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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百六十六話:終わりの始まり その11

 博孝と里香を救出に向かった者達が帰還した。それは『いなづま』にいた即応部隊の面々を喜ばせたが、同時に困惑もさせる。

 帰還したのは柳と斉藤、町田の三名。それに加えて三人が護衛してきたみらい達だ。そこに砂原の姿はなく、柳などは『いなづま』に到着すると即座に引き返してしまった。


「……隊長は?」


 思わず部隊員が尋ねるが、斉藤は言葉に詰まる。予想された敵の襲撃もなく帰還できたことは喜ばしいが、それを成し得たのは砂原が殿とした残ったからだ。

 柳は『いなづま』の護衛を斉藤と町田に任せて飛び出したが、それがなければ斉藤も飛び出したいぐらいである。


「……単独で敵の追撃を防いでいるよ。なに、先輩なら大丈夫さ。それよりも救出した二人を休ませたいんだけど」


 斉藤の代わりに答えたのは町田だった。砂原ならば大丈夫だと伝え、博孝と里香を引き合いに出すことで意識を逸らす。二人の安否も不安視されていたが、救出できて一安心といったところだろう。


「博孝! 里香!」


 真っ先に飛び出したのは沙織である。みらいから二人を受け取ると、まとめて抱き締めて安堵の息を吐いた。


「ああ……良かった……本当に良かった……」


 恋人と親友が戻ってきたことに、沙織は涙を浮かべて喜ぶ。恭介も僅かに遅れて飛び出したが、沙織が二人を抱き締めたことで両腕の行き場を失ってしまった。


「うーん……ここは沙織っちに譲った方がいいっすね……みらいちゃん、お疲れ様っす」

「……ん」


 その代わりみらいを労わるが、みらいはどこか複雑そうだ。そのことに恭介は首を傾げるが、今は博孝と里香の容体を確認する方が先だと判断した。


「二人とも怪我はなさそうっすね……でも、博孝は顔色が悪いような……」


 二人とも意識を失っているのか、目を瞑ってぐったりとしている。呼吸をしているため心配をする必要はないだろうが、里香はともかく博孝の方は目を閉じていても深刻な疲労が伝わってくるようだった。

 治療が必要なのだろうか、それとも寝かせておくだけで良いのか。恭介はその辺りの判断がつかず、普段ならばその手の判断を託す里香も眠ったままだ。


「俺に労いの言葉がないのはどういうことなんだろうね……」


 みらいと一緒に出撃した福井が肩を落とすと、市原達が無言で肩を叩いていく。砂原が戻ってきていないのは気にかかるが、博孝と里香の救出が成功したことで部隊内の空気も多少は和らいでいた。


「…………」


 そんな中、沙織に抱き締められていた里香が不意に目を見開く。そして数度瞬きをして周囲を見回すと、自分がどんな状況に置かれているかを確認した。


(……体が動く?)


 “自分の”意思通りに体が動いている。それに気付いた里香は、自身を抱き締めている沙織を抱き返した。


「えっ……里香?」

「ごめんね、沙織ちゃん。心配かけちゃって……」


 最初に口にしたのは、謝罪の言葉。自分の意思通り喋ることができているかの確認でもあったが、問題なく喋ることができている。

 それまであった不自由さも感じず、里香は己の状態を即座に理解した。富士駐屯地で囚われていた時は“意識があったものの”指の一本すら動かすことができなかったが、何ら束縛を感じない。


 ――これは絶好のチャンスだ。


「良かった! 里香、痛いところはない? きつかったら――」

「わたしのことは後で良いの。ねえ沙織ちゃん、希美さんは?」


 喜ぶ沙織の声を遮り、里香は真剣な声色で尋ねる。申し訳ないと思ったが、時間が限られているのだ。

 そんな里香の唐突な質問を受けた沙織は困惑したが、それでもすぐに答える。


「……敵の『端末』だから捕縛されたわ。情報の確認をして、そのあとは用心のために気絶させてるけど……」

「そう……良かった。それなら最悪の事態は免れそう……」


 清香の話は聞いていた。そして、自分が何をされたかも理解している。そのためまずは近くにいる『端末』をどうにかする必要があったが、幸いにも沙織達が気付いて処理していたようだ。


 里香は『端末』に――希美に襲われた時のことを思い出そうとするが、靄がかかったように思い出せない。清香達『星外者』にとって都合が悪いことを考え付いたからだろうが、“そうとわかっていれば”逆算することができる。

