第二十四話:成長
その日、早朝から自主練を行うためにグラウンドに出てきた沙織は、奇妙な生き物を発見した。その生き物は『防殻』を発現しつつ、日が昇らず真っ暗なグラウンドを爆走し、時折奇声を発しては飛び跳ねるといった動作を繰り返している。
「アーーーッハッハッハッハァーーーー!」
その生き物はそんな声を上げながら、ロンダートから後方倒立回転とび、そこから伸身後方三回宙返りという体操選手が見たら目を剥くような動きをして沙織の傍に着地すると、笑顔で手を挙げる。『ES能力者』の身体能力を無駄に活用した、実に無駄な動きだった。
「おっす、沙織っち! 今日も良い天気だな!」
声をかけてきた謎の生き物―――博孝に対して、沙織は冷たい目を向けた。たしかに夜空を見上げてみれば雲が少なく、星が大量に瞬いている。しかし、日も昇らぬうちから『良い天気』などと言われても、いまいち納得しかねた。
「沙織っちって―――」
「罰」
「ぐむ……」
初任務の際の“独断専行”の罰を出されて、沙織は口をつぐむ。なんともふざけたことに、自分が死に掛けた罰を『今後は指示に従うこと』と『呼び名を好きにする』という二点にした博孝である。早速活用し、沙織を『沙織っち』と呼んでいた。それでも模擬戦中や真剣な時には『長谷川』と呼ぶのでまだマシだが。
「沙織っちも朝練?」
「……まあ、そんなところよ」
汗を拭いながら尋ねてくる博孝に、沙織は渋々答える。しかし、そこでふと気になったことがあって沙織は口を開いた。
「アンタ、何時から自主練やってたの?」
「ん? えーっと……六時だな」
「そう……え?」
今の時刻は、午前五時である。沙織は自分の携帯と校舎の壁にかかっている巨大な時計を見比べて、時間が狂っていないことを確認した。そんな沙織の動作を見た博孝は、手を打ち合わせる。
「ああ、六時って、“昨日”の午後六時な」
「……呆れたわね。まさか、実技訓練の後、一晩中自主訓練をしていたの?」
「おう! さすがに食事休憩は挟んだけどな!」
そう言って朗らかに笑う博孝に、沙織は頭が痛むのを感じた。沙織も毎日自主訓練を行っているが、徹夜で行うほど“馬鹿”ではない。さすがにそれは非効率だと思っていた。しかし、博孝は元気な様子で笑っている。
「いやー、ES能力が使えるようになってから、テンションが上がりっぱなしでなー。興奮して寝付けねーよ」
まるで、欲しかった玩具を買い与えられた子供のようだ。しかし、博孝は周囲のクラスメートが続々とES能力を身に着けていく中で、半年間もの間『構成力』すら感じ取れなかったのである。それが『構成力』を感じ取れるようになり、『防殻』を発現できるようになったのだ。嬉しく思うなという方が無理である。
元々徹夜で体術の自主訓練をするような性格だったため、ES能力を使えるようになった博孝としては、寝ている暇すら惜しい。幸い、『ES能力者』になってからは数日ぐらいなら徹夜をしても問題がない。もちろん、肉体的精神的な休養のために睡眠を取ることもあるが、『ES能力者』の体に慣れた博孝は、必要最低限の睡眠時間しか取っていなかった。
ちなみに、一晩かけて博孝が練習していたのは長時間『防殻』を維持したまま“体”を動かすことである。中村、和田、城之内と“模擬戦”をした時はなんとか『防殻』を維持できたが、戦いが長時間になればそれも難しい。
だが、入校から半年の間、体術や集中の訓練に身を費やしていた博孝にとっては、慣れさえすれば『防殻』を維持し続けるのは容易だった。『防殻』を発現する速度についても、覚えたてとは言えないほどに速い。
博孝は準備運動をしている沙織を見ると、良いことを思いついたと言わんばかりに目を輝かせた。
「そうだ、良かったら組手しないか? 使用するのは『防殻』だけだけどな」
一人で行う訓練には限界があると理解している博孝は、沙織にそう申し出る。その申し出を聞いた沙織は、時間の無駄と断る―――前に、少しばかり思考した。
(“以前”の河原崎が相手だったら時間の無駄にしかならないけど、“今”ならどうかしら?)
