第百九十六話:要請 その1
日本ES戦闘部隊監督部の長であり、中将という階級を持つ源次郎は毎日が多忙である。日本各地に展開している部隊や訓練校からの報告が山のように届き、さらには防衛省との折衝もしなければならない。
他にも日本ES戦闘部隊監督部自体の運用を行う必要があり、一つ一つの案件に割ける時間は少なかった。それでもその全てを源次郎が処理する必要はなく、部署に所属する部下達にも多くの仕事を割り振っている。
日本ES戦闘部隊監督部には戦闘向きではない『ES能力者』が多く在籍しているが、一般職員も在籍している。それらは基本的に防衛省から出向してきた者達だが、自分達の仕事が日本各地の安全を守ることにつながると知っているため、真剣に働いていた。
そんな源次郎の元に、ここ最近頭を悩ませている問題が報告書として提出される。その内容は非常に機密性が高く、報告書を提出してきた者も源次郎にとっては腹心だ。
報告書の内容は、即応部隊と協力して捕獲した『アンノウン』に関してである。
『アンノウン』を捕獲したのは七月の下旬だったが、今は十月の中旬だ。既に三ヶ月近い時間が過ぎているというのに、調査結果は芳しくない。
「ふむ……やはり大きな進捗はない、か」
報告書に目を通した源次郎は、顎に手を当てながら小さく呟く。すると、それを聞いた男性――中佐が頭を下げた。
「申し訳ございません、中将閣下。研究者にも解明を急がせているのですが……」
中佐が恐縮した様子で告げると、源次郎は気にするなと言わんばかりに軽く手を振る。
「“あの”馬場君が調査しても進捗が乏しいのだ。貴官の責任ではあるまいよ」
報告書の内容には、調査の参加者として研究者の馬場の名前が存在した。『アンノウン』の実物を見られると聞いた馬場は狂喜して参加を快諾したが、さすがの馬場でも『アンノウン』に関して全容を明らかにすることはできていない。
最初の一ヶ月は様々な情報が報告されたのだが、ここ二ヶ月では経過報告程度しか行われていない。時折馬場が過労で倒れたとも報告されるが、その数日後には再び復活しているため、いつものことだと源次郎は軽く流している。
馬場は『大規模発生』の際に得られた情報を元に、『アンノウン』に関する推測を立てた。そして、今は捕獲した『アンノウン』がいる。そうなると、馬場が望むのは立てた推測の実証だ。
『アンノウン』が暴れると危険なため『零戦』から一個小隊を割いて拘束させているが、調べられることは大量にある。
「食事は不要、水分も不要、睡眠も不要……この辺りは熟達した『ES能力者』と似ているのだがな」
これまで報告された内容を思い出し、源次郎は一人呟いた。すると、中佐が疑問を呈する。
「しかし、閣下でも完全に不要というわけではないでしょう? そうなると、『アンノウン』だけの特色に思えますが」
山本の下から出向し、源次郎の信頼も厚い中佐が投げかけた言葉。その言葉に源次郎は沈黙し、報告書に指を滑らせる。
「そうだな……さすがの俺も月に一度は食事をしたい。睡眠も同様だ。将来的に不要になるかもしれんが、僅かとはいえ必要な要素だ」
捕獲した『アンノウン』には食事も水分も与えておらず、その期間も既に三ヶ月近い。それだというのに空腹も喉の渇きも訴えず、眠る様子も見せないのだ。また、自爆する様子もなく、大人しく拘束されている。
源次郎はパソコンを操作していくつかの報告書――実際に『アンノウン』と交戦した即応部隊からの報告書を表示する。隊長である砂原の報告書に、参謀や軍医として働く里香の報告書、更には博孝からの報告書もある。
その中でも目を惹いたのは、里香からの報告書だ。仲間達が何度も『アンノウン』と交戦しているが、その際の情報を元に様々な推測を立てている。
