第百九十五話:転換点
即応部隊設立から半年の時間が過ぎた。この間に起きた事件といえば優花の護衛任務程度であり、日々の訓練や基地周辺の『ES寄生体』退治などは事件と呼べるほど大仰なものではない。
即応部隊は部隊としての練度を高めつつあったが、部隊員の数が定員まで到達していないのは問題である。しかし、それも解決する時が来たのだ。
陸戦と空戦の混成で大隊を形成している点は変わらないが、第七十二期訓練生の卒業に合わせて人員を補充し、一個大隊と呼べる規模になったのである。
町田が率いる第五空戦部隊から異動してきた者、陸戦部隊から異動してきた者。そして、第七十二期を卒業した者達が即応部隊へと配属された。
追加で加わった人員は、空戦一個小隊に陸戦二個小隊。これらが加わることにより、即応部隊の陣容は空戦四個小隊と陸戦五個小隊、計九個小隊になった。中隊で言えば三個中隊になり、この陣容を以って一個大隊となる。
他にも“上”から出向を命じられた対ES戦闘部隊の兵士達も在籍しており、混成も良いところだ、と砂原は思った。
「……仕方ないとはいえ、なんともバランスが悪いな」
新たに加わった部隊員達の資料を読みつつ、砂原は呟く。場所は会議室であり、会議に出席しているのは士官組だけだ。砂原以外の者達も新しい部隊員に関する資料を配られており、各々が興味深そうに資料を読んでいる。
「空戦が増強一個中隊、陸戦も似たようなもんですが、こちらの方が空戦よりも一個小隊多い……前例がなさ過ぎて運用に困りますな」
砂原の呟きを拾った斉藤が苦笑混じりに取り成すと、砂原は同意するようにため息を吐いた。
「“上”からも対ES戦闘部隊の追加人員が送られてきた……我々『ES能力者』がいなくとも、基地周辺の治安維持を行える程度には戦力が充実している」
「我々は基地に留まらず、全国各地を飛び回れってことですかね?」
冗談を飛ばす斉藤だが、資料をめくる内に兵員輸送用の軍用ヘリの配備に関する資料を見つけてしまい、思わず眉を寄せる。
陸戦は空を飛べないが、軍用ヘリを使えばそれなりの速度で移動ができる。飛行型の『ES寄生体』に攻撃されれば危険だが、即応部隊の空戦『ES能力者』が周囲を囲めば危険も少ない。
配備される軍用ヘリは乗員数が二十四人と大規模であり、『ES能力者』を二個中隊分輸送できる優れものだ。また、離着陸できる広ささえあればどこにでも行けるのも強みだろう。
乗員数に最高速度、巡航速度や航続距離も優秀であり、陸上を車で移動するよりも遥かに速い。飛ぼうと思えば日本海を飛び越えて大陸に渡ることもできるほどだ。
「こいつはなんとも……お?」
斉藤の言う通り、全国を飛び回れということだろうか。そんなことを考えていた博孝だが、即応部隊に配属となった人員のプロフィールを眺めて眉を跳ね上げる。
そこには後輩達――市原達の名前が存在した。市原と紫藤は予想通りだったが、二宮と三場の名前も書かれている。警告を兼ねて軽く脅した博孝だが、二宮と三場も即応部隊へ配属されることを望んだようだ。
それならば上官として、先輩として、これからは戦場で肩を並べる戦友として、徹底的に鍛えてやらなければと博孝は思う。配属されるのは陸戦部隊だが、自主訓練には顔を出すだろう。間違っても“年功序列”を破って先に死なないよう、可能な限り鍛えなければ。
密かにそんなことを考える博孝だが、自分自身の訓練も欠かせない。他にも小隊長として、士官として、まだまだ覚えることが山積みになっていた。睡眠時間を削れる『ES能力者』でなければ、今頃過労で倒れていただろう。
「補充人員に関しては、『瞬速』を覚えていない者がいます。また河原崎少尉の力を借りる必要がありますね」
そんな発言をしたのは、陸戦部隊を取りまとめる間宮だ。
また一つ仕事が増えたか、と博孝は酸っぱい物を食べたような顔になるが、これも仕事である。『飛行』を覚えさせろと言われないだけマシである。
「許可する。河原崎少尉は陸戦部隊のサポートも行え。前回は二週間だったからな……今回は一週間でいけるか?」
「無茶を言わないでくださいよ隊長……」
