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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百三十九話:蠢動 その3

 武治が息を引き取った直後、感傷に浸る間もなく博孝達は動き始める。武治の遺体をそのままにしておくわけにもいかず、また、武治の妻への対応も残されていた。


「伍長の妻に関してはこちらでも掴んでいる……が、伍長への報復として狙われる危険性があるのならば、保護が必要だろうな」


 武治の話を聞く限り、武治は妻子の命を盾にされて『天治会』に協力していたと思われる。当の武治が死んだ以上は安全かもしれないが、無事に過ごせるという保証もない。

 そのため砂原は武治の妻が住んでいる第二指定都市へ連絡を入れ、当面の間は警戒を強めるべく保護の要請することにした。

 専用の部隊がつくわけではないが、第二指定都市の中でも特に防備が厚い区画で守られることになるため、安全性は増すだろう。


(焼け石に水かもしれんがな……)


 武治の話を聞いた限りでは、どこまで『天治会』の手が伸びているかわからない。即応部隊で保護するわけにもいかないため現地の部隊に任せることになるが、一抹の不安は拭えなかった。


「隊長、紫藤には……」


 少しずつ温かさが失われていく武治の体を丁寧に床に横たえつつ、博孝が尋ねる。衣服の大部分が武治の血で汚れているが、それに構う様子もなかった。それよりも、後輩である紫藤をどうするべきか迷う。


「そうだな……」


 砂原としても返答に困る。紫藤が父親である武治を憎んでいるのは周知の事実だが、その武治が死んでしまったのだ。その上、武治が『天治会』に所属していたのは妻子を守るためという“理由”も聞いている。


「……話さないわけにもいかんだろう。それをどう受け入れるかは本人次第だ」


 長い間『ES能力者』として生きていた砂原は、紫藤と似たような動機で戦う者を何度も見てきた。

 家族、恋人、友人を亡くした怒り、あるいは殺された恨みを原動力とするのは、ある意味で大きな効果がある。“目標”があるからとどんな訓練にも耐え、時には実力以上の力を発揮することもあった。


 だが、その分脆い。復讐を己の根本に置いた者は、その復讐を遂げるとあっさりと死んでしまう。目標がなくなったからと気が抜け、熟練の『ES能力者』でも命を落とすのだ。

 紫藤の場合は自分の関わっていない場所で恨んでいた相手が死んでいるため、下手すると妙な方向へこじれる可能性もある。


 紫藤が第七十二期訓練生の中でもトップクラスの技量を持っているのは、自分達を“見捨てて”『天治会』へ行った父親に対する復讐という目標があったからだ。それだというのに、突然その目標を取り上げられたらどうなるか。


「……いつ、伝えますか?」


 武治の情報が全て信用できるとすれば、近いうちに『天治会』の中でも博孝に執着している者達が動くらしい。それがどれほどの規模になるかわからないが、生半可な戦力ではないだろう。

 それらの問題が発生する前に伝えておくか、それとも後回しにするか。


「早い方が良いだろう。父親への恨みを……“勘違い”を『天治会』に利用される可能性もある」


 武治の名前を出されれば、周囲の静止を振り切って突撃するかもしれない。それならば事前に知らせておいた方が安全だと思われた。


「問題は、どう伝えるか……」


 床に寝かせた亡骸の顔を止血用の布で拭いて清めつつ、沙織が呟く。事実をありのまま話して良いものか、それとも嘘を吐くべきか。

 紫藤が憎んでいた父親は、紫藤とその母の命を握られていたからこそ家族を裏切った。その事実を伝えて、紫藤がどう思うか。


 捕縛したものの抵抗されたため殺したとでも嘘を吐くのも手だろう。それを伝えるのが博孝か砂原ならば、紫藤も落胆こそすれ引き下がるはずだ。振り上げた拳を下ろす先が見つからないだろうが、それこそ矛先を『天治会』に向けても良い。


