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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百八話:それぞれの休暇 その2

 砂原は『ES能力者』である。外見こそ三十歳に届くかどうかという外見ながら、その倍近い年月を生きてきた。『ES能力者』として過ごした年月は四十年を超えており、様々な苦難を乗り越え、数多の死線を潜り抜けてきた歴戦の猛者だ。

 敵味方問わず『穿孔』とあだ名され、砂原の代名詞とも恐怖の象徴とも言える『収束』は『穿孔』の名前と同様に非常に有名である。その技量と戦功は日本の『ES能力者』の中でも指折りであり、本人が拒否しなければ『零戦』の隊長に選ばれたほどだ。


 そんな砂原ではあるが、プライベートに関しては『穿孔』と呼ばれる身とは思えないほどに平凡だ。妻が一人に娘が一人という、どこにでもあるような家庭を築いている。

 妻とは娘どころか孫と呼んでもおかしくないほどに年齢が離れており、その点だけは“普通”ではないだろう。結婚した際には友人である宇喜多や柳に散々からかわれ、その度に死闘紛いの喧嘩を繰り広げたものだ。

 他の友人には『外見の年齢は釣り合っているのだから』、と慰めにもならない言葉をかけられたが、砂原の妻である美由紀は外見が若く、良くて兄妹、悪くて親子にしか見えなかった。


 無論、だからといって結婚したことを後悔しているわけではない。『ES能力者』と普通の人間が結婚するというのは存外に壁があり、その壁を乗り越え、なおかつ娘まで産んでくれた美由紀には砂原も心からの感謝をしていた。

 生まれた娘――楓は目に入れても痛くない、珠のような存在だ。かつての自分ならば家族のために『零戦』から離れ、比較的休暇を取りやすい教官になるなど考えなかっただろう。そういう点では、砂原に大きな影響を与えた存在である。


 訓練校の教官というのも、存外悪くなかった。手を焼かされる教え子もいたが、『ES能力者』に成り立ての雛鳥を鍛えるのがここまで面白いとは、と感動すら覚えたものだ。

 生徒、教え子、弟子――あるいは我が子のように。日々成長していくその姿は、砂原としても様々な想いを抱いた。


 そして元日の朝、そんな教え子の一人であるみらいが砂原の家にいた。楓と遊ぶために訪れたのだが、小学校に通う楓と外見的に大差がないというのはどうだろうか、とさすがの砂原も思う。

 書類上の年齢では十七歳になったみらいと、まだ十歳にも満たない楓。しかしながらみらいの場合はあくまで書類上の話であり、その精神年齢は楓と大差ないだろう。


 みらいにとっては初めての友人である楓。顔を合わせる機会こそ少ないものの、波長が合ったのか文通によって友情を維持するという幼子らしくない二人。こうやって顔を合わせれば騒々しく騒ぐのかと思ったが、みらいも楓も砂原の予想を軽く外した。

 顔を合わせたみらいと楓は挨拶もそこそこに、手をつないでリビングのソファーに並んで座り、言葉を交わすこともなくテレビを見ている。二人の間で交わされる言葉は非常に少ないが、互いにくつろいだ様子である。


 そんな二人の様子を眺めていた砂原は、幼い女の子二人が遊ぶ場合はこんなものなのか、と首を傾げた。砂原としては女の子の遊びと言えば『おままごと』や『人形遊び』といったものであり、時世に合わせるならばゲームなどだろう、と考えている。

 “父親”としては新兵の域を出ない砂原としては、これが正しいのかと不思議に思う。


(いや、『正しい』とはなんだ……人は千差万別、これで楽しいというのなら、俺から何か言うのはおかしいことだな……)


 キッチン傍に置かれた椅子に座り、コーヒーを飲みながら内心でそんなことを呟く。楓が父親である砂原よりもみらいを優先している節があるのは少しばかり寂しいが、みらいと楓が会える機会は少ない。それに比べれば、最低でも月に一回は会える砂原は後回しなのだろう。


(うむ……そうだな。河原崎妹としても、折角友人と遊べる機会だ。俺から何か言うのも間違っているだろう)


 うんうん、と頷き、自分に言い聞かせる。すると、対面に座っていた美由紀から微笑ましいものを見るような笑顔を向けられていることに気付き、砂原は咳払いをする。


「ごほんっ……なにかね?」

「浩二さんが楓に構ってもらえなくて、寂しそうだなぁって」

「……いや、そんなことはないぞ?」


 返答が遅れたのは、図星だったからだろうか。コーヒーカップで口元を隠しつつ、砂原は美由紀の言葉を否定する。しかし、そんな砂原の言葉を聞いた美由紀はニコニコと笑みを深めるだけだ。