真顔で無理難題を吹っかける砂原に対し、博孝は両手を上げて降参した。“前回”は元々『瞬速』を習得途中だった者ばかりだったため、二週間でも何とかなったのである。しかし、今回はそうではない。
勘弁してほしいと訴える博孝を見た斉藤は、非常に楽しげな様子で砂原の発言に乗る。
「いっそのこと『飛行』まで覚えさせてこいよ」
「一週間で覚えられたら革命的ってレベルじゃないですよね!?」
「だが、混成大隊というのも座りが悪い。最初は慣れないだろうが、空戦ができるに越したことはないだろう……少尉、無理か?」
「間宮大尉までそんな無茶を!?」
先輩達から難題を押し付けられ、博孝は目を剥いてしまった。『瞬速』だけでも大変だったというのに、『飛行』までとなるとどれほどの労力になるかわからない。斉藤は明らかに冗談だったが、間宮の目は真剣だった。
「軍用ヘリの試験飛行を兼ねて、高所から飛び降りてもらうとか……」
「岡島少尉? その場合は貴女も同じことをするんですよ?」
物騒なことを呟く里香にもツッコミを入れるが、それはそれで『飛行』の訓練に最適だと思ってしまう。砂原は部下達の話を聞いていたが、やがて手を打ち鳴らして注目を集めた。
「まずは新規部隊員達を部隊に馴染ませることを優先する。それが済めば部隊としての連携訓練、それと並行して陸戦の者達に『瞬速』を習得させる。今のところ任務に関して情報はないが、部隊として動けるようになった以上はいつ任務が通達されるかわからん」
そこまで口にした砂原は、この場にいる士官達を見回し、真剣な様子で告げる。
「日本ES戦闘部隊監督部も“上”も、我々即応部隊に注目している。それは他の部隊も同様だろう。貴官らはそれを肝に命じ、部下の統率と教育に当たれ。いいな?」
『はっ!』
揃った返事を行い、この場は解散となった。士官組の話し合いが終わろうとも、他の部下達に詳細情報が渡されていない。これから新規部隊員と顔合わせを行い、今後の方針についても話す必要があるのだ。
「お久しぶりです、先輩方!」
そして、顔を合わせるなり元気の良い声を上げたのは市原だ。博孝達が卒業した時と同様に、卒業式の翌日に即応部隊まで連れてこられたのである。
その背後には二宮と三場、紫藤の姿もあり、会議を終えて外に出てきた博孝と里香の姿を見て嬉しそうに駆け寄ってきた。
しかし、訓練校を卒業すればただの先輩後輩という関係ではなくなる。階級があるため、上官とその部下という関係にもなるのだ。博孝は市原の言葉を注意しようとしたが、それを制するように市原達は敬礼をする。
「第七十二期卒業生の市原陸戦兵長です! 本日より着任いたします! ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします!」
「同じく、第七十二期卒業生の二宮陸戦一等兵です。よろしくお願いします」
「三場陸戦一等兵です! よろしくお願いします! ……改めて自己紹介をするのも変な気分ですね」
「紫藤陸戦上等兵……です。よろしくお願いします」
それぞれ敬礼をしながら自己紹介をするが、階級が通常よりも高い。市原達も技量と実戦経験を評価され、通常よりも高い階級が与えられたのだろう。
博孝は後輩達の姿に目を細めたが、すぐに表情を厳しいものへ変える。
「馬鹿者! 真っ先に俺や岡島少尉に挨拶をしてどうする! 隊長や他の方々もいるんだぞ!」
市原達としては世話になった先輩でも、即応部隊では関係がない。隊長である砂原がいても真っ先に挨拶をしてくれるのは嬉しかったが、それはそれ、これはこれだ。
砂原と同伴して即応部隊まできた博孝達とは異なり、順序というものがある。それを咎める博孝だが、砂原が手を振ってそれを制した。
博孝と里香、そして市原達の関係は訓練生時代からよく知っている。卒業したての市原達が、特に世話になった博孝達に声をかけても仕方ないと思ったのだ。
「卒業したてのヒヨっ子をあまり苛めるな、少尉。後ろ弾を食らっても知らんぞ?」
博孝が怒ったのなら、更に上官である砂原はそれを宥める。おまけで性質の悪い冗談がついていたが、博孝と市原達の関係性を思えば有り得ないと思ったからこその冗談だ。
