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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百六十一話:終わりの始まり その6

 清香からの“要請”を受けた博孝は、それまでよりもペースを上げて『活性化』を発現し続けていた。既に何個の『進化の種』に対して『活性化』を発現したか、覚えてもいない。数えることすら億劫で、喋る元気すらも残っていなかった。


「その……お兄様? そろそろ休まれては……」


 清香に釘を刺されたはずのベールクトでさえ、博孝の体調を不安に思う程である。しかし、博孝はほんの僅かに首を振ってそれを拒否した、


 清香からは博孝が手を抜かないよう見張れと命令されており、『活性化』を発現するペースも上げさせろと言われていたが、博孝の様子を見れば不安と心配を覚えてしまう。

 博孝は既に立ち上がる体力も残っておらず、座っていることすら困難だ。しかし横になればそのまま眠ってしまうため、ベールクトが博孝の後ろに座り、背後から抱き締める形で博孝を支えている。


 清香からは余計なことをするなと言われているが、そうやって博孝を支えることは作業の助けになるだろうと“勝手に”解釈していた。

 傍には水と食べ物を置き、博孝の様子を確認しては口元へ運び、食事と水分を取らせながら作業を継続。何故そこまで甲斐甲斐しく世話を焼いているのか、ベールクト自身もわからない。


 清香から課せられたノルマを達成できなければベールクトの身も危ないからか、博孝の体調を管理すればノルマを達成できると思ったのか――純粋に博孝が心配だったからか。


 『星外者』が博孝を捕らえるために出撃すると聞いた時、ベールクトは博孝の世話役に志願した。

 外に出て暴れるのも魅力的だったが、みらいが兄と慕う博孝を『星外者』に奪われて落ち込んでいるのを尻目に、自分は博孝と一緒にいられるというところが魅力的だったのだ。

 『天治会』の一員として任務に従事する自分が、博孝や周囲の者達に大切にされながら過ごすみらいから何かを奪う。それはみらいへの当てつけであり、自己満足に近い感情だった。


 博孝のことを気に入っていたのも事実だったが、それ以上に“姉”であるみらいへの対抗心、あるいは嫉妬心がそうさせたのである。

 清香の力から解放された博孝はベールクトが気に入った姿とは違ったが、言葉を交わす内にその印象も変わった。


 みらいが知らない、素の性格の博孝。それをみらいよりも先に知れたことに言い知れぬ優越感があり――今ベールクトが抱いているのは、また違った感情。


「ねえ、お兄様」


 ぽつりと、ベールクトが博孝を呼ぶ。しかし博孝にはそれに応える余裕が残っておらず、それを知るベールクトは博孝を抱き締める両腕に力を込めながら言葉を続けた。


「何故お姉様がお兄様のところへ行ったか、御存知ですか?」


 博孝は答えない。だが、新たに『活性化』を施すべく『進化の種』へと伸ばしていた手が止まった。


「お姉様はわたしとは違う、乙計画で生まれた……計画の設計思想も目的も別物だったけど、わたし達の“製造”に使われた遺伝子が優秀で、“人の形”になりやすくて、なおかつ乙計画と丙計画での差異を調べるために流用されたって……」


 感情が薄れた、淡々とした声色で語るベールクト。博孝はどう答えたものか迷い、結局は沈黙を選ぶ。


「お姉様はね、本来破棄される予定だったんだって……アイツらは詳しく話さなかったけど、乙計画では目的が達成できないからって。でも、ちゃんと人型に育ったからテストケースとして使われたの」


