第二百七十二話:ラブソング
『いなづま』の船内にある食堂、即応部隊の面々を集めることができる広さを持ったその一室に、砂原と博孝、希美を除いた全部隊員と町田、柳が集合していた。
砂原は昏睡、博孝は少しでも疲労を回復させるため休息中、希美は『端末』のため情報が清香に伝わることを恐れて拘束中だ。
周囲の索敵は『いなづま』の『ES能力者』に任せ、“今後”に関する重要な打ち合わせを行っているのだ。砂原が倒れているため、即応部隊の指揮は空戦部隊を斉藤が、陸戦部隊を間宮が執る。そこに里香が補佐として加わり、現状の説明も加えて話を進めていく。
「――現状は最悪としか言えません」
口火を切ったのは、議事進行を務める里香である。用意されたホワイトボードに数枚の写真と紙の資料を貼り付け、険しい声色で話す。
「約半日前、陸地の方角から空へ向かって立ち昇る虹の光が確認されました。これは自然現象ではなく、敵である『星外者』によって引き起こされたものです」
そう言って、里香は町田が率いる第五空戦部隊が斥候として接近し、撮影してきた写真を示す。近くまで接近することはできなかったが、敵の警戒網ギリギリまで近付いて撮影してきたのである。
「さらに、町田少佐の斥候によって新たな情報を得られました。砂原少佐率いる一個小隊が突入した富士駐屯地、そこには数百の『構成力』が存在するそうです」
数百という言葉に、即応部隊の中から動揺の声が漏れた。歴戦の『ES能力者』である町田でさえも即座に撤退を選んだほど、膨大な数の『構成力』が集まっていたのだ。
「詳細な数はわからなかった……でも、最低でも師団規模の『ES能力者』がいるだろうね」
苦笑しながら町田が補足説明をしたが、それを笑い飛ばせる者はいない。柳が感嘆したように口笛を吹いたが、それはあくまで例外だろう。
「皆さんも見たと思いますが、周辺海域の異変は今もなお広がり、それは陸地にも及んでいます。そこにきて富士山を中心とした虹色の『構成力』の発現……我々“人類”に残された時間は少ないでしょう」
大仰に聞こえる台詞だったが、それは里香にとって偽らざる気持ちだ。『星外者』が何を思ってこのようなことを行っているか確証はないが、それが人類に――地球全体に影響をもたらすことは疑いようがない。
「海や陸地に起きている変化……これは『構成力』によるものだとわたしは考えています。我々だけでなく日本中の『ES能力者』が駆り出された今回の任務。大量の『ES寄生体』が押し寄せてきたのも、我々『ES能力者』に撃退させるためだったのでしょう」
そう言って里香が示すのは、ホワイトボードに貼り付けた日本地図だ。里香はレーザーポインターで日本の周囲をなぞると、今度は国後島、対馬海峡、小笠原諸島を示す。
「『ES寄生体』の迎撃が始まって少し経つと、今度は三ヶ所に一個連隊の『ES能力者』が侵攻してきました。鈴木中佐の話では『零戦』の各中隊が迎撃を務めたそうですが、おそらくは『星外者』からの“生贄”だったのだと思います」
長年、日本の各地に現れては『ES能力者』に殲滅された『ES寄生体』。さらに、今回の騒動によって日本の周辺海域で大量に『構成力』を撒き散らしながら死んでいった敵達。
そこにきて富士山周辺で発生している虹色の『構成力』だ。日本の中心とも呼ばれる富士山でそのようなことが起きているのは、決して偶然ではないだろう。
「これらは全て『天治会』……さらにはその上に潜む『星外者』によって引き起こされたものです。我々はこの国を守護する『ES能力者』として……いえ、一人の人間として、これを止める必要があります」
『星外者』を止める。そう断言する里香に、陸戦部隊の一人が挙手をする。
「止めると言っても、具体的にどうすれば良いんですか? その、戦力差が……」
