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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百五話:作刀

 ラプターやベールクトの襲撃から三日後。博孝達即応部隊は柳の護衛を継続したままで駐屯基地の移動を行っていた。

 これまで第六空戦部隊が使用していた基地は『アンノウン』の自爆により作業場が崩壊。その際引火した武器弾薬によって被害が広がり、防衛用の基地としての役割が果たせないほどの影響が出ていた。

 基地の再建に関しては急ピッチで進められるが、崩壊した基地に柳を置いたままではいられない。そのため破壊された作業場や被害状況の確認が行われると、速やかに移動が行われた。


「あー……くそったれめ。もう一回襲ってくれば次こそ首を刎ねてやるものを……」

「物騒なことを言うな。そもそも、いくら先手を打たれたとはいえ、護衛を受ける立場の者が率先して戦いに参加してどうする」


 移動のために用意された護送車の座席に腰を下ろしてブツブツと物騒なことを呟く柳に対し、砂原が呆れたようにツッコミを入れた。柳の気性を熟知している砂原からすれば仕方ないと思えたが、可能ならば斉藤に任せて大人しくしていてほしかった。


 “建前上”は護衛任務である以上、ラプターの攻撃から柳を守れなかったのは失態である。しかし、その後の柳の行動は護衛を行う側からすれば勘弁してほしいものだった。

 一個中隊以上の『アンノウン』を倒したことで『天治会』の戦力を削ぎ、他にも死体と思わせておきながら内部から襲撃するという手口も露見している。それらの情報の価値を思えば、基地が大きな被害を受けたのも許容できる――かも、しれない。


「まったく……頭の痛いことだ」

「隊長ってのは難儀な職業だなぁ」


 他人事のように言い放つ柳だが、砂原の視線を受けて肩を竦めた。


「まあ、今回の件は俺の方からも『武神』殿に言っておく。斬り甲斐のありそうな相手だったんで、思わず手を出しちまったってな。“上”の方がごねたら、武器を回さねぇぞって言っとけば大抵は通る」


 国内には『付与』の使い手が柳以外に存在しないからこそ言える言葉だ。特に、対『ES能力者』用武装がなければ戦えない“上”の戦力にとっては、柳の協力が得られないのは致命的と言える。


「……ありがたいが、ほどほどにしてくれ」


 いくら死体が動き出すという予想外の手を打たれたとはいえ、『天治会』の強襲を許したのは失態だ。名目とはいえ柳の護衛任務に就いていた以上、その失態を責められるのは当然である。柳が無事だったのだから万事解決とはいかないのだ。

 何かしらの叱責や罰則がある可能性が高いが、それは源次郎の反応次第である。今回得られた情報や変形した『進化の種』などの戦利品を元に、“上”からの追及をかわせるかが問題だ。


 敵の襲撃を感知した時点で作業員達が避難していたため、人的被害が出なかったのは僥倖である。ただし、“上”がその辺りを斟酌するかは謎だが。

 今後の展望を脳裏に描き、砂原は軽くため息を吐く。即応部隊の設立目的から考えれば、『天治会』のメンバーと互角以上に渡り合えたのは大きな収穫だ。しかし、『アンノウン』を相手にしてまともに勝利できる人材が少ないのは懸念材料でもある。


(ベールクト嬢の言葉から考えるならば、『天治会』には余程腕が立つ者がいるらしいな……ラプターを上限だと考えていたが、奴を超える敵……部隊の者達もよくやっているが、もう少し戦力がほしいところだな)


 部隊である以上は連携の技術などで対処したいところだが、それだけで済む相手ならば苦労はしない。そもそも、『アンノウン』が相手でも部隊の大半の者の攻撃が通らないのだ。


 『アンノウン』の厄介な点は防御の硬さである。それ以外は大した技量も備えていないが、今回襲ってきた『アンノウン』には研鑽の跡が見えた。今後その技量を伸ばすならば、生半な『ES能力者』では相手にならないかもしれない。

 陸戦ではほぼ確実に防御を抜けず、空戦でも攻撃を通すことができる者は限られている。それを思えば即応部隊はまだ恵まれている方であり、砂原や斉藤、博孝や沙織、みらいなどの高い攻撃力を持つ者が在籍していた。


