第二百十五話:激突 その2
周りをいくら見渡しても海ばかりであり、『ES能力者』の視力でも陸地を発見することはできない。それと同時に所属不明艦や敵性『ES能力者』の姿も見当たらず、博孝は心中で小さく息を吐いた。
『いなづま』を飛び立って既に一時間。何の異常もなく索敵と警戒は続き、『いなづま』を離艦する時に感じていた緊迫感はだいぶ薄れている。かといって警戒心を途切れさせるわけにはいかず、博孝は『探知』によって四方三キロの『構成力』を確認しながら飛んでいた。
『まったく、天気が良いのが幸いだな……』
雲が少ない青空を視界に収めながらそんなことを呟く博孝の横顔には、小型のマイクがついている。それは常に飛び回るということで用意された骨伝導マイクだ。耳にはイヤホンが刺さっており、飛びながらでも会話をすることが可能である。
巡航速度とはいえそれなりに高速で飛んでいるため、会話をするには余程近づくか『通話』を使うしかない。あるいは携帯電話を使えば良いのだが、今回の任務ではある程度の危険があると最初からわかっている。
そのため、手を塞がずに使える骨伝導マイクを利用しているのだ。『通話』でも良いのだが、博孝は『飛行』と『防殻』、『探知』を併用して発現している。『通話』は消耗する『構成力』が少ないが長丁場になる可能性が高いため、代用できるならば他の物を使うべきだ。
『でも海面の照り返しが厄介っすね。この速度で飛んでる以上問題はないと思うっすけど、海中に敵がいたら反応が遅れそうっす』
博孝と並んで空を飛ぶ恭介が苦笑しながら答える。『探知』を発現できる博孝と、防御が硬い恭介が先頭で並んで飛び、沙織とみらいはその斜め後ろについて飛んでいた。
長時間飛び回るということで、沙織もみらいも長い髪が邪魔にならないようまとめている。沙織は博孝からもらったリボンで留め、みらいはヘアゴムで簡単にまとめていた。
『妙な気配もないし、今のところ順調ね』
『……ひま』
いくら警戒を行いながらとはいえ、みらいにとっては退屈なようだ。長時間の『飛行』でも疲れが見えないのは助かるが、やる気が低下するのは困る。
『みらい』
博孝は特に咎めないが、静かに名前を呼んだ。すると、みらいはすぐにその意図を読み取る。
『ごめんなさい。おしごとだいじ』
少しばかりしゅんとした様子のみらいだが、反省の色が見られたため博孝もこれ以上は言わない。僅かに頬を緩め、警戒を続けながらも言葉を交わすことにする。
『ま、『いなづま』からの指示に従って飛び回るだけだしな。たまに小島があったりするぐらいで景色に大きな変化はないし、仕方ない』
博孝でさえ辟易とするぐらいだ。真っ直ぐな感情を持つみらいにすれば、退屈過ぎるのだろう。景色を楽しむにしても、雲の流れを見るぐらいしかない。
『こちら『いなづま』の岡島陸戦少尉です。何も異常はありませんか?』
そうやって話していると、里香からの通信があった。『いなづま』とは定期的に通信を行っており、既に三度目の通信である。鈴木達が傍にいるからか、里香は他所向けの口調だった。
『こちら河原崎。相変わらず異常なし』
『了解しました。あと五分も飛べば『さみだれ』の担当区域に入るので、西に折り返してください』
『了解、五分後に折り返して飛ぶ。他の小隊は?』
手を使う必要がないのは楽だな、などと思いつつ博孝は尋ねた。もしも携帯電話を落とした場合、海まで一直線である。着水するまでに拾えると思うが、万が一取り逃せば回収は難しいだろう。
『第一、第二空戦小隊も異常なしです。他の区域では『いかづち』の空戦小隊が所属不明艦と接近しましたが、すぐに距離を離されました』
『何がしたいんだか……折り返したら速度を落として飛んでみるか?』
『そうですね……余裕があるなら速度を落として警戒を密にしてください』
『了解した。通信終了』
『いなづま』との通信を終えると、博孝はハンドサインを出してから小隊を停止させる。
『里香は何か言ってた?』
周辺の警戒を行いつつ隊形を組み換えると、沙織がそんなことを聞いてきた。博孝は先ほどよりも速度を落として飛ぶことを宣言すると、小隊を率いて飛び始める。