怯えるというよりも、困惑した様子での質問だった。里香が言いたいことはわかる。即応部隊の面々も、『星外者』は止めなければと思っている。だが、止めるための手段はあるのか。
即応部隊を率いる砂原が戦線離脱したことで、戦力が大きく落ちている。さらに、即応部隊は空戦と陸戦の混成部隊だ。陸戦部隊の者達では大きな戦力にならない。
最も有効なのは空戦部隊による強襲だろうが、即応部隊に所属する空戦はほんの一個中隊。砂原の代わりに柳を入れたとしても、十二名からなる小規模部隊だ。
「当初と比べて『ES寄生体』の出現数も減っています。陸戦部隊は沿岸部に残し、継続して迎撃を。空戦部隊は可能な限り周辺部隊を糾合して富士駐屯地へ向かい……」
そこにきて、里香は僅かに目を伏せた。
「正面からぶつかります」
これほどの戦力差があっては、奇策も誘導も通じないだろう。そもそも、敵の指揮官が清香なのだ。各部隊で発生した反乱によって『端末』や精神を操作されている者は囚われているだろうが、わざと暴れさせずに潜り込ませた者がいないとは思えない。
今の里香ならばそれを判別することができるが、他の部隊の者では無理だろう。戦力を糾合してきたとしても、確認だけで時間を取られてしまう。また、変な疑いをかけるなと反発されればそれだけでまた時間がなくなる。
故に、里香は真正面からぶつかることを提案した。敵味方の選別に時間を割かれるぐらいならば、複雑な作戦ではなく単純な作戦で『端末』の被害を減らす。余計な小細工が入り込む余地がないよう、迅速かつシンプルに戦うべきだ。
「最初の衝突で可能な限り敵陣へ浸透。後続の戦力で敵陣に開けた穴を広げ、『星外者』を討ちます」
勝機があるとすれば、相手は“王将”が一枚だという点だ。『ES能力者』や『ES寄生体』を操る清香を倒しさえすれば、敵の戦線は瓦解する。
そのために何百もの『ES能力者』がひしめく敵陣を突破し、清香の配下であるラプターを引き離し、なおかつ本人の実力が不明な清香を倒す必要があった。
(彼我の戦力差は良くて十倍程度……そこに実力不明の『星外者』と『天治会』の空戦部隊を率いるラプターが加わる……苦戦どころか、勝ち目すら見当たらない……)
表面上は平静を保って説明をする里香だが、内心では苦笑を浮かべるしかない。
突破用の戦力として柳や斉藤、町田がいるとはいえ、それでも精々百の『ES能力者』を撃墜できるかどうか。この状況では、清香も戦力の出し惜しみなどしないだろう。もしかすると、柳や斉藤達でも弾き返されるような戦力が揃っているかもしれない。
「いいねぇ……シンプルなのは良いことだ。前にいるのが敵だけなら、俺は眼前の敵を斬り倒すことだけを考えれば良いしな」
そんな絶望的な状況にあってなお、柳は不敵に笑う。むしろ楽しげですらあり、即応部隊の面々は頼もしいと思うよりも先に笑ってしまった。
「隊長も似たようなことを言いそう……」
「柳さんならそのまま敵陣を突破しそうだなぁ……」
絶望的という感情も、突き抜ければ笑いが出てくる。柳が言っていることは自殺行為にしか思えないが、柳ならば実現してしまうかもしれないと考えて笑ったのだ――その笑い声は乾いていたが。
「この状況では『ES寄生体』の侵攻は“誤差”だろう。それに、沿岸部の街からは民間人も避難している。我々陸戦部隊からも、志願者だけでも援護に向かうとしようか」
里香の説明を聞いていた間宮は、志願者だけで空戦部隊の援護を務めることを決断する。『飛行』を使えないため移動速度では劣るが、先に上陸して『瞬速』で駆けて先行すれば良い。
空戦の戦いは空が舞台だが、地上からの援護射撃があれば少しは敵の動きを阻害できるだろう。
「……危険ですよ?」
