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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百六十七話:終わりの始まり その12

「突然他所の部隊の隊長さんに協力を求められたと思えば、懐かしい顔がいるわねぇ」


 砂原の治療を開始して一時間。町田が連れてきた女性は、『いなづま』の治療室に入って状況を確認するなりそう呟いた。その声にどこか聞き覚えがあった里香はそちらへと視線を向け、僅かに目を見開く。


「……川内中尉?」

「はぁい。お久しぶりね里香ちゃん。そっちでミイラみたいに生気がない坊やが倒れた時以来かしら?」


 女性――川内の名前を呼んだ里香は、思わず呆然としてしまった。ある意味里香に『支援型』としての道を示した人物の登場に、声を震わせる。


 川内と会ったのは、博孝が初めて敵を殺して体調を崩した時だ。『支援型』で治療系ES能力が得意な川内の治療方法に興味を惹かれ、里香は治療専門の『ES能力者』を志したのである。

 そんな川内が駆け付けたことは里香にとって非常に助かる。しかし、喜びの感情を抑え込むと、『探知』を発現して川内の『構成力』を探り始めた。


 もしも川内が『端末』だった場合、非常に危険なことになる。そう考えて川内の『構成力』を探るが、清香が『ES能力者』を操る際に送り込む『構成力』は感じ取れなかった。

 僅かな時間とはいえ清香の傍でその『構成力』を感じ取った里香にはわかる。清香の『構成力』はまるで蛇のように執拗で、一度“その感覚”を理解できれば絶対に間違えるはずがない。


「『ES寄生体』や操られた『ES能力者』が飛んでいる空域を強引に突破して陸地まで行った甲斐があったよ。彼女、宇喜多さんから教えを受けてたからね。『復元』は無理だけど、『修復』は使えるから」

「……どこかの部隊から無理矢理連れて来たんですか?」


 川内ほどの『ES能力者』ならば、所属している部隊が簡単に手放そうとはしないはずだ。今の状況ならば腕が立つ『支援型』は貴重であり、怪我人も大量にいるはずである。

 その点を不安視する里香だが、川内は微笑みながら手を振った。


「わたしの所属部隊でも突然暴れ出す奴がいたけど、優しく殴り倒したから大丈夫よ。それに、『修復』か『復元』が使える『ES能力者』が必要って言われてね……それも治療する相手があの『穿孔』って言われたら、さすがに断れないわよ。面識もあるしね」


 川内はそこまで言うと、表情を引き締めて砂原の容体を確認する。


「最後に会った時は『治癒』までしか使えなかったと思うんですけど……」

「わたしだって成長するのよ? でも、これはまた酷い傷ね。背後から心臓を一突きか……ん、んん? なにこれ『復元』? 心臓みたいなのが……」


 傷を確認していた川内だが、里香が発現した『構成力』の塊に気付いて眉を寄せた。


「心臓の“代用品”です。心臓自体は治せませんけど、傷の内側から治そうと思って……」

「……とんでもないことをしてるわね。でも、心臓が丸々なくなってるし、『修復』だと厳しいかも……そもそも、なんで砂原少佐は生きてるの?」


 川内からすれば、心臓を潰されればさすがの『ES能力者』と云えど死ぬはずだ。しかし砂原はか細いながらも呼吸をしている。


「脈がないのに呼吸をしてる……輸血で血を足してるけど心臓は動いてない……それどころか存在しない……その、『穿孔』みたいにあだ名をつけられる『ES能力者』って、みんなこうなのかしら……」

「疑問は後回しにしてください。今は隊長を助ける方が先です」

「あ、うん……」


 里香の言葉に素直に頷く川内。里香は傷口を覗き込むと、自身が発現した心臓の形をした『構成力』に“つなげてある”血管を指差す。


「心臓は潰されましたけど、周囲の血管……大動脈や大静脈は残っています。中尉には心臓ではなく、“血管の先”を修復してもらいます」

「……え?」


 『復元』ならば失われた心臓を丸ごと復元できるだろうが、『修復』では無理だ。博孝が左腕を千切られた時のように、失われた二の腕部分を修復して千切れた腕とつなげる程度のことしかできない。

 『復元』は失った体の全てを、『修復』はその一部程度しか治せないES能力だ。しかし、里香は考える。


 ――心臓につながる多くの血管から『修復』すれば、心臓も治せるのではないか?


