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第百九十話:事後処理

 護衛任務が完了して、一週間の時が過ぎた。それはすなわち即応部隊が設立されてから四ヶ月の時が過ぎたということでもあるのだが、新規に設立された部隊としては早々に手柄を得ることができ、上々の滑り出しと言えるだろう。

 通常の部隊に配属されれば、即主力に成り得ると判断されていた第七十一期訓練生の上位成績の者達。それらを根こそぎ配属させたことで不満に思う部隊もあったが、きちんと成果を出しているのならば矛を収めざるを得ない。

 規定人数未満、二個中隊程度の戦力で『アンノウン』の一個中隊を退け、そのうち二名を生きたまま捕獲したのだ。取り逃がしたものの、訓練校を卒業したての若手士官である博孝が辛うじてだが単独でベールクトを退けたというのも大きい。

 まったく未知の独自技能保持者でありながら、『アンノウン』でもあるベールクト。会話の最中に様々な情報を収集してきた点も評価されており、即応部隊は大きく評価されたと言って良い。


「……護衛任務を達成しましたが、事態は深刻です」


 それだというのに、会議室に集まった士官組を見回して口を開いた里香の様子は暗かった。隊長補佐として会議の進行役を務めているのだが、同時に即応部隊の参謀としての役目も全うしている。

 民間人に被害を出すこともなく、護衛対象に傷一つ負わせることもなく、部隊から死者を出すこともなかった。重傷者が二名ほど出たが、実際に重傷を負った身である博孝と恭介は既に完治している。

 その上で『アンノウン』を生きたまま捕獲し、任務は無事に完遂した。ベールクトを逃がしたのは痛手だったが、想定していない敵戦力だったため仕方がない。

 捕獲任務ならばそうも言っていられないが、今回は護衛任務だったのだ。優花の安全が最優先である。

 即応部隊の定例会議のため、そこまで機密性が高いものではない。締め切った窓の外からは僅かに蝉の鳴き声が聞こえ、窓を隔てれば炎天下の夏空が広がっている。

 そんな真夏の気候に似合わない沈痛さで会議を進める里香だが、砂原もそれを咎めなかった。


「ここに来て情報戦を仕掛けてくるとは……本当に厄介な奴らだ」


 紙コップに注がれたお茶を啜り、気を落ち着けるように砂原は言う。手元には数枚の紙資料が置かれているが、護衛任務を完了して数日も経たずに情報局から回ってきたものだ。

 そこに書かれていたのは、先日の護衛任務によって発生した問題に関してである。正確に言えば問題ではないのかもしれないが、『ES能力者』である砂原達からすれば十分に問題だった。


「明らかに情報を操作されていますよね? まさか、神楽坂氏を守り抜いたことを大々的に宣伝してくるとは……」


 どこか呆れたように、困ったように言ったのは博孝である。情報局から流れてきた情報だが、野外コンサートで優花を守り抜いたことがインターネット上で話題になっているのだ。

 犯行予告が書かれ、実際に襲撃が起きてしまった。そのことを騒がれるのは仕方ないが、守ったのが日本の『ES能力者』であること、襲撃してきたのが本当に『天治会』だったこと。それらの話がインターネット上で騒がれているのである。

 さすがに即応部隊の名前は出ていないが、『とある有名な『ES能力者』が率いる特殊部隊が優花を守っていた』、『話によると『武神』なども現場にいた』等々の“噂”が広がっており、情報局はその火消しに追われているらしい。

 そして、その話を聞いて厄介な動きをしたのが優花のファン達である。熱狂的なファン達にとっては神にも等しい優花だが、そんな優花を守り抜いたことで『ES能力者』に対する態度が好意的なものに転じた。

 それだけならばまだ良かったのだが、今度は優花のファン達がインターネット上で即応部隊の活躍を語っているのである。優花を守り切ったことに対して純粋に感謝する者もいるのだが、実際に野外コンサートの場にいた者は余計に得意顔で語ってしまう。