 博孝が僅かに首を傾げると、それだけで博孝の意図を察したのかベールクトは微笑みながら話を続ける。


「お姉様って、昔は『構成力』が不安定だったんでしょ? でも、お兄様の力があれば安定させることができる……」


 そう言われて、博孝は昔の記憶を引っ張り出す。たしかに出会った頃のみらいは様々な面が不安定で、博孝は毎日のように『活性化』を発現して調子を安定させていた。

 今では不器用ながらも『構成力』を操り、暴走の心配もなくなったが、博孝だけでなく砂原を始めとした周囲の者達が気を揉んだものである。


 そんなみらいに、何かしらの目的があった。ベールクトはそれを語っていく。


「『構成力』が安定していない状態で『活性化』を受け続ければどう変化するか……『ES能力者』として育つのか、それともアイツらと同じ域まで達するのか……」


 そこでベールクトは僅かに言いよどみ、一拍置いてから言う。


「――『活性化』を発現できるようになるのか」


 その発言に、博孝の体が大きく震えた。みらいが博孝のもとへ来たことは、博孝とて偶然とは思っていない。何かあるのだろうとは思っていたが、ベールクトの話が事実ならばみらいは『活性化』を“コピー”するための役割があったのだ。


「わたしが以前お姉様に尋ねたこと、お兄様は覚えていますか? 自分の役割を忘れたのかって……きっと、本当に忘れていたんでしょうね。『構成力』が安定しないような欠陥品だったのですから」


 揶揄するようにベールクトは言うが、その声は笑っていない。静かな口振りで、淡々と言葉を続けていく。


「それでも期せずして役割を全うしていたから、アイツらも何も言わなかった。お兄様から『活性化』を受け続け、『構成力』を安定させて、その結果を示しました」


 『天治会』が博孝だけでなくみらいを狙ったのも、確認のためだろう。『端末』で確認することもできただろうが、窮地に追い込めば『活性化』を発現するとでも考えたのか。

 しかし、みらいが発現した力は『活性化』とは別物だ。恭介がみらいを庇ったことがきっかけとなり、暴走するようにして力を発現していた。


 その時はわからなかったが、『星外者』と戦った今ならばわかる。みらいの力は、『ES能力者』よりも“上の段階”に至った者だけが持つものだと。


「今のお姉様はアイツらの同類、その一歩手前ぐらいの状態です。そしてそれは、お兄様も同じ……もしかすると、お兄様に親しい人は全部“そうなる”かもしれません」

「……っ」


 ベールクトの言葉を聞き、さすがに小さな声が漏れた。博孝は振り向こうとするが、ベールクトが力強く抱き着いているため振り向くことができない。


(ベルは今、なんて言った……みらいが『星外者』の同類一歩手前で、俺もそれに近い……俺に親しい奴もそうなるかもしれない? なら、その理由は……)


 理由など一つしかない。『活性化』を受け続けたみらいが、『活性化』を発現するのではなく『星外者』に近づいた。それならば『活性化』こそが原因なのだろう。


「でも、“だからこそ”お姉様は必要ではなくなったのでしょう。以前まではお姉様を殺そうとすれば叱責を受けましたが、今では何も言われませんから」


 ベールクトがどんな表情をしているのか、博孝にはわからない。それでもベールクトの声色にはみらいに対する殺意がなく、複雑な感情が渦巻いていることだけは察することができた。


「ねえ、お兄様」


 ベールクトは博孝の耳元に口を寄せ、囁くようにして問う。


「わたしがお姉様を殺そうとしたら……やっぱり、わたしを止めますか?」


 その問いかけはどこか寂しげで、どこか悲しげで。


「お姉様ではなくわたしの味方をしてほしい……そう言っても拒みますよね?」


 博孝には、返答を理解した上で尋ねているように感じられた。


「いいじゃないですか。逆らわなければアイツらだってお兄様を殺そうとはしないと思います。それなら、わたしと一緒にいましょう?」


 ここまでベールクトが執着した相手は、みらい以外ではいない。そもそもみらいに向ける感情とは別種のものであり、ベールクトは心の底から願う。


「わたしと一緒に……いてくれませんか?」


 最初はみらいの傍にいて、みらいを大切にする人物だったから狙った。しかし博孝のことを気に入ったというのは本音であり、ここ数日の付き合いでその感情が深まったのも事実。