推測の中には『アンノウン』は自爆が“できない”のではないか、という説も含まれており、今のところは否定できる要素がない。
里香がそう思ったのは、『大規模発生』の際に博孝達が撃退した『アンノウン』に関して情報を持っていたからだ。博孝や沙織が仕留めた『アンノウン』もそうだが、特にみらいと恭介が交戦した『アンノウン』に対して里香は注目をしている。
みらいと恭介が交戦した『アンノウン』に対してとどめを刺したのは、沙織だ。二人のところへと駆け付けた沙織は交戦していた『アンノウン』を仕留め、その後に瀕死だった『アンノウン』二人にとどめを刺していた。
そう――『アンノウン』は沙織にとどめを刺されたのだ。抵抗も自爆も行わずに。
これまで博孝達が交戦した敵性『ES能力者』、特に『天治会』の者達は、勝てないと思えば最後には自爆という手段を取った。しかし、『アンノウン』が自爆しようとしたことは一度とてない。
自爆しないだけなのかもしれないが、仮にそうだとしてもその理由が見つからない。捕獲した二人の『アンノウン』にもその兆候がなく、大人しく拘束されていた。
かつて砂原が捕獲した『天治会』の刺客――フレスコのように突然息絶えることもない。『零戦』のメンバーが拘束しているとはいえ、“何もない”ことが逆に異常に思えるほどだ。
里香からの報告書には、今後も自爆しないとは限らないと記されている。優花の護衛任務の際に博孝が交戦したベールクトは、赤い『構成力』を操っていたからだ。
こちらに関しては博孝からの報告書にも記されており、『構成力』を操るのならば自爆する可能性があると推察されている。
「……なんとも厄介な話だな」
そう呟いた源次郎は執務机から葉巻を取り出し、ギロチンカッターで吸い口を切る。そして中佐にも勧めてからマッチで火を点けると、紫煙を吸い込んでから深々と息を吐いた。中佐は恐縮した様子で葉巻を受け取ると、源次郎と同じように葉巻を吸う。
「即応部隊のおかげで『アンノウン』を捕獲できましたが、得られた情報は特異性を際立たせるものばかりです……情報を吐かせようとしても何も喋りません。多少傷をつけてもすぐに回復しますし、痛覚があるかも怪しいところです」
「ふむ……捕獲した『アンノウン』は空を飛んでいなかった。しかし、空を飛べる者もいる。何か違いがあるのか、それとも飛ばなかっただけなのか。相手が何も話さず、体に聞いても意味がない……どうにか研究者達に成果を期待したいところだが」
今のままでは無理だろう。これ以上の情報が出てくると期待するほど、源次郎は楽観的ではない。
「『アンノウン』の気配を察知する件に関してはどうだね?」
そのため、思考を切り替えて別の話題を振る。中佐は葉巻の灰を灰皿に落とすと、芳しくない様子で答えた。
「年齢や『構成力』の量、保有ES能力などで分類して確認を行っていますが、基準を確定するまでには至っていません」
『アンノウン』に関しては、『ES能力者』でも発見するのが難しい。『探知』などでも位置を特定できず、“ある程度”成熟した『ES能力者』でないと気配を感じ取れないのだ。
しかし、その基準は曖昧である。今のところ実際に『アンノウン』と交戦した者達の情報を元にしているが、砂原や源次郎、春日や斉藤などは問題なく気配を察知している。
博孝やみらいもそれを可能としているが、こちらは特殊すぎて参考にならない。『活性化』を受けた沙織や恭介も察知できたが、こちらは反応するのが遅かった。
今のところは『ES能力者』として“一定以上”の者ならば察知できると判断しているが、その一定がどの程度のものかは明確ではない。情報を少しずつ集めているが、確定するには足りなかった。
「……調査を継続するしかあるまい。頼むぞ、中佐」
