけじゃない? わたしだって女の子なんだから、好きな人の言葉は嬉しかったり照れ臭かったりするんだから」


 そう言って微笑む沙織だが、相変わらず『穿刃』を振り回しているため説得力が乏しい。しかし、沙織の顔が僅かに赤くなっているのを見て、困ったように頬を掻いた。


「……それじゃあ、これからはきちんとわかるようにならないとな」

「ええ。そのためにも勝ちましょう」


 互いに笑い合い、博孝と沙織は拳をぶつけ合う。清香との戦いは、目前にまで迫っていた。








「それでは、作戦を説明します」


 そんな言葉を皮切りとして、里香は『いなづま』の艦橋に集まった面々へ視線を向ける。

 この場にいるのは即応部隊の中でも砂原を除いた空戦部隊員十一名、作戦の立案を行った里香、町田を含んだ第五空戦部隊の二個中隊、そして柳と鈴木である。


 集まるには少々手狭だったが、鈴木も含めて話をするためこの場を選んだのだ。その鈴木は椅子に座り、静観の態勢を取っている。この場では一番階級が高いものの、『ES能力者』ではないため話を聞くだけだ。


「町田少佐の第五空戦部隊にご協力をいただいたおかげで、空戦の戦力を確保することができました。また、先行している間宮大尉達からも協力が可能な部隊をいくつか確保できたと」

「数は?」


 斉藤が真剣な表情で尋ねると、里香は苦笑を浮かべた。


「空戦が三十二名、陸戦が九十二名です。陸戦は同士討ちで負傷した人が多かったので、“まともに”動ける方が少ないみたいですね」

「その代わり、空戦は海に出ていた人達が多かったからね。陸地に戻ると危険だと判断して、近くにいた護衛艦に乗っていた人が多いんだ」


 里香の説明を町田が引き継ぐが、里香と同様に苦笑を浮かべている。時間が許す限り戦力を集めるべく動いたが、それでも敵と比べればまだまだ大きな差があるのだ。


「我々即応部隊と第五空戦部隊を加えても空戦が約二個大隊、陸戦は約三個大隊……各地に最低限の防衛戦力を残すことになりますが、これが限界です」


 最低限の防衛戦力に関しても、これまでの戦いで負傷した者に頼んで無理に動いてもらう状態だ。また、捕縛した『端末』等の監視の人員も必要である。

 『ES能力者』の数だけでみれば二百名近い大所帯。『大規模発生』の際に里香が指揮した数とほぼ同等だ。しかし今度は全員が正規部隊員であり、半数が空戦部隊という豪華さである。

 戦力的には小国を滅ぼせるほどであり、これほどの数で当たれば並大抵の敵は倒せるだろう。


 ――敵が全員空戦だと考えなければ、だが。


「数はともかくとして、連携が取れるのかって問題もあるわな」


 数を聞いた斉藤は、戦力としてどうなのかと考えながら呟く。日本の『ES能力者』の中でも空戦は数が少ない。それが二個大隊といえば全体の十分の一ほどの数なのだが、数が多いと言って喜んでもいられなかった。

 軍隊というものは個人戦力の集まりではなく、あくまで連携を主とする存在である。それは『ES能力者』でも変わりはなく、部隊の中で連携に関して習熟訓練を行い、個ではなく群として動けるようにしていた。


 無論、全員が正規部隊員である以上、ある程度の連携は取れる。空戦部隊員ともなれば、大抵は正規部隊員として十年以上戦ってきたベテランだ。しかし、それでも些細なところで粗が目立つだろう。

 それぞれの階級、それぞれの戦い方の癖、それぞれの長所と短所。それらを把握して運用するには、あまりにも時間が少なかった。


「今回の作戦に参加する方たちについては、それぞれの部隊の中でも“最小”で小隊単位です。あとは個々に的確な役割を与えればある程度は動けるかと」


 戦力が欲しいからといって、多数の部隊から一人や二人連れてきても全体の足を引っ張る可能性がある。そのため里香は最低でも小隊で戦力を集め、少しでも連携の手間を省けるようにした。

