第二十話:初任務 その4
第三十五陸戦部隊の指揮所。周辺を平坦な敷地に囲まれた指揮所には、隊員が生活できるだけの環境が整えられている。また、有事の際は救護ができるように『支援型』の『ES能力者』も常駐していた。
そんな指揮所に、各警戒区域で調査を行っている隊員から『ES寄生体』発生の一報が届いたのは、正午に差し掛かった頃である。
第一報は、藤田が引率を務める博孝の第一小隊から。
第二報は、希美の所属する第四小隊から。
その他にも、訓練生達の引率を行っておらず、通常の警戒を行っていた隊員からの報告も入ってきた。
希美が所属する第四小隊は、幸いと言うべきか付近に引率以外の正規部隊員が展開していたため、急行して事なきを得ている。だが、博孝達が調査を行っている警戒区域では正規部隊員が急行している途中で『ES寄生体』と遭遇しており、博孝達への応援に駆け付けるのに時間がかかっていた。
「―――小官が行きます」
状況の確認と、原田との情報共有。それを済ませた砂原は、すぐさま『飛行』を使って空へと飛び立つ。原田も近隣の空戦部隊に応援を要請したが、それでも砂原の方が早く到着するだろう。
そして砂原が飛び立って二十分が経った頃、途中で合流したのか空戦部隊の小隊を連れて砂原が戻ってきた。砂原は血まみれの博孝を抱え、空戦部隊の一人が負傷している藤田を抱えている。
他の空戦部隊員は第一小隊の残りメンバーを背負っており、危険な区域からの離脱を優先したのだろう。原田はすでに用意していた治療室へ博孝と藤田を運び込ませ、『支援型』の『ES能力者』も治療に当たらせる。
砂原も治療に当たっていたが、さすがに本職の『支援型』には敵わない。より重傷な博孝の治療を任せると、砂原は藤田の治療を行ってから治療室を後にした。藤田はしばらく目を覚まさないだろうが、ひとまず傷は全て塞いでいる。
そして、治療室を出た砂原は、待っていたと思わしき恭介にすぐさま捕まった。
「きょ、教官! ひ、博孝は大丈夫なんっすよね!?」
「武倉、気持ちはわかるが落ち着け。まだ中で治療中だ」
治療の妨げになるだろうと、砂原は場所を移す。少し離れた場所にあった休憩スペースでは里香がベンチに腰かけており、顔を伏せながらその身を震わせていた。
沙織は里香から距離を取っており、壁に背を預けて目を閉じている。その手は握り締められているが、その心境までは窺えなかった。
砂原の恭介の足音を聞き、里香が顔を上げる。そして体を震わせながらも立ち上がると、近づいてきた砂原に縋り付くようにして話しかけた。
「ぁ……き、教官……か、河原崎君、は……」
体同様声も震えており、泣き腫らしたのか、その声は掠れてもいた。目を真っ赤にしながら、それでも里香は博孝の容態を尋ねる。そんな里香を見て、砂原はいたたまれない気持ちになった。だが、まだ希望を持たせるようなことは言えない。
「まだ、なんとも言えん。治療中だ」
「……そう、ですか……」
里香は砂原の言葉を聞くと、再びベンチに座り込む。そして、再度顔を伏せ、数秒もすれば押し殺したような小さな泣き声が廊下に響き始める。
砂原は三人の様子を見て、自身の初陣もこんなものだったか、と僅かに遠くを見た。砂原が『ES能力者』になった頃は、現在ほど『ES能力者』の数が多くなく、訓練生が駆り出される任務も今とは比較にならないほど危険だった。
その結果、砂原が所属していた小隊も博孝達と同じように『ES寄生体』に遭遇し、一名が死亡、一名が重傷を負う事態に陥ったのだ。
三人に気付かれないよう、砂原は拳を握り締める。
恭介は時折治療室の方へ視線を向け、後悔と不安の滲んだ表情をしている。
里香がまともに話すことができなかったため恭介と沙織から状況報告をさせたが、博孝の止血をするために集中力が切れて『盾』を消してしまったことで、防御が間に合わなかったことを後悔しているのだろう。
