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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百二十二話:激突 その9

「あー……ったく、面倒くせぇなぁ。誰か春日の奴を引っ張ってこいよ」


 遠くに見える光景へ視線を投じつつそんなことを呟いたのは、『零戦』の第二空戦中隊を率いる宇喜多である。

 本州の南西――小笠原諸島を僅かに超えた場所に展開する艦船『ゆうぎり』に乗艦し、遠くに見える所属不明艦を眺めながらの発言だった。そんな宇喜多の呟きが聞こえた部下達は揃って苦笑を浮かべ、肩を竦めた。


「あの人は中隊長よりも面倒臭がりですからね。今頃布団をかぶって寝てるんじゃないですか?」

「さぞぐっすりと眠ってそうだなぁ……」


 第三空戦中隊を率いる春日の顔を思い浮かべたのか、周囲の部下達も口々に言葉を放つ。それを聞いた宇喜多は鼻を鳴らして笑うと、遠くに展開する軍艦の群れを注視した。

 日本海側で所属不明艦が出没するようになってそれなりに時間が経っているが、今では太平洋側にも姿を見せるようになった。それも徐々に数を増やしており、遠からず軍事的な衝突が起きると判断され、宇喜多の中隊が増援として派遣されたのである。


 藤堂が率いる第一空戦中隊は日本海側を、宇喜多が率いる第二空戦中隊は太平洋側を、そして春日が率いる第三空戦中隊は本土に散って防衛を行っていた。

 無論の事だが、日本各地には『ES能力者』と対ES戦闘部隊、更には一般兵力が駐屯する基地が点在しており、防衛体制が整っている。しかしながら今回は敵の動きが大規模であり、『零戦』のメンバーも防備が薄い場所を飛び回っているのだ。

 宇喜多が率いる一個中隊――その中でも直卒する一個小隊以外は分隊単位で太平洋側を飛び回っており、味方の補佐を行っている。


「春日が出てくればなぁ……俺の場合、砲弾とかミサイルとか飛んできても殴って落とすぐらいしかできねぇぞ」

「大丈夫ですよ中隊長。そんなのは部隊の全員がわかってますから」

「敵船ならいいですけど、味方の船を破壊しないならそれでいいです」


 『防御型』として随一の技量を持つ春日ならばともかく、宇喜多は防衛に向いているわけではない。それでも指揮能力は春日よりも高く、前線向きのため派遣されたのだ。

 しかし部下から返ってくる言葉は辛辣なものばかりで、宇喜多はこめかみに青筋を立てる。それぞれが事実のため反論も難しいが、それはそれで腹が立つのだ。


「テメェら……後で覚えてろよ」


 訓練で徹底的に扱いてやろう。そう決意した宇喜多は溜飲を下げると、遠くに見える豆粒よりも小さい軍船の群れへと視線を移した。


「それで、だ……向こうに“変なの”がいるよな」

「ええ……どうやら我々の動きに合わせて陣形を変えているみたいですね。ずいぶんと“良く見える目”を持っているようで」


 宇喜多が部下に確認を取ると、同意の声が返ってくる。宇喜多達が休憩を兼ねて『ゆうぎり』に着艦するなり、遠くに見える敵船の動きが変化した。

 まるで宇喜多達をこの場から逃がさないと言わんばかりに攻撃の気配を見せ、『ゆうぎり』も迎撃の構えを取ると距離を離す。それでいて『ゆうぎり』が退こうとすると距離を詰めてくるため、宇喜多達はこの場から離れられないでいた。

 敵船に『ES能力者』が乗っている確証はないが、軍船同士で戦うにしては間合いの取り方がおかしい。距離が離れているため宇喜多達の『探知』でも『構成力』を感じ取ることができず、『ゆうぎり』から離れて良いか判断がつかなかった。


「信じられないですが、向こうの『探知』の範囲がこちらよりも上なんでしょう。あるいはそういった能力があるのかもしれませんね」


 部下からの言葉を聞き、宇喜多は小さく頷く。『ES能力者』の視力と『ゆうぎり』のレーダーを照らし合わせた結果、彼我の距離は最低でも十五キロメートルは離れている。天候は晴天であり、目視による誤差も大きくはない。

 宇喜多の『探知』可能な範囲は十キロメートルに届かないが、相手の動き方を見る限り自分達の『構成力』を察知されているのだろう。それだけも厄介なのだが、宇喜多の『擬態』も見破られているような気がした。


