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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百三十三話:不協和音 その1

 沙織と付き合い始めた博孝ではあるが、それまでと大きく何かが変わったわけではない。自分自身の立場はよく理解しており、想いが通じ合ったからといって色事にうつつを抜かす博孝ではなかった。

 ただし、まったく変化がないというわけではない。ふとした拍子に博孝と沙織の視線が絡み合い、穏やかに微笑み、幸せそうな気配を漂わせてしまう。

 それは本当にふとした拍子に行われ、即応部隊の面々も博孝と沙織の関係が変化したことを疑わせるに足るものだった。しかし、『前からこんな感じだっただろう』と言う者、『いやいや確かに変わった』と言う者に分かれており、部隊内では半信半疑の向きがあった。


 周囲から見れば、博孝と沙織の距離は元々近かった。雰囲気が多少変わったところで、二人の関係に変化はないと思われたのである。


 ――そもそも、即応部隊に入る前から付き合っていたのではないか?


 そんな疑問があったため、特に触れられることもなく受け入れられる。二人の関係性を噂したのではなく、噂に関係性が追い付いただけだ。それ故に、意外と言われることもなく、騒がれることもなかった。


「近接戦ばかりに拘るなよ! 折角『飛刃』があるんだからもっと手数を増やせ!」

「ええ! 死なないようにしなさいよ!」


 そんなことを叫び合い、訓練と呼ぶには過激なぶつかり合いをしているのも原因の一つかもしれない。博孝と沙織は完全に公私の区別がついており、訓練の最中には『本当に付き合っているのか?』と聞きたくなるほどの激しさで戦っている。

 だからこそ、部隊長である砂原も何も言わなかった。もしも風紀を乱すような真似をすれば、それを口実に小隊の人員配置を変えるぐらいはしたかもしれない。だが、今のところは良い影響しかなかった。


 ――悪い影響は、“見えないところ”にあるのかもしれないが。


「……ん?」


 沙織とデートをした翌日、今日も元気に訓練を行っていた博孝だが、訓練用の空域傍に見知った姿があることに気付いて眉を寄せる。


 視線の先にいたのは、第三空戦小隊に続いて休暇を取っている第二空戦小隊――福井だった。コンクリートで護岸整備された波止場に座り、どこか虚ろな様子で釣り糸を垂らしている。

 休暇ということで海釣りをしているのだろうが、それにしては様子がおかしかった。それを見た博孝は、心中でため息を吐く。


「……俺はちょっとここを離れる。三人で訓練を続けてくれ」


 沙織達にそう告げると、博孝は福井のもとへと向かう。そしてゆっくりと地面に着地すると、その背中に声をかけた。


「何か釣れますか?」

「……ああ……河原崎少尉か……ボウズだよ……」


 福井は突然下りてきた博孝に驚くこともなく、呟くようにして答える。その視線は相変わらず海に向けられているが、魚が釣れることを期待して集中しているようには見えなかった。


「海釣りは楽しそうですが、やるならもっと静かなところが良いんじゃないですか? 訓練空域の傍ですし、魚も逃げるでしょう?」


 そう言って博孝が空を見上げてみると、頭上からは時折衝突音が聞こえてくる。視線を向けて見ると沙織がみらい、恭介のコンビとぶつかり合っており、派手に『構成力』の光を散らしていた。


「良いんだよ……どうも、俺には釣りの才能はないみたいでねぇ……場所が良くても釣れないさ」

「そうですか……」


 背を向けたままで振り向きもしない福井に、博孝は何と声をかけたものか迷う。『天治会』との戦い以来、福井は常にこんな状態だ。訓練中はもう少し覇気があるのだが、訓練が終われば気が抜けたように虚ろな表情を見せる。

 砂原や斉藤が気にかけて様々な声をかけ、時には物理的に殴り飛ばしてもいるが、反応は芳しくない。福井が何故こうなったかは知っているが、解決するには福井自身が納得する必要があるのだろう。


 もしもこのまま立ち直れなければ、福井は遠くない未来に異動することになる。『天治会』と戦うという即応部隊の性質上、戦えない者――戦うことを迷う者では、無駄に命を散らすだけだ。