 “一部”しか治せないのならば、それらを掻き集めれば“全部”治せるかもしれない。心臓につながる各血管を『修復』することで、心臓まで治そうと考えたのだ。


「……それは……いえ、できる……かも?」


 心臓を丸々『復元』するのではなく、周囲から『修復』することで結果的に心臓を治すというアプローチ。里香よりも長年『支援型』として生きてきた川内からすれば、どの血管が心臓のどの部分につながっているかもわかる。


「わたしが発現している『構成力』の表面を、“なぞる”ように『修復』を発現すればいけると思うんですが……」


 里香が心臓の形に発現している『構成力』。それは確かに心臓の形であり、心臓周辺の血管にもつなげてある。里香の言う通り、『修復』を使えば心臓まで一緒に治せる――かも、しれない。


「『復元』を使える人がいれば一番なんだろうけど……宇喜多大尉がいれば任せるのに」

「近くに……どこにいるか御存知なんですか?」

「知らないわ……つまり、わたし達でどうにかするしかないってこと。宇喜多大尉を連れてくるまでもつとは思えないしね」


 そう言って肩を竦める川内だが、それは里香としても同感だった。砂原の命が尽きないように処置を施しているが、状況は綱渡りにも近い。辛うじて生かすことができているだけだ。

 町田が一時間で川内を連れて来ただけでも、望外の成果である。『修復』が使えるのならば、まだ打つ手はあるのだ。


(でも、やっぱり……)


 砂原を助けることができても、これまで通りとはいかないだろう。里香の見立てでは、心臓を治すことができても“馴染む”までに長期間を要し、元通りと呼べるまで回復する保証もない。

 砂原が持つ『構成力』も尽きかけている今、肉体の治療ができたとしても『ES能力者』として完治するとしてもどれほどかかるか。それは一日か、一週間か、一ヶ月か、一年か――あるいは一生元通りにならないかもしれない。


 それでも、砂原が命を失うよりはマシだ。里香はそう判断し、今度は博孝に視線を向ける。


「博孝君、川内中尉にも『活性化』をお願い」

「……容赦ないぜ、本当……」


 里香が施した『活性化』を利用した『治癒』によって、体力は僅かと云えど戻りつつあった。それでも気を抜けばすぐに意識が途切れそうになり、その度に沙織が揺り起こすのである。

 博孝は里香の注文通りに、川内へと『活性化』を発現する。川内は『活性化』を初めて見たのか目を丸くしていたが、里香から効果を説明されると納得した様子で治療に移った。


「ねえ里香、みらいの手は借りられないの?」

「“今の”みらいちゃんだと、隊長にどんな影響が出るかわからないの。それに、みらいちゃんは力技で治すから、単純な外傷以外には弱くて……」


 沙織がふと気付いたように尋ねるが、里香は即座に却下した。『星外者』に最も近づいているみらいが治療を施した場合、砂原にどんな変化が出るかわからない。普通の治療ならばともかく、心臓部の治療である。何かしらの変化が起こると考えるべきだろう。

 みらいには治療が完了していない者達を任せ、里香は砂原の治療に集中するのだった。








「……富士駐屯地が壊滅しただと?」


 部下からの報告に、室町は思わず眉を寄せながら尋ねる。その一報が入ってきたのはほんの数分前であり、砂原が吹き飛ばして気絶させた対ES戦闘部隊から伝えられた。

 『ES能力者』の一個小隊が強襲し、配置されていた戦力ごと基地を蹂躙したというのである。相手が人間ということで加減をしたようだが、『爆撃』によって基地は半壊。敷地内には巨大なクレーターまで作られたという。


(襲撃してきた方向から考えると、襲撃者は即応部隊か……)


 報告が遅れたのが痛い。そう思う室町だったが、小隊を率いていたのは砂原だろうとアタリをつける。それならば報告を行う暇もなく蹂躙されたとしてもおかしくはない。

 博孝が率いる第三空戦小隊が敗北し、誘拐された博孝は富士駐屯地の地下施設に囚われていた。どうやってそれを知ったかはわからないが、奪還するために襲撃を行ったのだろう。


(その結果がどうなったのか……報告がないということは確認していないのか、“できなかった”のか)


 砂原が相手ならば仕方ない。そう判断する室町だが、腑に落ちない点もあった。


(奴らが黙って河原崎少尉を渡すとは思えん……交戦したのか? それとも見逃した?)