そんなことを考えつつ、沙織は博孝を見る。
博孝はES能力が使えない期間が長かったため、他の男子と違って体術に打ち込み続けていた。その腕前は、生徒達の中では頭一つ、二つは飛び抜けている。体術というカテゴリーに括ってみれば、沙織とほぼ同等。いや、性別や体格を考慮すると、僅かに勝っているかもしれない。それでも、ES能力が使えない状態では沙織の敵ではなかった。
そこに、『防殻』が加わればどうなるのか。沙織はそのことを考え、口の端を吊り上げる。
「そうね……良いわよ」
「ですよね、駄目ですよね……って、マジで!?」
博孝にとっては予想外のことに、沙織は承諾した。授業の時を除けば、常に一人でいるような沙織が、である。博孝は驚愕しつつも、承諾してくれたことを喜ぶ。
「うわ、マジか!? ありがとうな! あ、でも、本当に『防殻』だけだぞ? 沙織っち、すぐ『武器化』を使うからな」
「わかってるわよ」
念を押してくる博孝に、沙織は苦笑しながら答えた。これは『防殻』を使った上での体術の訓練であり、『ES能力者』として実戦を想定したものではない。
そう思った沙織だが、その言葉を聞いた博孝はどこか訝しげな表情をしている。
「? なによ?」
「いや……なんでもない」
博孝は表情を笑顔に変えつつ、内心で首を捻った。
(なーんか、沙織っちがあまりトゲトゲしくないような……どんな心境の変化だ?)
初任務以来、沙織の態度は多少軟化している。一人でいることを好むのはこれまで通りだが、小隊での訓練の時は以前に比べると“素直に”指示を聞いてくれるのだ。これならば本番の任務では特に問題もないだろう。
好機を捉えると前に出るのは今まで通りだが、それでも深追いせず、博孝の指示を聞いて下がってくれる。博孝が『防殻』を発現できるようになったため、指示を出しつつ沙織のサポートが出来るのも大きい。
そして、これは本当に僅かな変化であるが、小隊の中にいる時の沙織は時折笑みを見せることがあった。それは里香に対する苦笑だったり、博孝に向けた嘲笑だったり、種類は色々と“アレ”だが、表情が変化するようになっている。
(―――ま、良い変化ってことかねぇ)
そう思いつつ、博孝は沙織に視線を向けた。
「準備運動はまだいるか?」
「いや、十分よ。実戦だと、準備運動すらできないかもしれないしね」
「ははっ、確かに」
初任務の時は、まさにその通りだった。準備運動どころか心構えすらする暇もなく、戦闘に突入したのだ。沙織にすれば、準備運動など今更だろう。そもそも、『ES能力者』は準備運動をせずともそれほど体に影響がない。
博孝と沙織は二メートルほど離れると、それぞれ構えを取った。
博孝は開いた左手を前に突き出し、右手は自身の右腰へ。足は左足を前に出し、適度に脱力しながら腰を落とす。入校以来磨いてきた、“待ち”のスタイルだ。
沙織は拳を胸の前で軽く構えると、身軽にステップを踏んでいる。沙織は蹴りを主体にしており、『ES能力者』としての身体能力と相まって、凶器染みた蹴り技を繰り出すのが得意である。
そして、両者は合図もなく動きだし、拳と蹴りを交え合うのだった。
結果から言えば、博孝が負けた。
互いに『防殻』を維持したままで長時間に渡る組手を繰り広げ、その実力は伯仲していたと言えるだろう。
攻める沙織に、守る博孝。『ES能力者』として高い体力と身体能力をフルに使って三十分もの打撃戦を繰り広げていた二人だが、勝敗を分けたのは博孝の自滅だった。
沙織の蹴りを受け流し、懐へと踏み込んだところまでは良かった。しかし、拳ではなく掌底を使う方が得意な博孝は、そのまま掌底を繰り出し―――その掌底が、回避中の沙織の胸に当たったのである。
