第二百六話:年の瀬
柳の護衛任務も終わり、様々な後始末が終わった年の瀬。通常業務に戻っていた即応部隊の士官組は、新たな年を迎えるにあたってちょっとした会議を行っていた。
「それでは前回の任務に関する報告と、年末年始の休暇に関して決めるか」
普段の会議に比べて緩やかな雰囲気の中、砂原が口火を切る。その表情は年を越せることに関しての安堵と、多少の苦みが混じった微妙なものだ。
柳の護衛任務は終了し、柳本人は怪我一つ負っていない。しかしながら『天治会』による攻撃で第六空戦部隊が駐屯していた基地が半壊し、作業場は全壊。
それらの被害に関して“上”から多少なりとも嫌味を言われ――その程度で済んだことに内心で首を傾げていた。
最も重要な要素である柳の無事、これは守り通した。むしろ柳本人が率先してラプターと交戦していたため、“上”としても文句をつけにくいのだろう。
無論、柳が戦う状況になってしまったことは責められたのだが、柳本人から『打った刀の試し切りに丁度良かった』と言われてしまったため、“上”は柳の機嫌を損ねない方向に持っていった。
他にも今回の任務で『天治会』が取った手段――死体と思わせた『アンノウン』を基地内部に運び込ませ、内側から暴れさせるという戦術が知れたのは大きい。既に全国各地の基地に情報が共有されているため、同じような不意打ちは受けないだろう。
さらには仕留めた『アンノウン』から発見された、奇妙な形の『進化の種』。第二指定都市で行われた防衛戦でも発見されたものだが、このサンプルが複数入手できたことは即応部隊の功績とされた。
ただ、これが初めての事例でないと知った時、里香は大きな不満を持つ。情報規制されている以上は仕方ないが、もしも事前に知っていれば運び込まれた死体に関してすぐに看破できたのに、と。
今更言っても後の祭りだが、里香としては看過できることではない。情報があれば回避できた可能性が高い以上、様々な情報を蓄積し、参謀として敵の狙いを看破しなければと強く思う。
「……こんなところか。それと、第六空戦部隊の基地の“後始末”をしていたところ、不審な点が見つかったらしい」
護衛任務に関して砂原がまとめていると、付け足すように新しい話題が出てくる。
「瓦礫の撤去作業が行われたのだが……柳の打った刀がなくなっているようだ」
報告書を指で叩きつつ、砂原はそんなことを言う。それを聞いた士官達は首を傾げるが、すぐに博孝が挙手をした。
「それは敵の自爆で吹き飛ばされたから、というわけではないんですね?」
「ああ。柳に確認したが、破片一つ残っていないのはおかしいらしい」
会議を進めるために博孝が問うと、砂原は肯定するために頷く。
「納得のいかない出来の刀をその辺に放り出していたアイツも悪いのだが、腕は確かだ。それに、鞘も金属製で『付与』を施している。いくら『アンノウン』が自爆したとはいえ、破片一つ残らずに消滅するというのは考えにくい」
「つまり……『天治会』の目的の一つは柳さんの刀を盗むことだったわけですか」
砂原からもたらされる情報を元に、有り得そうなことを博孝が口にする。だが、それがわかっても『天治会』が何の目的で刀を盗み出したかは不明だ。
「複数の『アンノウン』が作業場に侵入。一体が自爆して注意を引いて、他の『アンノウン』が刀を盗み出した、と……」
当時の状況を思い出しつつ、里香が盗む際の行動を言葉にした。しかし、自分の言葉に対して首を傾げてしまう。
「たしかに盗める可能性はありますが、注意を引いたほんの数秒で基地から離脱するのは難しいと思いますね。わたし達だけでなく、対ES戦闘部隊の人達も周囲の索敵を行っていましたし」
「盗んでどうするのかって疑問もあるな。言っちゃ悪いが、盗まれたのは柳さんにとって出来が悪い刀だったんだろ? それなりに納得がいく出来だったんなら、腰に提げて実戦で試し切りするだろうし」
斉藤も話に加わるが、『天治会』がどういった目的で柳の刀を盗んだのかはわからない。可能性は非常に低いが、自爆の衝撃で破片が見当たらないほどに細かく破壊された可能性もあった。
柳は刀が盗まれた可能性が高いと知っても、『大した出来じゃないから惜しくねえ』と言い放っている。今は博孝と共に最後に打ち上げた刀に夢中らしく、どこの国の“ネズミ”でも良いから襲ってきてほしいそうだ。
「他国で『付与』が使える人に渡して、『付与』を施した日本刀の作成に関する技術を盗もうとしてるとか?」
