第二百四十一話:蠢動 その5
全国各地から次々と飛び込んでくる報告の数々。その全てを頭に叩き込みつつ、源次郎は内心で歯噛みをしていた。
一年前に起こった『大規模発生』を遥かに上回る規模での襲撃。『ES寄生体』だけでなく『ES寄生進化体』まで混ざっており、場所によっては苦戦を強いられている。
日本ES戦闘部隊監督部にて各部隊に指示を飛ばしていた源次郎だが、敵の規模に対して部隊の数が足りない。『ES能力者』の数だけで見れば大きく上回るだろうが、敵は日本を囲むようにして現れている。
沿岸部に展開するには部隊の数が足りず、かといって分隊規模まで割いて配置しようとしても今度は一点突破されかねない。
「佐世保基地より入電! 『ES寄生進化体』の攻撃により『ありあけ』が航行不能! 至急空戦部隊の応援を求む!」
「呉基地より入電! 『しまかぜ』に乗船中の第三十二陸戦大隊第二中隊の損耗が大! 応援を求むと!」
加えて、海上に展開している護衛艦群からの陳情も激しい。排他的経済水域のギリギリを航行する所属不明艦と対峙していたものの、『ES寄生体』等の襲撃で大きな被害が出ているようだ。
源次郎としては各護衛艦を撤退させたいが、護衛艦が所属しているのは“上”――防衛省である。山本や室町が指揮を執っているのだろうが、護衛艦を撤退させるのも容易ではない。
源次郎にできるのは護衛艦に同乗している各部隊へと応援を派遣し、なおかつ沿岸部に可能な限り強固な防衛線を築くことである。源次郎の部下達は指示を仰ぎつつも、対ES戦闘部隊と連携しながら効率的に防衛線を構築し始めていた。
元々海棲の『ES寄生体』対策として防御陣地を築いている場所もあるが、沿岸部全てにあるわけではない。そのため既存の防御陣地を中心に部隊を広く展開し、接近してくる敵を迎え撃つ準備を進めていた。
各部隊には既に防衛任務に関して通知し、海に近い場所に住む民間人は避難誘導を行っている。内陸部でも不要不急の外出を禁止し、家屋に避難するよう通達してあった。
(これほどの戦力を隠し持っていたか……)
『天治会』が『ES寄生体』などを操る術を持っているというのは、軍の高官ならば既に知っていることだ。『大規模発生』の際にも同じようなことがあった以上、これは疑いようもない。
しかし、そうなるとこれほどの戦力を投入した理由が見えなかった。『大規模発生』の時は訓練生を殺すことで日本の戦力を削ろうとしたという意見もあったが、今回はあまりにも規模が大きすぎる。
戦力を削るどころか、そのまま国土を蹂躙されかねない。現状の予測でも千を超える『ES寄生体』達が襲ってきているが、それが“上限”だという保証もないのだ。
(砂原の奴から報告があったが、早すぎる上に規模が大きすぎる……河原崎少尉を狙うにしても、もっと別の手があるはずだが……)
昨晩起きた出来事――武治が語った内容に関しては、既に砂原から源次郎へと報告済みだった。紫藤の母親の保護に関して指示を出し、今後の『天治会』への対応に関してどうするか考えている最中に今回の騒動が始まったのである。
最初は普段よりも『ES寄生体』に遭遇するという旨の報告があり、続いて日本海や太平洋を問わず同様の報告が頻発し、挙句の果てには『ES寄生進化体』に遭遇し、最後には敵の数が尋常ではないことが判明した。
そのため夜が明ける頃には上から下への大騒ぎであり、源次郎は常に指揮所で命令を飛ばしている。それは防衛省でも同様であり、対ES戦闘部隊や通常の部隊を日本各地で展開させていた。
内陸部の防御を薄くすることに難色を示す源次郎だったが、それが原因で沿岸部を突破されては意味がない。海棲の『ES寄生体』ならば陸に上がってくることはないと思うが、沿岸部から内陸部に向かって『射撃』を撃たれるだけで大惨事につながってしまう。
「閣下、これを」