思わず尋ねる里香だが、間宮は苦笑するように笑った。
「少尉、君もおかしなことを言うな。私も“一人の人間”としてやるべきことをやるだけだよ。それに、君も指揮を執るために空戦部隊に随行するつもりなのだろう?」
間宮の言葉に里香は沈黙で応える。戦力としては数えられないが、富士駐屯地周辺の地形を利用して戦場に潜み、指揮を執ろうと考えていたのだ。それは危険な行為だが、空戦部隊を危険な場所へ放り込む以上、当然だと里香は思っている。
清香が放つ、『ES能力者』などを操る『構成力』に関しては、里香が最も過敏に察知できるのだ。現地にいれば、何かしらの役に立てるだろうと考えていた。
里香は間宮の指摘に沈黙すると、ため息を吐いてから作戦を練り直す。
「……では、陸戦部隊には先行してもらいましょう。敵との交戦は避け、近隣の部隊へ協力の要請をお願いします。それが終われば富士山まで走ってきてください」
「はははっ、さすがは隊長の教え子だ。上官を使い走りにしようというその度胸、私も見習わねばな」
からからと笑い、間宮は承諾する。陸戦部隊の者達には意思を確認しなければならないが、それでも全員がついてくるだろうと確信していた。
「それと並行して、時間が許す限り海上にいる戦力も集めます。こちらは鈴木中佐に協力を要請して、他の護衛艦に乗艦しているであろう空戦を掻き集めましょう」
「そちらは我々に任せてもらおうか。作戦の肝である君達は休んでいたまえ」
付近を航行している護衛艦に赴き、戦力を集めることに関しては町田が立候補する。これに関しては一部隊の隊長である町田の名前があった方が良いと判断し、里香は委ねることにした。
「なんなら俺の名前を出していいぞ? “玩具”はたくさんあるんだ。一緒に遊ぶオトモダチを募れば手を上げるだろうさ」
「……柳さんみたいな人がいたら、それはそれで助かるんでしょうけどねぇ」
突撃する人員を集めてこいと言い放つ柳に、町田は胃を押さえながら答える。斉藤もどちらかといえば柳に近い性格をしているため、常識人としては孤立無援の状態だった。
「柳さんが先頭に立つと言えば、勝機があると判断する人もいるでしょう。それでお願いします」
「岡島少尉!? せめて君は止めてくれないか!?」
「でも、柳さんはこっちが止めても先頭で突撃するでしょうし……それなら利用すべきかと」
すまし顔で言ってのける里香に、町田は思わず肩を落としてしまう。それでも自分の役割を確認すると、深い、非常に深いため息を吐く。
「どこに行ってもこんな役回りだよ……」
「隊長ってのは大変ですなぁ、町田少佐殿?」
涙すら流しそうな町田の肩を叩き、斉藤が笑顔で語りかける。それを聞いた町田は即座に顔を上げ、目を剥きながら食って掛かった。
「ええい斉藤! 君は僕より強いんだからもっと真面目に勤務しろよ! 隊長にだってなれるだろ!? 砂原先輩の下でしか真面目に働かないとか、何を考えてるんだ!」
「隊長なんて、俺のガラじゃねえよ。今の立場ぐらいで丁度良い。そんなもん、肩が凝っちまう」
片や叫ぶように、片やいなすように、斉藤と町田は言葉を交わし合う。それは戦いを前にして緊張が漂う部隊の空気を和らげ、落ち着かせる効果があった。
「では、町田少佐のところから空戦一個小隊を借りて斉藤中尉の指揮下へ編入しましょう。他の護衛艦から集めた空戦を柳さんに同行させて正面に当たる戦力に、町田少佐と斉藤中尉が率いる中隊が右翼と左翼を固め、矢のように敵陣を切り裂いてもらいます」
斉藤と町田の言い合いが終わると同時に、里香が集まった戦力の配置に関して話していく。さりげなく町田の部下を即応部隊に編入させると宣言するが、それに気付いた町田は頬を引き攣らせた。
「え、なにこの子。うちの部隊から戦力を強奪しようとしてる……」