(やはり長谷川を第四空戦小隊の小隊長に……いや、しかし、単独の戦闘能力と指揮能力は別物だ……特に長谷川は指揮に向いていない。かといって河原崎妹も……いっそ武倉を小隊長に据えて長谷川か河原崎妹を下につければ……)


 部隊の編成について頭を悩ませる砂原。第四空戦小隊は三ヶ月ほど前に補充した人員で構成しているが、良くも悪くも“普通”の『ES能力者』ばかりだ。

 それを思えば沙織かみらいのどちらかを異動させたいが、『天治会』に狙われていると思わしき博孝が率いる小隊の戦力を低下させるのも悪手に思える。


「ところで河原崎の坊主だが……気付いたか?」

「……ん? 何の話だ?」


 あれこれと考えていた砂原は、柳の問いかけに対する反応が一拍遅れた。そんな砂原の姿を見た柳は、小さく苦笑してしまう。砂原が部隊長を務めるのは即応部隊が初めてであり、試行錯誤が必要なのだ。


「部隊運用に関して考え事か? それなら一つアドバイスしとくが、河原崎の坊主を上手く使え……いや、正確には『活性化』を上手く使え」

「その理由は?」

「ラプターの奴が執着してるんで俺も観察してみたんだが、『活性化』は思ったよりも強力な能力かもしれねえ。先の戦いで『活性化』を集中させて使ってたが、『アンノウン』の防御をあっさりと貫いてたからな」


 簡単に説明する柳だが、それを聞いた砂原は呆れたように首を振る。


「……その場にいなかった俺が気付けるわけがなかろうよ。しかし、そうか……お前の要望で連れてきたが、『活性化』について新しい使い方を覚えたのならば部隊としても大きなメリットになるな」

「教え子が成長して嬉しいって素直に言えよ。照れ屋かよ。自分の年齢を考えろよ」


 淡々と告げる砂原に対し、柳も淡々とツッコミを入れる。すると次の瞬間、護送車の中の気温が一気に低くなった。


「……ほう、ラプターに腕が鈍っていると指摘されたらしいが、口の滑りはずいぶんとなめらかだな」

「お前こそ、自分の半分も生きてないお嬢ちゃんに逃げられたらしいじゃねえか」


 互いに棘がある言葉をぶつけ合い、それによって更に車内の気温が下がる。その剣呑さを感じ取った運転手がハンドル操作を誤って車体が揺れたが、砂原と柳は視線をぶつけ合ったままで何の反応もしない。


「まあ、冗談はこれぐらいにしてだ。基地についたら河原崎の坊主を借りるぞ」

「それは構わんが、何をするつもりだ?」


 しばらく睨み合っていた砂原と柳だが、すぐに冗談を打ち切って今後の話に移る。ラプター達と行った戦闘に関する報告は必要だが、博孝を柳につけることは可能だ。しかし、何の用件があるのか。


「決まってるだろう? ラプターだろうが『アンノウン』だろうが叩き斬れる刀を打つんだよ」


 そう言って、柳は怒りを滲ませながら笑うのだった。


 






「やべぇ、死ぬ……」


 博孝は作業場の片隅に置かれたソファーに寝転がり、天井を見上げながらそんなことを呟く。その顔には濃い疲労の色が浮かんでおり、手足は鉛のように重い。集中力を使いすぎたせいで精神が大きく消耗している。

 ここまで疲労するのは博孝としても珍しく、第六空戦部隊の基地で多くの『アンノウン』を撃退した時よりも疲労が濃いほどだ。体の芯まで疲れ、動くのも億劫なほどである。

 当然ながら、博孝がここまで疲労しているのには理由があった。それは一週間ほど時を遡り、今日にいたるまで続いている“修行”が原因である。


「ついこの前に襲撃があったっていうのに、また刀造りですか……」


 第七空戦部隊が管理する基地に到着するなり柳の手によって作業場に連行された博孝は、深々とため息を吐きながらそんな言葉を口にした。

 報告書の作成が山のように発生してしまったため片付けたいのだが、それは許してもらえないらしい。


「俺の場合、敵の襲撃なんざ日常茶飯事だ。まあ、さすがにこの前みたいな規模の襲撃は珍しいがな」


 そう言いつつ、柳は作刀の準備を進めていく。『付与』による作業をしなくて良いのかと疑問に思った博孝だが、柳が所在地を変えたことで武器弾薬の運搬が滞っているらしく、後回しにしても問題ないらしい。

