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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百五十六話:終わりの始まり

 国後島、小笠原諸島、対馬海峡。日本の北と南、西に別れて連隊規模の『ES能力者』と交戦していた『零戦』のメンバーだが、最も劣勢に追い込まれたのは春日が率いる第三中隊だった。


 『鉄壁』の異名を誇る春日だが、その名が示す通り防御に特化した『ES能力者』である。その防御力は日本の『ES能力者』の中でもトップクラスであり、『零戦』で中隊長を務めるに足る技量も持っている。

 しかし、敵の連隊と遭遇した際に率いていたのは小隊でしかなかった。他の中隊長である藤堂や宇喜多と異なり、春日は攻撃のほとんどを部下に任せ、自身は防御を担当している。そのため、部下の数が少なければ攻撃の手が少なくなってしまうのだ。


 それでも戦力差が二十倍以上ある相手を前にして、春日はその攻撃の全てを防ぎ切った。部下達二個小隊が合流するまで戦域を支え切り、部下達が合流した後も防御を一手に引き受けている。


「はぁ……さすがにきついんだけど、残業手当とか出るかな?」


 飛来する何十発もの光弾を複数展開した『盾』で防ぎながら春日が呟く。敵の数は順調に減っているが、春日の『構成力』も限界が近づきつつあった。

 敵の攻撃の威力に合わせて最小必要限度でES能力を発現していたが、攻撃が増えれば『構成力』の消耗も増える。春日が防御を担当しているため部下達は攻撃に集中しているが、それもあとどれほどもつか。

 敵の練度は『零戦』の面々と比べれば遥かに低いが、数が多い。時間をかければ殲滅することも容易いが、それまでに『構成力』が尽きてしまいそうだ。


「攻撃の手を緩めますか?」


 部下の一人が尋ねてくる。春日がいるため部下達は攻撃に比重を置いて暴れているが、それぞれが並の技量ではない。防御を気にしなくて良いため攻撃に集中して次々に敵を仕留めているが、そのペースを落とすかどうか。


「いやぁ、いけるところまで行くよー。僕ぁ防御しか取り得がないからねぇ」


 射撃系ES能力に特化した藤堂、『支援型』ながら莫大な『構成力』を使った豪快な戦い方を得意とする宇喜多と違い、春日は部下達に攻撃を担当させて戦う。防御は超一流でも、攻撃は並の『ES能力者』でしかないのだ。

 それならば限界まで防御を務める。味方には毛ほどの傷も負わせず、敵だけを殲滅する。攻撃は部下頼りながらも部下を守り抜くことにかけては右に出る者がいない。それが春日の矜持だった。


「でも、なるべく早く倒してほしいかな? 流れ弾も防いでるから消耗がきついんだよね」


 敵は春日達を撃滅すべく攻撃を加えてくるが、数が多いため攻撃の全てが統率されているわけではない。練度の差もあるため、中には大きく外れて明後日の方向に飛んで行く光弾もあった。

 国後島だけでなく北海道も近いため、流れ弾を処理しなければ市街地へと着弾する危険性もある。そのため春日は“全て”の攻撃を防いでおり、敵の排除は急務だった。


「どこの誰か知らないけど、面倒な敵だよまったく……」


 強くはないが、数だけは多い。幸いというべきか『零戦』は数の差を引っくり返せる戦力だが、四方八方に散られては厄介だ。その点でいえば敵が“一丸となって”向かってくるのは助かる話である。


「……なんか嫌な感じだねぇ」


 部下達の攻撃によって次々に落下していく敵の姿を見て、春日は腑に落ちない様子で呟いた。


 『ES能力者』はその希少性から損耗を忌避する傾向があり、技量差がある敵とはなるべく戦わないのが鉄則である。任務や逃げられない状況ならば仕方がないが、向かってくる敵達はそうではない。

 逃げられるのならば、逃げるべきなのだ。何か事情があるのかもしれないが、いくら一個連隊とはいえ並の技量である以上、『零戦』を相手に十倍程度の戦力で挑んでくるのは愚策である。