高い集中力を持つ博孝ではあるが、これにはさすがに僅かな動揺をもたらした。だが、沙織は一切動じることなく博孝の腕を掴むと、そのまま捻って地面へと組み伏せたのである。
「ふふん。わたしの勝ちね」
誇らしげに沙織が言う。それを聞いた博孝は、頭を下げた。
「あー……負けたなぁ。あと、最後に胸に触っちまってゴメン。本当は顎を狙ったんだけどな……」
組み伏せられた状態で博孝がそう言うと、沙織は顔色を変えずに首を傾げた。
「え? 組手の最中だから仕方ないでしょ。というかアンタ、そんなことで集中を切らしていたら、実戦で女性の『ES能力者』が相手だったらどうするのよ?」
「むう……正論過ぎて反論ができんぜ」
「どうせ胸なんて殴られても減るものでもないし。それに、敵が裸だったらどうするの? それで動揺していたら戦えないわ」
「発言が漢らしすぎるっ!?」
今も博孝を組み伏せるために沙織が背中に乗っているが、それに対しては動揺しない。沙織は博孝を解放すると、額の汗を拭った。
「ふぅ……けっこう良い訓練になったわ。ありがとう」
「おう、こっちも……」
沙織の言葉に頷きつつ立ち上がった博孝だが、その発言に看過し得ない“モノ”が含まれていて思わず驚愕する。
「さ、沙織っちが、あ、ありがとう……だと?」
「はぁ? わたしだって、お礼の言葉ぐらい言うわよ?」
「お、おう……そ、そうだな。いや、すまん。純粋に驚いた」
「……それはそれでムカつくわね」
まったく、と沙織は大きく息を吐く。少しばかり息が上がっているが、三十分も動き続けたため頬が上気し、健康的な美しさが漂っていた。
博孝はなんとなくそれを見つつ、腕の痛みを取るように払う。
「しかし、沙織っちは剣術だけでなく体術もやれるのが羨ましいな」
「そう? まあ、子供の頃から体を動かすのは得意だったし、剣術もやっていたしね。河原崎は?」
「俺? 俺も運動は得意だったけど、武道とか武術の経験はないんだよなぁ」
「へぇ……その割には、良い線いってるわよ。素人だからこそ、逆に成長が早いのかもしれないわ」
「そんなもんかねぇ……」
珍しく雑談にも付き合ってくれる沙織。それに気を良くした博孝は、沙織の髪をまとめているリボンに目を向けた。
「そういや、沙織っちはいつもそのリボンをつけてるよな? お気に入り?」
話題の切っ掛けとしてそう問うと、沙織は手を伸ばして白いリボンに触れ、少しだけ微笑む。
「……わたしが小さい頃に、お爺様が誕生日プレゼントとしてくれたのよ」
「へぇ……お爺さんが」
沙織の祖父と言えば、『武神』長谷川源次郎だろう。博孝は自分の抱いていたイメージが少しだけ変わるのを感じた。
「良い人なんだな」
「ええ……孫として、誇らしく思っているわ」
そう言いつつ、沙織はどこか遠くを見るように目を細める。それを見た博孝は、少しばかり悪戯心が湧くのを感じた。
「その白いリボンも、沙織っちの長い黒髪にピッタリだもんな。綺麗な髪だしね」
「そう? まあ、手入れは欠かしていないから」
だが、褒め言葉に対しても沙織はクールだった。里香のように慌てたり、顔を赤くしたりはしない。そのことに肩透かしを食らった気分になる博孝だが、頬を赤らめる沙織というのも想像できず、苦笑するだけに留めた。
「あ、そうだ。良ければ汎用技能について教授してくれないか?」
話題を切り替え、そんなことを頼んでみる。長時間、組手をしながらでも『防殻』が維持できたため、次のステップに進みたいのだ。それでも、沙織の性格ならば断わるだろうと思っていた。
「……そう、ね。アンタが汎用技能を覚えれば、小隊の底上げになるかしら……」
だが、予想を裏切って沙織の反応は好感触だった。今日は予想外のことが何度も起きる日だ、と博孝は目を見開く。
「その目はなにかしら?」
「いやいや、ちょっと驚いていただけだよ。そんじゃ、『射撃』の発現の仕方を教えてくれるか?」