「なにって、うちの部隊の参謀サマだ。隊長の教え子らしいだろ? つーか、今の状態で部隊の括りなんて些細なもんだぞ。お前の部下ならこっちの動きにも合わせられるだろうし、問題はねえな」
そもそも、現在考えている清香への反攻作戦すら誰からの承認もない、完全な独断だ。それと比べれば、他の部隊から戦力を招集することなど可愛いものだろう。
「少佐、お願いしますね?」
「あ……はい」
輝かんばかりの笑顔で『お願い』をする里香に、町田は文句もなく頷く。里香の笑顔が、時折砂原が浮かべる笑顔に似て見えたのは、きっと錯覚だろう。
しかし、里香はすぐに笑顔を引っ込めて真剣な顔になる。
「『星外者』を倒さなければ、後々に責任の所在を問うことすらできない状態なんです。町田少佐殿、何卒ご協力を……」
「はぁ……河原崎少尉が一番かと思ったけど、先輩に一番似ているのは君かもね」
町田に頼みごとをする時のやり口が、砂原に似ていると思った。そのため、町田は苦笑しながら承諾する。
「先輩ほどではないけど、これでも部下はしっかりと鍛えてきたんだ。ご期待に沿える活躍を保証するさ」
「でもよ、お前の部下って先輩に一個小隊まとめて叩き潰されたんだろ? 鍛え方が足りないんじゃねえか?」
「それは昔の話だから! あれからもっと鍛えて強くなったから!」
かつて町田の部下が清香に操られて砂原を襲ったことを引き合いに出され、町田は斉藤に対して声を張り上げる。そんな二人のやり取りで再び騒ぎが大きくなりそうだったが、笑顔の里香が両手を打ち合わせてそれを止めた。
「今は時間が惜しいですから、お二人ともほどほどに。これから細かい役割分担について話しますから……ね?」
笑顔のまま首を傾げて言い含める里香に、斉藤と町田は口を閉ざして話を聞く態勢を整える。里香はそんな二人の態度に微笑むと、即応部隊の小隊ごとにこれからの作戦について通達していった。
「わたしが言って良いのかわかりません……ですが、各自の奮闘を期待します!」
最後にはそう締め括り、反攻作戦の打ち合わせは“ひとまず”終了するのだった。
作戦の打ち合わせから五時間後、即応部隊の中でも空戦の者達は『いなづま』の食堂で思い思いに休息を取っていた。
陸戦部隊の者達は里香の指示に従い、一足先に陸地へと向かっている。護衛艦である『いなづま』が陸地に近づくと対ES戦闘部隊から砲弾が飛んでくるため、『いなづま』から下ろした小型ボート――艦載艇で陸地を目指して航行中だ。
ある程度接近したら『盾』と『瞬速』を使った空中移動に切り替え、陸地に到着してからは里香からの指示通り近隣の『ES能力者』達を糾合するべく動く。
そんな陸戦部隊とは異なり、空戦部隊は仮眠を取る者、食事を取る者、仲間と談笑する者と分かれている。共通しているのは休息し、精神を休め、じきに訪れるであろう戦いに備えているということだけだ。
時が来れば、『いなづま』から飛び立って富士山に構える清香達に戦いを挑むことになる。その戦力差は絶望的であり、中には改めて遺書を認めている者もいた。
「おっと、斉藤中尉。それはなんです?」
「あん? 『いなづま』の連中の私物だ。ちょいと借りてきた」
そんな中、福井が斉藤へと声をかける。斉藤が食堂に入ってきたと思えば、手に小型ラジオを持っていたのだ。斉藤は傍にあった椅子に腰を掛けると、ラジオを操作してチャンネルを合わせ始める。
「テレビが映らねえからな。ラジオならあるいはと思ってよ」
もうじき訪れる戦いの前に、少しでも娯楽を提供してやろう。そんな気遣いから取った行動だった。そんな斉藤の声が聞こえたのか、空戦部隊の者達は斉藤の周囲に集まり始める。
陸地へ向かった陸戦部隊以外でこの場にいないのは、鈴木と打ち合わせを行う里香、未だに眠っている博孝とその様子の確認に行った沙織だけだ。