だが、砂原としては博孝の止血をしながら『防殻』と『盾』の維持ができるとは考えていなかった。恭介は今期の訓練生の中では『ES能力者』として有能なほうだが、それでも、訓練を開始してまだ半年程度。沙織と博孝が離れている間、治療を行う里香の護衛を行っていたことから及第点と言える。
里香は相変わらず顔を伏せ、押し殺した泣き声を上げている。
話を聞けば、『ES寄生体』の攻撃から守るために博孝がその身を盾としたらしい。自分を守るために仲間が倒れたとなれば、心優しい里香のことだ、深いショックを覚えたことだろう。藤田の治療のために『接合』を使っており、自身の防御に気が回らなかったのは減点だが、それでも藤田の治療は的確に行われていた。里香が『接合』を使っていなければ、藤田の命も危うかったかもしれない。
沙織は砂原が来たことで目を開けていたが、博孝の容態は尋ねない。ただ、拳を握りしめているだけだ。
『ES寄生体』と単独で戦闘を行い、とどめを刺し損ねていたことで博孝を危険に晒しているが、沙織の力がなければ砂原の到着までにもっと被害が出ていたかもしれない。そうなると、初陣の訓練生にしては沙織の力は見事だった―――“独断専行”の上、博孝の出した指示を全て無視していなければ、だが。
砂原は“教官”として、『ES能力者』の先達として冷徹な仮面を被ると、三人に視線を向ける。そして、冷たい声色で言った。
「―――良かったな、“犠牲”が河原崎一人で済んで」
「っ!」
その言葉に、恭介が激昂して砂原に殴りかかる。しかし、砂原は恭介の拳を受け止めると、そのまま床へと叩きつけた。
「ぐぅ……そ、んな、言い方、ないっすよ!」
それでも、恭介は不満のこもった目で砂原を睨む。床に叩きつけられて体が痛むが、博孝の、友人が取った行動を馬鹿にされたように感じたのだ。砂原そんな恭介の視線を受けて、鼻を鳴らす。
「実際、貴様らは運が良かった。初陣の訓練生が二体の『ES寄生体』と遭遇し、その上負傷者を治療しながら、三人も無事に戻ってこられた。本当に、運が良かったぞ」
「―――っ!? テメェッ!」
床から跳ね上がり、恭介が全力で砂原に殴りかかる。その目は怒りを通り越して殺意が滲んでおり―――砂原は、そんな恭介の拳を難なく手の平で受け止めた。
「岡島、河原崎の指揮はどうだった?」
恭介の拳を抑え込んだままで、砂原が里香へ尋ねる。その言葉を聞いた里香は、肩を震わせた。
「……ぐすっ……え、と……その、適切だったと、思います……」
砂原の問いに、里香は涙を拭いながら呟く。
呆然自失とした恭介と里香を正気に戻らせ、指示を出し、沙織を連れ戻した後の指示も的確だったと里香は思っている。博孝が“あんなこと”をしなければ、里香はずっと混乱したままだっただろう。それでも正気を取り戻して藤田の治療を行い、恭介はその護衛に当たっていた。
そして、博孝が庇わなければ、今頃里香も博孝と同じように―――いや、完全に不意を打たれていたため、博孝とは違ってあの場で死んでいただろう。
そんな里香の言葉を聞いた砂原は、その言葉に頷いて沙織へ視線を向ける。
「そうだ。河原崎が指示したことは、あの場では最善だったと言える―――長谷川、お前が指示に従ってさえいれば、な」
もしも博孝が出した指示の通り、沙織が里香の護衛に回っていたら。沙織ならば、『ES寄生体』の『射撃』も防げただろう。そして、あとは態勢を立て直した恭介が防御を引き継ぎ、沙織がもう一体の『ES寄生体』を仕留めれば良かった。
しかし、現実はそうはならなかった。砂原は淡々と、機械的に告げる。
「無能な上官は部下を殺す。しかし、無能な部下は上官もろとも他の隊員をも殺す」
冷たく、言い放つ。
「良いか、長谷川。お前の独断による行動の結果が、今の河原崎の姿だ」
そう言って、砂原は恭介の拳を放す。恭介は砂原の様子に困惑し、殴りかかることを忘れたように話に聞き入った。
