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第百八十七話:護衛任務 その11

 優花を連れての撤退戦は、恭介が予想していたよりも厳しいものだった。

 足止めに残った博孝達が敵を通してしまったというのも驚きだったが、『アンノウン』の動きが厄介極まりないのである。

 恭介も『大規模発生』の際に交戦したが、その時は地上に下りて戦った。しかし、ここは海上である。『アンノウン』は縦横無尽に飛び回り、恭介へと襲い掛かってくる。


「――シッ!」


 まるで陸上を這う蛇のような、奇妙に滑らかな機動で迫り来る『アンノウン』。それを迎え撃つのは沙織であり、『無銘』を振るって弾き返している。

 もしも相手が一人だったのならば、沙織は恭介達のもとから離れて一撃で勝負を決めようとしただろう。だが、相手は二人だ。それも、沙織を引き離そうと連携し、攻撃を仕掛けては退くという行動を繰り返している。

 無表情に、無感情に、淡々と攻撃を仕掛けてくる『アンノウン』の姿を見た優花は、恭介の腕を握る手に思わず力を込めた。沙織や恭介とは違い、戦い、殺し合うような血生臭い世界とは無縁だったのだ。恐怖するのも仕方のないことだろう。

 それも、相手が感情を見せずに襲ってくるとなればなおさらだ。優花からすればホラー映画の中に入り込んでしまったような恐怖であり――。


「沙織っち! 厳しいならこっちに一人回していいっすよ! 動きを止めるっすから!」


 そんな、威勢の良い声に思わず顔を上げた。見れば、こんな状況にあってなお恭介は笑みを浮かべている。それは優花を安心させるためなのか、それとも余裕があるからなのかはわからなかったが、優花に安堵の感情をもたらした。


「それなら飛んでいる相手の動きを見切って強制的に止めなさい! そうすれば一撃で仕留めてみせるわ!」

「はははっ! 岡島さんといい、沙織っちといい、なんでうちの女性陣は厳しい注文ばっかりなんっすかね!」


 『無銘』だけでなく『武器化』を使った二刀流で『アンノウン』に対処していた沙織だが、恭介の言葉に笑って返した。恭介もそんな沙織に笑って返し、優花を守りながらも敵の動きを阻害しようとする。

 どんな能力を使えば実現するのかわからないが、自分の『盾』が容易く破壊されてしまうことを恭介は知っている。『大規模発生』の際にもそれで苦しめられた。しかし、あの時とは違うのだ。


「いくっすよ!」

「ええ!」


 接近してきた『アンノウン』を『防護』で包んで“強制的”に動きを止め、次いで、『防護』が強引に破壊された瞬間に複数の『盾』を発現。『アンノウン』の肘や膝の関節を『盾』で挟み、動きを封じる。

 恭介の声を聞くなり、本当に実行すると信じていたのだろう。沙織が斬りかかり、一刀のもとに斬り捨てようとした。


「おっと、優花ちゃんは見ちゃ駄目っすよ」


 その動きに目を奪われていた優花だが、そんな恭介の声と共に顎に手を添えられ、強制的に視線をずらされた。


「っ! な、なにすんのよっ!」

「いやいや! こうやって顎を掴むだけでも体勢的にキツいんすよ!? 本当は目を覆いたいっすけど、両腕が塞がっているから手だけで対応したっす!」


 抗議するように暴れかけた優花に対し、恭介はすぐに釈明をする。さすがに、優花のような少女に人を斬る瞬間を見せるわけにはいかないのだ。


「ごめん恭介! しくじったわ! もう一度お願い!」


 しかし、珍しく沙織から謝罪の声が飛んできた。恭介が意識を向けてみると、動きを止めた『アンノウン』を守るようにもう一人の『アンノウン』が割り込んでおり、両腕を交差して沙織の放つ斬撃を止めていた。

 さすがに無事ではなかったのか、盾にした両腕のうち左腕が宙に飛んでいる。だが、仲間の防御の間に動きを止めた『アンノウン』が拘束を破壊しており、恭介のもとへと急接近してきた。