 そうしてその話を聞いた者達がさらに話を広め――と、収集のつかない事態に発展しつつあった。


 『ES能力者』に対する民間人の好感度は、流動的なものである。

 『ES能力者』を身内に持つ者や肯定的な考えを持つ者達が結成した『ES保護団体』と、『ES能力者』に対して否定的な意見を持つ者達が結成した『ES抗議団体』が矛先をぶつけ合っているが、それすらも普通の人々からすれば縁遠い話だ。

 普通の人々は三十歳まで定期的に行われる『ES適性検査』と関わる程度で、研究者や兵士にでもならない限り『ES能力者』と関わることはない。身内に『ES能力者』がいればまた別なのだが、普通ならば知識として多少学ぶだけだ。

 『ES寄生体』に襲われた時、あるいは街中で偶然見かけるなど接触の機会もあるが、基本的には関わり合うことはない。

 そんな『ES能力者』が、有名なアイドルである優花を守り抜いた。それは非常に単純な理由だったが、だからこそ賛同も得易い。『ES抗議団体』の声は小さくなり、『ES保護団体』の声は逆に大きくなるほどだ。


 ――故に、里香はその点を危惧する。


「想定していたことではありますが、これは非常に“反動”が怖い話です。そして、今回のように犯行予告があった場合、こちらとしては必ず動かざるを得ません」


 優花に対する犯行予告は本物だったが、同じようなことが起きればどうなるか。それが本物であれ偽物であれ、動く必要がある。


「厄介な話だ……向こうは少々の戦力を消耗した代わりに、こちらの動きに枷をつけてきた」


 道理で相手が弱かったわけだ、と砂原は呟く。“前例”ができてしまった以上、優花の時のように犯行予告があれば動なければいけない。もちろん調査を行い、怪しいという裏付けがなければ動かないが、それでも『天治会』に厄介な手を与えてしまった。


「こちらも捕獲した『アンノウン』に関する情報を得られますが、『天治会』としてはどちらに転んでも良かったのでしょう」


 戦術的には有利に立ったが、戦略的には不利になったと言える。そして、『天治会』が指した手は、日本の『ES能力者』がどう足掻いても回避できない辺りが厄介だった。

 もしも優花への犯行予告を悪戯と判断して放置していた場合、優花とコンサートに駆け付けたファンは大惨事に巻き込まれていただろう。しかし、守り抜いたことによって自分達の行動も制限されてしまった。

 日本を守る『ES能力者』としては、今後も似たような案件が出てきた場合には対応していく必要がある。今回の件でも、下手をすれば千人単位で犠牲者が出た可能性もあったのだ。無視は出来ない。


「なるほど……しかし、即応部隊が目立つのは避けたいところですな。なにせ、人員も揃ってないですし。現状の戦力で激戦地に放り込まれるのは勘弁ですぜ」


 話を聞いていた斉藤が、肩を竦めながら言う。今回程度の敵ならば、いくらでも料理できる。だが、『天治会』の目的を察する限り、今回襲ってきた『アンノウン』は捨て駒だろう。

 たしかに頑丈だったが、空を飛べない『アンノウン』ならば陸戦部隊でも対応できる。砂原や斉藤ならば、単独で一個中隊程度は容易く平らげられるだろう。


「たしかに、斉藤中尉が危惧するように我々が目立つのは厄介です。その、下手をすると神輿のように担がれそうですしね……」


 有名なアイドルを見事に守り抜いた『ES能力者』達。飾り立てて民間人の前に晒すには格好の的だ。その辺りは源次郎が許さないだろうが、それも絶対ではない。

 里香は少しばかり考え込んでいたが、やがて苦笑と共に対策案を口にする。


「ここは長谷川中将閣下を頼りましょう」

「というと?」


 黙って話を聞いていた間宮が続きを促すと、里香は情報局から回ってきた資料を叩いて笑顔を浮かべた。


「“偶然”ですが、我々にとっては運が良いことに中将閣下が現場にいました。今回即応部隊が主導だったことは『ES能力者』の部隊では知られていることですが、民間人は詳しく知りません。情報局には『武神』が大活躍して敵を退けたと噂を流してもらいましょう」