「はっ!」
源次郎の言葉に敬礼で応え、中佐は退室する。源次郎は重要事項の一つとして頭にインプットすると、他の仕事に取り掛かった――が、すぐに動きが止まる。
「……柳め、何を考えている?」
報告書とは毛色が異なる陳情書を見つけ、思わず額に手を当ててしまった。そして自分を落ち着かせるように葉巻を咥えて紫煙を吸い込むと、ため息のように吐き出す。
陳情書を出してきたのは、ES能力の中でも希少な一級特殊技能『付与』を持つ柳だ。『ES能力者』としては珍しく、“技能職”に分類される男である。
軍属ではないが『ES能力者』である以上、日本ES戦闘部隊監督部が管理している。対『ES能力者』用武装作ることができるため管理は厳重であり、そんな柳から送られてきた陳情書に何事かと思ってしまう。
だが、その陳情書の内容を読み進めるにつれて源次郎の目が細くなっていく。
「河原崎少尉の『活性化』を借りたい、か……」
要約すると、それだけだ。しかし、その内容には源次郎としても興味を惹かれる。
ようやく人員が充足した即応部隊を“護衛任務”として派遣し、博孝には特別任務として柳に協力するよう手配してほしいようだ。
源次郎は葉巻を数回ふかすと、思考を巡らせていく。
もしも優花の時のような護衛任務ならば、砂原が難色を示すだろう。折角定員まで集まった部下の訓練を邪魔され、練度の向上を妨げる羽目になる。だが、柳の護衛任務となれば話は別だ。
柳は保有する能力の希少性から常に護衛が就いているが、柳本人も腕が立つ。それこそ、技能職でなければ『零戦』で小隊か中隊を率いていてもおかしくないほどだ。
そんな柳が普段いる場所は、日本各地に点在する『ES能力者』の基地である。工廠で製造された武器弾薬を運び込み、安全な場所で『付与』を行うのが柳の仕事だ。空いた時間には柳の趣味兼仕事の一環でもある刀鍛冶を行っている。
本来は護衛の必要がないほど腕が立つ柳。そんな柳がいる場所は駐屯基地で、護衛任務として駆り出された即応部隊は博孝を除いて基地で訓練を継続できる。柳も一日中『付与』を発現しているわけではないため、博孝も多少は訓練に参加できるだろう。
即応部隊の訓練の一環として、派遣先の基地に駐屯する部隊と模擬戦などもできる。また、護衛任務として即応部隊の面々に経験を積ませることもできる。
ようやく正式稼働し始めた即応部隊にとっては、訓練を継続しつつも任務を行えるという環境だ。加えていえば、柳の『付与』と博孝の『活性化』によって作られる物に興味を惹かれる。
ただし、国の重要人物でもある柳と『天治会』に狙われている博孝を接触させることに関しては、懸念もあった。しかし、即応部隊と柳、さらには駐屯基地の戦力を加えれば、源次郎でも正面から突破するのは無理だろう。
訓練生の修学旅行にて顔を合わせたことがあり、柳も『活性化』に関して知っている。博孝が即応部隊に配属されてすぐに陳情書を出さなかったのは、部隊長である砂原に配慮してのことか。
即応部隊の人員が充足して一ヶ月。まだまだ練度は低いだろうが、護衛任務の最中にも訓練ができる。防衛省から横槍が入って妙な任務を行わせるよりも、柳の護衛任務を行わせた方が利があると言えた。
(即応部隊の練度向上、『付与』と『活性化』を合わせた実験、駐屯基地の部隊との交流……このタイミングでということは、柳も砂原に配慮したのだろうな)
優花の護衛任務で大きな功績を挙げた即応部隊だが、正式稼働してから一ヶ月近い時間が経つ。そろそろ動かせと“上”から突かれるよりも先に、手を打っておくべきだ。
そう決断した源次郎は葉巻を灰皿に押し付け、護衛任務としての体裁を整えてから即応部隊へ通達するのだった。
「はぁ……柳さんの護衛ですか……」