思考しつつも部下に指示を飛ばす源次郎だが、部下の一人が数枚の書類を差し出してきた。文面に素早く目を通すが、その内容は厄介なものである。
「他国でも似たようなことが起きているのか……」
書類に記されていたのは、各国に存在する大使館からの急報だった。他国でも『ES寄生体』が暴れており、混乱が広がっているらしい。ただし、日本に比べれば襲撃の規模が小さい国も多いらしく、『ES寄生体』よりも他国の動向に目を光らせているようだ。
「襲撃の規模が大きいのは……日本以外ではロシア?」
日本と同様に多くの陸地が海に接しているロシアでも、海棲の『ES寄生体』による襲撃が起こっているらしい。日本よりも国土が大きいため、対応は困難を極めるだろう。
反対に、国土や海に接している広さの割に襲撃が少ないのはアメリカや中国、ヨーロッパの一部の国々である。どうやら時差なども関係なく、世界規模で襲撃が起こっているようだが、その規模には差があるようだ。
(何か基準があるのか……いや、今は他国よりも日本のことを……)
源次郎が指揮できるのは、『ES能力者』だけである。考えたいことは山ほどあるが、現場で戦う部下達を少しでも生きて帰らせるために思考を費やす必要があった。
所属不明艦が暴れていた時は『零戦』を小隊単位で動かしていたが、今回は分隊で動かしている。国土内の防衛にも手を割く必要があるため『零戦』を全員動かしているわけではないが、状況次第では全戦力を投入する必要があるだろう。
山本の手が空いていれば指揮を一任して源次郎が出張ることもできるが、元帥かつ大将という要職に就く山本の手を容易く借りることはできず、その上、一ヶ月ほど前に源次郎が緊急出撃したせいで“上”から釘を刺されてもいた。
今はまだ指揮に専念するべきだろう。そう判断した源次郎は、次々と飛び込んでくる報告を処理すべく奔走するのだった。
即応部隊の基地から五分も歩けば海岸へ到着する。夏には海水浴や花火を楽しんだ砂浜もあるが、その思い出を踏み躙るようにして多くの人々が行き来していた。
海岸線には防衛拠点が点在し、対ES戦闘部隊や通常部隊の兵士が駆け込んで銃器の設置に追われている。防衛拠点同士の距離がある場合は装甲車を配置し、塹壕と合わせて即席の“盾”として活用するのだ。
『ES能力者』の部隊が少ない地域では機甲師団なども展開しているが、即応部隊が駐屯する基地周辺には陸戦部隊の基地が存在する。そのため装甲部隊は駆け付けず、各基地に存在する装甲車を引っ張り出すことになっていた。
さらに陸戦部隊が随伴して敵を攻撃、あるいは敵の攻撃を撃ち落す役目も担っている。『ES能力者』だけでなく対ES戦闘部隊なども組み込んだ防衛線は、急造の割に頑丈かつ迅速に整備されていく。
「なんつーか、物々しいっすね……」
眼下に構築されている防衛線を見ていた恭介が、ぽつりと呟いた。それを聞いた博孝は肩を竦めながら同意する。
「たしかになぁ……でも、相手の数が数だ。どこにいつ接近してくるかもわからない以上、これぐらいは必要だって」
トーチカに塹壕といった少々前時代的な陣地が構築されているが、『射撃』程度ならば数発は耐えることができる。場所によっては“タコツボ”も掘られており、緊急時に飛び込めば生存できる可能性があった。
海岸に近い林では迷彩服にフェイスペイントを塗った兵士達が伏せ、風景に擬態して敵の登場を待っている。こちらは防御拠点に籠るのではなく、敵の攻撃があれば足を活かして回避する予定だ。
それらの配置を確認しつつ、博孝は海原へと視線を向けた。海上では多くの護衛艦が防衛網を構築していたが、護衛艦同士の距離がありすぎるため多くの『ES寄生体』が突破している。
中には護衛艦を狙って攻撃を仕掛ける個体もいるらしく、効果的な動きができないでいた。海上には他の空戦部隊が向かっているが、増援が到着するまで護衛艦がもつかわからない。