「……何か言いたいことがあるのか?」

「いいえ? ただ、心配する必要はないですよ? 楓も浩二さんが帰ってくるのを楽しみに待っていましたから」


 その含みのある言葉に眉を寄せていると、砂原は視線を感じ取る。何事かと思えば、それまでテレビを見ていたみらいと楓が砂原を凝視していた。


「……どうした?」


 言葉と態度が硬くなってしまったのは、娘である楓の他にみらいがいたからか。二人は示し合せることもなくソファーから立ち上がると、とてとてと足音を立てながら砂原の傍へと寄ってくる。


「ぱぱ、あそんで?」

「たいちょー、あそんで?」


 そして、揃った声でそう言った。美由紀との会話を聞いていたのだろうか、などと思った砂原は、ぶっきらぼうな様子で口を開く。


「河原崎妹……今は職務中ではないのだから、隊長と呼ぶ必要はない」


 まずは休暇中ということでそんな話をする。本当ならば問題にもならないのだが、楓の前で『隊長』として振る舞うのは戸惑われた。


「むぅ……それじゃあ、かわらざきいもうとってよばないで」


 すると、みらいから不満そうな声でカウンターが飛んでくる。その言葉を前に、砂原はどう呼べば良いのだ、と内心で頭を抱えた。

 困った様子の砂原だが、それを見た楓は砂原の膝の上に座り、みらいは背後から首元へとしがみ付く。


「ぱぱ、あそんでくれないの?」

「きょーかん、あそんでくれないの?」


 みらいからの呼び方が変わっているのは、最も呼び慣れているのが『教官』という呼称だからか。遊んでほしいと繰り返す二人に対する適切な言葉と態度がわからず、砂原はコーヒーカップを片手に視線を彷徨わせた。


「あらまあ……まるで姉妹みたい」


 助けを求めて美由紀に視線を向けるが、美由紀は口元に手を当てながら嬉しそうに微笑むだけである。

 美由紀はみらいの年齢を知っているはすだが、それでもその外見と行動から年齢通りの存在ではないと見抜いているのだろう。楓同様、幼子に向けるような優しげな眼差しをしている。

 そして、そんな美由紀の言葉に天啓を得たのか、みらいは楓と共に同時(タッグ)攻撃を開始した。


『ぱぱ、あそぼう』


 教官ですらなく、楓と図ったように『パパ』と呼び始めるみらい。『お父さん』と呼ばないのは、孝則の存在があるからだろう。

 もしもこの場に博孝や恭介がいれば、真顔でこう尋ねるに違いない。


『隊長、一応は十七歳であるみらいにパパって呼ばせるのはどうなんですか?』


 援助交際ですか、とでも口にすれば、その瞬間に殴り倒すこと請け合いだ。その場合は博孝も恭介も冗談で言うのだろうが、砂原は全力で拳を振り抜く自信がある。

 膝の上に座る楓と、背後から首に腕を回してしがみ付くみらい。二人から遊ぼうと強請られ、正面に座る美由紀は楽しそうに微笑むだけだ。


「……初詣に行くか。出店を冷やかせば楽しかろう」


 逃げるように口から零れた言葉だったが、みらいと楓は嬉しそうに返事をするのだった。








「ふんふふーん……ふーん……」


 鏡の前で鼻歌を歌いつつ、身だしなみをチェックしていたのは恭介である。実家に帰って久しぶりの両親に会うことも楽しみだったが、それ以上に恭介には気を惹かれていることがあった。

 大晦日に帰ってくるなり、両親との会話もそこそこに外出。市街地まで足を伸ばし、年越しの喧騒に紛れて私服を購入してきた。さらには髪を切り、元旦になると早朝から気合いを入れて身だしなみを整える。


「よし……これで完璧っすね」


 鏡に映った自分の姿をチェックし、恭介は満足そうに頷く。様々な角度から自分の姿を確認するが、これほどまでに気合いを入れて服装をチェックしたのは初めてだ。

 気を抜けば鼻の下が伸びそうになるのを注意しつつ、恭介は家から出る。そしてスキップでもしそうなほどに浮かれた様子で歩き出し、“目的地”に向かった。


 周囲を見回してみれば、元旦らしい喧騒さと熱気を感じ取ることができる。初詣に向かう者、新年ということで発売される福袋を買おうと開店前の店に並ぶ者等、様々だ。冬だというのに熱気が感じられ、それに当てられたように恭介のテンションも鰻登りである。