「紫藤の親父さんは悪くなかった、『天治会』が全て悪い……そんな風に伝えて、あいつは納得しますかね?」

「しないだろうな。例え家族を人質に取られていたとはいえ、『天治会』に入ることを選んだのは伍長自身だ。そもそも、この場にいなかったのでは到底信じられまい」


 博孝や砂原が説明しても、紫藤はそれを信じない可能性もある。紫藤のことを慰めようと博孝達が嘘を吐いていると思うだろう。もしも逆の立場だったとしても、そう思うに違いない。

 そんな会話をしつつ、砂原は斉藤にボディバッグを持ってくるよう指示を出す。いくら床に寝かせたとはいえ、武治の遺体をこのまま置いておくわけにもいかない。


 そしてすぐさま駆け付けた斉藤が武治の遺体をボディバッグに収納しているのを手伝いつつ、博孝は先ほどから気になっていたことを『通話』で砂原に尋ねた。


『それで……隊長は岡島少尉のことを疑っているんですか?』


 今回の作戦に関しては説明しつつ、武治との会話には里香を立ち会わせていない。即応部隊の指揮を代行させるにしても、腑に落ちない采配だった。空戦部隊は斉藤に、陸戦部隊は間宮に任せていれば問題にはならないのだ。

 そう考えた博孝が尋ねると、砂原は僅かに目を細めながら努めて冷静に言う。


『部下を疑いたくはない……が、もしも俺が敵ならば俺か岡島を狙うからな。作戦の立案に大きく関わる立場上、押さえておけば有利だ』


 しかし、と砂原は言葉をつなげる。


『紫藤伍長から情報が漏れる可能性を考慮すれば、何かしらの手を打つと思ったのだがな……伍長との“賭け”に負けただけなのか、それとも漏れても問題がない情報だったのか……俺が警戒しすぎているだけなのかもしれん』


 砂原としては、武治を捕まえに行くと聞けば何か動きがあるかもしれない、という程度の考えだった。その情報を里香に漏らしておけば、何かしら妨害が入るだろう、と。

 だが、何もなかった。武治は命を落としたが、情報自体は得ることができている。砂原達が得ても問題がない情報だったのか、武治があれほどまでに粘って情報を伝えたことが想定外だったのか。それは砂原にも博孝にもわからない。


 砂原の考えを聞いた博孝は、胸中に渦巻く不快感を押し殺しながら軽口を叩く。


『隊長が敵に操られていたら最悪ですね……勝てる気がしませんよ』

『それはない……と、思いたいのだがな』


 博孝の軽口に対し、砂原は思案げに答えた。『天治会』の何者かの手によって操られた『ES能力者』がいる以上、己もそうではないと断言することは不可能である。砂原としては何者かに操られているという自覚はないが、そもそも自覚できるものかもわからない。


(伍長は河原崎の能力……『活性化』が鍵になると言っていた。だが……)


 砂原は博孝の教官として、『活性化』に関してよく知っている。能力としては自他の『ES能力者』の能力の向上――身体能力や『構成力』だけに留まらず、ES能力の制御能力も向上させることができる独自技能だ。

 砂原自身は独自技能を持たないため体感できるわけではないが、発現の際には博孝の体力を消耗して発現している。今でこそ長時間の発現も可能になっているが、発現した当初は五分ももてば良い方だった。


 『活性化』を補助的な能力だと考え、砂原は普通の『ES能力者』を鍛えるようにして博孝を鍛えている。体術を磨き、『構成力』を増やし、ES能力の制御技術を鍛え、実戦さながらの訓練を課すことで経験も積ませてきた。

 あくまで『ES能力者』として必要なことを重点的に鍛え、独自技能保持者として必要なことは二の次である。それでも博孝は自主訓練によって『活性化』に関する技量を高めてきたが、柳に指摘されるまでその“危険性”を砂原は気付くことができなかった。


 ――正確に言えば、気にしなかった。


 博孝に無茶な訓練をしないよう注意はしていたが、『活性化』を使いすぎた場合のデメリットに関して目を向けることができなかった。

 『ES能力者』は限界以上に『構成力』を使用すればそのまま死亡するが、『活性化』の場合は限界を超えても発現することができる。だが、例え体力が尽きようとも発現できるのならば、一体何を代償として発現しているのか。


 砂原はそんな疑問を抱くことすらできなかった。“普段ならば”教え子や部下の変調をすぐに察することができるというのに、その危険性が頭に浮かばなかったのだ。


(『活性化』に関して、外部から何かしらの干渉を受けている?)