 福井を異動させる代わりに空戦部隊員を得ることも可能だろうが、ここ一年ほどで部隊に馴染んだ福井が異動するのは痛手である。


「釣りに関しては、“天才”じゃなかったみたいですね」

「…………」


 少しばかり『天才』という単語を強調して言うと、福井の肩が僅かに震えた。それでも福井は振り向かず、博孝は言葉を続ける。


「最近は調子が悪いみたいですが、どうしました?」


 理由を理解していて、敢えて尋ねた。まるで、もう全ては過ぎたことだと言わんばかりの様子で、純粋な疑問を滲ませて。


「……それは、本気で聞いているのかい?」


 福井の握る釣竿が、僅かに揺れる。それは魚がかかったわけではなく、福井の腕が震えているからだろう。


「本気ですよ。折角の休暇なので、これを機に気分転換をしてくれると“部隊の仲間としても”助かります」

「っ……河原崎少尉、君は……」


 今度は振り返った福井だが、すぐにその視線は逸らされた。その反応を見た博孝は、思わずため息を吐いてしまう。


「はぁ……まだ立ち直れませんか?」


 この前の戦闘から、既に三週間が経過している。その間に砂原や斉藤だけでなく、博孝も何度も声をかけてきた。他にも周囲の仲間達が声をかけてみたが、その効果は芳しくない。


 福井は博孝から視線を逸らすと、視線を海へと投じた。『天治会』と戦った時とは異なり、天気は悪くない。あと数日もしない内に春一番が吹き、徐々に温かくなっていくだろう。

 博孝は福井よりも年下だが、階級も役職も上である。加えて言えば、これまでに重ねてきた経験も上だろう。


「君にはわからないだろうさ。天才だと思っていた自分がまったく役に立たず、あの斉藤さんでさえ一個の戦力にしかならなかったあの戦場……小隊の仲間は一人が死んで、一人は長期離脱……己の無力さを味わった……落ち込みもするさ」


 だからこそ、そんな福井の発言に博孝は頷けない。福井を励ますのならば同情の言葉なりかけるべきだろうが、博孝としては納得できない部分があった。


「で……落ち込んで、それだけですか?」


 仲間が死ぬ。それは博孝としても恐ろしく、福井の落ち込みぶりを理解できる要素だ。しかし、だからといって腑抜けたままでいる理由にはならない。

 そんな博孝に対し、福井は理解できない生き物でも見るような目で見た。


「河原崎少尉……君は、自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「言葉を返しますよ、福井軍曹……あなたは、自分が何を言っているかわかっていますか?」


 死者を悼み続ける福井と、“その先”に目を向ける博孝。

 福井からすれば容易く死者への念を置き去りにすることが薄情に思え、博孝からすれば死者への哀悼で足を止め続ける福井が信じられない。


 たしかに、福井の気持ちもわかる。同じ小隊の仲間が命を落とせば、博孝も膝を折りたくなるだろう。

 同じ小隊に所属する沙織や恭介、みらい。彼ら、あるいは彼女らが命を落とせば、立ち直れると断言できる自信がない。

 涙も流すだろう。悲しみに暮れ、嗚咽も漏らすだろう。世の全てを儚み、絶望に沈むだろう。


 ――だからこそ、博孝は“この場”で足踏みをすることができない。


 実際に小隊の仲間を失ったのは福井だ。しかし、それは小隊長でもある斉藤とて同様である。斉藤からすれば彼らは仲間であり部下であり、守るべき後輩だった。

 福井と斉藤の違いがあるとすれば、自身の立場と仲間の死に対する“慣れ”だろう。初めて小隊の仲間を失った福井と、過去に何度も経験した斉藤。その差は比較できないほどに大きい。