『隊長のところも斉藤中尉のところも異常なしだとさ。とりあえずゆっくりと飛んでみるって伝えたらオッケーが出た』
『これで二往復目っすからね。ゆっくり飛んだ方が見落としがなくていいっす』
『警戒線が何重にもあるから、見落す方が逆に難しいと思いたいな……まあ、油断なくいこうか』
領海のギリギリのラインでは哨戒機や他の部隊の空戦が飛び回り、その後ろでも空戦が網を張っている。護衛艦も多く投入されているため、警戒線の構築は盤石だ。
博孝が率いる第三空戦小隊は『いなづま』を中心として東へと飛び、他の部隊の進出地点まで到着したら西に折り返して『いなづま』へと戻る。『いなづま』は領海のラインに向けてゆっくりと進んでいるため、博孝達は往復する度にジグザグに進んでいくことになる。
砂原が率いる第一空戦小隊は『いなづま』から見て正面を飛び回って警戒し、斉藤が率いる第二空戦小隊は博孝達とは反対側――西に飛んでから東に戻るコースを何度も往復している。
『うーむ……これから何日にも続くとしたら、集中力がもたないかもなぁ』
『飛びながらだと訓練もロクにできないっすからね。同じことの繰り返しだと、さすがに飽きるっすよ』
『それなら折角だし、『探知』と『通話』の練習をしてくれよ。複数で『探知』を使えば見落しもなくなるだろ』
沙織も恭介もみらいも、支援系のES能力はほとんど習得していない。しかし、沙織などは『ES能力者』の中でも鋭敏な感覚を持っているため、『探知』がなくともある程度の距離までなら『構成力』を感じ取ることができる。
恭介やみらいもこれまでの経験により、“何かがいる”という空気は感じ取ることができた。そこまでくれば、『探知』の習得も楽だろうと博孝は思う。『通話』に関しては自分以外の誰かが使えればと思っていたため、博孝は割と本気で提案した。
『携帯電話に頼ってたら、通信妨害を食らって話せないなんてこともありそうっすね……覚えられるなら覚えたいっすよ』
『訓練すれば覚えられるって』
興味を示したのは恭介だけであり、沙織とみらいはそっと視線を外す。どうにも支援系のES能力は覚えきれないのだ。本来ならば『万能型』であるみらいに覚えてほしいと博孝は思ったが、みらいはそもそも能力のバランスが悪い。
攻撃力が突出しているが、防御もそれなりに硬く、汎用技能レベルならばほとんどが高出力だ。『射撃』も使うことができる――が、みらいの戦い方は沙織以上に接近戦一辺倒だ。
博孝が『万能型』として各技能を満遍なく習得しているため、沙織達は自分に合った能力を伸ばしている。小隊で見れば攻撃に偏っており、一番疎かになっているのは支援系の技能だろう。
これは重大な課題だな、と博孝は心の中でメモを取る。前々から気にしていたことだが、さすがにもう一人ぐらいは支援系ES能力を身に着けてほしい。
(前は里香がいたから楽だったんだけどなぁ……)
今更ながら里香の有難味を実感し、博孝は内心だけでため息を吐く。訓練生時代ならば、博孝が『万能型』、沙織が『攻撃型』、恭介が『防御型』、里香が『支援型』とバランスが良かった。
里香の代わりにみらいが加わったが、みらいは完全に戦闘向きである。持ち前の莫大な『構成力』を使った治療は強力だが、“支援”は苦手だ。
(その分、小隊の戦闘力が上がったと思えば良いんだけど……)
小隊の指揮と索敵、さらには『通話』による意思疎通と博孝の負担は大きい。恭介が前向きに習得しようとしているが、当面は全てを博孝が行う必要がある。
『天治会』と戦うための戦闘力は身についてきているが、その他の部分が足りないのは問題だろう。
現状でも大きな問題はない。しかし、今回の任務のように警戒と索敵が重視されると、博孝一人でカバーするのは辛いものがある。『構成力』は問題ないが、精神的な疲労が大きいのだ。
(里香が『飛行』を使えれば……いや、里香は俺よりも色んな方面で頑張ってるし、それは高望みが過ぎるな)
頭に浮かんだ考えを振り払い、博孝は意識を集中する。恭介に『探知』と『通話』に関するアドバイスをしつつも、任務を続行するのだった。