「河原崎は最善を尽くしたのだろう。だが、お前はどうだ? 最善を尽くしたのか?」
「わたしは……」
この場に来て、初めて沙織が声を出す。しかし、それは意味のある言葉ではなかった。
砂原の言葉を反芻し、沙織は目を逸らす。自分の取った行動が間違っていると指摘され、それを認められずに、沙織は目を逸らしたのだ。
そんな沙織を見て、砂原は小さくため息を吐く。
「俺は、お前らは運が良かったと言ったな? おそらく、今回一番運が良かったのは長谷川、お前だ」
「……え?」
「お前は、『ES寄生体』が複数いる可能性を考慮せずに戦闘に入った。最初の『ES寄生体』には勝ったようだが、戦っている間に他の『ES寄生体』から『射撃』を受けたらどうなっていた? 河原崎が応援にこなければ、それも有り得ただろう。『ES寄生体』からすれば、“敵”が複数になったから手を出すのを控え、そのあと狙いやすかった岡島を攻撃したのかもしれない。そう考えると、お前は幸運だった」
もちろん、たらればの話だ。それでも動物の本能として、一対一で『ES寄生体』を倒す沙織に迂闊に手を出すのを控え、もう一人応援として駆け付けた博孝の姿を見てその場から離れた可能性が高い。そして、里香達を狙おうとしたタイミングで、『ES寄生体』を倒せる沙織が里香達から離れたのだ。さぞ、狙いやすかっただろう。
「……もし、敵の『ES寄生体』が二体だったとしても、負けませんでした」
それでも、間違ったと思っていない。そんな言葉が伝わってくる沙織の態度に、砂原は眦を吊り上げる。
「―――この馬鹿者が! ここまで言ってまだわからんか!」
大気を震わせるような、砂原の怒声。その声に恭介も里香も、そして、沙織も驚きで体を震わせる。間違いなく治療室の中にまで届いたと思えるほど、その声は大きかった。
砂原は訓練でも厳しい一面を見せるが、それでもここまで直截に生徒を罵ることはない。訓練生はあくまで“学生”であり、その一線だけは守ってきたのだ。沙織が『ES能力者』でない軍事学校や軍隊に入っていたならば、とっくに罵声と拳で“矯正”されていただろう。
なにせ、沙織が行ったのは“独断専行”ではなく“命令違反”。その危険性は、推して知るべしである。
たしかに、沙織が『ES寄生体』を引き離したことで藤田の治療に専念できたと見ることもできた。もしも『ES寄生体』が複数いなければ、それも良かっただろう。しかし、IFの話をしていても仕方がない。現実には二体いた『ES寄生体』によって、博孝が死に掛けているのだ。
博孝が沙織の“命令違反”を“独断専行”と報告しているが、その報告がなければ大問題に発展した可能性もある。その点でも、沙織は“運”が良かった。
「今回は“たまたま”付近に二体しかいなかったから良かったが、五体、十体といたらどうするつもりだったんだ!? 河原崎はな、“最初から”複数『ES寄生体』がいることを想定していたぞ! 無線で警戒するよう指示を出したが、それは織り込み済み、とな!」
「っ…………」
沙織は何かを言おうと口を開くが、結局は何も言葉にできず、口を閉ざす。
沙織自身、博孝の指示に合理性は認めている。博孝自身にも、助けられている。それは理解しているが、沙織のプライドが邪魔してそれを素直に認めることができない。
敵の『ES能力者』や『ES寄生体』を打倒できる力があれば、それで良いじゃないかと、思う心があった。
そんな沙織の心情を読み取った砂原は、大きくため息を吐く。
「そう、か……では、全ては俺の責任だな……ES能力が使えない河原崎のことを考えて長谷川を小隊に加えたが、それが間違いだったか……いや、やはり、今回の任務を無理矢理にでも見送らせるべきだったな……」
砂原の声は、どうしようもなく疲れ果てていた。本来、訓練生の前で口にすることではない。それでも、自然とその口から言葉が零れていた。