「ちょっと揺れるっすよ!」

「きゃっ!?」


 『アンノウン』は接近するなり発現していた『防壁』を破り、優花を狙って拳を繰り出す。しかし、恭介は飛びながら側転(バレルロール)することで回避した。

 速度を落としているが優花にとっては負担になるため極力行いたくない機動だったが、安全には替えられない。

 速度を落としながらバレルロールを行い、『アンノウン』の背後を取るなり今度は縦に回転。優花を強く抱きしめつつ、『アンノウン』の真上から縦回転の踵落としを叩き込む。

 博孝から『活性化』を受けていたため、威力はそれなりに高い。『アンノウン』の肩口を捉え、強制的に海中へと叩き込む。


「大丈夫っすか?」


 そして即座に横須賀基地へと向かい直す恭介だが、心配するような顔で優花を覗き込んだ。優花は何が起きたのかわからなかったように目を瞬かせていたが、強がるように引き攣った笑みを浮かべる。


「ふ、ふんっ……遊園地のジェットコースターの方がマシね!」

「ははっ、そう言えるなら大丈夫っすね」


 強がる優花を有り難く思いながら、恭介は空戦機動を行った自分を責めた。自分のES能力では、上手くタイミングを図らなければ相手の動きを止めることができない。師匠と仰ぐ春日のようにできれば、と思いつつもそれは表に出さなかった。


「悪いわね、恭介。思ったよりも敵が硬いわ」


 そんな恭介の傍に、『アンノウン』と交戦していた沙織が戻ってくる。相手を仕留めるには時間が足りず、恭介達の危機と見て交戦を切り上げてきたのだ。


「なんの、このままいけば基地まで優花ちゃんを守り抜けるっすよ。そうすればあとはこっちのもの――」


 恭介がそこまで言った瞬間、海面が割れて『アンノウン』が飛び出してくる。先ほど恭介が叩き落とした『アンノウン』だが、海上に出ずに海中を移動してきたようだ。

 咄嗟に沙織が『飛刃』を放つが、防御のために固められた両腕を多少斬るだけで終わる。その間に後方からもう一人の『アンノウン』が迫っており、背面と下方から同時に襲い掛かってきた。


「下は俺が!」


 そう叫び、恭介は何枚もの『盾』を発現して『アンノウン』の突進を受け止める。沙織はその隙に反転し、左手に発現していた刀を投棄して『無銘』を両手で握り込み、背後から迫っていた『アンノウン』へと一直線に突っ込んでいった。

 今度は一撃で仕留める。沙織はそう決意し、体ごとぶつかる勢いで『アンノウン』に『無銘』を突き出す。『アンノウン』は残った右腕で防御しようとしたが、『無銘』の切っ先は容易く腕を貫通し、そのまま心臓を貫いた。

 手に伝わる感触から一撃で心臓を破壊したと判断した沙織だが、用心のために『無銘』を捻り、傷口を広げながら引き抜いていく。

 “人間なら”間違いなく致命傷だ。それでも用心のために傷を大きくした沙織の判断は、油断がないものだろう。痛みを感じていないように襲ってくる『アンノウン』だが、さすがに首を刎ねるか心臓を潰すかすれば死ぬはずである。


 ――故に、油断というよりも相手の異常さを称賛すべきか。


 『無銘』を完全に抜くよりも早く、『アンノウン』の体が動く。『無銘』が刺さっているのにも構わず前に出て『無銘』を自身の体に埋め込むと、沙織を抱きかかえるようにして拘束したのだ。


「っ!?」


 沙織は思わず驚愕の声を漏らす。『無銘』の刃は右腕も貫いていた。それだというのに腕の半分を自分で内側から裂き、沙織の体に片腕を回して強制的に加速したのだ。


「沙織っち!?」


 恭介が驚きの声を上げるが、沙織はそれに答える余裕もなく『アンノウン』と共に海面へと一直線に突っ込んでいく。咄嗟に刀を発現して『アンノウン』の拘束を外そうとした沙織だが、正面から抱き着かれたため動きが制限されている。