 さらに、清香が博孝に語った様々な情報。それは里香の推測を裏付け、確信させるに足る情報だった。

 体は自由に動き、意識は明瞭。しかし体内に違和感を覚え、里香は沙織が抱きかかえる博孝へ視線を向ける。


 清香が使う能力。それは自身や『端末』を介して『ES能力者』へ“干渉”を行うものだ。二級特殊技能に『構成力』を使って相手のES能力の発現を妨害する『干渉』が存在するが、清香が使うのはその上位互換とでも呼ぶべきものだろう。

 ES能力どころか、『ES能力者』の意識まで操るのだから。


「博孝君、起きて」


 そう言って博孝の肩を揺する里香だが、博孝からの反応はない。博孝がどれほど疲労しているかは里香も知っているため心苦しいが、今は動くべきなのだ。

 近くに命令を出せる『端末』が存在せず、なおかつ根本である清香からも距離が離れている。それでも完全には安心できないが、里香には解決策が見えていた。


「里香? 博孝は疲れているみたいだし……」


 博孝を起こそうとする里香に対し、沙織は困った様子で声をかける。目を覚ましたと思えば、昏倒している博孝を即座に起こそうとしているのだ。疑問に思うのも当然だろう。


「いいから起こして! 今のままだと危険なの!」


 怪我で意識を失っているのならばともかく、今の博孝は『活性化』による疲労で意識を失っている。眠らせておけばそれで回復しそうだが、問題は『活性化』を“使いすぎた”ことだ。


 連日、ほとんど寝ることもなく『活性化』を発現し続けた博孝は既に限界を超えている。その疲労の度合いは過去にないほどであり、下手をするとそのまま命を落としかねない。

 困惑し、状況を理解できない沙織から博孝を強引に奪い取って呼吸を確認するが、聞こえてくる呼吸音はか細い。そのため里香は博孝の両肩を掴んで揺する。


「起きて! 博孝君!」


 眠ることで体力を回復しようとしているのだろうが、それだけでは足りないだろう。意識を取り戻させ、なおかつある程度まで回復させなければ危険だ。


「っ、ぅ……里香?」


 さすがに揺らされながら耳元で怒鳴られれば、意識を取り戻す。里香は博孝が意識を取り戻したことに安堵しつつも、再び眠りに落ちないように博孝を揺らしながら叫んだ。


「わたしに『活性化』を使って! 早く!」

「ちょ、ちょっと、里香!?」


 博孝の状態は沙織の目から見ても一目瞭然である。そのため博孝と里香を引き離そうとするが、里香はどこにこんな力があったのかと驚くほどに博孝を離さない。


「博孝君を死なせないためなの! それに、今は大丈夫だけどわたしも一秒後には操られるかもしれないから!」

「……お前ら、この状況で何をやってるんだ?」


 何とか博孝を奮い立たせようとする里香だったが、それよりも先に背後から声がかかった。振り向くと、そこには理解できないものを見るような目付きで柳が立っている。


 ――背中から血を流す砂原を抱えたままで。


「隊長!?」

「何があったんですか!?」


 部隊員達が慌てて柳を取り囲むが、柳は不機嫌そうに周囲を見回す。


「治療が得意な奴はどいつだ!?」


 怒鳴るようにして柳が問うと、周囲の視線が里香へと向けられた。参謀であり軍医でもある里香以上に治療が得意な者は、即応部隊にはいない。『いなづま』に所属している『ES能力者』を含めてもそれは変わらないだろう。


「治療を頼む。まだ辛うじて生きちゃいるが、背後から心臓をやられてる。お前さん、『復元』か『修復』は使えるか?」


 自分と博孝を救出した砂原が死にかけている。その事実に里香は一瞬眩暈がしたが、すぐに頭を振って意識を切り替えた。


「使えません。それに、わたしは『端末』に操られる可能性があります」


 いくら『ES能力者』と云えど、心臓を潰されれば死ぬ。砂原がまだ生きていることは奇跡に近いが、『修復』や『復元』を習得していない里香では手に余るだろう。


「なに? 他の奴は?」

「使えるES能力では大差ありません……でも、わたしなら隊長を助けられるかもしれません」

「……ああ? 『修復』も『復元』も使えないんだろうが?」


 柳の声が僅かに低くなるが、里香は怯まず答える。


「ES能力だけが全てじゃないんです。そして、それを実現するには博孝君の力が必要です」


 そう言って博孝に視線を向ける里香。砂原の、恩師の死が間近に迫っているとなれば、何かしらの反応があるはずだ。


「すぐにわたしと隊長に『活性化』を使って。例えきつくても、意識を保てているのなら死にはしないはずだから」


 心を鬼にしてそう告げる里香だが、博孝は目を見開いているだけで動こうとはしていない。砂原が死にかけているという驚愕と恐怖に、思考を停止させているようだった。


「そう……」


 砂原に『治癒』を発現しつつ、里香はため息を吐く。『活性化』による手助けがなければ砂原が助かる見込みはほぼゼロだ。また、いつになるかわからないが、里香自身の命もどうなるかわからない。