長年『ES能力者』として戦ってきた砂原には、博孝の現状がよくわかる。あれほどの重傷だ。十度に一度、命を拾えれば僥倖と言える。半年の付き合いとはいえ、教え子が死に掛けているのだ。そのことを思えば、長年『ES能力者』として生きてきた砂原の心中にも、重苦しいものが漂う。
砂原も、以前は『零戦』にいた身だ。上官、同僚、部下が死ぬところも見てきている。その時と同じ、いや、博孝に“戦う術”がほとんどない以上、かつて体験した身近な死よりも重く感じた。
博孝ならば沙織も上手く扱えると判断したのが間違いだったのか、それとも博孝が相談をしてきた時点で小隊の人員を考えるべきだったのか。いや、博孝からの応援要請を受けてから、もっと早く動いていれば。
―――今となっては、全てが遅いが。
砂原の表情を見て、恭介は力なく座り込む。そして、床を力強く殴りつけた。
「くっそ! ……長谷川ぁ、なんでお前、博孝の指示に従わなかったんだよ……お前が従っていれば……従って、くれさえいれば……」
言葉の途中で涙声に変わり、そんな恭介の頭に砂原が手を置く。
「長谷川の取った行動で、『ES寄生体』を藤田伍長のもとから引き離すことができた……そう考えることもできる」
砂原がそう言うが、恭介は顔を伏せたまま答えなかった。
砂原は治療室の方へ視線を向けると、ぽつりと呟く。
「しかし……岡島を庇って、か……あいつらしいな……」
仲間を守るためとはいえ、無茶をし過ぎだ。“もしも”目を覚ますことができれば、そのことを怒って、そして最後に誉めてやろう。
砂原はそう内心で呟き、教え子が助かることを祈るのだった。
ふわふわと、まるで浮いているような感覚。
視界は真っ暗だというのに、自分の体が地面に接していないことだけは確信できる、奇妙な感覚。重力の重みから、体の重みからすらも解き放たれたような、開放感と浮遊感。
生身で宇宙に出たらこんな感覚なのでは、とぼんやりとした意識の中で博孝は思う。
上下左右もわからないが、この“浮いている”感覚は非常に魅力的だった。きっと、空を飛べればこんな感じなのだろう。このまま心地良さに身を任せ、眠ってしまいたい気分だった。
(あー……ねみー……なんか、滅茶苦茶眠いな……)
自分が何故ここにいるのかもわからない。ただ、ひたすらに眠かった。
(眠いから、寝てもいいか……)
状況もわからない。そもそも、何をしていたのかすらも、曖昧だった。
(俺、浮いてるわー……あー……『空を飛ぶ』って、こんな感じなのかなぁ……)
徐々に意識が遠退いていく。しかし、そんな途切れそうな意識の中で、博孝は最後に一つだけ無意識のうちに呟いていた。
(“最期”に空を飛べて、良かった……)
心の底からそう思う。そうだ、こんなふわふわとした世界で、のんびりと空を飛べたのだ。視界は真っ暗で、上下左右もわからないが、自分は飛んだのだ。
それで満足だと、博孝は思った。きっと満足で、幸せで、このままぐっすりと眠れるに違いない。なにせ、“夢”が叶ったのだから。
(――――――?)
思考にノイズが走る。博孝の意識が、僅かに浮上する。
いや待てと、眠りに落ちそうになる頭と体を踏みとどまらせる。
(今、飛んでいる……のか?)
改めて、自問した。
この、意識が漂っているだけの、波間に揺れるだけのような意識で、本当に“飛んだ”と言えるのか。これが“夢”だったと、本気で言えるのか。
「―――この馬鹿者が! ここまで言ってまだわからんか!」
その時、どこか遠くで、そんな声が聞こえたような気がした。聞いたことがあるような、聞いたことがないような、そんな声。
ただ、“この声”に怒鳴られると、非常に恐ろしく感じるのは何故だろうか。
そして、それと同時に温かいものも感じるのは、何故だろうか。
―――楽しいかと問われると微妙なところだが、世界が変わるぞ?