(鈴木中佐も無事なら良いけど……)
『いなづま』を指揮する鈴木も海に出ているはずだが、現状は不明である。叶うならば救援に向かいたいが、博孝は自分が『天治会』に狙われている自覚があった。そのため迂闊に動けず、戦場の変化を注視する。
現在の即応部隊に存在する空戦は一個中隊。そのうち、博孝が率いる第三空戦小隊は即応部隊が構築する防衛線の中央に配置されている。
砂原が率いる第一空戦小隊は右翼に、斉藤が率いる第二空戦小隊は左翼に配置されていた。仮に『天治会』が博孝を狙ってきたとしても、左右から挟撃できるよう配慮した形である。
陸戦部隊に関しては間宮と里香が主導して指揮を執っているが、里香を中央付近に配置しているのは砂原としても何か考えがあるのか。
(『天治会』の立場なら隊長か里香を操る、か……隊長は里香を疑っていたみたいだけど、それは……)
砂原が口にしていたことを思い出し、博孝は小さく頭を振った。砂原の言いたいこともわかるが、博孝としては里香を疑っていない――疑いたくない。
寮の屋上で沙織に対して話した言葉の数々が、それを許さない。里香は訓練校以来の仲間であり、大切な友人だ。同期の者達も里香を信頼しており、里香が立てた作戦ならば命を賭けて実行できる。
――それほど信頼しているからこそ、危険なのではないか。
脳裏に浮かんだ言葉に、博孝は眉を寄せた。個人的には信頼しているが、小隊長として思考を狭めるべきではない。もしかしたら、万が一という可能性すらも考慮するべきではないか。
(いや、それはない……敵に操られた人は見たことがあるけど、里香は“そう”じゃない)
敵に操られた者とは過去に交戦したことがあるが、まるで操り人形のように意思を感じられなかった。心臓に『進化の種』を埋め込まれて動いていた死体も、人間味は皆無である。
それらと比べれば、里香は“正常”だ。きちんと己の意思で話し、己の感情を表に出す。だからきっと、砂原の勘違い――警戒のし過ぎなのだろうと博孝は思った。
いくらなんでも警戒しすぎだと、楽観的に考える。
(……ん?)
何度も『天治会』に襲われているというのに、楽観的に考えた自分に博孝は違和感を覚えた。砂原から思考を止めるなと徹底的に仕込まれているというのに、明確な根拠もなく別のことを考えようとしている。
それがかすかな不快感となって胸中を占めたが、疑問を掻き消すようにして『探知』の範囲内に『構成力』が侵入してきた。
「っと……敵だ。各員警戒態勢を取れ」
小隊の仲間に指示を出しつつ、携帯電話の無線機能を使って眼下の者達にも情報を共有する。まだ三キロメートルほど距離があるが、鳥型の『ES寄生体』ならばそこまで時間をかけずに接敵するだろう。
『構成力』の移動速度から鳥型だと判断した博孝は、陸地に近づく前に叩き潰してしまおうと考えた。ただの『ES寄生体』ならば、ES能力を使わずとも倒すこともできる。
防衛戦ということでなるべく疲労を残さないよう注意しつつ、博孝は『ES寄生体』の迎撃に向かった。
『ES能力者』の指揮を執る日本ES戦闘部隊とは別に、対ES戦闘部隊や通常部隊の指揮を執るのは防衛省の役割である。
日本ES戦闘部隊監督部が源次郎という“頭”によって統率される組織だとすれば、“上”はいくつかの派閥が構成されているため頭が複数あるような状態だった。
主な派閥は山本の一派と室町の一派だ。
山本は元帥に任じられているものの、階級としては室町と同格の大将。『ES能力者』の扱いに関するスタンスの違いによって派閥の顔ぶれが異なり、山本の下には親『ES能力者』と呼ぶべき面々が集まっている。
それに対する室町派は、『ES能力者』を一人の人間ではなく一個の戦力として扱う者達が集まっている。派閥間の力関係は山本の方が優勢だが、それは山本の下に源次郎がついているからだ。