「あー、そいつはありそうだなぁ。他の国だと、既製品に『付与』をかけるのが一般的みたいだし……柳さんみたいに、普段の仕事以外の時間まで鍛冶に費やす『付与』使いはいないんじゃねえか?」
博孝が疑問を呈すと、斉藤がそれに乗る。砂原や間宮、他の士官は聞き手に回り、それぞれが出てくる意見に関して検討を行う。それは里香も同じであり――ふと、脳裏に閃きが走った。
「……もしかして、そのまま使うつもりでは?」
「そのままと言うと?」
里香の表情から“何か”に思い至ったのだと察し、砂原が続きを促す。それに頷いた里香は、自分の記憶を探りながら答えた。
「昔、『天治会』のハリドという男が『付与』のかかったナイフを使っていました。そのナイフは形状的に日本のものではなく、他国のものだったと思います」
「……ああ、市原が刺された時のナイフか」
“事情”を知らない者のために過去に何があったかを語る里香。その内容から博孝もすぐに『天治会』が盗んだ刀をどう使うかを理解し、眉を寄せる。
「まずいですね……下手をすると、日本製の武器で他国の要人が狙われかねません」
柳が作業的に『付与』を施している武器弾薬はともかく、一から打ち上げた刀は希少品だ。それこそ他国に出荷することはなく、日本国内での消費に留まっている。
「ふむ……日本の仕業に見せかけた“何か”を行うかもしれん、か。“上”も気付いているかもしれんが、長谷川中将閣下に話を通し、外務省経由で他国にある程度の事情を話しておくべきかもしれんな」
重大事件の“証拠”として使われては堪らない。そう思った砂原は会議の最中にも関わらず席を立ち、源次郎に連絡を行う。
その間、博孝達はもう一つの議題である年末年始の休暇について話し合い始めた。
「訓練生時代なら生徒全員が休みでしたけど、さすがにそうもいかないんですよね……」
「そりゃそうだ。いくら世間様が休みでも、俺達まで完全に休むわけにはいかねえ。部隊を二つか三つに分けて、交代で休むしかねえよ」
雑談程度に年末年始の休暇について話す博孝と斉藤。日本人としては正月はのんびりと過ごしたいところだったが、『ES寄生体』にその辺りの事情は通じない。どんな場合だろうと警戒は怠れず、常に即応できるようにする必要があった。
しかしながら、いくら『ES能力者』でも年中無休で働き続けることはできない。体力的には問題ないが、精神的には大きな問題になるからだ。そのため、通常の公務員などと比べると少ないがある程度の休暇は取ることができる。
「交代で取るとして、どうやって分けます? 人数よりも戦力で考えた方がいいですかね?」
「そうだなぁ……『天治会』も正月ぐらいは実家に帰ってのんびりとすればなぁ……」
「炬燵に入ってみかんや餅でも食うんですか? いや、『天治会』の連中はほとんど外国人っぽいですが」
それはどんなテロリストだ、と博孝は思う。しかし、大人しくしているのならばそれでも良いだろう。
「戦力で考えるなら、第一空戦小隊と第二空戦小隊は別ですね。他の小隊をどう分けるかですが……」
博孝と斉藤の雑談をサラリと流し、里香が話をまとめ始める。空戦部隊は四個小隊、陸戦部隊は五個小隊の合計九個小隊だ。二回に分けて休暇を取るならば綺麗に割り切れないが、三回に分ければ綺麗に割ることができる。
だが、部隊としては基地に残る戦力に関して考える必要もあった。即応部隊全体として取得可能な休暇日数は六日間であり、部隊を二つに分ければ三日間の休暇に、三つに分ければ二日間の休暇を取ることになる。
「近隣の『ES寄生体』を狩るだけなら、部隊の半分が残れば十分だが……」
間宮は腕組みをしながら目を細め、どうやって部隊を振り分けるか思考する。『天治会』が動けば即座に召集されるが、折角の休暇なのだ。各々が納得のいく形で休暇を取りたい。
「部隊を二つに分けて休むのなら第一、第三空戦小隊、それと陸戦の第四、第五小隊でどうでしょう?」
「ふむ……空戦側の戦力が少し偏っているが、その分陸戦側も偏らせてバランスを取るわけか」
「良いのでは?」
「異論はないです」
戦力の面から考えて博孝が提案すると、その場にいた者達から賛同の声が上がる。そうなれば、あとは隊長である砂原の許可が下りれば決定だ。
「あの、わたしはちょっと用事があるので、今回はこの基地にずっといたいと思います」