 『無銘』は『アンノウン』が自分の体で封じ、沙織に残されたのは『武器化』で発現した刀だけだ。しかし、体勢的に斬りようがない。自分自身に向けて刀を振るう訓練など、積んでいなかった。

 沙織の心配をした恭介だが、恭介自身も救援に向かうほどの余裕はない。もう一人の『アンノウン』が執拗に攻撃を仕掛けており、優花を守るだけで手一杯だった。

 そして、沙織に対して意識を割かれたのは大きな隙である。恭介が動きを封じるために発現していた『盾』を強引に破壊し、『アンノウン』が拳を叩き込もうとした。

 背後を取られ、ES能力の発現も間に合わない。空戦機動で回避する時間的余裕もなく、恭介は背中に『構成力』を集中させた。


「づっ!?」


 少しでも衝撃を逃がそうとしたが、それでも背中に激しい衝撃が伝わった。それと同時に肋骨が折れる音が響き、恭介は大きな痛みを覚える。

 それでも、優花を手放すことはしなかった。衝撃は全て自分の体で受け止め、『アンノウン』に殴られた衝撃すらも利用して加速し、無理矢理に距離を取る。


「恭介!?」


 痛みはなくとも、音や衝撃で恭介の負傷を察したのだろう。優花は顔色を変えて恭介の名を呼び――恭介は冷や汗を浮かべながらも笑顔を返す。


「なに……この程度、なんてことは、ないっすよ」


 恭介は強がるようにそう言って、再度攻撃を仕掛けてくる『アンノウン』の動きを止めるべく『盾』や『防壁』を発現した。

 技量が上がったのか、『大規模発生』の時と比べても破壊されるまでの時間が増えている。それはほんのコンマ数秒の違いでしかないが、恭介にとっては十分だ。


(沙織っちの救出は……)


 『アンノウン』の動きを止めた恭介が沙織の助けに向かおうとするが、それを察したのか沙織は首を横に振っている。距離があるため声は聞こえないが、先に行けと言っているのだろう。

 たしかに、恭介が優先すべきは任務の遂行だ。優花を無事に横須賀基地まで守り抜かなければ、足止めに残った博孝やみらいの苦労も無に帰す。

 そして、そんな僅かな逡巡を行う暇もなかった。恭介が施した拘束を破壊した『アンノウン』が再び恭介のもとへと飛来し、拳を突き立ててくる。

 その拳の軌道を読んだ恭介は、軌道上に小さな『盾』を五枚発現した。そして勢いが減衰した僅かな時間に『アンノウン』を蹴り付け、少しでも距離を稼ぐ。距離が空けば『防護』で『アンノウン』を閉じ込め、さらに時間と距離を稼ぐ。

 もしも防御を突破されたら、身を盾にしてでも優花を守る。繰り出される拳は『防殻』で少しでも勢いを減衰させ、背中で受け止めていく。


「も、もういいから! 恭介、もういいからっ! このままだと恭介まで……」


 優花がそんなことを言い出したのは、恭介が三度目の打撃を受けてからだ。優花には怪我一つないが、優花を抱き上げる両腕が痛みで震え、少しずつ力も抜けてきているのが伝わったのだろう。

 恭介は口の端から血を流しており、折れた肋骨が内臓を傷つけた可能性もある。

 それでも、恭介は強がるようにして笑っていた。


「あと……ちょっとっすから……」


 横須賀基地の防空圏内まであと僅かだ。そこまで到達すれば、空戦部隊が上がってくるはずである。

 沙織は抵抗して海中に沈んでいないが、死に掛けの『アンノウン』が抑え込んでいる。『アンノウン』が絶命していないのは心臓を破壊し損なったのか、それとも心臓を破壊する程度では死なないタイプなのか。


(しかし、これはさすがにまずい……)