 今後の作業方法や武器弾薬の運搬ルート、保管方法の変更も必要になっている。第六空戦部隊の駐屯基地に貯蔵してあった分が吹き飛んだため、今後も同じような管理方法は取れないのだろう。


「あと、今回の件で即応部隊が護衛任務を外される可能性もある。だから今の内に納得のいく刀を打っておきたくてな」

「はぁ……まあ、ご要望とあればそれに応えるだけですよ」


 冷静に話しながらもギラギラとした眼差しの柳に抗弁をするのは、非常に危険だろう。味方に刃を向けるとは思わないが、怒りの感情が空気を震わせているようにも思える。

 柳とラプターの交戦に関しては、報告の関係もあるため詳細に聞いている。それによるとラプターに挑発されたようだが、その内容が刀鍛冶としての柳のプライドを傷つけたのだと想像するのは容易かった。


「良い返事だ。それじゃあ早速作業に移る……と言いたいところだが、その前に確認したいことがあってな」

「確認したいこと? 体力なら有り余ってるんで、出力を絞れば何時間も『活性化』を使えますよ?」


 柳が気にするならば作業を継続可能な時間だろうとアタリをつけた博孝だが、それを聞いた柳は首を横に振る。


「お前さん、先日の戦いで『活性化』を集中させてただろ? ちったぁ使い方を覚えたのか?」

「……ラプターと戦いながらでよく気付きましたね。『収束』に『活性化』を発現してた時ですよね? コツを掴めたと言いますか、無意識の内に使っていたと言いますか……」


 柳から『構成力』の扱いに関して教えを受けなければ、扱い方を覚えることができたかわからない。また、今の状態ではまだまだ扱いに難がある状態だ。絶好の訓練になるだろうが、少しでも操作を誤れば柳に殴り飛ばされそうな雰囲気である。


「そうか。それじゃあ俺に『活性化』をかけつつ、俺が鎚で叩く場所にも『活性化』をかけろ。俺に対しては最低限でいいが、鎚で叩く場所には可能な限り全力で、なおかつ叩く瞬間だけ発現しろ」

「……はい?」


 柳の言葉を聞いた博孝は、思わず目を瞬かせた。その内容は理解できるのだが、非常に難易度が高い。少なくとも、無意識に使っていたと聞いてから注文する内容ではないだろう。しかし、柳の様子を見る限り冗談とは思えない。


「いいか? お前さんの『活性化』は確かに便利な能力だ。そのまま発現しても『ES能力者』の身体能力や『構成力』が一時的にとはいえ向上して、なおかつ『構成力』も扱い易くなる。支援系の能力と考えれば最上だろうよ」


 支援系ES能力は回復や索敵、連絡等に使えるが、身体能力などを向上させることはできない。それを思えば柳の言葉は真実であり、博孝としても頷くしかなかった。


「だが、“そのまま”使うのは俺からすれば無駄でしかねえ。おそらくだが、『活性化』の最も効率的な使い方は特定の部位あるいはES能力に集中させることだと思う」

「つまり、今回で言えば右手……『収束』に『活性化』を集中させたのが正しい使い方だったと?」

「それはお前さんが一番理解してんじゃねえのか?」


 質問に対して質問が返ってきたが、博孝は気にせず肯定する。


「『アンノウン』を簡単に仕留めることができましたからね。これまで戦ったことがある奴よりも脆いだけかと思いましたけど、沙織に聞いたら違うみたいですし」


 『アンノウン』との交戦状況を思い出しつつ、博孝はそう言う。いくら『収束』を発現していたとはいえ、『アンノウン』の肉体を容易く貫くことができた。その手応えはこれまで感じたことがないものであり、もしも自在に操ることができれば強力な武器になるだろう。

 これまで『活性化』に関しては“発現するだけ”だった。精々効果の強弱を操るだけであり、『活性化』の扱い方に関する訓練はほとんどしていない。これは博孝の努力が足りなかったというよりも、単純に時間が足りなかったのだ。