博孝がそう言うと、沙織はやれやれといった風情ながらも頷く。
「わたしは厳しいわよ?」
「ははっ、望むところだよ」
沙織の言葉に笑いつつ、博孝も頷くのだった。
初任務から二週間も経つと、博孝は汎用技能の全てを発現できるようになっていた。
『射撃』は沙織に、『盾』は恭介に、『接合』は里香に教わることで、あっという間に身に着けることができたのだ。半年間で培った高い集中力のおかげか、三人よりも効果が劣るもののES能力自体は身に着けることができている。
あとは各技能の習熟を高めたり、五級特殊技能に手を出そうと考えていた。特に、博孝としては『通話』や『探知』などのES能力を身に付けたいと思っている。小隊長として、今後必要になると思ったのだ。それらのES能力を身に付けることができれば、小隊として戦術の幅も広がるだろう。
「長谷川! 右!」
「っ!」
そんなことを考えつつ、小隊ごとの模擬戦を行っていた博孝は沙織に指示の声を飛ばした。思考することで相手と会話ができる『通話』ならばもっと楽になるため、ついつい模擬戦の最中にそんなことを考えてしまったのである。
それでも博孝の指示を聞いた沙織が、右側から接近してきた中村を迎撃する。その間に博孝は和田に向かって走りつつ、口を開いた。
「恭介!」
「合点っす!」
和田から『射撃』が行われるが、恭介が発現した『盾』によって防がれる。それによって最短距離で間合いを詰めた博孝は、『構成力』を集めた拳を和田の鳩尾に叩き込む。
そして振り向きざまに博孝が『射撃』で光の矢を二本生み出すと、防御を固めている城之内目がけて発射した。
「ちょっ!?」
『射撃』とはいえ、博孝が複数の光の矢を放ったことに驚愕する城之内。それでも『盾』を発現して防ぐが、短時間で中村を下した沙織が大太刀を片手に接近してきたのを見て絶望の表情へ変わる。博孝を見れば、『射撃』を防御されたのに構わず急速に接近してきていた。
「二対一とか卑怯なぶへっ!?」
結局そのまま沙織に殴り倒され、城之内は気を失う。相手の小隊に残ったのは『支援型』のみとなり、その時点で砂原は模擬戦の決着を宣言した。
「お前ら強すぎるんだよ! 大体、長谷川だけでも手に負えなかったのに、河原崎まで強くなってるしよ!」
模擬戦が終わるなり、中村が文句をつけるように言う。元々沙織一人でも勝てなかったというのに、それに加えて博孝まで加わったのだ。中村の文句に同調するように、和田も頷く。
「接近戦じゃ勝てないし、距離を離しても詰められる……長谷川なんて『盾』を平気でぶち抜くから、勝ちようがないって……」
生徒としては破格な四級特殊能力である『武器化』を操る沙織の攻撃力は、訓練生では防ぎようがない。そこに博孝の指示が飛ぶ上、博孝からは『射撃』で複数の光の矢が放たれる始末。接近戦でも腕が立つため、博孝率いる第一小隊は他の小隊では手が付けられない状態になっていた。
「つーか河原崎、お前いつのまに『射撃』で複数の“弾”が撃てるようになったんだ?」
博孝の『射撃』を防いだ城之内が問うが、博孝としては答えは一つしかない。
「訓練してたら自然と撃てるようになってたわ」
「……ああ、そういや徹夜で訓練してたっけ」
当たり前と言えば当たり前の答えに、城之内は遠くを見た。日中の訓練だけでもきついというのに、博孝は連日のように徹夜で自主訓練を行っているのだ。城之内もやろうと思えばできるのだろうが、精神がもたない。
小隊同士の模擬戦が一段落したことで、博孝は中村達と情報交換をしていく。戦った相手に聞くのもどうかと思ったが、中村達も博孝達を倒すために率先して情報交換を行っていた。そこには以前のわだかまりなどなく、互いで競い合おうとする感情しかない。