 みらいの兄だから、ではない。博孝個人への執着として、ベールクトは願うのだ。

 みらいに比べれば情緒面が発達しているように感じられるベールクトだが、“その感情”は初めて抱いたものである。


 それは、独占欲という感情だ。一緒にいれば面白そうだと思っていたが、一度身近に接してみれば手放したくない、離れたくないという想いが湧いてきたのだ。

 ベールクトの周囲には気軽に話せる者などおらず、ここまで心安く言葉を交わしたのは初めてだった。許されるのならば、もっと色々な話をしたかった。


 だからこそ、ベールクトは願う――このまま一緒にいてほしいと。


 清香から課せられた作業は、博孝がペースを上げたため既に終わりが見えている。“その後”のことはベールクトも知らされていないが、即座に博孝が殺されるということはないだろう。

 それならば、僅かな時間でも良い。一緒にいて、一緒に過ごしてほしい。もっと話をして、もっと話を聞きたい。楽しい時間を過ごしたい。


 その願いは力尽くでは叶わないだろう。それ故にベールクトは博孝に願うのだ。


 感情は芽生えていたものの、友情や愛情などの他者を必要とする感情を持っていなかったベールクト。そんな彼女だからこそ、一度得たつながりは手放せない。


「…………」

「…………」


 部屋の中に沈黙が降りる。両者とも無言であり、どちらも口を開かない。

 博孝からの反応はまったくなく、身動ぎ一つしなかった。そのあまりの無反応ぶりに、ベールクトはもしかすると疲労で寝てしまったのかと思い、首を伸ばして博孝の様子を確認しようとした。


「……ベル」

「っ!? は、はい? なんですか? お水を飲みますか? 何か食べますか?」


 今の問いかけを博孝が聞いていたかはわからない。しかし、いざ反応が返ってくるとベールクトは思わず動揺してしまった。

 傍にあったペットボトルやパックに入った野戦食に手を伸ばし、博孝の口元へ運ぼうとする。


「……いや、そろそろ『進化の種』がなくなりそうだ」

「あ……そう、そうですね……」


 博孝の視線の先にあったのは、『活性化』を施す数が一個まで減った『進化の種』。ベールクトの問いかけに答えることなく話題を逸らした博孝だったが、即座に拒否することができなかった。

 結局、話題を逸らすことでベールクトの願いからも逃げようとしている。今の環境が続けば頷きかねず、かといって強く断る気力もない。


 そんな自分を自嘲する博孝だったが、ベールクトは博孝の顔色を確認して小さく微笑んだ。


「あとちょっとだけ頑張ってください、お兄様。さっき数えましたけど、残りはそんなにないはずですから。二十個もないと思いますよ……んしょ、と」


 先程の問いかけを繰り返すこともない。ベールクトは博孝を引き摺るようにして壁際まで移動すると、博孝の背中を壁にもたれさせてから立ち上がる。


「それじゃあ行ってきますね。それまでお兄様は少しでも休んでいてください」


 博孝が取りやすいようにと、ペットボトルや野戦食を博孝の傍に置いてからベールクトは部屋を後にした。博孝は気を抜けば瞼が落ちそうな視界でそれを見送り、大きく息を吐く。


 『活性化』を発現し続けた影響で、疲労は限界どころか“底”を抜けた。いまだに『活性化』を発現できていることが不思議で、いつ倒れてもおかしくはない。

 『ES能力者』にとっては死を意味する『構成力』の枯渇と違い、『活性化』は使いすぎても疲労が溜まるだけだ。さすがにこれほどまでに疲れたのは初めてだったが、僅かとはいえ休憩を取れるため、限界のラインを行ったり来たりしている。

 叶うのならばすぐにでも眠ってしまいたいが、ベールクトが言う通り終わりが見えているのならばもう少しだけ頑張れるだろう。


 それが終わった後にどうなるのか。それはわからなかったが。


「……ん?」


 水を飲めば少しは眠気が取れるだろうか、などと考えながらペットボトルに手を伸ばした博孝だったが、背を預けている壁が微かに揺れたような気がして声を漏らす。

 もしかすると、気が付かない内に体が傾いていたのか。それほどまでに力が入らないのか。そう思ったものの、視界は真っ直ぐに保たれている。


 何かあったのか。そう思った瞬間、大きな振動で博孝は横へ倒れた。


「な、なんだっ!?」


 地面が揺れている――否、部屋全体が揺れている。最初は地震かと思った博孝だが、大きな衝撃によって部屋全体が揺れているのだ。それと同時に轟音が響き、博孝の耳朶を揺らす。