 砂原と『星外者』が戦ったのならば、状況が確認できていないというのも納得できた。いくら対ES戦闘部隊の兵士とはいえ、ただの人間では近づくどころかその戦いを遠くから監視することもできないだろう。


(情報規制が仇となったか……)


 日本各地で敵と交戦している『ES能力者』達を連携させないようにと、各部隊に配備されている携帯電話や長距離無線は封じてある。室町の部下達はその影響を最小化するべく装備を整えていたが、それでも平時と比べれば制限がかかっていた。

 部下に状況の確認を急がせる室町だったが、懐に入れていた携帯電話が着信を告げる。このような状況で携帯電話にかけてくる相手は一人しかおらず、室町はため息を吐いてから携帯電話を取り出した。


『……俺だ』

『こんにちは、閣下。ご機嫌はいかが?』


 聞こえてきた声に、室町は舌打ちをしたい気分になる。だが、それを堪えて冷静さを保って答えた。


『悪くはないな。“この椅子”の座り心地は悪くない』

『一国を牛耳るために用意された椅子だものね? それ以上の高級素材はないわ』


 クスクスと笑う声に同調して軽く笑う室町だが、その内心は冷え切っている。必要に迫られなければ、誰が好んで“敵”と手を組むというのか。


『それで、一体何の用かね? これでもそれなりに忙しいんだが……』


 雑談は早々に切り上げて用件を促す室町。すると、電話の相手――清香は楽しげに言い放つ。


『アイツが死んだから、その報告をしようと思って』

『……なんだと?』


 清香が『アイツ』と呼ぶ相手は、『星外者』以外にいない。だが、あの『星外者』が死んだという報告が一瞬理解できず、室町は思わず聞き返していた。


『砂原少佐と“相打ち”になってね。さすがは『穿孔』といったところかしら』


 だが、清香は室町の疑問を塗り潰すようにして言葉を続ける。砂原と戦って相打ちになったというその報告に、思わず声を低くした。


『……何故それを俺に伝える』


 室町側では情報の確認ができない以上、わざわざ清香が教える必要はないはずだ。何か理由があるのだろうと判断して尋ねる室町だが、清香の笑みを含んだ声は変わらない。


『あら、わたしの大事な仲間ですもの。情報共有は大事でしょう?』

『ほう……それはありがたい話だ。感謝しよう』


 その声は微塵も感謝しているように聞こえないが、清香もそれを指摘することはない。何かしらの反応があればと思った室町としても、無反応というのは手強い話だった。


(ちっ……この女が先に死んだのならば状況も変わるというのに)


 傍の机を指で叩きながら、室町はそんなことを考える。砂原と『星外者』が戦って相打ちになったという情報も鵜呑みにはできないが、わざわざそのような嘘を吐く理由もないため、ある程度は確度がある情報として受け取った。

 『星外者』が砂原と相打ちになった、あるいは話半分に聞いて重傷を負ったと考えても、室町としては現状を変えるという選択肢は取れない。室町からすれば男の『星外者』よりも清香の方が難敵だからだ。


 直接的な戦闘能力では男の『星外者』に軍配が上がるだろう。しかし、清香には性質の悪い能力がある。『ES能力者』や『ES寄生体』を“洗脳”して操るという能力が。

 もしも清香がいなければ、室町もクーデターなど起こさずに他の手を打っただろう。だが、清香の能力は一人で戦局を引っくり返すことができる。世界中に『端末』や“操り人形”を作っているため、それらを一斉に動かせば文字通り国が滅んでしまう。