士官組だけ集められた会議室で次の任務について知らされた博孝は、思わずそんなことを呟いていた。他の士官達も似たような反応をしており、表情に困惑の色を浮かべている。
「そうだ。そして河原崎少尉、貴官は柳氏に協力をしてほしい」
そんな説明を行う砂原は、上機嫌とは言わないが機嫌が良く見えた。即応部隊が正式に稼働を初めて一ヶ月程度で任務が回ってきたが、その内容は悪くない。むしろ上等だと思っているからだ。
柳の護衛に、柳への協力。しかし護衛を行う場所は他の部隊が駐屯している基地であり、防衛戦力は過剰なほどである。
訓練を行うには十分過ぎる広さの敷地に、模擬戦の相手として手頃な現地部隊。任務も行いながら訓練もできるという、砂原としてはありがたい環境だ。
即応部隊の部隊員が定員まで増えて、一ヶ月程度。本来の任務を想定して動かすには丁度良い“演習”だと言えた。
「俺の『活性化』を使うっていうのは面白そうですが……大抵の護衛よりも強い護衛対象ってどうなんでしょう?」
修学旅行の際にその一端を垣間見たが、柳の技量は非常に高い。技能職というのが詐欺だと思えるほど。当時に比べれば少しは強くなったと自負している博孝だが、柳を相手にすれば一分と経たずに膾切りにされてしまいそうである。
そんな博孝の言葉に反応したのは、苦笑を浮かべた斉藤だ。
「護衛が楽になると思えよ。まあ、どんなに強くても数の暴力には負けるしな。いくら柳さんが強くても、周囲がそれを許さねえ。護衛は必須ってわけだ」
斉藤も柳の技量を知っているのか、博孝の言葉に半ば賛同している。それでも博孝を窘めたのは、先輩としての教育だろう。博孝は苦笑を返し、肩を竦めた。
「それもそうですね。ただ、個人的に指名されてるのが怖いですが」
「『活性化』を利用してみたい、ですからね……」
里香が深刻そうな顔で呟く。その表情は周囲とは異なり、どこか怪訝そうなものだ。
「『活性化』を使った『付与』がどうなるのか……『付与』を発現する対象が増えるとか、威力が上がるとか……今までにない変化が現れるのでしょうか?」
『活性化』による能力の向上を体感したことがある里香としては、色々と気になる。身体能力が向上する、ES能力の効果が高まるといった事象に落ち着くのか、それとも別の何かが起こるのか。
「それは実際にやってみなければわかるまい。我々は任務内容に従い、粛々と任務を遂行するだけだ」
その傍らで即応部隊の訓練も進めるのだが、それは口にしない。士官達は個人的にも興味を惹かれているが、もしも『活性化』によって『付与』の効率に劇的な向上が見られれば大きな国益にもなる。
「国内だけで済めばいいのですが、他国から何か言われそうですね……」
慎重な里香がそう言うと、それには同意なのか博孝が嫌そうな顔をした。
「『天治会』だけで腹いっぱいだよ……」
「お前さんの重要性を考慮して、専用の護衛が就けられたりしてな」
どこか楽しげな様子でそんなことを言い放つ斉藤に、博孝はますます嫌そうな顔をする。しかし、博孝としても『活性化』が役に立つというのなら拒否はしたくない。斉藤の言う通り、重要性を増すことが身の安全につながるかもしれないのだ。
砂原は部下達の話に耳を傾けていたが、やがて話を打ち切るように声を上げる。
「その辺りは長谷川中将閣下も考慮されるだろう。諸君らは任務の内容を頭に叩き込み、部下を統率し、真摯に任務に取り組めば良い」
餅は餅屋というわけではないが、他国との関係や国内情勢などを考えるのは即応部隊の役割ではない。もちろん思考を停止しろとは言わないが、一部隊ではできることが限られている。
砂原の言う通り、今は任務のことだけを考えるべきだろう。そう判断した博孝達は揃って頷き、会議を終了する。あとは部下達に任務の説明を行い、準備をしてから柳が匿われている駐屯基地へ赴くだけだ。