 一体何が起きたのか。博孝は情報を少しでも得ようと周囲を見回すが、振動と轟音は止まらない。重機でコンクリートを破壊するような音があちらこちらから響き、不意に、博孝の頭に“何か”が当たった。


 それは、部屋を構成する物質の破片。色が白いため注意深く見なければ気付けなかったが、いつの間にか部屋の天井にヒビが入っている。

 そして一際大きな音が響き、その音と衝撃に思わず博孝が身を竦めていると、声がかかった。


「――ここにいたか」


 聞き慣れた声。この場に存在するはずもない声。しかし、その声はしっかりと聞こえた。


「……隊……長?」


 天井に開けられた穴から覗き込み、博孝の顔を見るなり安堵したように笑いかけてくる砂原。そんな砂原に対して博孝が返せた言葉は、それだけだった。








 時を僅かに遡る。


 『いなづま』から飛び立った砂原は町田の第五空戦部隊と合流後、少しでも時間を短縮するべく必要最小限の説明だけを行って出撃した。

 みらい達は砂原が町田達と合流している間に先行したが、“本気”で飛んだ砂原達はみらい達をすぐさま追い越して突撃する。町田達への詳しい説明は飛びながら行い、町田は砂原達に同行。町田の部下二名はみらいと福井に合流させ、後を追う形で飛んで行く。


 予想された妨害はほとんどない。時折操られていると思わしき空戦の『ES能力者』と遭遇したが、鎧袖一触に叩き落として突き進んでいく。

 『ES能力者』が操られているというのは脅威だが、自意識を奪ってある程度自立行動しているに過ぎない。意識があり、全力でぶつかってくるのならば話も違ったのだろうが、砂原達を止めるにはあまりにも力不足だった。


 先を行く砂原達を戦慄の眼差しで見つめる福井達だが、それでもみらいを守りながら必死についていく。砂原達の距離は開く一方だが、砂原は福井達が『探知』の範囲から出ないよう気を配り、的確に速度を調整しながら飛んでいた。

 しかし、それも終わりを迎える。砂原は遠くに見える大きな基地を目視すると、それが富士駐屯地であることを町田達と確認した。


「アレで間違いないな?」

「ええ。何度か来たことがありますが、間違いはないかと」

「さすがにこの程度飛んだだけで方向を見失う奴はいませんって」


 町田と斉藤は肯定したが、柳は駐屯地を見ながら首を傾げる。


「話を聞くに、大量の敵がいるもんかと思ったんだが……」


 『探知』で調べる限り、基地に存在する『構成力』の数は少ない。『アンノウン』が持つ違和感もなく、遠目には小銃を肩に下げた兵士達が基地内を行き来している姿だけが見えた。


「――突撃」


 突けば何かしらの反応があるだろう。そう判断した砂原は、淡々と突撃命令を下す。


「対空砲、来ます!」

「構わん」


 残り一キロメートルというところで砲煙を目視し、町田が叫ぶ。しかし砂原は『射撃』を放って砲弾を炸裂させ、そのまま突っ込んでいく。

 『ES能力者』は少ないが、迎撃が速い。予め警戒を密にしていたのだろう――が、それも無意味。風切り音を伴って飛来する砲弾銃弾を全て叩き落とし、砂原は『砲撃』を発現する。


 いくら敵対行動を取っているとはいえ、相手は人間だ。対ES戦闘部隊の兵士は常人とは比べ物にならないほど肉体を鍛えているが、『射撃』が命中しただけで死ぬ。そのため、まずは威嚇として人がいない敷地へと『砲撃』を叩き込んだ。


 放たれる光線。その一撃は地中貫通爆弾(バンカーバスター)のように地面を抉り、炸裂して大量の土とアスファルトを飛散させる。僅かに遅れて爆音が轟き、迎撃態勢を取っていた兵士達の頭上へと土砂が降り注いだ。