 仮に『活性化』の扱いに関してもっと早くに気付いていたとしても、『活性化』の訓練に注力していれば博孝もここまで強くなれなかった。『収束』どころか『飛行』も覚えていなかったかもしれない。

 『収束』を発現できるほどに技量を磨いていたからこそ、『活性化』の扱いを少し覚えただけで大きな効果が出たのだろう。そもそも、『収束』に関して学んでいなければ『活性化』を集中させることもできなかった。


「『収束』はただでさえ厄介な能力だが、そこに『活性化』の後押しが加わったんだ。あのぐらいの敵なら簡単に防御を抜けるだろうよ」

「『収束』を維持した状態で『活性化』を集中させるのって、けっこう大変なんですけどね……」


 柳の賛辞は嬉しいが、今の状態では制御で手一杯だ。制御を誤るとその場で自爆する危険性もある。


「そこで修行を兼ねて俺の作刀を手伝ってもらうわけだ。これまでと違うのは『活性化』を同時に複数発現し、なおかつ発現した場所によっては効果の大きさが変わるよう調整するってことだな。あとは瞬間的に発現できるよう、“瞬発力”も鍛える」


 真面目な顔で語る柳。話の内容は博孝を鍛えるための訓練に思えるが、柳としても刀を打つという目的を果たせるため利がある。

 博孝にとっては『活性化』を鍛えることができるため、願ったり叶ったりな話である。しかしながら先日の戦いに関する報告書の作成や事情聴取もあるため、多くの時間を割くことはできない。


「ああ、この前の戦いの報告に関しては気にすんな。重要なところだけ報告すれば、後は砂原の方で処理してくれる。何か問題があれば俺の方からも口添えしてやる」


 そんな博孝の懸念を見越したように、柳が軽く言い放つ。それを聞いた博孝は、柳がその無茶な提案を通せる立場にいることに納得し、苦笑混じりに頷いた。


 そして、博孝は柳の言葉に頷いたことを数時間で後悔することになる。


「もっとだ! もっと『活性化』を集中させろ! それじゃあ普通の『活性化』と変わらねえぞ!」

「はい!」


 ――慣れない『活性化』の集中だろうと失敗すれば注意が飛び。


「馬鹿野郎! もっと瞬間的に発現しろ! そんなんじゃすぐに体力が尽きるぞ!」

「りょ、了解です!」


 ――必要以上に『活性化』を発現すれば注意が飛び。


「今度は足りねえ! 一瞬で最大にしろ! 切る時はブレーカーを落とすみたいに一気に切れ!」


 ――『活性化』の扱いにメリハリがなければ注意が飛ぶ。


 柳に対して常に最低限の『活性化』を発現しつつ、柳が鎚で刀を打つタイミングに合わせて最大限に『活性化』を発現する。言葉にすればそれだけだが、博孝の集中力も無限ではない。


 例えるならば右手で鉄塊を落下させないよう支えつつ、左手でキーボードをタイピングするようなものだ。しかも、キーボードを叩く際は全力である。それでいて右手に持った鉄塊は微塵も揺らせないというおまけ付きだった。

 能力の“使い方”がまったく異なる運用方法を同時に行うのは、博孝に予想以上の消耗を強いた。

 特に、瞬間的に最大の出力で『活性化』を発現するのが辛い。如何に出力を最大にするまでの時間を短くするか、無駄に余韻を残さないか、連続で発現するか。鎚で叩くタイミングも一定ではなく、柳の動きに合わせて発現する必要がある。


 最初は余裕があった博孝だが、すぐに余裕が消え失せ、あとは必死になって『活性化』を発現し続けた。そして限界まで『活性化』を発現し続け、気付いた時には三時間が経過していたのである。

 その場から動いたわけでもないというのに大量の汗が流れ、呼吸が荒くなっている。柳から終了を告げられるなり床に崩れ落ち、博孝は何度も深呼吸を繰り返した。


「ぜぇ……ぜぇ……これ、滅茶苦茶、きついんです、が……」


 目を閉じれば即座に眠ってしまいそうなほど、精神が疲弊している。例え一日中体術の訓練に励んだとしても、ここまでは疲労しないだろう。そう断言できるほどに博孝は消耗していた。