 戦いにおいて重要なのは質よりも量だが、『ES能力者』同士の戦いに限ってはその法則も当てはまらない。一個の大隊よりも一人の強者が上をいくことも不可能ではないのだから。


 無論、そんなことができる『ES能力者』は限られている。しかし、『零戦』はその例外達が集まる部隊なのだ。

 敵が『天治会』の所属か他国の所属かはわからないが、かつては『武神』に率いられて名を馳せた『零戦』と真正面から戦い、死んでいくという状況が春日には理解できなかった。


「……どうにも納得できねえな」


 そして、そんな春日と同じ印象を抱いたのは宇喜多も同様である。春日達から南に千キロメートル以上離れた小笠原諸島の周辺空域で交戦していたが、敵の弱さに疑問を覚えていた。

 たしかに敵の数は多い。打ち漏らしを警戒して部下を呼び寄せたが、それでも戦力差は十倍を超える。だが、“その程度”でしかない。


 『支援型』で、中隊長でありながら、宇喜多は単独で突撃して敵陣を両断。進路上にいた敵を手当たり次第に殴殺し、後に続いた部下三人が陣形に開いた穴を拡大し、呼び寄せた二個小隊が両翼に展開して外側から集中砲火を加える。

 それだけで三割近い敵兵を叩き落としたが、宇喜多はあまりにも手応えがないことに鼻を鳴らした。そんな宇喜多の視線の先では、隊列を乱された敵達が再度隊列を組んで宇喜多達に攻撃を仕掛けようとしている。


「逃げると思いきや、この場に留まって徹底抗戦だ? なんだテメエら、そんなに死に急いでんのか? なら自分達で勝手に殺し合えやクソッタレが」


 宇喜多が威圧するように『構成力』を全開にすると、それだけで大気が揺れた。砂原の『収束』とは異なり、宇喜多は己の持つ莫大な『構成力』を発現するだけで十分な凶器になる。

 そんな宇喜多からすれば、相手の考えが理解できない。勝てないとわかっていても戦わざると得ない場合もあるだろうが、この敵の場合は別だ。守るべき者も場所も背後にはないというのに、最後の一兵まで玉砕覚悟で向かってきそうである。


 『天治会』の隊長クラスが混ざっているならば宇喜多も部下の損耗を覚悟するが、敵の秀でている点は数だけだ。淡々と、死ぬために向かってくる敵など厄介以前に違和感しかない。


「大尉、どうするんです? 向こうは大尉が威嚇しても退きそうにないですよ?」

「ああ? どうもこうもねえよ。退かずに向かってくるなら叩き潰すだけだ」


 技量差があれど、敵であることに変わりはない。源次郎との会話から藤堂や春日も同じような状況だとわかっているため、手心を加える理由もないのだ。

 ただ、納得ができない。それ以上の理由はない。


「ったく……俺は怪我人を治すのが本業なんだぞ? 死にに来る奴の相手なんざお断りしてえ」

「はははっ、治すのが本業なんて面白い冗談ですな大尉殿」

「いやまったく。先陣切って突撃するような人の台詞とは思えませんぜ」


 ぼやく宇喜多だったが、部下達からの言葉に頬を引きつらせる。違和感はあるが、今は敵を撃退するのが仕事だ。そのため、部下を叱り飛ばしてから敵の殲滅に取り掛かる。


(無鉄砲なんて話じゃねえ……こいつらは何の目的があって襲ってきたのか……)


 敵を殴り飛ばしつつ考える宇喜多だが、その答えは出ない。結局、敵を撃退しても答えは出ないのだった。


 そして、対馬海峡にて一個連隊を迎撃する藤堂もまた、春日や宇喜多と同様の違和感を覚えていた。


(他国の侵攻にしては規模が小さすぎる……『ES寄生体』や『ES寄生進化体』の侵攻に合わせて『天治会』が攻めてきたにしては、あまりにも拙い……)