「この状況でやってるんですか?」
「こういう状況だからこそ、だろうが。ラジオってのは災害の時でも役に立つんだぞ?」
チャンネルを合わせていくが、聞こえてくるのはノイズ音ばかりだ。それでもチャンネルを合わせ続けると、不明瞭ながら声が聞こえ始める。
『……い……らは……ラジ……京……』
「お……こいつは首都のチャンネルか?」
手刀を斜めの角度から軽く叩き込みつつ、斉藤は首を傾げた。その手刀が効いたのか、はたまた微細にチューニングされたのか、声が明瞭に聞こえ出す。
『晴れ時々『ES寄生体』または『ES能力者』という生憎の天候ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか? 今日はなんと、スペシャルゲストをお招きして番組をお送りします!』
「晴れの合間に『ES寄生体』や『ES能力者』が降ってくるなんて、滅茶苦茶嫌っすね……」
ラジオパーソナリティらしき男性の明るい声が響き、それを聞いた恭介がぽつりと呟く。その隣ではみらいが何度も頷いていた。しかし、そんな恭介の声はすぐに驚愕へと変わることとなる。
『今日のゲストはなんと、先日発売された八枚目のシングルが大セールスを記録した大人気アイドル、神楽坂優花ちゃんです!』
「ぶっ!?」
「ゆうかちゃん!」
ラジオパーソナリティが呼んだ名前は、優花のものだった。恭介は思わず噴き出し、みらいは目を輝かせて身を乗り出す。
『ラジオの前のみなさん、神楽坂優花です。本日はお招きいただきありがとうございます』
『いやぁ、こちらこそ優花ちゃんに来てもらえるなんて感謝感激です! でも、こんな時にまでお仕事なんて大変なんだねぇ』
『いえいえ、それを言ったらこの番組だってそうじゃないですか』
苦笑混じりに答える優花だが、それを聞く恭介は高速で瞬きを繰り返し、みらいは斉藤の膝に飛び乗ってラジオを聞くための特等席を確保する。突然のみらいの行動に斉藤はどうしたものかと悩んだが、動くに動けないためそのままラジオを聞くことにした。
『それに、テレビはともかくラジオなら届くかな、と思ったし……』
『はい?』
『あ、こっちの話です』
僅かに零れた優花の声に、ラジオパーソナリティが不思議そうな声を出す。優花はそれを誤魔化すと、次々に向けられる質問を答えていく。
即応部隊に後から加わった者達を除けば、優花は護衛任務で守り抜いた護衛対象だ。それだけでなく、護衛任務の一件以来、CDなどを発売すれば即応部隊の基地に送ってくるほど付き合いがある。
そのため多くの者達が笑みを浮かべながらラジオを聞いていたが、ラジオのリスナーからの質問に雰囲気が変わった。
『次の質問は……あー、これって聞いちゃっていいのかな?』
『え? なんですか?』
ラジオパーソナリティの声に僅かな躊躇が混ざったが、優花ならば綺麗にかわすだろうと判断し、リスナーからの質問を読み上げることにした。
『んっんー……ずばり! 優花ちゃんの好きな男性のタイプは? むしろ好きな人っていますか? だそうです!』
『……えっ』
『え?』
軽い返答を期待していたラジオパーソナリティだったが、優花の反応は戸惑いを含んだものだった。ラジオ越しだったため恭介達にはわからなかったが、優花は突然の質問に少しずつ顔を赤くしている。
『そう……ですね。同い年ぐらいで、頼りがいがあって、わたしのことを守ってくれる人……とかかな?』
恥じらいを含んだ、切なげな声色。その反応にラジオパーソナリティのテンションも上がったのか、興味深そうに質問をする。
『年齢を指定するとは具体的な……まさか、好きな人が!?』
『え? あはは、それはどうでしょうね?』