 武治のように命を落とすほど強力でなくとも、思考を逸らす程度の影響は受けている可能性がある。それがいつ、どうやって行われたかは謎だが、柳に指摘されるまで気付けなかった以上楽観視はできない。

 博孝に関しては幸いというべきか、柳が稽古をつけたことで限界を超えないよう、それでいて可能な限り長時間『活性化』を発現できるよう鍛えられた。それならば、あとは周囲の者達に“問題”がなければ良い。


『……これからは、何が起きようと不思議ではない。これまで以上に気を引き締めてかかるぞ』

『怖いこと言わないでくださいよ……でも、油断できないっていうのには同感です』


 砂原の言葉に同意する博孝。砂原はそんな博孝の肩を軽く叩き、第二指定都市への連絡と源次郎への報告を兼ねて先に営倉を後にする。

 博孝はそんな砂原を見送ると、武治の遺体をボディバッグに収納し終えた斉藤と共にボディバッグを持ち上げ、移動を開始した。


 博孝などは衣服が血まみれであり、すぐにでも着替える必要があるだろう。ボディバッグを異動した後は、すぐにでも部屋に戻るべきだ。あるいは恭介に連絡を入れて野戦服の上着だけでも持ってきてもらうべきか。

 そんなことを考えていた博孝だが、ボディバッグを持ち上げたままで前を歩く斉藤の足が止まった。地下に造られた営倉を抜けて地上に出てきたが、足を止めたままで小さく舌打ちをする。


「チッ……少尉、お前さん後輩の教育を頑張り過ぎたな……」

「……ええ、どうやらそのようで」


 斉藤の言葉に頷く博孝。そんな二人の視線の先にいたのは、建物の陰に隠れるようにして立つ紫藤だった。

 どうやら博孝達が出てくるのを待っていたらしく、博孝と斉藤が抱えるボディバッグや血まみれの博孝を見て目を丸くしている。


 博孝達が密かに出撃したことに気付いていたのか、それとも帰還してきた姿を見られたのかはわからない。重要なのは、今この場に紫藤がいるということだ。もしかすると、武治の娘として虫の知らせでも感じたのかもしれない。


「……先輩、その……」


 紫藤は博孝達の傍まで近寄ってきたものの、戸惑った様子を見せている。チラチラと視線をボディバッグに向け、物言いたげに何度か口を開閉した。


「……こんなところで何をしている、紫藤上等兵?」


 対する博孝は、知らず声色を硬くして尋ねていた。それと同時に、尋ねるだけ無駄のような気もする。


「隊長達が何も言わずに基地から出ていくのが見えて……気になって……」


 自主訓練の最中、部隊員に何も告げず基地から飛び出していく博孝達に気付いたようだ。砂原に斉藤、博孝に沙織という、即応部隊でも戦闘能力に優れた四人が突如動けば気にもなるだろう。

 武治を運び込むところまで見たのかはわからないが、紫藤の様子を見る限りその可能性は低いと思われた。もしも紫藤が武治を目撃していたのならば、例え砂原に咎められようが営倉に踏み込んだはずだ。


「……あの……せ、先輩……」


 普段の様子はどこにいったのか。紫藤は戸惑いと不安の色を浮かべつつ、博孝にすがるような視線を向けた。それが何を意味するのかわからないが、博孝は大きくため息を吐いた。