「……斉藤中尉は、すぐに立ち直って部下の訓練に励んでいます。それが何故だかわかりますか?」

「斉藤さんは強い。だから、すぐに立ち直れるんだ……」

「ああ……たしかに強いですよね」


 自分とは違う、といわんばかりの福井の態度に博孝は頷く。だが、すぐに首を横に振った。


「“同じ立場”の斉藤中尉が話をしても立ち直れない……福井さんと比べりゃ強いでしょうよ」


 博孝の声に含まれていたのは、事実を指摘するだけの無機質なもの。しかし、福井からすれば自分のことを笑われたように感じてしまった。


「それはっ!」


 釣竿を握り締め、博孝に殺気すら滲んだ視線を向ける福井。だが、博孝は福井の殺気を軽く受け流す。


「まあ、俺も他人のことはとやかく言えませんよ。今回は助かったものの、部下が一人死に掛けました。それだけでも怖い。心が折れそうになる」

「……そんな風には見えないけどね」


 視線を合わせないまま、何でもないことのように博孝は言った。その様子は静かであり、福井は不機嫌そうに舌打ちする。


「見せないようにしているだけですよ。でなきゃ、この忙しい時期に休暇だからって暢気に外出したりはしない……無事な仲間達の姿を見て、安心したかったんです」


 沙織への告白という私用も混ざっていたが、“日常”を確認することで己の立ち位置を見詰め直しもした。

 弱ければ己自身だけでなく、仲間も命を落とす。だからこそ、そうさせてはなるものかと足掻くのだ。


「そうですね……それじゃあ一つ話をしましょうか。これは機密が絡むので詳細は話せませんが、何かの参考になれば嬉しいです」


 そう言って、博孝は視線を遠くに向ける。思い起こすのは約三年前の出来事だ。


「あれは、俺が訓練生の頃の話です……訓練校に入って一年経つかどうかって時に任務がありましてね」


 福井も同じように任務を行ったはずだ。そう尋ねると、福井は頷く。


「入校して半年経てば初任務。その後は大体三ヶ月ごとに任務がある……さすがに忘れてないさ」

「そうですか……で、その時に『天治会』の『ES能力者』に襲われましてね。任務の付き添いとして陸戦部隊の一個小隊が近くにいたんですが、“色々”とあって敵の自爆に巻き込まれまして」

「……は?」


 昨日天気は晴れだった、というような気軽さで話す博孝だが、福井は間の抜けた声を漏らしてしまう。訓練生時代に行う任務というのは、あくまで訓練生用に割り振られた難易度のものでしかない。

 運が悪ければ『ES寄生体』と遭遇することもあるが、それも稀である。だというのに、博孝は『天治会』の『ES能力者』に襲われたと簡単に言ってのけた。


「陸戦部隊の人達は意識を失って倒れてまして……その時は仲間を守るだけで限界が近くて、何とか『盾』を張って陸戦部隊の人達も守ろうとしたんですが、無理でしてね。結果として死人が出てしまいました」


 自分自身の無力をはっきりと痛感したのは、アレが最初だろう。敵に操られたと思わしき陸戦部隊員を助けることができず、命を取りこぼしてしまった。


 無論、今の博孝ならばともかく、当時の博孝にはどう足掻いても無理なことである。ES能力を使えるようになって半年程度、『活性化』の扱いも未熟極まりない時期に部下を連れたハリドに襲われ、自爆を許してしまった。

 さらにはその直後にラプターに襲われ、沙織共々半死半生の状態まで追い込まれたのだが、現在の話題には関係が薄いため簡単に触れるだけに留める。


「自爆を食らった後に追加で敵の襲撃があって、俺や沙織は死にかけて病院に運ばれたんですが、目が覚めて顛末を聞いた時は『もっと自分が強ければ守れたはず』……そう思いましたよ」


 あの時の無力感は、博孝の中に深く根付いている。沙織と共に強くなろうと誓ったのも、味方の死と手痛い敗北があったからだ。


「縁の薄い人を守り切れなかっただけでも、後悔するんです。同じ小隊の仲間が死んだ福井さんのことを完全に理解できるわけでもありません……が、俺は二度と繰り返さないと、強くなりたいと思いましたね」


 だからこそ、立ち止まってはいられない。立ち止まりたくなる気持ちもわかるが、足踏みを続ければ将来救えたであろう人を救えなくなるかもしれないのだ。

 それは無辜の人々かもしれないし、同じ部隊の仲間かもしれない、あるいは長年共に歩んできた大切な仲間かもしれないし――最愛の人かもしれない。


「斉藤中尉が強いって言ってましたが、そりゃそうでしょう。俺もそれなりに色々な経験を積んできたと思いますが、斉藤中尉ぐらいになると仲間の死だって何回も経験しているはずです。だから福井さんのことも立ち直らせようとしてるんじゃないですか?」