『いなづま』の指揮下に入り、海上での警戒と捜索を開始して十日が経った。毎日一日の四分の三――十八時間ほど海上を飛び回る生活が続いた。
六時間ごとに持ち場を交代し、担当の警戒区域を『飛行』で飛び回る。空戦四個小隊の内一個小隊は『いなづま』で六時間の休息を取り、他の三個小隊は警戒区域を何度も往復する。
任務の当初こそ警戒心や緊張感が強かったが、さすがに毎日同じことを繰り返していれば“慣れ”が出てきてしまう。それを察した砂原と里香がその都度注意の声をかけ、博孝と斉藤も部下に言い聞かせるが、さすがに限界というものがある。
そしてその日、空戦第三小隊の面々は『いなづま』の艦内にある食堂で六人掛けのテーブルに座り、早めの朝食を取っていた。時刻は午前五時であり、あと一時間もすれば再び空へ上がることとなる。
「はぁ……いつまでこれが続くんすかねぇ……」
「うん……」
恭介が憂鬱そうなため息を吐き、みらいもそれに続く。第三空戦小隊の中では恭介とみらいの士気の低下が著しく、博孝は何かある度にそれを宥めていた。
一日の大半を警戒に当て、空を延々と飛び続けるのである。『いなづま』に帰還した際も風呂に入り、短時間の睡眠を取り、食事を取ったら再び出撃だ。体力的には大丈夫だが、精神的な疲労が大きい。
砂原や鈴木は士気の低下が著しいことに留意しており、里香と共に新しい警戒方法を確立できないか模索中だ。しかし効果的な方策がすぐに見つかるわけもなく、当面は現状を維持する必要がある。
「だらしないわよ、二人とも。常に『探知』を使いながら飛んでいる博孝の方がきついんだし、我慢しなさいよ」
「うっ……すまねえっす」
「……ごめんなさい」
沙織がお茶を飲みながら釘を刺すと、恭介とみらいは揃って頭を下げた。
博孝としては予想外なことに、沙織は愚痴の一つも零さない。昔は敵と戦うことを優先し、敵が現れれば率先して戦っていた。現在でも戦いを好む性格は変わっていないが、任務に対して忠実に当たることができるようになっている。
「あー、別に良いよ。俺だって今の状況には少し辟易としてたしなぁ……特に今日は大変そうだ」
食後のお茶を飲んでいた博孝は恭介とみらいに軽く手を振ってから、視線を天井に移す。近くに窓がないため目視することはできないが、今日は朝方から荒天だった。
陸地で生活していれば中々お目にかかれないような大雨と強風が吹き荒れており、これからそんな荒天の中に飛び込むと思えば愚痴の一つも言いたくなる。
「雨と風を防ぐために『防壁』を展開しながら飛ばないとな……みらいの分は恭介が『防護』を張ってくれ」
「了解……と言いたいところっすけど、さすがにずっとは厳しいっすね」
いくら『ES能力者』が頑丈と云えど、長時間風雨に晒されながら飛び続けるのは危険だろう。風邪は引かないだろうが、体力を余計に消耗してしまう。ついでに言えば、落雷への対策としても『防壁』や『防護』は必須だ。
身を守るだけならば『防殻』でも良いが、一分と経たずに服がずぶ濡れになるだろう。
「さっき外の様子を見てきたけど、酷い雨だったわ。『防壁』の維持が難しいなら合羽でも着て飛ぶ?」
「かっぱー?」
そう言いつつ料理を食べ終えた皿を頭に乗せるみらいだが、行儀が悪いということで沙織がすぐに止めさせる。みらいが想像したのは合羽ではなく河童なのだろう。
「そうするか……いや、もしも戦闘があった場合は邪魔だな。それに、雨雲の“上”も警戒しないといけないし……」
海上では強烈な風雨が発生しているが、雨雲を目隠しにして高高度を移動する敵がいるかもしれない。あるいは雨雲の中を移動してくる可能性もあり、今回は海上から雨雲に突入。雨雲を抜ければしばらく飛行し、その後は再び海上へ戻ってくる必要がある。
それを何度も繰り返し、少しでも警戒網に穴が開かないようにしなければならない。
「雨雲を抜けたら『防壁』と『防護』を解除。雨雲と海上にいる時だけ維持っすか……それでもきついっすね」
「これも良い訓練になるだろ? 『ES寄生体』はともかく、敵の『ES能力者』が出てきたら対処しなきゃいけない。今日は海上の視界も悪いし、気を抜けないぞ」