 恭介は人の波に逆らうようにして、人気が少ない方へと歩いていく。第二指定都市にはいくつかの神社があり、その中でも初詣の客が少ない神社へと向かっているのだ。


 時折鼻歌を歌ってしまう程に上機嫌であり、その足取りは軽く――周囲への警戒も疎かである。“これから”のことを思えば仕方ないのだが、と恭介は後になって自分に言い訳をするほどだ。

 少しずつ人気がなくなっていき、恭介は第二指定都市の中でも寂れていると言っても過言ではない地域に到着する。コンビニや小さめのスーパーはあるが、他には住宅や公園が点在する程度の場所だ。

 しかし、密かに人と会うには適している場所でもある。恭介は待ち合わせの場所に人が立っていることを目視すると、歩調を早めてそちらへと向かい――。


「隙だらけだ」


 不意に背後から羽交い絞めにされ、路地裏へと引きずり込まれた。


(なっ!? こんな場所で敵襲!?)


 浮かれていたのは確かだが、それまで周囲に気配はなかった。それに加えて何度も戦いの場を潜り抜けてきた恭介の背後を取り、抵抗も許さずに路地裏へ引きずり込むその技量。恭介は相手の技量を看破し、警戒心を最大限まで引き上げる。

 咄嗟に相手の拘束を外そうと足掻くが、相手は余程体術に長けているのだろう。容易く腕を取られ、関節を極められて動けなくなる。


「くそっ! 一体何が目的だ!?」


 必死に首を捻り、背後の襲撃者の顔を確認しようとする恭介。しかし、そこにいた襲撃者の顔を見て、驚愕することとなる――。






「まったく……恭介の奴、わたしを待たせるなんて良い度胸じゃない」


 同時刻、寂れた神社の入口で、一人の少女が腕時計に視線を落としながら不満そうな呟きを漏らしていた。

 防寒対策として白いダッフルコートを着込み、膝丈のスカートからは黒のストッキングが覗く。頭にはモカブラウンの帽子を被り、目元には度が入っていない眼鏡をかけていた。

 “普段”とは様相を変えた少女――優花はいまだ現れぬ恭介に対し、何度も不満そうな呟きを漏らす。


「まったくもう……やっと時間を空けたっていうのに、恭介めぇ……」


 シュッシュッと架空の恭介を殴るように拳を繰り出し、何をしているのかと自己嫌悪で凹む。これではまるで、恭介の到来を待ち望んでいるようではないか。


(や、違うし。久しぶりに友達と会うだけだし。テンション上がってないし)


 自分に言い訳をしつつ、優花は白い息を吐く。こんな寒空の下で待たせるのだから、今日は徹底的に連れ回して荷物持ち役として扱き使ってやろう。頑張ってスケジュールを調節し、今日一日丸々休みを取ったのも買い物をするためなのだ。

 うん、そうだそうだ、と自分に言い聞かせる優花。しかし、さすがに朝の九時から待ち合わせるのは時間が早すぎただろうか。できる限り恭介と共にいたかったわけでは断じてないが、まさか寝坊しているのではないか。


(もしもそうだったら徹底的に締めてやるんだから……謝っても許してあげないし)


 腕組みをしながらそんなことを考えるが、もしや急用ができて来られなくなったのではないか、という不安が過ぎる。かつてはそこまで興味がなかったが、ここ数ヶ月で『ES能力者』に関して色々と勉強をしてきた。

 話に聞く限りでも、『ES能力者』というのは多忙な存在らしい。しかも、恭介が在籍しているのは即応部隊だ。即応という名前がついている辺り、何があればすぐに動かなければならない。


(やっぱり急なお仕事が入ったとか……)


 あまりにも急すぎたため、連絡を入れる暇すらなかったのではないか。そんなことを考え始めると、様々な仮定が頭に浮かんでくる。それに合わせて徐々に視線が下がり、俯いてしまう。


「待たせてすまないっすね。ちょっと道に迷ったっすよ」


 だが、そんな懸念を破るような声が聞こえた。その特徴的な喋り方に、優花の心臓が僅かに跳ねる。


「も、もう、遅いわよ恭介! 女の子を待たせるなんて――」


 そう言いつつ、優花は顔を上げた。口では悪態を叩きつつも、その表情には隠しきれない笑みが浮かんでいる。とても嬉しそうな、心の底から待ち侘びたと言わんばかりの様子だった。