「『ゆうぎり』に着艦した俺達を逃がさないようにしている……なんて考えるのは早計かね?」

「そうなると中隊長の『擬態』がバレているのが不思議ですね。近くにいる我々でさえ、中隊長の『構成力』は並程度にしか感じないんですが」


 宇喜多は莫大な『構成力』を持っており、それを隠すために三級特殊技能の『擬態』を使っている。『擬態』がなければ『構成力』の量だけで宇喜多個人を特定されるためだが、『探知』で見抜かれるほど精度が低い技能ではない。


「中隊長って『天治会』に知り合いがいますか? 『擬態』を使ってても見抜けるぐらい中隊長の『構成力』を知っている奴がいるとか」

「テロリストの知り合いなんていねえよ……いや、待てよ? 過去に交戦したことがある奴が向こうにいるのか?」


 宇喜多ほどの『ES能力者』ならば、『ES世界大戦』で交戦した敵の数だけでも数えきれない。その全てを倒せたはずもなく、宇喜多の『構成力』に覚えがある敵がいてもおかしくはないだろう。


「それだと『擬態』で見抜けなくなるのでは?」

「そうなんだよなぁ……自分で言うのもなんだが、あの頃は『構成力』を全開にして暴れてたからなぁ……」


 過去に交戦したことがある敵ならば、宇喜多の膨大な『構成力』に気を取られるだろう。『擬態』で『構成力』を抑えている以上、宇喜多を認識できるとは思えない。


「……単純な話で、望遠鏡か何かで顔を確認しているのでは?」

「そっちの方がありえるか……まあ、向こうが警戒して動かない分には構わねえ。『ゆうぎり』の艦長に話を通して、周囲の戦力と連携しようや」


 相手は領海を侵しておらず、あくまで日本の軍船と対峙しているだけだ。遠くを見れば何隻もの所属不明艦が集まっており、近隣の敵戦力をこの場に釘付けにしているとも言える。

 宇喜多は『ゆうぎり』の艦長と通信を行うと、周囲の戦力と連携するよう提案した。艦長も同じように考えていたらしく快諾されたが、戦力が整うまでは宇喜多達もこの場から離れるわけにはいかない。


「敵がいるから面倒なことになるんだ。ここは一つ、全力で殴って敵船を真っ二つにして敵をビビらせよう。そうすりゃ勝手に退くだろ?」


 良いことを思い付いた、と言わんばかりの笑顔で部下に話を振る宇喜多。しかし、部下達から返ってきたのは冷たい視線と言葉である。


「やめてください。中隊長ならそれも可能でしょうけど、向こうはこっちを挑発しているだけですから。それに乗って先制攻撃を仕掛けたらどうなると思ってるんです?」

「というか、敵が退く以前に『ゆうぎり』の『ES能力者』達がドン引きしてますよ?」


 また無茶を言い出したぞ、という雰囲気を滲ませながら宥める部下達。宇喜多が周囲を見回してみれば、『ゆうぎり』に乗船している陸戦の者達が即座に視線を逸らす。


「冗談だよ……あーあ、こんなことになるなら日本海側に行けば良かったな」


 現状のような膠着状態は宇喜多が嫌うことだ。しかしながら戦いが起きないのならば負傷者も出ず、治療に追われることもない。『支援型』の『ES能力者』であり、なおかつ部下を率いる身としては冗談で済むならば有り難い話だった。


「そういえば、即応部隊には中隊長のお気に入りの子がいましたよね? ほら、可愛らしい小さな女の子。見た目が小学生ぐらいで人形みたいな……」

「誤解を招くようなことを言うなよ!?」


 部下の言葉に目を剥いて怒鳴る宇喜多。その言い方では、宇喜多に良からぬ趣味でもあるように聞こえてしまうだろう。

 これは教育が必要だ――そう考えた宇喜多だが、実行に移すよりも先に通信が入った。通信相手は宇喜多が率いる第二空戦中隊の内、他の部隊の元へ向かわせた分隊の分隊長だ。

 定時連絡かと思った宇喜多だが、その内容を聞いて僅かに表情を変える。それまで軽い雰囲気だった部下達は宇喜多の僅かな変化を敏感に察すると、雰囲気を真剣なものに変えて姿勢を正した。