「い、いきなり『砲撃』……」

「撃ってきたのは向こうが先だ。仕方ねえだろ?」


 頬を引きつらせる町田に、斉藤が全てを諦めた様子で声をかける。もしも砂原が本気だったならば、『爆撃』なり『収束』の発射なりで基地ごと兵士を吹き飛ばしていただろう。

 相手が『ES能力者』ならば『通話』で降伏勧告もできたが、人間が相手ではそれも叶わない。そのため砂原は携帯電話の無線機能を使い、近くの無線機へ無差別で声を送る。


『ただちに抵抗を止め、基地から離れたまえ。繰り返す、ただちに抵抗を止めて基地から離れたまえ』


 普通の人間を殺すのは極力避けたい。そう思って勧告する砂原だったが、返答は砲弾だった。対『ES能力者』用なのか、『構成力』が感じ取れる砲弾が飛来し――音を立てて真っ二つに分かれる。


「おいおい、そりゃ俺が作ったもんだろうが。作った本人に通じると思ってんのか?」


 そう言って『柳刃』を一振りして『飛刃』を放つと、砲弾を放った戦車が砲台ごと両断される。


「柳」

「殺しちゃいねえ。“中身”は斬ってねえよ」


 放たれた斬撃は搭乗員を傷つけないよう、戦車の前部分だけを斬っていた。数秒経つと切り口から斜めにずれ始め、走行不能になって停止する。

 砂原は小さくため息を吐くと、携帯電話越しに敵へと“挨拶”を行う。


『自己紹介が遅れて申し訳ない。こちら即応部隊隊長、砂原空戦少佐だ。諸君らには『穿孔』と名乗った方がわかりやすいかね?』


 その名乗りに、それまで砂原達を迎撃するべく動いていた戦車等の砲塔が動きを止める。見下ろしてみれば、小銃を構えた兵士なども目と口を開いて砂原を見上げていた。


『諸君らにも任務があるだろう。退けと言われて退けないのもわかっている……だが、こちらとしても加減をするつもりはない』


 銃弾の一発も放たれなくなった戦場で、砂原は告げる。


『だから選びたまえ。任務を放棄して五体満足無事に逃げおおせるか、それとも我々に吹き飛ばされて強制的に基地から放り出されるか』


 そう言って砂原が促すと、兵士達の一部が及び腰になった。それでも抵抗を諦めていない者も存在し、そんな者達を後押しするように空戦の『ES能力者』が空へと上がってくる。

 その顔を見る限り、敵に操られている空戦部隊員と『天治会』の構成員だ。数は多くなく、一個中隊程度。


 敵の規模を見る限り、本当に空振りかもしれない。そう思った砂原だったが、敵はそれに構わず襲い掛かってくる。


『前者を選ぶならばすぐに逃げたまえ。後者ならばその場に待機だ。死なんとは思うが、手荒く扱うことを先に謝罪しておく』


 だが、砂原は敵を一瞥しただけで眼下の兵士達への言葉を続けた。それと同時に『収束』を発現すると、まるで砂原を恐れるように大気が揺れ始める。


「それでこっちは俺達任せ、と。柳さん、身内は殺さんでくださいよ」

「わかってる。斬るとしてもちょっとだけだ」

「いや、ちょっとでも勘弁してやってください……」


 砂原が“射撃体勢”に入ったため、柳たちが向かってくる敵を迎撃する。しかし、この場にいるのは練達の『ES能力者』ばかりだ。斉藤と町田は『収束』すら使わず、柳も全力は出さずに敵を叩き落としていく。