「まったく……目端が利くわ、気配を消しながらここまで接近してくるわ。後輩の成長を喜ぶべきか、この場合は嘆くべきか……」


 紫藤にはなるべく早く伝えるつもりだったが、いきなりとあっては心の準備もできない。下手に答えれば紫藤がどう動くかわからないが、それでも武治を看取った身として、理由は不明ながら己の因縁に“巻き込んだ”身として、博孝は答える。


「この人は、お前の親父さんだ」

「っ!」


 淡々と答える博孝と、その言葉を聞いて表情を一変させる紫藤。反射的な行動なのか紫藤は抜き打ちのように発現した『狙撃』をボディバッグ目掛けて放ち――同様に『狙撃』を発現した博孝によって迎撃される。


「沙織」

「ええ」


 博孝相手に射撃戦は不利だと考えたのか、紫藤は地を蹴って一気に接近しようとした。だが、それよりも早く、声を掛けられた沙織が動く。

 紫藤が一歩目を踏み出した瞬間、瞬く間に距離を詰めた沙織が紫藤の懐に潜り込む。そして容易く地面に組み伏せると、動けないよう関節を極めた、


「離して……離してっ!」

「落ち着きなさい。貴女の腕じゃあどう足掻いても抜け出せないわよ」


 地面に引き倒した紫藤の背中に乗りつつ、右腕を捻る沙織がなだめるように言う。紫藤はそれでも抜け出そうともがくが、沙織を相手にして体術で敵うはずもなかった。


「一発だけなら誤射……とは言えないですかね?」

「さぁて……俺は仏さんを運ぶために前を向いてたからな。背後で何が起こったか見てなかった」


 困ったように博孝が問うと、斉藤はとぼけるようにして答える。紫藤が“暴発”したことは見なかったことにすると、その声色が語っている。

 博孝はそんな斉藤に感謝しつつ、ボディバッグを一人で持ち上げて紫藤の元へと歩み寄った。そして丁寧に地面に下ろすと、チャックを開ける。


「一応、確認だけはしておく……お前の親父さん、紫藤武治さんで間違いはないな?」


 そう言われて視線を移した紫藤は、その目を大きく見開いた。ボディバッグに入っていたのは間違いなく、紫藤の父親である武治――その遺体。

 沙織の手で顔は清められているが、首から下は血に塗れている。それほど時間が経っていないからか、血が乾いて変色しているわけでもない。


 ――間違いなく、記憶にある父の顔だった。


「ぐ……ううううううううぅぅっ!」


 名状しがたい感情が駆け巡り、紫藤は獣のような唸り声を上げた。それと同時に背中の沙織を振り落とそうとするが、紫藤の動きに合わせて重心を抑え込む沙織は振りほどけない。

 それならばと射撃系ES能力を発現しようとするものの、発現した瞬間に博孝が破壊するだろう。そう判断するだけの冷静さが紫藤には残っていた。


 博孝に近づけば武治の情報が得られるかもしれないと考えていた紫藤だが、裏返せば紫藤よりも先に博孝の方が武治と接触する可能性が高い。そうなった場合、博孝が武治を取り逃がすかどうか。

 あるいは、紫藤も頭の片隅で“この結末”を予測していたのかもしれない。復讐のためにと腕を磨いてきたが、それを発揮することもなく全てが終わると。自分の関わらない場所で武治が命を落とすかもしれないと。


 沙織の拘束から抜け出そうと足掻いていた紫藤だが、一分もすれば全てを諦めたように脱力する。沙織が関節を固めていた右腕は動かせなかったが、自由だった左手の指を地面に食い込ませながらも紫藤は小さな声で尋ねた。


「……どうして、この人がここに?」

「基地の周囲でわざと『構成力』を漏らしてこちら側に位置を知らせてきたから、捕まえた」


 声に涙が滲んでいるわけではなかったが、感情が抜け落ちている。そんな紫藤に返答する博孝も、意識して声から感情を消した。


「どうしてわたしに――」

「『天治会』の罠である可能性もあったからだ。だから例え罠だろうとそれを食い破れる面子で確保に向かった。そこに私情は挟めねえよ」


 何故自分を呼んでくれなかったのかと尋ねようとした紫藤に対して、博孝は切って捨てるように言う。紫藤は確かに優れた技量を持つが、それはあくまで陸戦部隊員として、若手としてだ。博孝や沙織のように規格外な存在ではない。