『……そうか、了解した。合流した部隊と連携して迎撃しろ。指揮は一任する』


 手短に通信を終えると、宇喜多は部下達へ視線を移す。そこには静かに指示を待つ部下の姿があり、いつもこうならば楽なのだが、と思いつつ口を開いた。


「北に向かわせた第六分隊が警戒網を突破しようとした敵戦力……『アンノウン』との交戦を開始した。報告によれば、真正面から突っ込んできたそうだ。警戒を強めるぞ」


 部下に対してそんな指示を出しつつ、『ゆうぎり』の艦長とも情報を共有する。すると『ゆうぎり』側には他の艦船からの通信が入っていたらしく、他の場所でも戦闘が始まったと伝えられた。


「動きましたね」

「だな……ったく、大人しくしてりゃあいいものを」


 他の場所で戦闘が始まったからといって、近くにいる敵船へ襲い掛かるわけにはいかない。相手の所属国は相変わらず不明であり、複数の国が絡んでいた場合は宇喜多達の方から先制攻撃を行ったことになる可能性もある。

 挑発するように領海の外縁部を行き来する船の全てが『天治会』に所属しているのならば、話は簡単だ。名目上、『天治会』に所属する人員はどの国にも属していないことになっている。例え撃滅しても文句を言われる筋合いはない。


 しかし、『天治会』に混じって他国の軍船が混じっている節がある。『天治会』に協力していると見做して撃沈しても良いが、それが原因で難癖をつけられるのは勘弁だった。

 普通に考えれば『天治会』と共に行動している以上、『天治会』に属していると判断して良いだろう。だが、『作戦の一環でその場にいたのだ』と強弁し、賠償を求める国が出てくる可能性が高い。

 そのような難癖は跳ね除けてしまえばいいのだが、今回の騒動にどれだけの国が絡んでいるかわからない。そのため、可能な限り正当性を得ておく必要があった。


「……あん?」


 そこでふと、宇喜多は奇妙な感覚を覚えた。ほんの僅かだが、空間が震えるような衝撃を感じ取る。その衝撃は現在位置から北北西から伝わっており、宇喜多はその方角へ視線を向けながら部下へと問いかける。


「おい……“今の”感じたか?」

「……? 何の話です?」


 突然の問いかけに対し、部下達は首を傾げた。それを見た宇喜多は奇妙な感覚を覚えた方向を指差す。


「この方角から妙な……『構成力』か? いや、違和感? とにかく“異常”を感じ取らなかったか?」


 改めて問いかけるが、部下達の反応は変わらない。互いに目配せを交わし、宇喜多の言う異常を感じ取ったか確認し合う。


「いえ、何も感じませんでしたが?」

「そうか……俺の勘違いか?」


 自分以外感じ取ってない。それ故に宇喜多は勘違いで済ませようとしたが、どうにも腑に落ちない。過去に似たような感覚を覚えた気がするのだが――。


「いや、待て……さっきの感覚は……」


 敵が動き出したが、まだまだ距離がある。そのため宇喜多は自分が感じ取った感覚に対する違和感を優先した。


 感覚としては『ES能力者』による自爆に近いが、そのような情報は入ってきていない。一応は『支援型』に分類される宇喜多だけが感じ取れたのかもしれないが、部下達も一流揃いだ。『探知』を用いない感知能力に大きな差があるわけではない。

 宇喜多は思考を巡らせ、自身の記憶を探る。過去に似たような感覚を覚えたことがあると、本能が訴えかけてくる。


 砂原や藤堂とは異なり、宇喜多は理論などよりも感覚を優先するタイプだ。勘も鋭く、違和感を覚えたのならば“何か”が引っ掛かっているということである。


「過去に交戦した敵……いや、もっと身近……自爆じゃねえ……」


 ぶつぶつと呟きながら思考を整理する宇喜多。そんな宇喜多を見た部下達は『何かあったのだろう』と判断し、その思考を妨げないよう当面の問題である敵船の対処に気を割く。

 『零戦』のメンバーとして幾多の戦いを潜り抜けてきた彼らは、宇喜多の指示がなくともその場その場で最適の行動を取るのだ。宇喜多もそれがわかっているからこそ、自身の思考に埋没する。


 そして一分ほど過去の記憶を手繰り、宇喜多は該当する記憶を探り当てた。


「こいつは“隊長殿”の『構成力』か? いや、少し似てるだけで違う?」


 宇喜多の脳裏に浮かんだのは、『武神』と呼ばれる源次郎の顔だった。過去に何度か全力で戦う姿を見たことがあるが、その時に発する『構成力』に似ている。


「本土で何かあったのか、それとも別口か……」


 源次郎の『構成力』に似ているが、あくまで似ているだけだ。もしかすると源次郎本人かもしれないが、宇喜多の勘は別人だと告げている。

 そこまで思い至った宇喜多は、携帯電話を操作して日本ES戦闘部隊監督部へと発信する。そんな突然の行動にも部下達は動じず、『ゆうぎり』の『ES能力者』達と連携して迎撃態勢を整えていく。