 優花の身を危険に晒してでも『飛行』の速度を上げるべきか。迷う恭介だが、不意に後方から炸裂音が響いた。

 その音はそれほど大きくない。まるで遠くで花火が炸裂したように、遅れて聞こえたのだろう。『アンノウン』から距離を取りつつも背後に視線を向けた恭介は、僅かに目を見開く。

 “ソレ”は、夜だからこそ見えたのだろう。遠くで夜空が燃えたように赤く輝いており、夜の闇を取り払うように照らしている。


「なんだ……っ!?」


 後方で起きた謎の爆発に気を取られた恭介だが、そんな恭介を狙って『アンノウン』が接近してきた。相変わらずの無表情で、虚ろな瞳で恭介に狙いを定め、一直線に突っ込んでくる。


「また揺れるっすよ!」


 一言だけ注意の言葉をかけ、回避機動を取る恭介。しかし、『アンノウン』は回避機動に慣れてしまったのか、正確に恭介との距離を詰めてくる。

 発現した『盾』も『防護』も、『アンノウン』の動きを僅かに止める役割しかない。自身の防御として発現した『防殻』や『防壁』も、強引に破られてしまう。

 それならばと、恭介は再び自身の体を盾にした。何度もES能力を発現した身では、『構成力』も減って防御力が落ちている。下手をすれば『アンノウン』の拳が体を貫通するかもしれないが、それでも優花の身を絶対に守り抜く。

 恭介は決死の覚悟を固め、『アンノウン』の拳が命中する瞬間に歯を噛み締め。


「――身を盾にしてでも護衛対象を守る。その意気や良し」


 そんな声と共に、『アンノウン』の腕が宙を舞った。次いで『アンノウン』が吹き飛ばされ、強制的に恭介との間合いを離される。


「えっ……な……」


 一瞬、沙織が助けに来たのかと思った。しかし、背後に視線を向けた恭介は思わず言葉を失う。

 一体どこから現れたのか、そこには壮年の男性が浮いていた。右手には『無銘』よりもさらに長大な大太刀を提げ、悠然と、それでいて圧倒的な存在感を纏っている。


「岡島少尉の読みは当たったな……まあ、この俺を顎で使おうとするあたりは、大した度胸だと褒めておこうか」


 そう言って振り返った顔は、恭介も見知ったものだった。だが、この場にいる理由が理解できない。


「は、長谷川中将?」

「応。久しぶりだな、武倉軍曹」


 振り返って獰猛に笑う源次郎に、恭介は目を丸くした。優花も突然現れた源次郎に対して驚いていたが、徐々に驚きの色が強くなっていく。


「きょ、恭介? こ、この人、歴史の教科書で見たことがあるんだけど……」


 日本で最も有名な『ES能力者』であり、その名前や顔も広く知られている源次郎。優花もその顔を見てすぐに思い至ったらしく、肩を震わせている。


「軍曹、これから行うことをその子に見せないようにしたまえ。少々刺激が強い」

「は、はっ! 了解であります!」


 突然姿を見せた源次郎に動揺していた恭介は、その場で敬礼をしようとした。しかし、優花を落としそうになったため慌てて中断する。

 そんな恭介の様子に苦笑しつつ、源次郎は蹴り飛ばした『アンノウン』へ視線を向けた。『アンノウン』は警戒するように距離を取っているが、その顔にはそれまでの無表情が嘘のように驚きの色が浮かんでいる。


「……ブシン……」

「ほう、貴様のような存在にも知られているとは光栄だ」


 そう言いつつ、源次郎は右手に提げた大太刀――『斬鉄』を正眼に構えた。『防殻』すら発現していないがそのプレッシャーは絶大であり、『アンノウン』は少しずつ距離を取り始める。