そうやって話をしていると、控えめに里香が発言した。それを聞いた博孝は思わず首を傾げてしまう。
「え? 家には帰らないのか?」
「うん。どうせ今年はお母さんもお父さんも家に帰ってこないし……それに、残ってやりたいことがあるの」
「ふーん……それならまたうちに泊まればいいのに。父さんも母さんも喜ぶぞ?」
家族水入らずで過ごすべきなのだろうが、博孝の両親である孝則も博子も基本的に来客は大歓迎というスタイルだ。それも博孝やみらいの友人である里香ならば、諸手を挙げて歓迎するだろう。
「ほほう……少尉も中々隅に置けねえじゃねぇか」
面白いことを聞いた、と言わんばかりに頬を吊り上げる斉藤。見れば、間宮達も興味深そうな顔をしている。しかし、そんな周囲の反応に対して博孝に動揺はない。
「うちは両親が『ES能力者』じゃないんで、年末年始は普通に家にいるんですよ。訓練生時代にも複数人で泊まりに来てくれたんで、両親とも顔見知りですし」
「なんだ、つまんねぇ」
何を期待していたのか、斉藤は興味を失ったように視線を逸らした。すると、そのタイミングに合わせたように砂原が会議室に戻ってくる。
「待たせたな。中将閣下には連絡をしておいた。適切に処置してくれるだろう……で、俺がいない間に何かまとまったか?」
砂原が話を振ると、博孝達は年末年始に関して話し合ったことを報告した。砂原はその話を聞くと、何の指摘もなく頷く。
「それで良いか……休暇は十二月三十一日から一月五日までの六日間だ。前半と後半の三日間で分けるとして……」
「あ、俺達は後半で良いですわ。隊長もたまには家に帰って家族サービスをしないといかんでしょう? 年末年始ぐらいは奥さんと娘さんを構ってやってくださいよ」
「たしかに。我々は独身者ばかりですし、後半になっても文句は言わないかと」
斉藤と間宮が砂原に前半を選ぶよう促し、からかうように笑う。それを聞いた砂原は片眉を上げたが、すぐにその厚意に甘えることにした。
「そうか……すまんな。即応部隊が設立されてからは中々帰る機会もなくてな……そろそろ娘に顔を忘れられるかもしれん」
怒るでもなく冗談を受け流し、返す刀で砂原は冗談を飛ばす。
「お前達もそろそろ結婚したらどうだ? 若手連中はともかく、結婚するには丁度良い年齢だろう。このままでは後輩に先を越されるかもしれんぞ?」
「え、あれ? 隊長、なんで俺を見るんですか?」
何故か視線が飛んできたため、博孝は顔の前で手を振って否定する。たしかに結婚できる年齢であり、収入も申し分ない。しかし、博孝が置かれた状況は結婚どころか彼女を作ることすら困難なほどに厄介なものだ。
『天治会』に狙われていると自覚している博孝からすれば、結婚の記念に『天治会』が襲撃してきそうだというブラックなジョークを飛ばせるほどである。
「たしかにそいつは困りますね……ただ、嫁さんを捕まえる前に彼女を見つけないといかんのですよ」
そんな斉藤の冗談を最後に、会議は終了するのだった。
「年末年始の予定? あー……今年は両親が家にいるから普通に帰るっすよ。あと、ちょっと用事が……」
「年末年始? うちはいつも通りね。両親が“家に来る”はずもないし……まあ、とりあえず掃除だけはしてくるわ。あとはお爺様が開く新年会に参加するぐらいかしら」
「よていがあうなら、かえでちゃんとあそぶ」
小隊員である恭介達に博孝が予定を聞いたところ、こんな答えが返ってきた。
恭介は両親が家に帰っているらしく、博孝の家に泊まる必要はないらしい。みらいは砂原の娘である楓と会うつもりのようだ。そして沙織は――。
「それならまたうちに来るか? 両親も喜ぶし」
帰ってくる、ではない。家に来ないと言っている。それはつまり、沙織の両親にとっては第二指定都市にあるのは“家”ではないのだろう。
そう思った博孝は、特に気にした様子も見せずに尋ねた。沙織にとってはそれが普通であり、沙織の両親にとってもそれが普通なのだ。
「そうね……おじ様とおば様が迷惑でなければお邪魔していいかしら?」
家族水入らずの場に入るのは、という遠慮が透けた言葉。しかし、それと同時に博孝の両親がどんな人柄かを知っているため、相手側が良いのならば頼みたいと沙織は思った。
それを聞いた博孝は携帯電話を取り出し、博子の携帯電話へとかける。
『あ、もしもし母さん? 俺だよ俺』
『うちに“俺”なんて名前の息子はいないわ』
『いや、詐欺じゃなくて息子の博孝です。十二月の末から一月二日まで休みなんだけど、今年も沙織が家に』