 他国の侵攻を警戒した藤堂だったが、その可能性は低いだろうと判断する。部下達を呼び寄せているが、蹴散らそうと思えば藤堂が直卒する一個小隊だけでも十分だ。

 射撃系ES能力の同時発現、加えて『飛燕』と呼ばれるほどに卓越した飛行技術を持つ藤堂からすれば、数が多いだけの敵など的でしかない。次々と敵を撃ち落しつつ、他の小隊を呼び寄せたのは失敗だったかと後悔するほどだ。


「……む?」


 『射撃』による光弾を百発ほど同時に発射していた藤堂だが、敵の動きが変わったことで眉を寄せる。それまでは藤堂の攻撃を受けて右往左往しながら撃墜されるだけだったが、明らかに統率された動きへと変わったのだ。

 加えて、一個中隊程度だが増援が飛んできている。


「部下を呼んだのは正解だったか……」


 春日や宇喜多と違う点があるとすれば、藤堂には強者が向かってきたこと。増援を警戒していた藤堂だが、敵の指揮官には見覚えがあった。

 『天治会』第二空戦部隊長のラファール。以前交戦した相手だが、その際は取り逃がしていた。ここで相対するというのならば、藤堂としては是非もない。


「ラファールか」


 その名を呟く藤堂。すると、その口の動きを見たのか、ラファールも言葉を返す。


「決着をつけにきたぞ」


 互いに仲良く言葉を交わす間柄でもない。藤堂とラファールは互いに部下を率いてぶつかり合い――やはり違和感があった。


 前回交戦した際は、部下との連携も巧みで互角に近い戦いを繰り広げることになった。今回は戦力差もあるため厄介だと藤堂は考えたが、ラファールは連隊の面々を使い潰すようにして戦っているのだ。

 とある者は攻撃の盾に、とある者は強引に突撃させ、次々に戦力をすり減らしていく。藤堂としては理解できない運用方法に顔をしかめるが、敵である以上手心を加えることもない。


 戦いは長時間におよび、死者は百人を超える。その全てが侵攻してきた『ES能力者』によるものだったが、藤堂達も無傷では済まなかった。


 最後にはラファールが決死の突撃を行い、藤堂を含めて『零戦』側に負傷者が発生。ラファールとその部下を仕留めたものの、悔しそうに、それでいてどこか満足そうに息絶えたラファールの姿に、藤堂は疑問を深めざるを得なかった。








 それらの戦いが行われ、全てが決着したのが前日。傷ついた『零戦』のメンバーは治療を受け、他の者は各地域で戦闘を継続している部隊の支援に取り掛かる。

 部隊内で同士討ちを行っている者達は力尽くで鎮圧し、相変わらず襲い掛かってくる『ES寄生体』達を迎撃し、休む暇もなく飛び回っていた。


 もしも源次郎と連絡が取れていれば、他の行動も取れただろう。しかし、外敵の排除と味方部隊の救援も急務であり、『零戦』の行動は束縛されている。

 開戦前は隙間もなく構築されていた防衛網、防空網は穴だらけであり、『ES寄生体』や『ES寄生体』が本土に到達してないことが奇跡に思えた。


 ――それは、作られた奇跡でしかないが。


「全てが順調に進んでいる、か……」


 ぽつりと呟いたのは、『星外者』である。眼下に見える海原を眺めつつ、手の中で輝きを放つ『進化の種』を一度だけ強く握り締めた後、無造作に手放した。

 『進化の種』はそのまま海面へと落下し、海の中へと沈んでいく。すると、徐々に海水の色が変わり始め、仄かに光を放ち始めた。


「『進化の種』……種か。この星の個体は上手いことを言うな」


 そのような名前をつけたのは、『星外者』ではない。『進化の種』に適合して『ES能力者』へと変わるその姿からつけられ、普及した名前なのだ。

 種というものは、植えなければ育たない。植えるとしても、土壌に“栄養”がなければまともには育たない。


 ――それならば、『星外者』が行っていることは何なのか?