もっとも、砂原としても部隊長として言うべきことがある。博孝の注意も、この場では真っ当なものだからだ。
「貴官らの着任を歓迎する……が、ここは訓練校ではない。学生気分は捨てることだ」
『はい!』
「しかし、俺も鬼ではない。ここには身内しかいないからな。一度目の失敗は許そう……だが、二度目はない。いいな?」
『は、はいっ!』
最後は凄みのある笑顔で言われ、市原達は慌てて砂原に敬礼を向けた。砂原は答礼を行うと、市原達に向けていた笑顔を真顔に戻す。
「まずは自室に荷物を置いてきたまえ。三十分後には部隊全員で顔合わせを行う。わかったな?」
『了解であります!』
揃った返事を行う市原達。他の部隊から異動してきた者達も続々到着しており、時間通りに顔合わせができるだろう。
そんなことを考えていた博孝だが、視線を感じて首を捻る。視線が飛んできたのは市原達を運んできた軍用車からであり、その運転席にいた人物が博孝を見ていたのだ。
博孝は砂原に一言断ってから足を向けると、運転席の扉が開く。
「……で、なんでこんなところにいるんです?」
博孝がそんな声を投げかけたのは、訓練校の防衛部隊で働いているはずの野口だ。市原達の運送に駆り出されただけかと思ったが、卒業生の運搬を担当するのは配属先の部隊員である。
即応部隊は『ES能力者』の数が少ないため、護衛の『ES能力者』は別の部隊から借りていた。そのため、野口が運転手にいるのはおかしいのだ。
「……異動がてら、運転手をやらされてな……」
「異動? 半年前に訓練校の防衛部隊に異動したばかりじゃなかったんですか?」
市原達のスカウトに行った際、そんな話をしていたはずだ。それだというのに、半年足らずで異動を願う程の“何か”があったというのか。
「一身上の都合だ……それ以上は聞くな……」
虚ろな表情で答える野口に、博孝は心底不思議そうな様子で首を傾げる。
「でも、いいんですか? 野口さんに惚れてた子がいたじゃないですか。反対されなかったんですか?」
自分の記憶に間違いがなければ、博孝にとっては後輩に当たる少女から想いを寄せられていたはずだ。もしかすると、卒業から半年の間でその熱も冷めたのか。『大規模発生』という大事件の最中に起きた吊り橋効果も、既に切れたのか。
そんなことを考えながら尋ねたが、野口は挙動不審な様子で視線を逸らす。額からは汗が流れているが、それは残暑によるものではないだろう。
「急な……そう、急な異動だったんだ……あの嬢ちゃんは日中授業や訓練があるし、顔を合わせる時間がなかった……」
まるで自分に言い聞かせるような口調である。野口は煙草を取り出そうと胸ポケットに手を伸ばしているが、指先が震えてボタンを外すことができない。
「大丈夫ですか? なんか、死神に首根っこを掴まれたような顔をしてますよ?」
「どんな顔だよ!? ……いや、そうか。そんな顔をしてるか……でも、これであの嬢ちゃんが卒業するまでは安全なはずだし……こうなったら嫁さんを見つけるか?」
最後の方は小声だったため博孝には聞こえなかったが、野口の様子があまりにもおかしいため心配になってしまった。博孝は労わるように微笑むと、野口の肩を軽く叩く。
「野口さん、きっと疲れてるんですよ……今度一緒に食事でもしましょう。俺、奢りますから。恭介達も呼ぶんで、楽しく騒ぎましょうよ」
野口が即応部隊に異動してきたというのは、状況を見ればわかる。そのため、博孝は食堂なりで野口に食事を奢ろうと思った。好きなだけ飲み食いすれば、少しは気も晴れるだろう。
博孝から向けられる、労わりに満ちた言葉と眼差し。その二つを向けられた野口は、人の優しさというものは時に刃にもなるのだと思った。夜逃げ同然に異動してきたのだが、罪悪感がチクチクと胸を刺す。
「その時は、喜んで騒がせてもらうぜ……」
辛うじてそれだけを口にすると、野口は博孝に敬礼を向ける。
「……それでは少尉殿、小官はこれにて失礼いたします。周囲の警戒などが主な任務になりますが、報告等ありましたらその時にまた……」