 笑顔でそんなことを語る里香に、博孝達はなんとも言えない顔になる。源次郎や春日を呼び寄せたこともそうだが、里香としては『使えるものはなんでも使う』スタンスらしい。

 そして、その使い方も相手に極力負担にならない方法を採用し、相手を“偶然巻き込まれた”形にしている。


「ははは……偶然ってのは恐ろしいもんだな、岡島少尉?」

「そうですね。怖い話です」


 乾いた笑い声を上げる斉藤と、真顔で同意する里香。『ES能力者』の部隊が優花を守ったと噂されるよりも、『武神』が率いる部隊が優花を守ったと噂された方が興味の向く先も分散される。

 『武神』と呼ばれる長谷川源次郎は一般人でも知っている名前であり、インパクトとしては十分だ。里香の案が上手くいけば、『ES能力者』に対する民間人の好感度を下げず、それでいて現場部隊への過剰な期待を抑制できると思われた。

 里香の話を聞いた博孝は、合点がいったと言わんばかりに苦笑する。


「それで『天治会』が噂を否定して、即応部隊が活躍したと騒いだら?」

「その騒いだ人を探し出せば、『天治会』へのつながりが見つかるかもしれませんよね?」

「ですよねー」


 相手が自分達を利用するのなら、それを逆用して対応していく。対処療法に近い部分もあるが、相手の方が先手を打てる以上はその手を潰していくしかない。


「それでいこう。情報局や中将閣下には俺から話を通しておく」


 砂原は即断し、里香の案を採用することにした。ただでさえ“上”が博孝やみらい、沙織などを神輿扱いしようとしている節があるのだ。既に存在している巨大な神輿に隠れる方が無難である。

 護衛任務を終え、溜まっていた書類仕事も片付けた矢先に出てきた面倒な問題。その解決方法を検討し終えた士官組の面々は、肩の力を抜きながら次の話題に移る。


「次の議題ですが……あと二ヶ月ほどで第七十二期訓練生が卒業します。それに合わせて即応部隊の人員追加を行い、正式な部隊として発足しなければなりません」


 資料をめくりながらそんな説明を行う里香。他の士官達もそれぞれ資料に目を落とし、真剣な顔で頷く。

 人員追加と言っているが、何も第七十二期訓練生から規定数まで引き抜くわけではない。数人は目をつけているが、他は正規部隊から引き抜く予定だ。

 第七十二期も優秀な者がいるが、さすがに第七十一期には数も質も敵わない。そのため、第七十二期の者達が卒業するのに合わせ、正規部隊員と入れ替わる形で即応部隊へ人員を移動させる。

 そうやって大隊規模まで人員を確保した後は、一個の部隊として動けるよう砂原達の手で“徹底的に”鍛え上げていく。

 三ヶ月もあれば部隊として最低限の練度を得られると砂原は見込んでおり、それから先は任務を行いながら部隊としての完成度を高めることになるだろう。


 問題があるとすれば、補充する人員についてだろうか。他の部隊との兼ね合いもあるため、部隊のエースクラスは引き抜くことができない。かといって即応部隊の性質上、訓練生に毛が生えたような技量の者では死ぬだけだ。

 当然ながら教練を施していくが、それでもある程度の技量と度胸が備わっている方が良い。多少性格に難があったとしても、砂原が笑顔で教育するため問題はないだろう。斉藤や博孝も教育に加わるため、すぐに“素直”になるはずだ。

 そうなると、現状の即応部隊の面々が持つ『ES能力者』としての適性を考慮し、バランスを取りながら人員を補充するだけで良い。ただし、人数が増えると指揮官も増やす必要があるため、尉官の者を一人、二人は手配する必要がある。


「間宮大尉や斉藤中尉ぐらいに腕が立つ人を引き抜けますか?」

「さすがに厳しいな……俺の元部下を連れてこられれば良いのだが、多くの者が隊長職に就いている。それでなくとも中隊長クラスだ。斉藤のように実力があっても扱いにくい気性の者は少ない。間宮は少々強引に引き抜いたしな」

「それ、褒められているんですかね? あと、俺は自分が認めた上官には従順ですよ?」


 扱いにくいと言われた斉藤は、肩を竦めながら尋ねた。普段は飄々としている斉藤だが、相性が悪い者が上官だと最低限の仕事しかこなさないらしい。部下の面倒は見るが、気に食わない上官に対して平然と毒を吐いていたようだ。