 砂原や斉藤クラスの『ES能力者』になれば、味方の死は何度も経験している。それならば、味方の死を悼むことはあっても立ち止まることはないはずだ。

 福井は博孝の話を黙って聞いていたが、やがて大きく息を吐いてから視線を釣り糸の先へと向ける。


「一つ聞きたいんだが……今のって、俺を励ますための作り話だよな? いくらなんでも訓練校に入って一年ぐらいの奴がそんな殺し合いをするなんて……」

「あ、俺は初任務で『ES寄生体』にも遭遇しましたよ。その時も死に掛けました。いやー、里香を庇ったものの腕が吹き飛びかけて困りましたよ。それ以降も割と頻繁に死に掛けましたね。最近は入院も少なくなって大助かりです」

「いくらなんでも殺伐としすぎじゃないかね!? よく死なずに済んだな!?」


 ハッハッハ、と笑い飛ばす博孝とツッコミを入れる福井。信じられないことだが、それほどの苦境を乗り越えてきたのならば、訓練校の卒業と同時に少尉任官というのも頷ける話だった。


「ちなみに初めて敵の『ES能力者』を殺めたのは訓練校に入って二年目です。我ながら殺伐としてますね」

「さらっととんでもないことを言ってるぞ!? さすがにそれは嘘だろ!?」

「え? 一応、敵性『ES能力者』の最年少撃破記録を持ってますよ? 表彰もされましたし」


 そう言って不思議そうな顔をする博孝だが、福井は大声を出したせいで荒く息を吐いてしまう。そしてしばらく悩んだ様子で頭を抱えていたが、やがて深々とため息を吐いた。


「……君の話を聞いていると、落ち込んでいる俺が馬鹿に思えてくる……」

「違います、そこは“正常”だって思わないと。自分で言うのもなんですが、割とひどいことを言っていると思いますし……いつまでも悩んでないで行動に移せなんて、悩んでる本人じゃないからこそ言える台詞ですよね」


 博孝は福井の隣に腰かけると、頭上で訓練を行っている沙織達を見上げる。


「あとは沙織からきついことを言われたみたいですが……」

「さっさと動け。それが無理なら邪魔にならないよう隅の方で膝を抱えていろ……そんな感じだったかな……」

「助けが欲しかった身としては、援護できませんね。おかげで荒れ狂う海に逃げ込む羽目になりましたし」

「ぐっ……あ、あの時は心が折れてたんだ! 助けに行く余裕なんてなかったんだよ!」


 福井には、博孝の救援に向かわなかったという点で負い目があった。しかし、博孝はそれを笑い飛ばす。


「でも、それは正解だったかもしれませんよ? 救援に来てくれたら有り難かったですが、敵の独自技能保持者と沙織の一騎打ちに巻き込まれてたかもしれませんし……長谷川中将閣下が間に合わなかったら、死んでいた可能性もありますしね」


 そう言ってから、博孝は笑みの種類を変える。


「それで、“あの時は”心が折れていたっていうのなら、今はどうなんです?」

「……半々ってところかな……さすがに三週間も経てば少しは持ち直すさ」


 からかうように、それでいて真剣さを滲ませて尋ねる博孝に、福井は視線を逸らしながら答えた。必要なのは切っ掛けであり、それさえあれば立ち直れるぐらいに回復していたらしい。