『もちろん良いわよ。ご馳走用意して待ってるから』
電話をかけてみると、とんとん拍子に決まる。博孝は手短に通話を終えると、沙織に視線を向けた。
「食い気味にオッケーが出た。ご馳走を用意して待ってるってさ」
「おじ様は?」
博子の許可が取れたのは嬉しいが、孝則に聞かなくて良いのか。そんな疑問を抱いた沙織が尋ねると、博孝はそっと視線を外す。
「……うちの家では母さんがヒエラルキーの頂点なんだ……母さんが頷いたのなら、父さんに逆らう術はないから……」
尻に敷くどころか、そのまま関節技までかけそうな力関係である。今頃博子から孝則に連絡が届いているだろう。
「ま、それに父さんも大歓迎だって。ああ、一緒に風呂に入ろうとか言い出したら投げ飛ばしていいから。父さんならちょっと高いところから落ちても受け身を取れるし」
「前々から思ってたっすけど、博孝の両親って妙なところですごいっすよね……」
「まあな! 俺も『ES能力者』になる前から受け身は得意だったしな!」
そう言って博孝は笑うが、恭介は愛想笑いしかできない。そんな恭介の顔を見た博孝は、ふと気になったことを尋ねることにした。
「ところで恭介、用事ってなんだ?」
「えっ!? あ、やっ、ちょ、ちょっとした個人的な用事っす!」
博孝の質問に対し、恭介は焦った様子で首を振る。ちょっとした興味から尋ねた博孝だったが、予想外の反応を見て興味を深めた。
(両親と外出……って話じゃなさそうだな)
もっと詳しく聞くべきだろうか。そう考えた博孝だが、プライベートに関して追及する必要はないだろう。
「そうか……まあ、小隊長としては人様の迷惑になることとか、犯罪関係じゃなければなんでもいいけどさ」
「そ、そうっすよね。いや、俺がそんなことをするはずないじゃないっすか! ひ、博孝こそ何か用事はないんすか!?」
勢い込んで言い放ち、恭介は必死に話題を逸らそうとする。その態度から“何か”があるのだと博孝は確信したが、必要もないため触れないことにした。
「俺か? そうだな……初詣で神社に行って、今年こそおみくじで凶以外を引くとか……」
直近の三年間、初詣の際に神社でおみくじを引いたことを思い出す。
偶然なのか、それともその神社ではおみくじで大量に凶が出るようにしているのか、周囲の仲間達が大吉などを引いてる横で凶を引き続けた。
それもおみくじの内容は博孝の現状を表したように的確なものであり、もしかすると軍部の諜報部がおみくじ箱に細工をしているのではないか、と真面目に疑うほどである。
確率で考えれば有り得ないことではないのだが、御利益があるどころか神懸っていると言っても過言ではない。
そんなことを考える博孝だが、さすがにおみくじを引きに行くことが用事と言い張るのは虚しい。そのため、話題を流して注意事項を話すことにした。
「とりあえず、年末年始に関してはこんな日程だから。あと、ないと思いたいけど、『天治会』に関係する事件が起きれば緊急招集されるかもしれない。そのことは頭に入れといてくれ」
せっかくの休暇に戦いたくなどないが、敵は自分達の都合など考慮しない。休暇中だろうと一定の警戒心は必要なのだ。
「休暇に入るまでまだ時間があるし、それまでは通常通りだ。気を抜くなよ?」
「わかってるっすよ」
どこかソワソワとした様子の恭介に対し、博孝は特に釘を刺す。その用事とやらがどんなものかはわからないが、どうやらとても楽しみに思っているらしい。
(恭介がここまで浮かれる用事ねぇ……)
ある程度の予測は立つが、プライベートな話になるためやはり気にしないことにした。
そしてその日の晩、恭介のプライベートに触れまいと考えた博孝についても、思わぬ事態が訪れることとなる。
通常業務が終わり、当直の当番でもないため博孝は自主訓練を行おうと思った。しかし、そんな博孝のもとに困ったような顔をした沙織が現れたのである。
「ねえ、博孝。ちょっと話があるのだけど……」
「ん? そんなに畏まってどうしたよ?」
沙織にしては珍しく、歯切れが悪い。それを不思議に思いつつ博孝が話を促すと、沙織は一拍置いてから言葉を紡いだ。
「お爺様から私的な手紙が届いたのだけど……お爺様が開催する新年のパーティ、良ければ博孝も参加するよう声をかけておいてくれって……」
「……はい?」
思わぬ沙織の言葉に、博孝は何度も目を瞬かせるのだった。