「俺の下で怠けたら徹底的に教育してやるところだが……」

「それは命がいくつあっても足りませんわ。精一杯励みますよ」


 笑って受け流す斉藤だが、砂原はそんな斉藤の顔を見て目を細める。砂原は過去に何人もの部下を鍛えてきたが、その中でも話を通しやすい者の顔を思い浮かべた。


「町田のところから若手をもらってくるか。中将閣下に掛け合い、『飛行』を発現して陸戦から空戦に異動する者を穴埋めに送れば問題はあるまい」

「ソイツはいいですな。町田少佐も泣いて喜ぶでしょうよ」


 元同僚の顔を思い出し、笑顔で賛同する斉藤。しかし、博孝が待ったをかける。


「ですが、さすがに町田少佐も困るのでは? 若手……といっても俺より年上でしょうが、鍛えていた者を引き抜くのは……」

「ふむ……直接出向いて頼むのが礼儀か。第五空戦部隊には貸しもある。今度顔を出しに行くとしよう」

「貸しですか? 一体何が……って、ああ、そういえば確かに貸しがありましたね。割とでっかいやつが」


 博孝が思い出すのは、かつて訓練生時代に行った任務のことである。『ES寄生体』の発生地域を見回る警邏任務を行った際、町田の部下が敵に操られるという事態が発生した。

 それによって砂原が足止めされ、博孝は自身が率いる第一小隊だけでハリドとその部下、さらにはラプターと戦う事態に陥った。砂原は相手が味方の空戦部隊員ということもあり、一人も殺さずに戦闘不能まで追い込んだため助けに入るのが遅れたのだ。

 その結果、博孝は左腕や肋骨が折られた上に『構成力』が枯渇寸前。沙織は体のあちこちに穴が開き、瀕死の重傷を負った。

 貸しと言えば、それは大きな貸しだろう。もっとも、砂原に笑顔で“お願い”されれば、町田が断りきれるか怪しいところだったが。


「それでは、空戦の人員にはアテがある、と……陸戦側はどうしましょうか?」


 そして、そんな話を聞いてさらりと流す里香。手元の資料には補充人員の候補が並んでいたが、砂原ならばより良い人材を引っ張ってくるだろう。

 陸戦側の代表として話を振られた間宮は、資料に目を落としつつも眉を寄せる。


「可能ならば『瞬速』を使える者が欲しい。それが無理でもまた河原崎少尉に頑張ってもらうだけだが、労力は少ない方が良い……そうだ少尉、我々が『飛行』を使えるようにしてくれんかね? そうすれば混成大隊と名乗らなくて済む」

「無茶を言わんでください、大尉。無茶振りは隊長だけでお腹いっぱいですよ……」


 良いことを思い付いた、といわんばかりに提案する間宮だが、博孝としては勘弁してほしい。『瞬速』と『飛行』では難易度が違うのだ。しかし、砂原は笑みを含んだ顔で言う。


「現状は仕方ないが、最終的には混成ではなく空戦大隊にしたいところだな。なに、河原崎の『活性化』の訓練にもなる。道理など、無茶で蹴り飛ばすものだ」

「その分、書類仕事を減らしてくれれば頑張りますよ?」


 互いに冗談を飛ばす二人。つい四ヶ月前まで訓練生だった博孝だが、そんな自分が人事の話をしていると思うと、妙におかしく思ってしまう。


「まあ、冗談はさておき……陸戦なら今期の卒業生に活きが良いのがいますよ。技量と性格は保証します」

「市原君達を確保、と……」


 里香は何もツッコミを入れることなく、会議室に置かれたホワイトボードに市原と二宮、三場と紫藤の名前を書き込む。その名前を見た砂原は、満足そうに頷いた。


「市原訓練生達か。補充人員の候補にも挙がっているし、問題はあるまい」

「もしも怠けていたら、俺と長谷川曹長で徹底的に鍛え直しますね。でも、第七十二期の中では成績的に上位を占めていると思いますが、まとめて引き抜いて問題ないですか?」


 護衛任務を達成したことで他の部隊からの風当たりも弱まったが、第七十二期の成績優秀者を根こそぎ持っていけば再度不満を持たれるだろう。そう思った砂原だが、問題ないといわんばかりに首を横に振る。