「やあ、お待たせ。あけましておめでとう」


 優花が顔を上げ――そこに立っていたのは満面の笑みを浮かべた博孝だった。


「――ぴゃあああああああああぁぁぁっ!?」


 優花の口から迸る絶叫。それは歌手として鍛えられた者に相応しく、無駄に高音かつ声量があるものだった。そのあまりの悲鳴に、電線に止まっていたスズメやカラスが一斉に飛び立つ。


「うわっ……耳がキーンってなったぞ、キーンって」

「ちょ、あ、な、ここ、なん!」

「あ、俺日本語しかわからないんで、スワヒリ語は勘弁してください」


 顔の前でパタパタと片手を振る博孝。その顔は優花が見間違えるはずもない、天敵でありながらも一応は友人とカテゴライズできる男のものだった。何故か私服ではなく軍服を着ているが、それは些細な問題だろう。


「な、何がスワヒリ語かー!? なんでアンタがここにいるのかって聞きたかったのよ! あと、恭介は!?」


 我に返った優花が詰め寄りながら尋ねると、博孝は肩を竦めながら視線をずらす。その視線を追った優花は、何故か沙織に首根っこを掴まれている恭介の姿を発見した。


「……はい? ちょ、ちょっと沙織さん!? 恭介に何してんのよ!」

「あっはっは。神楽坂さんは相変わらず元気が良いですねー」

「主にアンタのせいでしょ!?」


 慌てる優花と、それを見て朗らかに笑う博孝。博孝同様軍服で身を包んだ沙織が恭介を解放すると、恭介は疲れたように肩を落とす。


「いきなり背後から羽交い絞めにされたっすよ……敵に不意を打たれたのかと思って、一瞬覚悟を決めちまったっすよ」


 声色にも疲れが滲んでおり、それを聞いた優花は咎めるように博孝を見た。そんなことをするとすれば、沙織よりも博孝の方だろうと思ったのである。

 優花の視線を受けた博孝は微塵も動じない。いくらアイドルとはいえ、優花は民間人だ。博孝はその程度の視線で動揺するような精神を持っていない。


「いやぁ、なんでか知らないけど、堂々と尾行していた俺達に気付かないぐらい浮かれてたんだよね。口調を真似たといっても、声色が違う俺に神楽坂さんが気付かないのと同じぐらい注意散漫でさ……なんででしょうね?」


 口の端を僅かに吊り上げながら博孝が言うと、優花の頬がゆっくりと赤く染まっていく。優花もそうだが恭介も浮かれていたと聞いて恥ずかしく、同時に嬉しく思ってしまった。


「さ、さあね? なんでかしらね?」


 優花は視線を遠くへ飛ばし、下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとする。博孝はそんな優花の様子に苦笑すると、今度は恭介に視線を向けた。


「不意打ちしたのは悪かったよ……でも、いくらなんでも気を抜き過ぎだ。こっちは『構成力』も隠してなかったんだぞ?」

「うっす……言い訳のしようもないっす……」


 文句の一つも言いたいところだが、気を抜いていたのは自分だ。それを自覚しているため、恭介は何も言えない。もしも本当の敵襲だった場合、既に死んでいただろうから。


「隊長からも注意をしとくように言われるぐらいだからな……まあ、これで普段通り動けるだろ?」

「そうっすね……いや、本当にテンパってたみたいで……」


 普段ならば、背後に『構成力』を持った存在がいれば嫌でも気付く。それだというのに気付かなかった辺り、どれほど優花のことで気が散っていたのかと恭介は反省した。もしも砂原に知られれば、丸一日使った徹底的な教育が行われるほどだ。

 それほどまでに優花と会うことが楽しみだった。そして、優花も同じように思っていたのだと知り、恭介は優花と同じぐらい顔を赤くする。


「と、ところで、博孝と沙織っちはこんな朝早くから何をしてたんすか? まさか俺の行動をずっと見張ってたわけじゃないっすよね?」


 優花との間に発生した空気が気まずく、恭介は博孝に話を振った。博孝と沙織が強襲してきた理由はわかったが、そのためだけに休暇を使うとは思えない。だが、博孝は力強く頷いた。


「そのまさかだ。ずっと恭介の行動を見張っていた」

「マジっすか!?」

「うん、もちろん嘘だ。丁度出かけるタイミングで恭介の『構成力』が動いたんで、注意がてら足を運んだだけだよ……まさかあそこまで気が抜けてるとは思わなかったけどな」


 目を剥いて驚く恭介だが、冗談と知って安堵する。博孝と沙織の場合、休日にやることがないからと言って実行しそうだったのだ。


 恭介は改めて博孝と沙織の格好を確認する。休暇だというのに軍服をきちんと着込み、微塵も気を抜いた様子がない。常在戦場という言葉があるが、博孝と沙織はそれを地で行っている。