「ええ、はい、わかりました。お疲れ様です、曹長」
三年近い付き合いがある野口が対ES戦闘部隊の兵士として加わるのは嬉しいが、どうにも心配の方が先に立ってしまう。市原達の着任に内心では喜んでいた博孝も、野口の顔を見たら全てが吹き飛んでしまった。
本当に大丈夫なのだろうか。そんなことを思いつつ、博孝は砂原達のもとへと戻るのだった。
人員が充足した即応部隊は、“部隊として”動くための訓練に精を出すこととなる。空戦と陸戦の連携だけでなく、新しく配属された卒業生、あるいは他の部隊から異動してきた者達の技量を確認し、組み込まれた小隊内での連携訓練も行う必要があった。
幸いというべきか、博孝はその点で苦労が少ない。新しく空戦部隊員が加わったが、現状では第三空戦小隊の構成が変わることはなかったのだ。追加の人員で第四空戦小隊が編成されたが、そちらに関しては試行錯誤している。
士官が限られているため曹長や軍曹クラスに指揮を任せるか、任せるとしても誰に任せるか。また、小隊の構成はどうするか。
階級だけで言えば沙織や恭介、福井なども候補に挙がったが、小隊長としては能力が足りない。また、沙織などは博孝の指揮下から外れることに対して頑強に抵抗し、恭介も消極的ながら拒否の姿勢を示した。
少尉として、あるいは小隊長として、日夜忙しく立ち回っている博孝の姿を見て、自分にはまだ無理だと恭介は考えたのである。福井に関しては上官である斉藤が無理だと判断し、見送られた。
結局は第五空戦部隊から連れてきた曹長に小隊長を任せ、指揮下の者達も第五空戦部隊出身の者達を多く配置している。暫定での措置だが、特に問題がなければこのまま運用していくことになるだろう。
陸戦部隊に関しては間宮が上手くまとめており、新しく加わった市原達とその他四名、計八名の陸戦部隊員を馴染ませながら統率している。博孝は『瞬速』の習得に駆り出されたが、さすがに一週間というのは冗談だったのか、二週間の期間を与えられた。
『活性化』を一日に何度も使いながらあちこちを駆けずり回り、小隊員と共に訓練を行い、書類を片付け、近隣に出現した『ES寄生体』を狩り、当直を行い、時間が空けば自主訓練を行うという忙しい日々である。
『ES能力者』でなければ、軽く十回は過労で死んでいただろう。しかし過労で死ぬほど『ES能力者』の体は弱くない。博孝としては一日が瞬く間に終わり、一週間があっという間に過ぎ、気が付けば市原達が部隊に加わって一ヶ月近い時間が過ぎていた。
季節は秋。少しずつ冬に近づいているのが実感できる十一月。
部隊としての練度を高めるべく訓練と『ES寄生体』退治に励んでいた即応部隊のもとに、想定していなかった任務が舞い込むこととなる。
依頼内容は、優花の時と同じく護衛任務。しかし護衛対象は民間人でも政治家でもなく、日本の『ES能力者』だ。しかしながら優花の時とは異なり、単純な護衛任務ではない。
一級特殊技能である『付与』を発現できる、日本の『ES能力者』の中でも屈指の重要人物。砂原の友人でもある柳鉄心から、護衛任務を口実にして博孝が持つ『活性化』を利用してみたいと申し込まれたのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
非常に短くて申し訳ないですが、どうにもキリが良くないので投下しました。
読者の方からのご感想で気付きましたが、前回の閑話で200話に到達していました……閑話を除いてカウントしていたので、まったく気付いていませんでした。
ここまで拙作が続いているのも、読者の方々のおかげです。ありがとうございます。
また、いつの間にかお気に入り登録が10000人を突破していることに気付き、ビックリしました。重ねて御礼申し上げます。
そして、16件目のレビューをいただきました。犬彦 蘭丸さん、ありがとうございます。いつにもましての砂原推しでした。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。
……野口と伊織の思わぬ人気に困惑する作者でした。一話辺りの感想数が多分過去最高です……