 そして、『アンノウン』が選択したのは撤退だった。源次郎に背を向け、一目散という表現が相応しい速度で急速な離脱を図る。

 それを見た源次郎は、どこかつまらないものを見るような目で『アンノウン』を見据えた。


「勝てないと見れば即離脱か……正しいが、つまらんな」


 そんな言葉と共に、二度、三度と軽く『斬鉄』を振って鞘に納める。その仕草を見ていた恭介は、思わず口を開いていた。


「み、見逃すつもりですか?」


 『斬鉄』を納刀した源次郎に対し、そんな質問を行う。もしかすると、自分達の傍を離れないために見逃すのかもしれない。それならば追ってほしいと思った恭介だが、源次郎は不思議そうに首を傾げる。


「ん? 何を言う。もう斬ったぞ?」


 そう言った瞬間、背を向けて逃げていた『アンノウン』の体が上下二つに分かれた。さらに交差するように斜めにも斬られ、八個に分割されて消滅していく。


「……は?」


 いつの間に斬ったのか、恭介には見えなかった。『アンノウン』との距離は数百メートル離れていたが、『斬鉄』を軽く振っただけで切り刻んだらしい。


「そういえば、もう一人いたな」


 そこでふと、源次郎は思い出したように呟く。それと同時に『キンッ』という小さな音が響き、その音を聞いた恭介は長大な『斬鉄』で抜刀術を行ったのだと察した。

 源次郎が狙ったのは、沙織に組み付いていたもう一人の『アンノウン』である。沙織を拘束するように組み付いていたが、突然首が飛び、体が粉々に切り刻まれ、残った頭も粉砕される。


「……え?」


 突然粉微塵になるまで切り刻まれた『アンノウン』を見て、沙織も呆然としたように呟いた。そして、そこでようやく離れたところに源次郎がいることに気付く。


「お爺様っ!?」


 恭介と優花を庇うように浮遊している源次郎を見て、沙織が嬉しそうな声を上げた。そして『無銘』を納刀して笑顔で近づくが、今が任務中だということを思い出し、慌てて表情を引き締める。


「……助かりました、中将閣下」

「なに、少しばかり手を貸しただけだ。気にするな曹長」


 何でもないことのように言い放ち、自分の顎を撫でる源次郎。その仕草がどこかわざとらしいと感じた恭介だが、源次郎相手にからかう度胸はない。


「ところで、何故中将閣下がここに?」


 沙織としては不思議だったのだろう。首を傾げながら問うと、源次郎は少しだけ視線を逸らす。


「“偶然”横須賀基地に来ていてな。上空が騒がしいので様子を見にきたのだ」

「偶然、ですか……」

「偶然だ。ここ最近の戦力再編に関して、現場の様子を見ておきたくてな。抜き打ちで様子を見に来ただけだ……岡島少尉からの提言もあったがな」


 最後に小声で付け足す源次郎に、沙織は納得したように頷いた。


(里香が……でも、まさかお爺様を動かすなんてね……)