『付与』を使える『ES能力者』は非常に貴重なため、その安全を確保するために定期的に居場所を変えている。現在柳は即応部隊の基地から離れた場所――東北地方の基地にいた。
これまでなら移動に時間がかかっていたが、現在の即応部隊には軍用ヘリが配備されている。陸戦部隊を詰め込んで飛べば、移動時間を短縮できるだろう。
優花の時と違って差し迫っているわけではないが、今後も任務を行っていくことを思えば、移動手段に関する評価もしておくべきだ。軍用ヘリを利用した部隊の展開速度を確認するには丁度良い。
『ES能力者』が先行して護衛対象者の安全を確保し、対ES戦闘部隊の兵士達は任務に必要な物を調達してから車で移動する。役割の分担を兼ねた移動方法だった。
兵士達は即応部隊の基地周辺を維持する必要もあるため選抜するが、正規発足に合わせて増員されているため大きな影響はない。優花の護衛任務の際に戦功を挙げているため、周囲の部隊からの協力も得易かった。
会議を終えた博孝は、士官として訓練中の部隊員達に声をかけに行く。まずは砂原から任務の説明を受け、長期の任務に備えた準備を行い、あとは空を飛ぶだけだ。軍用ヘリを飛ばすためパイロットにも声をかけておく必要があるが、そちらは里香が担当した。
訓練用のグラウンドに顔を出した博孝は、大きく息を吸ってその場にいた全員を集合させようとする。『通話』を使えば楽なのだが、号令などは肉声で行った方が効果も高い。
そんなことを考える博孝だが、思わず口を閉ざしてしまった。その視線の先には訓練に励む部隊員の姿があったが、中でも目立っていたのは福井と市原だ。今は模擬戦を行っているのか、一対一でぶつかり合っている。
訓練である以上、殺し合いではない。ES能力は使用するが、相手を殺傷する威力では使用せず、『武器化』などでも寸止めする。
訓練校を卒業したての市原と、正規部隊で十年近く過ごした福井。その差を考えれば優勢なのは福井のはずなのだが、意外にも市原の方が攻め込んでいた。
「さあ、どうしました! 河原崎少尉達に勝つと公言するのなら、これぐらいは捌けるでしょう!?」
苛烈に言葉をぶつけつつ、『武器化』で発現した二メートルほどの槍を振るう市原。元々は『固形化』で長物の扱いに関して訓練していただけあり、その槍捌きは中々堂に入ったものだ。審判役なのか、二人から離れた位置に立つ沙織は何やら満足そうに頷いている。
「まあまあね。でも、槍で突きを放つのならもっと引き手を意識しなさい。槍は懐に入られると弱いし、下手すると柄を握って止められるわ」
「はい、先輩!」
「長谷川曹長!? 戦いの最中にアドバイスするのは卑怯じゃないかね!?」
穂先が丸められた槍を薙ぎ払い、時には突き、更には振り下ろす市原に防戦一方の福井だが、沙織の口から助言が放たれたため慌ててツッコミを入れる。
「あら? 市原よりも階級が上で、正規部隊の在籍年数も上で、『飛行』も使える。さらには『収束』が使えると公言する福井軍曹の言葉とは思えないわね? ちょっとしたハンデでしょうに」
「ぐぬぬ……」
『構成力』を集中させた右手で槍を弾きつつ、福井は歯ぎしりをした。訓練校を卒業したばかりと聞き、先輩風を吹かせてみようと思った矢先にコレである。博孝達は例外だと思ったが、市原も訓練校を卒業したばかりとは思えない力を持っていた。
市原達四人が陸戦だと聞いたのも、油断の原因である。それならば先輩として、上官として、面倒を見ることができると思ったのだ。
市原は『飛行』を発現できないが、『瞬速』による移動速度と『武器化』の攻撃力が侮れない。空を飛べば攻撃手段を制限できるが、それを行えば先輩として負けのような気がする福井だった。