 『ES能力者』は質で量を跳ね返すことができるが、普通の人間はそうではない。『ES能力者』は無事でも、土地や建物、無辜の人々は灰燼と化す。

 “だからこそ”室町も『星外者』に――清香に従っているのだ。せめて、自国の民草に災害が振りかからないようにと動くのだ。


『……それで? わざわざ報告のためだけに連絡をするような性格でもあるまい。用件を聞こうか』

『ふふっ、察しが良くて助かるわ』


 『星外者』が死んだというのは重大なことだろう。しかし、清香とそれなりに接する機会があった室町からすれば、それだけで清香が動くようには思えなかった。

 清香は室町の言葉を聞いて気分が良さそうに言葉を返すと、己の用件を口にする。


『アイツが死んで少しばかり手駒が足りなくてね。他の国から呼び寄せるから、あなたの配下が絡んでこないようにしてちょうだい。それと現在展開している『ES能力者』の部隊で、元気が良いのを見繕ってほしいの』

『……どの程度呼ぶつもりだ?』

『そうねぇ……空戦と『アンノウン』を千人ぐらいかしら?』


 空戦可能な『ES能力者』と『アンノウン』が千人となると、『零戦』が迎撃した連隊どころの騒ぎではない。連隊を超えて師団、師団を超えて一個軍団になる。

 日本に所属する『ES能力者』の数は約六千人で数では勝るが、空戦部隊員だけの数で比べると二倍弱の差だ。その上、清香の暗躍によって部隊内で同士討ちが発生しており、通常体制と比較すると戦力が半分程度まで落ちている。


『その者達も“生贄”にするのか?』


 僅かに期待を込めて尋ねる室町。先の戦いで『零戦』が撃退した『ES能力者』や、日本の周囲から襲い掛かってきた『ES寄生体』達は、死ぬことも任務に含まれていた。そのため抵抗が弱く、数で劣ろうが撃退できたのである。

 もしも同じ条件ならば、減った戦力でも持ち堪えることができるかもしれない。


『そっちはもう十分よ。今度は純粋な戦力として呼び寄せるから』

『……国土を荒らすような真似はしてほしくないのだが』


 だが、清香の答えはノーだ。そのため苦言を呈する形で押し留めようとするが、それで清香が止まるのならば苦労はない。


『国土が荒れるかどうかは迎撃の戦力次第ね。わたしが関知するところではないわ』


 その答えに室町は心中で舌打ちする。清香はそれが聞こえたわけでもないだろうが、僅かに声のトーンを優しげなものに変えた。


『でも、あなたとの“契約”は遵守する。民間人には極力被害を出さないことを約束するわ』

『そうあってほしいものだな』


 心からそう願い、清香との通話を終了する。室町は携帯電話を懐に仕舞うと、椅子に背を預けて大きなため息を吐いた。


 能力もそうだが、清香の性格や思考も室町にとっては厄介だ。男の『星外者』は良くも悪くも“単純”なところがあるが、清香は違う。

 世界各国を飛び回り、人の中に紛れ込み、様々な情報や感情を学びながらここまで生きてきたのだ。奸智と呼べるほどではないが、室町の思惑や予想を超える事態を引き起こしかねない。


 しばらく考え込んでいた室町だが、富士駐屯地近辺で何が起こったか詳細を調べるよう部下に指示を出す。

 本当に『星外者』が砂原と戦って相打ちになったのか、それとも清香の嘘なのか。もしかすると清香は室町がどのように動くかを試すつもりなのかもしれない。そうなると大々的には動けず、大人しく清香の命令を聞いておく方が無難だろう。


(だが、それは最善ではないな……)


 例え言葉が通じようとも、相手は人間ではなく化け物だ。『ES能力者』も人間離れしているが、『星外者』は文字通り人間ではない。


 室町は近隣に存在する『ES能力者』の部隊について、その配置を脳裏に思い浮かべる。

 源次郎は東北に、『零戦』も中隊ごとに別れて日本の端へと動かした。残っている戦力も同士討ちによって戦力を減らしているが、その中でも被害が少ない部隊を脳内で選別していく。


 『端末』を通して清香に洗脳された『ES能力者』は、同士討ちの影響でその多くが捕縛されている。ならば、チャンスは今しかない。


 室町は信頼できる部下を呼びつけると、それぞれに異なる命令を持たせて走らせるのだった。


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