 援軍が存在することを知らされていたのは、士官組だけだ。そのため沙織は驚いていたが、実際のところ、士官組に渡された情報とも“別件”である。

 そして、そんな恭介達のもとを目指し、新たな『構成力』が接近してきた。恭介と沙織が慌てて視線を向けたが、源次郎は笑いながらそれを止める。


「横須賀基地の部隊だ。『構成力』に気付いたのだろうが、俺も突然消えたからな。慌てて飛んできたらしい」


 軽く言い放つ源次郎の姿に、恭介は脱力した。優花はある意味で自分よりも有名人である源次郎の登場に狼狽していたが、気を取り直して恭介に尋ねる。


「つまり……どういうこと?」

「優花ちゃんの安全が保障されたってことっすよ……あと、岡島さんの掌の上で踊っていたってところっすかねぇ……」


 そこまで答えた恭介だが、ふと何かに気付いたように源次郎へ視線を向けた。


「ところで……中将閣下なら『アンノウン』を殺さずに無力化できたのでは?」


 瞬時に片付けてしまった源次郎だが、その技量があれば生け捕りにすることもできたのではないか。そんな疑問を覚えた恭介に対し、源次郎は大きく視線を逸らす。


「……案ずるな。砂原のもとに捕獲に適した人員を派遣してある」

「そ、そうですか」


 源次郎の様子から、深くは尋ねない方が良いと恭介は判断した。


「そう……わたし、助かったのね……」


 恭介の言葉に安堵した様子で深呼吸をする優花を見て、恭介も安堵したように微笑む。辛うじてだったが、前言通り優花を無事に守り抜くことができたのだ。

 しかし、まだ成すべきことが残っている。


「優花ちゃんは横須賀基地の人達と一緒に避難してほしいっすよ……もう安全なんで、のんびり待っててほしいっす」

「……恭介は?」

「博孝とみらいちゃんを助けにいかないと……いつっ!」


 優花に微笑みかけた恭介だが、背中から伝わってくる激痛に顔を歪めた。『アンノウン』の打撃を受けたことで肋骨が何本も圧し折れ、痛みを伝えてくるのだ。


「だ、駄目よ恭介! アンタ怪我をしてるんだからっ!」


 自分を守ったために怪我を負った恭介に、優花は必死で言い募る。『ES能力者』のことは詳しくないが、いくら頑丈と云えど、骨が何本も折れた状態で戦うのは危険だということぐらいはわかった。


「そのお嬢さんの言う通りだぞ、武倉軍曹。貴官の根性は買うが、無理は禁物だ。それに、“向こう”も動いている頃だろう」


 優花の声が聞こえたのか、源次郎も恭介を止める。恭介はそれでも首を横に振りかけたが、気になる点があったため疑問符を浮かべた。


「向こう? 他にも何かあるんですか?」


 話が見えず、素直に尋ねる。すると、源次郎は苦笑を浮かべながら頷いた。


「――今頃、怠け者の部下が働き始めている頃だ」








 東扇島にて『アンノウン』と交戦していた砂原は、部下と敵の様子を見ながら考え事をしていた。最初に『アンノウン』を一人倒し、今も交戦しているが、『大規模発生』の際に交戦した者達よりは脆く感じるのだ。

 砂原は単独で二人の『アンノウン』の相手を務め、残った一人を三人の部下が相手をしているが、戦いは優勢に進んでいる。斉藤とも『通話』で連絡を取り合っているが、向こうも似たような状況だった。


(仕留めようと思えば『砲撃』程度の攻撃力で仕留められるかもしれんな……動きも遅く、技術も拙い。この程度ならば、それなりの空戦なら対処できるか)


 二人がかりで繰り出される拳を難なく捌きながら、砂原はそんなことを考える。三人の部下は相手の頑丈さに面食らっているが、それでも互角以上に戦うことができていた。

 これで相手が空を飛べば話は別なのだろうが、眼前の『アンノウン』達は空を飛ばない。飛べないのか、わざと飛ばないのかはわからないが、違和感の大きさも『大規模発生』の時ほどではなく、感じる脅威も小さかった。

 時折里香に確認を取ってみるが、民間人の避難も順調である。“横槍”も存在せず、対ES戦闘部隊の先導に従って速やかに避難しているようだ。


(河原崎達の方も気になるが……“アイツ”は何をしている?)


 横須賀基地には源次郎が控えている。それは里香と砂原のみが知っていることだが、それとは別にもう一手打ってあった。しかし、想定よりも到着が遅れている。


「隊長!?」


 僅かに意識を逸らした隙を突き、『アンノウン』が跳躍した。拳を振るだけでは砂原には通じないと判断し、動きを止めようとしたのだろう。両腕を広げ、抱き着くようにして動きを止めようとする。


「やれやれ……」


 できれば複数捕獲したいが、あまりにも抵抗するようならば仕方がない。一撃で仕留めよう――そう考えた瞬間、砂原に襲い掛かっていた二人の『アンノウン』が白い光を放つ球体に包み込まれた。