『こちら『零戦』所属、第二空戦中隊長の宇喜多空戦大尉! 長谷川中将閣下につないでくれ! 最優先でだ!』


 通信がつながるなり、怒鳴るように告げる。だが、返ってきたのは困惑する通信手の声だった。


『う、宇喜多大尉ですか? 中将閣下は現在不在でして……』

『何? それなら誰が指揮を執ってるんだ?』

『山本元帥閣下です』


 通信手の返答に、宇喜多は数秒間言葉を失う。するとその沈黙をどう取ったのか、通信手は困惑に焦りを混ぜながら声をかけてきた。


『つい先ほど、突然指揮権を元帥閣下に委ねられまして。現在は元帥閣下が――』


 そこまで言った時、通信先が俄かに騒がしくなる。宇喜多は何事かと思ったが、その答えはすぐにわかった。


『総指揮を執っている山本だ。宇喜多大尉かね?』

『……はっ、宇喜多空戦大尉であります』


 通信相手が山本に変わったらしく、宇喜多は背筋を正す。相手は“上”の中でも親『ES能力者』の筆頭にして、源次郎とも親交が厚い山本だ。

 名目上は日本ES戦闘部隊監督部も防衛省の指揮下にあるが、元帥である山本が出てくるとなれば余程の大事なのだろう。源次郎がいないのは痛手だが、現場と『ES能力者』に関して理解のある山本が指揮を執っているのならば心強い。


『ふむ……用件は“先ほどの一件”についてかね?』

『っ……何か御存知なのですか?』


 詳細を伏せるためなのか、山本は曖昧な言葉を使って確認してくる。それを宇喜多が肯定すると、山本は通信越しに小さくため息を吐いた。


『こちらも詳しいことはわからん……が、長谷川中将は突然指揮権を渡すなり出撃してな。柳君と春日大尉からも君と同じ内容の通信がきた。それに、日本海と日本海沿岸部に展開している部隊からも報告が上がってきている』


 どうやら山本も詳しい事情は知らないらしい。柳と春日、そしていくつかの部隊から報告が届いているそうだが、宇喜多が求める情報は得られそうになかった。


『中将閣下が出撃した……ですって?』

『うむ……』


 しかしながら、源次郎が突然出撃したというのは気にかかる。そのため確認を取るように尋ねると、山本は重々しい声色で肯定した。


(一体何が起きたんだ?)


 そんな疑問が浮かぶものの、宇喜多は部下から向けられたハンドサインに気が付いて思考を打ち切った。部下に向けられたハンドサインは、『敵戦力が接近中』である。


『……状況はわかりませんが、中将閣下が出たのならば大抵のことは片付くでしょう。こちらも敵が接近中ですので、これで……』

『わかった。武運を祈るよ、大尉』


 叶うならばもっと情報を集めたかったが、敵は待ってくれない。宇喜多は山本との通信を切断すると、『ゆうぎり』へと向かってくる敵を迎え撃つために飛び立つのだった。








 空間が弾けた。そうとしか表現できない事態を前に博孝ができたのは、衝撃に備えて防御を固めることだけである。

 恭介ほど防御に自信があるわけではないが、それでも可能な限り防御を固めなければならない。そう直感した博孝は全力で『活性化』を発現し、『防壁』と『防殻』の強度を一気に引き上げる。


 そんな博孝に迫るのは、静かな湖面に石を投げ込んだように波打つ空間。違いがあるとすれば、全方位に激しく、津波のように空間が波打っていることだろう。

 その現象は博孝が回避を選択できないほど高速に空中を伝播し――博孝の『防壁』と接触した瞬間、刹那の間もかけずに破壊する。


 『万能型』の『ES能力者』である博孝は、防御は苦手な能力ではない。さすがに一流の『防御型』には敵わないが、『活性化』を発現していれば並の『防御型』に勝る頑丈さを発揮する。

 しかし、そんな博孝の防御がまるで紙のように粉々にされた。空間の爆発が『防壁』に接触したと博孝が認識した時には、既に『防壁』が破壊されていたほどだ。


「なっ!?」


 博孝は悲鳴とも驚愕とも判別できない小さな声を上げつつ、衝撃に飲み込まれた。『防壁』が破壊された以上、残った防御手段は『防殻』と『活性化』、そして己の肉体の頑丈さだけだ。