この十日間でも天気が荒れることはあったが、今回ほどの荒天は初めてだ。『ES寄生体』程度ならば後ろに通しても『いなづま』の戦力がいくらでも料理するが、さすがに『ES能力者』を通すのはまずい。
今日は今まで以上に集中して任務に当たる必要があるだろう。
「里香に聞いた話だと、敵が動くなら今日だそうだ。この悪天候でこちらの警戒網が緩むしな……」
いくら『ES能力者』でも、大雨が降る中で遠くまで見通すことはできない。相手が『探知』に引っかかれば発見は容易だが、『天治会』が出てくるならば『アンノウン』が出てくる可能性が高い。
鈴木の傍で補佐に努める里香からも、今日は特に注意するよう言われていた。ここまで天気が崩れているのだから自分ならば好機として捉える、と。
問題は敵がどう動くかだが、こればかりは地道に索敵を行うしかない。荒天の影響で哨戒機の出撃も難しいため、『ES能力者』による警戒網が頼りだった。
「こちらの戦力が限られている以上、仕方がないわ。わたし達は自分にできることをやりましょう」
沙織がそう締め括り、博孝は自分の言いたいことを取られて苦笑する。
「沙織の言う通りだ。大変だとは思うけど、今日も頑張っていこう」
博孝は小隊長としてそんな声をかけた。あとは準備を整え、次に休息を取る『いなづま』所属の空戦小隊が到着したら出発である。
現状がいつまで続くかわからないが、砂原や里香、鈴木が何かしらの方策を打つだろう。博孝も色々と案を考えているため、話がまとまれば陳情しようと思った。
部隊員の疲労が溜まり過ぎるようならば、一度交代の部隊を要請して陸地に戻るのもアリだろう。いくら『天治会』が絡んでいる可能性が高いと“上”が判断していても、その程度の融通は利く。
「やれやれ……食事が美味しいのが救いっすよ。でも、たまにはもっと気楽に食事をしたいっすね」
「結局免許を取るための勉強も中断してるし……休日に出かけて、街でのんびりしたくなるな。訓練もしたいけど、さすがに休暇が必要だろ」
そんな雑談をしつつ、博孝達は甲板に移動する。そして交代の人員が到着するなり『飛行』を発現し、激しい風雨の中飛び立つのだった。
(さすがに士気が低下しているな)
砂原は部下を率いて雨雲を突破しつつ、そんなことを考える。後方に続く部下達は文句の一つも言わないが、少ない休憩で十日間飛び回るのは精神的にも疲れてしまう。
何か変化があれば気分も変わるのだろうが、領海周辺を行き来する所属不明艦に大きな動きはない。ロシアや中国から出港した軍艦が集まりつつあるため、迂闊な行動はできないのだろう。
それでも時折威嚇をするように『ES能力者』が周辺を飛行するため、状況は膠着の一途を辿るばかりだ。現状では所属不明艦よりも他国の軍艦の方が数が多いため、そちらにも注意を割く必要がある。
雨雲を突き抜けると、海上と違って晴天だ。遮るものはほとんどなく、眼下に濃い灰色の雲海が広がっている。ところどころに背の高い積乱雲が存在するが、距離が遠く、索敵の範囲から大きく外れていた。
『何回か突入しましたけど、ゴロゴロ鳴ってるから感電しないか不安になりますね……』
『心配するな。落雷程度ならば直撃しても問題はない。むしろ落雷時に発生する衝撃波と熱の方が厄介だな。『防壁』を張っていないと少し辛いぞ』
『少し辛い、で済むんですね……』
部下の“お喋り”に付き合うのも、軽いガス抜きのためだ。普段ならば任務中ということで咎めるのだが、アドバイスも兼ねて雑談に付き合う。
『詳しい原理は知らんが、落雷時には下手すると局所的に三万度近くまで温度が上昇する。そのせいで雷周辺の空気が膨張して衝撃波が発生するからな……『防殻』だけだと辛いぞ。特に衝撃波で発生する音がうるさい』
普通の人間ならば即死する環境だ。地表で落雷を受けても助かる可能性はあるが、積乱雲の中に生身で突入すればさすがの『ES能力者』でも辛いものがある。
『それなら、積乱雲の中を通れば楽に敵のところまで接近できますね』
『それを防ぐための『探知』だ。本来ならば雲を挟んで上下に分かれて警戒したいところだが、人手が足りんからな……やれやれ、広範囲の『探知』を使えるよう、もっと鍛えねばならんか』