「遅刻だぞ、春日大尉」

「いやぁ、遅れてすいませんねー砂原少佐。変に目をつけられないよう『構成力』を隠して移動してたんで、時間がかかったんですよー」


 間延びした声で答えるのは、『零戦』の第三中隊長である春日だ。相も変わらず無気力な顔付きだが、それでもどこか申し訳なさそうに頭を下げる。


「どこかで道草を食っていたのではあるまいな?」

「あはは、そんなわけないじゃないですかー。あ、部下の一人を斉藤中尉の方に向かわせましたけど、処理させて良かったですかね? 残り二人は民間人の誘導に向かわせましたけど、必要なかったですか?」


 話を逸らされた気分だったが、砂原は深く追求しない。春日達は“仕事帰り”に立ち寄ってくれたのだ。ここは感謝だけしておけば良いだろう。


「って、なんですかこの人達。やたらと元気ですねー」


 難なく二人の『アンノウン』を『防護』の中に閉じ込めた春日だが、『アンノウン』は力任せに『防護』を破ろうとした。拳を叩きつけ、檻のように展開された『防護』を少しずつでも破壊していく。


「本当に元気がいいですねー。でも、それぐらいじゃあ僕の防御は破れないぞ?」


 表情を真剣なものに変えた春日は、『防護』の中に『盾』を発現して『アンノウン』の動きを強制的に封じる。恭介のものよりも頑丈な『盾』は『アンノウン』の関節を押さえ込み、身動き一つ許さなかった。


「ああ、自爆したいのならどうぞ。『ES能力者』二人ぐらいなら、僕だけで十分に抑え込める」


 動きを止めた『アンノウン』に対して春日がそう言うが、『アンノウン』が自爆を行う様子はない。虫の標本のように体中を固定され、拘束を破壊しようと足掻いているがそれだけだ。


『こちら砂原。岡島少尉、“予定通り”『アンノウン』を捕獲できたぞ』

『そうですか……我々は『アンノウン』の生態を全然知りませんからね。少しでも解明に役立てばいいのですが……』


 今回の作戦を立案したのは里香である。情報がある程度漏れている前提で、戦力が“偶然”その場に居合わせるよう源次郎に働きかけたのだ。

 源次郎も春日も、『大規模発生』があった影響で不自然ではない理由を作り出すことができた。

 源次郎は戦力の再編が行われた横須賀基地への抜き打ちでの視察。

 春日は任務で東北に飛んでいたが、ES訓練校に併設された駐屯地への帰還ルートを少しいじることで東扇島へ到着することができた。

 それらの対応を要請したのは里香だが、実際に動いたのは源次郎や『零戦』を率いる藤堂である。

 優花の野外コンサートで何も起きないのなら、それでいい。しかし、もしも『天治会』の『ES能力者』や『アンノウン』が現れたのならば、秘密裏に手配した戦力で拘束、あるいは殲滅するつもりだった。

 網にかかったのが『アンノウン』だけというのは里香としても少しばかり予想外だったが、春日を呼び寄せた時に『アンノウン』が襲来したのは運が良かったとも言える。

 里香は訓練生時代に春日の技量を一度見ており、相手を捕縛するにはうってつけの人材だと判断したのだ。恭介がその役割を行えれば良かったのだが、さすがの恭介でもまだ荷が重いと里香は考えていた。


(これで少しでも敵の情報がわかれば……)


 戦う相手の素性がまったくわからないというのは、恐怖でしかない。特に、里香のように『アンノウン』と交戦すれば死ぬ可能性が高い『ES能力者』からすれば、尚更に情報が欲しくなる。


 砂原からの話を聞いた里香はほっと安堵したが、遠くから轟音が聞こえて慌てて振り向く。

 その音が聞こえたのは、博孝達が交戦していると思わしき方角だ。まるで空を染めるように赤い光が輝いており、里香は目を見開く。


「赤い、光? まさか……独自技能?」


 “想定外”のその光景に、里香は呆然とした呟きを漏らすのだった。


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― 新着の感想 ―
なんか、活性化って強いように見えるけど、 溶解とか毒とか今回の火炎系の方がシンプルに強い気もするな、、
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