 だが、空間を伝播する衝撃は勢いをそのままに博孝の『防殻』を破壊していく。その瞬間、博孝は己の死を覚悟した。いくら『活性化』を発現しているとはいえ、『防壁』と『防殻』を超えるほどの頑丈さはない。


 それでも、せめてもの抵抗として両腕を交差し、頭部と首、心臓を防御する。即死さえしなければ生き残れる可能性があり、運が良ければこの場に戻ってくるであろう沙織に救助してもらえるかもしれない。

 少しでも衝撃を逃がすべく『飛行』を切断し、奥歯を噛み締め、衝撃に備え――。


「う、おおおおおおおおぉっ!?」


 思わず、博孝の口から声が漏れた。波打つ空間に触れた瞬間、博孝の体が大きく吹き飛ばされたからだ。

 視界が目まぐるしく回転し、雲海を突き抜け、雷雨が降りしきる海上へと叩き落とされる。爆発の衝撃はどれほどの威力だったのか、砲弾のように一直線に吹き飛び、そのまま海面へと叩きつけられた。


 そのあまりの衝撃に、博孝の体は海中に没することなく跳ね上がり、水切りのように何度も海面をバウンドする。博孝は全身に衝撃と激痛を感じつつも『飛行』を発現して姿勢を制御し、海に沈む前に空中へと逃れた。


「いつつ……思ったよりも無事……か?」


 海面から十キロメートル程度の高度から叩きつけられたが、『活性化』を発現していたからか大きな影響はない。ただし、爆発の衝撃は相当大きかったのか、左腕と右足から鋭い痛みが走ってくる。


(衝撃で折れた……いや、潰れたか)


 左腕と右足に力が入らず、無理矢理力を入れようとすると激痛が走る。単純に骨が折れたのではなく、衝撃に耐えられず“破裂”したようだ。防御が薄かった胴体からも痛みが伝わり、内臓や肋骨に異常が発生しているのがわかる。

 防御を抜かれたのか、額や頬からも血が流れてボロボロの野戦服を紅く濡らしていく。それでも、生きているのならば問題はないと博孝は判断した。『療手』で軽く止血をしつつも『探知』を発現し、上空へと視線を向ける。


「みらい!」


 接近してくる『構成力』を感じ取ったのだが、それはどうやらみらいのものだったらしい。みらいは意識を失っているのか、頭を下にして海面へと落下してきた。

 博孝は即座にみらいのもとへと移動し、無事だった右腕で抱き留める。その衝撃で全身に激痛が走ったが、それは努めて無視した。


「しっかりしろ! おい、みらい!」


 抱き締めたままで声をかけるが、みらいからの反応はない。目を閉じたままで脱力し、揺らされるがままに揺れるその姿はまるで人形のようだ。


「くそ、『いなづま』に連絡を……っ!?」


 先程の衝撃で骨伝導マイクが破壊されていたため、博孝は携帯電話を取り出そうとする。だが、それを遮るように高速で迫る『構成力』を感じ取ったため、慌てて回避機動を取った。

 飛来したのは赤い光弾であり、博孝が回避したことで海面へと着弾。すると轟音と共に海面が弾け飛び、博孝を飛沫が濡らす。


「……しつこい奴は嫌われるぞ?」


 雨で黒いドレスが濡れるのにも構わず追ってきたベールクトに対し、博孝は焦燥を隠した声をかけた。それを聞いたベールクトは艶然と微笑み、両手を打ち合わせる。


「あら、わたしは積極的なだけですわよ? でも、お兄様に嫌われるだなんて心が張り裂けそうですわ」


 そう言いつつ、ベールクトは少しずつ距離を詰めていく。それを見た博孝は心中で舌打ちすると、自身にどれだけの戦闘能力が残っているかを確認した。


 全身ボロボロで、まともに動くのは右腕と左足程度。これまでの戦闘で消耗した『構成力』は七割を超え、『活性化』を多用した影響で全身が鉛のように重い。

 右腕でみらいを抱えているため体術は困難で、ES能力も万全に振るうことができず、逃げるとしても飛行速度はベールクトの方が上だ。発現した『盾』の上にみらいを下ろせば少しは戦えるだろうが、意識を失っているみらいを放置すればベールクトがどう出るか。