不意に思い浮かぶ、一つの言葉。
(うっわ、世界が変わりますかー。それは楽しみだ)
何気なく呟き、博孝の意識は疑問に思う。
(なんだろう……この台詞、前にも言ったような……)
不思議だ。疑問だ。だが、その台詞は本心から言ったものだったはずだ。
(あ、れ……俺、何で、ここにいるんだっけ……)
再度の疑問。
何故自分がここにいるのかと、今にも眠りそうな意識の中で必死に思考する。
問い。自分は誰だ。
(河原崎博孝)
問い。自分は“何”だ。
(……人間……人間?)
疑問が浮かぶ。はて、自分は“何”だったか、と。
それでも眠気を払うように、自問を続ける。
問い。自分の“夢”は何だ。
(空を飛ぶこと……『ES能力者』として……)
かちりと、記憶がつながる。自分が何者で、今、何故こうしているのかを思い出す。
(ああ……やべぇ……もしかしなくても、死に掛けてるんじゃね?)
『ES寄生体』の攻撃から里香や藤田を守るために、自分の体を盾にした。そこまで思い出し、博孝の意識がクリアになっていく。
(このまま死んだら……うん、岡島さんは絶対泣くな……恭介も、きっと泣いてくれる……長谷川は……まあ、線香の一本ぐらいはあげてくれるか?)
女の子を泣かすのは趣味じゃねえなぁ、と博孝は苦笑した。
それと同時に思う。
―――死にたくない、と。
体の中心で、“何か”に罅が入る。それと同時に、博孝の視界が暗闇から薄い緑色へと変わっていく。
ふと、意識が軽くなっていくのを感じた。そして、体の方も軽くなっていくのを感じた。
心身が徐々に浮上する感覚に、博孝は少しだけ笑うのだった。
「砂原軍曹、こちらに」
博孝が治療室に運ばれて三十分ほど経った頃、治療に当たっていた女性の『ES能力者』が出てきて砂原に声をかける。しかし、その表情は苦しげに歪んでおり、自ずと治療の“結果”を砂原に悟らせた。
「……わかった」
砂原が頷くと、恭介がゆっくりと立ち上がる。里香も、震えながらもベンチから立ち上がった。沙織は表情を暗いものに変えていたが、それでも、砂原のもとへと近づいてくる。
ここに待機しているように言おうと思った砂原だが、それはやめておくかと内心で呟く。
治療室まで続く廊下がやけに長いものに感じたのは、きっと錯覚だろう。あるいは、砂原としても“結果”を知りたくないのかもしれない。しかし、全てを確認しなくてはと前を向いて歩く。
治療室の扉を開け、診察台に寝かされた博孝を見て―――砂原は目を見開いた。
「なんだ……これは……」
博孝の負った傷が、その傷口が、光に包まれている。それも、砂原がよく目にするES能力による白い発光ではない。ぼんやりと、薄緑色の光を放っているのだ。
そして、砂原達が入ってくる音に反応したのか、ゆっくりと博孝が目を開く。それと同時に、博孝の傷口を覆っていた光は消えた。
博孝は視界が正しく見えていることを理解するように何度か瞬きをすると、砂原達に視線を移し、小さく笑った。
治療に当たっていた『ES能力者』が、驚愕に目を見開く。
砂原に知らせに行くその直前まで、たしかに危篤の状態だった。傷が深すぎた上に出血が酷すぎて、助からないと判断したのだ。そのためせめて砂原達に“最期”の別れを、と思ったのだが、砂原達を呼びに行っている間に何が起こったのか、博孝は意識を取り戻して目を開いている。
動きを止めた砂原達を見て、博孝は口を開く。
「……いやぁ……なんか、夢の中で教官が怒鳴る声が聞こえましてね……そしたら、目が覚めちゃいましたわ」
起き抜けにそう呟く博孝に、砂原は深く息を吐き出す。
そして、治療室に恭介の喜びの声が大きく響き渡るのだった。