 完全に元の調子に戻るのは難しいかもしれないが、それでも最初に声をかけた時よりは覇気が戻った顔つきになっている。


「いや、少しでも気が晴れたのなら良かったです。さすがにそろそろ立ち直ってもらわないと、福井さんが別の部隊に飛ばされそうだったんで」

「俺ってそんなに危ない立場だったのか!?」

「そんなことにも気付かないから、こうやって後輩に世話を焼かれるんですよ?」


 そう言って互いに笑い、博孝は立ち上がった。本来は訓練中であり、すぐに戻らなければならない。


「それじゃあ俺は訓練に戻ります。食える魚を釣ってくださいね? んで、後でバーベキューでもしましょうよ」

「魚でバーベキュー……美味しそうだけど、この付近って全然釣れないんだよな……」


 最後にそんな言葉を交わし、博孝は『飛行』を発現して浮き上がる。福井はそんな博孝から視線を逸らしつつ、ぽつりと呟いた。


「……助けに行くことすらできなくて、すまなかった」

「良いんですよ……何だかんだで生きているわけですし。それでは福井軍曹、良い休暇を」


 完全に吹っ切ったわけではないが、少しは前を向けるだろう。それを感じ取った博孝は、軽口を叩いてから沙織達の元へと戻る。後は明日以降の様子を見て、斉藤や砂原が“判断”を下すはずだ。

 福井は沙織達のもとへと戻る博孝の姿を見送り、どこか呆れたような声色で呟く。


「同じ天才かと思ったけど、河原崎少尉はどっちかいうと天災の類だったのか……いくらなんでも事件に巻き込まれ過ぎだろ……」


 しかし、それならばあの若さで高い技量を得ていることも頷ける。福井は後輩に追い抜かれている現状を思い、歯を噛み締めた。


「……このまま退くのは、嫌だな」


 仲間を助けられなかったこともそうだが、何よりも自分自身を許せない。納得ができない。

 今このタイミングで即応部隊からの異動を希望すれば、砂原も止めないかもしれない。だが、それは“逃げ”だと福井は思った。


「あー……こういう時は体を動かしたいなぁ……」


 休むよう厳命されているため、自主訓練もできない。それがもどかしく、今は無性に体を動かしたい気分だ。


 ――亡くした仲間の分まで強くなろう。


 そう決意しつつ、福井は釣竿を振るうのだった。








 そして三日後、博孝は思わぬ人物からの思わぬ提案に、首を傾げることとなった。


「はぁ……デート、ですか?」

「そう。駄目かしら?」


 デートをしてくれないか。そう言い出したのは希美であり、それを聞いた博孝は真っ当な意見として首を横に振る。


「噂になってたぐらいできちんと説明しない俺も悪いですけど、俺、沙織と付き合ってますんで……さすがに付き合い出して一週間も経たない内に他の女性とデートって、どんだけ軽薄なのかなぁ、と思う次第でして」

「うん、それはわたしもわかってる……でも、告白する前に振られちゃったけど、せめて何か思い出が欲しいと思ってね……駄目かしら?」


 そう言って、希美は上目遣いをしながら尋ねた。博孝としては海水浴をした時に希美の気持ちをある程度聞いていたため断り辛いが、さすがに首を縦に振るわけにはいかない。


「はは……沙織が許可したらいいですよ?」


 沙織ならば許可は出さないだろう。そう思って冗談のように言う博孝だが、希美は数度瞬きをしてから微笑む。


「長谷川さんに頼んだら、オッケーだって言ってたわよ。近くの街に行って、買い物をしたりするぐらいならって……あ、でも服を一緒に買いに行くのは禁止だって言われたわ。なんでかしら……」

「沙織……何やってんの……」


 どうやら事前に確認を取っていたらしい。あとで沙織に聞いてみる必要があるが、希美もすぐにバレる嘘は吐かないだろう。何を思って許可したのかわからないが、何か考えがあるのだと思いたい博孝だった。


「……移動手段がないですし」

「わたし、普通自動車免許なら持ってるから……ペーパードライバーだけどね。取ってすぐに『ES適性検査』に受かったから、乗る暇もなくて」

「あー……」


 切実に訴える希美。それを聞いた博孝は、思わず天井を仰ぎ見てしまう。


「俺が好きなのは沙織です……だから」

「――駄目?」


 断ろうとする博孝の耳に、するりと希美の言葉が滑り込んできた。その声を聞いた博孝は、どうにも抗い難いものを感じて目を瞬かせる。


「……今回、だけですよ?」

「ええ……ありがとう。良い思い出になるわ」


 そう言って、希美は微笑むのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで全然出てこない里香が不穏すぎて鳥肌
[一言] なーんかなー?
[一言] 福井復活かな!? 希美さん絶対なんか企んでるって、天治会のまわしもんやって。たぶん…。
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