 どうしたものか、と博孝は打開策を考える。味方は気を失ったみらいだけであり、現状では足手まといでしかない。どんなに急いでいようと沙織が戻ってくるまで時間がかかり、沙織が援軍を連れてくる保証もない。

 それらの悪条件に加え、博孝は自分自身の現在位置が不明だった。先ほど吹き飛ばされた影響で方角がわからなくなっており、方位磁針などの器具も持ち合わせていない。付近に友軍が存在すれば良いのだが、悪天候の影響で通信がつながりにくいのだ。

 『探知』に引っかかる『構成力』はベールクトのみ。フェンサーは距離を取っているのか、博孝の『探知』には反応しない。また、『通話』で救援を求めようとしたが、応える声はなかった。


(せめて太陽が出ていれば……)


 さり気なく視線を動かしてみるが、分厚い雨雲は太陽の位置も隠してしまう。こうなると、撤退するとしても勘に頼るしかないだろう。だが、撤退する方向によっては更なる危機に陥る可能性もあった。

 もしも逃げた先が北方向だった場合、所属不明艦が航行する海域に出てしまう。そうなれば確実に“詰み”だ。


(逃げ切れる可能性が一番高いのは……)


 博孝はベールクトとの間合いを測りつつ、意識だけを眼下へと向けた。眼下では海面が激しく波打っており、平時では見られないほどの荒れ模様である。海中に逃げ込めばその視界の悪さを利用できるが、海棲の『ES寄生体』と遭遇する危険性もあった。


「お兄様、そろそろ観念なさって? いくらお兄様でもきちんとした手当てをしなければ危険だわ」


 間合いを測る博孝を見詰め、ベールクトは心配そうな声色でそう言う。その声と表情は博孝を案じるものであり、“敵”であるベールクトからそのような言葉をかけられたことに博孝は苦笑を浮かべた。


「それならこの場から逃がしてほしいね。まだ戦えるけど、さすがに少し疲れちまったよ」


 本当は少しどころではないが、虚勢を張ってそう答える。しかしながらベールクトがそれで逃がすわけもなく、警告するように赤い光弾を発現した。


「それは駄目です。お兄様……それと、ついでにお姉様も連れていくわ」


 ベールクトは油断なく博孝を牽制する。博孝はそれに応えるように態勢を整え――発現していた『探知』が『構成力』を捉えた。


(上空……これはフェンサーか? フェンサーまで加わったら逃げるどころじゃ……)


 フェンサーも先ほどの爆発に巻き込まれていたのか、今になって戻ってきたようだ。しかし、すぐに接近してくることもなく上空で小刻みに動いている。


(……なんだ?)


 そして、博孝はフェンサーの“動き方”に引っかかりを覚えた。フェンサーは細かく上下に動き、その後に一定の方向へと移動している。まるで戦闘機動のようだが、『構成力』がぶつかり合っている気配はない。


(これは……何かのサイン?)


 『通話』で言葉をかけてくるわけでもなく、フェンサーは五回ほど奇妙な動きを繰り返した。それが何を意味しているのかわからないが、ベールクトはフェンサーの動きに気付いていないのか、何も反応をしていない。


(指示した方向に逃げろってことか?)


 ベールクトは攻撃一辺倒であり、支援系のES能力を得手としているようには見えない。そんな状況で博孝の『探知』可能な範囲に留まり、一定の動作を繰り返すフェンサーの意図。それを推察した博孝は即座に決断する。

 フェンサーは敵だが、何かしらの“事情”があるように思えた。これまでに見たことがある『天治会』のメンバーで言えば、紫藤の父親と似たような雰囲気を覚える。


「ふふっ……これでお兄様と一緒になれるわ。さて、お兄様……あら?」

「っ!」


 ベールクトは博孝の様子から何かを感じ取ったのか、小さく首を傾げた。それを見た博孝は『砲撃』を発現し、眼下の海面へと叩き込む。

 手加減もせずに撃ち込んだ『砲撃』は海面を貫き、爆発と共に大量の海水を撒き散らす。それによって博孝とベールクトの間に水の壁が立ち昇り、ただでさえ悪かった視界がさらに悪化した。


 ベールクトから逃げ切り、沙織と合流し、『いなづま』に帰還する。最低でも、先程まで戦闘を行っていた空域に戻ってくるであろう沙織と合流する。

 そう決意した博孝は担いでいたみらいを強く抱き締めると、荒れ狂う海中へと身を投じるのだった。


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