困ったように微笑む優花に、ラジオパーソナリティは深く触れない方が良いと判断した。そのため、話を切り上げて音楽を流す準備を始める。
『誤魔化すのも可愛い! それでは続きまして、その可愛さを乗せて優花ちゃんが歌うニューシングル、『あなたに一輪の赤い薔薇を』を聞いていただきましょう!』
やや強引に話題を切り替え、ラジオパーソナリティは優花が先日発売した音楽を流し始めた。
それは優花の素の性格を知る即応部隊の者達からすれば少々意外な、落ち着いた曲調のバラード。女性の視点から歌い紡ぐ、恋の歌だ。どこか寂しげで哀しげで、恋い焦がれるような想いが込められた歌。
それまで騒いでいた即応部隊の者達も口を閉ざし、静かに耳を傾けるほどの感情が込められている。
時間にして四分少々、流しているのはCDの音源だったが、情感豊かな歌がラジオから途切れ、誰かが感嘆したような息を吐く。
若い女性らしい情感が込められ、それでいて体の中から静かに元気が出てくるような、不思議な感覚だった。
「……いや、良い歌だ」
「ああ、まったく……誰かさんに向けられている気がして気に食わんが」
素直に良い歌だったと讃えるが、それと同時にその視線が恭介へと向けられた。恭介は無言で視線を逸らすと、下手な口笛を吹いて誤魔化しにかかる。
『良い歌ですねぇ。若い女の子達に人気だとか。こう、なんというか、ここ数枚のCDでは声に艶が出てきたように感じられるんですよねぇ……』
『あはは……』
感嘆したのはラジオパーソナリティも同じだったようで、優花にとって危険な発言を行う。優花はそれを笑って流したが、番組が終わりに近づくと決意を秘めた様子で声に力を宿した。
『それでは最後に、今回来ていただいた優花ちゃんからファンの皆様へメッセージをどうぞ!』
『はい……でも、最初に謝っておきます。ごめんなさい』
『……優花ちゃん?』
事前の打ち合わせにはなかった展開に、ラジオパーソナリティは困惑したような声を漏らす。しかし優花が儚げな笑顔を向けると、そのまま沈黙してしまった。
『アイドルではなく、一人の人間、ただの神楽坂優花としてこの場をお借りしたいと思います』
そんな切り出しに、一体何事かと恭介達はラジオに視線を向ける。何を言うつもりなのか、これは何かの台本に従っているのか、と疑問を覚えたのだ。
『今、わたし達の周りでは大変なことが起こっています……気軽に外に出ることもできなくて、街では兵隊さんが目を光らせて……でも、わたしは大丈夫だと思っています』
番組的に危険なことを言われそうだ。そう思ったラジオパーソナリティだったが、優花の目にこれ以上ないほど真剣な光があったため、番組を止め損ねる。
『わたし達にできることは、ほとんどありません。わたし達が戦うことはできなくて、その代わりに『ES能力者』の人達が今この時も戦っています』
静かに、しかし聞く者の心を掴むように優花は言葉を紡いでいく。
『わたしが『天治会』から犯行予告を受け取ったことを、みなさんは覚えていますか? わたしはあの時、とても怖かった……でも彼らが、『ES能力者』の人達が助けてくれた、守ってくれたんです』
優花が思い出すのは、『天治会』から犯行予告が届いた時のことだ。即応部隊が完全に発足する前に護衛任務を担当したが、彼らは文字通り命がけで優花を守った。コンサートを行いたいという我が儘にも、応えてくれた。
『それまで、わたしは『ES能力者』のことをよく知りませんでした。普通の人とは違う、『ES寄生体』みたいに怖い生き物を相手に戦う人達……それぐらいにしか考えていませんでした。でも、実際に会って、言葉を交わして、その考えは変わりました』
その声色は、初めて会った時と比べて大人びて聞こえる。口調は穏やかで静かだったが、聞く者がそのまま聞き惚れてしまいそうな、そんな声だった。