「いくらこの人の娘だろうと、力が足りないから声をかけなかった……それだけだ」


 武治を前にしてどう動くかわからなかったというのもあるが、それ以上に紫藤の技量では罠だった場合に力が足りない。そうなると紫藤を庇いながら戦う羽目になった可能性もあるため、この点に関しては博孝も言葉を飾ろうとしなかった。

 そんな博孝の言葉に、紫藤は顔を上げる。悔しさによるものか怒りによるものか、噛み締めた唇からは血が溢れ出しているがそれに構うこともない。


「それ、でも……それでも! わたしはっ!」


 長年憎んできた相手の死を前にして、紫藤は何かしらの言葉を吐こうとした。しかし、その言葉が出てこない。

 あまりの突然さに思考が追い付かないのか、武治への深い憎しみがそうさせるのか。


 ――ボディバッグに包まれた武治が、どこか満足そうな顔をしているからか。


 紫藤は呻くような声を漏らし、そんな紫藤の様子を見た博孝は表情を変える。困ったように、申し訳なさそうに、頭を掻きながら紫藤の傍に座り込んだ。


「俺から言えることはあまりないけど……すまない、お前の親父さんを助けられなかった」


 そう言って、博孝は頭を下げる。


 例え理由があろうとも武治は『天治会』の人間であり、これまで悪事に手を貸してきた人間だ。それでも、最期は己の命と引き換えに『天治会』の情報を伝えに来た。

 もしも武治を捕縛しなければ、武治も生きていたかもしれない。あるいは、情報を聞き出そうとしなければ何者かに殺されることもなかったかもしれない。


「……助ける? でも、この人は……」

「たしかに『天治会』に所属していたけど、理由があった。紫藤、今のお前に言っても信じられないだろうけど、お前の親父さんは自ら進んで『天治会』に入ったわけじゃない。子供と妻を……お前とお前のお袋さんを守るために入ったんだ」


 博孝がそう言うと、紫藤の表情が僅かに変わった。それは驚きの表情であり――数秒と経たずに憤怒へと変わる。


「嘘だっ! この人が……お父さんがそんな理由でわたし達を裏切ったのなら、どうして何も言わなかったの!?」

「……言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだよ。“人質”に接触させたら逃がす可能性もあったし、言えないように手を打たれていた」


 営倉の中で何が起きたかは、まだ話せない。紫藤の心情を思うと、武治が『天治会』に家族だけでなく自身の命まで握られていたことを話したいが、どこに耳目があるかわからないのだ。

 博孝は紫藤を押さえ込んでいる沙織に視線を向けると、その意を汲んだ沙織が紫藤を解放する。紫藤は暴れることはなかったが、ゆっくりと身を起こしながら博孝を睨み付けた。


「それなら……どうしてお父さんは死んだの?」


 そう尋ねる紫藤の声は、眼差しとは裏腹に迷子になった幼子のようだ。少しずつ自身の父親の死を実感しているのか、声色からは険が取れつつある。


「すまん、それはまだ話せない。でもすぐに教えられるように……いや、下手すると紫藤も知ることになるかもしれない」


 武治が言うところの『端末』という存在がどこに、どれだけいるかもわからない。だが、武治の言葉が全て真実ならば『天治会』は近いうちに動く。そうなると、紫藤も自然と武治の死因を知るだろう。

 薄情だとは思いつつも、今のところそれ以上のことは言えない。そのため博孝は紫藤から視線を外すと、ボディバッグのチャックを閉めて斉藤と共に持ち上げる。


「絶対に安全とは言えないけど、お前のお袋さんについては隊長が保護を打診している。第二指定都市の防衛部隊が厳重に保護するだろうから、そっちはある程度安心してくれ。だから、あとは……」