『武神』と呼ばれる源次郎を筆頭に、『零戦』の面々も各部隊の隊長クラスも山本の下で働くことに異論はない。そして山本はそんな源次郎達に便宜を図り、持ちつ持たれつの関係を築いていた。
形式上は防衛省の傘下に含まれる日本ES戦闘部隊監督部だが、対等に近い権力を持っているのは山本の尽力の賜物とも言える。
しかし、“上”の内部だけに限ればその力関係は逆転してしまう。山本は『ES能力者』からの信頼は厚いものの、普通の兵士などから向けられる信頼は室町に劣る。
室町は対ES戦闘部隊や普通の兵士を重用しており、『ES能力者』を除いて現場の部隊から厚い信頼を向けられていた。特に現場上がりの将校からは絶大な支持を受けており、室町も各部隊の運用を巧みに行っている。
現に、日本の海域各地に出現した『ES寄生体』や『ES寄生進化体』に関しても、迅速な部隊展開を実現させていた。
対ES戦闘部隊や装甲部隊を沿岸部に展開し、通常部隊の兵士達は民間人の避難誘導や市街地の治安維持に向かわせている。
『ES能力者』と異なり、人間の兵士の数は多い。そのため戦闘能力では『ES能力者』に劣ろうとも、避難誘導等の民間人の安全を確保することに関しては遥かに有能だ。
また、日本ES戦闘部隊監督部で最終的な判断を委ねられる源次郎とは異なり、軍の上位者が多いというのも大きな点だろう。日本各地に存在する基地にもそれぞれ指揮官が存在し、その下にもまた判断を下せる人員が存在する。
『ES能力者』の場合は一部隊が三十六名の大隊規模でしかなく、通常の部隊と比べて戦力が大きくとも人員差が激しかった。
人数の多寡は“身軽さ”にも直結するが、指揮を執る者の技量次第ではいくらでも改善できる。そして、室町は有事の際だろうと迅速かつ的確な指揮を執れる者を各部隊の長に配していた。
――有能かつ忠実な部下を、山本よりも多く有しているのだ。
それは『ES能力者』の部隊と高い連携能力を持つ山本が持ち得ない、室町だけの武器。反対に山本が持つ“武器”を室町は持たないが、それで良いと思っていた。
多くの将官佐官が集まる指揮所にて椅子に腰かけ、泰然と構えながら室町は思考を巡らせる。
日本各地で警報を発令し、部隊の一部が戦闘を開始して既に一時間が経過していた。今のところ順調に『ES寄生体』達を迎撃しており、民間人の被害も出ていない。
「閣下」
指揮を執りながら状況の推移を見守っていると、部下の一人が声をかけてきた。室町の耳元に口を寄せ、周囲に聞こえないように会話を行う。
「ES訓練校の生徒についてはどうしますか? 任務という形で後方支援ぐらいはできると思いますが……」
部下が話題にしたのは、訓練校の訓練生についてだ。訓練校に関しては防衛省の管轄であり、大きな権限を有する。その気になれば今回の戦いに参加させることも可能だろう。
訓練校にいる『ES能力者』は六期分、約二百名であり、そこに教官職に就いている者や訓練校の防衛部隊が加わる。訓練生を戦力として数えるのは難しいが、固定砲台ぐらいにはなるだろう。
「何もする必要はない。今のところ戦力はこちらが優勢だからな。わざわざ技量が未熟な訓練生を駆り出す必要もなかろうよ」
だが、室町としては訓練生を戦場に投じるつもりなどなかった。そんなことをすれば現場の部隊が混乱しかねない上に、源次郎や山本が口を挟んでくるだろう。
そして、『ES能力者』といえど彼らは子どもだ。対外的には高校生であり、室町としてもその認識は変わらない。訓練生もまた、守られるべき弱者だ。
「……俺が言えた義理ではない、か」
「は……どうされました?」
室町の呟きを拾った部下が不思議そうな顔をするが、室町は何でもないと手を振る。そして表情を引き締めて状況の整理に戻ると、内心だけで小さく呟く。
(賽は投げられた……あとは目が出るのを待つだけか)
その呟きは平坦なものだったが、どこか願望のような色が込められていた。