 臨時で小隊を組ませても、最大限の力は発揮できない。それならば最初から小隊単位で集め、それぞれに役割を振った方がマシだろう。

 あとは全体を統率できるだけの指揮能力を持った者がいれば完璧に近い――が、さすがにそこまでは手が回らなかった。


 もしもこの場に砂原がいれば、何も問題はなかった。『穿孔』の異名と砂原本人の実力と指揮能力があれば、臨時に編成した部隊でも問題なく運用できたはずである。

 だが、この場ではそれができない。柳は実力的に問題ないが、そもそも軍人ではなく民間人に分類されている。ES訓練校は卒業しており、正規部隊員として戦ったこともあるが、『付与』を発現してからは後方に下がっていた。また、本人の性格的にも向いていない。

 斉藤も性格的に厳しく、可能性があるとすれば町田ぐらいだろう。第五空戦部隊の隊長としての経験があれば、二個大隊でも指揮できるかもしれない――が、それも駄目だった。


 柳と斉藤、町田は攻撃の要である。博孝の第三空戦小隊を清香の元へと到達させるためにも、指揮に注力している余裕はない。

 かといって、『大規模発生』の時のように里香が指揮を執るのも難しかった。里香自身は空戦ができないため全体の動きについていけず、なおかつ臨時で加わった者達が命を預けるに足る存在ではない。

 ないない尽くしで嫌になる里香だったが、打てる限りの手を打たなければ清香には勝てないだろう。


「当初の予定通り柳さんが正面、斉藤中尉が右翼、町田少佐が左翼の配置でお願いします。率いる数は柳さんが一個大隊、斉藤中尉と町田少佐が一個中隊ずつですね。ただ、柳さんは率いるというよりも、先頭に立って突撃すると言った方が正しそうですが……」


 正気の沙汰とは思えないが、それが清香の元へ突撃しようとした柳を止めるための条件だ。一個大隊を文字通り“率いる”だけだが、柳の攻撃力に一個大隊が続けばそれだけで甚大な被害をもたらすだろう。

 あとは斉藤と町田が部下と共にどれだけ敵の損害を大きくできるかが問題だ。そして、矢じりのように突撃する三人の部隊とは別に、博孝率いる第三空戦小隊が追従する形となる。


 柳達に求められるのは、どれだけ博孝達の疲労が少ない状態で清香の元へ届けられるかだ。突撃する柳達に、それに続く博孝達、さらには“蓋”をするように残りの二個小隊が続くが、相手の数を考えるとどう足掻いても博孝達も戦う必要がある。

 真正面から敵陣を貫き、博孝達が清香だけと戦える状況を作るのが柳達の仕事だ。もっとも、戦力的には敵陣を貫く段階でかなり厳しいのだが。


「陸戦部隊は?」

「先行して伏せていてもらいますが、すぐに気付かれるでしょう。そのため、一部を除いて富士山周辺でゲリラみたいに行動してもらおうかと」


 幸いというべきか、富士山周辺には木々も多い。空戦の者達は上空で戦うため、陸戦の者達は木々を隠れ蓑にして援護射撃を行わせるつもりだった。


「……一部ってのは?」


 里香の説明に引っかかることがあったため、斉藤が尋ねる。全部ではなく一部だけ伏せるというのは何故なのか。


「一部の人達は富士山ではなく、“その先と他の場所”まで走ってもらいます。戦力を可能な限り戦力を集めて背後から叩ければ、と思いまして……」


 下策である戦力の逐次投入に近いが、時間がない以上は仕方がない。清香達を背後から殴りつけるための戦力を確保するべく、陸戦の一部を動かしているのだ。ただし、こちらについては時間と状況次第で効果が増減してしまう。