「――それなら、隊長とわたしが死んでも良いと思うのなら、そのまま眠っていいよ」


 博孝が清香によってどのような目に遭わされたか、里香は理解している。博孝が命を擦り減らすようにして『活性化』を発現し、どれほど疲労しているかも理解している。

 特に清香に暗示を解かれ、精神的な支柱が折れたのが大きい。里香はそれをよく理解している――が、だからこそ博孝を甘やかせない。


 例え砂原と里香自身の命を盾にしてでも、博孝には立ち直ってもらわなければならないのだ。この場で『活性化』を使うことすら無理だというのならば、全てが終わるだろう。『星外者』や清香にも勝てず、敵の思うがままになってしまう。


「……どれぐらい……何分必要だ?」


 里香が冷たく突き放すと、博孝が反応を示した。博孝自身、どの程度『活性化』を発現できるかわからない。ならば、里香が求めるだけ発現しようと思ったのだ。

 今にも意識が途切れそうだが、砂原と里香の命を賭けられれば寝ていることはできない。それぐらいの矜持は残っていた。


「“まずは”五分」

「……そこからまだ伸びそうだな……沙織、もしも俺が眠りそうになったら殴ってでも起こしてくれ」

「え、ええ……」


 里香の雰囲気もそうだが、博孝の様子もおかしい。疲労で辛いというのはわかるが、最後に見た時と比べてあまりにも覇気がないのだ。


 博孝は呼吸を整えると、尽きた体力を絞り出すようにして『活性化』を発現する。里香の注文通り、五分はもつ規模の『活性化』を里香と砂原の二人へとかけた。

 体が薄緑色の光に包まれた里香は、己の中に存在していた違和感に意識を向ける。『活性化』を受ける前と後では違和感の量にも差があるように感じられ、里香は己の考えが正しいことを確信した。


 思えば、最後に『活性化』を受けたのはいつのことだったか。参謀や軍医として動くようになってからは直接戦うことも少なくなり、博孝から『活性化』を受ける機会もほぼなくなっていた。


(“これ”さえ外せば……)


 体内に存在する清香の『構成力』に、『活性化』によって増幅した『構成力』を混ぜ合わせる。すると、少しずつ違和感が消え始め、一分もすれば全ての違和感が消滅した。

 元々は清香本人ではなく、希美を経由して操ったため効果も薄かったのだろう。それでも自由に動けなくなるほどの効果があったが、『活性化』を受けている状態ならば里香でも辛うじて対処ができた。


 そして里香が考えた仮説――『活性化』に関しては一つ確証も得られた。


 『活性化』は『ES能力者』の身体能力や『構成力』を増加させ、なおかつES能力の扱いも簡易になる特性があると考えられていた。里香も実際に『活性化』を受けたことでそう考えていたが、実際には違うのだ。


 ――言うなれば、『活性化』は『星外者』へと近づける能力である。


 重力を完全に無視して飛び、自在に空間を歪める彼らは、地球上に存在するありとあらゆる法則に縛られていない。『ES能力者』も物理法則などを無視する生き物だが、『星外者』はその上をいく存在だ。

 『活性化』を受けた『ES能力者』は能力が向上しているのではなく、一時的に各種法則に囚われにくくなる。それによって能力が向上していると“錯覚”するのだ。


 ただし、その錯覚は当然ながら一時的なものである。『活性化』が切れれば効果もなくなる。しかし『活性化』を受けている間ならば習得していないES能力の発現に関して、コツが掴みやすくもなる。

 かつて博孝達が『飛行』を習得しようとした時のように、毎日のように『活性化』を受けながら訓練をすれば習得も早まるだろう。『星外者』と同様とまではいかないが、重力に縛られにくくなるのだから。


(それに、わたし達以上の頻度で『活性化』を受けたみらいちゃんがいるしね……)


 里香は思わずみらいの顔を見てしまったが、すぐに視線を逸らす。『構成力』の扱いは拙いものの、真っ先に『星外者』に近い力を発現したみらいはその“証人”だ。


 里香はそこまでで思考を打ち切ると、砂原を治療室に移動させながら『構成力』を練る。色々と確認したいことがあったが、今は先に砂原の治療を優先すべきだ。それと同時に、沙織が肩を貸す博孝に対して針状に発現した『治癒』を次々と刺していく。