砂原がそう言うと、部下達はビクリと体を震わせた。『支援型』や『万能型』ならば『探知』も習得しやすいのだが、『支援型』で空戦が可能な者は少なく、『万能型』は数自体が少ない。
砂原の部下達は『攻撃型』と『防御型』であり、『探知』は苦手だった。そんな部下達の動揺を感じ取り、砂原は苦笑を浮かべる。
『仕方のない奴らめ。だが、『探知』は覚えておいて損はない……っ!』
『隊長?』
砂原の言葉が途切れ、慌てたように進路を変える。部下達はそれに続いたが、砂原は視線を北に向けて眉を寄せた。
『……言っている傍から『探知』に何者かが引っ掛かったぞ。数は四、相手は高速で接近中。所属が不明なため先制攻撃はなしだ。まずは“パスポート”を提示してもらおう』
現在砂原達が飛んでいるのは領海の端だ。あと五キロも飛べば境界を超える。相手の『構成力』は北から接近しているため、他国か所属不明艦の『ES能力者』だろう。
それでも問答無用で叩き潰すわけにはいかないため、砂原は先制攻撃を禁じる。可能性は低いが、他の部隊の者ということも有り得るのだ。
そんなことを考えつつ、砂原は『いなづま』へ通信を行おうとする。しかし、積乱雲の影響があるのか通信状況は非常に悪かった。
『ちっ、つながらんか……伍長、お前は『いなづま』への通信を続けろ』
『了解です』
部下への指示を出し、砂原は相手を待ち構える。しかし、相手の『構成力』が接近してくるにつれ、その『構成力』に覚えがあるように思えた。
その『構成力』は敵の――ラプターのものだ。
『姿を晒して真正面から向かってくる……だと?』
あくまで感覚的なもののため、確証があるわけではない。そもそもこれまで何度かラプターと交戦したが、正面から堂々と向かってくるような相手ではなかった。むしろ暗殺者のように忍び寄り、不意打ちを仕掛けてくるタイプである。
そのため砂原としても勘違いではと思う部分があったが、臨戦態勢を取りながら迎えた相手は紛れもなくラプターだった。その背後には三人の男が追従しているが、『ES能力者』なのか『アンノウン』なのかはわからない。
「久しぶりだな、『穿孔』」
「……お前か、ラプター。一体何のつもりだ?」
互いに距離を取って対峙するが、ラプターは平然とした様子で声をかけてくる。意表を突かれたというのもあるが、何の目的があるのかと疑問に想い、砂原は会話から入ることにした。
「さて……そちらも我々『天治会』がここにいると思って出てきたのだろう? それならば殺し合うのも当然ではないか?」
「冗談も大概にしろ。それならば何故不意を打たなかった?」
もしも積乱雲の中で不意打ちを受ければ、最低でも部下の一人を失う羽目になっていただろう。砂原がこれまでラプターと戦った感触としては、ラプターは奇襲戦でこそ最大の力を発揮する。正面から戦っても手強いが、不意打ちこそが最も脅威だ。
「貴様に不意打ちは通じないと思ってな。こうやって正々堂々、正面から挑みに来たわけだ」
そう言ってラプターは肩を竦める。たしかに砂原は過去にラプターの奇襲を防いだことがあったが、その時とは状況が違うのだ。視界が遮られる積乱雲の中ならば、不意を打てる確率は段違いに高い。
(どういうつもりだ……いや、そもそもこの違和感は……)
砂原は対峙するラプターの一挙一動に注意を払いつつも、胸中に疑問が渦巻くのを感じた。ラプターが不意を打たなかったことに対しても違和感があるが、それ以上に“ラプター本人”に対して違和感を覚える。
過去に何度も対峙したため、ラプターの顔を見間違えることはない。背格好や顔立ちは間違いなくラプターのものだ。しかし、どうにも違和感を拭えない。
「さすがに“貴様達”が邪魔になってきたのでな。ここで一つ、退場願おう」
砂原の逡巡に構わず、ラプターは右手を振り上げる。その動きに合わせて背後の男達は布陣を変え、一斉に襲い掛かるのだった。
同時刻、博孝達は思わぬ事態を前にして移動を中断する羽目になっていた。雨雲を突き抜け、雲海に出たところで敵と遭遇したのである。