 ――ただし、消耗したのは体力よりも精神の方が大きい。


「喋る元気があるじゃねえか。それならあと三時間追加……と言いたいところだが、お前さんの場合は体力が尽きるとそのまま死にかねないしな。今日はここまでにしておくか」


 三時間、常に鎚を振るっていた柳の方が消耗が少ないのはどういうことなのか。これが熟練の『ES能力者』との差なのか。

 そんなことを考えながら体を起こした博孝だが、精神的な疲労が肉体にも大きな影響を及ぼし、生まれたての小鹿のように足が震えてしまう。


「そんじゃあ、俺はこれから基地の被害情報の確認と今後の『付与』の作業に関して話を詰めてくる。それが終わるまでは休憩だ。戻ってきたら再開するからな」


 良い汗を掻いた、といわんばかりの気軽さで鍛冶場から出ていく柳の姿を見送り、博孝は這うようにして作業場のソファーまで移動。そしてあとは意識を失うように眠りについたのだった。








 そんな日々を送ること二週間。博孝としても“新しい作業”に多少は慣れ始めた頃、柳は一本の刀を打ちあげた。博孝は柳が命じるままに全力で『活性化』を発現し続け、倒れるよりも先に作業を完了させたのだ。

 打ち上げた刀は拵えを作るどころか刃を研いですらいないが、柳は声に確信を込めて呟く。


「よし……良い出来だ。こんなに満足のいく刀を打てたのは何年ぶりか……」


 切れ味を試していないにも関わらず、柳にとっては十分に納得のいく出来らしい。様々な角度で刀を眺め、口の端を吊り上げている。


「そいつは大変けっこうなことなんですが……なんか、刀の形状がおかしくないですか?」


 博孝は座り込みたいほどの疲労を堪えつつ、打ち上がった刀を指差して尋ねた。刀を打っている最中は『活性化』の発現に集中していたため、どんな刀を打っているか気にする余裕もなかったのである。

 沙織と親しくしている博孝はこれまでに何振りかの刀を見たことがあったが、柳が打ち上げた刀にはこれまでにない特徴があった。


 刃渡りは二尺三寸、乱れ刃紋の切先(きっさき)両刃(もろは)造り――そう、両刃造りなのだ。

 峰の中間付近から先が刃になっており、まるで反りがある槍の穂先のようだった。砥いでみれば明確にわかるのだろうが、現時点でも、素人の博孝でも理解できる形状である。


「峰が途中から刃になっているみたいですけど……」

「ああ……無心になって打ってたらこうなった。一応何十年と刀を打ってきたが、妙にしっくりときてな」


 (なかご)を握りながら答える柳だが、その口元は珍しく緩んでいる。言葉通り、本当に納得できる刀が打てたのだろう。


「……これで俺はお役御免ですかね?」

「ああ。護衛って形で駐屯させるのも限界があるしな。お前さんだけでなく、即応部隊を引き上げさせることになるだろう」


 報告やその他の業務に関しては砂原達に任せて柳の補佐を務めてきた博孝でも、その辺りは事情は察することができる。

 ここ最近の砂原の機嫌を思い出す限り、源次郎や“上”からもそれほど強い咎めがあったわけではない。しかし、即応部隊の性質上、任務とはいえ一ヶ所に縛りつけておくのは不可能だ。

 今日明日に撤退というわけではないだろうが、近日中に即応部隊の基地に戻ることになる。そう判断した博孝は、ここ最近の訓練を思い出して肩を竦めた。


「これで毎日死ぬ思いをして柳さんの刀造りに付き合う必要もなくなったわけですか」

「そうだな。ここまで納得のいく刀は当分打てねえだろうしな」


「沙織が聞いたらその刀を欲しがりそうですね」

「……やらねえぞ」


 目を輝かせながら強請る沙織の姿を想像した博孝は純粋な笑みを、柳は疲れたような笑みを浮かべる。


「『天治会』に襲われたのは余分でしたけど、『活性化』の扱いに関してコツを掴むことができました。感謝いたします」

「なに、こっちにも利があってのことだ。これからも訓練を怠るなよ? 『活性化』の扱いがもっと上手くなったら、また呼び出すからな」


 そう言って互いに笑い合うと、二人は握手を交わした。こうして、護衛任務を兼ねた柳からの要請は終わりを告げたのである。


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