 人間の主観で言えば長い年月、この星で過ごしてきた。無目的で無為な日々ではなく、明確な目的を持って過ごしてきたのだ。

 『星外者』にとってもそれなりに長い月日が経ったが、色々と学び、覚えたこともある。それは人間が持つ感情であり、『星外者』が持ち得なかったものだ。

 それでも、己の目的が完遂に近づいていることを思えば、不思議とこみ上げてくるものがある。


「ふむ……この星では何と言ったか」


 胸中に浮かんだ感覚を、言い表すことができない。眼下で少しずつ広がる色と光を見た『星外者』の胸には様々な感情が去来していたが、それが何なのかわからないのだ。

 達成感、充足感、満足感。言葉は浮かぶが実感には程遠い。これまで様々な人間を見てきた『星外者』だが、そのような感覚は持ち合わせていなかった。


 少しずつ理解が進んでいるが、それは『星外者』にとって重要ではない。人間を操り、支配するのに有効なものだという程度の認識しかないのである。

 しばらくの間海面の変容を眺めていた『星外者』だが、興味を失ったように顔を上げた。そして移動を開始しつつ、懐から濃い黄色の『進化の種』を取り出す。


「さて、次はどこに蒔くか……」


 そんな呟きを残し、『星外者』は姿を消す。その場に残ったのは、徐々にマーブル模様へと変容していく海だけだった。








 防衛省の指揮所にて様々な指示を出していた室町だが、真剣な顔をした部下が近づいてきたためそちらへと顔を向ける。


「閣下、御報告が……」

「なんだ?」


 声を潜めて話しかけてくる部下に、同じように抑えた声を返す室町。クーデターからここまで、全ては予定通りに事が運ばれてきた。

 源次郎や『零戦』など強力な戦力の拘束、『ES能力者』各部隊の混乱、民間人や情報の統制など、万事が万事予定の域を超えていない。


 それならば、これから起こること――“始まった”こともまた、予定通りなのだろう。


「各地で観測を行っていた部隊からの報告です。一部の海域に異常が見られると」


 部下の報告を聞いた室町は、静かに息を吐いて椅子の背もたれに体を預ける。これもまた予定通りだったが、いざ始まるとなると思うところがあった。そのため、吐いた息は自然と重くなる。


「……そうか」


 その声はまるで、絞り出したような響きがあった。それは室町の両肩に感じる重圧がそうさせたのかもしれない。覚悟は決めていたが、それでもやはり――。


「俺の名前はこの国の歴史に残るだろうな……歴史を紐解いても類を見ないほどの悪人として」


 その言葉はまるで、自嘲するような響きがあった。それを聞いた部下は、硬くなっていた表情を無理矢理笑顔に変える。


「歴史を紡げなくよりは良いでしょう? 閣下は最悪の事態を回避されただけかと」

「そうか……そうだな。その程度の誹(そし)りは甘受すべきだ」


 この場にいるのは信用が置ける部下ばかりだ。故に、ある程度の情報は伝えてある。これから何が起こり、それによって何が成されるかも。


「奴らは強い……いえ、強すぎたのです。世界各国に根回しまでされている以上、他の選択肢はなかったかと」


 室町の表情を見た部下は宥めるように言い、それを聞いた室町は小さく笑った。


「この国の民にとっての最悪を回避しても、それは人類にとっての最悪につながるか……まったく、人生とはままならんものだ」


 そう言って指揮所のモニターに視線を向ける室町。そこでは密かに飛ばしていた観測機との接続が完了し、映像を映し始めている。

 モニターに映った映像は、部下の報告通り異変が起こっている海域のものだ。様々な色が混ざり合ってマーブル模様になっているが、ともすれば虹色にも見える。


「この国で流れる血を一滴でも少なくする、か……あの世に行ったら元帥閣下に謝罪しなければな」

「その時はお供しますよ」


 部下の軽口に室町は笑い、モニターの映像を見て目を細める。


(終わりの始まり……いや、これから始まるのか……)


 室町は内心で一人呟き、静かにモニターを見続けるのだった。


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