 そのため里香としては元々用意した戦力だけでどうにか清香を仕留めたいが、それだけでは実現の可能性が低かった。


 里香は僅かに逡巡した様子を見せたが、やがてこの場に集まっている全員に対して頭を下げる。


「……必ず勝てるとは言い切れません。むしろ負ける可能性の方が高いでしょう。ですが、それでも人類の未来のためにはやらなければならないとわたしは考えています……そんな状況で皆さんに託すしかなくて、一緒に戦うことができなくて、その……」


 頭を下げた里香から伝わってくるのは、不安と申し訳なさ。作戦を立案することはできるが、空戦が不可能な里香は共に戦うことができない。里香も戦場傍まで移動し、可能な限り支援に努めるが、直接戦う者達を比べれば危険度は低かった。


 そんな里香の様子に、その場にいた者達は苦笑を浮かべる。『いなづま』は陸地へと近づいているが、数百キロメートルも離れているというのに、富士山の方向から莫大な『構成力』の奔流が感じ取れるのだ。

 もっと近づけば虹色の光を目視することも可能となるだろう。だが。今は危機的状況であり、それを“どうにかできる”かもしれないというのはとても恵まれていることだった。何もわからずに終わりを迎えるよりも、抗える分だけ上等だ。


 そこまで漕ぎ付けたのが、里香である。故に恨み言など言うつもりもなく、苦笑を浮かべながら博孝へと視線を向けた。すると、沙織が博孝の背中を押して里香の前へと突き出す。


「っと……里香、顔を上げてくれ」


 沙織に背中を押されたことに若干驚きながらも、博孝は里香に声をかける。少しだけ沙織に視線を向けてみると、全て任せたと言わんばかりに腕組みをしていた。


「ここまでお膳立てをしてくれたのなら、あとは俺達の仕事だよ。だからまあ、なんだ……」


 博孝は両手を伸ばして里香の両頬を優しく包み込むと、ゆっくり顔を上げさせる。


「――ありがとう。里香が立てた作戦なら俺は……いや、俺達は必ず完遂するさ」


 これまでの全てに感謝を。人を集め、命を落とさせるかもしれないというプレッシャーに震える里香に、博孝は感謝の言葉を告げる。


「博孝の言う通りよ。里香が立てた作戦なら、どんなものでも達成してみせるわ。訓練生の頃からそうだったでしょう?」


 博孝の言葉に続いて沙織が言う。それを聞いた恭介は肩を竦め、みらいは微笑んだ。


「岡島さんの無茶振りには慣れたもんっすよ。だから大船に乗ったつもりでいてほしいっす」

「りかおねぇちゃん、みらいたちにまかせて」


 仲間達からの言葉に、里香は一度だけ目を伏せた。しかしすぐに笑顔を浮かべ、微笑む。


「うんっ! 信じてるから!」


 里香の返事に笑い合う博孝達。それを静かに見守っていた斉藤は、顎を撫でながら呟く。


「若いってのはいいねぇ……」

「そんなことを言うから君はおじさんなんだよ。でも、彼らに全部を託すってのも性に合わない。可能な限り重荷を背負ってあげようじゃないか」

「俺がおじさんなら、同い年のお前もそうだろうが」


 斉藤の呟きに町田が笑いながら返し、言葉をぶつけ合う。敵陣を突破するのが彼らの役割だったが、必ず完遂してやろうと思った。


「はっ……俺はただ暴れるだけだよ。砂原の奴の代わりに、な」


 柳は口の端を吊り上げてそう言うが、博孝達を見る瞳はどこか優しげである。ガラではないが、砂原の代わりぐらいは務めてやろうと思ったのだ。


 こうして、戦いの準備は整う。例え幾百、幾千の敵が立ちふさがろうと、必ず食い破ってみせると全員が決意を固めたのだった。




 ――清香による『創世』まで、残り……?


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