「第七十一期には及ばんが、第七十二期も例年と比べれば全体的に技量が高い。『大規模発生』での実戦経験もある。大きな問題にはならんだろう」


 部隊長である砂原は、訓練生の成績なども詳しく閲覧できる。そのためそう断言すると、博孝は納得した。


「卒業後の進路は本人の意思が重要ですし、許可をいただければ“説得”してきますが?」

「任せよう。即応部隊の人員補充に関しては、長谷川中将だけでなく室町大将の協力も得られる。面談の機会を設けることぐらいはできるだろう」


 博孝が頼みに行けば、市原達も断らないだろう。そう判断した砂原は、訓練校や“上”との調整を行うことにする。

 そして砂原達は残りの人員について意見を出し、それらの人員が獲得できなかった場合も想定し、補欠の人員にまで意見を出し尽くしてから会議を終了させるのだった。








 会議を終えた博孝は、背伸びをしながら業務用施設から出る。外は真夏らしい、肌に刺さるような熱線が降り注いでいたが、つい先日、燃えるような熱線を浴びた博孝としては痛痒を感じない。


「わっ、ちょっ、待ってくれ長谷川曹長! さ、さすがに死ぬ!?」


 すると、不意にそんな声が聞こえた。博孝が視線を巡らせてみると、『無銘』を振り回して福井を追い回す沙織の姿がある。


「強くなりたいと言ったのはどの口かしら? ほら、もっと上手く立ち回りなさいよ!」

「ひいいいいぃぃっ!?」


 追いつかれた福井は必死に『無銘』を回避しているが、沙織も本気ではないのだろう。もしも沙織が本気だった場合、既に分割されているはずである。

 護衛任務の際、福井も『アンノウン』と交戦した。その時は斉藤が三人を相手にし、福井と他の二人で『アンノウン』一人と戦っている。

 福井にとってはそれが不満だった。自分一人でも戦えると、そう思っていた。

 しかし、現実は非情である。福井一人では『アンノウン』を仕留めることができず、三対一で波状攻撃を行い、ようやく倒せたのだ。

 その結果を前に、福井は落ち込んだ。かつてないほどに、凹んだ。しかし、勝てないのならば勝てるようになれば良いと思えるぐらいには前向きだった。

 そうして声をかけたのは、沙織である。士官組が会議中だったため、模擬戦の相手に指名したのだ。

 すると、沙織は無表情で襲い掛かってきた。沙織も『アンノウン』と交戦したが、仕留め損なったことを悔んで訓練に励んでいたところに福井が声をかけてきたのである。

 『構成力』を“集中させただけ”で『収束』だと言い放つ福井に対し、不満があったのも後押ししたのだろう。一応は訓練の形になっているが、福井は死にもの狂いで逃げ回っていた。


「沙織に勝てれば、『アンノウン』にも勝てるようになりますよー」


 無責任にそんな応援の声を飛ばす博孝。福井はそんな博孝の顔を見ると、地獄に仏を見たような顔で駆け寄ってくる。


「た、助かった! 河原崎少尉、長谷川曹長を止めてくれぇ!」

「あ、博孝。やっと会議が終わったのね? 博孝も参加する?」

「オッケー。それじゃあ俺は反対側から福井軍曹を追い詰めるな」

「裏切ったな同胞よ!?」


 目を剥いて驚く福井だが、それに構わず博孝も模擬戦に参加した。ベールクトとの戦いにより、博孝も自分の技量不足を痛感したのだ。


「せめて『爆撃』を覚えたい……さすがに全身で『収束』を発現するには時間がかかりすぎる」

「わたしはもっと剣の腕を磨くわ。極めればお爺様みたいになれるもの」

「君達っ! そんな物騒なっ! 話はっ! もっと別の機会にっ! してくれないかねっ!?」


 博孝と沙織に前後を挟まれた福井だが、二人とも加減しているため辛うじて攻撃を回避できていた。しかし、回避するだけで精一杯であり、反撃に移る余裕はない。

 博孝が『爆撃』を覚えたいと思ったのは、ベールクト対策だ。『爆撃』ならば、相手が視界内にいる限りどこにでも発現ができる。ベールクトが発現した『火焔』の壁を越え、背後から爆破することも可能だろう。