『彼らは誰かのために、誰かを守るために戦っています。傷つこうと、倒れようと、戦う力がない人達を守るために戦っています。それはきっと、とてもすごいことなんだなって……わたしにはできないなって、思いました』
人間と『ES能力者』は別種の生き物だと主張する者も、世間には存在する。だが、実際に即応部隊の者達と言葉を交わした優花は、そうではないと思った。
『何が起きているのか、わたしにはわかりません。でも、『ES能力者』の人達が……わたしの大切な友達が、大切な人が戦っています』
そこで優花は一度言葉を切る。そして大きく息を吸うと、自らが知る全ての『ES能力者』に向けてエールを送った。
『頑張って、みんな……みんななら、どんな敵にでもきっと勝てるから!』
それは励ましの言葉。どんな敵にでも勝てると、心から信じる言葉。
『あと……わたしはアイドルだけど、この時だけは、この言葉を送らせてください……』
そして、そのエールに重ねるようにして、優花は言葉を続ける。今しがたの声よりも強く、深く、想いの丈を声に乗せて、優花は言った。
『頑張って……恭介、頑張って! 絶対に勝って帰ってきなさいよ!』
その言葉を最後に、ラジオからノイズ音が聞こえ始める。その場にいた者達は沈黙を貫いていたが、やがて、斉藤が呆れた様子で口を開いた。
「あーあ、やっちまったなぁ」
「彼女、大丈夫なんですかね……いや、アイドル的な意味で」
斉藤は心底呆れたように、福井は心配するように呟く。優花が“個人的”に応援した恭介は、静かに拳を握りしめていた。
「優花ちゃん……応援はしっかりと受け取ったっすよ! 俺、この戦いが終わったら、優花ちゃんに――」
「死ねボケッ! 今死ねすぐ死ね!」
「良い子だよねぇ彼女。だが、羨ましい。羨ましいんだよテメェ!?」
余計なことを口走ろうとした恭介だったが、空戦部隊の仲間達が即座に蹴り飛ばす。そして周囲を囲まれ、罵詈雑言と共に次々と踏まれてしまった。
「ちょっ、やめっ、ま、マジで蹴り入れてるの誰っすか!? 『星外者』と戦う前に仲間に殺される!?」
「あ、俺です」
「って、博孝!?」
一体いつの間に現れたのか、恭介を踏む者達に博孝が加わっていた。その傍には沙織が立っており、呆れた様子で恭介を見ている。
「恭介……アンタ、この戦いを乗り切っても地獄が待ってそうね?」
「むしろ『星外者』と戦う方が楽かもなぁ……でも、あんな応援を聞いたら負けられないよな?」
沙織のツッコミに博孝は笑い、床に転がる恭介に手を差し出して引っ張り起こす。恭介は寝ていたはずの博孝が起きていることに疑問を覚えたが、恭介を引っ張る腕は力強かった。
「博孝、体はもう大丈夫なんすか?」
「おう。隊長に活を入れられてから一眠りしたら、嘘みたいに体が楽になったよ。腹が減ったんで食堂に行こうと思ったんだけど、何やら面白そうな気配を感じたからダッシュできた」
「絶好調っすね!?」
活き活きと話す博孝に、暗い影はない。心の底で気にかかっていた砂原の無事を知り、なおかつ発破をかけられたことで完全に振り切ったのだ。そのおかげか、短時間の睡眠だったというのに体は驚くほどに軽い。
「清香の“嫌がらせ”が解けたせいかねぇ……頭も体も絶好調だよ。実際に顔を合わせてみないとわかんねえけど、頭が怖がっても体が勝手に動いてくれるだろ」
開き直ったように告げる博孝だが、傍に立つ沙織はそれが虚勢だとわかっている。それでも博孝が“元通り”の振る舞いを見せていることに、静かに微笑むのだった。
――清香による『創世』まで、残り二十時間。
赤い薔薇の花言葉は『あなたを愛しています』。
一輪だけだと『あなたしかいない』。