 これからかけようとした言葉を口の中で転がし、博孝は僅かに逡巡した。紫藤はボディバッグに包まれて運ばれる武治に視線を向けており、博孝の言葉がきちんと届いているかわからない。

 それでも紫藤の先輩として、そしてある意味で武治が死ぬ原因となった“引き金”を引いた身として、博孝は言う。


「親父さんの全てを許せなんて言わない。恨みたいなら俺を恨んでくれていい。ただ、お前の親父さんが死ぬ間際に願ったのはお前の幸福だけだった……それだけは信じてくれ」


 でなければ、武治も報われない。そうつなげようとした博孝だが、さすがにそれは言いすぎだろうと口を閉ざし、代わりに沙織へと『通話』を飛ばす。


『沙織、悪いけど紫藤についていてくれるか?』

『わかったわ。馬鹿な真似をしようとしたら力尽くで止めるから』


 沙織に紫藤のことを頼み、博孝は斉藤と共に歩き出す。それを見た紫藤は遠ざかる博孝達に対して右手を伸ばしたが、すぐに力を失ったように下ろされた。

 『構成力』は感じず、ただ無意識のうちに手を伸ばしていたのだろう。そんな紫藤に背を向けて歩き、十分に離れたところで斉藤が口を開く。


「恨みたいなら俺を恨めねぇ……少尉、お前ならきちんと弁えてるだろうが、今回の件は隊長の命令に従って動いたんだ。お前を恨めってのは筋違いだぜ?」

「わかってますよ。でも、アイツの悩みは訓練生時代から聞いてましたからね。隊長よりも矛を向けやすいでしょう?」


 軍隊においては、命令した者こそが責任を負う。武治に関しては砂原が捕縛を命令し、その後の尋問に関しても砂原が主導した。武治は命を落としたが、そのことで恨みを向けられるとすれば砂原だろうと斉藤は言う。

 博孝も筋としては正しいと思うが、紫藤の先輩として気を回したかったのだ。『天治会』の注目を浴びている身としては、なおさらに。


「まあ、その辺りは俺と隊長も気を付けとく。まずはこの仏さんに関して報告をまとめないとな」

「あとは葬儀の申請も必要ですね……最近、人死にが身近になりすぎている気がしますよ」


 そう言って力なく笑う博孝。訓練校を卒業してもう少しで一年になるが、ここ一年で大場が生徒を守って命を落とし、『天治会』との戦いで部隊の仲間が命を落とし、後輩の父親まで命を落とした。

 命のやり取りが職務に含まれている以上仕方がないとも思うが、慣れたくはないとも思う。


「紫藤伍長が何を話したか、俺は詳しく聞いてないからな。あとでしっかりと聞かせてもらうぞ?」

「了解です。岡島少尉にも話をしなきゃいけませんしね。隊長も長谷川中将や“上”に報告してるでしょうけど、遠からず厄介な事態が起きそうですよ」


 武治の話を思い出しつつ、それだけを話す。武治の話が本当ならば、もうすぐ『天治会』が動きを見せるらしい。それがいつのことになるかわからないが、これまで以上に気を引き締めてかかる必要があるだろう。


 『天治会』の何者が相手だろうと負けないよう、自身をよりいっそう鍛え上げる。

 そう決意した博孝だが、その決意はすぐに無駄となった。武治が命を落とした翌朝、即応部隊の基地全体に緊急事態を知らせる警報音が響き渡ったのである。


 それは平時であれば決して鳴らされることがない、基地だけではなく近隣の街すべてにも発令される最上級の警報音だ。


 不安を駆り立てるような甲高い警報音が夜明けの空に鳴り響き、就寝していた者も即座に飛び起きる。そして、続いて響いた部隊内の放送により、隊長である砂原から手短に警報音が鳴った“原因”を知らされることとなった。


 ――日本海及び太平洋に大規模の『ES寄生体』、『ES寄生進化体』の出現を検知。各部隊はこれを撃滅すべし。


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