 その間に砂原は『通話』を発現し、遅れて到着したみらいへと声をかけた。


『伍長、ここで間違いないのだな?』

『……うん。おにぃちゃんのちから、つよくかんじる』


 ハズレかと思った砂原だったが、みらいの答えは肯定だ。ここに博孝がいると、理屈ではなく感覚で察している。


『たぶん、あしもと?』

『なるほど、地下があるのか』


 先程の『砲撃』によって敷地には大穴が開いているが、それらしき建物はない。それならば地下への進入路が基地建物の内部にあるだろう。


「先輩、どうしますか? 地下につながる場所を見つけるのも骨ですが」

「必要ない」

「……え?」


 駐屯地の敷地は広く、建物もそれに見合った広さだ。一から探していては時間がいくらあっても足りない。隠し扉などがあるとすれば、探し出すのは困難を極める。

 そのため、砂原は至極単純に物騒な決断を下す。


「まとめて吹き飛ばすぞ」


 建物の真下にあるのか、それとも地下を通じて離れた場所にあるのかはわからない。だが、全て掘り返してみればすぐにわかることだ。


『逃げる気がある者はすぐに逃げたまえ。これは最後の勧告だ。これから強制的に排除させてもらう』


 そう言って、砂原は『射撃』を撃ち始める。威力は弱めだが、撤退しそうにない者達の近辺に撃ち込み、飛散する土砂で強制的に排除していく。その手加減は絶妙であり、吹き飛んで怪我はするものの死にはしないだろう。

 建物の傍にも撃ち込むが、中には誰もいないのか人が飛び出してくる気配がない。


「破壊する。援護は任せた」


 斉藤達にそれだけを告げて、今度は『収束』による光弾を発射した。まずは試しと人気がない場所に撃ち込み――次の瞬間、先ほどの『砲撃』を遥かに上回る轟音と衝撃が地表を揺らす。

 兵士は巻き込んでいない。しかし、爆発の衝撃で建物の一部が損壊しており、着弾地点にはすり鉢状の巨大な穴が出来ていた。


「……あれは?」


 そこで砂原は、地中に白い“建物”が埋まっていることに気付く。地下十メートル程度の深さに、真っ白な建材らしきものが露出しているのだ。

 しかもそれは、砂原の『収束』の発射を受けて崩壊した様子がない。加えて、妙な違和感を覚える。


「ビンゴだ」


 砂原は急降下しつつ、右手に『収束』を集中させた。そして急降下の勢いを殺さないままで白い物体へと掌底を叩き込む。その衝撃は凄まじく、建材の上に乗っていた土やアスファルトが崩れるほどだ。


 手応えはあった。驚くほど硬質な手応えだったが、砂原が放った掌底は白い建材を砕き、大きなヒビを入れていく。


(この『構成力』は……)


 建材を穿つと、中から漏れるようにして覚えがある『構成力』を感じ取った。それは博孝と里香の『構成力』であり、砂原は口の端を吊り上げて笑う。


「――ここにいたか」

「……隊……長?」


 強引に建材を破壊して穴を広げると、呆然とした声が返ってくる。白い一色の部屋には博孝の姿があり、信じられないものを見たように砂原を見上げてきた。

 一体何があったのか、博孝の声に力はない。それどころか全体的に覇気がなく、衰弱しているように見えた。


「まったく……心配をかけおって」


 部屋の中に降り立ち、安堵を滲ませながら砂原が言う。しかし、その視線はすぐに横へとずれ、格子状の扉越しに立つ里香へと向けられた。


「岡島も無事だったか……岡島?」


 声をかけるが、里香からの反応はない。人形のように茫洋とした視線を砂原に向け、その異変に気付いた砂原は荒い足音を立てながら里香の方へと歩み寄る。


「隊長……その扉は頑丈で……」


 外からしか開けられない。そう言おうとした博孝だが、砂原はそれに構わず格子に両手を差し込み、思い切り握り締めて全力で『収束』を発現する。


「ふんっ!」


 博孝が聞いたことがないような硬質な音が響き、扉が“強制的”に開けられた。それを呆然と眺める博孝だったが、砂原は里香の状態を確認し、首筋を軽く締めて意識を奪うなり担ぎ上げる。


「岡島は操られているようだな」

「……いや、せめて“オトす”前に確認を……」

「話は後だ」


 砂原は博孝も担ぎ上げると、部屋から飛び出す。外は昼間だったため、数日振りに浴びた太陽の光で博孝の目が僅かに眩んだ。


「……すいません、隊長……」

「何を謝ることがある。部下を助けるのは上官の務めだ。俺はその責務を果たしたに過ぎん」


 博孝の謝罪に対して笑いながら当然のことのように砂原は言うが、その言葉に博孝は心からの感謝を抱くのだった。


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