相手は最高速度で接近してきたらしく、博孝が『探知』で接近に気付いた時には全てが遅かった。博孝達もそれなりに速度を出して飛んでいたため、急制動をかけながら沙織達に警戒を促すだけで精一杯だったのである。
敵の数は四人。一人は二十代中盤の男性であり、顔立ちは明らかに日本人とは異なる。短いシルバーブロンドの髪に、日本人と比べて彫りの深い顔立ちは精悍だ。野戦服を着ているが、服越しでもその肉体が鍛え抜かれているのが見て取れる。
そんな男の背後には二人の男がいるが、その顔立ちを見た博孝は『アンノウン』だろうと判断した。人形のように無表情な顔は、見慣れて久しい。
そして、もう一人は――。
「おやおや、ベルちゃんじゃねーか。久しぶり、元気にしてた?」
博孝は沙織達よりも前に出ると、笑顔を浮かべてベールクトへと気さくに声をかける。それと同時にさり気なく右手を腰元に当て、『いなづま』に向けて通信を試みた。しかし、通信不良で『いなづま』との連絡が取れない。
「お久しぶりですわ、お兄様。元気に、指折り数えてお兄様と再開する日を待っていましたとも」
博孝が内心で舌打ちしていると、ベールクトは心から嬉しそうな声で答えた。そんなベールクトを見ながら『通話』を発現するが、近くにコンタクトを取れる友軍は存在しない。
「そうかそうか、そいつは嬉しいねえ。どうだ? 折角会ったんだし、ちょっと連行されてくれないか? 優しくエスコートするし、コーヒーの一杯ぐらいは出すからさ」
「お兄様のお誘いとあればついていきたいですし、とても嬉しいですわ。でも、そうもいかないのです」
天候を利用したとはいえ奇策も使わず堂々と、正面から向かってきた。そんなベールクト達に警戒心を一段階引き上げつつ、博孝はベールクトの隣に並ぶ男へ視線を移す。
「それは残念だ……で、そっちのお兄さんはどちらさん? 俺以外に兄貴を捕まえてくるなんてつれないじゃないか。兄ちゃん、嫉妬しちゃうぞ?」
「あら、嫉妬してくださるの? まあまあ、とても嬉しいですわ!」
両頬に手を当て、嬉しそうに身をよじるベールクト。その隙に博孝は『活性化』を併用した『砲撃』でも叩き込んで撤退しようと思ったが、対峙する男が冷静かつ冷徹に視線で牽制してくるため動けなかった。
(こいつはまずいな……)
ベールクトと『アンノウン』三体が相手ならば、まだ対処できる。博孝がベールクトと戦った時はほぼ一対一だったが、今回は第三空戦小隊が全員揃っている。戦力的には優越するだろう。
しかし、対峙する男がその戦力差を引っくり返す。実際に戦ったわけではないが、対峙するだけでもその技量が空気を通して伝わってきた。
「戯れはそこまでにしろ、ベールクト。我々の任務を遂行するぞ」
「まあ、フェンサーったらつれないですわ」
ベールクトにフェンサーと呼ばれた男は、淡々とした口調で言い放つ。それを聞いたベールクトは頬を膨らませたが、異論はないのだろう。博孝とみらいに対して交互に視線を向け、花のように微笑んでみせる。
「お兄様とお姉様……他に“おまけ”がいますが、愉しく殺し合いましょう?」
そんな宣言と共に、ベールクトの体から『火焔』の光が溢れ出す。博孝達は既に臨戦態勢だが、博孝達は驚きから目を見開くことになった。
「やれやれ……これも仕事と割り切るか。『天治会』第四空戦部隊、隊長のフェンサーだ。君達に恨みはないが……」
そう言うなり、フェンサーの体から紫色の光が溢れ出す。その輝きは独自技能によるものだが、博孝達は酷く禍々しい印象を覚えた。
「我らが祖国のためだ――君達には死んでもらおう」
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、評価等をいただきましてありがとうございます。
とうとう感想数が2500件を超えました。皆様からのご感想は作者の糧になっております。驚くやら嬉しいやらでもう何とも言えません。ありがとうございます。
今後もお気軽にご感想やご指摘、評価等をいただけると嬉しく思います。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