「博孝君が眠らないように沙織ちゃんが見張ってて。博孝君はそのまま体を休めてくれればいいから」

「……ああ……でも、何をしたんだ……体が急に楽になったけど……」

「博孝君の『活性化』を『治癒』に混ぜて返しただけ」


 そう言い放ち、里香は砂原の治療に取り掛かる。傷口を確かめてみると、柳の言った通り背後から攻撃を受けて心臓が潰されたようだ。その凄惨さに里香は顔をしかめそうになるが、同時に、流れ出るべき血が出なくなっていることに着目する。

 体内のほとんどの血液が失われてしまったのだろう。だが、砂原にはまだ辛うじて息がある。


「隊長ぐらいの『ES能力者』じゃなかったら、既に死んでいたかもしれませんね」

「そりゃあどういうことだ?」


 治療室に到着した里香は砂原の上着を剥ぎ取り、治療台へとうつ伏せで寝かせた。そしてテキパキの治療の準備を行うと、『構成力』を両手に集中させながら柳の質問に答える。


「『ES能力者』の行き着く先……それは『星外者』です。そして『星外者』は我々人間と違って血を流さず、おそらくは呼吸すらも必要としません。そうなると心臓は必ずしも必要な臓器ではない……そもそもあるのかすら不明なんです」


 博孝とベールクトの会話を聞いていた里香は、得られた情報と過去に立てた推測を比べながら口と手を動かす。


「『アンノウン』は死んだら『構成力』の粒になって消えます。『星外者』もきっとそう……つまり、『構成力』というのは文字通り彼らを“構成する”ための力なんです」


 誰がつけたんでしょうね、と里香は他人事のように言う。死んだ『アンノウン』は『構成力』の塵になって消える。傷を負った段階から血ではなく『構成力』の光を散らすのだが、それが里香にとっては大きなヒントになっていた。


「『構成力』というエネルギーの塊なんじゃないかって……そこまで考えたところで『端末』に襲われたので、大きく的を外しているわけじゃないと思います」


 そう言いつつ、里香は『治癒』を発現して砂原の傷口に両手をかざした。すると『治癒』の光は砂原の傷の中で少しずつ形を変え始める。


「……おい……それは『復元』じゃないのか?」


 宇喜多とも親交が深い柳は、『復元』に関して実際に見たことがある。里香が行っているのは宇喜多が見せた『復元』による治療にしか見えなかった。


「違います。これはただ『構成力』の“形を変えている”だけです」


 『構成力』による臓器の復元など、里香にはできない。今は『治癒』の形を変えて体の内部から癒しているが、砂原の心臓が失われていることに変わりはなかった。


「……砂原は助かるのか?」


 柳が気になるのはその一点だけである。砂原が助かるのならば、その治療方法は問わない。里香が何をしているか理解できなかったが、命が助かるのならばそれ以上は望まないのだ。


「隊長ほどの『ES能力者』なら、可能性があるんです……心臓を潰されてもまだ死んでない……それは人間の、『ES能力者』の枠を超えつつあるから……」

「まさか……」


 砂原を『星外者』と同じ存在にするというのか。柳は言葉に出さなかったが、里香の行いを驚愕の眼差しで見つめる。


「……わかりません。一番確実なのは、『修復』か『復元』が使える人を連れてくることです。でも、今の状態ではもちません。少しでも体の中の傷を癒して、可能な限り死なないようにするだけです」

「っ! おい町田! お前宇喜多を引っ張ってこい! もし宇喜多が捕まらないなら最低でも『修復』が使える奴を引き摺ってでも連れてこい!」


 里香の話を聞き、まだしばらくは砂原が死なないと知る。そのため町田に指示を飛ばすと、町田は慌てた様子で治療室から飛び出していった。


(『活性化』がどう働くか……もしかすると隊長の体を一気に『星外者』に近づけるかもしれない。でも、下手をすると『ES能力者』と『星外者』の中間……『アンノウン』に近い存在になるかも……)


 里香は砂原の心臓部を治療しつつ、輸血の準備も進めていく。あまりにも血が流れ過ぎているため、輸血は必須だ。それまでは心臓がないため輸血も出来なかったが、今は仮初とはいえ里香の『構成力』で血の“通り道”を確保してある。

 ポンプの役割を果たしている心臓と違って全身に血を送るのも困難だが、『ES能力者』の体は普通の人間とは違うのだ。辛うじて、という程度だが砂原を現世に留めることができるだろう。


 あとは博孝がどれだけ『活性化』を維持できるかだが――。


(今の博孝君でも大丈夫……隊長の命がかかってるんだもの)


 博孝には申し訳なく思う里香だが、あとでいくらでも謝罪しようと思う。まずは砂原を救うべく、里香は奮闘するのだった。


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[良い点] つよつよ里香さんすこです
[良い点] 良かった……本当に良かった……教官助かりそうで本当に良かった(もう助かった気でいる)
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