「『射撃』で複数の“弾”を撃てるようになったら、けっこう戦いの幅が広がるぞ? 和田は遠距離の攻撃得意だろ? やらねえの?」
「撃てることは撃てるんだけど、威力が均一にならないし、狙いもずれるからな……まだ実戦だと使えないんだ」
「はーん……でも、それでもいんじゃね? 恭介はどう思うよ?」
「俺っすか? んー……たしかに、しっかり狙われるのも嫌っすけど、コントロールが荒いと弾道が読みにくくて防御しにくいってのはあるっすね」
男連中で集まり、あーだこーだと意見を交わす。砂原がその様子を見て少しだけ口元を緩めたが、それに気づく者はいない。
「あとさー、戦力で劣るなら戦い方で引っくり返すしかないんじゃね?」
「戦い方って……じゃあ、どうやって戦えば良かったんだよ?」
和田が怪訝そうに尋ねる。それを聞いた博孝は、地面の砂に指を走らせる。
「んー……そうだなぁ」
博孝は第一小隊の基本的な陣形を地面に描き、顔を上げた。沙織が前衛、博孝が前衛寄りの中衛、恭介が後衛寄りの中衛、里香が後衛という配置にすることで、能力的にも隙がなくなっている。
それに対して、中村が率いる第六小隊は前衛として近接戦向きの中村、その少し後ろに『防御型』である城之内、中衛として遠距離戦向きの和田、後衛として『支援型』の女子が一人だ。
「やっぱさぁ、小隊長の中村が前面でガチンコってのはまずいと思うんだよねー。指示が出しにくくね?」
博孝がそう言うと、中村は頭を掻く。
「それはあるな……かといって、俺が前に出ないと相手を止められないし」
「いやいや、そこはほら、城之内を前に出して壁にするとか」
「壁って言うなっ!?」
「博孝、それはさすがに酷いっすよ……」
『防御型』である恭介と城之内から声が上がるが、博孝は至って真面目である。
「そっか? さすがに沙織っちクラスを止めるのは難しいだろうけど、防御に徹すれば大体の奴は止められるだろ。そこで相手の『攻撃型』を止められたら、あとは和田が『射撃』で援護をしつつ、中村が敵の『防御型』を潰す。さすがに『攻撃型』二人がかりなら勝てるだろ」
博孝は砂にいくつか線を書き加え、説明を続けていく。
「相手の『支援型』が『射撃』を使えるならちょっと手こずるけど、それでも一人崩せればあとは楽だ。城之内が押さえている『攻撃型』を中村が挟み撃ちして、和田はそれが邪魔されないよう『射撃』で牽制。『攻撃型』を倒せたら、あとは数任せの戦い方でも勝てる。あとはES能力の使い方とか工夫すれば良いんじゃないか? 『盾』で相手の足を引っ掛けるとか」
『盾』は使用者の技量によって発現する場所や大きさを調節できるため、相手の足を引っ掛ける、といった用途にも使えると博孝は思っている。また、手などに発現させればそれだけで籠手代わりになるだろう。
「ぬぅ……たしかに、な」
博孝の説明を聞くと、中村は納得したように頷く。それを見た博孝は苦笑した。
「もちろん、戦いってのはその最中でいくらでも状況が変化するから油断はできないけどなぁ……というか、お前ら第一小隊と戦う時にワンパターンすぎるんだよ。いくら沙織っちが脅威になるからって、そっちに同じ『攻撃型』の中村が突っ込んでも勝てねーって。それともなにか? 中村は沙織っちに殴られるのが好きなのかなぁ?」
「ばっ!? な、何言ってんだテメェ!?」
からかうように博孝が言うと、中村は動揺したような声を出す。それを見た博孝と恭介は、顔を見合わせた。
「あら、見ました奥さん。あの顔……あれは、きっと“アレ”よねぇ?」
「ええ、見ましたわよ奥さん。ビックリだわ……って、なんで奥さんなんっすか?」
「そこはノリだ」
不思議そうな恭介に答えると、博孝はにやにやと笑った。
「ふむふむ、君が沙織っちに向かって突撃するのはそういうことかね? ああ、心配するな。言いふらすようなことはしないとも」