「飛んでもいいわよ? その代わり、飛んだら市原じゃなくて紫藤の相手をさせるわ。こっちは『狙撃』が得意だから、市原よりも厄介かもね?」
「くそぅ! なんでうちの後輩達はこんなに可愛げがないんだっ!」
そう叫び、劣勢になりつつも福井は有効打を許さない。そんな福井を見て、市原は自分の技量では福井の防御を崩せないと判断した。
博孝と同様に『構成力』の集中を得意としているようだが、その防御力に見合う体術も身につけている。紫藤と二人がかりなら容易く下せるだろうが、一対一ではやや有利に勝負を進めるのが限界だ。
「想定よりも強い……さすがは正規部隊。腕が立つ人が多いですね」
市原は周囲を薙ぎ払うようにして槍を振るい、福井から距離を取ってから口を開く。それを聞いた福井は褒められたと思ったのか、得意そうな顔になる。
「ふふん、そうだろう? だがなに、君も捨てたものではないよ。訓練校を卒業したばかりとは思えない。これからは俺を師と仰ぎ、教えを請えばもっと強く」
「――殺す気でかかります」
「どうしてそうなるんだ!? 訓練校でどんな教育を受けてきたというのかね!?」
「わたしと河原崎少尉が時間をかけて育てました」
「それなら君達二人のせいだな! 畜生め!」
突然殺気を振り撒き始めた市原の様子に心底慌てる福井。沙織は止める様子もなく、二人の戦いを傍観するつもりのようだ。
「はいはい、そこまで。熱の入った訓練は推奨するけど、仲間同士での殺し合いは御法度だからな」
だから、この場に割って入るのは博孝しかいない。手を叩きながらそう言うと、市原はすぐに矛先を収めて直立不動の体勢を取る。
「河原崎少尉! 会議は終わったのですか? それなら訓練をつけてください!」
「やる気と元気があって良いねぇ。ただ、訓練は中断だ」
市原と福井の戦いをもう少し見ていたかったが、今は任務優先である。博孝はグラウンドにいる部隊員を見回し、大きく息を吸いこんで声を発する。
「全員集合! これより我々即応部隊は任務に取り掛かる!」
博孝がそう叫ぶと、五秒と経たずに全員が集合した。すると、それを見計らったように砂原が姿を現す。
そして、砂原の口から正式に任務に関する情報が開示され、部隊員はそれぞれが異なる反応をした。
ある者は任務と聞き、嬉しそうな表情を。ある者は部隊の状態を考慮し、訝しく思う。またある者は不安そうな顔をした。
それらの反応を見回した砂原は、今回の任務は現地で訓練を継続しながら行えることも併せて説明する。いつかは伝えるつもりだが、博孝の『活性化』を利用することに関しては士官組だけの情報として伏せた。
「各員、長期の任務に備えて準備を整え、一時間後にこの場に集合しろ! いいな!?」
『はっ!』
情報を伝えて一時間後に任務地へ飛ぶことになるが、体一つあれば任務を行える『ES能力者』の“身軽さ”は他の兵科と比べるべくもない。長期の任務ということで着替えなどは必要だが、任務地は他部隊の駐屯地だ。糧秣を気にする必要もない。
一時間後、即応部隊の面々は時間通りに集合する。陸戦部隊は用意された軍用ヘリに乗り込み、空戦部隊はその周囲を警護するように布陣した。
そして、即応部隊は目的地である東北地方へ向かって飛び立つのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想や評価等をいただきまして、ありがとうございます。
琥珀 霞さんよりレビューをいただきまして、合計で17件になりました。レビューをいただき、ありがとうございます。
そしてやはり登場する、『砂原』の二文字……
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。