 沙織は布袋に入れた『無銘』を手に提げており、もしも戦闘を行うならば瞬時に抜き放つだろう。博孝も姿勢に隙がなく、恭介達と会話をしながらも一瞬後には戦闘を行えるよう気を張っていた。


「恭介の普段の姿を知ってるから、小隊長としてはこれ以上言わない。今後は気を付けてくれよ?」

「了解っす……いや、自分でもここまで注意散漫になるとはビックリっすよ」


 そう言って落ち込んだ様子の恭介だが、博孝は軽く肩を叩いて励ます。


「次からは同じようなこともないだろうし、いいんじゃね?」

「博孝……」

「ところで修学旅行の時に使ったデジカメが手元にあるんだけど、恭介と神楽坂さんのツーショットを撮って良いか? 出版社に持ち込んだりしないから」

「本気でやめるっすよ!?」


 落ち込んだ恭介を励ますために冗談を飛ばす博孝だが、恭介は本気で止めようとする。『ES能力者』と人気が高いアイドルのツーショットなど、爆弾にしかならないだろう。


「ま、冗談だよ……あ、そうそう。神楽坂さん、以前送ってもらったCDを全部聞いたよ。わざわざ送ってくれてサンキューな」


 博孝が話の矛先を逸らすと、優花は露骨に警戒した顔付きになる。博孝も沙織も、任務に絡まなければ優花のことを全く知らなかったのだ。そんな人物からどんな評価を受けるのか、プロの歌手として興味と警戒心を覚える。


「……ど、どうだった?」

「音楽は門外漢なんで詳しい感想は言えないけど……良い歌だった。今度からは予約してでも買わせてもらうよ」


 何かしらからかいの言葉をかけると思っていた優花だが、博孝は真っ直ぐな感想を述べた。良い歌だったと、シンプルながらも優花にとっては嬉しい感想を述べてくれた。


「ふ、ふふん。そうでしょう? まあ、アンタもこれからはわたしのファンとして――」

「まあ、買っても聞く暇がないかもしれないけどさ」

「聞きなさいよ!? 聞いてよ! お願いだから!」

「あ、サインください」

「この流れでもらえると思うの!? どんな神経してんのよ!」


 どこから取り出したのか、サインペンを差し出す博孝。優花は目を剥いてツッコミを入れるが、博孝も優花も気軽に接し合っているためどこか楽しそうである。

 互いに互いを異性と思っていない――博孝からすれば優花はからかい甲斐があり、優花からすれば博孝は己の立場をまったく気にしない稀有な人間だ。互いに心置きなく文句をぶつけ合う。

 そうやって騒いでいると、博孝は携帯電話の時間を確認して肩を竦めた。


「っと、もうちょっとからかっていたかったけど、こっちもこれから用事があるんだった……名残惜しいけどこれでお別れだな」

「二人とも正装をしてるっすけど、何かあったんすか?」

「んー……ちょいと長谷川中将閣下に呼ばれててな。もう少し時間があるんだけど、初詣もしておきたいし……これ以上この場に長居すると、馬に蹴られそうだしな」


 そんな言葉を残し、博孝は沙織と連れ立って歩き出す。軍服のため目立ちそうだが、第二指定都市には多くの『ES能力者』が帰省している。そのため、目立ち過ぎるということはないだろう。


「今日のところはお参りだけで、おみくじは明日にでも気合いを入れて引いてくる」

「おみくじって、普通は気合いを入れて引くものじゃないと思うんだけど……」


 優花が一応ツッコミを入れるが、博孝は軽く笑って流した。こればかりは自分一人しか共感する者がいないだろう。そんな諦めからの笑顔だった。


「そんじゃ、お邪魔しましたー。恭介、いくら人通りが少ないからって変なことしたら駄目だぞ?」

「しないっすよ!?」

「あっはっは……それじゃあ、またな」


 最後に笑顔を消し、博孝と沙織は歩き去る。そんな二人の姿を不思議そうに見送った恭介だが、今は優花と共に過ごすことを優先するのだった。











まったくの余談ですが、砂原は初詣の後にみらい&楓から『一緒に遊ぼう』→『一緒にお風呂に入ろう』→『一緒に寝よう』とコンボを食らいました。

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[気になる点] 砂原が一緒にお風呂に入ったかどうか気になって夜も眠れません
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