ふふふ、と笑みを浮かべながら博孝が言うと、中村は頬を引き攣らせる。
「だ、だから違うって言ってんだろうが!」
「おや? 本当に? ホントの本当? まったく気にならない? 沙織っちなんて微塵も気にならず、意識の端にも上らず、路傍の石のようだと?」
「……お、おう」
そこで僅かに勢いが小さくなる中村。だが、そこで当の沙織がいないことを確認するために視線を周囲に向けてしまったのは、明らかな失策だった。
中村が視線を戻してみると、その場にいた男子が全員生暖かい目で自分を見ているのだから。
「意外。うん、意外」
そう言いつつ、とりあえず、組手で沙織の胸を触ってしまったことは絶対に口外すまいと博孝は思う。
「そっすよねー。アレっすか。あのツンケンっぷりが良いんすか?」
「気付かなかったわ……そうだったのか」
「へぇ……」
博孝達四人がそう言いながら中村を見ると、中村は何かを言おうとする。しかし、言葉にならず拗ねたように視線を逸らした。
もっとも、博孝達もそれを言いふらすような野暮な真似はしない。互いに頷き合うと、もう一度だけ中村に生暖かい視線を送るのだった。
『構成力』を自在に操れるようになった博孝だが、最近は少しばかり気になることがあった。
「岡島さん……岡島さん?」
「っ! え、な、なに?」
博孝が二度呼びかけると、ようやく里香が反応する。そして、博孝の顔を見ると少しばかり表情を曇らせた。
「いや、ちょっと聞きたいことがあったんだけど……」
そう言いつつ、博孝は里香の様子を窺う。初任務以降、どことなく里香に元気がない。授業は真面目に受けているが、実技になるとそれが顕著だった。
博孝としては、ここ最近里香の様子がおかしいことに頭を悩ませている。
そのことを察している博孝は、実技訓練の終了を待ってから里香に声をかけた。だが、どう話したものかと頬を掻く。
「最近、あまり調子が良くないみたいだからさ……心配になってね」
「あ……」
博孝がそう言うと、里香は気付かれていたのかと目を見開く。しかし、すぐに目を伏せてしまった。
「う、ううん……そ、そんなこと、ないよ」
小さく首を横に振る。博孝はその里香の動作が干渉を拒絶しているように見えて、二の足を踏んだ。
「いや、そんなことあるって」
だが、そこで踏みとどまる博孝ではない。小隊長として、クラスメートとして、仲間として、里香が“何か”に悩んでいるのなら、力になりたかった。
「……………………」
対する里香は、沈黙。目だけでなく顔まで伏せ、ふるふると首を横に振るだけだ。
「岡島さん……」
明らかに何かがあると言わんばかりの様子に、博孝は困ったような声を出す。踏み込んではいけない部分なのか、それとも敢えて踏み込むべきか。
純粋に、体調が悪いだけなのかもしれない。初任務で精神的に疲れ、その疲れが抜けていないだけなのかもしれない。
「わ、わたしは……大丈夫、だよ?」
そんな博孝を安心させるように、里香が微笑む。しかし、その笑顔に影を感じた博孝は口を開き―――そのまま閉ざす。
無理に聞き出そうとしても、里香は答えないだろう。そう考え、博孝も笑顔を浮かべる。
「そっか! いや、ごめんな? 最近元気がないみたいだったから、気になってたんだ」
「う、うん……心配かけて、ごめんなさい」
「いやいや、大丈夫なら良いよ……でも―――」
博孝は笑顔から一転、真剣な表情に変わった。
「“何か”あったら、遠慮なく相談してくれよな?」
「……うん」
博孝の言葉に、里香は頷く。
ただ、里香が素直に話してはくれないだろうと、その時の博孝は何故か確信ができた。
故に、里香の気持ちが少しでも紛れることが何かあれば良いがと思いつつ、博孝は里香と別れるのだった。