 もっとも、『爆撃』は三級特殊技能だ。覚えようと思ってすぐに覚えられるものではない。射撃系ES能力が得意な博孝でも、習得するまでどれほどの時間がかかるかわからなかった。完璧な『収束』も、難易度的にまだまだ時間がかかってしまう。

 そうやって悩む博孝と同様に、沙織の悩みも困難である。沙織の場合は純粋に剣の腕を磨き、『構成力』を増やし、空戦技能を鍛えるという正攻法しかない。誰が相手でも戦えるが、元々実力が上の者に勝つには手段が少なすぎる。


「まずは『収束』の発現に必要な時間を短縮しないとな……せめて五秒ぐらいにしないと、使い勝手が悪すぎる。攻撃力は申し分ないんだけどな」

「でも、『アンノウン』が相手だと心臓を穿っても死ぬかわからないわよ? わたしも今回それで不覚を取ったし、首を刎ねるぐらいしないと」

「物騒な会話をしながら攻撃を仕掛けないでぎゃっ!?」


 それまで辛うじて回避に努めていた福井だが、とうとう沙織に捕まってしまった。当然だが、沙織も福井を斬るつもりはない。優しく『無銘』で殴り倒しただけである。

 すると即座に里香が駆け付け、福井の治療を開始した。そんな光景をなんとなく眺めていた博孝が、ふとみらいの姿が視界に映る。

 みらいは何を考えているのか、夏空を見上げていた。現在は訓練中なのだが、まったく集中力を保っていない。そんなみらいを前に、恭介も困ったような顔で拳を構えている。

 護衛任務を終えたみらいだが、ここ最近は時折こうやって空を見上げているのだ。何かを思い出すように、何かに思いを馳せるように、目を細めて立ち尽くしている。


「ふむ……」


 そんなみらいの姿に、博孝も釣られるようにして空を見上げた。夏らしい雲一つない快晴に、肌を刺すような太陽光が眩しい。遠くからは潮の匂いが嗅ぎ取れ――博孝はぽつりと呟く。


「海っていいよな」

「え?」


 沙織が不思議そうな顔をするが、博孝は何も言わない。頭の中で今後の休日がいつになるかを検索し、考えをまとめながら畳み掛けるように言う。


「強くなることも大事だけど、たまには休日に海で泳いで精神的にリフレッシュするのもいいよな。根を詰め過ぎても成長を阻害するし、自主訓練は帰ってきてからでもできるし」

「あの……博孝?」


 さすがの沙織も、博孝の意図が掴めない。たしかに精神的な休養も大事だが、どんな理由があって海水浴につながるというのか。

 訓練生の時とは違い、任務があったから数日休暇とはならない。ただでさえ部隊員の数が足りないため、休暇を取るのも交代制であり、休もうと思ってすぐに休めるものではなかった。

 それでも部隊発足から四ヶ月少々、まともに休んだ記憶がない。優花の護衛任務はある意味で楽だったが、常に警戒をする必要があるため精神的には疲労が大きかった。

 仲間の精神的休養に加え、ここ最近気落ちしているみらいの気分転換にもなる。


「折角の夏だし、近くに海があるし……ここはパーッと遊ぶのもアリじゃね?」


 駐屯基地のすぐ傍に、日本海に面する砂浜があるのだ。それも空戦の者達が空域を訓練に使用することもあり、一般人は入ることができない。

 そんな海浜を利用し、休暇に少し泳ぐぐらいは良いのではないか。そんなことを考えた博孝は、早速砂原に相談しようと決意するのだった。











どうも、作者の池崎数也です。


毎度ご感想やご指摘、評価等をいただきましてありがとうございます。

前回の更新で、感想数がとうとう2000件を超えました。感想数が前作の約二倍、レビュー数が三倍と、驚くやら嬉しいやら、です。

皆様からいただくご感想等は作者の貴重な糧になっております。重ねて申し上げますが、ありがとうございます。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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